桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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次で諸島編は終了です


21.買い出しオペレッタ

 

 

 夜明けを待って、麦わらの母船を守っているトビウオライダーズに一言断りを入れてミオは店に戻った。

 傷の手当てをしてからレイリーの部屋の机に約束通りの金額とお礼の手紙を置いて、仮眠を取るために自室のベッドに潜り込んで墜落するように眠った。夢も見ないほど深い睡眠だった。

 

 起きたら夕方だった。

 

「体内時計が変になる」

 

 げんなりつぶやき、しゃっきりするためにシャワーを浴びて、タオルで髪の水気を抜きながら猛烈に思考する。コラソンのことも一区切りついた、とのんびりするヒマもないのだからままならないものである。

 しかし、面倒というのはまとめてやってくるのが常だということも、後悔したくなければせいぜい強がり吐いて踏んばるしかないというのも分かっている。

 

 明日の朝、アオガネからもたらされる情報によってはすぐに動かなくてはならないので、出かける準備を整えてシャッキーに挨拶してから外に出て、ボンチャリを走らせる。

 

 エースのためにできることはなんだろう。戦争を止められるならそれが最善だが、既にその時機は逸している。エースの公開処刑が決定、世間に報じられた時点で詰みだ。

 もし、それをどうにかしようと思ったらバナロ島で対決する前にエースを止めるかティーチをどうにかするしかなかった。

 

 エースを奪還するなら、戦争中の混乱に乗じるしかない。

 

 それだって確実ではないけれど、もう他に思いつかない。せめてエースが収監されているインペルダウンの内部構造や看守の数が分かっていればミオにも与するチャンスがあったかもしれないが、現在の乏しい情報を頼みに突撃しても勝ちの目は限りなく薄い。行ったっきりにしかならない。それで下手を打って処刑時間に間に合わなければ目も当てられない。

 うっかり迷い込んでしまいました、が通用するような場所じゃないのだ。仮にも刑務所である。

 ついでにインペルダウンにはミオがとっ捕まえた海賊が一定数収監されているはずなので、どう考えても恨みを買っている。そういう輩が敵に回って邪魔されるとエースの奪還どころの話じゃなくなってしまうのでとても困る。

 

 とすれば、あとはやっぱり『白ひげ』のどこかと『交渉』して相乗りさせてもらうくらいしか手段がなくなってくる。

 マリンフォード近辺に隠れ潜んで処刑場のあたりで海軍に紛れることも考えたものの、規制が入って弾かれる公算の方が高い。海軍だってさすがに一般人に危害が加えられる可能性は徹底的に排除しようとするだろう。今後の情報統制にも関わる。

 

「……」

 

 曲がり角でちょっと考え、ミオはいつもの商店街とは違う方へハンドルを切った。

 海賊なんかも出入りできる商店街ではなく、海軍の監視の目がよく届く方面の商店街だ。誰が何を言わずとも戦争の空気というのは自然と広がり、それは肌感覚で伝わってくる。海軍の動きが知りたかった。

 食料品やちょっとした雑貨、出発に必要な諸々を購入したら結構な量になってしまった。

 早めの夕食も兼ねて購入したホットドッグをテラス席でもりもり食べてアイスティーで流し込む。

 

「ひと、多いな」

 

 抱いた感想をぽつりとこぼした。

 海軍本部にほど近いこのグローブは安全面でいえばピカイチなので、いつも人は多いけれどそれにしたって変だ。道を歩く親子連れや年若いカップル、老人の数がなんだか多すぎる気がする。

 そこまで考えて気付いた。そうか、避難してるのか。処刑場のあるマリンフォードには海軍の家族が主に住んでいる居住区があったはずだから、気が早い者はすでに避難を始めているのだ。処刑場が戦場になるとすれば、そこは世界でいちばんの危険地帯だ。

 

 海軍だって人である。誰かの親だったり、誰かの子供だったりするのが当たり前で、大切な人たちを遠ざけたいと考えるのはごく当然の流れである。

 

「……避難」

 

 させたかったんだろうなぁ。

 

「あらら、『音無し』のちびちゃんじゃないの。なんでこんなところにいんの?」

 

