突然ですがワンサマーになりまして   作:幻想交響曲

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織斑一夏という少年

 二人の子供が剣を構えて向き合っていた。

 

 一人は少女。

 竹刀を中段に構え、向かい合う相手の一挙一動を見逃すまいとしている。小学生とは思えないほど洗練されたその構えは彼女の才能を思わせた。

 名を篠ノ之箒。この道場の主の娘である。

 

 一人は箒と同じぐらいの少年。

 箒とは違い、だらりと腕を下げている。構えを形式上ですら取らないその姿は完全に相手を舐めているように見える。

 箒を見据える眼には一切の光がなく、顔からはありとあらゆる表情が抜け落ちていた。

 名を織斑一夏。この道場の主を持って"鬼才"と言わしめた少年である。

 

 二人の間には小学生とは思えないほどの緊張感が走っていた。

 並の者ならばこの気だけで卒倒するだろう。

 現に箒の額には嫌な汗が滲んでいた。

 

 –––––やはり、強い………。

 

 幾度となく一夏に挑んだが、箒が勝てた試しはない。

 一見ふざけているようにしか見えない一夏だが、箒はそれが一夏にとって最適な"構え"なのだと認識している。

 予測不可能な軌道に、型にはまらない動き。

 対策のしようがない一夏に何度も敗北を喫してきた。

 

 –––––しかし、今日こそはっ!!

 

 先に仕掛けたのは箒だった。

 見た目に似合わない強力な踏み込みで、一夏に接近する。蹴られた床が大きな音を鳴らす。

 

 一夏は動かない。

 腕をだらりと下げ、光のない瞳だけが箒を捉えていた。

 その瞳に気圧されそうになるも、己を奮い立たせて竹刀を強く握る。

 

 ––––勝ちたい。負けたくない。

 

 そこに小難しい考えなど存在しない。

 ただただ目の前の相手に勝ちたいと願う。

 

 軽量化するために短くされた竹刀。箒が持つその竹刀の間合いに一夏が入る。

 互いに竹刀を振れば当たる位置だ。

 

 一夏の腰が沈む。

 

 瞬間、箒の眼前には竹刀の切っ先が迫っていた。

 ノーモーションから繰り出される最速の突き。無形の構えから放たれるそれは予測すらさせなかった。

 

 一夏の突きは的確に箒の面を捉え、その勢いで箒の体が後方へと軽く吹き飛ぶ。

 正に一瞬の出来事だった。

 目は晒さなかった。瞬きはしなかった。それでも一夏の動きを捉えることは出来なかった。

 

 –––––悔しい。

 

 箒は自分を見る冷めた少年を見てそう思う。

 不思議と怒りは湧かなかった。それほどまでに隔絶とした差があるのを幼いながらに理解していた。

 それでも小さな武人は悔しさを滲ませる。

 

 一方、一夏はというと

 

(箒ちゃんが小学生をやめている件について。篠ノ之家には化物しかいないのか……泣きそう)

 

 一人静かに涙を流していた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 気が付いたら別人になっていた。

 

 縮んだ体、顔を初めて見た家族と思われる人たち、見知らぬ町。理解したくなくても世界が無理やり理解させようとしてくる。お前は転生したのだと。

 

 現実逃避すること先日100回を達成。

 

 涙を流すこと数知れず。

 

 何故か言うことを聞いてくれない表情筋に、前世から引き継いだコミュ障。

 なんてものを引き継いできてんだお前。それだけは置いていきなさいってお母さんに言われただろ? 言われてなかったか、そうか。

 

 "転生"はコンプレックスを克服するものだと思っていた俺には衝撃の事実だった。

 転生ってブスはイケメンへ、無能は天才へ、コミュ障はリア充へと変わるための儀式ではなかったのか。なんでマイナスを引き継いできてんだよ。

 あまりの衝撃に「なんでやねん……」と関西弁になるぐらいだ。

 

 だがしかし、別に悪いことばかりではない。

 このままだと俺はコミュ障糞童貞野郎というイメージが形成されてしまう。少し待ってほしい、これから、これからがアピールポイントだから。

 

 まず、顔は非常に整っている。

 表情を全く変えることができないという凄まじいハンデがあるものの、それでも手放しにイケメンだと言っていい。

 どれくらいかと言われると、前世の俺が出会ったならば出会い頭に顔面に一撃、気絶したところをゲイバーに叩き込み、その情報を写真とともに学校に流すほどだ。

 

