桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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夜?夜中?にもう一話更新予定です


四ノ幕.常に本音のぶつけあい

 

 

「ほんとは、戦になる前に海軍崩すか、そうでなきゃエースだけとっととかっ攫っておさらばしたい」

「まぁ、理想だな。そうすりゃ白ひげ屋の被害も最小限で済む」

「だね。なんかいい案ない?」

「あったらそもそもこんな事態になってねェだろ」

「正論すぎて返す言葉もない。んと、マリンフォードの地形がこれで、処刑台がここで、で、そうなると……」

「……おれが海軍なら、まず最前衛に七武海を据える。三大将はもっと後衛だな。七武海なら誰が減っても海軍の瑕疵にはならねぇ」

「あー……、じゃあいるよね」

「いるな。確実に」

「……」

「やめるか」

「やめませーん。すぐ誘惑しない」

「チッ」

「舌打ちやめて。僕が行くの前提で考えて」

「ったく、……どうにかして七武海を素通りして海軍に気付かれず処刑台まで辿り着き、火拳屋奪還」

「ハードルたっっか! いくらなんでも無茶が……ん? いや、不可能ではない、か? えーと、待って、もっかい位置の整理させて」

「…………なぁ」

「ん?」

「……もし、おれが」

「ロー」

「……」

「何度も話したけど、それはだめです。……もし、うちと『ハートの海賊団』が同盟関係にでもあるってんなら、話は違うけど」

「けどよ、」

「迎えには来てくれるんでしょ?」

「当然だろ」

「即答とは頼もしい。なら、それでじゅうぶんだよ。ありがとう」

「……ハァ、あとは、誰かが動く前に海軍の地位の高いやつを潰せりゃいいんだがな」

「地位の高いの」

「ああ。作戦が周知されてるのは当然として、それを変えるにしろ始めるにしろ、指示を出すなら上の奴等だ。命令系統を乱せば多少の時間稼ぎにはなる」

「なるほど、道理。でも大将にケンカ売る方が難易度高くない?」

「指令を出すのは三大将に限らねぇ。参謀でも元帥でも……昔、あいつを追ってきたばーさんいたろ」

「ああ、おつるさんみたいなの。んー、まぁ、大将よりハードル高くなさそう、か」

「能力者の可能性はあるけどな。ついでに厄介なのは通信網か」

「それなんだよなー。あーあ、電伝虫の駆除剤とかぶんまけないかなー」

「仮に駆除剤があっても、だ。それだと白ひげ屋の海賊連中が持ってる電伝虫も軒並みくたばっちまうだろ」

「くっ、ままならん。でもそうか、とにかく偉そうなひとがいたら潰すチャレンジしてみる」

「おい、何度も言ってるが逃走経路は念頭に置いて動けよ。おれたちの浮上場所はここだ。多少の誤差は出るだろうが……しっかり覚えておけ」

「わかってるって。それにしても、挑む前から撤退のこと考えるって面白いね。なんてか、新鮮?」

「あんた、今までどういう……いやいい」

「え、そりゃ場合によりけりとしか言えないよ。でもそうだなぁ、防衛戦ならともかくこっちから挑みかかるような時はそこそこの策は用意するけど、最終的には後先考えてるヒマなくなるから結局覚悟決めて突っ込むしかないというか、死中に活を求めるよね、基本」

「やめろっつってんだろ!」

「ごめんなさい! ROOMやめて! これ以上質種取られたらさすがに動ける自信がない!!」

 

 

 

×××××

 

 

 

 なんて会話をしたのが数日前。

 

「センゴクさァん!!」

 

 シャボンディ諸島、マリンフォードの映像を映している巨大なモニターの前には無数の人々が集まり、事態の趨勢を見守っていた。

 そして開戦直後に登場したオーズの大進撃と──処刑場でエースの出自を語っていた元帥を急襲した謎の存在。

 

 周囲が混乱で沸き立つ中、その存在を正しく理解している人間がその状況を見て頭を抱えていた。

 

「あの馬鹿……」

 

 トラファルガー・ローである。

 マリンフォードへ駆けつける頃合いを見計らうためには状況を確認する必要があったため、準備だけは万端整えてモニター近くに向かったらこれだ。頭が痛い。

 

「生きては、いるみてェだけど……姉様、でも、状況的にはしかた、しか、う、うぅ……」

 

