桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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いち.生存戦略開始!

 ついに、『その日』は来てしまった。

 

「あねうえ? 旅行に行くのかえ?」

「でも、にもついっぱい……」

 

 宅配業者もかくやという勢いで次々梱包されていく品々を見て、ドフィが首を傾げ、ロシーは困惑している。

 おいおい父よ、弟たちに説明してなかったのか。

 

「父様がね、お引っ越ししたいんだって。ロシーもドフィも、持って行きたいものをまとめておいで」

「……戻ってこられるのかえ?」

 

 頭の回転が早いドフィが、じいっとこちらを見上げてきた。たぶん、いや、絶対に無理だろうなぁ。

 ドフィはうちの家族にしては珍しく(いや普通の天竜人らしい、と言うべきか?)自分の血統至高主義である。なので奴隷の扱いも雑だし、それをして当然だという考えが、なぜだか染みついている。

 今回のことなんてもう少し分別がつく年齢だったなら真っ向から拒否していただろう。この『引っ越し』で受ける精神的痛手は、おそらく家族内でもひどい方だろうから。

 

 とはいえ、ただでさえ不安いっぱいな弟たちに、いらん不安要素を増やしても仕方がない。

 

「そこまでは僕にも分からないんだ。気になるなら父様に聞いておいで、もっと詳しく教えてくれるよ」

 

 ぽんぽん、と二人の頭を撫でると彼らは頷き合ってから廊下を走って行った。おそらくは尋ねに行ったのだろう。

 さて、僕も準備をしなければ。

 元々父から話が出た時点で準備は進めていたけれど、まだ細々とした処理が残っている。

 

「ミオ様」

 

 自室に戻る途中、長年傍仕えを務めてくれていた青年がこちらへ心配そうな目線を向けてきた。

 

「チェレスタ、長年ありがとう」

 

 僕は柔らかく笑んで部屋に入り、彼も当然のようについてくる。

 

「あなたたちの脱出については、例の手筈通りに」

 

 青年──チェレスタを始めとして僕を主として務めてきてくれた元奴隷の人たちを連れて行くことはできないから、そちらの準備を整えるのも必要不可欠である。

 

「そちらは万全です。ですが……」

 

 チェレスタが言い淀むなんて珍しい。

 まとめていた荷物から顔を上げると、彼の表情は沈痛そのものだった。

 

「チェレスタ?」

 

 名を呼んで話を促せば、チェレスタは苦虫を噛み潰したような渋面で絞り出すように呟く。

 

「……おれも含めて、あんたについて行きたいヤツばっかりだ」

 

 敬語をかなぐり捨てて、元奴隷の焼き印を上書きした星と魚の紋章──どうしても僕のものだったという『証』が欲しいとせがまれて許可を出したものだ──を見せつけるように。

 

「天竜人は今でも憎い。だが、あんたは、ミオ様は、おれたちをもう一度『人間』にしてくれた。恩人だ。それを――」

 

 いつの間にか集まってきていた、チェレスタ以外の元奴隷たちも一様に心配そうだ。彼らには分かるのだろう。

 天竜人という姓を捨て去ったものたちが下界で辿るであろう、末路を。

 

 でも、

 

「大丈夫だよ。みんな、ありがとう」

 

 僕はなにも死にに行くのではない。そのための準備を怠ったつもりはないし、それなりに作戦は考えている。

 なんせ自分だけじゃないのだから。

 大事な家族をみすみす可哀想な目に遭わせるつもりなんてないのだ。

 

「これでも僕はタフなんだよ、みんなのおかげで」

 

 独り稽古では無理のある時に付き合ってくれた元海賊。

 サバイバル知識をくれた元植物学者。

 世界情勢を教えてくれた元情報屋。

 裁縫を教えてくれた縫製屋や、庭師……みんな、僕に生きる術をくれた。

 

「きみたちがくれたもので、僕らは明日から生きていく。生きて、いけると思うんだ」

 

 だから、と僕は彼らひとりひとりと視線を合わせながら、

 

「みんなも、どうか笑顔で見送って欲しい」

 

