「フッフッフ、ようやくお前たちに紹介できるな……ドンキホーテ・ミオ。おれの実の『姉』だ」
招集された幹部(らしい)ひとたちの前で、ドフィがそう言って僕の肩に手を置いた。
「ミオはおれたちの大切な実の姉。コラソン同様、傷一つでもつけた奴にはおれが死を与える!」
「与えんなよ! こっちが罪悪感で死ぬわ!」
ずらりと並ぶキャラの濃いひとたちを前に、そうのたまったドフィに腹パンを喰らわせた。左ショートフックで一撃。
突然のことで対応できなかったのか、もろに喰らったドフィは「ぐっ」とか言って腹を押さえてうつむいた。
「若様!」
「貴様ァ! 若様に何をする!」
「ち、『血の掟』を破っただすやん!?」
途端に色めき立つ幹部らしきひとたち。
ここのトップに拳入れたら当然の反応だが、姉として弟があほな事を言い出したら拳で言い聞か……え、あの青年、頭が膨らんでるんですけど?
反射的に構えそうになると「よせ」とドフィが静かに告げる。船長ではなく『若様』呼びもマフィアっぽいよね。
傷ひとつとか死を与えるとか、もろにマフィア思考で困る。海賊じゃないの?
「フ、フフ……的確に肝臓狙うんじゃねぇよ」
「理不尽なこと言うからだばーか。傷のひとつふたつでぐだぐだ言わないし、なんなら自分でやり返すからそういうのいりません」
「あァ、そうだな。自分で始末しねぇとスッキリしねぇか」
「ちっっげーよ!」
マフィアどころかヤクザじゃねーか!! なんでそうなる!
ぎゃいぎゃい抗議したものの、ちゃんと伝わったかどうかはすこぶる疑問。耳に指つっこんで「あー、わかったわかった」とか言いやがったからな。
パンチ入れても反撃をくれることもなく、なおざりだけど説教を聞く姿勢になるドフィを見て、彼の仲間たちも一応は血縁だと納得してくれた模様。
あの膨らんでいたひとも元に戻ったので一安心。
改めてどうもどうもこんにちは、ドフィたちが常日頃お世話になっておりますと挨拶回りしつつ自己紹介。
ドフィが案の定、苦虫を噛み潰したような顔をしていたが気にしない。挨拶大事。
最初に会ったのがトレーボルさんとディアマンテさん。
それからお爺さんから子供まで、性別から年齢層まで幅の広いこと広いこと。そう、こど……え、ちょっときみたちいくつ? あの赤ん坊も? へ、へぇ、若いね……いや、その年齢で海賊って色々察するけど、そうかぁ……。
ちょっとしんみりしたけど気を取り直す。
「あれ、ロ……コラソンは?」
危ない危ない。名前の変更なんて急に言われてもまだ慣れない。
「じき戻る。楽しみにしていろ」
なんでも所用で少し出ているそうだ。
この海賊団はそれぞれトランプのスートになぞらえた幹部がおり、各々役目が違うというのは情報集めの時に知っていた。今まで紹介された中にハートがいないということは、元ロシー現コラソンがハートの幹部なのだろう。
「若様のお姉様? 若様よりずぅっとお若く見えるわ?」
「だすやん?」
こわごわと近寄ってきた黒髪の可愛い女の子と、体格がよくて触覚みたいに髪が伸びた男の子が揃ってきょとんと首を傾げる。ベビー5ちゃんとバッファローくんというそうな。
膝に手を当てたまま折り曲げて目線を合わせ、怖がらせないようにとにっこり笑う。
「うん、色々あって十年くらい凍結……えーと、固まってたの。だから今はドフィの方が年上になっちゃったんだ」
「そうなんだすやん!」
「まぁ、童話のお姫様みたい! すてき!」
すてき……どうだろう?
延命措置としての苦渋の選択、という意味合いが強いので眠りの森のなんとか、みたいな浪漫は残念なことに存在しなかった。だいたいお姫様ってガラじゃないし。
だがそれはこちらの話。子供さんの夢を壊すべきではない。
「すてきかどうかはちょっと難しいけど、ドフィとまた会えたから……うん、よかったなって思うよ」
しみじみとつぶやいて、ベビー5ちゃんの頭をふわふわ撫でたらふにゃりと笑ってくれた。よしよし。
「フッフ」
はいそこー、含み笑いしない。名前確認だけして帰ろうとしたのは悪かったよ。
比較的可愛い子供さん組や、ジョーラさんという女性とお喋りしていると、唐突にドアがばたんと開き──でっかい大人の尻がスライディング入室してきた。
「のわ!?」
「きゃはは!コラさんがこけたー!」
「やっぱりだすやーん!」
どうやら足がもつれて転んだようだが、それをやんやと囃すちびっこたち。
その反応を見るに、どうもこの青年常日頃こういったことを引き起こしているということで……。
身体を起こして立ち上がると、青年は随分と背が高い。ドフィとタメを張れるくらいの上背に黒いもっふりしたコートを羽織り、顔には道化師を思わせるペイントを施していた。
……うわー、イヤだなー! 現実から目を背けたいなー!
