桃鳥姉の生存戦略   作:小日向ひより

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8.再会のバルカローラ

 

 

 シャボンディ諸島の情報を拾って歩いて、一度母船に戻る頃にはすっかり夜が明けていた。

 

 甲板には既に帰っていたらしい船員たちが各々勝手に動いている。地図を片手に情報のすり合わせをするもの、あくびを漏らしながら掃除するもの。

 

「あ、キャプテンおかえりなさい!」

 

 ローの帰還にいち早く気付いたベポが声を上げる。

 

「ああ」

 

 いちばん諸島に降りたくてうずうずしていたベポが、案外にへこんでいないことを内心意外に思う。

 出発前のくじ引きで留守番役になってしまったときはあんなに落ち込んでいたのに。

 

「うおおマジだ! 超懐かしい!」

「てか、スゲーな。朝焼けなんてまじまじ見たことねーから、なんか新鮮だ」

 

 ベポの周りでシャチとペンギンが騒いでいる。視線を向けると一枚の紙……写真? を囲んで何やら言い合っていた。

 

「なんだそれ」

「あ、キャプテン! なんか昨日、うちにファンが来たらしいっすよ」

「……はぁ?」

 

 シャチがなにを言っているのか分からない。眠いこともあって半眼になる。ファン? 海賊の?

 そんなローの反応を予想していたのか「やっぱそーなりますよね。でもマジです」「ベポが会ったそうですよ。ド深夜に」「アイアイ!」と三人が口々に言う。

 

 話を総合すると、なんでもベポが留守番をしている夜中に『ポーラー・タング』号にふらりと現れてファンだと名乗る(?)人物が現れて、お喋りしたのだという。

 

 ……胡散臭い。

 

「ファンだかなんだか知らねぇが、得体の知れねぇ輩をうちに上げるんじゃねぇよ」

 

 被害らしい被害が特にないからいいようなものの、それが他海賊や賞金稼ぎだったら目も当てらない事態になるところだ。

 事の大きさに気付いたのか「すいません……」とあっという間にしょげるベポに軽く手を振っておく。何もないならそれでいい。

 

「で、そっちの紙切れは」

「ベポがファンからもらったそうです。『北の海』出身ならこの場所知ってるかって」

 

 今度こそ頭痛がしそうだった。

 

「得体のしれねぇやつから貰うなよ……」

 

 もうこれは実害としてカウントしていいのではないだろうか。

 げんなりしつつ、キャプテンとして確認しておくかと指を軽く動かすと、意図を察したペンギンが写真を手渡してくる。

 

 受け取って視線を落とし、息を呑んだ。

 

 小さな枠におさめられた、朝焼けの中で飛び立つ時を待ちわびるような──ツバメの大岩。

 

「スワロー、島」

 

 口の中がいきなり乾いた気がして、つぶやきが掠れた。

 

「懐かしいですよねぇ、おれらもさっき写真見た時びっくりしましたよ」

 

 ペンギンが懐古を潜めた声で言って口の端を僅かに上げる。シャチとベポも似たような顔をしていた。

 けれど、ローは写真を持ったまま硬直して動けない。写真の中から視線を外すことができなかった。

 

──夜明けのときに、桃色の滲んだみたいになる雲の色には名前があるんだけど、ローは知ってる?

 

 ベポたちに会うよりも更に前の記憶が、柔らかく囁きかける。

 

──淡紅色(たんこうしょく)っていうんだけど、もうひとつあって、僕はそっちの方が好きなんだ。

 

「……あれ? それ、裏になんか書いてある」

「え、そうだったか? ぜんぜん気付かなかった」

 

 ペンギンとシャチの言葉が少し遅れて耳に届いて、なにも考えずローは写真を裏返す。

 写真の裏側には小さな走り書きが書かれていた。

 

「──ッ!!」

 

 その文字列を目で追うにつれローの瞳が限界まで吊れて、ぞわりと悪寒が背筋に走る。衝撃と痺れで全身が硬直した。

 

 濃い藍色のインクで書かれた文字には、見覚えがあったからだ。

 

 

『かくれんぼに使った岩陰より

 

 ここから見える朝焼けはすっっごく綺麗だった

 真冬で夜で豪雪だったからわかんなかったけど、意外と穴場のスポットなのかも?

 

 そうそう、こういう桃色の雲が〝(とき)色〟

 鴇が空を飛んで、太陽の光に白い羽根の根元が透けるとこんな色になるんだって。神秘!

