桃鳥姉の生存戦略   作:小日向ひより

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6.恐竜のキャロル

 

 

 戦桃丸さんとお別れしてルーキー見物いえーい! とそこそこ治安悪くて海賊がご飯食べたり補給物資調達する方面に舵取りよーそろー、したら人さらいチームに襲撃された。フラグ回収早すぎて困る。

 シャボンディ諸島での活動歴が長いので、人さらいチームとのいざこざはそこそこ経験している。自分の職業を脇にのけてもそりゃ目の前で犯罪が行われれば現行犯逮捕は市民の義務であるからして。ほどほどに恨みも買ってるだろう。

 諸島においては彼らにも独自のネットワークがある。べつに吹聴はしていないが『音無し』であることを隠してもいないので、『賞金稼ぎ狩り』なんてのが流行ればターゲットにされてもおかしくはない。どこから話を聞きつけたのか、妙にデコトラちっくに改造されたボンチャリに乗った男たちに囲まれてしまった。周りをぐるぐる回っているのが昔の暴走族みたいでちょっと面白いなぁと現実逃避。

 

「囲め囲めー! そいつは高く売れるぞ!」

「『音無し』はソロだ! 仲間はいねぇ!」

「人をぼっちみたいに言うなこのやろう!」

 

 失礼千万なことを抜かす野郎にムカついたので、張本人目掛けて突撃した。

 マングローブの樹皮を削るような勢いで跳躍して相手のボンチャリを足場に乗り上がり、判断がにぶっていたらしい男の顔面を鞘でぶん殴ったら「あべしッ!」とか声を上げて吹っ飛んだ。

 ハイスピードで列をなしていたボンチャリの一台が止まれば、後続は当然玉突き事故である。見た目は単車みたいだけど重量に乏しいボンチャリは勝手にボコボコぶつかって、人さらいチームは衝撃に耐えきれず次々に投げ出されてしまう。昭和のコントみたいだった。

 残ったのは最後尾にいた頭部がモヒカンで、裸に革ジャケットというどっかの世紀末みたいな出で立ちの男。どうやらこのチームのボスらしい。生憎、人さらいチームには知り合いがいない……というか入れ替わりが激しすぎてチェックしてもわりとすぐいなくなる(物理)。

 

「えーと、まだやる? すごい勢いでみんな自爆してったけども」

「う、うるせええ! 野郎共ぼやっとしてんな! 行くぞ!」

 

 激昂したモヒカンが背負っていた曲刀を抜いてがむしゃらに斬りかかってきた。抜かれたら容赦はしないぞー。視認した瞬間、戦闘の昂揚が一気に全身を駆け巡る。

 お買い物モードからスイッチを切り替え、大ぶりの一撃を避けて曲刀を蹴り飛ばし関節を極める。いち早く回復したらしい仲間を蹴りで沈めて急所を突き直接的な打撃で吹き飛ばし、全滅までさほど時間はかからなかった。足元にごろごろ転がり、痛みに呻く大男たち。

 

 そのあっけなさに呆れ半分向こう見ずさに感心半分、なんともいえない気持ちで踵を返した。浮かれた気分に水を差された感じでちょっとげんなりする。

 

──その時、僕には油断があった。

 

 彼我の実力差ははっきりしていたし、こっちも刀を抜くとさすがにシャレにならない事態に陥りそうだったので鞘と拳と蹴りで全員沈めていた。

 なので、まだ意識を保っていた人さらい屋のひとりが苦し紛れに放った吹き矢をかるく首を傾けて避けた。それがいけなかった。

 標的を失った吹き矢は僕を素通りして、その更に後ろで浮いていたボンバッグに直撃。

 薬剤でも塗られていたらしくパァン! と音を立てて割れてしまった。

 

「あっ」

 

 シャッキーさんに頼まれていた買い物が空中でバラバラになって落っこちていく。

 中身を『固定』していなかったので、ガラス製の瓶が甲高い音を立てて割れた。有事の際でもない限り滅多に能力を使わないのが裏目に出てしまった。

 そちらに気を取られ、二の矢を失念していた僕目掛けて男は最装填した吹き矢を構えて──その後ろ頭を、誰かが凄い勢いで殴り倒した。殴打音がえげつなかった。

 