 沈思に潜りそうになった意識がどことなくイヤなものを見た、という感じの声で引っ張り戻される。

 弾かれたように上げたミオの顔からサーと血の気引いていった。やべぇ。

 

 見た目は長身痩躯の男性である。

 額につけっぱなしになっているアイマスクや茫洋とした雰囲気のせいか威圧感は感じられないが、その実力は折り紙付き。

 

「青キジ、さん」

 

 なんせ海軍の誇る最大戦力の一角──大将『青キジ』その人である。

 そしてミオにとってはできればドフラミンゴと並んで顔を合わせたくない人物である。なんせ勘違いで冤罪をバラ撒いてしまった相手であるからして。

 

「その節は申し訳ありませんでした……」

 

 反省はしているのでしおしおと項垂れるミオを見下ろして、青キジは片手をひらひらと振って適当に答えた。

 

「いやァ、昔の話だからもういいけどね。……おれ、未だにあの島出禁だけど」

「すいません、ほんと、すいませんでした」

 

 やらかした自覚があるため、冷や汗流しながらぺこぺこバッタと化して平謝りするしかないミオである。

 冤罪でひとつの島から閉め出された当人としては原因を作った張本人になんて目も合わせたくないだろうに、青キジは何を考えたのかミオの向かいの席にごく自然な動作で腰掛けた。勘弁して欲しい。唐突に登場した有名人に周囲の人がざわめき、畏怖とも敬意ともつかない感情で視線を送っている。

 それを気にした風もなく、青キジはミオの傍らにある荷物へちらりと視線を向けた。

 

「その大荷物ってことは、ちびちゃんも避難すんの」

 

 ちびちゃん呼びには物申したいが青キジと比べれば小さいし、負い目があるので言えない。せっかく生前より身長が伸びたというのにこの世界の人々の発育が良すぎてぜんぜん大きくなった気がしない。

 なんなんだろう、空気に成長促進剤もしくはプロティンでも含有されているのだろうか。

 

「避難というか、まぁ、はい」

 

 諸島を離れるつもりなことは間違いないけれど、避難というよりは突撃というか交渉というか……判断に迷うところである。

 

「ふぅん? そこらの海賊よかよっぽど腕の立つ『音無し』が、逃げる必要あるのかねェ……」

 

 なんだかとても意外なことを言われた気がして、ミオはためらいがちに言っていた。

 

「海軍大将からそう言って頂けるほど強くないと思います、けど」

 

 思い返せば、自分の周りは強いひとたちばっかりである。

 白ひげなんて言わずもがなだし、稽古に付き合ってくれたマルコやビスタ、ジンベエ親分たちにだってそうそう勝てた試しがない。

 エースも能力が能力なのでちっとも稽古にならないし、かといって自分の能力まで使うといつまで経っても勝負がつかず、ついこの前だってローに足をちょん切られたばっかりだ。

 

 比較対象が甚だおかしなことになっているとは露ほども思わず、負けっぱなしの日々を思い出してミオはしょんぼりぼやいた。

 

「喧嘩売るにしても確実になんとかなる海賊しか狙えませんし、その、もっと精進します」

「ちびちゃん自己評価低すぎじゃない?」

 

 いやいやそんなと首を振るミオだが、十年以上ほぼソロで活動しているにも関わらず五体満足でいられるだけで、それは既に実力があると言っているようなものである。

 謙虚を通り越してやたらと自己評価が低いらしい『音無し』だが、この自己評価の低さが危機管理能力に繋がっているのかもしれないと青キジはぼんやり考えた。能力に頼り切りになることもなく、油断も慢心もすることなく己に誠実な実力者というのは貴重である。

 

「ま、いいや。それで、ちびちゃんって海軍に協力するつもりある?」

「は?」

 

 夢にも思っていなかったことを出し抜けに問われて、ミオはぽかりと口を開けたまま固まった。

 青キジの表情はうすらぼんやりして読みにくいことこの上ないが、どうも本気で言っているらしい。

 

「いや、ホラ、白ひげ傘下の賞金額は知ってるでしょ。いくつか融通してもいいけど、どう?」

「どう。て」

 