 そしてやたらと器用なのだ。いや、才能に溢れていると言うべきか。

 器用貧乏ならぬ、器用万能。練習しなくともある程度形になり、努力すればおそらくほぼ完成すると言っていいだろう。

 とはいえ、やはり一流には劣ってしまうだろう。技術がそんなに安っぽいものだとは思っていない。

 今はその才能を剣道に注いでいるというわけだ。

 

 ………なんだこの主人公感。何故かイケメンで、何故かなんでも出来るご都合主義の塊のような存在になってしまった。

 くっ、これでコミュ障さえなければ完全体になれたものを。コミュ障さえなければ!!

 願わくはこのコミュ障をなんとかしてくださいご都合主義様。え、無理? 主人公補正がかかってできないならどうしようもないだろ、いい加減にしろ。

 

 ごほん、ともかくそれが俺『織斑一夏』という存在なのである。

 

「やはり一夏は強いな」

 

 ザ・大和撫子な少女が俺に声をかけてきた。

 見た目こそ大変可愛らしい彼女だが、中身はきっと鬼か何かだろう。

 毎日毎日俺に勝負を挑み、殺気にも似たものを纏って竹刀を振る。先ほども小学生の女の子とは思えない気迫だった。

 彼女の姉も化物だし、父親も化物、ついには箒ちゃんまでその片鱗を見せてくるとは。もはや篠ノ之家の癒しは篠ノ之マザーだけである。

 

 なぁ、俺は何か恨みをかうことでもしたのだろうか。誰か聞いておくれ。

 俺? 自分から声をかけるなんて無理無理。コミュ障舐めんな。

 

「もう私では相手にならないな」

「いや……」

 

 これ以上強くなる気ですか………。

 小学生であの気迫だぞ? これが高校生にでもなってみろ。竹刀ですら首を切れるようになっているかも知れない。

 篠ノ之家ならできそうなのが怖い。

 あの妹大好きっ子が手を出すだけでできそうなのが怖い。

 

「ふっ、慰めなんていらない。でも、いつかお前を超えてみせるからな!!」

 

 ビシィッと竹刀の切っ先を向けて高らかに宣言する箒ちゃん。

 あら、カッコいい……じゃなくて。

 慰めなんて俺がするわけないだろ。むしろ俺が慰めてほしいわ。この境遇を諸々。

 

「にしても、やはりあの構えだけはどうにも慣れないな。隙だらけに見えるのに隙がない。誰に教わったんだ?」

 

 アニメから………なんだよなぁ。

 ほら強キャラに構えないキャラっているやん。自然体こそ最強!! みたいなキャラが。

 単にそれを真似ただけなんだよなぁ。

 

「………誰とは言えない」

「………そうか」

「………ただ、俺とは次元の違う存在だ」

 

 文字通り次元が違う。

 二次元と三次元の話だからな。

 

「次元が………違う?」

 

 え、何深く考えてんの?

 待って待って、「うわー、二次元のキャラが師匠とかないわー」とか思ってない?

 違うから、男なら誰でも通る道だから。

 お願い引かないでぇぇぇ………。

 

「一夏の師匠だからな……うん、私には想像もつかない」

 

 やめて、そんな遠い目をしないで。せめてなじって、馬鹿にして。

 その中途半端な優しさが一番効く。

 曖昧な答えってのは無責任なんだぞ! 聞かれたから答えただけなんだから、この始末は箒ちゃんがつけてくれよ!!

 

 まじでどうする? 無愛想なオタクなんて需要ないぞ。

 オタクってのは若干オープンぐらいがちょうどいいんだ。何より隠すよりも印象がいい。陰キャ臭が薄れるからな。

 

 ところが暗い奴がオタク趣味だったらどうだ?