 そうすれば、僕も笑顔で行ける。生きていけるんだ。

 

「みんなの幸せを、祈っているよ。──いつだって、どこででも」

 

 恨んでいいのに、呪っていいのに、唾を吐いてくれたっていいのに。

 

「ミオ、さまぁ……ッ!」

 

 優しい彼らは、僕の行く末を、この身を案じて涙を流してくれる。

 

 天竜人はなんて勿体ない奴等なのだろうと、つくづく思う。こんなにも、彼らはいとおしいのに。

 

 ただあれだ、これでも生き延びる気まんまんなので、そんなお通夜もかくやという空気を出されると困ってしまう。

 

「ほらほら、曲がりなりにも僕らの門出なんだよ。笑って笑って~」

 

 すすり泣きのおさまらないみんなを宥めている間に、時間になってしまった。

 船に揺られながら脳内で考えられる限りの事態を想定し、作戦を考える。

 

 天竜人というブランドを持つ家族に、仇討ちという大義名分を錦の御旗に掲げた民衆がどんな反応を示すかなんて想像に難くない。

 おそらく、絶死の思いをするだろう。

 父は後悔するかもしれない。彼の思想は正しく、けれど足りないものが多いから。

 

 しかし、それを補うのが家族というものだ。両手で自分の頬を軽く張り、気合いを充填する。

 

 生存戦略、始めます!

 

 

 

×××××

 

 

 

『天竜人、出てこい!』

 

 与えられた住居が世界政府『非加盟』の国、という点で懸念していた事態が的中してしまった。

 人の口に戸は立てられない。天竜人の船が停泊しあまつさえ家族が住み始めたらしい、なんてセンセーショナルな話題はあっという間に街中に広がった。

 

『お前達のせいで、飢え死ぬ奴等がどれだけいると思ってるんだ!』

 

 最初は半信半疑だった町の住民も、ドフィの口調や傲慢な態度、父母の気品にあふれた所作で確信を得てしまったらしい。

 

「ミオ、お前はこれが分かっていたのかい?」

 

 天竜人を出せとわめく、復讐と怨念で暴徒と化した民の声が壁一枚向こう側から聞こえる。

 荷ほどきすらしていなかった荷物を背負い、片手にロシナンテを抱えている僕へ青ざめた表情の父様が問いかけた。

 

「父様、人は善意だけで生きるものではない。再三申し上げましたよ」

 

 にこり、と笑って言ってやる。そもそも天竜人の腐りきった精神を見れば、他の人間だって似たり寄ったりとわかるだろうに。

 これまで思いつく限りの危惧を具申してきたけど、父様はやんわりと受け流すだけだった。考えたこともなかった、とは思っていないが、それを押しても行きたかったのだろう。

 それなら、できる限りで守るのは家族の役目である。辛いのは僕より心のきれいな父の方だろうから。

 

「ああ、だがまさかこんな……ミオ、すまな」

「家族に謝罪なんていりませんよ。それよりとっとと逃げましょう。ドフィ、走るよー」

 

 あらかじめ調べておいた噂の届いていない地域への脳内地図を浮かべながら、足を進める。

 ドフィの背中を軽く押して促し、戸に手を当てた。

 

「あいつらなんでひれ伏さないんだえ!?姉上!こんなのおかしいえ!」

「そりゃひれ伏す理由がないもんよ。口閉じてなさい、舌かむよ」

 

 ざっくりと説明して勝手口の方から這々の体で逃げ出す我が家族。やれやれだぜ。

 いちばん足が速いのは僕なのでしんがりを務めて、なんとか全員を無事に連れ出せた。

 

 この島に到着して、素性がバレる前に持ち出した宝石類を換金して購入しておいた隠れ家に案内する。

 

 燃えてしまった屋敷よりずっとこぢんまりとした、小さなおうち。まぁ今の僕らには相応だろう。

 

「姉様は、ぜんぶ分かってたの?」

 

 まさか家まで用意しているとは思っていなかったのか、唖然とする家族の中でいち早く復活したロシーが僕の服をぎゅっと握った。

 その頭を撫でてやりながら、くすりと笑う。

 

