モルゲッソヨ 作:キルロイさん
あれから数日後、モルゲッソヨ再襲来による警報により戦車道チームは直ちに出撃した。全ての戦車が出撃可能であり、搭乗する生徒達は全国大会出場資格を持つ生徒が復帰したため錬度も高い。それだけではない。彼女たちの士気は高揚しモルゲッソヨを殲滅してやると息巻く生徒まで現れている。
彼女たちの反応は当然とも言える。こちらには「音響兵器みほ」という切り札があるのだ。
彼女は兵器としてエリカに手荒く扱われる事を嬉々と受け入れた。そして、広大な戦車道演習の平原に置かれた号令台の上に一人で立ち、行進しながら接近してくる約一〇〇機のモルゲッソヨを待ち構えていたのだ。
そして、みほの背中側にエリカが座乗するティーガーⅡが待機していた。そして、前回と同じようにエリカと装填手はそれぞれのハッチを開け、綺麗に足並みが揃った行進で接近してくるモルゲッソヨを双眼鏡で目視していたのだ。
「本当にみほさん一人で大丈夫?」
「誰もが経験を積んだから前回のような不手際や間違いはしないわ。大丈夫よ」
エリカが主導で立案した作戦は、みほを囮にしてモルゲッソヨを誘引するところから始まる。
猫には鰹節、二十二世紀型猫型無人機にドラ焼きをちらつかせると喜んで近づいてくるのと同じように、吸血鬼には処女、失恋による心痛を恐れて愛の告白をする勇気が欠けている童貞には二次元の嫁、モルゲッソヨには可愛らしくお淑やかな性格である女子高校生が必要だった。その対象としてみほが選ばれたの必然である。
そして、モルゲッソヨがみほを取り囲んであんな事やこんな事をする前に、みほの背後で横隊陣形を組んだエリカ指揮の戦車隊がモルゲッソヨの接近を妨害する。その隙に隠匿しているまほ大隊長直率の戦車隊がモルゲッソヨを包囲してしまい、一気に殲滅する作戦なのだ。
救援が待ち合わなければみほが凌辱されてしまう可能性があるのは重々承知していたが、これ以上被害者を発生させないためにはこの作戦しか考え付かなかった。
「つまり、大丈夫ではない場合は、みほさんの頭上を砲弾が飛び交うと」
「まあ、最悪そうなるかもね。そうならないために副隊長に頑張っていただかないと」
「モルゲッソヨを包囲するから、卵をひき肉で包んだ料理『スコッチエッグ』を作戦名にしたのはいいとして、こんな作戦を考えたエリカと率先して号令台に立ったみほさんが怖いわ」
「私や副隊長よりモルゲッソヨが怖いでしょ?」
「まあね。でも、敵に回したくないのはエリカやみほさんだわ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
装填手は知らなかったが、作戦名を決める際にエリカと西住姉妹との間で熱い議論があった。西住姉妹は『第○○号作戦』というように数字とアルファベットを並べただけの無味乾燥な作戦名や『「ギュギュっと」作戦』というように擬音だけの作戦名を次々と提案したが、最終的にエリカが提案した『スコッチエッグ作戦』に決定したのだ。
これはエリカの言葉が二人に響いたからである。彼女はこう言ったのだ。
「私、新しいカレー屋さんを見つけました。東京の神保町にあるカツカレー専門店と同じくらい美味しいと評判のお店です。これからそのお店に行きませんか?」
エリカの言葉は西住姉妹の心ではなく腹に響き、途端に二人は腹の虫が鳴り始めた。時計は夕食の時間帯である事を表示していたからだ。
アルデンヌの森を突破する作戦において戦車を走らせるための燃料枯渇により進撃を断念したドイツ国防軍のように、西住姉妹も作戦名の議論継続を断念した。その隙に主導権を握ったエリカによって作戦名を決定した。
ちなみに、そのカレー屋はアリサから教えて貰った店である。彼女なりに手に入れた情報の対価としてエリカに教えたのだ。