 白ひげの隊長とか言い出さないあたり、どうやら戦争に直接参加させたいワケではないようだ。

 だとすれば、ミオに期待されているのは戦争時における戦力として──ではなく、おそらくは戦後処理。その意図するところは。

 

「……討ち漏らしを防ぎたい、と?」

「そ。さすが古参、話早いじゃない」

 

 賞金稼ぎとしてミオが海賊を討伐する際にまず狙うのは『海賊稼業をするにあたって必ず支障を来す人員』である。

 例えば船長、例えば航海士、次点でコック、船医などなど……この先航行不能に陥るであろう人間を狙い討つのが常套手段だ。『だらけきった正義』という、もうそれを正義と呼んでいいのかもよくわからん標語を掲げる青キジは海賊を見ればミナゴロシダー、というほどの過激派ではない。ミオに声をかけたのは確実性とこれまで海賊を殺さずに捕縛している実績ゆえだろう。

 

 なんとなく理解した。

 

 けど。

 

「どのみち、海軍に協力は無理ですよ」

「それ、どういう意味?」

 

 ミオの返答と同時──ひやりとした冷気が肌にまとわりついて、腕や首筋に鳥肌が立った。残っていたアイスティーが音を立てて凍り付く。

 青キジは自然系・ヒエヒエの実を食べた凍結人間。

 感情の変化で冷気が漏れ出すほど鍛錬を怠っているはずがないから、これは警戒と牽制の意味合いが強い。返答如何によっては実力行使も辞さないということか。

 ミオからしてみれば白ひげの傘下を狩るなんてまっぴら御免だし、軍属から正式な許可をもらえたところで最後衛に配置されてしまうのであれば旨みはない。

 

 何より、

 

「どういう意味もなにも……正直、いまそれどころじゃないんですよ。実は『お父さん』に勘当されるかどうかの瀬戸際で」

「はァ?」

 

 今度は青キジが呆ける番だった。

 よもや白ひげ海賊団に味方するつもりなのかと威圧を込めて問えば、返ってきたのはまさかの家庭事情である。

 

「そうなの?」

 

 怪訝な顔をするアオキジに、ミオは凍ってしまったアイスティーを逆さに振ってみたりしつつ陰鬱なため息を漏らした。

 

「そうなんですよ困ったことに。いくら危ないからって……いや心配してくれてるのはありがたいんですけど、でも親子の縁切るとまで言われると……」

 

 しょぼしょぼとつぶやく声は沈んでいて、その時を思い出しているのか顔色もすこぶる悪い。

 

「そうなの……」

 

 迂闊に突っ込んではいけない問題であると察してしまった大人な青キジは返答に窮した。

 そりゃ、まぁ、常識的に考えて大事な娘さんが長いこと賞金稼ぎやってるなんて親御さんは心配するだろう。あんな号外が出たのだから、心配になって帰って来いとせっつきたくなる気持ちもわかる。

 見かけはアレでも一応はそれなりの年齢の相手に縁切りまで持ち出すのはちとやり過ぎな感も否めないが、いくつになろうと娘は娘。親なんてそんなものかもしれない。

 

「あー……変なこと言って悪かったね」

「いえ、すいません」

 

 ぺこ、と頭を下げるミオに「まぁ、頑張りなさいや」とだけ告げて青キジは席を立った。

 さすがにこれ以上家庭の事情で思い悩んでいる者に食い下がれるほど人非人ではないのだった。

 

 あと、相談されても答えられる自信がまったくなかった。

 

 

 

×××××

 

 

 

 翌日、朝方にアオガネから聞けるだけの情報を得たミオはその足でコーティング済みの自船に戻り、食料品等を倉庫に詰め込んで準備を整えていた。

 

 まだ時間に余裕はあるというか潜伏先と航路の問題で、確実にかの『船長』がいる船へ辿り着くなら数日待つ必要があった。猶予があるのは喜ばしいことだが、いつでも出航できるようにしておくのは大事である。マリンフォードが戦場になるならギリギリ気候内なので、ちょっと考えてからボンチャリも積んだ。

 