「ぐげぇ!?」

 

 つぶれた蛙みたいな声を立ててぶっ倒れてぴくりとも動かなくなった人さらい屋の後ろに、男が立っている。

 海賊のお手本みたいな古式ゆかしいトリコーンに、目元を覆う黒いマスク。胸には〝X〟のマークが刻まれている。手配書でさっき見たばかりのルーキーのひとり、堕ちた海軍将校こと『赤旗』X・ドレークがメイスを片手にこちらを見据えていた。

 

 民間人が襲われてるとでも勘違いしたのだろうか、『赤旗』はこちらを見つめてなんだか驚いているようだった。いや、僕もびっくりしてるけど。

 

 こちらは賞金稼ぎ、あちらは海賊。

 襲われたって文句を言えない間柄、のはずなのだがあまり警戒している様子ではなかった。どちらかというと、思いもよらない人間を偶然発見したかのような驚きと、少しの緊張。

 攻撃してくる気配がないのならと、深く考えず礼を述べることにした。

 

「どうも、助力感謝します」

「礼を言うのか?」

 

 意外そうな顔をされた。

 賞金稼ぎが海賊に? と暗に尋ねられた気がする。

 

「そりゃ助けてもらったんだから言いますよ」

 

 最低限の礼儀くらいは弁えているつもりである。

 ぺこりと頭を下げてからボンバッグ替わりにとその辺に漂っていたシャボンを捕まえて、散らばってしまったものを拾って歩く。比較的硬めの根菜類やソーセージなんかは大丈夫だけど、よっぽど当たり所が悪かったのか蜂蜜の入った瓶が割れてしまっていてしょんぼりする。

 

「あああ……トマトとレタスも潰れちゃって、もー」

 

 ぶちぶちと文句を垂れ流しながらかがんで砕けたガラスを適当にまとめていると、横で同じように『赤旗』が拾ってくれているのに気付いてギョッとした。

 

「うわ、うわ、ちょ、いいですよ! そこまでご迷惑かけられません!」

「おれがしたいだけだ、気にするな」

 

 なんだこのひと男前だな!

 堂々と言われ、無事だった買い物のいくつかを差し出されてしまえば言い募るのも無粋というものだ。

 

「……ありがとう」

 

 改めて礼を述べつつ受け取ると、『赤旗』は口の端を歪めて苦笑めいた形を作る。

 

「どういたしまして、と答えるべきか」

 

 そして口元の笑みを消すと、何かを考えるかのように視線を巡らせてから、もう一度こちらを見た。

 

「きみが賞金稼ぎの『音無し』で間違いないか?」

「はい。そう呼ばれています」

「……そうか。だとすれば」

 

 何か、緊張すら漂う真摯な表情に自然とこちらもじゃっかん身構える。シャボンに荷物を押し込みながらなので、さまにはならないけど。

 けれど『赤旗』の次の言葉は、意外にもほどがあるものだった。

 

「きみは、おれの恩人ということになる」

「……は? ?」

 

 ぽかりと馬鹿みたいに口を開けてしまう。

 恩人? 誰が、誰の?

 覚えている限り、『赤旗』とかち合った覚えは一度もない。初対面のはずだ。海軍から海賊に転向したというのも、わりとよくある話なので狙う理由もない。悪い評判も聞かないし。それが恩人とはこれ如何に。

 頭の上に疑問符を量産しているのを察したのか、『赤旗』は少しばかり迷うような口調で続けた。

 

「もう、十年以上前に存在した海賊団なのだが……『バレルズ海賊団』を覚えているか?」

 

 なぜここでそんな懐かしい海賊の名前が出てくるのかさっぱり分からないが、首肯する。

 その名前はよく覚えている。ちょっとやそっとで忘れられるはずもない。なんせオペオペの実を巡る闘争に身を投じることになった、元凶ともいえる海賊だ。あの海賊団そのものは、僕が陽動兼八つ当たりで船長もろともにノリノリでぶっ潰してしまったが。

 船長の名前だってバッチリ記憶に残っている。X・バレルズという、元は海軍だったのだがいつの間にか海賊に身を窶していたという、曰く付きの船長である。

 

 ん? X・バレルズ?

