桃鳥姉の生存戦略   作:小日向ひより

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16.リーダ・オーネ・ウォルテのお茶会

 

 オークション会場の屋根からそそくさと脱出したミオは、マングローブの裏手に停めてあったボンチャリにハチたちを乗せて一足早くシャッキーのお店に戻った。

 二人を落とさないようにとかなり速度を落としていたので億越えルーキー船長三人衆による無双っぷりも少しだけ見物することができ、ケイミーとハチは大興奮だった。

 

「ルフィちんやっぱりつよーい! がんばれー!」

「なんだありゃ! 億越えになると能力者って当たり前になんのか!?」

 

 視線の先ではわんさか配置されていた海兵がばったばったと倒れ吹き飛び切り裂かれ身悶えし蹂躙されていく。

 あちらでは麦わらの腕が巨大化していたりこちらでは人体切断ショー、またあちらでは某ロボット映画のようなメカニカルパンチが繰り出されていたりと目が幾つあっても足りないような光景である。

 

「どーだろーなー。能力者じゃない船長も知ってるけど、わりと多い気はする」

 

 ミオの知る中で能力者ではない船長というと真っ先に浮かぶのは赤髪のシャンクスだが、他の四皇は白ひげも含め皆能力者だったと思う。

 多少のカモフラージュはしたものの三人が大暴れして海軍の目を引き付けている隙を狙ったこともあって、幸いボンチャリが見咎められることはなかった。

 早々に帰り着いたミオたちを迎えたシャッキーはハチの怪我に驚き、事情を聞いて天竜人のくだりで「モンキーちゃんはさすがね」と笑った。奥にあるベッドを運んでハチを寝かせ、飲み物や簡単なお茶菓子の準備をしている間に海軍の包囲網を無事に抜けたらしい麦わらの一味がどやどやと店に戻ってきた。

 

 さすがというべきか、怪我人らしき姿は見えない。

 

「おっ、白いの早いな! ハチたち大丈夫か?」

 

 明るく笑うルフィはあの包囲網を破ってきたとは思えないほど元気いっぱいである。

 

「麦わらくんたちのおかげで早く戻れたから。揺らさないように気を付けてはいたけど、今はベッドに寝てもらってる」

「そっか、ありがとな!」

「いやいや」

 

 礼を言われるようなことはなにも、と遠慮がちに首を振るミオは着用しているエプロンも相まってどう見てもただの『店員』みたいだった。

 チョッパーがちゃんと傷を診なきゃとハチに駆け寄ったのを見て、薬瓶を置けるようにとふたつ椅子を追加する様子もごく普通だ。

 

 けれどミオと名乗ったこの店員はレイリーの『覇気』をものともせずオークション会場の天井近くに潜んでいたのである。

 

 今もこうして海軍の目をかいくぐって一足先にハチたちを連れて店に帰還しているのだから、『普通』なんてありえない。レイリーとはまた違った意味で得体が知れないのだった。菓子やお茶を運ぼうとしたところにサンジが手伝いを申し出たがお客様ですからとお断りしている。

 

「おい、あのドでけぇ蜘蛛は?」

 

 そんな中で三本の刀を椅子に立てかけた緑頭の青年──『海賊狩り』のゾロが席に座りながら視線を向ける。

 腰に佩いていた刀ももちろんだが、オークション会場でハチを運ぶのに一役買った大きな蜘蛛はミオの言葉に従っていたので純粋に興味があった。

 

「軍曹ならさっき水抜いた気がするから、僕の部屋か店の外か……散歩してるんじゃないかな、たぶん」

「水を抜く?」

「えー、さっきのクモいねェのか? すげー見たかったのに」

 

 蜘蛛の生態を知らないゾロが首を傾げ、ルフィが冷蔵庫に手をかけながら残念そうに口をとがらせる。

 女性陣が明らかにホッとしているように見えたのはおそらく気のせいではないだろう。あのビジュアルは確かに人を選ぶ。

 

「軍曹はフクラシグモって種類の蜘蛛で、水を吸って大きさを変えられるんだ。普段はもっと小さいよ。あんなに大きいと目立ってしょうがないし、なにより飲食店に蜘蛛はまずいでしょ」

 

 それもそうだ。

 いくらシャッキーの店がぼったくりバーとはいえ、それとこれとは別問題。申し訳ないが蜘蛛なんて衛生的にも見た目的にも店内にいて気持ちの良いものではない。

 

「それは、そうかも……」

 

 アラバスタのビビが大切にしているカルーと立ち位置的には同じなのだろうが、いかんせん相手は蜘蛛。

 ナミがつぶやき、ロビンが同意するように頷いていた。

 

「落ち着いたようだし、そろそろ話をするとしようか」

 

 頃合いを見計らったようにカウンターに腰掛けていたレイリーがぽつりと呟いた。

 それはレイリーが『海賊王』の船の副船長だったことから始まり、ハチとの出会いやゴールド・ロジャーが処刑に至った経緯、船医として同船した双子岬のクロッカスのこと……内容は多岐に渡り、ミオの知っている話も、知らない話もあった。