 黙々と作業していると、軍曹がこちらを窺っているのが分かった。長い付き合いだ、ミオの心情などすぐに察してしまったのだろう。

 びろうどみたいな背中を撫でて苦笑を漏らす。

 

「……へいき、だいじょぶ」

 

 自分に言い聞かせるようにひとりごちてみたが、我ながら説得力がなさすぎていっそ笑えた。大丈夫な要素がどこにあるというのか。

 

 マリンフォードは間違いなく戦場になる。

 

 これまで経験したことのない、それこそ剣林弾雨の最中に身を投じることになるだろう。

 おそらく、軍曹の身に何かあっても自分は助けることができない。そんな地獄の一丁目みたいなところに、死神の跋扈するところへ軍曹を道連れにするのは、それは。

 

 唐突に不安になった。

 

「軍曹はついてあいだぁッ!?」

 

 言い切る前に脚でバシンッと脛を猛烈に殴打された。とても痛い。思わず脛を押さえて蹲ってしまった。言葉を作れない軍曹は口以外がとてもお喋りだ。今だって、頭から湯気が出そうなくらい憤慨しながら脚をガシャガシャ動かして抗議している。柘榴石のような複眼すべてがこちらをひたりと見据えていた。

 瞳のひとつひとつに宿る、圧搾された憤怒と悲哀。

 

 叩き付けられた激情で正気に返る思いだった。くだらないことを言うなと、ふざけるんじゃないと叱咤された。

 

 そうか、そうだね。

 

 今、自分が言おうとしたことはミオが白ひげから受けて怒った理由()()()()だ。それをミオが軍曹に言うなんて、まかり間違ってもやってはいけない。

 

 それに何より、軍曹はエースをよく知っている。

 

 ミオは一度瞼を閉じて、両手で自分の頬を音高くはたいた。ばちんといい音がした。

 

「ふうッ、ごめん相棒。野暮言った」

 

 じんと痺れる頬を感じながら、にやりと笑ってみせる。

 軍曹だってエースを奪還したいのだ。蜘蛛という見た目や海王類すら捕食できるだけの膂力に恐れも抱かず接してきたエースは、間違いなく軍曹の友人でもあったのだから。

 だったら、ミオが言うべきは離別を問う言葉なんかではなくて。

 

「一緒に行こう」

 

 ぴたりと軍曹の動きが止まり、当然とばかりに一度大きく脚を打ち鳴らす。心強い。

 一通りの準備を終えて、工具箱を手に甲板に出る。積んでおいたボンチャリのシャボン玉を取り外して、こびりついた粘性の液体を一度綺麗に布巾で拭っていく。シャボンに関しては魚人島で採取させてもらったシャボンの出る珊瑚片があるので心配はいらない。大事な局面で整備不良なんかあっては一大事である。小さな傷にも目を凝らし、補修していく。

 

 時間ができたから、一度コラソンのお見舞いに行きたいと思う。お別れは口にしたけれど会えるなら会っておきたい。

 

「できること……できること。他になんか、ないかな」

 

 手だけは正確に動かしながら口の中でぶつぶつと呟く。

 自分にできることがあるのかないのか、それすら分からないのに動いている。動かなくてはならない。エースを取り戻す。迎えに行く。それだけだ。たったそれだけなのに、何故こんなにも途方もない気持ちになるのだろう。

 

 なにか。なにかなにかなにか。

 

 空回りしてしまいそうな思考を押さえつけ、出揃っている情報を頼みにいくつもいくつも考える。

 マリンフォードの地図。処刑場の構造。海軍の配置予想。海賊の動き。頭の中の予想と現実には天と地の開きがあるだろう。開戦してしまえば何が起きるかわからない。机上の空論なんかくその役にも立たない。経験でそれを知ってはいても、考えなければならなかった。そうでもしないとおかしくなりそうだった。どうしてだろう。わからない。なんでこんなに不安なんだ。足元がぐらぐらするようなおぼつかなさに焦る。自分にできることはなんだろう。またこの問いが頭をもたげそうになって、首を振った。

 

 胸が詰まってしまいそうなほどの切迫感が不思議で不可解で仕方がなかった。

 

 この先に待っているものをミオは知っている。

 

