【習作】緋色をした夢想   作:天城黒猫

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前話のあとがきで来週か再来週には投稿できると書いた阿呆がいるらしいですね……
投稿遅れました。申し訳ありません!


二話 レイニー・ライットの証言とウィル・アーランの調査

 我々は、ウィル・アーランを先頭にして、用心深く下の階へと降りた。

 というのも、彼女曰く、彼女の部屋を訪ねた人物はいわゆる、裏社会とか、やくざ者とか、そういうたぐいの種類の人間である可能性が高いとのことだからだ。その理由を私は訪ねたが、彼女はこう答えるばかりであった。

 

「足音だけでも、いろいろなことが分かるものなのだよ。例えば、その人物の体重とか、歩幅、移動する速度とかは基本的なこととして、私ぐらいになると、その人物の性格、性別とか、そうしたこともわかるんだ。これは、さっき見せた推理どおりだ。そして、なぜ裏社会に属する人物かというと、足音の特徴と、今になってあのように慌てて私の部屋を訪ねるような人物といえば、そういうたぐいの人間しかいないからさ。町の状況とか、そういうことから導き出した推理だとも」

 

 私は関心こそはしていたものの、彼女の言葉を完全には信じていなかった。もしも彼女の推理が、まったくのでたらめで、嘘の場合だったら、私はさぞかし愉快なことになるだろうと、心の中でほくそ笑んでいた。

 我々はウィル・アーランの部屋の前までたどり着いた。

 ウィル・アーランは、慎重な様子で扉に耳を当て、しばらくすると素早く扉を開き、部屋の中にこれまた素早く入り込んだ。私も、彼女の後に続くことにした。

 部屋の中には、果たしてウィル・アーランが言った通りに、恰幅の良い、いわゆるふくよかな女性がいた。彼女は、一瞬我々のことを鋭い目でにらみつけたものの、すぐさま優しい目つき、優しい笑顔となり、言った。

 

「今晩は、ウィル・アーランさん。このような夜更けに失礼しますわ。私はレイニー・ライットと申します。急を要する依頼がありまして、お邪魔させていただいた次第ですわ。ところで、そちらの方はどなたでしょうか?」

 

 とレイニー・ライットとと名乗った女性は、私のほうを指さして言った。それに、ウィル・アーランが答えた。

 

「ああ、彼女はミルヴァートン・アドラー。私の友人さ」

「とても信用できる?」とレイニー・ライットは言った。

「信用できる友人だ。これ以上ないほどにね」

「それならばよろしいでしょう。いいですか、お二人さん。これから私が話す依頼の内容は、いたって極秘のもので、誰にも知られてはならない内容ですわ。もしも口外しようというものならば、もれなくそれ相応の処置を行わせていただきます。どのようなことを行うかは、言わせないでくださいませ。念のために聞いておきますわ。依頼を断るという選択もできます。けれども、これから私が言うことを聞いてしまったからには、依頼は決して断ることはできず、かといって途中で放棄することもできませんわ。どうなさいます?」

「私はもちろん構わないさ」とウィル・アーランは答えた。それから、私のほうを振り返っていった。

「君はどうするんだい? おそらく、かなりの厄介ごとだ。それこそ、最悪命を失いかねない、危険な依頼のようだ。その証拠に、ほら。レイニー・ライット婦人の袖を見てごらん。あの袖の内側に、かなり巧妙に武器を隠している。この場で断れば、見逃してもらえるだろうけど、依頼内容を聞いてから断ると、間違いなく君は彼女の手によって殺されるだろうね」

 

 私は思わず息をのみ、喉を鳴らした。それほどに、ウィル・アーランの表情は真剣なものだったからだ。しかし、それでも私の中に存在する好奇心はよほど強いようで、私はその依頼の内容、そして何よりもウィル・アーランという一人の人間のふるまいに興味があったため、頷いて見せた。

 

「よろしい。それならば話しましょう。いいですか、二度目になりますが、もしもこれから話すことを口外しようというものならば、それ相応の処置を行わせていただきますわ。まず、今回の依頼主はこの町の裏にひそむ、とあるギャングのリーダーによるものです。その組織の名前を言うことはできませんが……

