桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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く.がらくたワルツ

 

 

 

 ロシナンテ──コラソンとの約束通り、一週間くらい滞在させてもらってさてそろそろいっぺんお暇を頂きたく……とドフラミンゴに申し出たところガチギレされた。解せぬ。

 

「解せぬじゃねぇよ。短すぎる、セミかよ」

 

 滞在期間に対して、十日と待たずに死に行く代表格を引き合いに出さないで欲しい。

 こちらとしても言い分があるので、くちびるをとんがらせつつ物申す。

 

「旅行とか、長くてもそんなもんじゃん」

「うちは出先じゃねぇだろ。ここを拠点にすればいい」

 

 賞金稼ぎにも拠点は必要なのだからドンキホーテ海賊団を拠点にしろ、というのがドフラミンゴの言である。

 それがイヤなら総力を挙げてふん縛るぞ、と指をわきわきさせながら言われ、少し考えてから了承した。目つきがガチだったから。ひと一人捕まえるのにそんな迷惑をかけないでくれ。

 

 ミオとしても、寄り道せずにスパイダーマイルズへ来たので、拠点とよべる場所がないからちょうどいいといえばそうだった。

 しかし、忘れがちだがドンキホーテ海賊団は海賊なので彼らも拠点を変える。

 特に海軍に目を付けられている……どころか、がっつり潜入されているドンキホーテ海賊団はしょっちゅう通報されては海軍船に襲撃されるので、そのたびに探し出すのはわりと面倒臭い。

 

 その辺りを聞いたら電伝虫の番号を渡された。

 ビブルカードではないのか、と疑問を覚えたのだがビブルカードはグランドライン中盤以降の文化なので、この辺りまでは浸透していないことに思い至った。

 

 なるほどと思いつつ、それからもう一週間くらい追加滞在してから念のためド深夜にこっそり出航して白ひげに帰ったら、ドフラミンゴから鬼電かかってきて電伝虫が過労死しそうになった。す、すまねぇ。

 海賊を狩りながらお土産を買って遊びに行ったら、しこたま愚痴を吐かれた。

 

「一ヶ月は滞在しろよ。あとベビー5たちに言ってからにしてくれねぇと、あいつらがやかましくてしょうがねぇんだが?」

 

 その言い方はずるいと思う。

 

「それは、そのー、ごめん。次は挨拶してからにするよ」

 

 お土産に購入したお高いワインを渡しつつ、じゃっかん気まずくなって目線を逸らす。

 

 成人をとっくに通り越した弟たちはともかく(まだまだ幼いデリンジャーはそうでもないが)ベビー5とバッファローはミオにとてもよく懐いてくれた。

 そのぶん、帰ろうとする気配を察すると全力で引き留めにかかるので難儀する。しかも、最近はことある事に海賊団に勧誘してくるので、言質を取られないようにするのが大変なのである。

 

 それがドフラミンゴの策略なのか、子供の純粋なお誘いなのかは判じかねるので、さすがにばっさり突っぱねられない。遊びに行くとこれでもかと構い倒して甘やかすので、それが要因な気がしなくもないが。

 

 基本、女子供は可愛がって守る主義である。

 

 劇的とはいえない再会をして、しばらくドンキホーテ海賊団に滞在していて分かったのは、この海賊団はすべてがドフラミンゴを中心に回っているということ。

 大人になる過程としての知識や手練手管そのものは学び取っているけれど、その本質は傲岸不遜でわがままで、子供の頃と変わっていない。

 むしろその点は助長しているようにすら見えた。

 

 幼い論理そのままに、ミオを自分のもとに縛り付けて繋ぎ止めておきたいのがよくわかったけれど、そんないい大人の駄々に付き合うほどミオは優しくもお人好しでもなかった。

 

 ミオはあくまで賞金稼ぎのスタイルを崩さなかったし、ドンキホーテ海賊団に入ることもなかった。

 ドフラミンゴのみならず、実力を認めたセニョールやディアマンテからも、やれ居着け襲撃行くぞ取引に付き合えとさんざん言われているがすべて「(∩゚д゚)アーアーキコエナーイ」と素知らぬ顔で通している。

 