 既に覚悟も終えている。であれば、『以前』と同じように張り詰めながらも穏やかに残った時間を過ごすことができるはずだった。

 鉄火と闘争の坩堝へ身を投げ出す、ほんの手前。彼岸を越えた先にある桃源郷を待ちわびながら、断崖のきざはしへと、静かな昂揚を胸に押し殺して待つことができるはずだった。

 

 

──なのに、どうして。

 

 

 そこで思考が寸断された。

 

 気配に顔を上げると船室への扉が開き、軍曹が背中に何かを乗せてこっちに近付いてくるところだった。

 

「お、電伝虫?」

 

 軍曹の背中にはぷるぷると口を震わせる電伝虫が乗っていて、早く受話器を取れと恨みがましい顔をしている。誰だろう。

 電伝虫を不便に感じるのはこういう時だ。相手が誰なのかは取ってみるまで分からない。携帯電話みたいに着信相手が表示されたらもっと便利なのにな、と贅沢なことを考えながら受話器を取った。

 

「はい、もしもし?」

『よう』

 

 相手はローだった。

 電伝虫の顔が二割増しくらい悪辣そうに見えるのはなんでだろう。

 

「うわ、コラソンになんかあった?」

『ねェよ。おれがコラさんの治療で下手打つわけあるか』

 

 電伝虫が手まで再現できるなら中指をおっ立ててそうなくらいの喧嘩腰である。

 ミオとしては他に思いつかなかったのだが、ただでさえ不機嫌そうだったのに更に怒らせたようだ。

 

『いいから降りてこい。話がある』

「は」

 

 降りる?

 

 一瞬意味がわからず呆けたが、思い至って慌てて首を巡らせるとマングローブの一際太い枝の上、顔面に『不機嫌です』とでかでかと書かれたようなローが片手に子電伝虫、片手に鬼哭を携えてこちらを見上げていた。親の仇でも睨み付けてんのかというくらいの凶悪面である。

 ローはそのまま子電伝虫をポケットに突っ込むと親指で『とっとと降りてこい』のポーズ。居場所までバレている以上どうにもならないので、ミオも通話を切って軍曹に目配せしてからひょいと甲板から岸へと着地。

 

「よくここが分かったね。てか、コラソンは?」

「コラさんはペンギンとシャチが看てる。手術は終わってるし、あとは意識の回復待ちだ。ここまでは──」

 

 言いながら、ローはポケットから指先で紙切れをつまんで取り出した。それを見てミオは己の失策を悟る。

 

「あー、ビブルカード辿ってきたのか」

 

 ローが首肯を返す。

 ビブルカードは命の紙。持ち主の生命力を示すだけでなく、本人の行方へ少しずつ移動するという特徴がある。そのため、新世界では生存確認や合流の簡便化のために作る人が多い。とかく危険の伴う場所なので生存確認したいと思うのは人情だろう。

 ともあれ、ローはどうやらミオに用があって先日渡したビブルカードを頼りにここまで来たということだ。

 

「……どうしたの」

 

 ローがコラソンの治療から、ほんの束の間とはいえ目を離してわざわざミオの元まで来るというのは尋常ではない。本来ならば、それこそ電伝虫でちょっとツラ見せろと連絡すれば済む話だ。それをミオが了承するかは置いておくとしても。

 こちらへ向ける視線は今までの好意を孕んでいたそれとは全く異なっていた。むしろ敵に向ける方がしっくりくる。一挙手一投足を見逃さず、真意を探るようなそれはあまり居心地のいいものではない。

 自然と背筋が伸びて、じわじわと緊張が這い上がってくるようだった。

 

 ローの瞳がちらと動いてミオの背後、少しは古びてきているがまだまだ現役の船へと定められる。

 

 クジラを模した船首と広い甲板、案外に天井が高く設計されている船内。有事の際には軍曹が牽引できるように改造された船。

 少年だったローとコラソンがミオと共同生活をしてきた船なのだから、彼はその内部構造まですべてを把握している。

 

 息苦しくなりそうな剣呑な気配が漂い、口火を切ったのはローだった。

 

 

「あんたの、船の名前を思い出した」

 

 

 

 


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