モルゲッソヨ   作:キルロイさん

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 エリカが帰還した翌日の正午過ぎの事である。

 

 エリカとまほは先程まで居た生徒室の扉を閉めて廊下を歩き始めたが、遂に我慢の限界を超えたエリカが吼えた。

 

「生徒会役員たちは、全員頭がおかしいです!」

「落ち着けエリカ、生徒会役員に聞こえるぞ」

「落ちついています! そもそも、おかしな事を言い出したのは向こうです」

「エリカの主張も理解出来るが……」

「撃破された戦車をすぐに直せという指示には素直に従います。私たち機甲科の存在意義が問われているから当然です」

「では、何が気に入らないのだ」

「戦車道以外の武道を動員しようとしている事です」

 

 まほはエリカの話を聞き流しつつ、校舎の出口に続く廊下の天井を見上げた。

 

 人見知りで大人しい性格である妹とは対照的に、エリカは社交性があり積極的である。

 

まほ視点でこの二人が良好な関係を維持しているのは、武道の一つである戦車道という小さな世界で切磋琢磨する関係であり、二人とも一旦決めた事は頑として譲らない性格がお互いを引き寄せているのだと見ていた。友達と言えるかは微妙だが。

 

 だが、それだけの理由でまほは鬱憤を噴出し続けるエリカを多目に見ていたのではない。モルゲッソヨとの戦闘でエリカは勝利した。それが最大の理由であった。

 

まほの奮戦によってモルゲッソヨの機数を減らせたからこそエリカは勝利出来たのであり、技能面でまほがエリカに劣る訳ではない。そして、まほは自尊心によって勝者の発言を無視するほど器量が小さな女ではなかったからだ。

 

 だからとはいえ、吠え続けるエリカをそのままにしてはいけなかった。放っておけば、不審者を撃退するために駆け出す番犬の如く生徒会室に突進しかねない。

 

 そのため、まほはエリカの機嫌を戻すために生徒会室で受けた説明を確認するかのように話し掛けた。そもそも、エリカが生徒会の方針に対して不満を抱いているのは必然であり、まほも納得していなかったからだ。

 

「生徒会は武道の履修者全員を動員しようとしていたな。具体的にどの武道を充てるつもりだった?」

「剣道、なぎなた、合気道、柔道、弓道、仙道、忍道、極道、私の記憶ではこのくらいです」

「竹刀や薙刀では能力不足だし、柔道や合気道ではモルゲッソヨが積極的に寝技に持ち込もうとするからダメだ」

「他の武道はどうでしょうか」

「弓道の場合、ピンポイントに矢をモルゲッソヨの急所へ打ち込まなければならない。だが、静止した的に打つ訓練しかしていない弓道部員が、常に移動するモルゲッソヨを撃破するのは不可能に近い」

「仙道は履修者が少ないうえに仙人の資格試験が超難関ですので、この学校の生徒の実力は華道履修者と変わらないです」

「私も聞いた事がある。阿蘇大橋が掛かっている渓谷から飛び出して、身体一つで対岸まで辿りついたら試験合格だそうだ。空中浮揚の実技試験だと聞くが、命を掛けてまで取りにいく生徒がいないから過去数十年間試験が行なわれていらしい」

「進学や就職には何の役にも立たない資格ですから人気が無いのは当然とも言えます。それより、女の純潔を三十過ぎまで守って魔法使いになったほうが効率的です」

「それは童貞では?」

 

 真顔で突っ込むまほにエリカはたじろぐが、冗談を理解しない真面目な隊長であった事を思い出すと会話を続ける。

 

「そうかもしれません。話を戻しますが忍道も難しいです。この武道は偵察と後方攪乱と要人拉致に有効ですが正面戦闘には荷が重すぎます。そもそも、得体の知れないモルゲッソヨに対してそんな事をする意味があるのでしょうか?」

「もしかしたら、連中は人間と同じように休憩を取り仲間同士で輪になって食事する時があるかもしれない。連中の近くで気配を消しながら隠れ続ければ、特大ヘルメットを脱ぐ瞬間に立ち会えるかも」

「その瞬間を狙い、刃物でうなじを切りつけるのですね」

「……私はエリカのように勘のいい女は苦手だ」

「図星だったのですか!?」

 

 まほは再び廊下の天井を見上げた。僅かな時間で必死に練り上げたオチをエリカに言われるとは思っていなかったからだ。

 