 前に教えた気がするんだけど、覚えてくれてたら嬉しいです

 

 三人でこの景色を見たかったな

 

 ひとりだけで見るの、すごくさみしい

 

 僕のさみしさ、18才のローにとどけー!』

 

 

「キャプテン? 大丈夫?」

 

 あまりに必死な様子で読み込んでいたのだろう、心配そうにベポが近寄ってくる。気付けばシャチやペンギンも困惑したようにこちらを窺っていた。

 のろのろと顔を上げようとして、ベポのオレンジ色のツナギから嗅ぎ慣れない──否、過去にむせるほど嗅いできた煙の匂いが、僅かに香ってくることに気付いた。

 

「ベポ!」

「! な、なに!?」

 

 あまりに必死な様子でローに肩を掴まれ、そんな表情を見たことがなかったベポは気圧されて一瞬怯む。だが、それに構ってやる余裕がローにはなかった。

 

「昨日来たファンってやつ、どんな顔だった? 身長は? 声は? いや、それより髪と瞳の──」

「え? あの、その」

 

 矢継ぎ早の問いに、ベポは答えに窮して戸惑ってしまう。ローの様子が見たこともないほど必死で、焦っていたこともあるだろう。

 

 なんとかベポが言葉を作ろうとすると同時に、それこそ冗談みたいなタイミングで。

 

 

「──うっわああベポごめん!」

 

 

 問いの答えがやってきた。

 

 ローの記憶そのままの声で、シャボンを足場に大慌てでそれこそ狐か猫かと見紛う動きでぴょんぴょんと。

 

「あ、さっきの!」

 

 ベポが説明するより早いと顔を向け、同時にローも視線を巡らせた。

 

 そこには──

 

「はいさっきのファンですおはよーございます!」

 

 敬礼しつつ舳先にすたんッと着地すると、雪色の髪がさんざめく。

 

「さっきあげたやつ、写真間違えちゃったんだ! 交換してもらってもいいかな!?」

 

 本当に急いで戻ってきたのだろう、ほんの少し息を弾ませている自称ファンは──紛れようもなく、ローをかつて救い上げた恩人の片割れだった。

 呆然とする。頭が真っ白になるという感覚はなるほどこういうことなのかと、思考の隅で考えた。

 

「さっきのはあげられない方、でええええッ!?」

 

 どれだけ慌てていたのか、ベポ以外眼中に入ってなかったらしい恩人は駆け足でベポに近寄ろうとして、傍らのローに気付いて急制動。桜色の瞳をまん丸にして思い切り仰け反った。

 

 それから頭のてっぺんから足の先までまじまじとこちらを見つめて──束の間、泣きそうにくしゃりと顔を歪めて、思い直したようにぶんぶん首を振って、それから……ようやく、心から安心したように、ふにゃりと笑った。

 

「ロー、おはよう。背ぇ伸びたね」

 

 その、口にするのが嬉しくてたまらないとわかる響きで、背筋がふるえた。

 記憶よりほんの少しだけ大人びて、だけど相変わらず小さくて、今のローならばすっぽりと抱き締められてしまいそうな華奢な体躯。

 

 生きていた。海に落ちたと聞いて、コラさん諸共に死んだと思っていたのに。

 

 生きて会えた。相手の方から吹っ飛んできた。

 

 全身を駆け抜ける衝撃に半ば自失しながら、ローは久しく口にできなかった名前を無意識に紡ぎ出す。

 

「──ミオ」

 

 そうだ、あんたはいつだってそんなやつだった。誰かの予想通りの行動なんかしてくれなくて、好き勝手に動いて、こっちはいつも振り回されてばかりで。

 

「うん、久しぶり。大きくなっても目の隈消えてないのか……ちゃんと寝てる?」

 

 心配そうに、けれどとことんちゃらんぽらんな返事をしてくる様子に、ローはああ本当にミオなのだと確信を得て、心底安心した。疑う余地がない。こんな行動を本人以外が取れるわけがなかった。

 ゆえに、ローが次に取った行動は──彼にとっては至極当然の流れであった。

 

「"ROOM"」

 

 同時に、ローを中心とした薄い壁が同心円状に広がる。もちろんミオも効果範囲だ。

 

「は、部屋? えっ?」

 

 自分を取り囲む薄い、紗のようななにかにミオが目を瞠る。

 ローの能力を知っている船員たちが「キャプテン!?」とざわつくが、まだローの能力を図り切れていないミオは初動が遅れた。

 頓着せず、ローはそのまま担いでいた『鬼哭』の柄を掴んで抜き払い──『切断』で一閃した。

 

