モルゲッソヨ   作:キルロイさん

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 当時の最新技術による避弾経始形状が採用された車体と砲塔、その砲塔に装備されたKwK43L/71、七一口径八八ミリ戦車砲を搭載している故に整備重量が七〇トン近くある巨体は、マイバッハ製一二気筒ガソリンエンジンが生み出した最大出力七〇〇馬力のエネルギーを活用して前進している。

 

 モルゲッソヨを撃破しようと大地を履帯で掻きながら進む姿は獰猛な肉食獣である『虎』を連想させ、その名に相応しく欧州で幾つもの戦果を挙げていた。

 

 前循装甲は一八〇ミリ厚であり避弾経始構造を採用した砲塔は、如何なる戦車の砲弾を貫通させず敵戦車に何度も苦汁の涙を飲ませていた。そして、一〇〇〇メートル先で一九三ミリ、二〇〇〇メートル先で一五四ミリの装甲板を貫通する威力がある戦車砲は、技量十分な砲手が操れば遠距離で敵戦車を撃破していたのだった。

 

 とはいえこの戦車に弱点が無い訳ではない。

 

 敵戦車が前方から攻撃してきた場合、強固な砲塔前循のおかげで貫通される事は無い。問題は側面や後方に回られた時である。何しろ、この戦車は火力と防御力を特化したため機動力に難があるからだ。

 

 特に車体背面の鋼板は三〇ミリ厚しかなく、これは前述のⅡ号戦車の装甲板最大厚さ三五ミリに近似している。おまけに排気管やエンジンといった戦車にとっての急所が集中している。

 

 敵戦車がここを狙って接近してきたがティーガーⅡの方向転換が間に合わない場合、確実に撃破されてしまう。モルゲッソヨが同じような機動をしてきた場合には……。

 

 それを避けるためには少しでも早くモルゲッソヨを発見して次の一手を封じてしまう行動しなければならない。だから、エリカはペリスコープを覗き込み、撃破された戦車の陰に見え隠れしているモルゲッソヨの動きから目を離さないようにしていた。

 

 エリカが限られた時間の中でモルゲッソヨを観察すると、外見では判別し辛いが反射速度によって二機種の区別がある事に気づいた。

 

 一機種目は銃弾や榴弾の断片を跳ね返しつつ前進する機種である。これらによる被害を気にしていないのか、漫然と行進しているのか判断つかないが、エリカたちが屠ってきたのはこの機種であった。後述の二機種目より圧倒的多数であったという理由もある。

 

 二機種目は彼女たちにとって厄介な相手である。遮蔽物を利用して身体を隠したり戦車の砲撃を回避したりしながら攻撃距離まで詰めてくる機種である。他の戦車の砲撃を躱す事が出来るとは俄かに信じられなかったが、恐らくモルゲッソヨは戦車砲の砲口が真円になっているか注視しているのだろう。そうでなければ発砲直前に回避行動なんて取れない。

 

 人間並みの知能と瞬発力を持っているのは間違いない。そして、これから撃破しなければならないモルゲッソヨの半数以上がこの機種のようだ。そうであれば慎重に、だが大胆に攻撃しなければならない。

 

 エリカはその場で考えた計画を乗員に説明すると、戦車の進路指示を下した。

 

「二時方向へ変針。さあ、狩りを始めよう」

了解(ヤヴォール)

 

 

 

     ◆◇◆◇◆

 

 

 

 戦車内は炸薬の燃焼ガスが立ち込めているので、彼女の喉は痛くなり視界はぼやけている。短時間で連続射撃しているため砲塔天面にあるベンチレータの換気能力が不足してしまったからだ。だからといって、換気能力向上のためにハッチを開ける訳にはいかない。モルゲッソヨが容易に車内に侵入してしまう。

 

 更に、狭い車内の床には砲尾から落ちて転がる薬缶が散乱しており次第に足の踏み場が無くなっていく。車内の環境を改善するため薬缶を処分したいが、モルゲッソヨが何時攻撃を仕掛けて来るか分からない現状ではその余裕はない。

 

 通信手は付近の戦車に何度か呼び掛けると一両の戦車が応答した。通信手が更に何事か話すと、ティーガーⅡの前方で擱座しているⅢ号戦車の前照灯が一瞬だけ瞬いた。

 

「エリカ、ニ時方向にあるⅢ号戦車が確認出来る?」

「今、前照灯が点滅した戦車だね。確認した」

「転輪を吹き飛ばされて走行不能になっただけで射撃は可能だそうよ。どうする」

「作戦実行するわ。砲手、一時方向にある戦車の物陰にモルゲッソヨが隠れている。通信手、Ⅲ号から見て四時方向にモルゲッソヨが隠れている。タイミングは任せた」

「始めます。Ⅲ号、打ち方始め」

 