「まさか。でも、いくつか考えていたからね。これもその内のひとつ」

「すごいえ! 姉上!」

 

 目をきらきらさせるロシーとはしゃぐドフィ。いや凄くないから。逃亡生活で拠点の分散は基本です。

 大変なのはここからだよ、と噛んで含めるように言い聞かせる。この場所が割れてなければいいが、一時凌ぎになるかどうか。

 

 そう、ここまでは想定内だ。

 世界政府はおそらく自分たちを生かすつもりなんてない。最高の生贄として利用し潰すつもりだろう。

 それをかいくぐるには、なんとか策を練らなくてはならない。

 

 でも、なんとしてもやり遂げなくては。

 

「みんなは僕が守るから」

 

 だから、笑え。気丈に、威風堂々と、何も心配することはないのだと表情で伝わるように。

 

「だいじょうぶ、だよ」

 

 

 

×××××

 

 

 

 噂の届いていない地域へ行き着いて始めた僕の活動は氏素性を隠しての仕事と、『噂』流しである。

 こちらが天竜人だと先に勘付かれる前に、こちらから流してしまえばいいと判断しての行動だ。

 

 ただし、それは実際とは多少の違いがあるけれど。

 

 酒場の樽を担いでいると、今日も聞こえる世間話。

 

「元天竜人が近くにいるらしいって、アレ、マジか?」

「ああ、けどその天竜人に危害が及ぶといけないからって、あちこちに替え玉を用意したらしいじゃねぇか」

「じゃあ隣町で襲撃したってヤツらも?」

「そうかもしれねぇな。だとしたら可哀想な話だよ」

 

 よしよし、今日も順調に噂は広がっているようだ。

 

 僕がこの町で流した噂は『天竜人が姓を捨てて暮らしているらしい』『その天竜人を守るために、替え玉が用意されているらしい』『替え玉であることがバレるとその家族は天竜人に殺される』このみっつだ。この町で、幸運なことに協力者を得られた僕は彼の助力を得て噂を広めた。

 僕はともかく父母やドフィ、ロシーが天竜人らしく振る舞えば振る舞うほどこの噂は効力を発揮する。

 

「ケッ、天竜人のやりそうなこったぜ。胸糞悪ィ」

 

 吐き捨てるような男の言葉は、噂の信憑性が高まっている証左だ。

 

「おやっさん、お待たせしました!」

「ああ、そっちの樽は倉庫におねが……頼む。そしたら今日は上がっていいぞ」

「はい!」

 

 ほんの少しだけ言い淀んでしまったこの酒場のマスターは、過去僕が引き取った元奴隷だったひとだ。

 彼がこれまで受けてきた所行を考えれば、すぐさま自分たちのことを周りにバラしたっておかしくなかったのに、マスターは僕を雇うだけでなく噂まで率先して広めてくれた。もうマスターに足を向けて眠れない。

 

「ジマドールさん、ありがとう」

 

 倉庫から戻ってこっそりと礼を述べると、彼は樽みたいな身体をゆすって少しばかり照れくさそうにぷいと横を向いた。

 

「おれぁ、アンタに恩がある。それだけだ」

 

 作りすぎた、と賄いの余りを包んだ袋を受け取って思わず微笑んだ。まだ温かいそれは、彼の思いが詰まっている。

 もう一度頭を下げて、僕は家族の待つ家に帰った。

 

 実は、迫害による悪罵と暴力の凄惨さを肌身で味わった父は一度マリージョアへドフィたちの帰還を打診していた。返事はもちろん「ムリ。捨てたものは戻らないよ!」。そりゃそうだ。

 

 既に権威を失効した時点で僕らは彼らの仲間ではなくなった。『元天竜人』という体のいい生贄なのだから、せいぜい民の鬱憤の捌け口になってくれというのも当然である。

 断られた時の両親の落ち込みっぷりは尋常じゃなかったので、慰めるのにわりと苦労した。ほんと、いいひとたちなんだよ。……計画性がないことを除けば。

 

「ただいま」

 