 なんだか最近はドフフラミンゴも慣れたのか諦めたのか「出かけるならこの海賊潰してこい」と手配書を渡されている。

 やだお姉ちゃん便利に使われてる。大抵評判悪いからやるけど。

 

 その日もわりと長い間ご無沙汰していたので、ご機嫌取りの意味もこめてたっぷりのお土産を抱えてドンキホーテ海賊団を訪れた。

 

 ジョーラがお着替えさせていたデリンジャーに服とぬいぐるみを見せるとぱぁーと目が輝いて、彼女にも新作だという化粧品を渡した。

 他のちびっこ組を探してきょろきょろと歩く。

 

 最近拠点にしたばかりだという春島はのどかで暖かく、過ごしやすい気候だ。

 

 海岸の辺りをそぞろ歩いていると、遠目にバッファローとベビー5、ローがお喋りしているのが見えた。

 大きく手を振ると、こちらに気付いたベビー5たちが走り出す。

 

「ねーさま! ミオ姉様おかえりなさい!」

「おかえりだすやん!」

「ベビー5、バッファロー。よかったー、元気そうで」

 

 走る勢いそのままのベビー5を抱き留めると腕の中で本当に嬉しそうにはしゃぐものだから、だらしなく笑み崩れてしまう。

 海賊団には入らないと毎回言っているのだが、どうにも一員とみなされているらしい。

 

 姉と呼ばれるのはちょっとだけ申し訳なくて、とても嬉しい。

 

「ミオ姉様もドンキホーテ海賊団に入ればいいのに!」

「ニーン、若様も歓迎するだすやーん!」

「ええ-、でも僕がお出かけしないとお土産を買って来れないよ?」

「あっ!」

「そ、そうだった! 悩むだすやん!」

 

 あちこちの島で購入したアイスや、宝石みたいにきらきらしているお菓子を差し出すと、子供たちが目を輝かせてから「どうしよう!」という感じで顔を見合わせた。ローだけはそっぽを向いたままだったが。

 

 名も知らぬ少年改め、トラファルガー・ローはミオが知らない間にドンキホーテ海賊団に入団していた。ファミリーの幹部たちは既にローの病を知っているらしい。

 

 むしろその『白い町』にまつわる体験と憎悪を育てていっぱしの海賊にしよう、というスタンスのようだ。

 それに、海賊となれば普通に過ごすよりも悪魔の実と接触する可能性が高い。

 ミオが生き残ることができたのも、悪魔の実が持つ人知を超えた力があってこそだ。ローの治療を可能とする悪魔の実だって存在しているかもしれない。

 

 それを体験として知っているから、ミオはローもできればそうなって欲しいと願っている。ドンキホーテ海賊団は闇取引を主に扱っているので、他の海賊団よりも生存率は上がるだろう。

 

「ローも選べば? ミオ姉様、たくさん持ってきてくれたよ?」

「いらねぇ。それより稽古つけろ」

 

 己の寿命が尽きるまでに何もかもを壊したいと切望するローは、自分を鍛えることに余念がない。

 命の短さを知るからこそ、その焦燥と憤りは深く、切迫感に突き動かされるように稽古をせがむ。その必死な様子は見ていて痛々しいほどで、余裕がない。

 時々、ミオはなんともいえない気持ちになる。

 

「いいよ。でも今のアジトに戻ってからね」

 

 ローは幹部たちから稽古を受けているようだが、体格が小さいのに多数の海賊を打倒しているミオの体術を学びたいらしい。

 頷くと、ほんの少しだけローの頬がゆるむ。ローはミオが好きではないが嫌いでもないらしく、気が付くと近くにいることが多かった。

 

「あ、コラさんだ!」

「隠れるだすやん!」

 

 わぁわぁと騒ぎながらババッとバッファローたちがミオの後ろに隠れる。彼の体格ではミオの後ろに隠れたって丸見えなのだが、気分の問題らしい。

 最初の一件以降、守ってくれると学習したらしく、ミオがいる時はこうして防波堤扱いされるのだ。

 コラソンはコラソンで、最初の相談から子供に手を出すのを控えているのだが、ぱったり止めると怪しまれるし一定の成果はあるので頻度を減らして続行している。

 

