窓から飛び降りて店の裏手に停めてあるボンチャリを取って返すと、軍曹がコラソンの入った箱を下ろしておいてくれていた。
大きいままだったのは、軍曹も何かを感じ取っていたからかもしれない。一人と一匹で荷台にコラソンを積んで、糸でがっちり固定させれば準備完了。
「行っくぞー!」
大声で気合いを入れると軍曹は口の辺りから噴水みたいな勢いで水を噴き出してみるみる小さくなると、ぴょんとジャンプして僕の背中にくっついた。あ、リュック忘れた。いいか。
ビジュアル系のリュックに見えなくもない軍曹を背中に貼り付けたまま、ボンチャリモードからバイク(?)モードに変更。ハンドルを握ればエンジン代わりの
お店の斜面を利用して速度を上げて気配を探りながら障害物を避けつつ疾走する。コラソンのこともあるけど、今回は人捜しも兼ねているので高度は上げない。麦わらの一味、ルフィくんが見つかれば最善なのだが誰かひとり捕まえて伝えられればそれでいい。どんなに遅くなっても三日後には伝わるはずだ。
諸島とマリンフォードの距離を考えれば、三日後に発覚してから目指してもじゅうぶん間に合う。
しかし海軍と海賊が争っているのか、諸島のあちこちから混乱と暴力の気配がして麦わらたちを探りにくい。
「どっかに隠れてたら探しにくいかも……」
ボンチャリならぬボンバイクの速度なら徒歩の彼らにすぐ追いつけると思ったのだけど……ゴーグルの中で眉をひそめてひとりごちた時だった。
こちらの行方を遮るように唐突に、壁のような何かが現れた。
「うわ!?」
慌ててぶつからないように急制動。逆噴射でことなきを得た。
壁かと思われたものは人間だった。ただ縮尺を間違ったみたいにその大きさは規格外である。お父さんもだけど、こういうひとたちを見るとああ自分は違う世界にいるんだなーと再認識させられる。
手には聖書、もじゃもじゃの髪に真一文字に引き結んだくちびる。
「……賞金稼ぎの『音無し』だな」
渋い声はひたすらに平坦で、あまり感情らしきものは読み取れない。
会ったことはないが、見覚えがあった。言うなれば彼はジンベエ親分やドフィの同僚ともいえる立場である。
「バーソロミュー・くま?」
王下七武海の中でも政府にいちばん忠実と揶揄される男がそこにいた。
「大将はともかく、王下七武海まで諸島に来ているとは知りませんでした」
海軍の内部事情にあまり興味はないし、そもそも僕は王下七武海に関してはジンベエ親分と……まぁ、あのひとのことはいいか、知り合いと呼んで差し支えないのは二人くらいで殆ど関わりがない。
どこから話が伝わってドフィに気付かれないとも限らないからだ。親分はともかくもうひとりは半ば事故みたいなものだし、個人的には知り合いにカウントだってしたくない。そうでなければ自分から関わろうとは思わない。
なのに、なぜだかくまは僕のことをご存じらしい。賞金稼ぎ稼業は長いし海賊で海軍に忠実という立場なので、勤勉そうな彼ならば僕のことを知っていても不思議ではない……か?
曖昧に納得していると、くまはゆっくりとこちらへ歩みを進めつつ淡々と口を開いた。
「麦わらを狩るのか?」
それは賞金稼ぎを生業にしていると思われる人間に対する、当然と言えば当然の問いだった。
束の間、迷った。
いちおうは軍属の立場に向けて、あけっぴろげにルフィくんのお兄さんが大変だって麦わらの一味に伝えに行くんですよと告げるのはさすがに憚られる。
なので。
「職業上、お答え致しかねます。とにかく用があるので、そこを通してください」
僕はくまを見上げ、どうとでも取れる言い方をした。七武海に睨まれるなんて御免である。
「……そうか」
それをどう捉えたのか、ボンバイクに触れられそうな距離まで近付いていたくまはゆったりとした動きで一歩後ろへ引いた。
道を開けてもらえたと解釈した僕は小さく会釈しながら再びエンジンをかけ直そうとして、
「旅行するなら、どこへ行きたい?」
いつの間に手袋を外したのか──くまの剥き出しになった手の平が無造作に突き出され、僕のボンバイクに触れた。
ぷにっ♪
「……?」
「旅行?」
特になにも起こらなかった。
曰く形容し難い、なんだかファンシーな音が聞こえただけだった。なんで旅行先の希望なんてくまが聞くんだ?