 その隣では規格より大分大きなサイズをした車椅子に腰掛けて、先ほど恩師の危急を見かねて絶叫していたコラソンが鬱々とつぶやきをこぼしながら項垂れている。

 彼が目覚めたのは本日早朝のことである。

 自分の置かれた状況が当然理解できず惑乱しきりだったが、ローが説明を繰り返し、侃々諤々の末になんとか理解させることに成功した。本当に本当に大変だった。

 コラソンからしてみればドフラミンゴに瀕死の重傷を負わされて意識を失い、目が覚めたら見知らぬ海賊船で余命いくばくもない幼い少年だったはずのローが成人済みでいち海賊を束ねる船長となってご対面、という状況である。わけがわからなくて当然だろう。

 ローは今にも点滴を引きちぎりそうなコラソンを寝台に押さえつけて誠心誠意、これ以上ないほど心を込めて説明した。最初は半信半疑だったコラソンも、ローがオペオペの実の能力者であることに加えて互いしか知り得ない情報──当時のミニオン島での顛末を微に入り細を穿ち話し聞かされたことでようやく信じ始め、理解と納得が胸中を巡る頃には己も知らずに落涙していた。

 

 そうして、コラソンは改めてローをまじまじと見つめて──くしゃりと泣きながら破顔した。

 

「でっかくなったなぁ、ロー」

 

 それは、あの時の激痛を意思の力でねじ伏せながら無理矢理作った笑顔ではなく、心からの安堵と言祝ぎをめいっぱい詰めた優しい笑顔で。

 それでローの涙腺も限界を迎え、大の大人が二人で朝っぱらから大号泣してしまった。

 

 しかし、それからが大変だった。コラソンにミオの行方を尋ねられ、ローは正直に答えるしかなかった。

 

 驚きのあまりコラソンの顎は外れた。

 

「ロー、おま、なんで止めなかったんだよ! 姉様の性格知ってんだろ!? 身内の悪口いいたかねぇけど絶対やべぇって!」

「ああ、分かってる」

 

 ミオはコラさんのいいところとドフラミンゴの悪いところをコトコト煮詰めたハイブリッドである。

 基本的にはお人好しで優しいように見えるが内実は極端なまでの身内主義で、ひとたび敵と定めた相手には容赦がない。思いつく限りのいやがらせを実行できるだけの膂力と勘の鋭さまで持ち合わせているのだから止まらないし、一度決めたら何が何でも貫き通す頑固者なので説得も難しい。本当に面倒臭いやつなのだ。

 

「なぁ、本気でやると決めて突っ走ってる最中のあいつが、止めて止まるヤツだと、思うか……?」

「あッ、ハイ。すまん。なんかすまん」

 

 虚ろな目をしたローの一言ですべてを察したコラソンは即座に謝った。しかしさすがと言うべきか、ならせめて状況はおれも見ていたいという言葉にまさか頷かないワケにもいかず、結局コラソンはベポの押す車椅子に乗せてモニターまで連れてくることになった。

 

 そして開戦した途端にこれである。

 

 自分の立場から考えてみればいちばん近いのは、ミオがコラソンを殺そうとしている場面を見ているようなものだろうか。コラソンの心境を察するに余りある。確かに偉そうな輩がいたら潰すとは言っていたが、いっそ清々しいまでの有言実行だった。もっとも、物理的な横槍が入って処刑台からの距離は開いてしまったようだったが。

 

「目立ちすぎだ」

 

 あの巨大な怪獣のような──オーズjrといったか。あの大男すら脱落している現状、ミオはあんな中空でほぼ孤立無援である。的にして下さいと言っているようなものだ。

 

「どうすんだよ、ミオ」

 

 そうぼやいた視線の先、ミオめがけて五色に煌めく刃の如き糸の本流が襲いかかり、ローは予定時間を早めて出航する決意を固めざるを得なかった。

 

 

 

×××××

 

 

 

「ちぇ、しくじった」

 

 ミオは口の中に残る血の混じった唾を吐き出して舌打ちをひとつ。

 ガープからパンチを喰らった箇所が痛みと熱を孕んでいるがあちらも反射的な反応だったのだろう、これくらいのダメージならば許容範囲だ。だが、多少の混乱は与えられたが決定打には至らなかった。せめてもの嫌がらせに電伝虫は潰せたと思うが、あの程度ではさしたる痛痒にもなるまい。内心忸怩たる思いで拳を握る。

