作戦内容そのものはとっても簡単である。
ドフラミンゴに提示された日付の三日前に取引相手の海賊──バレルズ海賊団──を襲撃して悪魔の実を奪取。そのままとんずら。以上!
海賊が根城にしているミニオン島には、コラソンが手を回して海軍の監視船が貼り付き、合流地点のスワロー島にも軍艦が二隻と大盤振る舞いである。
「コラソンは能力で自分を『無音』にしておいて。そっちの方が盗みやすい」
「わかった。けど、ミオも『凪』にしておいた方がよくないか?」
コラソンの広げた地図を前にミオは首を振った。
「隠密裏に盗むならそうするけど、その海賊は『賞金稼ぎ』が潰す。むしろ盛大に暴れるから、コラソンはその間に悪魔の実を盗ってローのところに行って」
「それは……」
昔のことを思い出したのか、一気に暗い顔になるコラソンの肩をぺしりと叩く。
「囮じゃなくて陽動だから、そんな顔しない。それとも、僕の実力じゃ信用できない?」
「そんなことはない!」
「うんじゃあよろしく。襲撃中、ローには軍曹をつけるよ」
傍らにいた軍曹が、任せろという感じで脚を上げる。
ドフラミンゴがコラソンの裏切りに気付いているとすれば、おそらく時間との勝負だ。短い打ち合わせを終え、ミオはコラソンからいくつか手榴弾を譲り受けた。
ローは病状がかなりひどいので船に置いていくことも考えたのだが、頑としてついていくと言って聞かないので海賊のアジト近くに軍曹と待機していてもらうことにした。
「ロー、軍曹と待っててね。すぐだから」
ミニオン島は冬だ。
降りしきる雪の中、いつもの帽子と手袋に襟巻きを巻いて厚めの毛布でくるまれたローの頬を両手で包む。手が熱くなるくらいに熱が高い。
ローの呼吸は浅く、痛みがあるのか安定しない。
でも、もうすぐ、もうすぐだ。そう自分に言い聞かせて気合いを入れる。
「コラソンが悪魔の実と一緒に戻って来るから、そしたら離れちゃだめだよ」
「ミオ、は?」
ローの心配そうな声にミオは不敵に笑いながら、腰に手を当ててえへんと胸を張った。
「僕は賞金稼ぎなので、海賊を討ち取ったらお金を請求する権利があるのです。隣町で落ち合う時にはお金持ちだ! なんでも買ったげるから楽しみに待ってて!」
「……そっか」
つられるようにへへ、とローも笑う。
そんなローを支えるように軍曹がぴたりと寄り添った。
大きさは有事の際にローを乗せて走れるようにと、ポストぐらいのサイズである。
最近慣れきってしまったのでアレだが、絵面だけだと大蜘蛛が子供を食おうとしているように見えるので、他人が見たらびびるかもしれない。
「ロー、ここでちょっと待っててくれ。きついだろうが……」
コラソンがそう言ってローを抱き締める。
それを微笑ましく見ていたミオはそうだと言って自分のポケットを探ると、手を握ったままローの上着の隠しに突っ込んだ。
「? なんだ?」
「いい子でお留守番をするローに、ごほうび」
先払いだよと笑って帽子越しに小さな頭をぐりぐり撫でて、それからミオは膝を折ってローを包むように抱きしめて、その頬に自分のほっぺたをくっつけた。
ぬくもりを尊ぶように、身体に焼き付けるようにほんのひととき、目を閉じて。
「元気になったらいっぱい遊ぼう、なんかして。もう、どうせ死ぬなんて言い訳は使えなくなっちゃうんだから、諦めちゃだめだよ。ローの望みはぜんぶ叶うから、だからさ、やりたいこと、してみたいこと、たくさん考えておいて。それで、僕らが戻ってきたら教えてね」
たっぷりの愛情をこめて、囁いた。
「大好きだよ、ロー。行ってきます」
「すぐに戻るからな! オペオペの実を手に入れて!」