「……む?」
くまは無機質な表情にほんの一瞬、訝しげな気配を乗せて唐突な疑問に首をひねっている僕とボンバイクを見て、触れていた自分の手を確認するように握って、開いて──じゃんけんでもするみたいに、もう片方の手を僕のお腹に突き出した。
敵意もなにもない、ただ邪魔な虫を追い払うような仕草だった。
けれどその瞬間、停止していた警戒心が再起動したみたいに途方もない悪寒がぞわあと背筋を奔り抜け──反射的にボンバイクをその場に『固定』していた。それは心の底まで染み付いていたほぼ本能みたいなもので、意味があるのかどうかも分からなかった。
結果的に、その行動がコラソンを救った。
衝撃。
「げうッ……!」
凄まじい激痛が腹から腰までを貫通し、呻きを漏らせば血の味がした。身体が嘘みたいに軽々と吹っ飛び、歪んだ視界が恐ろしい勢いで流れていく。
途方もない威力で、おそらくは能力者の攻撃を喰らった身体が悲鳴を上げて意識をシャットダウンしようとする。咄嗟に拳に噛みつき、なんとかそれだけは阻止できた。
さきほどの行動とは威力が異なるのか、放物線を描いた僕の身体は痺れと痛みが抜けずに体勢を整えることもままならない。危険と判断した背中の軍曹が僕を掴んだまま勢いよく糸を放ち、放射状に広がった網目状の糸がどこかのグローブらしい枝に引っかかった。
軍曹の爪先が肩とお腹に食い込んで限界まで突っ張った糸がびんッ、とピアノ線を引いたような音を立てる。
凧揚げの凧よろしくほんの一瞬空中で動きが止まり、その隙に僕は近くに漂っていたシャボン玉を『固定』して全力でしがみついた。阿吽の呼吸で糸を切断してくれたらしく、軍曹の拘束が緩んで身体が一気に楽になる。
「──うぶ、ぐッ、げほっ」
シャボンの上によじ登って血痰を吐き出し、ようやく許された酸素を貪るように呼吸する。全身に痺れるような鈍痛が残っていて、よっぽど爪先が食い込んでいたのかお腹と肩の辺りがひどく痛む。
ひとしきり咳き込んで、呼吸が落ち着いたところで腕を伸ばしたりあちこちを確認。幸い、筋肉や筋に大きな怪我はない。打撲のせいか皮膚が熱を持っている箇所があったが、七武海にひっぱたかれてこれくらいで済んだのは幸いだと思う。
シャツをぺろりとめくってみたら、くまにどつかれたお腹の辺りに猫の肉球みたいな痣ができていた。
「どんな能力? てか、え、いや、ええー……?」
なんだったんだ、今の。
理不尽とか怒りを感じるより混乱が先に立って、場違いに呆然としてしまう。会話を反芻してみるが、一体どこでバーソロミュー・くまが僕を攻撃するに足る琴線に触れたのかちっとも分からない。
もっとも、かつての異名が『暴君』だったらしいから意味なく攻撃してくることもある、のか? そんな物騒な人物を『忠実』と称して重用するほど海軍はお気楽ではないだろうし、いつでもどこでも誰とでも、なユビキタス戦闘民族な七武海ならすでに在籍している。
そうなると結局のところ僕がくまを怒らせた、ということになるのだが……だめだわっかんねぇ、振り出しに戻る。
他に考えるとすれば、麦わらを狩る可能性のある賞金稼ぎを排除したかった、とか? 自分で考えといてなんだけど無茶がある。なんでじゃ。
「と、とにかくコラソン回収に行かんと……ぐあ、身体いってぇー、ほんとなんなんだくまー」
くまーくまーと唸りながら強ばってしまった筋肉をゆっくりと伸ばしつつ屈伸運動。
随分な距離を飛ばされてしまったため、戻るのも一苦労である。番号が振ってある諸島でほんとに助かった。
背中の軍曹が腰のベルト越しにしっかりと巻き付き、オーケーだと合図してくる。ポケットから指ぬきグローブを引っぱり出してぎゅっとはめて、手を何度か握ったり開いたりして手袋を馴染ませつつため息をひとつ。
これ、ほんっとーに疲れるからやりたくないんだよなぁ……。
方角よし、高度もよし、準備は万端整った。
「絶賛強制安眠中のお姫さまをお迎えに、僕、いっきまーす!」
やけくそで宣言して、ぴっと片手で目当ての枝を示してから思い切り跳躍!