 ……X?

 え、ちょっと待ってくれ。まさか、まさかだよね?

 

 ざぁっと音を立てて血の気が引いていく。手配書が脳裏に浮かび上がった。『赤旗』の本名って、確か。

 とある考えに行き着き、よもやと思ってまじまじと『赤旗』を見つめる。

 ずいぶんと昔の出来事だし、当時は室内が薄暗かったから曖昧だけど、なんとなくその顔立ちが似ている、ような……?

 

 無情に答えは告げられた。

 

「X・バレルズはおれの父だ」

 

 ほぼ反射的にその場で土下座した。

 自分でも会心の動きだったと思う。

 たぶん顔色は真っ青になっているだろう、背中なんて冷や汗びっしょりで気持ち悪いくらいだ。

 

「まことに申し訳ありませんんんッ!!」

「だから、えッ!?」

 

 僕の突然の土下座に『赤旗』がめちゃくちゃ驚いたようだった。いやでもここは謝るのがスジでしょう。

 

「『赤旗』のパパさんとこの海賊団、ぶっ潰したのは確かに僕です! 恩人ってアレですよね、恩人と書いて仇って読むやつですよね? お礼参りってことですよねぇええ!?」

「か、かたき!? いや、そん、」

 

 十余年を越えた因縁がこんなところでこんにちは! そりゃ恨むわ!

 厳密にいえばあの事態にはドフィもいっちょかみしてたけど原因は八割がた僕にある。

 親御さんの海賊生命を絶った元凶なので息子さんなんて、こっちとしては謝る以外になにをすればいいのか。

 

「復讐とか仇討ちとかお望みでしたら受け付けますけど、ちょっと待って頂けますかねぇ!? この買い物を済ませたらすぐ──」

「ちがう! そうじゃないんだ!」

 

 テンパッて自分でもよくわからないことを口走りつつぺこぺこバッタのように頭を下げていたら、慌てた声で強く言われた。顔を上げると、『赤旗』は中途半端な位置で両手を上げて眉を寄せていた。そこには恨みとか怒りの感情は見えない。

 どっちかというと超困っている。

 

「……ちがう?」

「ああ、勘違いはもっともだが……恩人とはそのままの意味だ。きみに復讐したいなどとは、考えていない」

 

 なんにせよとりあえず立ってくれないかと心底困り果てた様子で言われたので、お言葉に甘えて立ち上がる。膝についた泥を払っていると、ほっとした顔の『赤旗』がためらいがちに自分のおでこを指で示した。そうかと思って袖で自分のおでこをぐしぐしと拭うと泥がついた。

 どうやら、本当に僕に対して物騒な悪感情を持っていないらしいのは一連の仕草や様子で窺えた。海賊なのにびっくりするほどいい人っぽくて、それはそれで申し訳なくて、たいへん気まずい。

 『赤旗』は倒れ伏している人さらい屋たちをちらりと一瞥してからつぶやいた。

 

「じきに奴等も目を覚ます。少し移動した方がいい」

「そうですね、買い物もし直さないとですし……」

 

 ぺちゃんこになってしまった野菜や蜂蜜を買い直さないといけない。しかし、ここで『赤旗』とお別れするのはいかにも消化不良で、どうしたもんかね。

 

「その、補給ならいくつか店を案内できるが」

 

 ボンバッグと『赤旗』を見比べて考えていると、なんともおそるおそるという感じで申し出てくれた。

 海賊御用達の店近辺の地理も把握しているけれど、ひとりで行くとまたぞろ面倒に巻き込まれそうだったのでとても助かる。馴染みの商店街まで戻るのが億劫でもあった。

 そういえば、彼も船長なのに供の一人も連れていないのだろうかと気になったので尋ねてみたら、先に食事をしているとのこと。『赤旗』は船に用事があったそうだ。なるほど。自分で聞いておいてなんだが、もっと濁してくれていいんですよ。

 

 けど、

 

「助かります。補給というか、バイト先のお使い途中なので」

 

 リュックから出したひもで改めてボンバッグ代わりのシャボン玉を固定しながら言うと、『赤旗』が立ち止まって首をひねった。

 

