桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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ごのに.小さな密航者

 

 軍曹に引っぱってもらって『凪の帯』を抜け、やってきました『北の海』!

 

 うん、これ軍曹いなかったら詰んでたね、感謝。

 

 そんで、近くの町に停泊して生活必需品を買おうとしました。

 三回カツアゲされて全部倒して、うち一回賞金首だったので賞金をゲットしました。物騒じゃね?

 

 あっちから声かけてくる男は全部詐欺師だと思え、いや怪しいヤツはまず殴れとお出かけ前にさんざん言われてたのが正しい気持ちになってしまう。

 どう考えても過剰のはず、なんだけど。ううむ。

 臨時収入で懐があったかくなったと考えておく。やったぜー。……むなしい。

 買いたいものは買えたので、とっとと船に戻って目的地を目指そう。

 

 と、早足で戻ったのだけど船の手前で軍曹が警戒。ちょっと遅れて気付いた。

 誰か乗ってる。

 なんかスゲー足元見られたから、ドックに入れるのをやめたのが失策だったか。

 

 でも不思議なことに気配が小さい。

 子供が遊んで迷いこんだのだろうか。

 なんにせよ、自分の船に他人が密航してるのは面白くないので、軍曹には裏から回ってもらい、ズカズカ入って気配のある風呂場のドアをスライドさせた。

 

「ここ、僕の船なんだけど。乗る船間違えてない?」

「……間違いじゃ、ねぇ」

 

 空の浴槽からのっそりと出てきたのは、やせっぽちの子供だった。

 雪豹柄の帽子を被った、あちこち汚れてぼろぼろの、ひどく淀んだ目つきの少年だ。

 知っている。これは地獄を見た目だ。血と臓物の間を這いずって、怨念と泥水を啜って生き延びた目だ。

 わぁ……ドフィそっくり。

 昏い瞳をなお黒い憎悪で煮立たせて、少年は手榴弾のピンに指をひっかけた。

 

「あんた、スパイダーマイルズに行くんだろ。乗せていけ」

「ええで」

「えっ?」

 

 真顔で頷くと、少年がびっくりする。その隙にシャワーのコックをひねって水をぶっかけた。

 

「ぶわ!? な、なにしやがる!」

「火薬使うのにお風呂場選ぶ方が悪い」

 

 少年がはっとした顔をする。

 倉庫の方行けばいいのにと思ったけどあっち鍵かけてたので、たぶん行き場に迷ったのだと思う。

 びしょびしょの少年が忌々しそうに手榴弾を放り投げてくるので、ぱしりとキャッチ。

 

「それ、もうちょっと待つとお湯になるから。そんでそっちシャンプーとリンスで、身体はそっちの石鹸使って。服脱いだら洗濯するのでこっち渡してね」

「え、あ?」

「ちゃんとあったまってから出てね。タオルとか持ってくるわ」

 

 言うだけ言ってドアをスライドさせようとしたら「ま、待てよ!」と怒鳴られた。

 ええー、なんだよ。

 

「おかしいだろ! おれ、お前を脅したんだぞ!?」

 

 失敗してるからなぁ。別に気にしない。うーん、歪んでるけど悪い子ではなさそう。

 なので普通に言った。

 

「乗せてけって言って、いいよって言った。したら少年は密航者じゃなくて僕のお客だよ」

「なんだその理屈!」

「叩き出された方がいいの?」

「んなワケねぇだろ!」

 

 おっと案外に面倒くさいぞコイツ。……密航を企む少年が素直なわけないか。

 仕方がないので、お風呂場にずかずか入って身構える少年の帽子を取った。

 

「あっ!」

「これ返して欲しかったら、身体洗ってお風呂入ってあったまって」

「……チッ」

 

 形勢不利と見たのか、舌打ちをかまして服を大人しく脱ぎ始める少年。

 やれやれと嘆息して改めて風呂場をあとにする。

 バスタオルを用意してから帽子を綺麗に洗って絞り、形を整えていたらドアがちょっとだけ開いてびちょびちょの服が飛んできた。隙間から、小さい手が中指を立てている。

 

 すげぇクソガキだなぁ。

 

 当然子供用の服なんてないので、乾くまでは僕の服で我慢してもらおう。

 シャツと紐で腰を閉められる短パンを用意しておく。すまないが、ぱんつはない。

 服を洗濯して甲板に干していたら、軍曹が「どうする?」という感じでこっちを見つめていた。

 

「いいよ、出航しよう」

 

 了解、という感じで軍曹がもやい綱を解いてスルスルと碇を回収する。うちの相棒まじ優秀。

 その間にご飯の準備。

 昨日作ったおでんが余りまくってるので、お米を炊いておにぎりにしよう。二日目なので昨日よりはマシな味である。

 

 茶飯にでもすればよかったと炊き始めてから気付いた。くっ。

 

 はじめちょろちょろなかぱっぱ、と火加減を見ていたらだぼだぼのシャツを着た少年が飛び込んで来た。

 

 

「おい! なんで出航してんだよ!」

「スパイダーマイルズ行くんでしょ? いいじゃん」

「いいじゃん、って、おまえ……」

「ちゃんと髪拭いてくれ、廊下濡れる」

「うわ、さわんな!」

 