即座に軍曹が糸を射出して示された枝に巻き付け固定、ロープ代わりの真っ白な糸の束を掴めば慣性の法則に従い空中ブランコ、もしくはターザンよろしく身体がぐぃーんと揺れて飛距離を稼ぐ。
凄まじい速度で全身が振り子のように持ち上がり、いちばん高い地点を見計らい一旦糸を切断、目の前の空間を固定してひらがなの『し』みたいなゆるい斜面を形成、スライダー代わりに滑り落ちる。
バランスだけは維持したまま急滑走の勢いを殺すことなくスケボーよろしく更に大ジャンプ! 滞空中に新たに射出された糸を頼りにターザン、ターザン、またターザン。
まぁ、要するに簡易的な蜘蛛男、もしくは木々の間を立体○動っぽく移動していると思えばいい。かなり変則的だけども。
ボブスレーほどには無理だけど走るよりよっぽど早い。ただ軍曹と息を合わせるのが大変だし、なにより諸島くらい条件が揃ってないとできない荒技なのだ。
しかし頑張った甲斐があり、市街を避けていたとはいえさほどの時間をかけずにコラソン箱もといボンバイクのあるグローブに戻ることができた。うう、摩擦熱で手がじんじんする。
「もう少し先に……え?」
軍曹に先行してもらいながら道筋を辿っているとマングローブの横、『固定』されたままの僕のボンバイクの傍らに片手に剣をぶら下げたレイさんがぼんやりと立っているのが見えた。
さっきまで背負っていたコーティング用のハケなどの大荷物は持っておらず、大きな怪我は見当たらないがなんだか疲れているようだった。
イヤな予感がした。
「レイさん!」
「ん? おお、ミオくん……どうしたね、その怪我は」
いつもならすぐに気付くはずのレイさんは、ようやくこちらの存在を認識したようだった。
けれどさすがというべきか、一目で僕の打撲やらを看破したらしい。
「これはさっき『くま』にふっとば、いや、んなことはいいんです。麦わらの一味を知りませんか? 僕、エースのことをルフィくんに伝えたくて……」
「くま……そうか」
レイさんは一度頷いてから僕へ視線を向ける。そこにはどこか、悔しさのような感情が滲み出ているようだった。
「麦わらの一味は全員、バーソロミュー・くまに飛ばされた」
そして告げられた言葉は、僕の想像も及ばない事態に麦わらの一味が陥ったという事実だった。
「とばっ、え、どこへ!?」
「それは私にもわからん。だが、さきほど麦わらは黄猿と交戦して、そこへくまが現れたのだが……」
レイさんの話によると、激戦だったらしい。
彼らの実力がグランドラインで通用するものであっても、『大将』に対抗できるかと言われれば別問題だ。特に自然系の能力者には明確な弱点でも突かない限り、覇気を会得していないと有効な攻撃を与えられない。バーソロミュー・くまを模した何体もの『人間兵器』と戦桃丸さん、そして『大将』黄猿の襲撃を受けた麦わらの一味は途中でレイさんが参戦したものの満身創痍になってしまった。
そこへ現れた『本物』のバーソロミュー・くまが、麦わらの一味を問答無用で次々に消し飛ばした。
どこへ飛んでいったかはレイさんにも不明。
けれど、交戦中にレイさんがくまに耳打ちされた驚愕の内容。実はバーソロミュー・くまは革命軍の『幹部』で、ゆえあって麦わらの一味を諸島から逃がすための措置として彼らを吹っ飛ばしたらしいのだ。
麦わらの命を守るため、死地から脱出させるために。
「……ああ、だからか」
それを聞けば、さきほどの行動にも納得がいく。いやびっくりしたし、まだ痛いけどね。少なくとも妙な当たり屋みたいな疑いは払拭できた。
おそらくバーソロミュー・くまは僕という賞金稼ぎが『麦わらの一味を狩る』かもしれないという可能性を危惧して、それを排除するために攻撃してきたのだろう。あれは僕の言い方がまずかったか。
素直に言っておけばよかったと後悔するも、後の祭りである。
「じゃあ、麦わらくんたちはもう……諸島にいないんですね」
「ああ」
麦わらの一味が一人残らず消し飛ばされる瞬間を、レイさんは目撃していた。
麦わらのルフィに伝えることは、できなかった。
あわよくば、くらいの感覚だったけれど僅かな無力感がある。だが、ここでへこんでいるヒマもない。ルフィくんに運が味方すれば、あるいはエースのもとに辿り着けるだろう。僕は僕にできることをする。それしかできない。
