それから、ふらふらした足取りでシャッキーさんのお店に戻ったらどれだけひどい顔色をしていたのか、僕を見たシャッキーさんに今日はもう寝なさいと寝床に押し込まれた。
ものすごく気の毒そうな顔をしていたので何か勘違いされているような気がしたが、修正する気力もなかった。
一晩寝て、幾分かすっきりした頭で結論を出した。
「よし、放置」
逃避とか言わないで頂きたい。妥当な判断だ。下手な考え休むに似たりなのである。
どうせこれ以上うだうだ考えたって相手のいることなので結論なんか出ない。それならやるべきことをやって直面したその時にもっかい話し合うなり、最悪の場合は物理行使するなりすればいい。
ローとはこれから長い付き合いになるんだろうし、相手もでっかくなってるのだから僕が全力で抵抗したって死なない。なるようになるだろ、たぶん。
そんなことより、コラソンの方が大事だ。昨日は動揺が先に立ってローに切り出す前に帰ってしまった。ほんとごめん。
さて、そうなると一旦船に戻ってコラソンを持って来なければ。なんせ彼は3m弱という巨体なので、部屋に置いておくわけにも往年のド○クエよろしく棺桶引き摺ってあるくわけにもいかない。
なのでこれまでは箱詰めして自船の倉庫をいちぶ改造して押し込んでいた。我ながら表現がひどいな。いやでもあれですよ、業務用冷蔵庫の段ボール箱をどこに収納するみたいな話で、しかも扱いはデス○ートかエロ本だ。
だって『固定』してるったって、見た目はほぼマネキンかご遺体だから他人に見られたら通報一択だもの。チェレスタが僕を『固定』したのち隠し財宝と一緒にしておいた気持ちもよくわかる。
「したらえーと、これから船に戻ってコラソン回収してローと連絡とって引き渡しの時間決め……あ、だめだ」
そうだった、昨日休んだ分は働きますって言っちゃったから今日はお店に出ないと。コラソンも大事だけどお仕事も大事。義理と信用大事。
突発的にバイトをサボ……サボッてはいないけど、穴を空けたのだから埋め合わせはちゃんとしないと罪悪感がマシマシになってしまう元日本人の悲しきサガ。
「じゃあローに先に伝えて……現物がないと駄目か」
そこそこ重傷なので機材の準備しておいてくださいって言うのもアリかと思ったけど、ローの様子見た感じ目の前にコラソン(重傷)ないと信じてもらえない気がする。
それかコラソン(重傷)引き渡すまでどっかの臓器を人質? 内臓質に取られたりしそう。再会早々にひとの足持ってった輩がなにをしでかしても驚かない。
てなわけで、その日はシャッキーさんのお店で一日せっせと働いた。
夕方頃に部屋に置いていた電伝虫にローから連絡が入ったので少し話をした。昨日のことを蒸し返されたらどうしようかと内心戦々恐々だったのだが、特に話題にされることはなかった。諸島は広くディープな部分もあるので、一日二日歩き回ったくらいでは新参海賊では集められる情報に限りがある。
現在諸島に集まりつつあるルーキーの数やグローブごとの危険性など、聞かれることは多岐に渡った。前回、結局できなかったレクチャーの焼き直しという感じである。
「あとはそうだな……1番GRにドンキホーテ海賊団直営の人間オークション会場がある」
『……! 本当か』
「店の裏手にシンボルマークついてたから間違いないよ。様子見にこないとも限らないしぜっったい会いたくないから、その辺は気を付けてた」
『あァ。そりゃ、あんたはそうだろうな』
せやで。
カリカリと小さな音がするのは、ローがメモをとりながら話をしているからだろう。
「時々、天竜人も見かけるからあの辺はほんと気を付けた方がいいと思う。もし行くとすれば、だけど」
『……そうだな』
僕にとってもローにとっても顔を合わせたくない筆頭の海賊であろう思われるので、注意喚起のつもりで言ったのだけどローの反応は微妙である。
因縁深い相手な上に海賊同士なのだから、敵情視察したいと考えてもおかしくはないか。国王になってからの勢力拡大っぷりえげつないからな。
「あと明日……だと夜中になっちゃうか。明後日に時間とれる? できればローのお船で」
僕が自船を停泊させている場所はお店からかなり遠く、朝からボンチャリを飛ばしても半日かかってしまう。
コラソンを積んで(……)戻って直接ローの船に搬送できれば最善なのだが、それをするには『ポーラー・タング』号との場所が悪い。一日でこなそうとするとわりと大変だ。わざわざ移動させるのもクルーたちの手前気が引けるので、こっちから出向こうと思う。
『そりゃ構わねェけど、なんかあるのかよ』
なんかあるというか、いるというか。
ここまでくるとローをびっくりさせたくなってきた。ふははせいぜい魂消るがいい。
「ふっふっふ、ちょっとしたさぷらいずがあるのですよ」
『サプライズの意味が消失したがいいのか』
含み笑いをしつつ言ったら冷静なツッコミを頂いた。
いいんだよ、まだローは驚いてないからセーフなのです。サプライズプレゼントと言うには血生臭いが、その辺はローがなんとかしてくれ。
彼も明日は用があるからちょうどいいとのこと。そりゃ、ローだってひとつの海賊団を預かる船長さんなので、僕にばかりかかずらっているわけにもいかないわな。
