しばらくはぼちぼち更新できそうなので、改めてよろしくお願い申し上げます
「ったく、くんなっつっただろうがよい」
ある程度の高度を維持しつつ、ミオを足首にくっつけたままマルコが飛翔しながらどこか楽しそうにぼやいた。
ぶら下がったミオはマルコのすんなり伸びた首の辺りを見上げて口を開く。
「……手が届くかもしれない場所にいるエースの危機に駆けつけない家族なんてどのみち、もう家族じゃいられませんし。それならいっそ、ね」
自分で手放してしまったことに対する寂しさも確かにあるが、こうしてマルコが回収してくれたということは『白ひげ』が助太刀を許可してくれたということだ。
選んだ道を肯定してもらえたようで、嬉しかった。
そうつぶやくと、マルコは先ほどの『白ひげ』とミオとのやり取りを思い出したのかくつりと喉を鳴らす。
「思い切りのよさは親譲りだな。おれとエースの予約はこれでパーってわけだが」
「そこはごめんなさい! です!」
そこは素直に申し訳ないので謝っておく。
マルコは「こんな事になるなんて誰も思ってなかったからな。気にすんなぃ」と言ってくれた。ばさりと羽音が響く度に蒼い燐光がゆらめく。
「にしても、どうすんだよい。オヤジはああ言ったが海軍には完全に身内だと思われてるだろ」
「どうもこうも、エース助けてから考えますよ。そんなもん」
どのみち、ハートの海賊団に入団することになっているので考える必要がないとも言える。
「ま、そりゃそうだ」
マルコはミオのそんな事情は知らないだろうけど、優先順位の問題かと適当に片付けてくれたらしい。
方向的に一旦『モビー・ディック』号へ戻るつもりのようだ。せっかくオーズが稼いでくれた距離が振り出しに戻るのは少し残念だが、あのままだと蜂の巣になっていそうだったから諦める。
仕切り直しだ。
眼下に広がっているのはまさに戦場である。
あちこちからひっきりなしに怒号が飛び交い、剣戟が響き、発砲音と悲鳴が不協和音を奏でている。争乱と鉄火の気配が満ち満ちて、肌が炙られるようだ。
硝煙と煙が風に混じって喉にいがらっぽさが引っかかる。あと、内容までは聞こえないけどなぜかドフラミンゴが戦場のど真ん中で呵々大笑していた。なにやってんだよ……。
じゃっかん呆れが混じった、その時だった。
「ドフラミンゴも使えないねぇ~」
視界の端で真昼だというのに光がたばしったと思ったら、やけに間延びした声が後方から聞こえた。
ぶつけられる敵意に首を動かすと、黄色とオレンジのストライプなんてとんでもない柄のスーツを着こなし、肩から軍属を示すコートを羽織った男性が指先を拳銃のように突き出している。
「とんだ不穏分子もいたもんだよ」
先ほどマルコがぶつかった海軍の誇る最大戦力のひとり、シャボンディ諸島で麦わらの一味を窮地に追い込んだ大将『黄猿』があからさまに自分を狙っていた。
「黄猿!? ッチ、」
遅れてマルコも気付き、咄嗟に回避行動を取ろうと翼を羽ばたかせようとして──
「うわぁマルコさんごめん!」
それより早く、ミオがマルコの両足首を握りしめたまま勢いをつけてぐるりと反転した。
「うぉ!?」
突然の行動にバランスを保つのに難儀しているマルコをよそに、ミオは慣性を味方につけて振り子のように身体を揺らし、マルコの脚に自分の足を搦めながらあろうことか両手を離した。サーカスの曲芸よろしく頭を地面へ向けてぶらりと逆さまに。
不安定も極まった状態で素早く腰にくっつけたポーチを引きちぎって「でいっ」と黄猿目掛けてぶん投げた。
「え~?」
苦し紛れの行動にしか見えなかったのだろう。黄猿は疑問混じりの声とともに、投擲された物体が自分にぶつかる前に迎撃した。
構えた指先からそれこそ某アニメのビームのように収束した光線がキュンと放たれ──ポーチと接触した瞬間、紅蓮の炎が弾けた。
ポーチを中心に嘘かと思うほどの爆熱が吹き荒れ、逆巻く風が猛烈な勢いで黄猿を巻き込んで視界を茶色く染め上げる。
ミオが投げたポーチに詰まっていたのは手榴弾である。
どうせ乱戦にもつれ込んだら使えなくなるので、まだ海賊サイドが到達していない海兵だけの区域にでも投げようと思って用意しておいたのだ。役に立ってよかった。
レイリーとアオガネから黄猿の能力については聞いていた。自然系、光を自在に操る『ピカピカの実』の能力者。光は拡散させるに限る。決定打にはならずとも逃げるくらいの時間が確保できれば御の字だ。
「マルコさんはよはよ!」
