白騎士事件というおそらく未来永劫語り継がれるであろう事件が四年前に起こった。
各国の軍事基地が何者かに一斉にジャックされ、核弾頭を含む弾道ミサイルが一斉に日本に向けて放たれた。
その数、計2341発。
平和ボケしていた日本の国防では明らかに手に余っていた。
が、日本人って生き物は意外と強かなもので、2ちゃんでは様々な憶測が飛び交い、『日本滅亡の危機ナウ』という呟きも多く見られた。
まったくもって危機感が足りてない。
俺はというとぐっすり寝ていた。そう、寝ていたのである。それはもう熟睡していたらしい。
俺の体は危機感を持ってないどころか、危機すら感じなかったようだ。我ながら鈍いやつである。
まぁ、結果的には俺たちは助かった。
突如現れた白い機体、のちに"白騎士"とよばれるものである。
それが全てのミサイルを叩き落とし、全くの被害を出さずに制圧してしまったのだ。
おそらくガン○ムだろう。いや、そうに違いない。
生中継を見れなかったのが残念でならない。今は情報規制で見ることができないからな。
これを作った人とは話が合いそうだ!!
そう一人で盛り上がっていたのも束の間。頭の片隅で嫌な予感がよぎる。
一度気付いてしまえば止まらなかった。
『いっくん、見て見てすごいでしょ!!』
『白がいいかな? 黒がいいかな? いっくんはどう思う?』
『名前? そうだなぁ––––––
–––––インフィニット・ストラトス………かな』
歩く地雷原こと束さんが幼い俺に嬉々として語ってくれた夢の結晶。
それは奇しくも"白騎士"の正式名称『インフィニット・ストラトス』と同名だった。
–––––またお前かい。
納得といえば納得だった。
彼女以上の天才を見たことはなかったし、これからも見ることはないだろう。
仕方ない、仕方ないが許せない。
束さんじゃなくて、束さんと気が合いそうと一瞬でも思った俺を。自分で自分を人外認定してしまったようで、ショックで数日寝込んだ。
しかも、そんな天才の束さんがらしくない欠陥品を作ったのも今は問題となっている。
何故かインフィニット・ストラトス、通称ISには女性しか乗れない。
つまり俺は乗れない。俺はガンダムには………なれない。
いや、そんな小さな問題––−−俺にとっては大問題だが––−––ではない。
世界が一変した。
強大な力を持った女性は優遇され、いつしか男性を見下すようになる。
物理的な力にも、法律にも守られた女性の態度が大きくなるのは自明の理だったのだろう。かつて男性がそうであったように、今度は女性の番だというだけだ。
まぁ、男の俺としては生き辛い世の中であるが。
かくして、武力・権力を手に入れた女性。
彼女たちが舞台で放った一言は現状を人々に強く刻みつけた。
『女性こそが世界を引っ張っていくべきだ。文句があるなら無能な男どももISを使ってごらんなさい』
女性は堂々と歩き、男性が肩身の狭い思いをする。
世はまさに大女尊男卑世界。
俺、織斑一夏はそんな世界の波に流されて生きていく………!!