「やっほう、コラソン」

「……」

「そうだね、久しぶり。今回は少し長く滞在するつもりだよ」

 

 筆談も用いることなくスムーズに会話をしていると、ベビー5がこてんと首を傾げた。

 

「なんでミオ姉様はコラさんの言っていることがわかるのー?」

「コラさん喋ってないだすやん?」

「んー、あんまり喋らなくてもわかることって、あるよ。あとは勘かな」

 

 生前──『前世』と言い換えてもいい──ミオは、沢山のひとと縁故を結んできた。

 中には饒舌なひとも、無口なひともいた。そんな人たちとのことを考えると、コラソンはむしろ分かりやすい部類に入る。

 コラソンは頷き、煙草を咥えてライターの蓋をカチンと開く。先の展開が読めてひくりとミオの頬が引きつる。

 火打ち石がじゃりりと音を立てて火花が散り、ボッと煙草を通り越して──コートに引火した。

 

「もう煙草やめたらどうかな!?」

 

 すかさず、自分の腰のホルスターから水鉄砲を取り出してコラソンめがけて打ち放つ。ぷしゅう、と弧を描いた水がコートにかかってまだ小さかった炎が鎮火された。

 

「……、!?」

「おっと」

 

 その、水鉄砲で濡れた地面で器用なまでの足捌きで滑って転びそうになるコラソンの腕を掴んで、引き寄せる。

 位置取りがいいのか、巨体に押し潰されることもなく相手の体勢を整えたミオは、眉をへの字に曲げてぺしりとコラソンの腕を叩いて苦笑する。

 

「もうコラソンのドジは奇跡的だね。お祓い行った方がいいよ、ほんと」

 

 再会してからもコラソンのドジッぷりは変わらず、むしろ煙草を嗜むせいで危険性が増したように思う。ミオはやむなく水鉄砲を購入して腰に常備している。

 水鉄砲の腕ばかり上がっても使いどころがないのが悩ましい。

 

「……」

「どういたしまして、え? ああ、そうか……ロー」

 

 ミオはコラソンの様子を見てからローに振り向き、ごめんねとつぶやいた。

 

「稽古はあとでもいいかな? ちょっとコラソンと話してくるから」

 

「えっ!? ……チッ、はやくしろよな」

 

 一瞬だけ悲しそうな表情を見せて、すぐにそれを打ち消して仏頂面で舌打ちするローにミオは申し訳なさそうに苦笑する。

 

「うん、ありがと。ちょっとだけあとでね」

 

 ぽすりとローの頭を帽子越しに撫でて、持っていたおみやげをバッファローとベビー5に渡してから、ミオはコラソンと連れ立ってどこかへ歩き始める。

 コラソンとミオの背中を眺めていたバッファローとベビー5が頬を膨らませて不平を漏らした。

 

「……コラさんに取られちゃっただすやん」

「ぶー、つまんないのー」

 

 デリンジャーが泣き止まない、といった事態でもないとミオはドフラミンゴとコラソンを優先する。

 子供たちがわがままを言えばその限りではないのかもしれないが、若様に睨まれるリスクが感じ取れないほど馬鹿ではないから、そういった時は大人しく見送るしかない。

 

 子供たちはミオが大好きだ。

 

 それはドフラミンゴに勧誘しろと言われていることもあったけど、たぶんそれがなくても好きになっていたと思う。

 

 ファミリーに所属していないミオは『血の掟』や上下関係に縛られることなく付き合うことができたし、遊びにくる時は必ずたくさんのお土産を手にあらわれる。

 稽古をねだると厳しいけれど、理不尽な行動を要求したりはしなかった。最後にはお疲れさまと、よくがんばったねと頭を撫でて褒めてくれる。

 

 ミオは人を陥れようとしない。無理な時は無理と言うし、いやだと思えば正直につっぱねる。自分たちを無条件に好いてくれていることが肌でわかるから、そういったあけすけで単純な好意は心地が良くて離れがたかった。

 

 だから──彼女がファミリーに入ってくれればいいなと思うけれど、それで彼女らしさが損なわれるのもイヤで強く出られないのも、本当なのだ。

 

 

 

 


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