桃鳥姉の生存戦略   作:小日向ひより

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じゅーさん.きみわずらい

 

 

 夜になって、美味くないけどまずくないびみょうな腕の料理を披露したら、ローは「なんで上達しねぇんだよ」と文句を垂れて、一口食べたコラソンが懐かしいと言って泣き出した。上達しなくてごめん。

 

「そうだ、なんで今になって飛び出したの?」

 

 追いついた安心感で寝てしまったが、これを聞こうと思っていたのだ。

 レタスの炒め物を食べていたコラソンは口の中のものを呑み込んでから、一度ローと視線を合わせた。ローが頷いたことを確認して、神妙に口を開く。

 

「ローは"Dの一族"だ」

 

 とん汁をすすっていたミオはお椀を置いてちょっと考えてからがおー、と大魔王のポーズ(両手を無意味に前に伸ばす)をした。

 

「Dってこれ? 食べちゃうぞの?」

「それだ」

「は-、えー、実在してたんだあれ。いや、かの『海賊王』がそれだったっけそういえば。それで、あー、そうかそうか。そりゃドフィから離したいか、ろくなことにならなそうだもんね。ふんふん、ふーん」

「勝手に納得してんなよ。なんなんだよ、それ」

「うちの地域の子供を躾けるときの常套句。悪い子はディーが食べちゃうぞって」

 

 ローが頬を膨らませるので適当に説明してやる。

 Dの一族にまつわるなんやかんやを知るまで、ミオの中のディー想像図は某食べちゃうぞの緑色の怪獣だったのだが、割愛。

 

「要はあれだ、ドフィとローはめっちゃ相性悪いってこと」

 

 食事を再開したコラソンが何度も頷き、とん汁を口に含んだ瞬間に噴き出した。すかさず用意しておいたお盆を立てて、おかずをガードする。

 それをぼんやりと見ていたローが、箸を置いてぽつりとつぶやいた。

 

「……おれは化け物かよ」

「さぁ? そういう話があるよってだけだから、どうなんだろうね、実際」

 

 コラソンの噴いた味噌汁を布巾で拭いながら、ものすごく適当かつざっくりした返事をされた。

 それにむっとしてローが口を開くより早く、話が続く。

 

「それに、僕にとってローはローだから、べつに怪物でもモンスターでも化け物でもなんでもいいかなぁ」

 

 日常会話の延長で世間話のように、本当に、心底からなんでもないことのように口にされた言葉だったから、衝撃を受けるひまもなかった。

 反応すらできずに硬直するローに首をひねってから、ミオはコラソンに向き直る。

 

「コラソンだってそうでしょ?」

「もちろん、そうだ」

「だよねぇ。じゃなきゃ、可愛くないくそがきをわざわざ連れ出したりしないし、僕だってこんなあっちゃこっちゃ行かない。理由も動機も、ぜーんぶローだからだよ」

 

 ぜーんぶ、とミオは両手を広げてローをとびきり綺麗な花でも見るみたいに笑った。

 

「ローが可愛くないけどほっとけないくそがきだから、できることをやっただけ。勝手にね。コラソンもそうだと思う。だからさ、そんな情けない顔しないでよ」

 

 そして、ちょうどケトルが甲高い音を響かせる。

 言いたいことは言ったとばかりに、ミオはお茶淹れてくるわと言ってさっさと席を立ってしまった。

 

「……あいつ、馬鹿だろ」

 

 ぐったりとテーブルに身体を預けて頭を抱えたローのか細いつぶやきに、コラソンは視線をあちこちに彷徨わせて、それから口元を苦く吊り上げながらもごもごと言った。

 

「まぁ、その、ああいうひとなんだ、昔から。あー、だからなんだ、うん、諦めてくれ」

 

 

 

×××××

 

 

 