だが、彼女はこの学校の戦車道チーム隊長であり西住流戦車道の次期家元であり、それなりにプライドもある。モルゲッソヨに敗れたがエリカに敗れる訳にはいかなかった。

 

「話を変えよう。戦車隊が再編成出来るまでどれくらいの時間が必要だ?」

「七十二時間以内に一個中隊規模の戦車隊が修理完了する予定です」

「意外に早いな」

「工学科の生徒たちが自主的に手伝ってくれたからです。彼女たちは学園艦にある工作機械で不足部品まで作ってくれます」

「不足する部品を外部から調達するより、自分たちで製作したほうが早いという訳か」

「はい。更にバウアーが指揮を執っているので、間違いなく予定時間内に完了します」

「『バウアー中尉』か。彼女の暗算能力は間違いないからな」

「数学は得意ですが、その能力を全教科に均等に振り分けられないのが彼女の残念な所です。歴史のテストで人物名を書く欄に『バウアー中尉』って書いたのは彼女だけです。そのおかげで補習と再テストを受ける羽目になりましだが、彼女はモルゲッソヨの襲撃を免れました」

 

 まほは再び天井を見上げた。戦車の修理は素材と図面さえあれば何とか出来る。もちろん、ベアリング、計器、戦車砲といった部品は、専門メーカーから調達しなければならないが予備部品として確保しているし、弾薬や燃料も十分に備蓄している。単純計算であと二回は防衛戦を行える。

 

 問題は戦車を操縦出来る機甲科の生徒が払拭している事だ。何しろ、先程の戦闘で大多数の生徒が被害を受けてしまい、臨時病室となった講堂に用意された寝床に横たわっている。

 

 治療したくても彼女たちに効く薬品がないので、早期に回復する見込みは立っていない。仮に、機甲科以外の生徒に対して訓練を始めた場合、まともに戦車を動かして砲撃出来るまでに一カ月単位の時間は必要だ。

 

 それ以前に、先程の戦闘でモルゲッソヨの粘液を浴びた搭乗生徒たちが次々と講堂に運び込まれる様子は他の生徒たちも目撃しており、噂話として学園艦中に広まっている。そんな状況で、戦車道に無縁な生徒たちが戦車に乗ってモルゲッソヨと戦う事を志願するとは思えない。

 

 だから、まほはエリカを連れて生徒会室に向かい、生徒会の権限で戦車道履修者を増員させる要望を挙げるべく生徒会役員たちに直談判した。だが、生徒会は彼女の期待にそぐわない解答しかせず、更に眼鏡を掛けた生徒会会長は、まほやエリカを不愉快にさせる言葉を言い放ち……。

 

「生徒会会長、何って言ったか思い出せるか?」

「『本校の歴史で生徒総動員なんて前例が無いし、私は戦車に詳しいのだ。だからお前たちは余計な事を言うな!』。そんな事を言っていました」

「あの女は『注視する』とだけ言い続け、悪化する経済に何の手も打てなかったポンコツ政治家集団並の知能しかない事を自ら証明した訳か」

「いずれ、我が校の年表に記録されるから大丈夫です。モルゲッソヨの襲来に何の手も打てなかった我が校屈指の無能な生徒会会長として」

「会長はともかく副会長は協力的だったが、戦車道履修者は志願者のみという方針は譲らなかったな」

「……僭越ながら申し上げますが、『履修生以外の生徒を()()しなければならない』という隊長の言葉が印象を悪くしたかと思われます」

「そうか……。今は戦車道履修者を一人でも確保しなければならない。一人でも志願者が現れたら無理をさせず大切に扱え」

「はい」

「もう一つ言いたい。エリカは私にとって特別な存在だ。この難局にも私を支えてくれ。頼む」

「はい……」

 

 まほからの思いがけない言葉によってエリカは奇襲を受け、試薬に浸けたリトマス紙のように一気に顔を火照らせた。こうなると黒森峰女学院機甲科の生徒としてあるべきプライドを保つ余裕が無くなり、本能的に意味深な言葉を放ってしまった。

 

「二人の時に、もう一回……」

「ん? ああ、モルゲッソヨが襲来したら共に戦おう」

「……はい」

 

 いかようにも受け取れる微妙な言葉に微妙な言葉が返ると二人の間に微妙な空気が流れだしたが、丁度その時に黒い油の染みを幾つか付けた作業着を着る女子生徒が現れた。

 