と、一人盛り上がってしまい申し訳ないが、まあ何が言いたいかというと、目の前の女性がISの生みの親であり、呼吸をするように面倒ごとを持ってくる災害のような人だということだ。
◆
「………それで何か?」
束がニコニコと一夏を眺めていると、一夏は不機嫌そうにそう束に問いかけた。
ただし、表情には出ていない。
束は一夏の声色の微妙な違いから一夏の心情を察しているのだ。
–––––あぁ、警戒されてるなぁ。
束自身が一夏に直接何かをしたわけではない。むしろ、親友の弟として可愛がったつもりだ。
しかし、一夏は束から何かを感じたのか、ある一定の警戒度で接しているようなのだ。
その警戒は間違いじゃない。そう束は考えていた。
束は己の狂気を認識している。そして隠し方もよく知っていた。
それを幼い一夏に読み取られたのかもしれないと考えると、束は一夏に興味を持たざるを得なかった。
「いっくんと久々にお話したくてね。こうして飛んできたわけさ」
「………仕事は?」
「もちろん抜け出してきたよ。あ、位置は特定できないようにしてるから安心してね」
「あ、はい」
束はISを発表して以来、軽い軟禁状態にあった。
最重要人物が脱走している今、おそらくそこは大パニックに陥っていることだろう。
束が他人を慮ることなどほとんどない。
そもそも彼女が認識している人物など両の指で足りるだろう。それ以外の人間など彼女の世界にはなから存在しない。
一夏もそれを知っているからだろう。納得したような、呆れたような返答をする。
「………門限がありますので」
「知ってるよ。いっくんの家に行きながら話そっか。久しぶりにちーちゃんにも会いたいし………あ、ついでに束さんの晩御飯も作ってくれると嬉しいな」
「構いませんよ」
「やったぁ!! ありがといっくん」
「二人も三人もさほど変わりませんので」
飛び跳ねながら喜ぶ束に、一夏は平坦な声で了承の意を伝える。
感情を全身で表す束と、全く表さない一夏。
対極にある二人のコミュニケーションが成立しているのはひとえに束のおかげだろう。
一夏の感情を大まかに察し、引き際を考えて話す。
これがいかに難しいことか、一夏が相手ならば尚更だ。
「じゃ、行こっか」
「ええ」
二人は並んで織斑家へと歩き始めた。
日はもうすぐ完全に沈みきり、空は黒に覆われそうになっている。
田舎とは言わないが、特別都会とも言えない場所であるので、空に浮かぶ星はそれなりに綺麗に見える。
幸いなことに今日の昼間は雲ひとつない晴天だった。夜が更ければ星は夜の黒に映えることだろう。
「最近どう?」
「どう、とは?」
束は唐突に一夏に問いかけた。
怪訝そうにこちらを見てくる一夏。束から言わせれば別に深い意図はないのだが、一夏は何かを疑っているように見える。
警戒されていることを再認識し、そんな態度に苦笑いを浮かべる。
「そんな深く考えなくてもいいよ。ほら、学校のこととか、箒ちゃんやちーちゃん関係とか」
「ふむ………」
難しく考えなくていいと言ったはずなのに、考え込んでしまった。左手を顎に当てる姿は様になっているが、いかんせん小学生では違和感がある。
そんな一夏を見て、根が真面目なのだろうと束は結論づけた。
「………面白いことは特にありませんね」
「そう?」
「束さんに言うほどのことではないかと」
「そっか」と笑いながらも、束は一夏の言うことをあまり信じていなかった。
何故かはわからないが、一夏は会話が続かない答えをわざわざ選ぶ節がある。彼が言ったことが本当かどうかは実際に見てみないとわからないのだ。
めんどくさい子だなぁ、なんて思いながらもどこか憎めない少年を見てくすりと笑う。
「どうかしました?」
「ううん、なんでもなーい」
一夏の背後に回り、抱きついてみる。
束の豊かな胸が押し付けられるが、一夏は相変わらず無表情だ。一度こちらを見たかと思えば、歩きづらそうに移動を再開する。
–––––うーん、いっくんも男の子だねぇ。
突如として上がった心拍数が一夏の隠された心の内を如実に表していた。
内側がここまで乱れているのに外側には一切出てこないのだから大したものだと束は思うのであった。
◆
俺は今日という日を忘れることはないだろう。
背中に当たる豊かな双丘に、女性特有の甘い香り。束さんは地雷原だが、その実黙っていれば絶世の美女なのだ。