「……きみは『音無し』だよな?」

「そうですね」

「……バイト?」

「ぼったくおっと、居酒屋さんでバイトしてます」

「……そうなのか」

 

 なにかちょっと考えていた『赤旗』にあとで仲間とそちらに立ち寄った方がいいだろうか、と問われたのでやめた方がいいですよと返した。「そうだな、迷惑はかけられない」と納得していたけど、ちょっと意味が違うんだなこれが。

 

 うちに来ると海賊はもれなくぼったくられます。

 

 

 

×××××

 

 

 

 『音無し』という名前はX・ドレークにとってある種、特別な存在である。

 

 暴力に怯えながら、けれど未練無く立ち去ることもできず黙々と雑用をこなしていた19の夜。

 突如として現れ、父の海賊団をめちゃめちゃにした賞金稼ぎがいた。今でも当時の出来事は強く脳裏に焼き付いている。

 

 消えた灯り。燃え上がる倉庫。狂騒と惑乱の気配。

 

 その時、バレルズ海賊団は一世一代といえる莫大な額の取引を目前に控えていて、誰もが殺気立ち、ぴりぴりしていた。ドレークはそんな船員や父に鬱憤の捌け口にされるのがイヤで、理由を作っては目立たない方へと逃げていた。だからこそ、あの時助かったのだといえる。

 

「どうもご機嫌うるわしゅうバレルズ海賊団の皆々様! それとご愁傷様! 今夜が年貢の納めどきですよぉ!」

 

 何が楽しいんだか、あほみたいな馬鹿笑いを響かせながら突入してきた小柄な人影は一見すると自分より年下の、やせっぽちの少年みたいだった。

 遠目に見えた、暗闇で浮き上がるような初雪色の髪を揺らめかせて、けれど桜色の瞳には肉食獣めいた獰猛な色を炯々と宿らせた賞金稼ぎは──バレルズ海賊団の目論見をぜんぶ台無しにした。異名が『音無し』であると知ったのは随分と先のこと。

 

 『音無し』は小動物みたいな見た目のくせに、中身はとびきり獰猛な鮫だった。

 

 突然の闖入者に色めき立って襲いかかる船員たちを相手に、丁々発止の大立ち回り。卓抜した技倆で繰り広げられたワンサイド・ゲーム。

 単身乗り込んできた闖入者に殺気立つ船員たちを小馬鹿にするようにせせら笑って、激怒した父ことバレルズを一発で沈め、時に手榴弾を使っての面攻撃まで駆使して鎧袖一触とばかりにボコボコにされたバレルズ海賊団は結局一矢報いることすらもできず、新たな襲撃者によって完膚なきまでに叩き潰された。

 

 混乱と狂乱の隙間から、ドレークは運良く逃れることができた。

 海軍に保護されたことで、かつての夢だった海兵になることもできた。……結局、その立場は自分の手で捨ててしまったけれど。

 

 だから、ドレークにとって『音無し』は恩人だった。

 

 確かにバレルズ海賊団を潰した張本人だけれど、あの騒動がなければドレークは唯々諾々と父の海賊団にいたままだったかもしれない。それはそれでひとつの道かもしれないが、こんなにも自由な気持ちで気の置けない仲間たちと航海するなんてできなかっただろうことだけは、確信が持てる。

 そう思えばこそ、一目会って礼が言えればと願っていた。

 まさか会って早々土下座されるとは思わなかったので大分困惑したけれど。

 

「むぅ……」

 

 そんなドレークの恩人が、両手に蜂蜜の瓶を持ったままどちらを買おうか悩んでいる。

 天気がよくて、格子窓の間から差し込む光は柔らかだ。そんな陽の光に蜂蜜を透かして試す眇めつ、自分なりに厳選しているようだった。

 

 のんびりと穏やかな日常風景のいちぶめいた姿を腕を組んで眺めている自分が、なんだか不思議だ。

 

 『音無し』ことミオと名乗った賞金稼ぎは、ドレークの想像の埒外にいる人間だった。

 少しばかり成長したようだが、僅かな記憶に残る姿とそう変わらない華奢な体躯は一見するとほぼ同年代にはとてもではないが見えない。二十歳にも手が届くかどうか、せいぜい十代がいいところだ。