エリカと装填手の無駄話は延々と続いていたが、それは唐突に打ち切られる。その原因は親愛なる妹の身を案じつつも、エリカの作戦案を実行に移した大隊長からの通信であった。
「ドライカレー1からハンバーグ1、打ち合わせどおり戦闘の総指揮はエリカに任せる。エリカ、頼んだぞ。
この通信によってティーガーⅡの車内は静まり返り、自らの役目を忘れた事が無いエリカは真剣な表情になり隊長の背中を見た。
彼女が搭乗する戦車の正面で立ち構える副隊長の後ろ姿は、戦車の砲塔天蓋に立って敵情視察するかのように不安を微塵にも感じさせない堂々とした姿であった。そう、いつもの副隊長であった。
エリカは気圧されていない副隊長の様子に安堵しつつ呟いた。
まったく、アンタは大した女だわ。個人的な勇気を示す限り部下が普段の数倍の実力を発揮する事を良く理解している。流石、西住流だわと言いたいけれど、私はアンタの態度が気に食わないのよ。だから、私はアンタに一言だけ言わせて貰うわ。アンタのガラ空きの背中、私が守り切ってみせる。
エリカの呟きは風に乗って流れ、広大な演習場に拡散していく。
それから間も無くであった。エリカが率いる中隊に加わっているバウアーからの報告が届いた。
「ハンバーグ2より1、正面から接近中のモルゲッソヨ約一〇〇機と副隊長までの距離が五〇〇まで迫ります。
バウアーにとって対モルゲッソヨ戦は初陣だが、彼女に届けられた冷静な状況報告はみほが振り撒く勇気によってバウアーが気圧されずにいる証拠であった。エリカやみほの狂気に感染したとも言えるが。
作戦開始する時が来た事を悟ったエリカは口喉マイクのスイッチを入れ、演習場のどこかに潜伏しているまほ大隊長指揮下の本隊に報告する。
「ハンバーグ1よりドライカレー1、スコッチエッグ作戦を開始します。
ハンバーグはエリカ隊、ドライカレーは大隊長であるまほ直率隊の無線符丁である。他の戦車隊の無線符丁もひき肉料理の名称で統一していたが、みほだけは異なる符丁にしている。エリカは無線周波数を切り替えてみほに指示する。
「ハンバーグ1よりボコモン、作戦を始めるわよ。
「ボコモンよりハンバーグ1、スコッチエッグ作戦を始めます。
誰が用意したのか、頭に輪っかが浮かんでいるような形状をしたカチューシャと天使の羽根が背中から生えている純白のワンピースで身を装ったみほは、マイクを握り第一声を発した。
「こ、こんにちは。モルゲッソヨの皆さん」
彼女の挨拶を聞いたエリカを始め大多数の生徒は場違いな挨拶に呆れたが、家庭や学校で厳しい教育を受けてきた彼女にとって身体に染み付いた習慣を変えるのは困難だからだ。
だが、これを聞いたモルゲッソヨに変化が現れた。
先程まで足並み乱れる事無く行進を続けていたにも関わらずピタリと停止し、大型のヘルメットによって隠れている顔を彼女に向けたのだ。みほはその迫力に思わずのけぞったが間も無く姿勢を正し、観客に応える地方アイドルの未成年歌手のようにモロゲッソヨへ話し掛けた。
「私、西住みほの歌を聞いてください。一曲目は『イムジン河』です」
懐かしさを感じさせるフォークソングをみほが歌い始めると、鋼が貫いているかのように一糸乱れず行進するモルゲッソヨは動揺し始めた。必死に歌っている当人には失礼ではあるが想像以上の破壊力があったのだ。当然ながら先日の戦闘で苦汁を味わった各戦車の車長が興奮を抑えきれずにエリカへ次々と報告を届けた。
「ハンバーグ6より1、一部のモルゲッソヨは帽子を被ったまま両手で顔を擦り始めました。どうやら涙を拭っている様子です。
「ハンバーグ8より1、モルゲッソヨが泣き崩れました。副隊長の歌声はマジ半端なくヤバイです。
「ハンバーグ11より1、幾つかのモルゲッソルが頭を地面に勢いよく叩きつけていますが、何故かヘルメットがもげません。チ○コのような形状をしたヘルメットはもの凄く硬くて太くて大きいです。
「ハンバーグ1より全車、報告内容を吟味しなさい!