 通信手が発令すると瞬時に遠方から発砲音が轟く。()()()()()筈である戦車に残っている生徒による射撃に一機のモルゲッソヨが驚き、慌てふためくように戦車の物陰から現れた瞬間にエリカは発令した。

 

「てっ!」

 

 砲弾は物陰から現れたモルゲッソヨの胸部に命中し、その身体を上下に分断した。戦果を見届ける事なくエリカは指示を出す。

 

「全速前進」

 

 急加速し後頭部をキューポラ内部にある手摺にぶつける寸前まで体勢を崩した彼女の耳に、砲塔左側面から右側面に向けての飛翔音が通過していく。砲塔か車体の側面に狙いをつけて一機のモルゲッソヨが攻撃を仕掛けたのだ。

 

 ただちに彼女が外界を覗き込むと、ティーガーⅡの撃破に失敗したモルゲッソヨは他の戦車の砲身にぶつかり、頭頂部を下にして地面に突き刺さっていた。

 

 溶解するのは時間の問題だったが、エリカは躊躇う事無く八八ミリ徹甲弾を撃ち込んだ。

 

 すぐに前方に向き直ると新たなモルゲッソヨが物陰から現れた。刺し違えてもティーガⅡを撃破する意気込みなのだろうか、右へ左へと蛇行しながら駆け足で接近してくる。このような機動をされると砲塔の旋回が追従出来ずと命中させるのは困難だ。

 

 とはいえ撃破が不可能では無い。エリカの目論みどおりにモルゲッソヨを機動させればいいのだ。

 

「操縦手、直進すると見せかけて左側に停まっている戦車の左に回って。砲手、二時に向けて」

 

 エリカの指示を操縦手は忠実に実行した。直進し続けるような素振りをしていた戦車は泥を盛大に跳ね飛ばしながら急変針し、撃破された戦車の左側に回った。そして、その戦車の脇を通過した瞬間に急制動を掛けた。その時、モルゲッソヨはティーガーⅡを追い掛けようとして別の戦車の物陰から現れた瞬間であり、待ち構えていた砲身の正面でもあった。

 

「てっ!」

 

 気合を入れたエリカの声で砲手は瞬時に引金を引き、車内に炸薬の燃焼音が聞こえると同時に徹甲弾が放たれる。

 

 エリカはまんまと策に嵌ったモルゲッソヨの末路を見届けようとぺリスコープを覗いていたが、彼女は命中する瞬間に彼女は悲鳴混じりの声を上げてしまった。

 

「しまった!」

 

 砲弾は砲手の計算通りに命中しモルゲッソヨを四散させた。だが、そのモルゲッソヨの後ろにもう一機のモルゲッソヨがいた。

 

 彼女は知らなかったが、このモルゲッソヨは始めから二機で行動しており、前方のモルゲッソヨがティーガーⅡの攻撃を引き付け、その隙に後方のモルゲッソヨがティーガーⅡを仕留めようとしていたのだ。

 

 モルゲッソヨは突撃しか出来ない愚か者では無かった。

 

 ただちに後方のモルゲッソヨをしなければならないが、最短六秒で砲弾を装填出来る装填手は疲労により装填速度が低下している。装填して射撃出来るまでの時間とモルゲッソヨの相対距離を考えると……。

 

「全速後進」

 

 ティーガーⅡが狩人から獲物に変わった瞬間だった。

 

 モルゲッソヨの速度は戦車より遅いので距離を離せば攻撃を躱せる。だから、彼女は間髪入れずに指示すると戦車は排気管から紫煙を盛大に吹き出しつつ後進を始めた。体勢を立て直せば再び狩人になる。彼女はそれを確信していた。だが……。

 

「嘘でしょ! モルゲッソヨが速過ぎる」

 

 モルゲッソヨは次第に速度を増していく戦車から引き離されず、むしろ次第に距離を詰めてきた。通信手が二挺の七.九二ミリ機銃で応戦するが、銃弾はモルゲッソヨの身体に命中し次々に跳ね返される。

 

 そして、我被の距離が一〇〇メートルまで縮まった時、遂に飛翔した。策に嵌ったのはエリカであったのだ。

 

「総員、衝撃防御」

 

 ぺリスコープに映し出されるモルゲッソヨは急激に大きくなり、エリカは反射的に身を屈めた。次の瞬間、砲塔前面から金属同士の衝突音が響き、エリカは振り回しているバケツで殴られたような衝撃を受けた。思わず車長用の椅子から転げ落ちてしまうが、砲塔前面に穴が空いていない事を確かめると安堵の息をつく。

 

 モルゲッソヨでも砲塔前循を貫通させられなかったのだ。

 

 だが、モルゲッソヨの攻撃はそれが最後では無かった。彼女は装填手に支えられて立ち上がると再び椅子に座ろうとしたが、その瞬間に砲塔天面から金属同士の衝突音が響いた。

 

