「なんでうまいんだ。おかしいだろ」
案内してもらった厨房でチャーハンを作ってローに出した感想がこれである。
「失礼な。十年あればスキルアップのひとつやふたつするっての」
向かいの席に座って頂きますと手を合わせ、スプーンで掬って口に運ぶ。うむ、我ながら上出来。
余ってたご飯とベーコン、それに卵とネギのごく簡単なチャーハンだけどパラパラにできたので満足である。
「ましてバイト先がぼったくおっと、居酒屋さんですから。居酒屋メニューは鍛えられましたとも」
栄養摂取のために自分で作るのと、人様からお金を頂いて供するとなれば、伴う責任は段違いだ。
昔は無人島なんちゃらもびっくりな食べられたら御の字、なサバイバル食が主だったけど今生においては家族にも食べさせるからそこそこ、雑駁な味付けの圧倒的男飯となり、それからシャッキーさんに鍛えられ進化を遂げた現在。人の進化の歴史を凝縮したようなステップアップに改めて妙な成長を感じる。あと米料理はわりと上手くなったと自負している。
「ああ、言ってたな。どこにあるんだ?」
「13番GR」
「無法地帯かよ」
昨日着いたばかりだというのに耳の早いことで。
シャボンディ諸島は大体10グローブずつでそれぞれ特徴があり、番号が後ろになるほど治安がいい。1~29番まではヒューマンショップなんかの後ろ暗い店が多く、通称『無法地帯』なんて呼ばれている。
「初めて諸島に入ったときにそこの店主さんにお世話になって、それから年に何ヶ月か住み込みでバイトさせてもらってるの」
「その店主、どんなやつだ」
「どんなって、シャッキーさんって女のひと。昔海賊してたからあんまり海軍近くにいたくないんだって」
ガープ中将に追いかけられたこともあるというのだから、名のある海賊だったのかもしれない。
「あとレイさんも住んでるよ。コーティング屋さんなんだけどおじいちゃんで、ここ半年くらいどっか行っちゃっててまだ帰ってきてないけど」
レイさんことレイリーさんの放浪癖は今に始まったことじゃないのだけど、ローは露骨に顔をしかめた。
「……それ、徘徊してるんじゃねェのか?」
なんてことを言うんだ。
「レイさんそこまでよぼよぼじゃない」
なんたって『海賊王』の元クルーである。一回だけシャボンディパーク一緒に行く条件(デート予定だった彼女さんにドタキャンされた)で手合わせしてもらったけど、びっくりするほど強かった。老いたりとはいえ、たぶん今のローならあっさり負けてしまうだろう。
あんまり素性を明かすのもよろしくないのでこれ以上質問されると困るなぁと思っていたのだが、ローはそれきり興味を失ったのか黙々とチャーハンを食べ始めた。
僕もそれを見るともなしに見て、食事を再開する。先に食べ上げたローが腰を上げたので目で追っていると、しばらくするとコーヒー片手に戻ってきた。
「……」
ご飯を食べている僕を眺めているローはちょっと楽しそうである。
「足りなかった?」
「いや」
悠然とカップに口をつけて、薄く上がっている頬に少しばかりの皮肉げな色。普段はこんな感じなんだろうなとぼんやり思う。
それから僕もご馳走様とスプーンを置いて、空になったお皿を洗い場に持っていって手早く洗って、ついでに自分の分のコーヒーをカップに注いで戻った。
「ごめん、カップ適当に借りちゃった。よかったかな?」
「ほぼ共用みたいなもんだ、構わない」
「ん。それで、シャボンディ諸島のどこら辺からレクチャーしようか」
「ああ、そうだな。まずは──」
そんなやり取りをしていると、食堂のドアからオレンジ色のツナギと白い耳が『ぴょこぴょこ』と動いているのが視界の端に映った。その後ろには白いツナギの二人組。ローが心配で見にきたのだろうか。
僕の視線を辿ってローも気付いたらしく「あいつら……」とため息をひとつ。なんだか微笑ましくて笑ってしまう。
「いいクルーだねぇ」
「ああいうのは野次馬っつーんだよ」
おそると顔を覗かせるベポにおいでおいでと手招きすると、ベポは後ろのツナギくんたちと顔を見合わせてからローの方を見た。
いかにもしぶしぶという感じでローがテーブルを指先でとんとんと叩くと、それが許可だったのかどやどやと三人組が食堂に入ってくる。
「どーも、お邪魔してます」
「うぉっ、そのう、初めまして!」
