ロシナンテとミオが海に落ちたと報告を受けた。
手持ちの部下は能力者ばかりで回収不可能。厳寒の夜の海はただでさえ危険が伴うので、すでに老体であるラオGを行かせて死なれても寝覚めが悪い。
能力者ではない実力者と言えばヴェルゴがいるが、彼は海軍に潜入させている手前使えない。
まして、あの二人も能力者。
ロシナンテはともかく、ミオの生存も絶望的だ。
「くそ、まさか自分を撃って弾切れさせるとは……」
ドフラミンゴは歯噛みする。
サングラス越しでも分かるほどその眼光は鋭い。睨み付ける、などという言葉では優しすぎる。凶悪さをいや増したそれは牙で抉るような眼差しだった。
あれから海軍の中でもドフラミンゴを捕まえることに執心している『つる』に追われ、早々に撤退せざるを得なかった。
船の上だ。
雪は未だに降り止まず、甲板をうっすらと白く染め始めている。
トレーボルによればミオの能力は、何かを固めることに特化しているとのことだ。彼自身も固められていたらしく、気付けばミオの姿は影も形もなかったらしい。
自分が能力者だと土壇場まで明かさなかったミオは、なるほど昔から注意深かった彼女らしい。けれど腹が立つ。恨めしい。
これでドフラミンゴはミオを二度、殺した。
なにが悪かったのか。どこで間違えたのか。──否、間違ってなどいない。
もう血の繋がった者はいない。すべてドフラミンゴの手から零れて落ちて、ぱしゃりと崩れた。
けれど、彼には『家族』がいる。絶対にドフラミンゴを裏切らない忠義の徒がいるのだ。
ならば、もう、それでいい。
×××××
無数の砲撃音が響く中、子供が泣いている。
五連の鐘のようにわんわんと、尽きぬ悲しみすべてを空にぶつけるように大声で泣き喚いている。
あふれる涙を慌てて拭ってくれた手はもうどこにもない。
不器用に、なだめるように頭を撫でてくれたひとはもういない。
いつもどじばかり踏んでいるくせに、子供の悲しみにばかり敏感な男はもういない。
いつもにこにこしているくせに、肝心な部分をないがしろにしていたあほな女ももういない。
望みが叶うなんて大嘘だ。
二人は子供の手の届かないところへ行ってしまった。
否、本当ならすぐにだって届いた場所だった。けれどもう、子供はそこには行けない。
それをしてしまえば、二人の努力そのものが水泡に帰してしまう。
前が歪んでなにも見えず、足元の小石につんのめって転ぶ。
痛くて、寒くて、でも、何もかもどうでもよくて。
そんな子供の、上着の隠しから転がり落ちるものがあった。
飴玉のようだった。既製品の包み紙にくるまれたそれがみっつ、雪明かりの中で輝いて見えた。
小さな手で拾い集めると手の中でかちり、とぶつかり合って音がした。飴の出す音ではなかった。
なにも考えずにひとつ、包み紙を開くと中から転がり出てきたのは大粒の宝石だった。
色も輝きも種類もまるで違う、けれど価値だけは総じて高い鉱石がみっつ。
その色はまるで三人をそれぞれ表しているようで──
「──ッ!!」
魂の、脆い部分に手を突き立てられ、爪の先で執拗に削られた人間にしか生み出せない悲鳴だった。
悲痛、無力感、絶望、後悔、悔恨、慚愧、それらもろもろが一気に心にあふれ、あまりの密度に心という容れ物が破けそうな、奇妙に虚ろでひどく、物悲しい。
そんな哀哭が、しんしんと降り続ける雪に吸い込まれては消えていった。