桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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すいません、頂いた誤字修正を適用しようとしたところ文字が混ざってしまったため、上げ直しました(頂いた誤字報告を参考に加筆修正いたしました。ありがとうございます)。


二ノ幕.かいじゅうふたり

 

 お父さんたちが湾内に姿をあらわしたことで、『白ひげ海賊団』の大船団はいわゆる魚鱗の陣に近い陣形になった。

 

 船長であるエドワード・ニューゲートの乗船する『モビーディック』号以下四隻を先頭に据えて、放射状に傘下のお歴々が続いている。

 中心が前方に突き出すような形で戦端が狭いため、相手を一気に突き崩すような攻撃向けの布陣……の、はずだけど、これはマリンフォードの湾内にぎりぎり入るだけの船を詰め込んだ結果という気もする。

 そも、お父さんを始めとした数の利なんて意味をなさない『能力者』が存在している時点で陣形もへったくれもないのかもしれない。俗に言う攻者三倍の法則とかこの世界には通用しなさそう。津波を引き起こせるお父さんもだけど、それを丸ごと凍らせる青キジさんも大概だよな。

 

 海軍の位置取りも大体把握できた。

 処刑台の前を守る三大将と、その前には何かの執念を感じさせる密度で配置されている海兵たち。海賊が攻め込める場所は限られているので、今は津波を凍らせた影響で氷浸けになった湾内近くに巨人部隊。それと、やっぱりというかなんというか、最前衛に配置されている七武海。数人欠いてるけど、うん、ドフラミンゴもいる。厄介な。七武海それぞれの能力についてはボア・ハンコックとえーと、なんかひとりだけ世界観が違うというかティ○バートン臭のする造形のカエルの鳴き声っぽい名前の……そうだ、ゲッコー・モリア。あれ以外は知ってる。

 

 海岸にずらりと並んだ砲塔が轟音とともに弾丸を吐き出し、負けじと海賊たちが気勢を上げながら船から飛び降り果敢に攻め込んでいく。

 

 とうとう始まってしまった。『白ひげ海賊団』と『海軍』とのがっぷりよつの潰し合い。

 

 時代のうねりというものを肌で感じる。凄まじい光景だ。斬撃が迸り、妖しい光線が煌めき、噴き上がる溶岩がビルみたいな氷塊を砕き溶かしていく。地獄か、そうでなければ神話みたいだった。

 

 だが、数と地の利は侮れない。

 

 もともと軍というのは防衛戦に優れているものだし、一気呵成に攻め入ったとしても戦車も航空機も存在しないこの世界では突破力が足りない。

 空を自在に駆けることができるのは、現時点で確認できるのはマルコさんだけ。前に出すぎて狙撃でもされると孤立して対応できなくなる危険があるし、さっきの『黄猿』の件もある。要であるお父さんの傍を離れるわけにはいかないのだろう。

 

 金城鉄壁を突き崩せるだけの一手が必要だった。

 

「オオオオオオ──ッ!!」

 

 それを機と見たのか、それとも我慢の限界だったのか──おそらくは後者だろう──マリンフォードにいる人間すべての鼓膜を聾する咆吼を上げて、超巨大な生物が動き出す。

 抹茶色の肌に牡牛のような角、ライオンのたてがみみたいな赤茶色の髪を揺るがせて、巨人族すら凌駕するこの世界でだって類を見ないほどの嘘みたいな大きさの巨体が進撃を開始した。

 

 リトルオーズJr.

 

 "国引きオーズ"の子孫だという見た目は怪物みたいな、ほんとは誰より優しくて、誰よりエースを助けたいと思ってる仲間のひとり。

 驀進するオーズの動きは少し鈍重だが、それは彼の規格外の重量を思えば当然のことだ。覚悟と決意を滾らせて、それこそゴジラか怪獣かという威容で迫るオーズは海軍からしてみればまさに悪夢のような存在だろう。

 

「駄目だオーズ! お前のデカさじゃあ、標的にされるぞ!!」

 

 退けと怒鳴るエースの声が僅かに聞こえる。彼の危惧はもっともだ。オーズの巨人族をも超える巨体は海兵にとって狙いやすい的以外の何物でもない。

 