最初に到着したキャスケット帽の似合う青年に挨拶すると、なぜかシャキンと彼の背が伸びた。そんな緊張しなくても。
「ベポはもう知ってるな。ガチガチになってるのがシャチで、後ろのがペンギン」
ローの補足説明の後で二人が自己紹介してくれた。手配書で見覚えがあったので、名前と顔を一致させるのは容易である。
キャスケット帽子の青年がシャチくんで、帽子のポンポンが可愛いのがペンギンくんか、了解。
「改めましてミオと申します。今日はバイトさんだけど、普段は賞金稼ぎしてます、一応」
「バイトはともかく、し、賞金稼ぎッスか??」
職業をバラすとシャチくんが仰け反って、横のペンギンくんがびきっと凍り付く。
なんか勘違いしてそうなので一応先手を打っておいた。
「ローの船狙ったりしないから安心してください。元々、ルーキーは狙わないようにしてるし」
「バイトとか言うから廃業したかと思ってたが、なら噂に聞く『音無し屋』は……あんただったか」
「あ、それ僕。屋はつかないけど、なんかそういう名前で通ってるみたいで」
ローのつぶやきに露骨に反応したのは、シャチくんとペンギンくん。
「えっ、『音無し』!? 賞金稼ぎの!?」
「めっちゃめちゃ物騒なやつじゃん! 狙われたら終わりの代名詞じゃん!」
「そんな有名? 海賊界隈の噂ってとんと聞かないから知らなかったわー」
「本人がぜんぜん知らなそうなのが逆にリアル! ウワアアキャプテン! キャプテーン! あんたの恩人とんでもないんですけどぉおおお!!」
「うるせぇ。ミオがとんでもないのは昔からだ。慣れろ」
シャチくんの魂の叫びをバッサリ切るローマジロー。そこまでとんでもないことをしてきた覚えはないのだけど、成り行き任せで色々あったからなぁ。
その横の比較的冷静そうなペンギンくんは顎に指を当て、ややあってからこちらに顔を向けた。
「あのー、ミオさん」
「はいなんでしょう?」
「キャプテンの昔の恩人ってわりに、その、若くないですか?」
ローの気安い態度から恩人の部分は疑っていないのか、さして警戒はなかったけれど純粋に疑問だったようだ。
「あ、うん。中身は三十路手前なんだけどね、悪魔の実の能力の副作用らしくて外見あんま変わらないんだ。あれだったら敬語の方がいいかな?」
「いや、いやいやいや!」
「勘弁して下さいしんでしまいます!」
外見年齢と中身が一致していないがゆえの弊害なのでそう提案したら、二人揃っての全力否定である。仲良いな。
「ミオも能力者だったんだ。キャプテンより年上に見えなかったから、なんでかなって思ってたんだけど」
「ややこしくってごめん」
「ううん、むしろしっくりした」
なるほどと頷くベポの横でペンギンくんとシャチくんは顔を見合わせて「みそッ……!?」とか言ってからまた固まってしまった。すまぬ。だが事実だ。
年相応の落ち着きとか口調がぜんぜん伴わないのはたまに反省しているけれど、よく考えたら年相応に落ち着いて分別を身につけた大人というものがどういうものなのかいまいち分からない。参考になるのはシャッキーさんとかレイさんだろうか。あとは海軍? ガープ中将はしっかり……している、か? もうちょっとしっかりしたいものなのだけど、こればっかりは難しい。
途中でベポに写真を渡してなかったことを思い出したので、交換予定だった写真を取り出して「さっきの写真、これでもいい?」と見せたら「あ、こっちは昼間なんだね。ありがとう!」とベポは明るく笑って受け取ってくれた。よかった。
そんな中、ローがコーヒーからくちびるを離して、ぽつりと爆弾を投下した。
「つまり、ロリババアか」
「異議あり!」
すかさず挙手。
しゅばっと手を上げてローに向かって捲し立てる。
「それはちょっと聞き捨てならない! 訂正を要求します!」
「なんだよ事実だろ?」
「いや事実だよ? 事実だけどね? まぁ、ロリはしゃあない! 見た目はどうしようもないから! ババアも許す! 二十代にしてみりゃアラサーはババアでしょうよ! でもロリババアはダメ! 一緒よくない!」
ここの世界全体的に大きいし大人っぽいから童顔まっしぐらな現状、ロリと呼ばれても反論が難しい。だがロリとババアは看過できるけどロリババアはダメ、絶対。僕だって色々気にしちゃうお年頃なのだ!
