桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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なんとか今日中に二度目更新できました


五ノ幕.人の話を聞きやがれ

 

 

 異変は助太刀宣言してすぐのこと。

 

 どれだけ時間が短くても僕とお父さん……『白ひげ』とのやり取りは海軍どころか周囲一帯の耳目を思い切り集めていた。

 センゴク元帥に蹴りを入れて宙に突っ立ってる不審者なんていい的以外の何者でもないので、ある意味必定といえる。

 

「ッ、」

 

 僕は半ば自動的に反応していた。暴威の気配を感じ取った身体が仰け反り、愛刀を居合いで抜き放つ。

 

 ぎんっ。

 

 同時に足元に何かが転がった。真っ二つにはなっているが、それは弾丸の形状をした糸の塊だった。役目をしくじったそれはあっという間にほどけて風に浚われ散っていく。

 刀を構えたまま弾丸が飛来した方向を睨み据えると、そこには戦場には不似合いなほど享楽的な格好をした大柄な男が、指先を突き出した格好で不気味な笑みを浮かべていた。

 

 やべぇ。バレた。

 

 露骨に血の気が引いてさっきとは別種の気まずさで唇をぎゅっと引き結んだ瞬間、五色に煌めく糸の群れが餓狼の動きで殺到する。

 咄嗟に刃を繰って受け流せばギャリリと鍔迫り合いさながらの重さと鋭さが伝わってくる。ただでさえ不安定な足場、どこまで凌ぎきれるか──と柄を握り込んだ、その時。

 

超過鞭糸(オーバーヒート)

「げッ!?」

 

 いつの間に忍び寄っていたのか足首に糸の束が巻き付き、猛烈な勢いで真下へと牽引された。掴まるもののない小さな足場からあっさり足が離れ、身体がカツオの一本釣りよろしく宙を舞う。

 ぐるんとバトンのように柄を回転、刃を滑らせて足首の糸は切断することができたが足場を形成する暇もなく糸製の弾丸が次々飛んでくる。片っ端から弾き、或いはいなしている間に地面は目前、きり、と身体をひねってなんとか足から着地することには成功した。

 

「他人の空似じゃあ、ねェ、ようだな。フッフ、まさか真っ先に元帥に手ぇ出すとはなァ……」

 

 流れ弾を恐れてか奇妙に人のいない空白にひとりだけ、僕を釣り上げた糸使いが、どこか信じられないといった口調でつぶやく。

 現ドレスローザの国王にして、この戦争に招聘された王下七武海の一角──ドンキホーテ・ドフラミンゴがやけに気軽な動作で片手を上げた。

 

「よう、久しぶりじゃねェか。感動の再会が、こんな味も素っ気もねぇ戦場とは皮肉なもんだ」

 

 この世でいちばん遭いたくなかった可愛くない方の弟が、口の端に浮かんだ笑みを深める。けれど、サングラス越しの視線には訝しむような気配が色濃く残っていて、おそらくは半信半疑といった感覚なのだろう。

 そりゃな、生死不明のまま十年以上行方をくらませていたねーちゃんとこんな場所で再会するなんて思ってもいなかっただろう。ある意味、ドフィの疑問が解消されるまではここらは他の場所より安全なのではなかろうか。別の危機はつきまとうけれど。

 とりあえず、刀を鞘に収めながらへらっと笑ってみせた。

 

「久しぶり、ドフィ。ここにきみがいることが残念だよ」

 

 偽らざる本音をつぶやき、その場で笑顔を消した僕は──全力で地面を蹴って低い姿勢のままドフラミンゴ目掛けて吶喊した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この状況下で呑気に感動の再会などとよくも吹いてくれたものだ。まともな会話が成り立つと思うなよ。

 

「ッ!」

 

 こちらの反応が予想外だったのかろくに動きを見せないドフィの眼前で跳躍。挨拶のように上げられていた腕を一閃するとほとんど抵抗なく刃が潜り込み、彼の腕を寸断した。肉を断つ感覚ではなかった。

 ひどい違和感に肌が粟立ち、反射的にぶった切った腕を目で追ってしまう。肘の辺りからすっぱりと両断された腕からは血の一滴も流れ出ることなく地面に転がり、ゆるく開いたままだった長い指先が──()()()とほどけた。

 

「──!」

 

 そこで己の失策を悟る。

 

 これは、まさか。

 

「フッフッフ、実の弟相手でも問答無用とは。ひでェ姉貴もいたもんだ」

 

 片腕を失ったドフィの唇が滑らかに吊り上がるのとほぼ同時──僕は限界まで研ぎ澄まされた第六感に従い、あらぬ方向へ向けて刃を振り抜いていた。

 それは半ば本能的な迎撃行動で、この状況下でのみ発揮される鋭敏な感覚の成せる技だった。

 

 端から見れば空を斬ったとしか見えなかっただろうが、指先には僅かに手応えあり。

 

