桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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しばらく一日一話更新できればいいなぁと思います(願望)


13.雪と桜のよしなしごと

 

 特にギミックなんかは使用せず、きこきことボンチャリをこいでシャッキーの店に戻った僕はそのまま裏手に回って自室の窓から軍曹に手伝ってもらいつつコラソン箱()を引っ張り込んだ。店の中からなんて運びにくいし迷惑になってしまう。

 窓から棺桶サイズのでっかい箱をおーえすおーえすと引っ張り入れる光景になんか覚えがあると思ったらあれだ、ドラゑもん映画だ。あのガンプラ(違)作成途中のパーツ運ぶ光景と激似。

 

「かる○る手袋欲しいなぁ」

 

 そういえば誰も元ネタわからないのか。ちょっとさびしい。

 立てかけたコラソン入りの箱はサイズ感は棺桶なのだけど、それだけではさびしいしどうしても某ド○クエ気分になってしまうのでせめてもの抵抗に全力でラッピングしてある。極彩色のリボンと造花でこれでもかと飾ってあるから、もうこれが誕生日プレゼント(本命)でいいよ。アルバムはおまけということで。

 じゃっかん投げやりな気分で箱の表面を指先で撫でていると、なんだか不可思議な気持ちが湧いてくる。

 

 もうすぐお別れなことは嬉しいことに繋がっている。動かない屍体半歩手前よりも、生きて動いて喋っている方がずっといい。そうなんだけど、なんだろうな、変な気分だ。

 

「コラソン」

 

 生きた彼に会えるという嬉しさと、待ち受ける解放感へ向ける期待と安堵。

 この十年と少し、僕の生活の真ん中にはずっとコラソン(重傷)がいた。意識しているしていない関わらず、頭のどこかに据え付けられていた。

 それは当然のことではある。だって相手は動けないし喋れないけれど間違いなく生身の人間で、弟なのだから。

 

 もし自分に何かあると、それは諸共にコラソンの死に直結している。後悔なんかはしていないけれど、そこには今まで背負ったことのない責任と想像したことのない重みがあった。

 

 『固定』の能力は自分の意思で解除は自由だ。けれど気絶に類する突発事態に陥った場合の保証はできない。だからこそ、この十年はそれなりに沈没と怪我には敏感な生活を送ってきた。

 

 ちょっとした不自由と責任が願いと一緒にバトンタッチされる瞬間は、すぐそこだ。

 

 ローは立派に医者になって海賊になっておまけに今でもきみが大好きだ。二歳差という驚愕の事実におののくがいいふひひひ。

 そこまで考えて、ちょっとした気まずさを誤魔化すように物言わぬ箱へ向けて内心を吐露した。

 

「いちにち遅れなのは勘弁してね。もうすぐだからさ、ほんとに」

 

 ごめんね、コラソンだって早くローに会いたかっただろうに。

 

 ローに再会してすぐに言うべきだったのは分かってたけど、でも、コラソンがローに会いたい気持ちと同じくらい僕だってローに会いたかったし、少しでいいからゆっくり話したかった。……良かったかどうかはともかく。

 だってコラソンのこと言ったら、ローは絶対コラソンのことにかかり切りになって話なんかろくにできなくなってしまう。相手は長年の重傷患者なので医者として当然だしそうあるべきだけど、むしろそうでないと困るけど、僕だって少しだけでいいから再会の喜びに浸るひとときが欲しかった。

 

 だから、タイミングを逸したのは本当のことだけどロシーのことを口にしなかったのは、ちょっとだけわざとでもある。でも、ここに至るまで僕もすごーく頑張ったから許してくれ。

 

 あとでコラソンに文句言われたら謝ろう。ローを一日先取りしちゃった、って。

 だってねぇ、昔の養いっ子が大きくなるまで十年強待って、再会直後にコラソンの治療終わるまで延々どこかで待機するなら先にちょっとだけ話しておきたかったんだよ。

 

 それに。

 

 もしもこの先、状況が最悪の方向に転がったとしたら……僕はローにコラソンを託してゆかなくてはならないかもしれない。

 

「……」

 

 杞憂で済むならそれでいい。

 

 けれど、そうでないとすれば、せめて──はなむけが欲しかった。

 

 大好きな子供が大人になったことを目に焼き付けて、会話を交わして、長久を願って言祝ぎたかった。

 

 これは、そんな僕のわがままだ。

 

「……そーだ、電話」

 