「じゃあ明後日によろしくー」
『ああ。……』
詳しい時間を擦り合わせてから通話を切る直前、ローがなにか言いたげな雰囲気を出していたので受話器を置こうとした手を止めた。
あ、そうか。
「ロー、おやすみ」
最後にそう言い添えると、ふ、と空気が緩んだ。
『おやすみ、ミオ』
たぶん、向こうでローはちょっとだけ笑っているんだろうな。
×××××
コラソンを自船から回収してお昼も回った頃。
ローに見つかるとめんどくさいもとい怒られるので、シャボン玉が割れてしまうぎりぎりの高度で喫煙タイムをとることにした。
一週間で一箱も消費しない僕だけれど、いざ禁煙を申し渡されると逆に吸いたくなってしまうのはなんでだろうな。
まかり間違って割れると困るのでシャボン玉のひとつを『固定』して足場を確保、あぐらをかいてさっき買った煙草をシガーケースに移しながら一本取り出して吸いながら火を点ける。
肺いっぱいに吸い込んで、モクの味を堪能する。そういえばスモーカーさんは元気だろうか。あのひとの煙草の吸い方やばいと思う。
「ぷは」
ううう久々に吸えた気がする。美味しくないけど染み渡るぜ。
眼下に広がる明るい緑と虹色、それにゆっくりと動くシャボンディパークの観覧車を眺めつつ一服。なんとも贅沢なひとときである。
満足感を覚えながら紫煙を吐き出し、携帯灰皿にとんとんと灰を落とす。
今日は朝方の風がいい仕事をしてくれたので、思ったより早く自船に辿り着いてコラソンを回収することができた。とはいえ、引き渡し日時を設定してしまったのでローに渡すのは明日の予定。ローも用事あるって言ってたし。
ちなみに梱包済みコラソンを積んだ僕のボンチャリは、鍵を掛けて万が一を考えて軍曹に見張りを頼んであるから置き引きの心配はない。
なんでボンチャリをやたら気に掛けているかというと自分で買ったというのも勿論だけど、僕のボンチャリはただのカスタマイズを飛び越えて魔改造甚だしいからだ。この世界の物理法則はたまに謎現象で片付けるしかない部分もあるものの、概ねは基本的な理に従っている。
そして僕はボ○ドカーとかあんぱん○ん号とか赤ジャケットおじさんの車にロマンを見出すタイプだ。カリオ○トロ(あっちでは緑ジャケットおじさんだけど)序盤のカーチェイス最高。
構造が単純で安価、かつ改造もしやすい単車(?)をどうするのかなんて察して欲しい。
何台潰したかは忘れたが、ちゃんと自転車としての機能は残しつつ僕の悪ノリと浪漫をあほほど詰め込まれたボンチャリはもはやモンスターマシンとも呼べる領域に達している。具体的に言うと、世が世ならこれで公道走ると捕まってしぬほど怒られて没収されるレベル。闇市で売ってた空島の貝殻シリーズ(凄い値段だった)ほぼ使い切ったからなぁ。
なんて、益体もない思考をもろもろと繰り広げていると──
「ん?」
下の方から気配を感じた。
そこら中に浮遊しているシャボン玉を足場に遊ぶ子供はたまにいるけど、こんな高い場所までは来ない。いくら耐久性があってもあくまでもシャボン玉。なにかの拍子に割れてしまう危険性はつきまとうし、途中で落ちたらグロいオブジェになるからだ。
親の言いつけを守らないガキ大将タイプでも一回落ちると懲りるし大人は危険性を理解しているため、わざわざ昇って遊ぶ馬鹿は少ない。
「ほっ、よっ」
そんな不安定なシャボン玉を足場に、まるで赤いキノコの配管工よろしく楽しそうにぴょんぴょんと。
首にひっかけた麦わら帽子の目立つ少年が下の方から上ってきているのが見えた。黒髪黒目で目の下にある傷が目立つ──あれ?
「しょうねーん」
その、どこにでもありそうなストローハットに僅かな既視感を覚えて、ついでに手配書とエースも一緒に思い出して声をかけた。
とうとう彼もシャボンディ諸島に着いたのか。
「んあ? なんだ?」
麦わら帽子の少年こと、今年のルーキーの中でも抜きん出て新聞を賑わせている海賊『麦わらのルフィ』がそこにいた。
こっちをまっすぐに見て首を傾げる麦わらのルフィにふぅ、と紫煙をくゆらせながら適当に忠告してやる。
「それ以上シャボン玉で上を目指すと危ないよ?」
「なんでだ?」
なんでって、そりゃ。
「割れるから」
話を聞きながら、なおも次々にジャンプをしていた麦わらのルフィが乗ったシャボン玉が衝撃と気候空域を越えた影響でぱん、と割れた。
『あ』
ハモッた。
一瞬呆けたような顔をした麦わらのルフィは、そのまま落っこちてしまった。あーあ。
うぎゃあああ、と尾を引く悲鳴が聞こえる。これくらいでくたばるようならここまで生き抜いてくるなんてできなかっただろうから、特に心配はしない。
しかしそうか、彼も諸島に入ったのか。
エニエス・ロビーの件もそうだけど、なにかと台風の目になりがちな麦わらのルフィだ。どんな騒動を起こしてもおかしくはないので、なるべく早くローにコラソンを渡した方がいいかもしれない。お店に戻ったら一回連絡してみるか。
すっかり短くなった煙草を消し潰して携帯灰皿をぱちん、と閉じた。
「さてと」
これで諸島に揃いも揃ったり、億越え海賊の超新星が11人。
どうなることやら。