少年を乗っけたままうちの船はすいすい進んで、やってきましたスパイダーマイルズ!
そして、到着直後に少年はいなくなりました。
だろうな、という感じだったので驚きはない。会ったばっかりで自分から地雷差し出してきたので、こっちも不用意な発言しちゃったからしょうがないね。心の扉はフルクローズでした。
結局名前もわからんかったけど、こっちも名乗ってないのでお互い様だ。
スパイダーマイルズは港町なのでそこそこに大きな町である。
まぁいくらスパイダーといっても、本物の蜘蛛を連れていると怒られそうな気がしたので、今回軍曹はリュックに入っていてもらうことにする。
船は前回の教訓をいかしてちゃんと隠しました。
そしてぼちぼちと町を散策しつつ情報収集に勤しんでいるワケですが、問題がぽこぽこ浮かんできてどうしようかという感じ。
だいぶ疲れてきたので、近くの喫茶店でティーブレイクしつつ脳内作戦会議。
議長も進行も書記もオール自分。すごい、良案が浮かぶ気配が欠片もない。
(ドンキホーテ海賊団のアジトは割れました。彼らはゴミ処理場をアジトにしています)
(闇を感じる)
(それな)
(それな)
(海賊団の規模が思ったよりでかい)
(人員豊富で思ったより海賊してた。しかもイタリアン形式だった。幹部とか噂になってる)
(シャンクスさんとかお父さんの海賊見てて麻痺してた感ある)
(わかる。もっと牧歌的な海賊でいてほしかった)
(我ながら牧歌的な海賊に矛盾を感じるけど、それより問題はどうやって弟に会うかです)
(最高幹部の更に上。船長。ボス)
「どうやって会いに行けばいいんだ……?」
頭を抱え、可決も否決もしないままむなしくなって閉会した。
ドフィなのかロシーなのかわからんけど、いや限りなくドフィっぽいけど、ドンキホーテ海賊団のボスなんてどうやって会えばいいのかさっぱりわからない。正直に名乗り出たところで詐欺師扱いがオチだ。
お父さんにしろシャンクスさんにしろ、船長がフレンドリーもとい気さくすぎて参考にならない。
お父さんの名前を使う?……迷惑かけそう。却下。
こっそり忍び込む?……アジトは割れたけど地図は入手できてないので、途中で見つかると詰む。却下。
手紙でも書く?……絶対他のひとのチェック入ってる。却下。
誰かに相談する?……白ひげの誰に聞いても、見なかったことにして早く帰って来いって言われそう。むり。
いい加減脳味噌が茹だってきたところで、なぜかお髭の似合うダンディーな紳士が脳裏をかすめた。
『逆に考えるんだ』
僕は真理に気が付いた。
名乗り出なくてもいいじゃない。
海賊団の規模からしてボスに危害が加えられる可能性は低いし、わりとあくどいことしてそうなので資金も潤沢。反対勢力を黙らせられる兵力も完備している。そうそう潰れる気配はない。
同姓なだけの別海賊団疑惑はこの町で払拭されているので、もう本気で顔だけ拝めればそれでいい気がする。
うちの弟、お姉ちゃんがいなくても立派に独り立ちしてるよ。
ボスがどっちなのかだけ確認して、もう片方を探しに行こう。両方いれば万々歳なのだけど、世の中そううまくできているとは思えない。
限りなく投げやりな作戦だけど、考えついたのだから実行に移す。
お会計を済ませてゴミ処理場を目指した。
てくてく歩いている間に、ふと嫌な想像をしてしまった。
「うざがられたらどうしよう……」
そうだよ、僕のしてることってカーチャンが息子の職場に見学来るようなもんじゃない? めっちゃ気まずくない?
あああ思いつくんじゃなかった。めっちゃ悩む。困った。どうしよう、その辺で紙袋でも購入してかぶる? それはただの不審者だ。あうう。
……もういい、わかった。
「とりあえず船長の名前だけ確認して、帰ろう!」
自分でハードルをがんがんに引き下げている自覚はあるけど、羞恥と申し訳なさで身悶えするよりマシだ!
姉は自分が可愛い!