ここにレイさんがいてくれてよかった。
「……」
僕は一度強く瞼を閉じて、開いた。
そしてレイさんに向き直り、がばっと頭を下げる。
「レイさん! 僕の船をコーティングしてください! お代はいつも通りレイさんの部屋に置いておきますので!」
「それは随分唐突だな。構わないが……何かあったのかね?」
ゴタゴタ続きでレイさんは号外を読んでいないのだろう。僕だってシャッキーさんが教えてくれなければ、気付くのがもっと遅くなってしまったかもしれない。
「エースが公開処刑されるんです! だからなんとかして『白ひげ』に、お父さんに合流したくて……」
「エース? ポートガス・D・エースのことか? それに白ひげとは、また懐かしい名前を」
そうか、レイさんは『海賊王』の元クルー。白ひげのことを知っていてもまったくおかしくない。むしろ知らない方が不自然なくらいだ。
僕はこれまで話してこなかったことを洗いざらいぶちまけた。ためらいも迷いもなかった。
開陳したことがなかったのは、『コーティング屋のレイさん』と『一介の賞金稼ぎ』にわざわざ付け加える必要がなかったから口にしなかっただけである。
僕の家族──『白ひげ』のこと、お父さんのこと、エースが『弟』であること。なんとしても彼を助けたいこと。
レイさんはそれを黙って聞いて、やがて頷いてくれた。
「……分かった。幸い道具は揃っている。きみの船の規模ならば、丸一日あればコーティングも終わるだろう。しかし、『白ひげ』の現在地が分かっていないのにコーティングが必要かね?」
「無駄になってもいいんです。もしかしたらって可能性なので、保険に近いかもしれません」
今のところ白ひげが──『モビー・ディック号』がどこにいるのか僕にはわからない。なんせお父さん含めたクルー全員音信不通だ。
GPSなんて便利機能は存在しないためグランドライン側に潜んでいるのかそれとも新世界か、それすらも不明である。
ただ、最後に『モビー・ディック号』を出発したときに新世界にいたから、マリンフォードに乗り込むにしても魚人島を経由する必要があるので待ち伏せできたらいいな、くらいの言ってみれば思いつきに近い。
その辺りはあとで『情報屋』に尋ねてみることにして、とにかく打てる手はなんでも打っておきたい。出たとこ勝負でしくじって泣きを見るのは自分だけでは済まないからだ。
「どうしてもお父さんたちが見つからなくて合流できなくても、それならそれでいいです。万が一の場合は、海軍船を徴発してマリンフォード特攻します」
今のところ僕は単なる賞金稼ぎとしてしか認識されていないはず。海軍からはノーマークなので、いざとなったらその辺の海軍船をちょろまかして突撃する。
スモーカーさんとかたしぎちゃんとか、せっかく友好な関係を築けた海軍のひとには申し訳ないけれどエースの方が大事だ。ちょっとだけさびしいけど仕方がない。
「ふむ……」
思っていることをそのまま伝えると、レイさんは顎に指先をあてて渋い顔つきになった。
「白ひげ二番隊隊長の公開処刑を阻止しようとすれば海軍と『白ひげ』の、おそらくは全面戦争になるだろう」
蕩尽の果ての通人のように振る舞っているレイさんだけど、決して世俗に疎いわけではない。含蓄のある口調は正鵠を言い当てている。
そこら辺のいち海賊ならともかく、新世界に名を轟かせる四皇の一角たる『白ひげ』が持ちうる全ての戦力を投入してエースの救出に当たるというなら、規模の面を考えてもまさしく戦争というのが相応しい。
もしかしたらレイさんですら体験したことのない、未曾有の事態になるのかも。
『家族』に手を出した者を『白ひげ』は決して許さない。海軍のみならずぺーぺーの海賊だって知っている事実だ。どんな手段を用いても奪還しようとするだろうし、それは相手がエースでも変わらない。むしろ末っ子だから余計に力が入りそうである。
「そうなれば、キミはもう『賞金稼ぎ』ではいられなくなるぞ?」
レイさんの声はいつになく静かで、こちらを諭そうとする教師めいているようにも聞こえた。
僕とレイさんの付き合いは深くないけれどその分長い。それは純粋な心配と気遣いだったのだと思う。
けれど、そんなまっとうな言に殊勝に頷けるような問題ではないのだった。
「どころか、命の保証すらあるまい」