 タオルでぐっしゃぐっしゃと髪の水気を抜いたら、振り払われた。警戒心強くて猫みたいだ。

 あらあらとは思うけれど特にショックを感じないので、少年がそんな顔することないんやで。罪悪感が湧くので、そんな悲愴な顔をしないで頂きたい。

 世の中には、治療してもこっちを殺しにかかるヤツがいっぱいいるんだから大丈夫(経験)。

 

「……えらぶふね、間違えた」

 

 絞り出すような声が、なんだか笑えた。

 

「それは少年の審美眼が悪い。次は頑張って切符買おう。ところで、昨日作ったおでんがいっぱいあるんだよ渡航代として消費手伝ってくんない?」

 

 ぐぅううぅうう。

 

 軽い調子で問いかけたら、少年のお腹が返事をした。

 慌ててお腹を押さえる様子が面白かったので笑ったら「笑うな!」と怒られた。

 そこでちょうどご飯が炊きあがったので、おにぎりを握りながら具材を聞いたら「……梅干し以外」と答えてくれた。じゃあなまり節と鮭と昆布にしようか。

 

「あんまうまくねぇ」

「あはは、僕もそう思うけど上達しないんだ。ごめんね」

 

 おでんを食べての感想。

 失礼千万だけどゆるす。事実だから。これでも昨日よりマシなので勘弁してくれ。

 少年はおにぎりをもりもり食べて、おでんを食べて水を飲んでひと心地ついたのか、はー、と息を吐いてぼんやりと中空を見つめている。

 

「ところで、よくこの船がスパイダーマイルズ行くって分かったね」

「海図を買ってただろ」

「ああ、それで。僕ぐらいなら脅して制圧できると思ったんだ」

 

 すぐ後にカツアゲパート2を喰らったから気付かなかった。

 そうか、あれ隠れてる仲間じゃなくて少年だったのか。どうりで増援が来なかったワケだ。

 スパイダーマイルズまでの海図は、グランドラインみたいにエターナルポースがないのを失念していたので、慌てて購入した。不覚である。

 

「そうだよ。それに……次なんて、ねぇよ」

 

 少年は何度か視線を彷徨わせてからふてくされたように、あるいは何かを諦めたように、自分の腕を見つめながらぽつりとつぶやいた。

 

「おれは『白い町』で、育った」

 

 言われてみれば少年の肌には、やけに白い痣のようなものがある。雪花石膏、どころかそのもの(・・・・)の色だ。

 そして白い町といえば……あ、あー、もしかしてフレバンス?

 地理の勉強をしている時に知った町の名前だ。

 かつてのおとぎの国。上質の地層があったがために、世界政府の悪意と隠蔽に食い散らかされた町。

 その因果は次世代の寿命を削り、それが少年を苛んでいるとすれば、答えはひとつだ。

 

「珀鉛病」

「そうだ」

 

 合点が入った。

 少年は、文字通りの地獄を見たのだ。

 研究者が珀鉛病の治療法を確立するまで、世界政府は待てなかった。偏見と情報操作によって、町そのものが鏖殺された。

 悪意と迫害を一身に受けた少年。

 

 なるほど、似ているのも道理だ。

 

「そっか」

 

 うん、と頷くと少年は思っていた反応と違ったのか、少し動揺しているようだった。

 

「こわく、ねぇのか」

「自家中毒をおそれる必要はないでしょう」

 

 珀鉛という鉛の一種が引き起こす中毒症を『珀鉛病』という。

 環境汚染によって体内に蓄積された珀鉛は、世代を引き継ぐごとに人間の平均寿命を削り落としていく。

 おそらく、少年の寿命も相当に縮んでいるはずだ。

 世の栄耀栄華を享受していた者たちが作りあげた負の遺産を引き継ぐ羽目になったフレバンスの住人、おそらくはほぼ最後の生き残りである少年に思うところがないでもないが、口にするべきではないだろう。

 当事者ではない者から受ける同情や憐憫を受けて自己陶酔できるようなタイプとは思えない。

 

「どうあれ、少年は生きてここにいる」

 

 だから、言えることがあるとすれば。

 

「それは、とても、すごいことだと──僕は思うよ」

 

 あの病的に隔離された死の町から抜け出してきたのだ。

 辺り一面にはびこる死臭を振り切って逃げ延びるために、少年が何を覚悟して何を捨ててきたのか、想像するに余りある。

 十に届くか否か、それぐらいの年齢の子供が背負うには酷に過ぎた。

 まるで理解のできない宇宙の言葉でも聞いたような顔をしていた少年の顔が、唐突に歪んだ。

 

「おまえ、ひどいやつだ」

 

 怒っているようにも、泣きそうにも見える顔だった。

 

「そんなこと、いうな」

 

 小さくしゃくり上げ、椅子から下りてどこかへ行ってしまった。

 狭い船内だ。探せばすぐに見つかるだろうけど、そうしようとは思わなかった。

 

「……そうだね、ひどい」

 

 少年は生き延びた。

 

 諦めず、必死に、生にしがみついた。

 

 そしてここにいる。

 

 それを、僕は凄いと思う。

 

 賞賛する。心の底から。

 

 ……羨望すら、覚えた。

 

 小さな背中が、とても眩しいもののように見えた。

 

 

(だって、それは、僕が真っ先に切り捨てたものだ)

 

 

 

 

 


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