そうこうしている間に『KEEP OUT』のテープがべたべたくっついた金網が見えた。
ここから先がゴミ処理場、つまりはドンキホーテ海賊団のナワバリである。
はーやれやれどっこいしょと金網を乗り越えて、さて誰か掴まるかいなと周囲をきょろきょろ。
「べっへへへ、また侵入者か?」
「観光にゃ物騒な場所だぞ、とっとと帰れ」
すると警戒網に引っかかったのか、でっかいひとが二人出てきた。
全体的にべったりした印象の大男と、しっしと手を振る全体的にひょろりと長い、カマキリみたいな男性。
あ、この二人強い。
見た感じ、お父さんは無理でも白ひげの隊長の何人かに迫るくらい。その辺のちんぴらとはレベルどころかステージが違うっぽいので、かなり地位は高いのではなかろうか。
「あのー、ここはドンキホーテ海賊団のナワバリであってますか?」
「そんなことも知らねーの? 迷子? んねーんねー、迷子?」
にゅうっと首を動かして、すごく顔を覗き込まれた。
なんだろう、このべったりなひとは煽り役担当とかなのだろうか。……見た目で? え、それは……ええー。
「? んねー、なんで気の毒そうなカオ? んーんー?」
「なんか勘違いしてそうだが、ちび。トレーボルの口調は元からだ」
人材に恵まれて……いるんだろうか。この場合。
ちょっとお姉ちゃんはこの海賊団に一抹の不安を覚えました。これ以上首を突っ込むと逆に心配が募りそう。実力がありそうなぶん、余計に。
「えーと……この海賊団の、船長のお名前を教えてもらえませんか?」
「なんだよ、入団希望者か?」
「ドフィのことも知らない入団希望者? それっておかしくねー?」
あっハイ。
もういいです。
ドフィかー! やっぱりねー! 似合いすぎて困るー!
「入団は希望してません。ちょっと確認したかっただけなので、ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げて、そそくさと踵を返す。
ドフィ、いい仲間に恵まれたのかどうかの判断はつかないけど強く逞しく頑張ってくれ。
お姉ちゃんは遠くから見守ってます。手配書とかで。なんかバラしてもややこしいことになりそうだし、僕がおらんでも元気いっぱいなのは理解したので草場の陰のままでいようと思います。グランドラインで会える日を楽しみにしていよう。
その前にドフィの保護者さんもできれば見つけたい。ご挨拶しないと……。
そしてロシーはどこだろう。
またイチから情報収集しなくちゃなぁ。教訓を生かして所属が分かったら探るくらいで。ロシーにうざがられたら心が折れる。
ドフィめっちゃ目立つから見つけられたけど、ロシー目立つの好きじゃなかったし、ドフィより難易度高いわー、はー、がんばろ。
でも一回おうち帰るー。お父さんとこ帰るー。
めちゃんこ疲れた。だるだるしたい。
船に帰る道すがら、おいしい匂いに誘われてらーめん屋さんを発見した。
麺料理は正義。入店した。
まだちょっと時間が早いので店内には人がいなかった。席が空いてるから、と四人がけに案内してもらえた。ありがとうございます。おすすめらーめんと、軍曹用に大根餅を注文してお冷やをもらう。
「はいお待ち!」
そう待たずに両方とも運ばれてきた。
大根餅をリュックの隙間から放り込む。美味とのこと。それはよかった。お代わり頼む?
豚肉と野菜の入ったらーめんは、熱くてちょっぴり辛くて細切りのネギがいい感じだ。美味しい。スープの絡んだ麺を噛みしめると小麦粉の甘み。口いっぱいに詰め込んだ。
「よう」
「むぐ」
どすんと椅子が揺れる。
らーめんを堪能してたら、見知らぬ大柄な男がいきなり向かいに腰掛けた。席、まだ空いてるのに。
端整な顔立ちにサングラスをかけているので、カタギには見えない。
二人掛けの椅子なのに、それが窮屈に見えるくらい大きい。たぶんピンクのもっふもっふしたコートのせい。とても邪魔そう。店内に入る前に脱いで欲しい。
しかし、どちら様だろう?
ひょっとしてカツアゲ?
店内で犯罪行為はちょっと……あれっ店長がいない!? 店員さんも!? らーめんに人生捧げてる頑固一徹って感じの親父がいなくなってる!
そして、あれれー、おかしいぞー? 店外から気配がするぞー?
