モルゲッソヨ   作:キルロイさん

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 黒森峰女学園一番人気の喫茶店が自信を持って薦める珈琲を一口啜ると、アリサは素直な感想を述べた。

 

「ここの珈琲は美味しいですね。てっきり代用珈琲を飲まされるのかと不安になり、移動中の機内で居眠り出来ませんでした」

「あーら、タンポポ珈琲も中々の味わいよ。もしかして、思いっきり薄めたアメリカン珈琲をお求めかしら」

「まあ、西瓜を割るくらい冷たい水のように、他人に対して冷たい態度をとるエリカさんらしい言葉だわ」

「私の事を良く知っているのね」

「当然です。中学時代に貴女たちのチームと対戦してコテンパンにやられたので嫌でも覚えます」

「そういえばそんな事があったわね。そう言えば、その試合では誰かさんが変装して私たちのチームに何食わぬ顔で作戦を盗み聞きしていたわね。どんな顔だったかな?」

「まあ、そんな話は水に流して本題に入りましょう。私がここに来たのはモルゲッソヨについてです」

 

 彼女はそばかすが残る顔をエリカとまほへ交互に向けながら、この学園艦に居るだけでは得られない情報を次々とエリカたちに披露した。

 

 サンダース大付属高校学園艦の母港がある長崎県は非常事態宣言を発令し、県都である長崎と軍港がある佐世保、そして空港がある大村を重点に防備体勢をとっている。

 

 他の市町村の防備が手薄なのは警察官の人員に余裕が無いためである。そのため、防備を整えた地方都市に避難民が続々と集結していた。

 

 長崎県以外にも各県の行政機関はモルゲッソヨの襲来に戦々恐々しながら防衛体制を整えつつあるが、それが襲来したとの情報が未だに無い。むしろ、洋上にある学園艦ばかり襲来しているのだ。

 

 サンダース大付属高校には二回も襲来していた。一回目は学園艦の内部まで侵入されたが、モルゲッソヨが侵入した区画を封鎖した後にセメントを注入して密封してしまったのだ。

 

 二回目は火炎放射器でモルゲッソヨの頭部を溶かしてから海面に落として撃退した。いずれも手荒な戦法だがアリサたち戦車道チームではなく学園艦に常駐する警備隊が主力であったからこそ可能であった戦法でもある。

 

 他の学園艦も被害に遭っている様子だが、東日本を母港とする学園艦には未だに侵入していない。現時点で国内の学園艦のうち一番襲撃を受けているのサンダース大付属高校らしい。

 

 ここまで話し続けたアリサは乾いた喉を潤すために冷めた珈琲を一気に飲むと、空になったカップを机に置きコーラを追加注文した。キンキンに冷えたコーラが運ばれてくる前に、黙って彼女の話を聞いていたまほが口を開いた。

 

「アリサさん。モルゲッソヨの正体と目的は何だと思うか?」

「正体は不明ですが目的はただ一つ、人類の殲滅です」

「その理由は?」

「モルゲッソヨは子供を産んで育てられる能力を持つ婦女子ばかり襲っています。襲われた婦女子たちは人間としての尊厳を失い、欲望と動物的本能だけで生きていく事になります。治療法が見つからずにこの状態が続けば、いずれ人類は子供を産んで育てられず自然に滅亡します」

「人類を滅亡させるなら手当たり次第に殺したほうが早いと思うが」

「それが出来ないのはモルゲッソヨの機数が足らないからだと思われます。予め人類一人を殺すためにモルゲッソヨを何機失うのか計算しているのでしょう。更に、殺害という手段を取ると人類が激怒してしまい、人類を滅亡させるために損失するモルゲッソヨが増加するのを避けようとしていると推測しています」

「それが本当であれば、意外に計算高い奴らだな」

 

 アリサの推測に対してエリカは疑問を抱いたが納得出来る点もあった。モルゲッソヨが人類を襲撃し始めてから現在までにSNSを通じて様々な情報が飛び交っていた。その情報を読んだエリカが真偽を区別して整理すると次のようになる。

 