 海の近くの小さな家が今の自宅である。

 ゴミ捨て場がわりと近くにあったので安価で借りられた。潮風のおかげでそうイヤな臭いはしない。

 「おかえり」とか細く呟く椅子でうなだれている父は、またぞろマリージョアに電話してボコボコにされたのだろう。スープを温めてカップに注いで置いておく。

 

「すまない、お前には苦労ばかりかける……」

「覆水盆に返らず、ですよ。過ぎた過去を悔やむよりも、今日を生きてください」

 

 オブラートに包んでいるが、ぶっちゃけネガキャンに付き合うのも限度がある。いい加減にしないとケツ叩いて森に放り込むぞ、という言葉は呑み込んで曖昧に笑むに留めた。

 そもそも手に職くらいつけてから出奔しましょうよ、財産に胡座かいてるからこうなるんです。

 同じようにスープを注いで全員分の食事を準備してから、まずは母のベッドに持っていく。

 

「母様、ただいま戻りました。食事ですよ」

「ありがとう、ミオ。ごめんなさい……」

 

 力なく微笑む顔色は白く、呼吸が浅いせいで声には力がない。母は随分痩せてしまった。

 やさしいひとだから、これまでの迫害による傷は誰よりひどい。絶え間ないストレスが心と身体を蝕み、家族を危機にさらすことになったという後悔が母を常に苛んでいるのだ。憔悴の色が濃い。

 ベッドの傍で心配そうに母を見上げているドフィとロシーにも声をかけた。

 

「ほら、二人もご飯にしよう。それとも母様と食べる?」

「……ん」

 

 ふるふると首を振り、ドフィはロシーを促してテーブルについた。

 粗末ではあるが、最低限の栄養は摂取できる食事。味については言及しないでくれ、僕の料理はなぁ……食べられるけど美味くないんだ。すまない。

 

 ちなみにドフィはちょこっと料理ができる。自分にもし何かあった時のために仕込んだのだ。ロシーは教えてみたが……包丁握らせたら死人が出そうだったんだ、察してくれ。

 

「……あねうえ」

「どした? ドフィ」

 

 ご飯を食べてから僕の膝によじのぼってきたドフィがぎゅうっ、と抱きついてきた。ロシーと父は母についている。

 

「あねうえは、父上が憎くないのかえ?」

 

 あらぁ、直球。

 

「ドフィは憎いんだ?」

 

 ぎっとこちらを睨み据えるドフィの目は子供とは思えないほどの憎悪に満ちて、貪婪だった。

 ドフィにしてみれば当たり前に享受していたものを全部剥ぎ取られて、勝手にどん底まで道連れ一直線。一方的で理不尽だ。抵抗できる手段が皆無だったのだから、そりゃ憎かろう。

 

「当たり前だえ! だって、ここに来てからイヤなことばっかり起こる! 誰も頭を下げない! 馬鹿にされて、叩かれて、うんざりえ!」

 

 恵まれた子供時代は勝手に幕を下ろされて、上がった二幕は地獄ときたものだ。

 

 地獄への道は善意で舗装されている、というのは上手い言葉だ。よかれと思って行ったことが悲劇的な結末を招いてしまうこと。うちの父はまさにそれ。

 欲しいものは手に入れて当然、イヤなものは遠ざけて当然。歪んだまま育っても許される地位は、父が放り捨ててしまった。まぁ、天竜人方式の育て方なんてほぼ優しい虐待だったのだが、こっちはこっちでもろにひどい。

 

「だよねぇ」

 

 住処を追われ、町に出れば罵倒や投石。ひとたび身分がバレたらまた逃亡。子供じゃなくてもイヤになる。うーん、改めて考えるとほんとにひっでぇな。

 

「こんな所で、生活で……それに、あねうえばっかりしんどいえ!」

 

 少しばかり驚いたけど、ドフィの優しさにほっこりする。

 頭のいいドフィなら、僕のしていることを少しは把握しているのかもしれない。ドフィの頭をゆるゆると撫でて、思ったことを口にした。

 子供は敏感で、聡い。嘘なんてすぐに見抜いてしまうから、素直に。

 

「父様のことは憎くないよ。多少、いやだいぶ、考えなしだったけどさ。色々、たいがい」

 

 出奔にあたり計画性皆無だったりとかな!