そんな彼女が抱きついてきたんだ。興奮せずにいられるだろうか、いやない。
もしこれで興奮しない奴は枯れているか、特殊性癖を持ってる奴だ。
今ほど俺の表情筋に感謝したことはない。表に出てこないおかげで俺が変態という烙印を押されるのを回避できた。
途中、千冬姉さんと箒ちゃん関係を聞かれそうになった時は少々ひやりとしたが、深く突っ込まれなかったのでセーフということだろう。
束さん、百合疑惑かかってるからなぁ。あの人千冬姉さん好きすぎだし。
箒ちゃんが好きなのはシスコンでグレーゾーンだが、千冬姉さんはアウトだ。
余計なことを言えば面倒なことになるのは確実だ。
絡みが普段の倍になる。流石に理性も持たないので勘弁してほしい。
千冬姉さんが結婚できるかと言われれば首を傾げざるを得ないが、流石に女同士はちょっと。
………いや、束さんなら性転換も簡単にできそうだな。
よし、そのあかつきには千冬姉さんをプレゼントしよう。料理、掃除とは言わず、家事全般全てができない姉でいいならば喜んで差し上げよう。
「おぉー、久しぶりだなぁ」
そんな束さんの声を聞いて、背中に向けられている全神経のうち、ちょこっとだけを周りを確認するために振り分ける。
どうやらこの幸せな時間も終わりを迎えるらしい。
ここからは束さんが持ってくる面倒ごとをいかに押し付けるかだ。なお、千冬姉さんも俺に押し付けようとするので、毎度のごとく冷戦が勃発する。
が、基本的に俺が負けることになる。
あんないい笑顔で拳を握る姉に刃向かうことができるほど、俺の心は強くない。
「ただいま」
アパートの一室の扉を開け、中にいるであろう姉に声をかける。
「ああ、おかえり一………夏」
中から出てきた千冬姉さんは微笑みを浮かべ、そしてその笑みは一瞬で固まった。
まぁ、十中八九となりの人のせいだろう。
「ちーちゃぁぁぁぁぁん!!」
「ぐはぁっ!」
は、早すぎて見えなかった。
背後から一瞬だけ筋が見えたかと思えば、気付いた時には千冬姉さんに突っ込んでいた。
なんだあの生物、こわ。
「ちーちゃん、ちーちゃんちーちゃん、すーはー」
「やめろ束、気持ち悪い」
「良いではないか良いではないかー」
抱き合い、頰を擦り合わせている二人を見ると、こう、百合の花が見えるといいますかなんと言いますか。
世界って思ったよりも狭いですね。
同性愛者なんて早々いないだろうと思っていたのに、まさかすぐそばにいるなんて。
きっと千冬姉さんもいずれ束さんに染められてしまうんだ。ああ、なんて罪深い。
「調子に乗るな………っ!!」
「痛い痛い!! いっくんヘルプ、ヘルプミー!!」
はっ、意識を失っていた。
俺の意識を戻したのはギチギチという締め付けるような音と、束さんの悲鳴だった。
今、束さんの頭には千冬姉さんの手がめり込んでいる。いわゆるアイアンクローと呼ばれるものだ。
めっちゃ痛そう(他人事)
放っておこう、あれが自分へと向くのは流石に勘弁願いたい。
ぺこりと一礼して、束さんに事実上の死刑宣告を与える。
「そんな!? 待っていっくん、お慈悲をー!!」
「ふん、少しは反省しろ」
「あぎゃっ!」
ゴキィとおおよそ人の体から出てはいけない音が束さんの頭から発生した。
煙が出てるんだけど、大丈夫か? まぁ、千冬姉さんも殺したいとは思っていても、流石に殺しはしないと思うけど。
さーて、俺は晩飯を作りましょうかね。
束さんにも喜んでもらえるといいんだけれども。
◆
「痛てて………もう、容赦なさすぎだよちーちゃん」
「ふん、当たり前だ。いくら言ってもわからん馬鹿にはこれぐらいがちょうどいい」
「優しさが……優しさが足りない」
既に月と街灯の光しかなく、肌寒くなってきている。
そんな夜の町を千冬と束は散歩と称して外に出ていた。
まだ先ほどの痛みが抜けきっていないのか、しきりに頭を気にしている束と不機嫌そうに腕を組む千冬。
小学校以来の腐れ縁の二人だ。
「お前にやる優しさなど犬にでも食わせてしまえ………それで?」
「ひどいなぁ………うん、ちーちゃんの頼みはバッチリと」
二人の間の弛緩した空気が引き締まる。
笑みを絶やさなかった束も今ばかりは真剣そのものの表情を浮かべている。
「やっぱり、いっくんのは過度なストレスが原因だね」
