ある日、新聞をとある記事が賑わせた。
魂消るとはこのことか、というくらいにびっくりしたミオは椅子から転げ落ちてしたたかに頭を打ってしまったのだが、さておき。
過日、ドンキホーテ・ドフラミンゴがドレスローザという国の国王になったそうだ。あと七武海の一員になった。
意味がわからない。七武海入りはまだわかるけど、海賊が国を治めるとは一体なにごと……?
しかし、これでミオはいよいよもって白ひげどころか、そこらの海賊に所属することもできなくなってしまった。
なんせドフラミンゴは絶大な権力と、海軍の中枢に食い込む七武海のひとりになってしまったのだ。
海賊になる→賞金首の手配書が回る→ドフラミンゴに見つかる
絶対こうなる。そうなったらとても困る。
ロシナンテが全快してるなら見つかってもまだ、どうとでもなるんだけど、そうじゃないから駄目だ。
白ひげ入りしなかったのは良かったのか悪かったのか……お父さんに迷惑かけたくないから、良かったと思おう。
ミオは一年の数ヶ月くらいをシャボンディ諸島のシャッキーのお店を手伝いながら動き、残りは白ひげの敵になりそうな海賊を狩ったり、あっちこっちの海に出かけて評判の悪い海賊を決め打ちして活動している。新世界への玄関口なので情報が集まりやすく、他の賞金稼ぎがたくさんいるシャボンディ諸島は隠れ蓑としてちょうどよかった。
そうこうしている間に、白ひげ海賊団の中では『食客兼賞金稼ぎ』という、傍から聞いたら意味のわからない地位を徐々に確立していくことになった。
客というには近いけれど、常に白ひげ海賊団に所属しているわけではないから、家族といわれると本来の『白ひげ海賊団』とは少しずれがあるのが主な理由だ。
元々、ミオが来る前もあとも基本的に傘下を除いて、白ひげ海賊団は女性の隊員はいないということになっている。
白ひげことエドワード・ニューゲートその人が直接『託された』から一員扱いされていたので、そういう意味では妥当ともいえた。
数年経った頃、能力者の能力を『引き継いだ』という特殊性ゆえなのか、ミオの身体はある時期を境にさしたる変化をしなくなってしまった。記憶に残る『生前』よりはほんの、ほんのすこーしだけ身長が伸びた気がするのだけど、周りが大きすぎてぜんぜん変わらない。ついでに胸もあまりない。この世界における胸囲の格差社会がつらい。
精神は肉体の奴隷とはよくいったもので、いつまで経っても少女と女性との境目をうろうろしている気がする。おかげで白ひげの新入りにも毎回末っ子扱いされるのがとても遺憾である。
何度か、スワロー島にもミニオン島にも行ってみた。海軍に保護されたと仮定すれば居着いてるとは思えなかったけれど、それでも気になった。結局、ローに会えることはなかったけれど……。
誕生日プレゼントの中にカメラがあって、折に触れてはあちこちで写真を撮るようになった。
なぜか遭遇率の高い赤髪のシャンクスに『東の海』はいいところだぞと激推しされたので、どれどれと試しに行ってみた。
ご飯のすっごく美味しい海上レストランで舌鼓を打って、海賊王が処刑されたというローグタウンにも観光に寄ったところ、海兵と知り合った。スモーカーという名前で、悪魔の実の能力者の青年とその部下のたしぎ。
たしぎはともかく、スモーカーという名前はロシナンテに聞いたことがあったから驚いた。
「坊主じゃないんだ……」
「あァ?」
思わずつぶやいたら、この一言が知り合うきっかけになった。
ロシナンテのことを尋ねたらたいそう驚いた顔をされて、昔世話になった中佐の名前だと言葉少なに教えてくれた。
「そういうアンタは中佐のなんなんだ?」
姉です、と言うと弟にいらん性癖の容疑がかかりそうだったので、ちょっと考えてから答えた。
「お互いに大事なひとです」
ちなみに、ミオは実年齢と外見年齢がどうがんばっても一致しないので自然と(見た目が)年上っぽいなひとには敬語を使うようになった。その方がトラブルが少なくていい。
「そうか……」
その答えをどう捉えたのかは分からないけど、スモーカーはロシナンテ中佐の話は最近聞いていないから答えられない、と少しだけすまなそうに告げた。
「おれも気になっちゃいるんだが、悪いな」
「あ、いえ」
当の本人は『固定』されて自分が所有しています、とは口が裂けても言えないので大丈夫です情報提供感謝します、と頭を下げた。
それから思いついて、トラファルガー・ローという名前の見習いとかがいるかどうか聞いたら、自分の知る限りでは知らないとのこと。空振り。
年齢的にいえば見習いとか雑用とかかもしれないので、さして期待していなかったから落胆も少なかった。
たしぎとは刀談義で盛り上がり、賞金稼ぎより海兵になりませんかと勧められた。
海兵は無理だけどお友達になりたいですと申し出たところ、ちょっとだけ驚いてから了承してくれてめちゃめちゃ嬉しかった。潤いの少ない男所帯ばかりだったので、貴重な女友達ゲットだぜ。