 

 弁護するとすれば、父本人としては心配してなかったのだろう。身分はなくても財産はある程度持ち出せたし、清く貧しく幸せに、人々と手を取り合って家族でともに生きて行こうと。夢を見ていたわけだ。

 

 現実は非情である。

 

「でもまぁ、父様がやりたかったんだからしょうがないよね。すごいめんどくさいけど」

「そ、それで片付けるのかえ!?」

 

 これで僕らが成人してりゃあ付き合う必要ないからよかったんだけど、未成年が両親の方針に巻き込まれるのはもうどうしようもない。

 親は子を選べないが、子供だって親を選べないのだ。ここまでくると不幸な事故に近い。遭遇したのは超運が悪かったけど、くじけたら終わりなのでなんとか踏ん張ろう、みたいな。

 

「そりゃそーだよ。あえていうなら、止めきれなかった僕も悪いから……ドフィは僕も憎んでいいよ」

「ッ!」

 

 反射的にかドン、とドフィは僕の胸を叩いて、それからまた抱きついた。

 

 そうだよね、ごめん、お姉ちゃん意地悪言ったわ。

 

「いたいよ。ドフィ」

「ずるいえ、あねうえ」

「うん、ごめん。大人はずるくて汚いんだ」

 

 子供は大人よりも周回遅れで走り出してるから、その背中を捕まえて引きずり倒すには死に物狂いで努力するしかない。

 僕はちょっとずるしてるけど、それでも足りない。食い潰されるだけなんてまっぴらだ。

 べそをかくドフィの背中を軽く叩きながら、寝物語のように言葉を紡ぐ。

 

「でもさ、ドフィとロシーが大きくなるまでは僕が守るから。そしたら好きに生きればいいよ」

「好きに?」

 

 うん、と頷く。

 べつに天竜人じゃなくたってドフィとロシーには未来がある。

 幸い、腕っぷしが立てば働けるクチはいくらでもあるような物騒な世界だ。彼らをこれから鍛え上げれば、そこそこには使えるようになるだろう。

 そうすれば賞金稼ぎになってもいいし、海軍に入ってもいい。いっそ海賊だって構わない。

 

 楽しく幸せになれるなら、それで。

 

「ねぇさま? なんのお話をしてたの?」

「んー? ドフィとロシーは僕が守るよって話」

 

 いつの間にか傍に来ていたロシーも抱き締めて、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。

 猫のように擦り寄るロシーに微笑んで、二人分のぬくもりを感じながら正直なことを口にする。

 

「強くおなりよ、二人とも」

 

 なんせ父母がアレだ。

 頼れるものは必然的に己となる。

 まだまだ甘えたい盛りの弟ふたりには酷な話だけれど、こればっかりは知っておいてもらわないと今後どころか人生が危うい。

 

「教えられることは教えるし、鍛えるから。二人は賢いし、きっと強くなれる。そうしたら、好きなところに行っておいで。父様と母様は僕に任せて、さ」

 

 二人はなんにでもなれる。足枷は全部置いていって構わない。

 まぁ父と母に関してはある程度は面倒みるがそこそこで勘弁してくれよな、いい大人なんだから。

 

 とにかくこの世界は弱肉強食。強い方が生きやすい、そういう場所だ。

 

「色んな所に行って、色んなものを見ておいで」

 

 ぶっちゃけ腐敗したマリージョアより自分の肌には合っている。……父母と弟二人がどう考えているかは別問題だが。

 

「そうすれば──ここもそんなに、悪い世界じゃないよ。たぶん」

 

 そう締めくくって、僕らは寝床に入った。

 

 次の年の冬。

 

 環境の変化か過労かストレスか、その全てか……蝋燭の火が消えるようにひっそりと、母が息を引き取った。

 

 ドフィは8歳。ロシーは6歳。そして僕は12歳の時だった。

 

 

 

 


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