 

 ラッキーパンチは一度きり。二度目はない。

 

 けれど仕方がない。息の根を止めることが最善だとは分かっていたが、あの偉そうなオッサンが真実『センゴク』であるならば──それは幼い弟を保護し教え導いた恩師である。姉としては感謝を述べて矛を収めるに値する人物に他ならない。

 とはいえ、戦場にいる以上はエース救出における障害である。それはそれ、次相対するとなれば全力で挑むしかない。

 

 それより、今はこっちの方が問題だ。

 

 能力で固定された空間を足場に睥睨する眼下の光景がもの凄いことになっている。

 なんだか泣きそうな顔でこっちを見つめるエースはともかく、無数の海兵が「センゴク元帥!?」「なんなんだよあのガキは!」「しょ、賞金稼ぎだ!『音無し』の──」「白ひげの一味だったのかよ!」「うそだろおれファンだったのに!!」などとざわざわしている。

 加えて処刑台手前に座る三大将、戦場の最前衛に位置する七武海、そして後方に控える白ひげ率いる大船団もろもろ全ての視線が自分へ向いていた。視線に含まれている感情はそれぞれではあるが、死ぬほど居心地が悪くてミオは身じろぎしながら眉間に皺を寄せた。

 

 そして──何より。

 

 我らが母船『モビー・ディック』号の舳先で、超重量の薙刀めいた愛用の得物を携えた『白ひげ』が射るような眼光でこちらを睨め上げていた。

 それを真っ向から受け止めたミオは、全身から放たれる威圧感に打撃されているようで知らず生唾を飲み込んだ。じわりと浮いた冷や汗が背中を濡らす。正直、何を言われるのか気が気ではない。己の信念に基づいた行動に後悔はなくとも、それとこれとは別問題だ。

 事ここに至ってもミオにとって『白ひげ』は尊敬すべき大人で、大好きな『お父さん』で、これまでの己を支えてくれた『師匠』であった。誰だって大好きなひとに怒られるのは辛いし、嫌だ。

 

 そんなミオの胸中を知ってか知らずか、この戦における最重要人物のひとり『白ひげ海賊団』船長──エドワード・ニューゲートはやぶにらみのまま大きく息を吸い込んで、怒鳴った。

 

「この大馬鹿野郎!!」

 

 爆雷のような怒号だった。

 

 何かの攻撃かと思うその咆吼は足元の氷にひびを入れ周囲にいた人間の鼓膜を残らず打撃し、比喩でなく空気がびりびりと鳴動した。おそらくは能力まで上乗せされた音波の襲撃はミオの足場まであっけなく打ち砕き、慌てて別の足場を形成して着地する。本当に振動と固定は相性が悪い。

 

「そうまでして親子の縁を切られてェのか! ああ!?」

 

 白ひげの怒声は止まらない。それはそうだ。白ひげからしてみれば、考えられる全ての手段を駆使してもこの戦争に参入させたくなかった人物が最前線の更に前まで突出してやらかした事実は到底容認できることではない。骨身に染みて理解している。おかげで大変だったのだ。怒られて当然だ。

 

 それでも。

 

 白ひげの声に、怒気に、すべてに全身を打擲されたミオはぎりっと唇を噛みしめ、それでも負けじと声を張った。無理にひん曲げた唇は不敵な笑みに見えるだろうか。

 

「上等だ!」

 

 そうだ。大人しく座して待っていられるくらいなら、こんなところまで来ないのだ。

 置き去りにされるなんてまっぴらだ。知らない間に大切に思っていた人が死んでたら、考えるだけで身が凍る。そんなのあんまりだ。もう懲りた。うんざりだ。

 

 だってチェレスタはミオの知らない間に死んでいた。

 

 残されたのは自分の命と彼の能力。それだけ、それだけだ。もうそれしか、彼らを偲べるものは存在しない。二度と逢えない。遺体もない。文句も言えない。ケンカして仲直りすることも、もう──できない。

 チェレスタだけじゃない。彼が率いていた海賊の中には幾人もの名前があった。ミオの知る奴隷だったひとたち。とても大切な、友人だったひとたち。

 

 もう喪うのはいやだ。あんな思いはまっぴらだ。

 

 悲しくて、悔しくて、さびしかった。誰もいないなら、せめて一緒に連れていって欲しかった。チェレスタの願いが自分を生かすことと知ってなお、そう願ってやまなかった。

 