「ひぇッ」

 

 だがそこは歴戦の経験がものをいう。

 ミオは反射的にローの太刀筋を見抜いてその場で軽く跳躍することで回避、

 

「動くな!」

「ッ!」

 

 できなかった。

 ローの鋭い制止にびくりと動揺して、ミオの太股から下が真一文字にすっぱりと切断されてしまう。出血もなく、一拍遅れて足の付け根辺りからずるりと太股だけがずれていく。

 

「うわ、うわ? うわ!?」

 

 痛みを感じることなく、これまでくっついていたのが不思議なくらいに呆気なく外れた両足を咄嗟に押さえようとしていたが、どうにもならない。当然だ。

 突然の喪失感で平衡感覚を見失い、わたわたするミオは奮闘むなしく頭から倒れ込みそうになった。

 

「"タクト"」

 

 すかさず指を動かすと、ミオの身体は床に転ぶことなくふわりと浮いて滑るように動き、ぼすりとローの腕の中におさまった。特に抵抗らしい抵抗はされなかった。

 両足の体積分重量が軽くなっているのは分かっているが、それでも驚くほど軽くて儚い身体だった。

 

「え、あ、ちっっか! これ、ひょっとしなくてもローの能力? すごいね??」

「ああ」

 

 混乱が突き抜けたのか素なのか、相も変わらずズレまくった感想を口にするミオを小脇に抱え、ローはあっという間の出来事で動くこともできなかった船員たちを見渡す。

 

「寝る。起こすなよ」

 

 一日調査に潰していたので徹夜だった上に能力を使ってしまったため、ローの眠気は限界だった。

 ほぼひとごろしの目つきで言われ、その場にいた船員たちは赤べこのように首をがくがく振って了解を示す。

 

「それと、『こいつ』はミオ。おれの命の恩人だから警戒しなくていい」

「あ、アイアイキャプテン!」

 

 いち早く返事をしたのは先に邂逅を済ませていたベポで、ローはそれを見て小さく笑った。

 一方、荷物のように抱えられているミオはようやっと状況が頭に入ったのか、そこら辺に放り出されてうねうねしている自分の足に手を伸ばして嘆いている。

 

「僕のあしが物理的にキャストオフしたー!? 違和感がひどい! べつに逃げるつもりないのに!」

「信用できねぇ」

 

 ミオの抗議を切って捨てながらローはすたすたと船内に続くドアを開けて入っていってしまう。

 ちょっと目を離すといなくなるのがミオという生き物であることをローは知悉している。ここで逃がすなんて冗談ではなかった。

 

「今日、このあとバイトなんですけども……」

「休め」

 

 おずおずとしたつぶやきににべもない返事をしながら「ああ、足はあとで持って来い」とシャチたちに声をかけると同時にドアが閉まる。

 残された船員たちは怒濤の展開で呆気にとられてしまい、うまく動けなかった。

 

「キャプテン、すっごく嬉しそうだったね」

 

 ベポはちょうど近くに転がりながら本人の努力でぐねぐねしている片足を拾い上げた。

 芋虫みたいでじゃっかん気持ち悪いが、気にしない。ベポたちは分解された人体の回収に慣れているのだった。

 

「まぁ、テンション上がってたのはわかった」

「おれもー」

 

 ペンギンとシャチも頷き合う。

 

「恩人って……ひょっとして、あれか?」

「あれじゃね?」

 

 ベポ・シャチ・ペンギンの幼馴染み組はローから聞いたことがあった。かつて、少年だった彼の命を救ったひとたちがいたことを。

 ただ、そのひとたちは能力者なのに海に落ちたと聞いていたので、てっきり亡くなってしまったと思っていたのだが……(実際、当の本人もそう考えているふしがあった)。その話を聞いたのは随分と昔のことだ。

 

 だとすれば。

 

「生きてたのかぁ、そりゃキャプテン喜ぶわ」

「つか、あのひとがキャプテンの恩人なら、おれらにとっても恩人じゃね?」

「そーだよね。あのこがいなかったら、おれたちキャプテンに会えなかったんだもん」

 

 うんうん頷き、しばらくはそっとしておいてやろうぜということで意見は一致した。

 

 『ハートの海賊団』はキャプテンが大好きである。

 

 

 




HPにてローとの再会はロマンチックにしてくださいとお願いされたので頑張った結果がこれだよ!!
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