 食後の皿洗いなどを追えたミオは、二人にとりあえずお風呂入ってきなさいとタオルと着替えを押しつけた。

 彼らがこれまで使ってきた船は、ドンキホーテ海賊団の救援用ボートのままで小さく、設備が乏しいからそれもむべなるかな。

 時刻も遅いし、ましてローは珀鉛の影響で徐々に体力が落ちているようだった。なるべく清潔を心がけるべきである。

 

 コラソンはタオルを受け取ったものの「こういうのはレディファーストだろう」と難色を示してきたので、ミオはちょっと考えてから折衷案を出した。

 

「じゃあ、ローと一緒に入る」

「んな!? アホ言うなばか! いいからさっさと行け! ばか!」

 

 瞬間湯沸かし器みたいな勢いで真っ赤になったローに怒られた。よく考えたらローの年齢的に恥ずかしかったかもしれない。悪いことをしてしまった。

 じゃあ先にさっさと入ってくるよ、と告げて浴室に行ったら後ろで「ぶじょくだ。おれ、男なのに」「よしよし、今のはミオが悪かったな。あとで言い聞かせておくからな」という会話が聞こえてきた。交流内容がびみょうである。

 

 なんとなく釈然としないまま浴室に入って身体を洗い、湯船に浸かる。ローはともかく、コラソンは全身つかれるかどうかギリギリだ。

 お湯はぽかぽかして温かく、疲労どころか思考までがとろけていくようだった。うんと身体を伸ばし、心地よさに吐息をもらす。ここまで追いつくのが本当に大変だったのだ。

 

「おあ~……」

 

 だらしない声を上げて、沈思にふける。

 

 ドラム王国から得た情報をもとに、秘密裏に珀鉛に関する研究機関を尋ね回ること約五ヶ月。

 

 表沙汰になった途端に潰されるから資料は渡せないと首を振る研究者をおど……話し合って資料を入手して、渡してもいいがその少年を治験にさせてくれないかとマッドな提案をしてきた博士をしば……そういう考えにいかないように説得して、極めつけはほぼ革命軍寄りの研究所だ。世界政府に反感を抱く研究者となれば予想して当然の流れなのだが、いちばんやばかった。しぬほど苦労した。

 睫毛と顔の濃いおネ、いやおじ、いやいや性別不詳のひとが口を利いてくれなければ無理だったと思う。

 

 資料が役に立つかどうかは、わからない。本当にローの運次第だ。

 

 いい病院というセンは、研究所を回る内にほぼ不可能と悟った。そうなると、悪魔の実に賭けるしかない。

 

 悪魔の実の能力は、万能な魔法でもなんでもない。

 扱うには相応の技術と知識が必要だ。そうなれば、珀鉛に関する資料はローの一助にはなるはずだ。なってくれることを、ただ願う。

 

「……ねむぃ」

 

 昼寝程度で抜けるほどの疲れではないので、身体があたたまるにつれて眠気が襲ってきた。能力者になってから余計に顕著になった気がする。

 このままだと溺れそうなので、のろのろと湯船を出て身体を拭いてから脱衣所でぱんつをはき、バスタオルを肩から提げて適当に水気を抜きながら戻った。

 

「お風呂あいたよ~」

 

 声に気付いたコラソンが「ああ、わるい、な……!?」と顔面を盛大に引きつらせた。

 

「き、キャアアアアアアッ!?」

「どうしたコラソン! って、ウワアアアア!?」

 

 雑巾を裂くような野太い悲鳴にローが飛び込んで来て、同じく奇声をあげた。

 幽霊でも見たような絶叫にびくっとして、寝惚けた頭が覚めてくる。

 

「うぉびっくりした。なんなん二人して」

「ちょ、なんッ、おま、ふく! 着ろ!」

 

 ローが帽子で自分の顔を覆いながら叫んだ。紳士。

 コラソンは慌ててコートをひっつかんで、駆け寄ろうとした挙げ句にスッ転んで大惨事である。

 