「エリカちゃん、そうカリカリしちゃ駄目よ」
「ハンバーグ1より5、レイラ、私は落ち着いているわ。
エリカは自ら率いるハンバーグ中隊で交される無線の内容に困惑しつつも、モルゲッソヨから目を逸らす事はしなかった。万が一、みほがモルゲッソヨに捕まったら彼女は戦車から飛び降り彼女を連れて逃げるつもりだった。
実際に出来るか分からないがエリカの覚悟は本気だった。
既に演習場の彼方から砂塵を立てつつ次々と戦車が接近しており、モルゲッソヨの包囲網が構築しつつある。みほは二曲目である「鮮やかなる朝の歌」を歌い始めており、その後、「一夜で枯れるムクゲの花」「あゝ金剛山、とある工場勤務女子哀歌」「白頭山噴火音頭」を順々に歌ってモルゲッソヨが身動きしなくなるまで歌い続ける。
だが、全てのモルゲッソヨがエリカの計算通りに行動する訳では無かった。
「ハンバーグ9より1、約半数のモルゲッソヨが前進を継続していますが、何故か股間を押さながらみほさんに接近しています。
「ハンバーグ4より1、押さえているというより、アレを握っています。
「ハンバーグ1より4、要旨不明、再送しなさい。
「……硬くて太くて大きくてギンギンしたオチン○ンを副隊長に向けながら接近しています。
「あっ、ホントだ。凄く大きくなってる」
「奴ら、副隊長にぶっかける気です!」
「何でそんな事を……」
「あっ、誰かから聞いた事がある。人間って死ぬかもしれない予感に襲われると、子孫を残そうとしてエッチな事をしたい気分になるんだって。だから、モルゲッソヨはそんな気分になっているのじゃない?」
「あーそーゆーことね、完全に理解した」
「わかってないでしょ」
「ハンバーグ1より全車、私語を慎みなさい!!!」
「ハンバーグ2より1、モルゲッソヨと副隊長までの距離は間も無く二〇〇、モルゲッソヨは射撃、いえ射精体勢を取り始めています。
予想していた展開ではあるが、みほの歌声だけでは全てのモルゲッソヨを行動停止に追い込むには力不足であったのだ。当然ながらこれを見ている生徒は焦り出し、次々とエリカへ射撃開始指示の催促をしたが、エリカはそれに応じなかった。
今の時点で射撃したら砲声でみほの歌声がかき消されてしまい、行動不能になったモルゲッソヨが行動再開するような予感がしたからだ。それ以前の問題として、モルゲッソヨへの包囲網が完成しつつある状況で射撃したらモルゲッソヨの奥側に展開いる戦車隊に被弾してしまう。
包囲中は射撃出来ず、包囲網が完成しないと新たな作戦が発動出来ない。ほんの数分であるがエリカはそれまで待つ事しか出来ない。奥歯を噛み砕いてしまうくらいに歯を食いしばり自分自身の焦りを打ち消そうとする彼女であったが、遂に待望の報告が届いた。
「ロールキャベツ1、所定の配置につきました。
「メンチカツ1、包囲完了。
「ドライカレー1、配置についた。
食いしばり過ぎて下顎に痛みが残るが、彼女はそれを気にせずに喉頭マイクで指示を下した。
「ハンバーグ1より全戦車、これより『ミートボール作戦』を開始する。総員直ちに準備せよ、三十秒後に作戦発動する。
指示を終えると彼女は砲塔天蓋に立ち上がる。彼女以外にバウアー、レイラといった面々も立ち上がり、更にモルゲッソヨを包囲した全ての戦車から車長や手空きの乗員が天蓋に立ち上がった。次々と戦車から現れた彼女たちに驚いたのか、みほに接近していたモルゲッソヨはピタリと止まり次々に彼女たちを見上げた。