 思い出したのでデスクに置いてある電伝虫でローに電話したところ、出たのはローのところのクルーさんだった。

 キャプテンはベポたちを伴って諸島散策に出かけてしまったとのこと。用事があると言っていたのでこれは仕方がない。よければ伝言しますよと言って貰えたのだけど、どうせ予定は取り付けてあるので丁重にお断りさせてもらった。

 さてそうなるとお店でなにか雑用があるか聞いてみよう。着替えてから壁にかけてあるエプロンをとって腰の辺りの紐を蝶結びにしながら階段を下りると、お客様の気配。

 

「いらっしゃいま、せ?」

 

 カウンターのシャッキーさんは横に置いて、そこに居並ぶ面々に驚いた。

 

 ただのお客様でも海賊でもない。

 

 冷蔵庫にかじりついて中を漁っているのはさっき遭った『麦わらのルフィ』と骨格標本にスーツとアフロを装備させた感じの男……性になるのかこの場合。煮豆がお気に召したらしく器用に箸でつまんで食べている。果たして食べたものはどこへ行くのか、味蕾がないのに味がわかるのか、そもそもなぜイキイキと動いて喋っているのか。この世にはまだまだ不思議なことでいっぱいである。

 冷蔵庫を勝手に開けて物色するという、礼儀なにそれおいしいの? という態度だがシャッキーさんが咎めていないのなら指摘する必要はないと判断して適当に流す。

 

 カウンター横で嬉々としてわたあめを頬張っているのはデフォルメされたトナカイのぬいぐるみ、というのがいちばんしっくりくる謎のいきもの。骨格標本()はともかく、トナカイの方は手配書で見覚えがあるので彼も麦わらの一味なのだろう。バラエティ豊かすぎてすごい。

 ついでに向こうのソファに座っているのは、十年前に一度お店で会ったタコの魚人だった。確か最近は船でたこ焼き屋さんを営んでいるらしいハチさんと、こちらは見たことのない若草色の髪をした年若い(おそらくは)人魚の女の子。それに喋るヒトデ。魚人島ってヒトデも喋ってただろうか?

 

 なんとも奇妙なメンバーにしばし硬直していると、シャッキーさんが気付いてこちらを振り向いた。

 

「あと、彼女がうちで唯一の店員。ミオちゃんよ」

「むあ? ん! さっきのケム子!」

 

 リスどころかゴム風船みたいに頬を膨らませている『麦わら』の口元からぽろぽろとハムの欠片が落ちる。うん、飲み込んでから話そう。

 

「ケム子て」

 

 あまりにもあんまりなあだ名に挨拶も忘れて苦笑してしまう。

 さっきタバコふかしてるところを見られたからだと思うが、それにしてもケム子て。

 

「さっきシャボン玉の上にいたってやつか?」

 

 わたあめをもろもろと頬張っていたトナカイ──『わたあめ大好き』トニートニー・チョッパーが顔を上げた。つられて視線をずらすとバッチリ目が合った、と思った瞬間に椅子の裏側に隠れてしまった。人見知りなんだろうか。隠れ方が逆だけど。ちょっとさびしい。

 

「おう!」

 

 ニコニコ笑顔で頷く『麦わら』は先ほどの出来事を仲間に話していたらしい。

 

「あらもう会ってたの?」

「はい、先ほど少しだけ。改めまして、シャッキーさんのお店に(今のところ)勤めているミオと申します」

 

 シャッキーさんの疑問に答え、『麦わら』の面々に向かって頭を下げる。

 『麦わら』は頬に詰まった食べ物をもぐもぐごくんと飲み込んで堂々と胸を張った。

 黒い瞳に籠もる自信と信念。

 

「おれはルフィ! 海賊王になる男だ!」

 

 そこにはある種の覚悟と、己の矜持のためにひたすら邁進している者特有の雰囲気があり、なるほどシャンクスさんが気に入るわけだと内心納得した。

 

「へぇ、それはすごいな」

 

 すなおな感心を口にすると『麦わら』改めルフィくんはいししし、と歯を出して笑った。

 太陽みたいに明るい、どこかエースに通じるものがある笑顔。血縁かどうかはこの際関係がない。問答無用で弟なのだと理解させられる説得力の塊だった。

 それからルフィくんがシャッキーさんと話している間に自己紹介を済ませ(骸骨にぱんつ見せてくれませんかと尋ねられたのは人生初めてである)、おしぼりなんかを準備しているとハチさんから声をかけられた。

 

「ニュ~、まだ店員やってたんだなぁ」

「年に何ヶ月かですけど、変わらず雇って頂けてます」

「はっちん知り合いなの?」

「ああ、前に来たときからの店員だ」

 