「フフ、フッフッフ……! しまらねぇ再会だな、コラソン」
はい確定です。
コラソンと呼ばれた男が、爆笑するドフィの指の先──つまりは僕を見て硬直する。
ピエロな男がこちらを見て、ドフィを見て、あたふたしながら懐から小さな紙を出して何かを綴って差し出してくる。『ミオ?』と書いてあったので頷く。
「うん、えと、久しぶり」
こくこくと必死で頷く様子は幼い頃を彷彿とさせるが、まさか可愛い方の弟がビジュアル系に成長しているとは夢にも、思わず……。
抱き締めようと伸ばされた腕を避けても仕方がないと思って欲しい。
もう全身で「なぜ!?」って感じでショックを受けているコラソンに僕はごめんと首を振る。
「ドフィもそうだけど、弟たちの進化の方向に驚きが隠せない……! 慣れるまでちょっと待って」
頭を抱える僕と、オロオロし通しのコラソン。ドフィ、知ってて黙ってたな。
「どうだ、ミオ。おれの新しい家族たちだ」
誇らしげに胸を張るドフィに自然、こっちも嬉しくなる。
「うん、いい家族だね」
下っ端までは分からないけれど、幹部のひとはみんなドフィを慕っている。心酔しているといっても過言ではないくらいの好かれっぷりなので、別の心配はあるけどおおむね安心できる。
素直にそういうと、ドフィは笑みを深めて自慢げに腕を広げた。
「だろう? お前も今日からファミリーの一員だ、気兼ねなく──」
おいおい、さらっと何を言い出してるんだこやつは。
「え? 入らないよ?」
「……あ?」
物凄い勢いでドフィの機嫌が降下した。
グッピーならしんでる。
殺気すら漂う様子に周囲のひとたちが一斉に口を噤み、コラソンがぎょっとする。この人数の中、痛いほどの沈黙があたりを包み込んだ。
いやいやしかし、こちらにも言い分があるわけでして。
僕は確かにドフィたちの姉だけど、それとこれとは別問題。いきなりファミリーとか言われても困ります。
「何故だ?」
「なぜって、ドンキホーテ海賊団って海賊じゃないですかー」
「そうだな」
それがどうした、と言わんばかりのドフィである。え、そこからかよ。
「僕は二人の安否を確かめたくてここまで来たけど、海賊にはなれないよ。賞金稼ぎデビューしたばっかりだし」
もし海賊になるとしても、お父さんところがいいかなとも思う。……これ、口に出すとなんかヤバそうだから言わないけど。
「転向しろ」
お姉ちゃんの職業を弟に斡旋される悲しみ。
相変わらずの傍若無人ぶりに少しげんなりする。そういうところは変わってないらしい。
お断りなのでべぇ、と舌を出す。
「やだよ。職業選択の自由を主張します。べつに、ドンキホーテ海賊団をターゲットにするつもりはないから安心して」
「そうまでして、おれから逃げるつもりなのか?」
「なんでそうなる」
最初に会ったときからドフィは僕が逃げることを懸念していた。そこがどうにも理解できない。
あるいは、十余年の歳月で隔たったものが最も露出しているのが、その点なのかもしれない。
家族は逃げるとか、そういう次元のものではないだろうに。
とても不思議で、首を傾げた。
なぜだろう。ドフィはおおきくなったのに、ちっともそう見えなかった。
「僕はどこにいても、何をしててもドフィたちの家族だし、それは変わらないよ」
逆を言えば、それはドフィもロシーも同じこと。
血は水より濃いとはよく言ったもので、切っても切れないのが肉親というものだ。
ドフィが信頼するに値する家族を自力で手に入れたことはすごいと思うし祝福するけど、無理やり手元に置こうとか立場で縛られるのはお断りだ。
「大事な家族に会いたいから、顔が見たいなって思ったから会いに来た。遊びにきただけなんだからさ、その、就職の斡旋とか勧誘とか変じゃない?」
言いたかないが、アレだぞ?
久々に再会した姉が、職業不安定だから弟がおれの大企業(ただし法的にはアウト)にコネ入社しろって言い出してるようなもんだぞ?
いつかは、どこかに所属する日がくるかもしれない。
でも、それは今じゃない。海賊は自由なんだってお父さんが教えてくれた。ドフィが僕から自由を簒奪しようとするなら、仕方がないから戦おう。
望外の幸運で手に入れた人生だ。
僕には僕の、そしてドフィとコラソンにもそれぞれの人生があって道がある。それを邪魔すべきではないし、してはいけないと思っている。
甘えるのもいいだろう、頼られるのも歓迎する。
けれど依存して寄りかかられたり、所有されるとなれば話はべつだ。
いつまでも一緒にはいられない。
だって二人は──大人になってしまったのだから。
ドフィの額に青筋が浮かぶ。
びりりと空気が震え、凄まじい圧迫感が襲いかかってくる。まるでここだけが深海の底だ。計り知れない圧力がこちらを気圧してくる。
悪寒で首筋がざわつき、ぶつぶつと肌が粟立った。知っている、これは。
「ドフィ」
低く、鋭く、声を上げるとドフィの指先が不自然にぎしりと動いた。腰に佩いた柄に指先を這わせ、強くドフィを睨め付ける。
「今やろうとしていることを、本当にやるなら──
なんでかな、言葉は通じてるのに通じていない感じがして、すごく悲しくなる。
ドフィが何をしようとしているのかは分からないが、おそらくは悪魔の実。その異能を発揮するというのなら、こちらも全力で相手をする。
僕はドフィの部下ではないから、意に沿わないことは真っ向から反対するし、場合によっては叱り飛ばして喧嘩する。
尻だって叩くぞ? 大人のお尻ぺんぺんはそういうプレイでもない限り羞恥の極みだぞ?