「ああ、そんなの」
続いた言葉に無造作に首を振ると、レイさんは虚を突かれたように瞠目した。
長年守ってきた職業と地位をかなぐり捨てるのは惜しくないし、命なんてそれこそ今更だ。端金でとっくに売ったはずのものがたまたま今日まで続いてるだけのシロモノである。考慮に入れる必要すらなかった。
むしろエースのために使えるなら僥倖というものである。
「こういう時のために、僕はなにも持ってないんですよ」
唯一の『もちもの』も、これから渡しに行くから後顧の憂いなくいくことができる。そういう意味でもローにはとても感謝している。
自然と浮かんだ笑みを隠すことなく胸を張ったら肩が痛かった。格好付かないなぁ、ちくしょう。
そんな僕の様子を見たレイさんはまるで別世界の生き物でも見るような顔になって、それから耐えきれないとばかりに噴き出した。
「そうか、──そうか。どうやら、私はミオくんのことを見誤っていたようだ」
口元は笑んでいるのに嘆息を滲ませてつぶやくレイさんの声にはほん僅か、憤りとも哀れみともつかない響きが滲んでいた。
「きみのような手合いはたまに見るが、事ここに至るまで私にも気付かせないのだから……まったく、ミオくんはその中でもいっとうタチが悪いな。我々海賊にとっては寝床の次に慕わしいのも問題だ」
面白くもなさそうにくつくつと喉の奥をふるわせながら片手で己の額を覆い、髪の隙間から覗く瞳は先ほどとは打って変わって炯々としている。『海賊王』の副船長を務めていた時分の名残のようで、どこか空恐ろしいものを秘めているようだった。
内臓の裏まで見透かされそうな視線に射竦められそうになりながら、それでも負けてたまるかと見つめ返す。
たぶん、レイさんは本当に僕を心配してくれていた。遠からず訪れてしまうかもしれない未来を憂いて、精一杯の忠告をくれたのだ。
「白ひげは、キミが来ることを望んではいまい」
告げる眼差しは
こちらを見ながら、その奥の彼方にある誰かを視ているようでもあった。なんだか懐かしくて、むしょうに儚い気持ちになった。
僕の頭には沢山の思い出がある。それらは普段パソコンのファイルよろしく圧縮され、記憶の棚にきっちり並べて鍵をかけている。どれも大事なものには違いがないけれど、思い出に囚われていては目の前の出来事に向き合えなくなってしまうからだ。けれど記憶とは厄介なもので、音や匂い、皮膚感触などがきっかけで厳重にかけていたはずの掛け金があっさりと外れてしまうこともある。
たとえばそれは、こんな瞳と出会ったとき。
記憶が呼び覚まされ、錯綜する。心の
「……それは、僕が行かない理由にならない」
無意識に胸元に手を当てて、布越しにぎゅっと握る。
もう僕は決めてしまった。
「たとえ誰も望んでいなくても、僕は僕のために行くんです」
たとえそれが、誰かの思いを踏みにじることになっても、どんな結末になろうと構わない。できることがあるなら全力でするし、やれることは全部やっておきたい。
それで何もできなくてもいい。爪痕一つ残せず潰されたっていい。もし、ほんのちょっとでもつかみ取れるものがあればいいと思う。後悔なんてまっぴらだ。そういう性分だ。
静かに告げると、レイさんは諦めたようにちいさく顎を引いて頷いた。
「……ならば、私に言えることは何もない。すぐにでも作業に取りかかろう」
「ありがとうございます」
「ああ、用を済ませてからで構わないから、もし時間が許せば彼らの船を警護してやってくれないか? キミほどの腕が援軍になれば『彼ら』も心強いだろう」
「麦わらくんの母船ですよね、時間あるかな……間に合ったら行ってみます。じゃあ、よろしくお願いしますね!」
もう一度深く頭を下げて、僕はボンバイクの『固定』を解除して跳び乗りハンドルを握る。
コラソン(重傷)も諸共に吹っ飛ばされていたらと思うとゾッとする。届ける前に怪我を増やすなんてことになったらローにどれだけ怒られるか。想像するだけで解体が進みそうだ。
「よっし」
気合いを入れ直してエンジン代わりの噴風貝を起動させ、『ハートの海賊団』の母船が待つ諸島の端へと疾走を開始した。
「ミオくん。きみは──」
だから、遠ざかる僕の背中にレイさんがそんなことをつぶやいているなんて、知らなかった。
「いったい、どこの