 エリカは訝しみながら見上げたが、予想外の出来事に彼女は唖然とした。先程まで彼女の頭上にあったキューポラが無くなっていたのだ。新たなモルゲッソヨがティーガーⅡの車体と砲塔の隙間を狙って飛翔したが、方向を誤り砲塔天面にあるキューポラに命中してしていたからだ。

 

 砲塔天面に大きく空いた丸穴から炸薬の燃焼ガスが空に向かって流れていく。車内の環境は急速に改善するが、今は戦闘継続中である。モルゲッソヨがこの機会を見逃す筈が無かった。二機のモルゲッソヨが砲塔天面に駆け上り、その丸穴から車内を覗き込んだのだ。

 

 絶対絶命。

 

 この四文字熟語がエリカの脳内を駆け回り、藁にもすがる思いで指示を下す。

 

「操縦手、モルゲッソヨが上に乗った。左右に動いてモルゲッソヨを振り落として」

 

 操縦手は後進のまま右へ左へと変針を続けるとエリカの身体も遠心力で振られるが、モルゲッソヨは振り落とせない。大柄な身体と大型のヘルメットが災いして丸穴から狭い車内に入るのに難儀しているが、車内に侵入するのは時間の問題だった。

 

 エリカは熱が残る薬缶を掴みモルゲッソヨの侵入の備えるが、それで大柄の身体へ殴りつけても効果が無い事は薄々と気づいている。至近距離から発射された七.九二ミリ機銃で撃破出来ないのだから当然だ。だからといって、まざまざと抱き付かれる訳にはいかない。彼女にとって自ら選んだ男以外に抱き付かれるのは嫌悪すべき事だからだ。

 

 不意に通信手が何かを叫んだ。彼女はモルゲッソヨの動向に集中していたので通信手の言葉を聞き逃してしまい、再度報告するよう口を開きかけたその時であった。

 

 一瞬の出来事であった。彼女が睨みつけていたモルゲッソヨのうち、一機の大型ヘルメットが引き千切られたのだ。

 

 エリカたちの砲弾を跳ね返してしまう強靭なヘルメットは頭部で分断され、ヘルメットと身体が戦車から転がり落ちる。もう一機のモルゲッソヨは状況の急激な変化に追いつけず身体を強張らせたが、その原因を理解し対応策を練る時間的余裕は無かった。彼女の目の前で首が粉砕されたからだ。

 

 二機とも戦車から転落してしまうと、車内から見上げる丸穴には天空を流れる雲しか残っていない。エリカは未だに何が起きたのか理解出来ていなかったが、唐突に彼女の耳に音声が流れて来た。

 

 通信手が気を利かせて通信回路を切り替えたのだ。エリカにとってその音声は積極的に関わりたくないが、心の片隅で何か期待する微妙な関係である彼女の声であった。

 

「ボコモンからバイロイト1へ、戦闘加入。遅れてごめんなさい」

 

 エリカはすぐに車長席に戻り外界を見渡すと、五時方向に一両の大型戦車がいた。彼女は双眼鏡でその戦車を覗くと砲塔側面に大きな識別番号が書かれている。その番号は217、間違いなくへっぽこ副隊長(にしずみみほ)が搭乗しているティーガーⅠ重戦車だ。

 

 来てくれたんだ!

 

 エリカは思わず歓喜の声を挙げた。何だかんだ言っても一人で戦うのは心細い。

 

 だが、みほより自分が上に立ちたいというライバル心が邪魔をして素直に感謝の言葉が言えない。だから、彼女の言葉はいつもどおりの口調であった。

 

「アンタ、何を撃ったの。送れ(カウメン)

「APDS(装弾筒付徹甲弾)です。お姉ちゃんから教えてもらい倉庫で埃を被っていた砲弾を積んできました。送れ(カウメン)

「えっ? 大隊長は生きているの? 送れ(カウメン)

「無傷で帰ってきました。他の乗員がお姉ちゃんを守ってくれたそうです。それより、モルゲッソヨについて教えて下さい。 送れ(カウメン)

「残存数は四、五機だと思われる。奴らは撃破された戦車を盾にして潜伏中。モルゲッソヨの身体が銀色だから太陽の光で輝いて見つけ易い。通信は傍受されていない。他には? 送れ(カウメン)

「エリカさん側に異常はあるの? 送れ(カウメン)

「乗員の疲労以外に問題無し。戦闘継続可能よ 送れ(カウメン)

「戦闘指揮はエリカさんが執ってください。協力してモルゲッソヨを撃破しましょう」

了解(ヤー)。ああ、言い忘れた事があった。大事な事だからしっかりと聞きなさい。送れ(カウメン)

「何でしょうか。送れ(カウメン)

「救援に来てくれて本当にありがとう。以上(エンデ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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