 若草色の髪の人魚さんはケイミーちゃんという名前でハチさんのたこ焼き屋を手伝っているらしい。

 ついでに喋るヒトデはパッパグ氏。職業はなんとデザイナー。世界は広い。

 

「ああ、確かにコーティングならレイさんがいちばんですね」

 

 ルフィくんたちはどうやら魚人島に行くために腕のいいコーティング職人を探しているとのこと。

 ハチさんはルフィくんたちにただならぬ恩義があるらしく、諸島案内を買って出てレイさんに会うためにシャッキーさんのお店まで連れて来たというのが事の経緯のようだ。

 

「だろ? 店にいないのか?」

 

「ここ半年帰ってきてないんです」

 

「ニュ!? そうだったのか、参ったな~」

 

 なんて会話をしているとシャッキーさんも同じ説明をしたのだろう、背後で『半年~ッ!?』とユニゾンが聞こえた。

 

「弱りましたね……じゃあ探すしかないですね。おおよそ見当はつきますか?」

 

 骨なので表情は分かりにくいが、ブルックさんの声は少しばかり困惑気味だ。

 

「そうね……」

 

 シャッキーさんはレイさんがいそうなグローブの範囲を挙げ、最後に範囲外ならと『シャボンディパーク』を付け加えた。

 

「遊園地か!! そこ探すぞ~~ッ!!」

「わーい! ゆーえんちー!!」

 

 それに食いつく麦わら海賊団+ケイミーちゃん。特にケイミーちゃんのはしゃぎっぷりがすごい。パッパグ氏は渋い顔をしているけれど。

 確かにレイさんあの遊園地好きだよね。可能性が高いかどうかはわかんないけど候補になるくらいには。

 

「ミオちゃん、お店の雑用はいいから探すのに協力してあげたら?」

 

 全員で遊園地に行く気まんまんのルフィくんたちを微笑ましそうに眺めていたシャッキーさんがこちらに水を向けた。

 僕としては雑用がレイさん捜索になるだけなので、今日一日くらいなら付き合っても大丈夫だ。なんたってエースが可愛がっている弟なのだから、それくらいはサービスします。

 

「そうですね、いいですよ」

「ん? 白いのも遊園地行くのか?」

 

 わくわく顔のルフィくんに軽く手を振って違うよと返す。

 

「ルフィくんたちが遊園地に行くなら、いくつか賭場に心当たりがあるからそっちを回って聞いてくるよ」

「て、手伝ってくれるのか?」

 

 チョッパーくんがこわごわと聞いてきたので、笑って頷くとようやくチョッパーくんも笑ってくれた。よかった。

 

「ええと、ミオさんは諸島にお詳しいので?」

 

 ブルックさんの質問にはいと頷く。

 

「長いことお店のお世話になってますので。もし見つけたら依頼人がいるから店に戻るよう伝えておきます」

「ミオちゃんも諸島長いものね。それなりに詳しいし、いい援軍になるんじゃないかしら」

 

 シャッキーさんが後押ししてくれたことで、ブルックさんはある程度信用できると踏んでくれたらしかった。

 

「それはそれは! ありがとうございます!」

「白いのも手伝ってくれんのか? なんだお前いいやつだな!」

 

 ルフィくんがこっちを見てニカッと笑う。

 なぜか『ケム子』から『白いの』にランクアップ(?)したらしい呼び名に物申したくなったけれど、しても仕方がなさそうなので諦めた。

 

「ありがとな! 白いの!」

 

 あああなぜかチョッパーくんまで飛び火している。いや白いは白いけど、名前に掠りもしてないって……。

 

 ……あれ?

 

 まじまじとチョッパーくんの帽子を見て、ふと懐かしさを覚えた。ピンク色の帽子で、真ん中部分に『×』マークがあしらってある。

 このマークのついた帽子をどこかで見た気がした。デザインとかではなくて、なにか、誰かが被っていたような……はて、どこだっただろうか。

 

 あ、もやもやする。絶対どっかで見たのが分かってるのに思い出せないこのもじょもじょ感。

 

「んー……?」

 

 腕を組んで中空に視線を泳がせ、悩んでいる間にシャッキーさんがルフィくんたちに億超えルーキーの説明を終えて出発の準備を整えていた。

 それを見たところで僕も思考を切り上げ、準備しなくてはと膝を動かそうとしてところ──

 

「えっと、白いの……じゃないや、ミオ、だったよな」

「うん?」

 