 1)モルゲッソヨの正体は不明である。突然変異した人類なのか、機械化された人間なのか、地球外生命体なのか、それさえも不明である。軍と研究機関が協力してモルゲッソヨを丸ごと一機捕捉して解剖しようと試みているが成功していないらしい。

 

 その理由は、それらが目的を達したり行動不能になったりすると液体化してしまい、地中に染み込んでしまうからだ。大理石製の床や鋼板製の床にさえ染み込んでしまうため、捕捉されないために地中に逃げたのだろうと解釈出来た。

 

 2)被害を受けた女性からモルゲッソヨの粘液を回収して分析すると、銅85%、錫5%、亜鉛5%、その他金属という成分の分析結果が出た。これは銅像を製作するための合金の成分とほぼ同じである事が判明しているが、それ以外の事は全く分からないままだった。

 

 ある研究者はその粘液にナノマシンが含有されていると予想して粘液を様々な試験に掛けているが、未だに発見出来ていない。

 

 3)エリカが経験したように小銃による射撃や榴弾の弾片程度では撃ち倒せない。特に頭部は強固であるが、腹部や急所に二十ミリ径以上の砲弾が直撃すれば撃破出来た。命中箇所によってはモルゲッソヨを四散させる事も可能である。

 

 4)男性には一切見向きもせずに若年者の女性しか襲わない。結果として老婆に危害が加わることは無かった。不思議なことに幼女は相手にされておらず、初潮を経験した年代から生理が止まった年代に掛けて一様に襲われていた。

 

 5)モルゲッソヨは狙い定めた女性に覆いかぶさった瞬間に粘り気のある液体に変化し、その女性に纏わりつく。粘液が付着した女性はそれを何度も拭い去ろうとするが全く拭き取れず、熱い湯を張った浴槽に身を浸からせてから洗剤で洗っても同じ結果になった。

 

 強力な洗剤では肌を痛めてしまうし、粘液が付着した皮膚ごと除去しても再生した皮膚に粘液が転移してしまうので、事実上粘液を除去する方法が無かった。

 

 6)モルゲッソヨに襲われた婦女子に起こる症状は人それぞれであり食欲減退程度なら可愛いものである。太り気味な体型を気にしていた女子は食事を摂れなくなり、睡眠不足であった女子生徒は布団に潜り込むと数日経過しても眠り続けてしまう。水泳で全国大会優勝を狙う女子生徒は足をつって溺れる寸前まで泳ぎ続け、救護した先生の腕の中でも身動きを止めなかった。誰もが抱く願望や欲望を肥大化させ宿主が疲弊するまで強制的に行動させるのだ。

 

 頭の片隅に刻み込んだ知識を引っ張り出して分析していくと、人類の出産能力を奪うというアリサの推測は的中しているのかもしれない。その後も彼女たちによる意見交換は続いたが、モルゲッソヨの襲来を防ぐ以前に撃破出来る決定的手段が見出せなせない。

 

 嫌気が差したエリカは気分を変えるため、コップの底に残っていた珈琲を一気に飲み干すと彼女にしては珍しい冗談を話した。

 

「まだ、宇宙人やゴジラが来たならば良かったのに。幾つもの戦法が編み出されているから容易に迎撃出来た筈だわ」

 

 その話にアリサが乗った。

 

「宇宙人ならサンダースに任せてちょうだい。UFOの研究をしている先生がいるのよ」

「ゴジラならば知波単だわ。迎撃に失敗して何度も上陸されているのに責任者が処罰されない不思議な国のおかしな政府と役人、突喊ばかり続ける知波単と頭の構造が同じでしょ。だから、ゴジラが自滅するまで好き勝手にさせておけばいいのよ」

「では、黒森峰が自信を持って撃退出来るのは?」

「はて、何だろう?」

 

 アリサとエリカの会話が途絶えると、何か思いついたまほが割って入った。

 

「エリカ、黒森峰に相応しい強敵を思い出した」

「何でしょうか?」

「フン族だ」

「……誰も分かりません。恐らく、副隊長でも意味が分からないです」

「そうか? 有名な史実だぞ」

 

 会話が詰まってしまったため、エリカはまほの発言に悩みつつも新たな話を切り出した。

 

