モルゲッソヨ   作:キルロイさん

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 エリカは聞き慣れない人物の名前に戸惑った。みほは汚れたショーツを前にして議論しているエリカたちを見てオロオロしているし、まほとアリサは何か理解したかのように納得した顔になっている。完全に彼女たちの話題から置いて行かれている。

 

 だから、エリカは思い切ってまほに尋ねた。

 

「隊長、成○琳とはどんな人ですか?」

「ああ、角刈りのボンボンがマウント取っている地域に関係する女性だ」

「具体的に名前を出したらいかがですか」

「今、読者が読んでいるこの小説投稿サイトで規約違反に引っかからないためだ。実在する登場人物は名前を伏せたつもりだが、何の判断で規約違反になるのか不明だからな」

「そうですか。それで、どのような関係なのですか」

「ボンボン君のお兄さんを生んだ母親だ。ボンボン君は別の母親から生まれている」

「つまり、ボンボン君のお兄さんは約七〇年続く伝統ある家業を継ぎ損なった訳ですね」

「国家にとって七〇年は短すぎるのか判断つかぬがな」

 

 エリカは涙による染みが出来た楽譜の切れ端を見下ろした。出身は敵国だが心はこの国と夫に預けた。なのに誰も認めてくれない。そんな彼女の無念と悲嘆が涙として染み込んでいる。たった数枚の楽譜だが、彼女が歩んだ人生が染み込んだ楽譜だと理解するにつれ歴史の重みを感じてくる。

 

 大小問わず誰もが持つ欲望、それを肥大化させて宿主が疲弊するまで強制的に行動させるモルゲッソヨ、その原動力は母親として息子や国を育てていく欲望を果たせずに無念の涙を流した女の怨念、これで全てが繋がった。

 

 それにしても、何故、この楽譜をアリサが持っているのだろうか。疑問を覚えたエリカはアリサに質問すると、彼女はすらすらと答えたが箇条書きで書くと以下のようになる。

 

 1)楽譜はモルゲッソヨの金型原型を製作した人物の自宅から発見された。

 

 2)その楽譜は用紙の四方のみ残り、五線譜や音符が書かれている範囲は手作業で綺麗に丁寧に切り取られていた。また、同じように破かれた楽譜の切れ端も残されていた。

 

 3)アリサが持っている楽譜はそのコピーであり、原本はサンダース大の研究室にある金庫に保管されている。

 

 4)モルゲッソヨの金型原型を製作した人物は行方不明である。現地警察が捜索しているが未だに見つかっていない。既に亡くなっているとの情報もある。

 

 5)モルゲッソヨの製作工房には金型が残っているが、亀裂が入っているため再製作は出来ない。また、原材料、製作者が残したノート、帳簿が一切無い。現地警察は親族が廃品回収業者に売り払ったのだろうと推測しているが、アリサはモルゲッソヨが持ち去ったと推測していた。

 

 エリカたちはモルゲッソヨについて一部の謎を解明出来たが、これを撃破する有効な手段は見当たらない。

 

 サンダース大が実施したように、広大な学園艦の艦内にある区画にモルゲッソヨを誘導して封じ込めるか、火炎放射器で焼いて溶かしてしまうか、当面はその戦法を取るしか無いのだろう。再び襲来するであろうモルゲッソヨとの戦闘を考えると、エリカは頭痛を覚える。

 

 ふとアリサを見ると彼女は帰り支度を始めていた。アリサにとってはこれ以上の長居は無用なのだが、エリカにとっては彼女を返す訳にはいかなかった。未だに彼女が隠している事実があるとしか思えなかったからだ。

 

「ねえ、アンタ。他に隠している事は無いの?」

「私がお昼を摂ったカレー屋のこと?」

「モルゲッソヨへの対処法や治療法よ」

「そんなのが有れば、私はここに来ていないわ」

「誤魔化そうとするのはいい加減にしなさい。ここから逃がさないわよ」

「ホントだって!」

 

 唐突に始まった二人の口喧嘩は、相手の肩や髪を掴む寸前まで次第にヒートアップしていく。そして、その行方をオロオロしながら見ていたみほが、遂に絶叫した。

 

「喧嘩はやめて!」

 

 みほの絶叫が室内の隅々まで響き渡ると我に返った二人は口喧嘩を止め、室内は一瞬で静寂を取り戻す。

 

 その時だった。彼女たちは異質な音を聞き取ったのだ。

 

 ボタッ

 ……

 ……

 ……

 ボタッボタッ

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……

 ボタタタタタッ

 

 その音は彼女たちの足元から聞こえてくる。アリサはその音の発生源を見たが、その顔には間を開けずに驚愕が現れた。

 

「うそ、何で……」

 

 アリサが驚愕するのは当然であった。先程までみほのショーツにこびり付いていた粘液は、硬化する前の水糊のように流動性を失っていた。だが、それは何時の間にか流動性を取り戻し、そこから次々と滴り落ちては床に消えていったのだ。ショーツだけではない。ジャケット、スカート、その他の衣類からも滴り始めていたのだ。

 

 その事象を直視しているエリカは脳内でその原因を探し求めた。アリサが紙片を回収したので粘液が結着力を失い流れ出したのであろうか? そうであれば、講堂で安静にしている機甲科の生徒たちから粘液が流れ落ちない理由が説明出来ない。

 

 では、本当の理由は?

 

「みほ、講堂に行こう」

「うん?」

 

 エリカの直感だが、この事象は紙片ではなくみほの声が原因だと思えたからだ。その直感が的中するか確認するため、彼女たちは講堂に戻りエリカを庇った先輩の元に向かった。

 

 先輩はモルゲッソヨに襲撃される直前まで見せた元気な姿とは異なり、床に敷かれた布団と一緒に胸元や手首を拘束されている。両手の指先だけは何かを弄ろうとして動き続けていたが、その表情は何かに怯えるかのように引きつっている。まるで、先輩の体に生じた変化に頭脳が混乱しているかのような雰囲気であった。

 

 そんな姿になった先輩の前に二人が立ち並んだのだ。

 

「みほ、大きな声で先輩を励まして」

 

 エリカはみほに頼むと彼女は深呼吸を始め、そして大声を出した。

 

「先輩、元気を出して下さい!」

 

 エリカの直感は的中した。驚くべき事に先輩の顔や身体に張り付いていた粘液が、彼女の大声によって剥離したり流れ落ちたりしていったのだ。信じられない事象にざわつく生徒たちを背にして、みほは何度か大声を掛けた。そして、遂に先輩の身体から粘液が取り除かれたのだ。

 

 たちまち歓声が上がり、まほやアリサを始め、被害が軽傷な生徒が安静にしている生徒に向けて次々と大声を出し始める。だが、声質と粘液との相性によるものなのか、粘液が多量に取り除けたのはみほによる大声だけであった。

 

 彼女の声だけに反応するメカニズムは不明だが、みほは喉を枯らしつつ最後の一人まで大声を掛け続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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