 なぜかチョッパーくんがこちらに近寄ってきて、自分の帽子を押さえながら心配そうにこちらを見上げてきた。

 

「あの……おれの帽子がどうかしたのか?」

 

 あんまりまじまじと見つめていたからか、チョッパーくんが気にしてしまったらしい。

 言われると一度は切り上げた思索が戻ってきてしまう。

 

「ああ、その帽子と似たようなものを昔、どこかで見た気がして……じろじろ見ちゃってごめん」

「ううん、それはべつにいいんだ。ただちょっと不思議だったから……」

 

 チョッパーくんは帽子の鍔を両手で器用につまんで、少しだけさびしそうに笑った。

 

 もう届かない、遠い場所にあるものを懐かしむ顔だった。

 

 ……あ。

 

「わかった。ドラム王国……あ、今はサクラ王国か」

 

 最近政変でもあったらしく国名が変わっていた。あの国のファンキーな老医者たちは元気にしているだろうか。

 

「え」

 

 それにピンク色に×印。そうそう。

 

「そうだそうだ、Dr.ヒルルクが被ってた帽子に似てるんだ」

 

 あのひとの帽子黒かったから思い出すのに時間かかっちゃったけど、うん、めっちゃスッキリした。アハ体験した。

 正答に行き着いた満足感とともにひとりごちたつもりだった。だってチョッパーくんからすればDr.ヒルルクと言われても誰のことかわからないだろうし、見知らぬ人の帽子と似ていると言われたところで困るだけだ。

 

「──ッ!」

 

 と、思っていたのだけど。

 突然表情を変えたチョッパーくんがその場で跳ね上がって僕の胸ぐらをヒヅメで器用に掴んだ。小さな身体がぶらりと揺れる。

 

「お、おまえドクターのこと知ってるのか!?」

「うぉ、ん?」

 

 唐突な重さにがくんと膝が傾き、至近距離の顔とあまりに必死な様子にたじろいでしまう。知ってる? 話の流れからすると、Dr.ヒルルクのことだろうか。

 チョッパーくんの変化にただならぬものを感じたのか、「どうしたチョッパー?」「チョッパーさん?」と仲間たちが声をかけたけれど気付いていないらしい。

 

「ええと、チョッパーくんが言ってる『ドクター』がDr.ヒルルクのことだったら知ってるよ。ずいぶん昔だけど、一度ドラム王国に用事があって……そこで行き会ったんだ」

 

 行き会ったというか、厳密に言うと匿ってから捕まったというべきなのかもしれないが。

 思い出してくすりと笑う。

 

「信念があって、優しくて、夢があって、ちょっとヤブなひと。合ってる?」

「……あってる」

 

 ぶら下がったままのチョッパーくんの表情がほどけて、同時にヒヅメも離れてぽとりと落ちる。

 周囲のざわざわをひとまず無視して、僕はそのまま膝を折ってチョッパーくんと目線を合わせた。

 たぶん、彼にとってDr.ヒルルクはとても大切なひとなのだろう。それはただならぬ様子というより、本能に訴えかける直感だった。

 

「チョッパーくん、気になるならドラム王国に行ったときの僕の話をするよ。でも、少しだけ長い話になりそうだからレイさんを見つけてからにしない?」

 

 ここで話して聞かせたって僕としては一向に構わないが、ルフィくんたちは一刻も早くレイさんを見つけてコーティングを頼みたいはず。

 僕のは過去にあった話でこの先で変化することはない。けれどコーティング職人を探すのは現在の話で仲間と船の安全がかかっている。

 

 どちらを優先すべきかはチョッパーくんがいちばんよく分かっているだろう。

 

「僕のは思い出話だからさ。目的を達成してからでも大丈夫だよ」

 

 チョッパーくんは少し迷うようにルフィくんと僕を見てから、うんと頷いた。

 

「そう、だな。あとで聞かせてくれるか?」

「もちろん。約束する」

 

 即答したことで安心したのか、ほっとした顔でチョッパーくんは「ありがとな」とつぶやいた。

 

「いいのか? チョッパー」

 

 僕らのやりとりに何かを感じ取ったらしいルフィくんがチョッパーくんにそう聞いた。

 

「うん、いいんだ」

 

 彼はリュックのひもをギュッと握ってからニカリと笑った。

 

「今はコーティング屋と、遊園地だ!」

 

 それを見たルフィくんも笑った。

 

「にししし、そうだな! 遊園地行こう!」

 

 うん、いい海賊団だ。

 

 

 

 

 


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