 固唾を呑んでレイリーの話に耳を傾ける麦わらの一味の反応を楽しむようにシャッキーは静かに紫煙をくゆらせ、ミオも店の隅で邪魔にならないように聞いていた。遠い昔のお伽噺のようだけれど、内容を紐解けばまだ二十数年前の出来事。当事者の口から語られる内容は興味深く、新鮮だった。

 

 その中でウソップが尋ねた『ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』の実在に対する問いと、遮るルフィの絶叫を聞いてミオは素直にすごいと思った。なんというか、感動に近い衝撃を受けたのだ。

 

 星の数ほど海を跋扈する海賊たちの中で、これほど真剣に『ひとつなぎの大秘宝』を、『宝』を思う者がどれだけいるだろうか。

 

「つまらねェ冒険なら、おれはしねェ!!!」

 

 カウンターから乗り上がり、この海で一番自由な奴が海賊王だと宣言するルフィがとても眩しいもののように見えて、自然と目を細めた。気持ちがいいほどまっすぐな瞳と声がよく通る。

 自分はもう『夢』を見られないと思うからこそ、ほんのりとした憧れのような気持ちで胸がちりりと炙られたような気がした。

 

 ひととおりの話が終わった頃、薬瓶をリュックに詰め終えたチョッパーがハッとした顔になる。

 

「そうだ白いの! 約束!」

 

 ぴょんぴょんと跳ねて全身でアピールする小さなトナカイにミオはうんと頷いた。

 チョッパーとミオが交わした『約束』の件は移動中に聞いていたのか誰も疑問を差し挟もうとはしなかった。シャッキーが気を利かせてカップにお茶を注いでテーブルに出してくれる。

 

「ありがとうシャッキーさん。ちょっと待ってね、そっちに座る」

 

 そう言って店の隅からカウンターへと移動して、カップの置かれたブルックの隣に腰を下ろす。

 ミオはくるりと椅子を回して店内の海賊の一味にするすると視線を滑らせた。先ほど名乗っていたのでミオの名前は全員が知っているけれど、ミオからすれば麦わらの一味はそうでないから顔を見ておきたかったようだ。

 

「あんた、さっきロビンが知り合いって言ってたよな?」

 

 口を開いたのは先ほどのやり取りで気になってしょうがなかったウソップである。

 

 この店の単なるバイトがロビンと交友があったというのがまず信じられなかったし、過去の出来事からあまり人と関わりたがらない彼女があまり警戒の色を滲ませていなかったことがウソップには不思議でしょうがなかった。あんな乱戦の中では詳しいことまで伝えられなかったので「え、ロビンと?」「どーいうこった?」とナミとフランキーがざわついた。

 ミオはといえば、困ったなぁという感じで腕を組んで眉を八の字にしている。

 

「それはそうなんだけど、どう答えると分かりやすいかな……ともあれ、まずはチョッパーくんとの約束を果たさせてください」

「お、おう」

 

 のんびりとした口調と『ちょっと待ってね』のジェスチャーに思わずウソップは頷いて、ロビンへ視線を向ける。ロビンは少し考えてから必要だと判断したのかミオへと質問を投げた。

 

「あなた、さっきこの店のバイトって言っていたけれど……賞金稼ぎは廃業していたの? 『音無し』の名前はたまに聞くわよ?」

『賞金稼ぎィ!?』

 

 賞金稼ぎといえば海賊の怨敵といっても過言ではない連中である。

 室内に緊張が走り、麦わらの中でもビビリな方──ナミとウソップとチョッパーは一気に青ざめ、ブルックは真横の脅威に露骨に仰け反った。

 

「へぇ……」

「ん? バイトなのに賞金稼ぎなのか?」

 

 逆に鷹揚……むしろ怖い物知らずな方であるルフィとゾロは興味津々である。

 

「ミオちゃんは年に何ヶ月かうちでバイトしてるけど、普段は賞金稼ぎとして活動してるの。ルーキーは狙わないし、手を出すとしても評判の悪い海賊だからモンキーちゃんたちは大丈夫よ」

「それに、彼女はシャンクスとも知己の仲だ」

 

 そこへ助け船を出したのはシャッキーとレイリーだが、更に聞き捨てならないことを聞いたルフィが反応してしまった。

 

「えっ白いのシャンクスのこと知ってんのか!?」

「ルフィ! おれの話の方が先だからな!」

 

 どうもミオの過去がいくつか麦わらの一味と縁故があるようで、話がすぐに逸れてしまう。

 それは本人も話の流れから察していたようで、ルフィとチョッパーを交互に見てからチョッパーへと視線を固定した。

 

「シャンクスさんのことは知ってるけど、順を追って話すよ。まず、僕がドラム王国に行ったのは今から十年……シャッキーさんとこでバイトする前だからもっとかな? 十二、三年くらい昔の話です」

「は?」

 

 誰の声かは分からなかったがそんな声が出るのも無理はない。

 ミオの身長はナミより低く、よくよく見れば繊細で小作りな顔立ちはどう見ても十代か、せいぜい背伸びして二十代に届くかどうか。計算がちっとも合わないのだ。

 