「あ、そーかごめんごめん。ねむくて忘れてた。いやー、いつも一人旅だったもんだから、つい」

「自己申告いらねぇよ! 早くしろ!」

「おっふ、そんな怒らんでも。ごめんて」

 

 なだめようと手を伸ばそうとしたら、もはや悪霊退散とか叫ばれそうな勢いだったので、仕方なしに早足で一旦戻って着替えた。

 紳士なのか、どちらもがまだ両手で顔を隠したままだったので「もういいよ」と声をかけたら「姉弟でも男なんだ気を付けてくれ!」「次やったら痴女で訴えるからな!」とやたらと息の合った二人は口々に叱り飛ばしながら風呂に行った。

 

「あったまってきてねー」

「うるせぇ! 分かってるよおたんこなす!」

 

 罵倒のレパートリーばかり増えていくことが悲しい今日この頃。

 

「あ」

 

 ……コラソンとローがお風呂に入ってしばらくした頃、二人が上げた悲鳴の意味に気付いて悪いことしちゃったなぁ、と反省した。

 

 

 

×××××

 

 

 

 思い返せば、ドンキホーテ海賊団が夏島をアジトにしている時も必ず長袖の服を着ていた。

 肌の露出があまり好きではないと言っていたから、そうなのかと思った程度だった。水着になったところを見たことがない。

 

 そして、それをドフラミンゴがからかうこともなかった。

 

 口からほとばしってしまった悲鳴は、決して羞恥と驚愕だけのものではなかった。

 

 愕然としたのだ。

 

 タオルとぱんつでかろうじて局部は隠れていたが、ミオの全身には惨たらしい疵痕が刻まれていた。

 柔らかな風貌に到底似合わない、凄惨な古傷である。拷問跡じみた切り傷や打撲傷に縫合痕。銃創や骨折の痕跡。火傷の痕だろうか、腹には皮膚が変色している箇所も見てとれた。

 

 華奢な体躯に執拗に刻まれたそれらは、海賊という生傷の絶えない環境で受けるそれとは明確に種類が異なっていた。

 父から受け継いだ医療知識がローにそれを教えてしまう。

 

 あれは死なないように丁寧に痛めつけられた──嬲り殺しにされそうになった人間の、傷だ。

 

「あれは昔、おれとドフィと……父を守るためについたんだ」

 

 シャンプーで髪を泡だらけにしながらコラソンがぽつりと言った。懺悔にも似た、舌に針でも刺さっているような声だった。同じ事を考えているのだと、その背中が語る。

 身体は温まっていくのに芯が冷えていくようだった。

 

「なにが、あったんだよ」

 

 ローはドフラミンゴとコラソンとミオの過去を知らない。気にする余裕なんてなかったのだから当然だ。

 それでも、この月日でコラソンの心に触れて、うっかりだとしても凄惨な出来事を思わせるものを見てしまえば、知りたいと思うのもまた当然で。

 

「ぐぉッ! う、その……うちの家系は、あんまり評判がよくねぇんだ。だからバレねぇように暮らしてたんだけどよ、バレて、ひでぇ目にあって」

 

 コラソンはシャワーで泡を流し、シャンプーが目に入ったのか悶絶しながら言葉をこぼした。

 

「そん時ゃ、おれもドフィもまだガキで、どうにもならなくて……ミオが、姉様がおれたちを庇ってくれた。そこから行方不明になって……あとは、悪い、かんべんしてくれ」

 

 たぶんシャンプーのせいだけではない涙目でコラソンは語って、湯船に浸かる。

 一人用の船にしては大きい浴槽だったけれど、コラソンが入るとギリギリだ。お湯があふれて、ローの身体もわずかに浮いた。

 

 コラソンの聞いているこちらの胸がつぶれてしまいそうな声音と、細い身体に刻まれた苛烈な半生を物言わず語る疵痕。そういえばコラソンにも傷が多い。

 

 奇妙なほどの納得と共感があって、ああそうかと思い至る。

 

 ローとコラソンたちは理由こそ違えど、似ているのだ。

 