 そんな疑問を店までの道中にぶつけたら、ふてくされたような顔で「能力の副作用です。たぶん」と曖昧な返事が返ってきた。能力者らしいことに驚いたが、同時に納得もした。

 

 とにかく『音無し』は実体の掴めない賞金稼ぎとして有名なのだ。

 

 標的にされた海賊はその異名通りに音も無く、しかもほぼ確実に捕らえられてしまうため噂ばかりが一人歩きしているのが現状である。

 正体は筋骨隆々とした大男だの、実は数人で『音無し』を名乗っているから各地でその名前が散見されているだのといった、根も葉もない話が流れているけれど……その実体はこれである。分からないワケだ。

 

「よし。これくださーい」

「あいよ」

 

 ようやく決まったらしい。その一声でドレークの意識が引き戻される。

 ミオは会計で財布から紙幣を出して店員から蜂蜜の詰まった瓶を受け取り、ボンバッグに放り込んでいるところだった。

 ドレークだって実際の『音無し』を目撃したことがあるから気付けたが、こうしていると海賊だの賞金稼ぎだのというやくざな商売とは無縁の、本当にそこら辺にいる少女のようにしか見えない。

 流れている噂と本人との激しすぎる落差が、彼女を正体不明の賞金稼ぎにすることに一役買っているのだろう。ドレークの知る限り、明確な素顔を知っている海賊は存在しなかった。

 

「ありがとうございます、ドレークさん」

「いや、気にしないでくれ」

 

 馬鹿笑いしているイメージばかりが先行していたが、こうして話すミオは穏やかで理性的だ。

 初対面の土下座では度肝を抜かれたものの、その理由は納得できるものであったし、店へ案内する間にドレークがミオを恩人だと思ったいきさつを説明したときもそうだった。

 

「──僕みたいな厄種がパパさん海賊に突撃しなくても、ドレークさんは自分の道を選んでいたと思いますけど」

 

 大方の話を聞いて、ややあってからそう言われた。

 耳慣れないことを言われた気がして目を瞠ると、ミオはドレークを見上げたままごく素朴な口調で続けた。

 

「きっかけなんていくらでも転がってますよ。たまたま、強烈なきっかけになっちゃったみたいですけど」

 

 だから恩人なんて大層な考えは早々に捨てて欲しいと苦笑された。己の欲得に従った結果なので感謝を頂いても困ってしまう、とも。

 言われてみれば、あの時ドレークとミオは一言だって言葉を交わしていないし、顔だって合わせていない。本当に一方的な、言ってみれば片思いに近い。

 

 初対面。そう、初対面なのだ。

 

 初めて会ったばかりの人間に突然恩人だなんだと言われて感謝を捧げられたところで、それは困る。ドレークは思ったより自分が舞い上がっていたことに内心驚いて、それから恥じた。

 謝罪の言葉が口を突いて出そうになって、それを察したのかミオはちょっとだけ視線を逸らして早口で言った。

 

「あの、ですがもし僕がやらかしたことが回り回って、ドレークさんの決意を進める手伝いになってたとすれば……」

 

 その時だけ、ミオは浮かべていた微苦笑に僅かな安堵を滲ませた。

 

「それはなんというか少しばかり、救われますね」

 

 静かなつぶやきはドレークの耳にすんなりと通った。嘘のない声だった。というか、彼女はひどく正直だ。聞いているこちらが戸惑ってしまうくらい。

 

 そうか、きみはこんなひとだったのか。

 

「今日、きみに会えてよかった」

 

 思ったことがそのままこぼれて落ちた。

 

 脈絡があるようなないような奇妙なタイミングになってしまったけれど、ドレークの言葉に今度はミオが目を丸くして、それからどこかバツが悪そうに笑った。

 

「こちらこそ」

 

 ただ、気になる点があるとすれば。

 海軍に保護されたというくだりで、ミオの頬が引きつっていたのは少し疑問ではある。

 

「あ、ああー……そうか、ドレークさんだったんですね……なるほど……」

 

 うかつだった、とじゃっかん遠い目をしていたのは何故だろうか。

 

 

 

 

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