 依頼をした理由はこうです。我々のリーダーには、一人の息子がいました。あのお方は、そのご子息をとても可愛がっておりました。しかし、当のご子息といえば、性格はギャングの息子らしくなく、至って落ち着いており、争いや不正を嫌う()()でした。血を見れば、たちまちのうちに体が震えあがってしまい、気絶してしまうほどに臆病でしたわ。けれども、ギャングの息子に生まれたからには、ギャングにならなければなりません。いえ、それ以外の道は無かったというべきでしょうか。彼もまた、おびえながらも一人のギャングとなりました。そして、彼の活動内容はといえば、やはり気が弱いたちでしたから、争いごとやら、薬や武器やらには拒否反応を起こし、最終的には安く購入した物を高い値段で売りつける、という商売をはじめました。とはいえども、影から隠れて行っていたので、誰かから恨みを買いはすれど、その商売を行っている者の正体を掴まれるというようなことはなかったので、ご子息本人は至って平和な生活を送っていました。もちろん、その生活にはリーダーの働きもありましたが。

 そのご子息の性格は、かなりまじめで、臆病もので、優しいものでした。ですが、ほんの先週のことでした。家の使用人が、いつまでたっても朝食を取りにやってこないご子息のことを疑問に思い、ご子息の部屋へと入ろうとしました。はじめはノックをし、『お坊ちゃま、朝食の時間にございます!』と叫びましたが、返事はありませんでした。寝ているのかと思ったので、起こすために部屋の扉を開こうとしたところ、鍵がかかっていましたので、その使用人はただノックをし続け、叫び続けるしかありませんでした。しかし、何度、強く扉をたたこうが、何度、大きな声で叫ぼうが、ご子息からの返事はありませんでした。ご子息からの返事がないかわりに、使用人の叫び声を聞きつけ、不審に思った他の使用人たちや、同じ家で生活するリーダーもまた、その騒ぎを聞きつけ、廊下に集まった使用人たちをかき分けながらやってきました。リーダーは、体当たりで扉をこじ開け、部屋の中に突入しました。

 部屋の真ん中には、ご子息がうつ伏せになって倒れていました。そして、何よりも凄まじかったのは、部屋の床や天井、壁全てが赤く塗られていたのです。そして、その赤色というのは人間の血液でした。しかし、ご子息には外傷と呼べるようなものは一切なく、体内の血が減った様子もありませんでした。このとき、ドアはもちろん鍵がかかっていましたし、窓にも鍵がかかっていました。そして、そのどれもがすべて内側のみに鍵穴があり、外側から鍵を閉めたり、開いたりすることはできません。これは、ギャングとしての用心によってこうなっています。

 リーダーは、ご子息が死んだ原因、そして部屋中が血だらけとなった原因を組織のものたちに調べさせました。ですが、死因も、血液の正体も掴むことはできませんでした。しかし、一つ確実なことがあります。ご子息は、自殺などではなく、他人によって殺されたのです。

 さて、話はわかりましたね? 我々ギャングは、その立場上、警察などに通報するわけにもいきません。かといって、我々の力ではご子息の死について調べることはできません。そこで、藁にも掴む思いで、あなたに依頼したことというわけですわ」

「なるほど……」とウィル・アーランは頷いた。それから、

 

「一つお聞かせいただきたい。なぜ、ご子息の死因が他殺だとわかったのですか?」

「簡単なことですわ。そのご子息の体から、薬物が検出されたのです。そして、その薬物はご子息の部屋にはもちろん、家にもありませんでした。自殺だというのなら、部屋のどこかに薬物のビンやら、その粉、破片などがあってもおかしくはないのですが、そうしたものは一切見つからなかったのですわ」

「なるほど。よくわかりました。では、その依頼請け負いました。ひとまずはその家とやらにご案内ください」

「もちろんですわ」

 