 僕の一連の動きを見ていた片腕のないドフィの顔が露骨に歪み、舌打ちの音をひとつ残してぐしゃりと崩れた。それは見る間に色を失い、やがてもじゃもじゃとほつれた糸の山になった。

 脳裏にミニオン島での一件が蘇る。今の攻撃を受けていたら、また支配権を奪われていただろう。同じ轍を踏まずに済んだのは僥倖だったが、舌打ちしたいのはこちらの方だ。

 

「お互い様だ。そう同じ手を喰らってたまるか」

 

 ひとかたまりの糸山にそう吐き捨て、振り向けば──今の今まで相対していたはずのドフラミンゴが五体満足で立っていた。

 おそらくは能力で編みぐるみのように作り上げた替え玉だったのだろう。

 

「おいおい、おれの腕を切り落としてお互い様はねぇだろ。挨拶代わりの可愛い悪戯じゃねぇか」

 

 ドフィは剽げた仕草で肩を竦め、改めて僕を見下ろした。サングラス越しの視線から懐疑の気配は消えている。人を操ろうとしておいて可愛い悪戯とは言ってくれるものだ。

 

「そうだね、替え玉と見抜けなかったのは迂闊だったよ」

 

 戦場において強者が弱者を喰らうのが世の習いであるとしても、ともだちに手傷を与えた張本人に相応の傷を負わせられるチャンスがあるならば実行すべきである。生憎なことにチャンスを活かしきることはできなかったけれど。

 

 できれば戦力を削いでおきたかったが、もう油断してくれそうにない。

 

 自分の事情を外して考えても、ドフィの能力をこの戦争で発揮されると白ひげの勝率が下がる。イコール、被害が増えてエース救出が遅れる。最悪だ。

 

「よく言うぜ。しかし……」

 

 刃を収めるつもりがないことを見て取ったのか、ドフィは僅かに嘆息すると芝居がかった動作で自分の顔を手の平で覆う。指先に圧迫されたサングラスがかちりと震えた。

 指の隙間から覗く眼差しは浮かべている笑みを裏切るように鋭く、以前に感じていたそれよりも重い。

 

「十年以上も行方をくらましたかと思えば、賞金稼ぎはともかく今度は白ひげの娘ときたもんだ。おれァ驚いたぜ、本当によ」

 

 声音に混じる嘲弄の響きを感じ取り、口を開いた。

 

「おと、白ひげに助けてもらったのはドフィと再会するよりもっと前だよ。残念でした」

 

 妙な勘違いをされると困るのでそこだけは注釈を入れておく。

 それを聞いたドフィは「あん?」と一瞬だけ表情を歪めた。けれど我が家でいちばん優秀な頭脳があっという間に回答を導き出したらしく、不意にその瞳が理解の色を帯びた。

 

「ああ……合点が入った。そうか、ドンキホーテ海賊団(うち)に入らなかったのは、ふん、そういうことかよ」

 

 そして、一旦は引っ込んでいた笑みがなお悪辣に、凶悪な彩を帯びて浮かび上がる。口角は三日月、指先が誘うようにゆるゆると動く。

 

「けど、今ならいいよなァ」

「ん?」

 

 その不穏さに脳内の警戒度数が跳ね上がり、じりっと一歩後ろに下がる。悪巧みを思いついた時そのままの雰囲気を纏うドフィは、僕を見据えて口を開いた。

 

「フッフ、なんせ白ひげからは縁切り。元帥に手ぇ出した時点で賞金稼ぎもめでたく廃業だ」

 

 痛いところを的確に突きながら、ドフィはまるで僕を迎え入れるかのように両腕をおおきく広げた。

 

 そして、

 

「なぁ、ミオ──ここで『うち』に入れば、おれはあんたを許してやる。50億もチャラだ」

 

 まさに寝耳に水な提案をしてきた。

 許す許さないはともかく、こんな戦争の真っ只中で勧誘とかされても正直困る。ドフィの言う通り現時点の僕は全ての肩書きを失った完全無欠な無職だが、それはひとときだけのこと。

 既にハートの海賊団クルーが内定している現状、別の海賊に鞍替えするつもりは毛頭ない。

 

「この戦争は面白ェ。が、それだけだ。今後に差し支えるから趨勢は見届けるつもりだけどな、そう深く関わるつもりもねェよ」

 

 この口っぷりから察するにたぶん死の商人でもやってるな、こいつ。

 株価の変動でもチェックするような口調の裏側から弟の後ろ暗い商売の片鱗が垣間見えてしまい、こんな状況なのにげっそりしてしまう。

 

「けど、あんたがここで頷くなら、この先の手出しは、フフ、随分と適当になるだろうな」

「……」

 

 ……要するに、僕がここでドンキホーテ海賊団に入団するのであれば、白ひげ、それに連なる傘下の人たちへの手出しは海軍へのお義理程度で済ませてくれるということか。

 さっきまでのやり取りで僕が白ひげを『身内』として考えていることを類推して、お誘いにちゃっかり織り交ぜて脅迫してくるところが本当にドフィらしくて流石である。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、十数年くらいで彼の性格はそうそう変わらなかったようでお姉ちゃんはがっかりです。