 そんなことは文字通り見れば分かることで──だから、僕は()()にいる。

 

 アオガネが示し、僕が共犯者に選んだのはオーズだった。

 

 交渉するの超大変だった。どうやらお父さんが厳命していたらしくいきなり追い返された。用意周到すぎて悲しいやらやるせないやら。

 しょうがないので、引き返すふりして草木も眠る丑三つ時に単身忍び込んで、オーズと一対一で直談判。ひとつ『約束』することを条件に、なんとか同行させてもらった。

 なので、僕がここにいることを知っているのはオーズだけだ。移動中もオーズのポケットに入れてもらってたので、他の船員も知らない。ちなみに僕の船は軍曹がこっそり海底に引っ張り込んで隠している。軍曹との打ち合わせは終わっているから、軍曹は軍曹でもう動いているだろう。

 

 オーズが特攻ならば、僕はその援護が()()役目だ。

 

 周囲の軍艦の砲塔、居並ぶ海兵たちが一斉に武器を構えた。

 彼を狙い、放たれる黒い暴力。一発一発にそこまでの威力はなくても、そのダメージは確実に蓄積されてしまう。

 

「ごめん。ちょっと揺れるかも」

 

 こっそりと断りながら彼のふさふさした髪の間から半身を覗かせた僕は、普段あまり使わない連発式のボーガンを手に準備完了。

 迫る砲弾を前に安全装置を解除して狙いをつけて、引き金に指をかけて撃つ撃つ撃つ!

 

 着弾。爆発!

 

 オーズの巨体に命中すると思われた砲弾は、その悉くが彼の身体に当たる前に自ら爆発した。強い爆風と熱波がオーズと僕の肌をちりりと焦がす。破片の一部が当たってしまうかもしれないが、それでも直撃するよかマシだろう。

 

「なんだ、当たる前に爆発した!?」

 

 一部を見ていた海兵達から驚愕の声が上がる。ほぼオーズの髪に埋まるように潜んでいるので僕の姿までは確認できないらしい。ゾウに引っかかったマッチ棒みたいなもんだ。

 

 オーズの歩みは止まらない。着実に彼は進んでいる。処刑場、エースのもとへと。

 

 飛んでくる砲弾を次々狙い撃ち、引き起こした誘爆が他の弾を巻き込んで巨体へ届く前に散っていく。巨人族の海兵は彼自身が手にしている一刀を以てなぎ倒した。

 凄まじい膂力で振り抜かれた余波は当然こちらまで響き、なんとか堪えているとオーズがぼそりと言ってくれる。

 

「オイダの後ろに隠れてろ。エースぐんのところまでひといぎだ」

「うん!」

 

 その言葉に力強く頷き、耳の傍から肩と首の間まで移動すると衝撃に備えてぎゅうっとしがみつく。

 

「エースぐん!! 今そごへ行ぐぞォオオオオッッ!!」

 

 相打つ覚悟の威勢で相手を圧し断つ心の強さならば──きっとオーズは誰にも負けない。

 

 武器を放り捨て、豪腕で抱え上げた目の前の巨大な戦艦はそのまま強大な破壊力となって湾内への突破口を開く。まさに圧巻。超巨大な砲弾の如き勢いと質量は凄まじく、響き渡る轟音とともに氷塊が砕かれ外壁が瓦礫になり道が石くれとなって吹き飛ばされた!

 

「オーズが湾内への突破口を開いたぞォ!!」

「続けェ!!」

 

 怪獣が噛み潰したように抉れた壁を駆け上がり、海賊たちが次々にオーズの後を追う。

 

「仕様のねェバカタレだ。死にたがりと勇者は違うぞ」

 

 どうやらお父さんは僕の存在にはまだ気付いていない模様。助かる。

 

「おやっざん!! 止めねェで欲じい!! オイダ助けてェんだ!!」

 

 それはオーズの仲間を思い、友を慕い、窮地を駆ける魂からの咆哮だ。

 

「一刻も早ぐ!! エースぐん助げてェんだよォ!!」

 

 オーズの言葉は強く、重い。

 

 僕なんて、今や『白ひげ』の娘から絶縁一歩手前の厄介者を共犯者として引き入れてくれるほどに、強い強い思いなのだから尚更だ。

 