というか、三十代をババア呼びするとシャッキーさんとかどうなんだって話になるから、ローはもう少し女性のびみょうな心の機微を学んだ方がいい。きっと彼女ができた時に苦労する。
熱弁を振るうとローはちょっと驚いたように目を瞠ってから僕をまじまじ見つめ、そうだなと頷いた。
「まだババアには早いか。訂正する。ミオは立派な合法ロリだ」
「立派でもあんまり嬉しくないけど、うん、そっちの方がマシかな」
「あ、いいんだ!」「心広くね!?」と三人がわぁわぁと騒いでいる。ババアじゃなきゃなんでもいいです。
気を取り直すためにずー、とコーヒーをすすると舌先に感じる苦みと広がる香り。これを楽しめる年齢になったローがお向かいに座っているのがとても嬉しくて、油断するとすぐ口元がゆるゆるになってしまう。満腹感も相まっておなかの中がくすぐったい。
薄い湯気の立ち上るカップをのんびりと眺めて、ちらりと盗み見たローも機嫌がよさそうだった。
そんな僕らを見た三人もどことなく安心しているみたいで、ローは仲間に恵まれたんだなとしみじみ思う。
再会からこっち、怒濤の展開でタイミングを逸して口にできなかったけどこれならロシナンテのことも任せて大丈夫そうだ。ローはちゃんとロシーおっとコラソンのこと好きでいてくれてるみたいだし、早いとこ連れて来よう、そんでローに怒られろ。
「おい、ミオ」
「ん?」
「おれの船に乗れ」
「ぐふっ」
あっぶね、飲み込んでなかったら噴き出してたわ!
いやちょっと、唐突になに言い出してるんだこの子は。ほら三人もびっくりして固まってるじゃん。
ひっくり返しそうになったカップを慌てて支えながら見ると、ローの顔はびっくりするくらい真剣だった。
「まてまて、いきなりすぎる」
「唐突に出てきたのはそっちが先だ。ことあんたに関して、おれは我慢なんかしねぇからな。するだけ無駄だってことくらいはよく知ってる」
『あいつ』だって途中から引き入れるの半ば放棄してただろ、とドフィのことまで引き合いに出されると何も言えない。
「お、おう……」
ドフィの海賊団に所属しなかったのはコラソンが海兵だったことと、先にお父さんとこの娘になっていたという部分が大きい。お父さんとかシャンクスさん知ってるとドフィのところやばいなって思う。海賊のジャンルというか、系統が違うよね、あれ。
今となると、そりゃドフィに見つかりたくないということが第一義なのだけど、これからローにコラソン(重傷)を引き渡せば万が一見つかったらという心配も解消される。
そうなると、残る問題は優先順位。
突然の『ハートの海賊団』勧誘にぐらぐらしていると、見計らったようにローが追い打ちをかけてくる。
「生きてるなら、もう失うなんてまっぴらだ。……おれは賞金稼ぎになれねぇから、あんたが海賊になればいい」
声には熱があって、懐古の色が混じっていた。
その文言から思い出されるのは、コラソンと僕が描いた未来予想図。ローに悪魔の実を横取りしたらどこかへ身を隠そうと言うコラソンに、僕は一緒に賞金稼ぎになろうと持ちかけた。
コラソンはそれはいいって、きっと楽しいって笑ってた。ローも満更ではなさそうな顔をしていた。
そんなことまで覚えて、いたのか。
ぽかぽかしてたはずの胸が急速に冷えていく。ぎゅうって絞られたみたいに痛くなって、ひどく切なかった。
「ロー」
名前を呼ぶと、ほぼ同じタイミングでローの手が僕の頬に触れる。気付いたら三人は食堂からいなくなっていた。