「……お二人の仲を邪魔しても宜しいでしょうか」

「何でも無い。それより、バウアーどうした?」

「隊長にお会いしたい方がお見えになりました。戦車格納庫でお待ちいただいております」

「学校新聞の記者なら何も話せる事が無いから帰ってもらえ。他校の生徒でも同じだ」

「この封書を読んでいただきたいそうです」

「ふむ、分かった。読もう」

 

 封書を受け取ったまほは封を破ると手紙を取りだし、軽く目を通すとバウアーに顔を向けた。

 

「私に会いたいという者がいる所まで私を案内してくれ。サンダース大付属高校の戦車道隊長による使者であれば無下に追い返す訳にはいかないからな」

 

 

 

     ◆◇◆◇◆

 

 

 

 サンダース大付属高校から来た使者はアリサと名乗り、エリカと同学年である事を明かした。彼女は油や鉄錆の匂いが染み付いて薄汚れた作業着を着た生徒たちが忙しなく作業する戦車格納庫において、場違いな印象を与える小奇麗な学生服姿でエリカたちが来るのを待っていたのだ。

 

 何しろ、戦車格納庫の内部にある天井クレーンは生徒の手信号によって忙しなく動き、重量あるエンジンや修繕した砲塔が行き交っていたからだ。庫外に目を移せば、工学科の生徒たちが不慣れな手付きで損傷した転輪や履帯の交換をしている。

 

 その隣では学園艦で商売を営んでいる自動車整備会社の従業員や学園艦の補修員が戦車にこびりついたモルゲッソヨの粘液を真鍮製の金属ブラシで削ぎ落している。彼らはいずれも男性だ。

 

 モルゲッソヨの粘液は女性に付着すると全く拭き取れないが、男性に付着すると湯水と工業用石鹸で洗い流せるという奇妙な性質がある。モルゲッソヨの粘液を除去出来るのは彼らしかいない。

 

 そのような喧噪が渦巻いている戦車格納庫に部外者が佇んでいるのははっきり言って邪魔である。

 

 当然ながら彼女と話すには別の場所に移るべきだが、そこまで考えたエリカは困惑してしまう。戦車道準備室には他校の生徒には見られたくない書類が保管されているので案内出来ないし、立ち話するのは気が進まない。

 

 取り敢えずここからアリサを遠ざけるためエリカはたちは戦車格納庫から外に出たが、大型輸送車に乗せられた一両の戦車がクレーン車によって下ろされる所に出くわした。

 

 エリカが乗るティーガーⅡと同じ重戦車だが、被弾経始が考慮されていない角型砲塔の側面に大きく書かれている車両番号は217、まぎれもなく黒森峰女学園高等部機甲科で副隊長を務めるみほが搭乗していた戦車だ。

 

 その戦車を見たアリサは感嘆の声を上げた。

 

「砲塔前盾は貫通されていないわね。流石、黒森峰が誇る重戦車だわ」

「偶然よ。モルゲッソヨが正面から攻撃していたら貫通していたかもしれない。砲塔側面を見てごらんなさい。見事に貫通されているわ」

 

 エリカの言うとおり、砲塔右側面と車体右側面には激突したモルゲッソヨによる貫通穴が一箇所ずつ空いている。ティーガーⅠの砲塔前盾は120mm厚、砲塔側面と後面は80mm厚もあるが、至近距離で側面装甲を貫かれている。モルゲッソヨの貫通を防ぐには何ミリまで厚くすればいいのか見当もつかない。

 

「サンダースがこの戦車を撃破するのに苦労する理由が分かるわ」

「当然よ。サンダースの凡作戦車では大太打ち出来ないわ」

「M4は全てのバランスが取れている戦車であり世界中で活躍しています。ウクライナやフランスで遅滞防御戦闘にしか活躍出来ず、おまけに戦闘中に足回りが故障して放棄せざるを得なかった戦車と一緒にしないで下さい」

「ほお、アンタ、よく言うわね。制空権を奪取すれば好き勝手出来ると思わないでよ」

「最初の一撃はそちらからです。今度はどんな理由で弱小学園艦を併合するのかしら?」

「その原因を作ったのはそっちでしょ。今度はどんな因縁をつけて土足で私たちの庭に乗り込んでくるつもり? 大型客船一隻では通用しないわよ」

「エリカ、アリサさん、もう止めなさい」

 

 二人の会話に呆れたまほが制止すると、眉間にしわを寄せたまほに気づき二人とも大人しくなる。その隙に彼女はこの学園艦の中で一番人気である喫茶店に連れて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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