お店側と裏口にひのふのみ、これは逃がさない配置。おっと軍曹ステイステイまだ相手はなにもリアクションしてない、なんかこっち見て含み笑いはしているけれど。
「フッフッフ。お嬢さん、ひとりか?」
……人身売買のブローカーかな?
「もぐもぐ。身売りの予定はないのですが」
「ちげぇよ」
ちがったらしい。反省。
ひとを見た目で判断するのはよくな……いや、退路塞いでるしな、もっとタチの悪いひとと考える方が妥当か?
麺がのびるのはイヤなのでらーめんは食べ続けます。
ピンクいお兄さんは特に不機嫌になる様子はなく、むしろどこか楽しそうだ。「それで足りるのか?」とか聞いてくるので大丈夫ですと返した。
「ちいせぇのは食が細いせいか?」
「うるせーこちとら気にしてるんだよ」
だいたい、こっちのご飯事情が大盛りすぎるのである。
海賊は身体が資本なのはわかるけど普通の町でもわりと多い。生前からさほど変わらない食事量では、デザートに辿り着けないのだ。最終的にはお持ち帰りしかない。現場で食べたいというのに。切ない。
「フッフ、肝の方は随分と図太いじゃねぇか。変わらねぇなぁ」
「ん?」
おっと聞き捨てならないワードが。
変わらない? 肝が太いのは否定しないけれども。
麺と野菜を食べきってからティッシュで口元を拭いながら、まじまじと目の前の相手を見つめてみる。
サングラスはともかく、ガタイとかピンクモフの外部装置が目立ちすぎてその可能性には行き着かなかったけど、喉を鳴らしてご機嫌なお兄さんは幼少期にテンション上がったくそ生意気な弟に……。
え、マジで?
「……ドフィ?」
二分の一の可能性にかけるとピンクモフのお兄さんがにぃ、と唇を吊り上げた。
ビンゴかよちくしょー。
「実の弟に挨拶ひとつねぇとは、薄情な姉もいたもんだ。おれから逃げるつもりだったのか?」
「なんで唐突に逃げるとか言い出してんのかわかんないけど、えええ、ドフィ? ドフラミンゴ? でっかくない? ちょ、脳内情報更新するからまってまって」
「……早くしてくれよ?」
くつくつ笑いながらもお許しが出たので頭を抱える。
あんなちっちゃかった弟が、こんな劇的ビフォーアフターを遂げているとは。
やだショックでかいーぜんぜん可愛くないー。弟の爆速すぎる二次成長に驚きを隠せないー。
うちの家系はそんなに伸びる家系だったっけ? なんで僕にはその遺伝子来てないの? 設計ミス?
「えーと、ドフィいくつ?」
「25」
「うおええええ? うっそぉ、めっためたに追い抜かされている……もう姉と名乗れば詐欺師まちがいなし、しんどい」
じゃあロシーは23?
男盛りですね本当に以下略。もうなにもかもが信じられない。現実が僕をサンドバッグにしてくる。
ショック過多でらーめんのどんぶりを横にのけて突っ伏すと、上から声が降ってくる。
「そう、それだ」
「えー?」
どれですか?
お姉ちゃん今頭回ってないので、ろくな答えは返せないぞ。更新情報多すぎた。
「おれの目から見ても、姉貴はちっとも老けちゃいない。こりゃいったいどういう理屈だ?」
「ああ、それ。理屈というかあれですよ、悪魔の実。十年くらい凍ってて、最近解凍された」
自分で言っててなんだけどこの説明、冷凍食品のレンチンみたいでなんかもにゃってなる。
信じられない現象でも、無理やりに実現させてしまうのが悪魔の実だ。詳細説明なんかしなくても大体それで片付く。
あくまのみって、すげー!