「ところで、アンタはここに来る前に他の学園艦に立ち寄ったの?」

「プラウダ、知波単、BCに立ち寄りました」

「つまり、アンタにとって本当の目的は全国大会のために他校からの情報収集している訳ね」

 

 エリカの言葉を聞いた途端、饒舌だったアリサはニヤリと笑いながら口を閉ざした。どうやら図星であったようだが、サンダース大から来た使者はすぐに立ち直りエリカに挑戦的な態度で答えた。

 

「良く見抜きました。流石、黒森峰における次世代のエース、エリカさんです」

「煽ててもアンタが望む情報は出さないわよ。それより、聖グロリアーナと継続は行かないの?」

「それは別の生徒が向かっています。私はニシンパイとサルミアッキが苦手なので」

「そう、では改めて歓迎するわ。ジャガイモとソーセージしか無い黒森峰にようこそ。本当は美味しい料理があるけれど、アンタには情報公開出来ないから我慢してね」

「あら、この学園艦には東京の神保町にある本店から暖簾分けした美味しいカレー屋さんがあるではありませんか。お二人に面会する前に揚げたてのポークカツが載ったカツカレーを食べてきました。美味しかったです」

「へえ、そんな店があるなんて知らなかったわ。どこにあるの?」

「情報を手に入れるには対価を用意するか、相手が求める情報を公開しないといけません。情報屋にとって当たり前のルールです」

「アンタが欲しい情報は全てこの場で披露したわ」

「モルゲッソヨとの戦闘で治療を受けている生徒との面会が残っています」

 

 モルゲッソヨとの激戦により銀色の粘液を浴びた生徒たちは、学園艦にある診療所に収容しきれないため学園の講堂に収容されている。

 

 彼女たちの寝姿をアリサに見せるのは構わないのだが、この場でエリカたちが説明した以上の事実を引き出せることは無い。何しろ、エリカたちは既に十分な説明をしている。

 

 更に、黒森峰女学園はモルゲッソヨを殲滅するか機甲科の生徒たちが回復しない限り全国大会に出場出来ないから、情報収集しようとして東奔西走するアリサがここに来るのが無意味なのだ。

 

 アリサは単純に興味本意で見たいのか、情報収集の一環なのか、エリカたちに隠している目的があるのか、彼女の真意は分からないが、エリカにとってアリサの要望を無下に断わるのは得策では無いと思えた。

 

「隊長、彼女を病室に案内しましょう」

「分かった。私も同行する」

「ありがとうございます」

 

 彼女たちが居る喫茶店の前を一両の重戦車が通り過ぎていく。最寄りのコンビニへ行くため、修理が完了した戦車が試運転調整を兼ねて走行していたのだ。彼女たちは戦車格納庫に戻る戦車を呼び止めるとそれに乗り込み、機甲科の生徒たちが収容された臨時病棟である講堂に向けて走らせたのだった。

 

 

 

     ◆◇◆◇◆

 

 

 

 エリカとアリサは走行風によって髪を揺らしつつ、戦車の走行による振動によって振り落とされないように突起を掴んで車体天面に座っていた。この戦車の車内は一人分の空席しか無く優先的にまほが車内に潜り込んだ。

 

 だから、エリカとアリサは車体後方の天面に座る事になったのだ。座っているだけでは面白くないので二人で雑談を始めてしまう。話題は両校の隊長や副隊長についてである。

 

 アリサが語るサンダース大の内情は複雑であり、出場する純粋に戦車道をスポーツとして楽しみたい考えを持つ生徒と試合で勝利しなければならないと考えている生徒のどちらが隊長になるかによって試合に望む姿勢が変わってくるという。

 

 戦車道強豪校だが毎年開催される戦車道全国大会で年度ごとに順位が大きく異なるのはそのような理由があるらしい。おまけに次期隊長を選出するには隊長の一存では決定出来ず、戦車道履修者全員から推薦された代表生徒による投票によって決定するという。

 

 今年度の隊長の方針に不満を持つ生徒が多ければ、次年度は別の方針で進めようとする隊長が選出される可能性が高い。おまけにその年の代表生徒の気質によるものもあり、代表生徒自身の考えが確固としているか友達の意見の左右されるかで異なる結果を生み出す。黒森峰とはまったく異なる思想を持つ集団なのだった。