 どう見ても完全にヤバイ奴です、本当にありがとうございます。

 経験上、暗いオタクは性癖が特殊な奴が多いと認識している。ロリコンだの、マゾだの、BL好きだの。もうお腹いっぱいですわ。

 

 あぁ、俺はこれからどんな顔をして会えばいいというんだ。

 箒ちゃんの性格上、言いふらすなんてことはないと思うが、付き合いの長い彼女に誤解されるのが一番辛い。

 

 ………もう、どうにでもなってしまえ。

 明日は明日の俺がなんとかするさ。な、明日の俺。

 明日の俺が今日の俺に対して暴言を放っている気がするが、気のせいだろう。多分、おそらく、メイビー。

 

 

 

 あ、目眩がしてきた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「にしても、やはりあの構えだけはどうにも慣れないな。隙だらけに見えるのに隙がない。誰に教わったんだ?」

 

 箒はほんの興味本位で一夏にそう問うた。

 一夏という少年は構えからも分かる通り異質な存在だった。

 型にはまった動きを嫌い、自由な動きを好む。基本の動きを投げ捨て、変態とも言える動きで戦うのだ。

 

 道場の主、篠ノ之柳韻が言うに"奇剣"。

 構えをとらず、時には竹刀を投げ、竹刀を蹴り飛ばし、曲芸じみた動きも見せる。

 剣道というより剣術。

 それも実戦よりの何でもありの戦い向けの。

 

 故に柳韻は一夏に己の流派を教えていない。というより教えられないのだ。

 基礎を重んずる堅実な篠ノ之流と、自由な一夏の剣は相容れない。

 柳韻は一夏の剣に不純物を加える気はなかった。一つ決まった型を加えてしまうと動きに変な癖がついてしまう。それでは一夏の強さが薄れてしまうと考えたのだ。

 

 現在、一夏に課せられているのは体力作りと実戦のみ。

 実質的には柳韻は師と言いづらい。

 

 しかし、箒が知る中で一夏より強いのは自身の父である柳韻と、一夏の姉織斑千冬しか知らない。

 柳韻はもちろん、千冬も篠ノ之流を学んだ者であるので、とうとう箒には思い当たる人物がいなかった。

 

「………誰とは言えない」

 

 一夏はしばしの間考え込んでそう答えた。

 一夏は自分のことをあまり語らない。

 それを箒は知っている。知っているが、

 

「………そうか」

 

 納得いかない。

 軽い気持ちで聞いたものだが、それなりに興味があったのだ。

 箒にとって一夏とは絶対的な壁である。そんな目標の師のことを知りたいと思うのは当然だった。

 

「………ただ」

 

 そんな箒の様子を見たからか、一夏は珍しく言を続けた。

 

「俺とは次元の違う存在だ」

「次元が……違う?」

 

 そして紡がれた言葉に箒は戦慄する。

 次元が違う。言葉の通り立っているステージが違うということだろう。

 一夏をしてそう言わしめる実力者。

 顔の見えない強者にぶるりと体を震わせる。

 

「一夏の師匠だからな……うん、私には想像もつかない」

 

 そして箒は考えるのをやめた。

 一夏と次元の違う存在。幼い彼女の小さな世界では、それは鬼とかいう化け物の類にしか思えなかった。

 

「………もうこんな時間か」

「ん、え、ああ、そうだな」

 

 壁に掛けられている時計を見れば、時刻は午後6時。

 外を見れば日は落ち始め、オレンジの空に夜の黒が滲み、綺麗なグラデーションを成していた。

 

 どこか大人びている一夏だが、その実まだ小学生だ。織斑家にはしっかりと門限が定められている。

 織斑家には親がいない。

 一夏と千冬の二人しか家族がいない。

 だからこそ、一夏は千冬との約束を違えることはほとんどない。

 

「じゃあ、着替えてくる」

「あ、ああ」

 

 先程までは気が付かなかったが、一夏の目がいつもより濁っているのに気付く。

 不気味、というよりも恐怖を煽ってくる瞳だ。

 基本このように濁りが増しているときは疲れている時だと箒は知っていた。

 あの構えもそれなりに神経を使うのだろうと一人納得する。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 ふらふらと覚束ない足取りで歩く一夏に声をかける。

 今にも転びそうで安心して見ていられない。

 箒の心配げな声に、一夏は後ろ手に手を振るだけ。大丈夫だということだろう。

 

(私も少しは近付けているということか)

 

 これまではあそこまで疲労を表したことはなかった。

 そんな一夏に疲労させるほどのことが出来たのだと、自分が着実に強くなっているのだと満足げに笑う。

 

 ただ疑問に思うのは試合内容だ。

 いつも通り何もできずに勝負がついてしまった。一夏が疲れる要素など、どこにもなかったはずだが。

 

(まぁ、いいか)

 

 己の憧れの父は言っていた。強者には"気"というものが存在すると。

 実際、箒自身も柳韻と対面した時は、表現しづらい圧迫感のようなものを感じることがある。

 それが自分にも付いてきたということか。

 