 それから、レイニー・ライットは我々をこの建物の外に案内した。そこには、一台の車がとめてあった。我々がその車に乗ると、レイニー・ライットはアイマスクを差し出し、それをつけるように促した。我々はそれにしたがった。レイニー・ライットが、我々がアイマスクを確実につけたのを確認すると、車を発進させた。

 私の体感になるが、車を走らせている時間はかなり長かった。ウィル・アーランは、『どこをどう運転しているのか、運転している距離で、我々がこれから行く場所がどこにあるのかが分からないように、わざと遠回りをしたりしているのだろう。ふふ、君が刺されないことを祈るとしよう』と言っていた。

 結局、我々が目的地に到着したのは、まさに草木も眠る丑三つ時というべき時間であった。実際、島の住人達は皆眠りにつくような時間帯であった。私自身も、いつも通りならばベッドの中で寝息を立てている時間だが、今回ばかりは好奇心と、ギャングへの恐れと、少しばかりの後悔とで、目は昼間のように覚めていた。自動車から降りたウィル・アーランは、待ちきれないとばかりに言った。

 

「それで、そのご子息が死んだという部屋はどこだい? 案内してくれないだろうか?」

「ええ、今からご案内いたしますわ。こちらでございます」

 

 と我々は屋敷の中に通された。屋敷は、かなり豪華なつくりで、二階建ての横に長い建物であった。あちこちにローマ風の装飾が施されていた。また、庭もかなり広く、様々な草花、木々が植えられていた。そして、何より目をひくのが、庭の真ん中に置かれた、巨大な大理石の噴水であった。今は、その噴水から水は噴いていないものの、水が吹き上げている様子を想像すると、かなり素晴らしい光景が見られるであろう。

 さて、我々は案内されて件の部屋に到着した。部屋は正方形の作りで、入口の正面に四角い窓があり、その窓の右側には机が置かれていた。部屋の左側には、本棚があり、有名な小説家の本がいくつも並べられていた。その反対側には、ベッドが設置されていた。寝室と書斎が一つになったような部屋であった。

 事件以来、部屋は掃除されていないようで、壁に塗られたという血はかなり茶色く変色していた。ウィル・アーランは、その部屋の様子を少しだけ眺めまわすと、

 

「ご子息は、どこでどのように倒れていた?」「ご子息は普段、どこで過ごすことが多かった?」「ご子息以外に、この部屋にやってくるような人物は?」「ご子息の趣味は?」

 

 と次々にレイニー・ライットに質問を投げかけた。彼女は、その質問に一つ一つ丁寧に答えていった。

 

「ご子息は、あそこで……そう、ちょうど窓から月明かりが当たっているその場所で倒れていましたわ」「ご子息は、普段はあの窓の横にある机で書き物や読書をしておりましたわ」「この部屋に出入りするのは、ご子息と、この部屋の世話を任せられた使用人と、リーダーぐらいのものですわ。客人は、全て客間へと通されましたわ」「趣味はわかりかねますが、噂では最近になって庭をうろつくことが多いと、庭担当の使用人から聞きましたので、花の鑑賞などにはまっていらっしゃたのではないかと思いますわ」

 

 それから、ウィル・アーランは部屋の中の様子を詳細に調べ始めた。その間、私はやることがなかったため、レイニー・ライットに、はじめから気になっていたことを話してみた。

 

「レイニー・ライットさん。一つお聞きしたいのですが、もしそこの探偵殿が今回の事件を解き明かすことができなかったら、我々はどうなるのですか?」

「あら、簡単なことですわ。もしもご子息を殺した犯人の正体を解明することができたら、あなた方には重い硬貨が入った袋を差し上げますわ。ですが、もしもできなかった場合は、硬貨よりは軽い()()をそれぞれ一つずつ、額か心臓に差し上げますわ」

 

 と彼女は微笑みながら答えた。

 私は思わず、ウィル・アーランに向かって叫んだ。

 