 

 翻って黒森峰は勝利一辺倒の方針が揺らいだ事はなく、他の学校からは「戦車は硬くて頭も尻も固い」などと揶揄にされる始末である。エリカにとって両校の方針のどちらが正しいのか分からないが、黒森峰が常勝校として九連覇出来た理由が何となく理解出来たのだ。

 

 アリサが一通り話終えると、アリサは「次はアンタの番だ」と言うかのようにエリカを見つめた。正直に言って未だにどんな手札を隠し持っているのか分からないソバカス顔の女を相手にするのは気疲れするが、黙っているよりはマシである。

 

 だから、エリカはアリサに問いかけた。

 

「アンタは何を知りたいの?」

「西住姉妹、特に妹のことです」

「そうね……。気弱で人見知り、積極性に欠けているから主導権は相手に握られる、彼女を見ていると私が手を出したくなるくらい腹が立つ女の子よ。でも、試合では西住の血によるものなのか、ここぞという時に相手に挑み勝利を掴む実力は確かだわ」

「弱点は?」

「無い」

「弱点が無い完璧な人間なんてこの世に居ません」

「遠い昔だけど完璧な男が一人居たそうよ」

「誰ですか」

「その名はイエス・キリスト、聞いた事はあるでしょう」

「良く知っています。稀代の扇動家であり、彼の死後2000年経過した現在においても彼の思想に共感する者たちを生み出し、世界の政治経済が左右される恐るべき影響力を持つ集団の創始者です。つまり、今後の事を考えると西住姉妹の妹はゴルゴダの丘で処刑しなければならないという事ですね。良く分ります」

「アンタってホントにドSなのね」

「エリカさんには言われたくない科白です。でもね、今の話で一つだけですが分かった事があります」

 

 アリサはにんまりと笑うと、疑問を浮かべているエリカに向けて答えた。

 

「それは黒森峰の結束力。強固な結束力で結ばれた生徒が高火力の重戦車を操縦している。これを目の当たりに出来ただけでも十分です。これじゃあ、今年もサンダースが優勝するのは難しそうです」

「……どこまで本気で言っているのか分からないけれど、私たちの結束力がどんなものかアンタに見せてあげるわ」

 

 間も無く彼女たちは、荘厳な印象を与える古代ギリシャ様式の意匠が施された講堂にある正門に到着する。エリカは先頭を切って戦車から降り、彼女たちを室内に案内すべく重厚な扉を開けた。

 

 その途端に、アリサは手で口を押えてしまい呻き声を漏らした。彼女がそのような反応をするのは致し方がなかった。

 

 機甲科の全生徒が集合しても余裕がある程に広々とした講堂は、椅子の代わりに床へ隙間なく敷かれた布団とモルゲッソヨによる銀色の粘液が貼り付いた女子生徒が寝転がっていたからだ。

 

 修学旅行や合同合宿で大広間に布団を敷いて寝るのは楽しい思い出になるであろうが、寝ている生徒たちから和気あいあいとした雰囲気は感じ取れなかった。生徒たちは寝ているか、延々と独り言を言っているか、暴れるので拘束されているかのどれかである。

 

 その生徒たちが寝ている布団の間にある通路を女性医師や他の生徒が行き来して生徒たちの容態を確認していた。だが、本職の医師がいるからといって安心は出来ない。女医も困惑している様がありありと感じ取れるからだ。

 

 学園艦に備蓄している薬品では治癒出来ず、感染防止の防護服は取り寄せ中だった。おまけに、モルゲッソヨの粘液が掛かった生徒の身体に触れると二次感染する可能性もある。

 

 そのため、女医としては職業的使命を果たせずに不本意であったが、機甲科の生徒のうち症状の軽い者が女医の手先の代わりとなっている。

 

 エリカとしては目を背けたくなるような光景であり、視線を反らして隣にいるアリサを見た。すると、不思議な事に彼女は真剣な眼差しで安静にしている生徒たちを見ていたのだ。そんな彼女を見ているとエリカは益々疑念に襲われる。

 

 一体、アリサがここに来た真の目的は何だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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