 頰が緩む。

 満足げに笑う顔は先程までの鋭さのない、年相応の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 疲れた………主に精神的に。

 早く帰りたい。帰って寝たい。明日になれば全部忘れて、またいつも通りになるはずだ。

 できるならば箒ちゃんにも今日のことは忘れてほしい。まぁ、無理なんだろうけど。

 あの子も大人びてるからなぁ。前世の俺なんかじゃ比べ物にならない。とっても賢い、優秀な子だ。

 

 だからこその心労なんだけども。

 

 やってしまったものは仕方ない。

 覆水盆に返らず。

 俺にできることは、箒ちゃんが奇跡的に忘れてくれることを祈るだけだ。

 

 とにかく着替えよう。

 早く帰らないと、姉上様に怒られるのは少々面倒だ。

 

 半袖短パンという年相応の服を着る。

 普通の小学生なら活発な少年に見えるかもしれないが、俺は例外である。表情の抜け落ちた顔が違和感をこれでもかと主張してきている。

 

 まぁ、似合っていない。

 

 首から上と下の温度差が半端じゃない。

 下は夏をイメージさせるのに対し、上は真冬。それも吹雪の真っ只中だ。

 ギャップもここまでくると全く萌えない。むしろ摩擦を起こして大変なことになっている。

 

 そんなことを言っても、俺の表情筋はうんともすんとも言ってくれない。俺の体なのに俺の体じゃないみたいだ。

 仕方ない、服はそのうち新調するようにしよう。顔の方はどうしようもないのだから、服の方を合わせるしかない。

 暖色系はあまり似合わなそうだ。俺はクール系(笑)だからな。

 

 竹刀を入れたケースに道着を入れた袋をぶら下げて、それを肩にかける。

 ずしりとした重みが肩にのしかかる。

 こうやって武器を持っているアピールをする事で不審者から守る効果があるらしい。姉さんはそう言っていた。

 こんな無愛想なクソガキによくしてくれる姉の言いつけは守らねばなるまいと、重みに耐えながらもこの体勢をとっているわけだ。

 なお、気を抜くと肩に痣ができるので、そこだけは注意しなければならない。

 

「ありがとうございました」

 

 外に出た俺は振り返り、篠ノ之道場に向かって礼をする。

 武道とは礼に始まり、礼に終わる。

 部活で運動部に入っている人もわかると思うが、施設に入るときも退出するときも礼をしたはずだ。

 要はそれと同じ。使わせてもらったことへの感謝だ。

 形だけでもしておくのは礼儀というものだろう。

 

「いっくん、久しぶりだね」

 

 ………突如、背後から嫌な声が聞こえた。

 

 ここ最近聞いていない声。これを聞かなくなったからか、俺は安眠できるようになり、姉さんもストレスフリーな生活を送っている。

 今、体に拒否反応が起こっている。

 細胞単位で声の主を嫌っているのがわかる。

 

 表情筋は言うことを聞いてくれないが、やはり俺の体だったらしい。

 そうだよな、あの人が持ってくることって面倒ごとしかなかったもんな。そりゃ拒否反応も起こるよな。

 

「あれ、聞こえてないのかな? おーい、私だよー、束さんだよー」

 

 ええ、ええ、わかってましたとも。

 声が似ている別人という微粒子レベルの可能性を信じていたってのに、ことごとく希望を消してきやがって。

 また面倒ごとですかい、たまげたなぁ。

 

「………お久しぶりです、束さん」

 

 そこにいたのは紫の髪を揺らす美少女。

 箒ちゃんの姉であり、千冬姉さんの友であり、俺の胃痛の原因、それすなわち–––––

 

「うん! 久しぶり!」

 

 –––––篠ノ之束である。

 




織斑一夏

憑依系オリ主。
転生時の過度なストレスで表情筋が死滅。
前世からのコミュ障はかなり重度で、自分から声をかけられないのはもちろん、長い文章を喋ると自動的に声が出なくなる。

やりたいことがなんとなく出来てしまう天才肌。
なお、実用性からかけ離れれば離れるほど才能が発揮される残念系。

原作とは違い、正義感は人並み程度しかない。
困っている人がいれば助けようとはするが、割りに合わなければ切り捨てる。
良くも悪くも等身大の人間。
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