アンバランス極まりない二人なのに、その背中がとても頼もしいものに見えて、少しだけ笑った。
あとから何度も、ローはこの時の会話を思い出す。
ローがミオの姿を見たのは、それが最後だった。
×××××
バレルズ海賊団のアジトは混乱の渦中にあった。
突然、何の前触れもなく屋敷の一角が爆発したのだ。
気付けば宝物庫には火の手が上がり、熱波が届いてくるのに依然として物音ひとつしない。明らかに異常である。
「火を消せ! どういうこったァ!?」
船長のディエス・バレルズは命令を飛ばしながら、忌ま忌ましさに歯噛みした。これからという時になんという失態だ。
三日後には、手の中の悪魔の実と引き替えに大金を手に入れる予定である。
その額、実に50億。海賊でも海軍でも、一生に一度拝めるかどうかもわからない途轍もない金額だ。
「侵入者でもいるのか!?」
油断なく周囲を見回しながら部下に怒鳴りつけた刹那、部屋中の灯りが落ちるように消えた。頭上からいくつものガラス片が降り注ぎ、ランプが割れたことが分かったがやはり無音。
いくつか悲鳴が上がったので破片で怪我人が出たのかもしれない。
「誰か明かりをつけ、──」
それ以上は言葉にならなかった。真横からの凄まじい衝撃でバレルズは吹っ飛ばされ、手の中にあった『オペオペの実』の感触がかき消える。
焦燥を覚えると同時に、今度はけたたましい音を立てて扉が開いた。
「どうもご機嫌うるわしゅうバレルズ海賊団の皆々様! それとご愁傷様! 今夜が年貢の納めどきですよぉ!」
靴音高く入り込み、その声は高く遠く、朗々と響いた。
「だ、誰だ!?」
怒声混じりの誰何の声を、相手はとんと気にした風もなくけらりと笑う。
「言うに事欠いて、誰とはまたとんだご挨拶! やぁやぁ、遠からんものは音にも聞け! 近くば寄りて目にも見よ! 賞金稼ぎのおなりであるぞ! なぁんちゃって、あはははは!」
足元には爆発のせいかなんなのか、倒れた部下の姿。それをあろうことか足蹴にした小さな影が呵々大笑する。
薄暗がりに目が慣れて、ようやく慮外者の正体が明らかになる。
その声の持ち主は一見すると少年のように見えた。
外で降りしきる雪のように色の脱けた髪。淡い桃色の瞳。流麗な着流し姿で肩に打ち掛けを羽織り、腰から日本刀らしきものを提げている。
部下のひとりを蹴り飛ばし、ついでにテーブルに飛び乗り仁王立ちになって腕を組み、船長を見下しながら戦意は万全。
「賞金稼ぎだとぉ!? くそったれ、こんな時に……! さてはオペオペの実を奪りやがったのもてめぇだな!?」
賞金稼ぎは、清々しいほどそらっとぼけた態度で肩を竦めた。
「ええ~なんの話でござるかぁ? 僕はちょっと立ち寄った島に悪い海賊がいるっていうから、狩りにきただけですよ? まぁその、手元不如意なもので」
「ふっ、ざけるなあああッ! おいそいつをぶち殺せ!」
おちょくるような態度に、あっという間に激昂したバレルズが怒声とともに命令を飛ばし、部下たちが動き出す。
「オペオペの実を盗みやがった黒コートもだ! 見つけ出して、取り返せ! 50億の取引だぞ!!」
「目の前でそれを言うとか、船長のくせにわりとお馬鹿さんですね、びっくり。それを許すと思います?」
にやにや笑いの賞金稼ぎが、いっそ感心したようにつぶやいて組んでいた手をほどき、いつの間にか握っていた手榴弾の安全ピンを──ぴーん、とふたつまとめて躊躇なく引っこ抜いた。
「げぇ!?」
「よぉしまとめて吹っ飛べー! てきとうにー!」
それなりの大きさの手榴弾を、豆まきのようにフルスイング。
弧を描いて飛んだ手榴弾は黒コートの男が逃げ去った窓近くの壁にぶち当たって、ごろごろと転がり──大爆発!