 そしてそれは──ここに出揃っている者みんなが抱いているものの代弁のようにも聞こえた。

 

 わかってらァ、と嘆息するお父さんの声が小さく鼓膜を叩く。

 

「てめェら! 尻を拭ってやれ!! オーズを援護しろォ!!!」

「「「オォ!!!」」」

 

 ぐらぐらと煮え立つような士気が伝播して、海賊たちの動きが勢いを増していく。

 戦場の空気にあてられて、心がどんどん澄んでいく。懐かしい感覚だった。かつてはいつもこうだった。

 大声で笑い出してしまいそうな昂揚があるのに、頭は冴えていて、鋭く尖っていくのがわかる。研ぎ澄まされていく。

 凍傷になりそうなほどの寒気に晒されながら、肌裂く風を心地良いと感じるような感覚に近い。何かが麻痺して、代わりに得るのは戦場でのみ発揮される鋭利で豪胆なものだ。

 

 だから、わかった。

 

 オーズの歩みは怪獣のそれだ。前に立つだけで生存本能が全力で騒ぎ立て、海兵たちの意気を削いでいく。けれど、そんなのをものともしない連中が最前線で敵意を膨らませている。

 王下七武海、そのひとり──バーソロミュー・くまが何かをしようとしていた。彼の能力はいちど喰らって理解した。おそらくは超人系・衝撃に類するもの。

 遠目では分かりにくいが見たところ、何かを圧し固めるような動作を繰り返している。仮に『衝撃』で周囲の大気を圧縮しているとすれば、それは天然の爆弾に等しい。ひとたび解放すれば、圧縮された大気は強烈な『衝撃波』を生み出すだろう。

  

「"熊の衝撃(ウルススショック)"」

 

 バーソロミュー・くまがゆるく開いた手の中、高密度に圧縮された衝撃爆弾とも呼べるものがふわりと浮いて、オーズの手前でぴたりと止まる。

 

 瞬間。

 

「"凝結"!」

 

 咄嗟に能力発動。オーズの前面、壁のように『固定』させた空間を屹立させた。

 果たして──バーソロミュー・くまの放った大気の凝縮された爆弾は過たず周囲を巻き込むほどの衝撃波を生み出した。余波を喰らった瓦礫がめくれ上がり、紙くずのように海兵たちが薙ぎ散らされ、砲台を据えていた土台が悲鳴の如き軋みを上げる。

 『壁』はほんの数秒しか保たなかったが、それで十分。さすがに無傷とはいかなかったものの、オーズを急襲しようとしていた衝撃波は『壁』によって軌道を逸らされ、その殆どを受け流している。

 

「お、オーズ未だ健在!」

「なにが起きたァ!?」

「く、くまの攻撃がオーズを避けたぞ!?」

 

 海兵たちに動揺が広がる中、変な顔をしているひとが何人か。うん、主にお父さんを始めとした『白ひげ』の隊長格……というか、僕の能力を知ってる、手合わせしたことのある面々。

 オーズは能力者じゃないのでそれも当然である。どうせもうすぐバレるから問題なし。ただギリギリまでは伏せておく。

 しかしくまの攻撃が効かなかったからといって海兵が攻撃を止める理由にはならない。むしろ数の暴力頼みとばかりに砲撃の数はいや増して、無数の砲弾を迎撃し続けるのでこちらもいっぱいいっぱいだ。

 何発かは手持ちの武器で対応し、爆発する粉塵に紛れる範囲の弾はすべて『固定』して速度を殺す。

 爆風で巻き上がった土埃の中を猛然と突き進み、じりじりとオーズが歩を進めていく。

 

「──フッフ、くまのやつ何しくじってやがる」

 

 僕の位置は硝煙やら砂塵やらでとうとう視界はゼロ。一時的に盲となったせいか、馴染み深い声はひどく鮮明に耳に届いた。

 ぞっと背筋が粟立ち、害意の気配が強烈なまでに伝わってくる。まずい、視認できなければ能力は行使できない。それ以前に超人系との相性はまちまちで、ドフラミンゴとはいいとはいえない。

 

 ここでドフラミンゴが仕掛けたら、僕じゃオーズを守れない!