「命冥加に生き延びたけど、そんな時間経ってるとかわかんないし。この前知って超びっくりした。んで、弟ズの安否確認をしたくてここまできたワケです」
「フッフッフ、なら、なんだっておれの所に顔も出さずに島を出ようとしやがった」
的確に突いてくるところまじドフィ。
「理由言って引かない?」
「聞かなきゃわかんねぇなぁ」
せやな、ってなったのでしぶしぶ答えた。
「うざがられるのが恐かったからです」
「あァ?」
ドフィの眉間に皺が寄るけど、聞いたのはそっちなのでここまできたら全部ゲロるぞ。
「だっていわば保護者の職場訪問だよ? 気まずくない? うざくない? げっ、あのババアなんで来やがったとか思わない?」
「思わねぇし、うざくねぇよ」
何言ってんだこいつ馬鹿か、みたいな弟の目線がサングラス越しに突き刺さる。
ドフィはうざくないのか。それはすげぇな。僕なら気まずさで内心悶死する。
「ドフィ案外に心広い」
「そんなくだらねぇ理由でシカトこいて逃げようとしたのかよ」
「くだらなくないですー、お姉ちゃん的には大問題だったんですー。まぁ、弟のうわこの姉めっちゃうざいという目線に耐えられる自信がなかったので、そこは逃げようとしましたごめん」
素直にそこは謝罪しておこう。ごめんな、自己中心的な姉で。
居住まいを正してぺこんと頭を下げると、ドフィは肩を揺すって笑い出した。
ちょっと見ない間(推定十余年)にうちの弟が笑い上戸になっていた件。
「おれはミオをうぜぇと思うことはねぇし、言うやつがいたらおれが消してやる」
「やだ物騒」
「おれは海賊だぜ?」
悪辣に過ぎるその顔、とっても上にヤの付く自由業っぽいです。
そうだった。物騒の代名詞のボスだった。
「それにもうコラソンがいるんだ。今更じゃねぇか?」
「こら……だれ?」
そんなコラ画像みたいなお名前に心当たりがないのですが。
えっ、うちの父親どっかで隠し子こさえたりしてたの? それはできれば知りたくなかった。秘密のままにして欲しかった。
「ああ、そうか……ロシナンテだ。今はそう名乗ってる」
まさかのダブル当選!
よかったあのままスルーしないで! 的外れを延々探し回る羽目になってたわ!
そしてよかった、父の不義の子追加説は消えた。
……それは、それとして。
「ドフィはまんま名乗ってるのに、ロシーは偽名? なにそれいじめ?」
年上権限で弟に無体を強いているというなら、お姉ちゃんは心を鬼にしてドフィが泣くまで殴る所存。
「二代目コラソンが今のロシナンテだ。そう理解しろ」
こぶしを握って決意を固める僕へ、ドフィが説明になってない説明を投げてきた。久しぶりに再会した弟が無茶ぶりしてくる。
二代目ってことは初代がいるのだろうけど、ドフィが立ち上げたとすれば十年未満じゃろ?
名前を引き継ぐという、もはや海賊じゃなくてマフィア式になってることは突っ込まないけど、世代交代してるのはちょっと疑問。あとでロシーに聞けたら聞いてみたい。
「ロシーが海賊って意外だなぁ。もしかして、お兄ちゃん権限とかっつって強引に勧誘したんじゃあるまいな」
年上権限で弟に以下略。
「してねぇからその疑惑の目をやめろ。それとコラソ、ロシーは口がきけねぇ。あいつを見つけた時からそうだった」
あのあと──僕がチェレスタに凍結されて、見ることもできなかった時間。
ドフィとロシーには何があったのだろうか。いいことも悪いこともあったのだろう。
でも、ドフィもロシーもここにいる。
大きくなって、生きている。
こうして再会して、会話できているのは何物にも代え難い奇跡だと思う。
十年。
たった二文字なのに、途方もない時間だ。
人は変わる。自分はそれを支えることも、守ることもできなかった。
「……そう」
あそこでくたばってたら悩むこともなかったんだろうけど、そう考えると幸せな悩みなのかもしれない。ちょっとへこむけど。
ドフィは面影がちょっぴりしかないくらい大きくなって、海賊団を立ち上げて、そこには信頼できる仲間も弟もいる。
あのべたっとしたトレーなんとかさんが「ドフィ」って呼んでるくらいだ。
そう呼ばれることを、パーソナルスペースの広いドフィが許容しているのだから、浅い付き合いではあるまい。
彼は彼の世界をちゃんと作っている。
立派だ。いいことだ。
「ねぇ、ドフィ」
でも、そうだな、できればだけど。
「僕はドフィのお姉ちゃんでいて、いいかな?」
もうなにもかも全部、追い抜かれてしまっただめだめな姉だけど。
その世界のほんの隅っこに、僕を置いといてもらえると、とても嬉しい。
「当然だろう?」
即答するドフィの目はサングラス越しでもわかるくらい真剣だった。
うん、それが聞ければお姉ちゃんは満足です。