織斑一夏という少年の異常性。
感情の欠落。正確にいうと感情はあるが、それが表に出てこないのだ。
無口な性格も相まって、人形のように見えてしまう。
小学生という幼さであるにも関わらず、元気良さなんてものは一夏には存在しない。そこにあるのは老人のような、何もかもを見てきたかのような無だった。
千冬はそんな一夏を放って置けなかった。
なにせ唯一の家族なのだ。親に捨てられるという壮絶な過去を持つ千冬にとって、家族というものは何物にも変えがたい。
千冬はすぐに束を頼った。
正直言って彼女に借りを作るのは死んでも嫌だったが、背に腹は代えられなかった。
弟を救うためだと自分に言い聞かせて、千冬は一夏の問題の原因の解明を依頼した。
「………ストレスか」
「間違いないね。何か強烈なストレスを与えたりした?」
返ってきた答えはストレスだった。
稀代の天才がそういうのだから間違いないのだろう。
ストレスと聞いて千冬の頭に浮かんだのは、親に捨てられたことだ。これまでにあれ以上の辛さを味わったことはないだろう。
そして一夏にとってもそのことが一番のショックだった筈だ。その筈なのだが………
「………違うな」
おそらく、それではない。
「どうしたの?」
「ストレスの原因だよ。一夏にとって最も辛い経験は親に捨てられたことだろう」
「まぁ、そうだろうね」
「けど、違うんだ」
かつて千冬は一夏に親に捨てられた事実を告げたことがある。
幼い子どもに言うのも気が引けたが、捨てられた当時、一夏はまだ赤子だった。だからそのことなど覚えていないと思ったのだ。
少し自分の重みを誰かに吐きたかった、それだけだった。
なのに–––––
–––––ふぅん、そっか。
淡々と、何も感じさせない表情でそう答えた。
本当に何も感じていなかったのだろう。千冬は一縷の乱れも感じることはできなかった。
だから、きっとそれじゃない。
その事実を知る前から一夏は今と変わらなかった。
「へぇ、やっぱりいっくんは面白いなぁ」
「束っ!!」
「嫌だなぁ、怒らないでよちーちゃん」
へらへらと何でもないように笑う束だが、千冬は気が気でなかった。
束が興味を持つということは危険なことなのだ。
篠ノ之束は他人を全く認識しないが、逆に認識すると過度なまでに構うようになる。それはいずれその人物を壊すことになってしまう。
厄介なことは、束はそれに気付きながらもやめないことだ。事実上、やめさせる手が存在しない。
「まぁ、ストレスの大元がわからないとどうにもって感じだね。後は記憶ごとストレスの大元を吹き飛ばすっていう案が」
「却下だ」
「だろうね。てわけで束さんも手詰まりなのさ」
確かに記憶ごと消してしまえば、ストレスの大元であるものも消えるかもしれない。
しかしそれでは織斑一夏が死んでしまう。
千冬の弟である織斑一夏が死んでしまうのだ。
それでは意味がない。
「取り敢えず礼は言っておく、ありがとう」
「あれれ、ちーちゃんが素直にお礼を言うなんて珍しこともあったもんだ」
「お前のように常識を捨てたわけではないからな。礼儀は守るさ」
「それもそうだね」
やはりやり辛い、そう千冬は束に対して思う。
いくら皮肉を言おうと、それを理解して受け入れた上で変えようとしないのだからどうしようもない。
そしてそんなどうしようもない奴と一緒にいる千冬自身も、きっとどうしようもない。
「さて、そろそろ帰ろうか。一夏も待っているだろう」
「いっくんのご飯美味しいからなぁ。今日は何作ったんだろう」
「今日はシチューだったかな。昨日材料を買った筈だ」
「やっりぃ、今日脱走してきて正解だったよ」
"脱走"というワードに千冬は眉をひそめる。
「お前、何も言わずに出てきたのか?」
「言っても出してもらえないんだから、言わずに出てくるしかないでしょ」
「はぁ、全くお前というやつは」
再び弛緩する空気。
楽しげに語り合う姿は先程までの鋭さを感じない、まさに友人同士の姿だった。
篠ノ之束
お馴染みのラスボス系ウサギ。
大まかに原作と変化はないが、自分の悪いところを認識しているので少し性格がマイルドに。
わからないことだらけの一夏くんに興味を持ったご様子。
プチっと潰してしまわないようにちょっかいをかけていくことだろう。
一夏くんの胃痛の種である。