 でも、だけど。

 

 そんな望みとも呼べない希求と哀悼だけを抱えて空っぽになった僕を抱き締めてくれたのは、お父さん、あなただったじゃないか。

 

 この、

 

「ばか親父!!」

 

 たった一言、吐き出すことができたのは──ありふれた親子喧嘩の常套句で、ちんけな文句だった。こんな血と土埃が乱れ舞う戦場には似つかわしくない、稚拙極まりない罵倒だった。

 

 けれど、それはまぎれもない決別の呪文だった。

 

 子供という庇護から抜け出さなくては並び立てないなら、娘という立場を返上する。無償に与えられる愛を退け、反抗して、独り立ちして──大人になる。

 

 それはまるで父娘という関係の、とびきりできの悪い戯画のように。

 

 手加減など必要ない、対等な存在だと認められるために。

 

「……ああ、そうかよ」

 

 精一杯に吠え立てたミオの声に、白ひげはぐっと眉根を寄せた。

 ほんの寸の間、目を伏せて、再び上げた表情は威厳を纏って手厳しい。それでも、叩き付けられる感情が怒りのみではないことはすぐに分かった。悔しさのようでも、悲しさのようでもあった。

 白ひげだって、こんな台詞を吐きたくはなかったのだろう。ここからでも歯の軋る音が聞こえそうなほど唇を噛みしめ、引き結んだ口をゆっくりと開いた。

 

「なら、今日限り、おまえはおれの『娘』じゃねェ」

 

 何らかの境界線を越えたらしい声は不思議と静かに響き、そして、握り込んだ長柄を甲板に大きく叩き付けた。冗談のように船が揺れ、大音声が響き渡る。

 

「──勘当だ! どこへなりと好きにしやがれ!」

 

 白ひげは、大事だった友人の忘れ形見へ、最後通牒さえ袖にした馬鹿な娘へと向けて、宣告通りの絶縁をつきつけた。

 ミオは一瞬、本当に一瞬だけ表情を歪めて、けれど転瞬、笑みのようなものを浮かべて応えた。

 

「分かった! 今日までお世話になりました!」

 

 そして、先ほどの無理やりではない、どこか傲慢さすら滲む表情のまま即座に続ける。

 

()()()()()()()()()()()!!」

 

 芝居がかった声はこの鉄火場においても朗々と渡り、白ひげを呆けさせるにじゅうぶんだった。

 とびきり頑固でアホで考えなしでおまけに極端な身内贔屓の馬鹿な娘は、肩書きすべてを擲って、それでも構わないと胸を張った。

 

 エースのために、たったひとりの『ミオ』として、この戦に参戦すると宣言してのけたのだ。

 

「……グラララ」

 

 僅かに瞠目し、内容を咀嚼して、白ひげはとうとう堪えきれぬとばかりに喉をふるわせた。

 

 これほど不愉快で痛快で馬鹿馬鹿しい切り返しがあるだろうか。

 

「そう来るか。本当にばかなやつだよ、おめェは」

 

 奇しくも馬鹿娘の『巣立ち』を見届ける羽目になった白ひげは、嘆息交じりに不思議と緩む口角を自覚しつつ傍らのマルコへ視線を向ける。

 油断すると口元が緩んでしまいそうだった。なぜか誇らしい気持ちになる。マルコも恐らくそうだろう。負うた子に教わるというのは面映ゆいものである。

 

 子を持つ親は誰もがこんな思いを味わうのだろうか。

 

「回収してこい。なんにせよ前に出すぎだ」

「了解!」

 

 苦笑を含んだ返事が来るや否や視界の隅で蒼い燐が舞い、驚くような速度でマルコが飛翔した。

 

 ほんの数秒のやり取りだったがこれでミオは海軍から白ひげの一味、どころか身内とみなされただろう。『賞金稼ぎ』の立場は完全に廃業せざるを得ない。

 白ひげからも勘当されて、有り体にいって正真正銘の無職に成り下がったわけだが、さてあの馬鹿はどうするのだろうかとほんの束の間考えたが、すぐに打ち消した。それどころではないし、どうにでもするだろう。

 

 なにせ、ミオは『白ひげ』の自慢の娘だったのだから。

 

 

 

 




死者は生きてるひとを(良くも悪くも)縛るよね、という話

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