「白いのっていくつだ?」

 

 ルフィの疑問はもっともだったが、さすがにそれは本人よりも外野が黙っていなかった。

 瞬間、すけーんと音を立ててルフィの頭にコップがぶち当たる。

 

「でっ!? なにすんだナミ!」

「ばかルフィ! 女の子に年齢なんて聞くんじゃないの!」

 

 ロビンとシャッキーとブルック、それにサンジもうんうん頷く。女性の年齢なんておいそれと聞いてよいものではないのである。

 

「うーん、その辺は適当に流してくれると助かる」

 

 実のところ、実年齢と外見年齢の乖離が恐ろしいことになっているので、ミオとしても気になる気持ちは分かると言えば分かる。が、率先して自己申告したいものでもなかった。

 

「それで、そのとき僕はある『難病』について調べてたんだ。当時からドラム王国は医療で有名だったからとにかく情報が欲しくて……そこで会ったお医者様がDr.くれはとDr.ヒルルク」

「ドクトリーヌにも……?」

 

 呆然とチョッパーがつぶやき、ドラム王国へ行った面子はひとときかの国へと思いを馳せるように口を噤んだ。ドラム王国は麦わらの一味がナミの治療に訪れ、新たな仲間を得た場所だ。

 そしてミオが口にした名前はチョッパーの師匠であり、ナミたちが世話になった老医師である。

 

「Dr.くれはのことも知ってるんだ。すごいよねあのおばーちゃん、情報料として全財産の9割払ったもんだからほぼすかんぴんになっちゃったあっはっは」

「ご、ごめん。ドクトリーヌがなんかごめんな」

 

 本人は軽く笑っているが、己の師匠のむしり取りっぷりを熟知しているチョッパーは物凄く申し訳なくなって反射的に謝ってしまった。

 けれどミオは首を横に振ってゆるく笑う。

 

「いや、治療法は無理だったけど研究機関は教えてもらえたし……支払える額にしてくれただけ感謝してる」

「ち、ちなみにおいくら?」

「んー?」

 

 銭勘定に敏感な航海士が興味津々で尋ねると、ミオは思い出すようにしばし考えてから指を折って「これくらい」と示した。

 

「……うそぉッ!?」

 

 理解したナミが卒倒した。

 そしてミオの指の動きを見てしまった麦わらのクルーも卒倒はしなかったが硬直した。ブルックは泡を吹きそうになり、チョッパーはヒルルクの話に行き着く前に泣きそうである。

 

「で、その帰り道にヒルルクさんに行き会ったというか、匿ったのちに捕まったというか」

「!」

 

 いきなり飛び出してきた、待ちわびてきた名前にチョッパーはびくりと肩を震わせる。

 麦わらのクルーはチョッパーとヒルルクの間に起こったことをそこまで深く知っているわけではないが、彼の反応からどれだけ大切な人物かは推し量ることができた。

 自然と視線がチョッパーとミオに集まり、ミオは何を思ったのか唐突に席から下りるとチョッパーの前で膝を折って目線を合わせる。

 

「な、なんだ?」

「ヒルルクさんにはね、僕の目の色をよく見せて欲しいってお願いされたんだ」

「白いのの、目?」

 

 そうだよ、とつぶやいてミオはチョッパーと目線を合わせたまま人差し指で自分のそれを指で示す。

 

「『研究のためにどうしても必要なんだ』って、僕の目の色を記憶に焼き付けたいって」

 

 そう言われて、改めてチョッパーはミオの瞳をまじまじと見つめた。

 さっきまでバタバタしていてあまり気にする余裕はなかったけれど、こうして見てみれば……そうか。

 

 どうして今まで気付かなかったんだろう。

 

 

「──サクラの、いろだ」

 

 

 うん、とミオは頷いた。

 

 ヒルルクの目指した『万病薬』。

 

 極東でほころび、ひらいて、彼の命を繋いだ花の色。

 

「僕とヒルルクさんの話はそれだけ。──でも、よかった」

 

 申し訳なさそうにつぶやいてからミオは柔らかく微笑んだ。

 

 桜色の瞳が眇められて、どこか安堵のそれを滲ませて。

 

「あの国にサクラは、咲いたんだね」

 

 確信が籠もっているのは──あの王国がその花の名前を冠したからだろうか。

 

「うん、咲いた」

 

 チョッパーの脳裏に鮮やかに浮かぶ桜の景色。旅立ちの門出。

 

 厳寒の空気の中で、それでも胸の奥があたたかく満ちていく藍の空に広がる一面の、どんな病もたちまち癒えてしまいそうなあの桜雪。

 

 世界でいちばんの治療薬。

 

「咲いたんだ。ドクターとドクトリーヌが咲かせたんだ」

 

 チョッパーの目から、ひとつぶだけ涙がこぼれて落ちた。

 

「ありがとな、ミオ。ドクターに協力してくれて」

 

 唐突な涙にミオは少しだけ困ったような、けれど優しい顔をして、どういたしまして、と差し出されたチョッパーの手を取って握手を交わした。

 

 

 

 

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