呼吸すら難しいような、威圧と暴威の気配が室内にひたひたと満ちている。
けれど。
「……昔から、そうだった。ああ、思い出した」
ふ、と威圧感が消えた。
「思い通りになった試しなんか、一度もねェんだ」
こちらへ伸ばそうとしていた腕で自分の頭をガシガシとかいて、肩を大げさに竦めて両手を上げた。降参、という感じだ。
「オーケイ。わかった、ようはミオの滞在中にここに住みてぇって思わせりゃ、おれの勝ちってことだ」
「そうそう、そーゆーこと。ひさしを貸してくれるってんなら、その分はちゃんと働くよ。外注とかそういう扱いでよろしく」
フッフッフ、とドフィが笑う。
「おれたちはしつこいし手強いぜ? なんせ、こっちにはコラソンと
「そいつは恐いね。お手柔らかにお願いしまーす」
こっちも、ありもしないスカートみたいにコートの裾を引っぱって、優雅にカーテシーなんぞを披露してみせる。
緊張が一気に弛緩して、コラソンがほっと息を吐いた。
そうだね、こういうケンカ見るの苦手だったもんね、ごめん。
そこへ──
「おいコラソン!さっきはよくも──」
開きっぱなしだったドアから、小さな影が飛び込んでくる。
なにがあったのか、せっかく洗濯した服は薄汚れてあちこちに傷をこさえた、先日の密航者の少年だった。
情報収集のためにかけた時間は一週間。
その間に少年を見ることはなかったから、てっきりもうこの町を離れたと思っていたのだが、思わぬ再会である。
「少年?」
「あっ、おま、なんで、ぶへッ!?」
呼びかけに少年が驚くのと、コラソンが足を踏み出して長い腕で少年をぶっ飛ばしたのはほぼ同時。
矮躯が軽々と吹っ飛び、壁に叩きつけられて転がる。
「うわあああ!? 唐突になにしてんだコラァ!」
仰天して、全身で思いきりコラソンにドロップキックをかました。
「!?」
まさかこっちから攻撃がくるとは思わなかったのか、コラソンのどてっぱらに渾身の蹴りが突き刺さり、その場でずでんとぶっ倒れる。なんてこった! 可愛かった弟がヤバい方向にねじ曲がっとる!
周りの目も構わず、僕は激情のままに馬乗りになり、さっきの気分を引き摺ってることもあって、そのままお説教タイムへと突撃した。
「うっ、くそう、ドフィも大概だと思ったけどコラソンお前もかー! 年端もいかないガキんちょに手ぇ出すDV野郎に育つなんて!」
十年で人は変わるだろうが、それにしたってこれはない。
怒りと悲しみを込めてコラソンの胸ぐらを掴み上げ、顔面をびったんびったん平手打ち。
「もー、最低! 海賊じゃなくても普通に駄目だ! ファッションと化粧には言及しないけど暴力行為は咎めるし怒るし容赦もしない! 君が反省するまで! 殴るのを! やめない! オラ少年にごめんなさい、しろ!」
腹パン! 腹パン!
「!? 、!」
待って欲しいというニュアンスは伝わるが、待たない。全面的にコラソンが悪い。
ぶつけた箇所を押さえながら少年が目を丸くしている。ちょっと待っててね、すぐ謝らせる。
半泣きでアカン方向の非行に走ってしまったコラソンをボコ殴りにしていると、見かねたドフィが僕の腕を掴んできた。
「おいその辺にしておけ。コラソンはこれでもうちの幹部、」
言うに事欠いて、組織の上下関係を引っ張り出されてぶち切れた。
「そんなもん関係あるかぁあ! ドフィもドフィだ! 幹部っつーなら、最高権力者兼兄貴があほやらかした弟叱らなくてどうすんの!?」
矛先がこっちに向いたことを敏感に察したドフィは黙り込んで露骨に目を逸らした。
あ、その態度。
「ちょ、おま、さては、ドフィ、今まで知ってて黙認──」
「あーわかったわかった、やるなら余所でやってくれ」
言われてみれば、これ以上身内のごたごたを他人様にさらすのはよろしくない。
少しだけクールダウンできたので、コラソンからどいて居住まいを正して頭を下げる。
「お騒がせしました! すみません!」
唖然としている幹部さんたちから背を向けてドアに向かう。
コラソンのコートは掴んだまま離さず、そのまま引き摺るようにして退室した。
副題:ロシナンテはタイミングが悪い。