モルゲッソヨは警戒しているのではなく標的の品定めをしている。間違いない。彼女は薄気味悪さを覚えたが、それを口にする事はせずに耐え続けた。そして、遂に時間が来た。
彼女の可憐な唇から、大伴家持が作詞した曲が歌声として次々と空に放たれていった。
歌っているのはエリカだけでは無い。砲塔天蓋にいる生徒たちもエリカの歌声に合わせて次々に歌い始めた。彼女たちの歌声は各戦車の砲塔天蓋に増設された拡声器によって増幅され、音響兵器としてモルゲッソヨに向けられる。もちろん、みほやまほの歌声も混ざっている。
これが、エリカが立案した作戦の最終段階『ミートボール作戦』だった。
間も無くモルゲッソヨに変化が現れた。全てのモルゲッソヨが溶け始めたのだ。彼女たちが歌っている曲は、小学生でも簡単に覚えられる程度に短いので何度も繰り返し歌われる。それは、モルゲッソヨが完全に溶解するまで繰り返されたのだった。
◆◇◆◇◆
彼女たちの目の前に広がる大地には、熱いフライパンの上で溶けたバターのようにモルゲッソヨの残骸が点々と残っていた。
遂に、彼女たちはモルゲッソヨに勝利したのだ。
エリカが高らかに作戦終了を告げるとあちらこちらから歓声が挙がり、彼女の隣の戦車に立つバウアーがエリカに話し掛けた。
「やっと終わりましたね」
「そのようね。皆、よく頑張ったわね」
「皆でノンアルコールビールパーテーィーでもしたい気分です」
「そうね、後で隊長に相談してみようかしら」
「別件ですが、たった今気付いた事があります。私たちは強敵を作ってしまったかもしれません」
「えっ?」
「奴らは日本全国どこにでも出没します。この学園艦に攻め込むのは時間の問題です」
「ぼかさないで、正体をはっきり言いなさい」
「その名は、
「あっ……。もしかして、使用料を取られるの?」
「学校教育以外の目的で楽曲を使用しているので回避出来ませんし、集金袋を携えて乗艦してくる奴らへ戦車砲を向けられません」
「今のうちに宣言するわ。私には撃退出来る自信がまったく無い」
「人類にとって最大の脅威は人類である。この言葉は不変ですね」
彼女たちの目の前には、生徒たちからのアンコールに応えたみほが曲を熱唱していた。曲名は「おいらはボコだ」だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最終話である第一〇話は7/7(土)〇時に投稿しますので、しばらくお待ち下さい。
本作は2018年冬季五輪で世界中の視線が釘付けになった彫刻「モルゲッソヨ」から発想を得て、ブーツでリズムを取りながら歌うパンツァーリートを組み合わせようと思い立ちました。
ですが、書くにつれ何故かパンツァーリートが君が代になってしまいました。ホント計画どおりに仕事を進められない作者らしい失敗です。
さて、本作を執筆するにあたり、作者の調査不足により何箇所か適当に書いた箇所があります。下記に記しますので、ご教示いただけると幸いです。
(1)ティーガーⅡの射撃装置について、戦車砲を発射する引金もしくはペダルはどこにあるのでしょうか。
(2)「前進」「後進」「停止」「発射(もしくは撃て)」をドイツ語で発音するとどんな呼び方になるのでしょうか。