 だからドフラミンゴは偏見の目を持たずにローを受け入れ、噂に踊らされて拒絶しようとしたジョーラを厳しく叱責した。他のどんな人間よりもまともに扱ってくれたのは、思い込みと無知が生み出す危険性を誰より知悉していたからに他ならない。

 

「……」

 

 身体はさっぱりしたけれど、なんともいえないわだかまりがあって、二人は何も言えずに浴室を出た。

 

 甲板で蜘蛛と一緒に涼んでいたらしいミオがそれに気付いて寄ってきて、今日はもう寝ようよと寝室へ誘う。ベッドは二人に譲るからとさっさと布団に入ろうとするのをコラソンが引き留めて、協議の結果ローとミオでベッドを使い、布団をコラソンが使うことになった。コラソンの体格だとベッドから足がはみ出るのである。

 

「おやすみ」

 

 ぎくしゃくするふたりにミオはちょっとだけ申し訳なさそうに苦笑したけれど、なにも言わなかった。

 ランプの灯が消され、カーテンの隙間からあえかな月光が差し込んでいる。

 

 ベッドはあまり広くないから自然と身体がくっついた。しなやかな硬さが目立つ、けれど柔らかい身体。

 

 低い体温と吐息。響く鼓動。

 

 生きている、とローは思った。当たり前だった。けれど、それは奇跡に等しい『あたりまえ』なのだとローはもう知っている。

 

「ごめんね」

 

 ほろ、と言葉がこぼれた。枕に頬をこすりつけながらミオがローを見つめて眉を八の字にする。

 

「子供に見せちゃ、だめだった」

 

 深い藍色の降りる室内で、その声はとてもしょんぼりと響いた。

 誰かの秘密を知ったとして、それで変わるのは自分の認識と感情だけで、本人が変わるものではない。まして、ミオのそれは彼女自身のせいではないのだ。

 

 横になった身体の、よじれた布の隙間から真珠色の肌に少しだけ見えた疵痕。縫い跡。つみのあと。

 

「……憎く、ないのかよ」

 

 傷から伝わる体験に触れて、ローは素直に聞くことができた。

 その問いに、なぜだろう、ミオはほんのりと微笑んだ。瞳はどこか傷ついているようだったけれど、それを上回る、何か、豊かな感情で潤んでいた。

 

「憎いとかはないんだ、ほんとに。まぁ、時々腹は立ったけど、生きるのにとにかく必死だったし、ろ、コラソンとドフィは生きてるしね」

 

 それに、と続ける。

 

「僕を殺そうとしたのは人だったけど、救おうとしてくれたのも──人だったから」

 

 そうなると恨みようにも恨めないんだ、困るねとミオはひっそり囁いた。ローから外れた視線の先で、何かを懐かしんでいるようだった。

 内緒話のように密やかな声はローの壊れてしまったところに染み込んで、ひりひりするような気持ちをもたらした。

 

 ささやかな波音が遠く聞こえて、濃紺の暗がりの中で自分の手を見つめる。まだまだ小さい手だ。所々に白い痣が浮かび、それがローを責め立てる。

 

 もし、もしも。

 

 ローがとびきり腕のいい医者になったら、あの疵痕を残らず消せるようになるだろうか。

 

 暑い日にプールに行って、人目を憚らず水着になって涼むことができるような。そんな、当たり前のことを考えつきもできないくらい、疵痕との付き合いに『慣れてしまった』ひとに、それを与えることはできないだろうか。

 

 叶いっこない願いがそれでも胸の中ではち切れそうで、ローはその夜夢を見た。

 

 そこにはコラソンがいて、大人になったローがいて、ミオがいた。

 

 果てしなくダサい柄のTシャツを着たミオとコラソンが手を振っていて、ローの横には見たこともないシロクマとツナギを着た若者たちがいた。

 

 

 みんな──笑顔だった。

 

 

 




明日までに完結までアップしてしまいたい…
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