「探偵様! お聞きになりましたか? 必ず、この凄惨な状況を作り出した犯人を見つけ出してください!」

「問題ないさ。ふうむ、ご子息が死んでからかなりの時間が経っている。しかし、部屋の状況はそう悪くはない。私と同じように、ある程度の操作を行った痕跡こそはあるものの、部屋の状況はなるべく当時のまま、保存されているようだ。本当ならば、ご子息の遺体の様子も見たかったのだが、それはできそうにない。レイニー・ライットさん。この部屋で調べられることは、大体調べ切りました。日が上がってから、もう一度調べようとは思いますが、今は庭の様子を調べたいと思います。ご案内願えませんか?」

「もちろんですわ。ああ、そうそう。それと、言い忘れていたのですが、この依頼の期限は昼間の十二時までですわ。我々にもいろいろと都合があるのですわ」

「なるほど、ギャングの都合というやつか。ギャングの世界は簡単なように見えて、いろいろと複雑ですからね」

「ええ、その通りですわ。では、庭へと行きましょう」

 

 それから、我々は例によってレイニー・ライットの案内によって庭へと移動した。

 庭には、さっきも言ったように、真ん中に豪華な噴水が置かれていた。また、木々の種類も豊富であり、あらゆる国から集められたであろうことがわかった。しかし、その植物たちの背丈は決して高くなく、家の窓や庭から死角となるような場所は一切なく、そうした植物の中に身を隠したりすることは不可能のように思えた。

 ウィル・アーランは、しばらくの間庭をうろつき、時折屈んで地面を細かく観察したりしていた。そうしているうちに、彼女は私を呼んだ。

 

「少しこっちにきてくれないか? この草が邪魔だから、少し持ち上げておいてほしいんだ」

 

 と手招きし、私は指示されたとおりに、大きな葉を持ち上げて見せた。ウィル・アーランは、地面の様子を見ながら、私のみに聞こえるような、小さな声で言った。

 

「君、これから私が何を言っても、決して表情や態度に出したりしないでくれたまえ。この家は、何かおかしい。いや、ギャングという時点で少しアレだが、この際それは置いておこう。あの血まみれの部屋だとかも置いておこう。この家には、今現在、我々以外に誰もいないんだ。ギャングだというのだから、事件が起きた後、用心のために別の場所に移っていても不思議ではないのだが、そうではないんだ。この家は、建てられてから一度も人が住んだことがない家なんだ。

 私は、あの部屋に行くまでの道中で廊下の様子を見たり、この庭をうろつきながら窓の向こうにある部屋の中を見てみたりしてみせた。そうしてみると、生活の痕跡が一つもないんだ。うまく隠したにしても、長年といわず、数か月どころか数週間住んでいただけでも、そういうものは必ずあるんだ。けれども、この家は本当に建てられてから、一度も使用されていない。そして、次に彼女だ。レイニー・ライット、彼女は私の見立てでは、本当にギャングをやっている人間だ。それは一目瞭然だ。ああ、そうそう。あの血だらけの部屋なのだが、壁のものはまさしく血液そのものだ。けれども、アレは動物の血のように思えるね。科学的に、詳しく調べたわけじゃないから、確実性はないけれどね。あと、この庭なんだけれど、我々以外にも何人かの人物がこの数日、出入りして、私と同じようにこの庭を調べている。部屋も同じように、調べた痕跡がある。つまり、レイニー・ライット。彼女は嘘をついている。ふふ、どういうことだろうね? これは面白くなってきたぞ! ふふ、ともかく、太陽が昇って明るくなり、二時間もすればあらゆることがわかるだろうね。君もそろそろ眠くなってきただろう。日の出まであと数時間しかないが、眠るとよい。私も眠るとしよう」

 

 それから、我々はレイニー・ライットに寝室に案内してもらい、そこで睡眠をとることにした。私は布団に倒れこむと、眠気が一気に襲ってきたため、すぐさま深い眠りの海に沈んでいった。その微睡みの中、ウィル・アーランは、一切眠らず、ベッドに座り込みながら考え事をしているのが見えた。

 

 






次回は……少なくとも、今月中には投稿します。ハイ。

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