視界のすべてを白く染め上げ、爆風が部屋中の人間を強打する。
点ではなく面での攻撃。密集している人間なんていい的以外のなにものでもなかった。木の葉のように人間が吹き飛び、テーブルの破片や瓦礫が凶器と化してかろうじて無事だった部下たちの皮膚を引き裂き、あるいは砕いた。
バレルズも無傷ではいられず、あちこちに擦過傷を作った。
「くそっ、あのふざけたヤツはどこだぁ!」
「ここです、よッ!」
間近で爆風を喰らったはずの賞金稼ぎは傷ひとつもなく、バレルズの進路を遮るように飛び込んでくる。
「てめ、おぶぅっ!?」
不自然なまでの素早さにバレルズは対応できず、鞘で股間をしたたかに撃ち抜かれてその場にばったり倒れた。痛恨の一撃である。
衝撃にぐるりと白目を剥き、口からぶくぶくと泡を吹いて手足が不規則に痙攣していた。
「船長ぉおおおお!?」
「て、てめぇ! やっていいことと悪いことがあるだろうがッ!」
「男にはなぁ、鍛えられない場所があるんだよぉ!!」
男として股間が縮み上がる暴虐に及び腰になる部下の前で、賞金稼ぎは瀕死の蟹みたいになっているバレルズを蹴倒し、すらりと刃を引き抜いた。剃刀の如き刀身を太い首筋ぎりぎりに滑らせて、にぃと口の端を上げる。
「ほい人質」
「ぎえええ!? なんてことしやがる!」
「お前それでも人間か!」
「え、海賊に人権があるとか、本気で思ってるの……?」
「し、心底不思議そうな顔すんなぁ!」
半泣きでぎゃわぎゃわと騒ぐ船員たちに『うるさいなぁ』とばかりに顔をしかめたそのとき──賞金稼ぎはなにかに引っぱられるように、全身で振り返った。視線の先は、先ほど自分が開け放した扉の向こう側。
賞金稼ぎは顔を引きつらせ、慌てたように刀を引いてそそくさと踵を返した。
「やば、思ったより早っ! で、では、これにてどろん!」
「させるかよ」
ずどん。
容赦なく撃ち出された凶弾をからくも避けて、ごろごろと床を転がる。足元でのびていた、避けるどころか身動きすらとれないバレルズが無駄に被弾してしまった。
けれどすぐに賞金稼ぎは跳ね起きて体勢を整え、新たな襲撃者を油断なく見据えた。
「あちゃー……」
「よぉ、なにやってんだ……『お姉ちゃん』?」
苦く笑う賞金稼ぎを前に、硝煙をくすぶらせる銃口を向けたまま──ドンキホーテ・ドフラミンゴがちっとも楽しくなさそうに、にんまりと笑った。
×××××
時は少しばかり遡る。
バレルズ海賊団を急襲して『オペオペの実』奪取に成功したコラソンは、ミオが陽動のために突入する寸前、窓をぶち破って脱出を果たした。
うずまき模様の入ったハート型の不気味な果物を大切そうに握りしめ、達成感と喜びに目の前が潤み──ドジを踏んだ。
固まった雪に足を取られ、姿勢ががくんと崩れて耐えきれず、斜面を滑り落ちていく。
「うぉおおおぉぉおおおお!?」
問題なのは、斜面を滑り落ちる勢いが尋常ではなかったことだ。
ただのアイスバーンどころか完全に凍結され、ジェットコースター顔負けの勢いで急滑降していくコラソンは、見張りに立っていた海賊団の部下たちにも追いつけない。
なにせ「あ、」と思った瞬間には遙か彼方だ。咄嗟に発砲してもパン!パン!とむなしく音が響くばかり。銃弾も届かず、どうにもならない。
「な、な、なんだこりゃ!? まさかミオ!? あいつ、なんかしてたのか!?」
奇しくもコラソンは正解を言い当てていた。
先行して悪魔の実を奪ってくると突撃したコラソンを心配したミオは、一計を案じていた。あらかじめコラソンが通りそうな箇所の斜面を、自分の能力で『固定』したのだ。
なにをどうしたってドジを踏むのだから、もうこうなったら徹底的にドジらせてやろうという、投げやりというか逆の発想である。
果たして、考え得る最速のスピードでバレルズ海賊団から脱出を果たしたコラソンは、斜面の終わりに対応しきれず、尻をしたたかに打ち付けて悶絶した。