これ以上逆走すると戻るのも一苦労なため観光はその辺りでストップして方向転換。双子岬の灯台守と大きなクジラに挨拶して、グランドラインに入った。
ら、途中の島で弟子ができた。
いやほんとに、なんでか。
立ち寄った島で買い物をしたところ、今ここにタチの悪い海賊が居座ってるから、この買い物が終わったらすぐ島を出た方がいいと店主に忠告されたので、じゃあその海賊潰してこようと軽い気持ちで軍曹と一緒に海賊船を発見、強襲した。
白ひげと新世界の海賊を相手にしてきたミオにとって『東の海』の海賊なんてものの数ではなかった。さくさく退治して回り、最後のひとりをタコ殴りにしていると視線を感じた。
すわ残党かと顔を上げると、栗色の髪をしたまだ少年とも青年ともいえない微妙な男の子が年齢に不似合いなぎらついた目でこちらを見つめていた。
「頼む! 弟子にしてくれ!」
そして開口一番、そんなことをのたまった。
なんでも彼も賞金稼ぎとして動いているのだが、ガタイの違いで当たり負けしてしまうこともしばしば。体格が近いのに海賊を一掃できる腕前を盗みたいのだとか。
我流で鍛えるには限界があるし、かといって師匠と仰げるような賞金稼ぎには出逢えた試しがない。だから弟子にしてくれと詰め寄られた。ほぼ押し売りである。
大したことは教えられないけど、それでもいいならと了承した。ヒマだったし。
シュライヤ・バスクードというこの世界では珍しい並びの名前の少年は、とにかく強くなることに貪欲で熱心だった。ちょっと昔のローを思い出して懐かしくなった。
組み手をしてみたら、生まれ持った才能なのか身体能力が高く柔軟で、俊敏性に長けていた。
ついでに動体視力にも優れていたので何かひとつの武器を決めて使うより、その辺にあるものを利用してのテクニカルタイプの方が似合うと思ったのでそう告げた。どうやら本人も特定の武器に固執するタイプではないらしく、あっさりと頷いた。
あとは思考の瞬発力と反射の鍛錬をするために、場所を変え品を変えひたすら実践形式でやり合った。
時々、手頃な海賊船を見つけて放り込んだり文句をつけたり、つけられたりしている間にシュライヤはどんどん強くなって、あるとき潰したい海賊がいるのだと零された。そこには隠しきれない憎悪が見え隠れしていて、ああなるほど、似ているわけだと納得した。
相手を殺さないように捕らえるには相応の技術が必要なので、とにかく相手を戦闘不能に陥らせる戦法と、士気を削ぐ技術を磨くことに腐心した。
そうして活殺自在というには荒削りだが、新世界はともかくグランドラインで生き抜けるくらいの知識と技術を教え込めたので、もう立派に独り立ちできると太鼓判を押した。
職業が同じでも生きる指標も場所も、何もかもが異なっている二人である。
連絡はしていたけれど顔をとんと出さないミオは、いい加減白ひげに帰らないと家出娘扱いされそうだしシュライヤには果たすべき目的がある。僅かな邂逅を留め置こうとて限界があった。
ミオはここ数年でずいぶん身長が伸びて追い越されてしまったシュライヤの顔を見上げて頷いた。
「シュライヤはもうどこに行っても大丈夫。保証する」
「ああ。今までありがとよ、師匠」
シュライヤは帽子の鍔をつまんで寂しそうに笑った。
元々、期間限定の師弟関係だ。それでもある程度を仕込むまでは、とここまで引き延ばして修行に付き合ってくれた。
とびっきりの技倆と身体能力を持っているのに、合理主義のくせにお人好し。ひどく不均衡な心を持ったあほな師匠。
秘密主義でもないくせに結局素性をバラすことはお互いになかったが、それも自分たちらしいと思う。
短くはない年月を過ごした師弟にしては淡白な別れになりそうだったが、ミオは海岸に視線を向けてから口をもごつかせ、もう一度シュライヤをまっすぐに見つめて、不意に笑った。
「お礼を言うならこっちの方だよ」
胸を張って、誇らしげに。
「シュライヤに押しかけ弟子されて、僕は賞金稼ぎでいてよかったと思えたから」
自分で選んだ道ではあるが、白ひげや海軍の所属を考えたことがないわけではない。年単位という時間はいかにも長い。
根無し草のような生活には必定、孤独がついて回る。
無条件に受け入れてもらえることが分かっている大きな容れ物に所属したいと迷った夜は数え切れない。
けれど、シュライヤ・バスクードという危なっかしい賞金稼ぎの押しかけ弟子ができたら、そんなことは言えなくなった。
偶然できた弟子に救われていたのは実のところ、ミオの方だ。
「こちらこそありがとう、シュライヤ・バスクード。きみは僕の自慢の弟子です」
そう言って差し出された手を握り、シュライヤも笑った。
湿っぽい空気になるのはごめんだとお互いにわかっていたから、握手した手を一度離して拳を作った。
「おう、師匠も元気でな!」
「シュライヤこそ無茶しないで、元気でね!」
ごつりと拳を突き合わせて、二人は最後まで笑顔で別れを終えたのだった。