まだまだ柔くてぷにぷにだった『おてて』が皮膚の硬い、大人の男のひとの手になっていた。その現実が急に押し寄せてきて、なんだか焦る。
置いてけぼりをくっていたはずなのに、実は物凄く近くに待ち人がいた。それを見つけて驚いて、けどほっとするような、そんな。
なんだろ、どきどきする。
謎の感情で気持ちが逸って落ち着かず、やたらと瞬きしていたらローが喉の奥をふるわせて笑った。
あの頃のローが笑った顔なんて数えるくらいにしか見たことがない。大体はひどいしかめっ面か、怒った顔、苦しみを堪えるときの渋い顔。
そうか、ローはこんな風に笑うんだ。
「おれは元気になった。どうせ死ぬなんて言い訳は使えなくなったから、諦めねぇ」
ぬくもりと一緒になにか、強い感情が伝わってくる気がした。
「おれの望みはぜんぶ叶うって言ったのはあんただ。やりたいこと、してみたいこと、山ほどできたから教えてやるよ」
骨張った指が輪郭を確かめるようになぞって、むに、と痛くない程度につまんで引っぱられた。
それはコラソンと僕とでバレルズ海賊団に突入する寸前、彼に別れ際に告げた言葉のローなりの焼き直しで、答えだった。
「ミオと一緒に世界を見たい。無理強いする気はねぇけど──逃がしもしねぇ」
こちらを見据える瞳は海賊が獲物を見つけたもののそれで、ぞくりと背筋が粟立った。
ハートの海賊団に入ることに関して、否やはない。約束は守るものだ。違えることは決して許されない。
そして時系列順に考えるならば予約の優先順位は、確かにローとコラソンとの方が先だ。
そうなると説得しないとならない壁がふたつほど出現するのだけど、これは安請け合いした僕が悪い。エースとマルコさんには責任を持って説明して土下座するしかない。
そんな呑気な計画図を脳内で描いていたのだけれど、ローの次の言葉で思考が途中で寸断された。
「おれもあんたが大好きだ、ミオ」
ローの声が耳から滑り込み、脳で咀嚼、理解して──ひゅ、と息が止まる。
本能が訴える。第六感が全力で警鐘を鳴らす。
自分が口にした大好きと、今のローの『大好き』は──ちがう。
似てるけど温度が違う。字面が同じでも熱量が違う。舌に乗せた重さが違う。
想いを武器に殴りかかられているようで目の前が揺れる。頭が真っ白になって目眩がしそうだった。
半ば反射的に思う。
これ、だめなやつだ。
「──ッ」
心臓が凍るみたいに痺れてざぁっ、と音を立てて全身から血の気が引いた。予想外の反応に驚いたのか、ローがぎょっとして手を引っ込める。
それは、だめだ。ちがう。どうしよう。
「だ」
すがるように両手でカップを包み込んで、逃げるように視線を落とす。くろぐろとした水面が小刻みに揺れている。いつの間にか指先は冷え切ってて、カップの表面は熱いくらいだった。
ローの視線は外れない。突き刺さるみたいで、どこか不審げな気配を帯びるのがわかった。
「だめ」
喉の奥が引きつれを起こしてるみたいで、たった二文字を絞り出すのがやっとだった。
どうしよう、今すぐ逃げたい。
しかしさすがに前言撤回には早すぎる。毛穴が締まって背中に冷や汗が出そうだった。首の辺りがどくどくして、血の流れが気持ち悪い。貧血でも起こしたみたいにどんどん温度が下がっていく。
「……断る口実なり理由があるなら、全部吐かせてまとめて潰す腹積もりだけどよ」
物騒なことを言うローの口調が、いつの間にか冷静にこちらを探るようなものに変化していた。
「その反応は正直予想外だ。あんた、なにをそんなに怯えてる」
何を?