尾てい骨が割れたのかと思うくらい痛かったが、海賊と一戦交えると考えれば軽傷の方だろう。あまりの勢いでだいぶ距離が離れてしまったが必死で走り、コラソンはなんとかローの元に到着した。
「コラさん……!」
「見ろ! オペオペの実だ!」
周囲に防音壁を張って、ピースサインを作って全身で喜びを表現する。
先ほどからボカボカ爆発音はするし銃声は響くわで心配していたローは、コラソンの帰還に安堵のため息を吐いた。
「よかった。なんか、あったんじゃねぇかと……」
「そんな話してんじゃねぇ! 喜べよ! お前を救う悪魔の実だぞ!」
そしてコラソンは有無を言わさず、ローの口に悪魔の実を押し込んだ。端から見ると完全に虐待のそれであるが、幸いというか、目撃者はいなかった。
くっそまずい実を無理やり口に突っ込まれたローは、抵抗むなしく呑み込まされ、じゃっかん吐きそうになった。丸ごとはひどい。
「オエ、まっず……!?」
瞬間、どくりとローの心臓がおかしな鼓動を刻む。
自分のちからではない、形容し難いなにかが己に宿る感覚で全身が総毛立つ。それを見届けたコラソンは、ローに寄り添って大人しくしていた蜘蛛に声をかけた。
「ミオはまだ奴等のアジトで暴れているはずだから、行ってやってくれ。ローはもう大丈夫だ」
約束通り隣町で落ち合おうと伝えると、頭のいい蜘蛛は片脚を上げて軽く振ると、目にも留まらぬ速さでその場からかき消えた。
「これでいい……ドフラミンゴを出し抜いた。おれたちの、勝ちだ!」
「コラさん! おれ、まだ能力者になるなんて心の準備もできてねぇよ!」
「準備もなにも、これでローは能力者だ。早いとこ、使いこなせるようにならなきゃな」
おれも協力するから早く自分の病気を治そうなと笑って、コラソンはひょいとローをおんぶして歩き出す。
さくさくと雪を踏んで歩くうち、ローはふと道が違うのではないかと思った。
「コラさん、隣町に行くんだろ?」
「ああ、けど、もうひとつ片付けなきゃいけないことが……ある」
ドフラミンゴを出し抜いてオペオペの実を奪取してローに食べさせることはできた。
けれど、これだけでドフラミンゴの計画が頓挫するワケではない。もうひとつ、手を打っておく必要があった。
ごそごそと胸元を探ると指先にコツリと硬い感触。海軍ならば誰でも知っている鍵のついた金属製の筒。
『情報文書』だ。兄を止めるために潜入捜査をしてきた、長年の成果がこの中に詰められている。
「西の海岸に『海軍の監視船』があった。そこに『これ』を渡せばもう、この島に用は──」
それは、本当に神がかった……奇跡的なタイミングだった。
朝から降り続けていた雪が自重に耐えかねて枝から滑り落ち、その勢いで跳ね返る。
「いでっ!?」
僅かに残っていた雪が吹き飛んでコラソンの目に直撃して、思わず手にしていた金属筒を取り落としてしまった。それはカラカラと小さな音を立てて勢いよく転がっていく。
「コラさん? なにか落ちたぞ」
「えッ!? ああ、ドジッた!」
よりにもよってこのタイミングで! と嘆きながら慌ててコラソンは筒を追いかけた。
軽い音を立てて転がっていく筒は緩やかな斜面を転がり続けて、やがて誰かの足元にこつりとぶつかり、止まる。
「ん?」
夢中で追いかけていたコラソンは、それが『誰』の足なのかに気が付くのが遅れた。
それが海兵の格好だと悟った背中のローが全身を硬直させ、親切なのか純粋な好奇心か足元の筒を拾い上げた男は持ち主であろう、走ってくる相手に視線を向けて──気付いてしまった。
「コラソン!?」
「ヴェルゴ!?」
コラソンの必死な様子と焦った声。手の中の『情報文書』。
彼の背中に貼り付いているローを見て、ヴェルゴは全てを察してしまった。
それがコラソンの犯したあまりにも致命的な──ドジだった。