 

「ッオーズ! う、わ」

 

 反射的に僕が声を上げるのと、オーズの身体が不自然に傾いたのはほぼ同時だった。

 

「ん?」

 

 バサバサと羽音を響かせる桃色が疑問の声を発したような気がするが、それどころではなかった。

 潮風が粉塵を吹き散らしようやく戻った視界に飛び込んできたのは、宙を舞う大きな大きな足。オーズの片足。それが足首の辺りからすっぱりと切断されて、まるで玩具のように血錆をまき散らしながら空中で踊っていた。

 

 ただの怪我とはわけが違う。唐突に人体の一部が欠けた喪失感にオーズは混乱し、傾く身体をその重量ゆえに止めることができない。

 唐突にバランスを崩してがくん、と落ちた肩から滑り落ちそうになった僕は弾切れになった武器をその場で放棄して真横の髪に全身でしがみついてぶら下がり──その間隙を縫うように、オーズの全身に激震が走った。びりびりとした痺れのような痛痒がこちらにまで伝わってくる。

 

「──ッ」

 

 声なき絶叫と、衝撃。それは肉体を貫く衝撃だ。どんな移動法を用いたのか、オーズの跪いた足元にちらりと見えたくまの姿で遅れて状況を理解する。相撲のつっぱりみたいな姿勢。文字通り身に覚えがあるからわかる。人体の水分を残らず揺さぶるような一撃がオーズを強襲したのだ。

 先の攻撃が上手く機能しなかったことを悟っての第二撃。ざわりと肌が粟立つ。かろうじて僕が五体満足なのは、本当に偶然の産物だった。

 オーズは身体のあちこちが不規則に痙攣している。もしかしたら意識も危ないのかもしれない。ここからでは彼の顔が見えない。

 

「オーズ!!」

 

 エースが悲鳴を上げた。このままでは、たぶんこの戦争でエースが直接目にする最初の犠牲者になってしまう。

 逃げて欲しいのだろう。この場にいれば今や片足を失っているオーズは格好の獲物だ。オーズひとりが突出している現状、数の暴力にいつか負けてしまう。

 

「エース、ぐん……!!」

 

 けど、オーズには諦めるなんて選択肢はない。そんなのは残されていなかった。彼の規格外の巨体は、この戦場に身を置いた時点で前進することしか許されない。もし、それが許されるとすればエースが自由の身になって撤退戦に移行した時だ。まだ戦は序盤も序盤。海兵にはオーズを生かしておく理由がない。だったらオーズは動ける限り進むしかないのだ。

 

 ひたすらに前へ、ただ前へ。一ミリでも処刑場の近くへ、エースのもとへ。

 

 たとえどれだけの砲弾を身に浴びようと、肉体を失おうと、身体を貫かれようとも、傷ついて血を流し、たとえそれで己の命をすべて燃やし尽くすことになったとしても──退くことはできない。

 

 

 そして、それを誰より分かっているのはオーズ自身だから。

 

 

 オーズは前のめりに倒れ込みそうになりながら、震える手をゆっくりと持ち上げた。エースの声を道しるべに、その声が聞こえる方へまっすぐに。

 無防備にさらされた隆々とした腕に、手に、砲弾がぶち当たって、そのたびあふれた血が肌を伝って落ちていく。けれど恐るべき頑健さでオーズの腕は小揺るぎもしない。

 

 それは道だ。オーズが僕にくれた、エースへ辿り着く道。

 

「いげ、ェ……!」

 

 苦悶混じりに絞り出された声に背を押される。くちびるを引き結んで、僅かに頷いた。わかってる。わかってるよ、オーズ。僕の友人。僕の共犯者。エースの、ともだち。

 

 僕がオーズと交わした『約束』はたったひとつ。

 

 必ずエースを取り返すこと。

 

「ありがとう、オーズ」

 

 ()()()()()()、エースを助けること。

 

「あとは任せて」

 

 だから迷わない。迷ってはいけない。それは彼を(そし)ることと同じだ。僕は約束を遵守する。履行する。そのためだったら──()()()()()()

 

 僕は走り出す。まっすぐに。振り返らず。何かしらの追撃を受けたらしいオーズの腕が落ちてしまう、その前に。

 

 処刑台までの最短ルートを、全力でひた走った。

 

 


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