それが分かっていれば、たぶんこんな気持ちにはならない。
「わ、わかん、ない」
「海賊に入ること……じゃねぇな、その時の反応は普通だった」
顎に指先を添えてひとつひとつ、言動を確かめるようになぞっていくローの顔は『医者』のそれだ。
そうだ、ローは『死の外科医』で、オペオペの実の能力者。自分の孕んでいた不治の病を克服できるだけの医療技術と知識を持ち合わせている。
「なら、そのあとか?」
それは、即ち──
「ロー、やめて」
患者の中身が暴かれる、ということだ。
「やめて」
もう一度、自分でも驚くほど固くて、冷たい声が出た。
「ミオ」
落ち着かせるように名前を呼ばれて、惑乱と恐慌の半歩手前でぎりぎり踏ん張っているのが自分でも分かった。
ここから先に一言でも踏み入れられたら、自分でもローになにをしでかすか予想がつかない。
とにかく、これだけはと思って口を動かす。
「ごめん、でもほんと、だめ。ローがお医者さんでも心配してくれてても、それ以上は、言わないで」
これ以上、僕の中身を詳らかにしようとするなら、いくらローでも駄目だ。耐えられない。むしろ──ローだからこそ余計に無理だ。
コーヒーを飲み干してくちびるを湿らせてからカップを置く。
「ローのこと大事だから、嫌いになりたくない。いま、わりと逃げないだけで、ぎりぎり」
片方の手が愛刀の柄に伸びるのを止められない。指の腹で柄を撫でて、ようやく少しだけ正気を取り戻せた。
「……」
呼吸を整えながらローを見つめると、こちらに伸ばしかけていた手を中途半端な位置で止めたまま、困惑しているのが見て取れた。
無意識に席から立ち上がろうとしたらローの視線が動くなと怒鳴ってくるので、なんとか堪えて座り直す。
どうかこれ以上は踏み込んでくれるなと願い、頭の中で言うべきことだけを選別する。
「あの、だめっていうのは、ハートの海賊団入りに関してじゃないから」
ああ、煙草が欲しい。一服して落ち着きたい。
「そっちはだいじょぶ。ちょっと他の予約入っちゃってるから、先にそっちと交渉しないとだから今は難しいけど」
「……予約?」
胡乱に聞き返すローに頷いてみせる。
「ごめん。でも一緒に行こうって僕とコラソンがローに言った時のが優先順位、高いから。ただ説得というか、交渉は手伝って欲しいかも」
「当然だろ」
あともし、ハートの海賊団入りするならお父さんにも御挨拶しないとだな。
「予約してきたのは海賊か? ……ッ、まさか──!」
「言っとくけどドフィじゃないからね?」
最悪を想像するのはいいことだと思うけど、僕だってそこまで色々投げ捨ててないです。
「ずーっとお世話になってる海賊さんのね、隊長さん」
「隊長?」
「が、二人」
「多いな」
思わず、という感じでツッコミが入った。
そこまでの会話でようやく、恐慌半歩手前から抜け出すことができた。
深く酸素を吸い込んで、吐き出す。
「そんなワケでローの海賊入りは問題なしだけど、一旦保留にさせて。ちゃんとスジは通したいから」
「保留の件はべつにいい。最終的に『ハートの海賊団』入りするのが前提だが……あんたは、約束だけは守るからな」
ローがかすかに瞳を眇めて、僅かに口の端を上げた。
その笑みが先ほど浮かべていたものとは少し異なっているような気がしたけれど、いきなり変な行動起こしたやつ相手に同じ態度は無理だよなと勝手に納得する。
漂っていた緊張がお互いに弛緩していくのが分かって、心底ほっとした。
「ありがと。それでえーと、今日のところは帰らせてください。ちょっと頭冷やしたい」
「……まぁ、構わねェけど。連絡先くらいは寄越してけ」
「あ、うん」
ポケットからビブルカードを取り出して、ペンで電伝虫の番号と名前を走り書きしてからその部分をちぎり取る。
「ほいこれ、電伝虫の番号。繋がらなくて、それでも用があるときはビブルカードで辿ってみて」
「ビブルカード?」
「……ああ、そっか。ビブルカードはグランドライン後半にある文化なんだけど──」
ローにビブルカードの説明をして、ついでにローの電伝虫の番号を聞いてから僕は『ポーラー・タング』号をあとにした。
適当にシャボン玉に乗っかって上を目指し、ぎりぎりシャボン玉が弾け飛ばない程度の上空まで到着したところで、頭を抱えてしゃがみこむ。
「ぐあ」
やってしまった。
猛烈な後悔があった。予期せぬ方向から狙撃されたような気分だった。避けることも躱すこともできず、まともに食らって崩れ落ちた。
無意識に懐をまさぐってシガーケースを開けたら空っぽで、そうだ煙草は没収されたのだと思い出して舌打ちする。
必死で押さえつけていた動揺と混乱がぐるぐるとおなかの辺りでわだかまっているのがわかった。
「あ、あああぁぁああ……ッ!」
意味のなさない音が喉から長々と垂れ流される。吐き出していないとおかしくなりそうだった。
肺の中が空っぽになるまで唸り尽くし、膝を抱えて頭を押しつけできるだけ縮こまって丸くなる。しばらく動ける気がしない。
ほんと、どうしよう。