 

 しかし、返答ならば決まっている。

 

 僕は刀を鞘に収めてしゃんと背筋を伸ばし、顔を上げてドフィを見上げた。

 

「そっちの海賊団には入らんし、深く関わる気がないならとっとと帰れ」

 

 戦に臨む覚悟も信念も気概も持ち合わせずにただいるだけだというなら、それはただの邪魔者である。下手に実力ばっかりあるもんだからタチが悪いことこの上ない。

 

「あ?」

 

 途端、ドフィの顔に浮かんでいた笑みが能面のように削げ落ちた。ざわりと空気が蠢き、濃密な怒気が場を支配する。遠巻きにこちらを窺っていた海兵たちすら尻込みしながら後ずさっていった。

 

「どういう意味だ」

 

 何かの感情の琴線を越えたのか軽佻浮薄な態度すら消え失せて、誰何の声はひたすらに平坦だった。

 簡単に頷くとは思っていなかっただろうが、これは僕の言葉が足りないのが原因だろう。……仕方ない。

 

「どういうもなにも見ての通り──僕は今、すっっげぇ忙しいんだよ!!」

「……はああ?」

 

 一気に怪訝そうになった視線も何のその、異議ありとばかりにびしっとドフィへ指をつきつけ、捲し立てた。

 

「あとそっち海軍サイド! 僕は海賊サイド! しかも元帥に手ぇ出したから海軍エネミーは確定済み! そんなんを堂々と勧誘すんなばか! やるならもっとこっそりやれ! 私掠勅許状取り上げられたらどうすんだよ!?」

 

 まったくこやつは己の立場をなんだと思っているのだろうか。王下七武海で強制招集かけられたというなら、そりゃ完全に海軍サイドである。

 ほんのちょっと前に元帥をボコにした僕にそんな言葉をかけるんじゃありません。誰かにリークされて軍法会議でもかけられたらどーすんだよ。

 

「つうか、物見遊山程度でこんなところにくるんじゃありません危ないんだから!」

 

 なんだってこんな場所で似合わない説教をかまさなければならないのだろうか。全部ドフィが悪い。

 一気に喋り倒すと、ドフィは何だかさっきとは打って変わって気の抜けた声でぼんやりぼやいた。

 

「おれの腕ぶった切ろうとしたくせに危ないとか、どの口で抜かすんだよ」

「うるせーそれとこれとは話が別だ! 仮にも一国を預かる王様なんだからもっと自覚持て!」

 

 王様が倒れたら国が路頭に迷うだろうが。

 

「僕だってオーズの落とし前除けばドフィと敵対なんかしたくねーんだよわかれ! あーもう、とにかく色々迷惑だからはよ帰れしっし!」

 

 とにかく言いたいこと全部言って犬の子でも追っ払うように手をぺぺいっと動かすと、ドフィは一瞬呆然としてから──まるで子供の頃みたいな声で、ぽつんと。

 

「……あんた、ひょっとして、おれの心配してんのか」

 

 今まで何聞いてたんだこいつ。

 

「当たり前だろうがー!」

 

 ほぼ反射的に怒鳴り散らしてしまった。

 色々と遺恨はあるが、べつにドフィを恨んじゃいない。そんなことより実の弟が命のやり取り前提の戦場にいる方が問題である。しかも七武海で王様なんて責任てんこ盛りの状態で。普通に心配するし、できればとっとと離脱して欲しい。

 即答すると、ドフィは妙な姿勢のまま硬直して、それから片手で口元を覆いながら堪えきれないとばかりに笑い出した。

 

「……ふ、フフ、フッフッフ! そうか、そうかそうか、おれのことが心配でそれで早く帰れ、か。フッフ!」

 

 それはなんだかこの場に似つかわしくない、腹の底から明るくなるような、せいせいした声だった。

 攻撃意思のちっとも見えないそれにこちらも毒気を抜かれ、腰に手を当てて呆れ混じりに答える。

 

「そうだっつーの。もう、これが片付いたら今度こっそりそっちの国に遊び行ったげるから──」

 

 その時、視界の隅から飛来する蒼い何かが猛烈な勢いでこちらへ迫り、すり抜けざまに逞しい蹴爪が僕の両肩を掴んでそのまま舞い上がった。マルコさんだ。手加減はしているのだろうけど、なんせ蹴爪なので肉にめり込んでくっそ痛い。

 慌てて両手でマルコさんの足首を掴んで負荷を軽減させながら、残った言葉をドフィめがけて叩き付けた。

 

「──その時は盛大なおもてなし期待してるよ、さびしんぼの王様!」

 

 どんどん遠くなっていく眼下のドフィはこちらを引き留めようともせずに見上げたまま、楽しそうににやにやと笑っていた。

 

 

 


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