「はよはいいけどよい、おま、そんなもんまで持ってたのか」
「いちおう装備は万端整えました! から! まさか黄猿相手に使うなんて思ってませんでしたけど」
ずり落ちそうになっていたミオの足を蹴爪で掴んでいたマルコはじゃっかん引いていたようだが、これ幸いとばかりにスピードアップした。
もうもうと舞う土埃の中から黄猿が飛び出してくるんじゃないかと身構えていたのだが、後方に下がる相手を追う気はないのか気配は感じられない。
内心めちゃくちゃホッとしながら、ふと処刑台の方に目が行ったので軽く手を振ってみたところ、ものすごい顔をしたエースが馬鹿危ねぇぞほんと何やってんだ早く逃げろと怒鳴り散らしてくる。横にいるガープはしかめっ面のまま動かなかった。
「うわ、エースめっちゃ怒ってる~! 桃色お姫様ポジションのくせに~」
不満そうにしているミオだがマルコとしてはエースの心中察するに余りある。
自分を助けに来るのだって予想外だろうに、元帥には攻撃するわマルコが回収したらしたで黄猿に強襲されたと思ったら爆弾投げつけて誘爆させるとか。危ないどころの話ではなかった。
「そこは怒られとけよいっ、と」
そう返しながらマルコが唐突にミオの足を離し、宙に浮いたと思ったらほんの一瞬だけ能力を解除、服を掴んで引き寄せられた。逃さず腕を伸ばして胴体にしがみつけば、既に腕は翼へと変化している。
マルコとミオの付き合いは長いので、わりとこういう以心伝心の動きは得意だった。
「いきなり三大将が襲撃とはな、危険視されたもんだねぃ」
元帥を狙った上、襲撃自体は成功しているので順当ではある。
「こわ、めっちゃこわ! さっきマルコさんよく相手できましたね!?」
真っ先に『白ひげ』を狙いに来た黄猿をマルコが撃退していたのをミオは目撃していた。
直に相対してみると、飄々とした好々爺然としているのにどうにも油断のできない剣呑さの漂う……どころか殺意バリバリで向かってくる姿は軍属というより上にヤのつく自由業みたいだった。
しかし戦桃丸が『オジキ』と呼びたくなる気持ちがよくわかった。むしろ組頭じゃないのか。
「いきなり爆弾投げつけるのも相当なもんだと……あ、」
追跡がないことに安堵したのか、マルコは何か思い出したように続けた。
「さっきはなんだって七武海になんか絡まれてたんだよい。しかもドフラミンゴなんか、いい噂聞いたことねぇぞ?」
「え? ああ、あれ弟っす。可愛くない方の」
この先の対策やらに思考を割いていたミオはものすごくさらっと答えた。
「ハァッ!?」
びっくりしすぎたらしいマルコががくっと傾き、高度が落ちる前に持ち直した。危ない。
「あれが例の弟!? 似てねぇな!」
「ですよねぇ。なんか身長とかみんな持ってかれちゃったんですよ」
「そこじゃねぇ! けど……あー、それでか……」
マルコさんは口の中だけでぶつぶつと呟き、最後につくづくといった感じで。
「ケンカで弾痕こさえるわけだ」
と、ため息をついたのだった。
×××××
そうこうしている内に『モビー・ディック』号の甲板へとミオは下ろされ、間髪入れずにマルコは再び空へと舞い上がった。全景を見渡す偵察役らしい。
目の前の『白ひげ』は湾内へ視線を向けていてこちらに一瞥もくれなかった。さっきの今だ。気まずさここに極まれり。
果たして『白ひげ』はこんなに大きかっただろうか、と考えてしまうほどミオは萎縮してしまう。
「おい」
「ひゃい!?」
そこに突然声をかけられるものだから、変な声が出てしまった。
相変わらず『白ひげ』の視線は前方へ固定されていたものの、言葉は間違いなくミオへと向けられていた。
「おめェなら、どう見る?」
その一言で、完全にスイッチが切り替わった。
目の前にいるのはこの戦を率いる大将であり、ミオが助太刀を願い出た船長である。
視界が明瞭になり、呼吸が肺の奥まで浸透していく。ざっと全景へ視線を流し、事前に調べたマリンフォードの地図を脳裏に描いて照らし合わせていく。
「自分なら、じゅうぶん引き寄せてから、囲んで、潰す」
これだけの兵力だ。数の利と地の利を最大限に生かして策を練る。こちらの目標がエースに固定されているのだから、まず間違いなく餌に使うだろう。
そう述べると『白ひげ』はかすかに口元を緩め、
「いい読みだ」
ぼん、と一度だけミオの頭を軽く叩いた。
「助太刀、期待してるぜ」
その深い声に、信頼のきざはしを預けてもらえたことが分かって、心の底からの安堵が広がり奮い立つ。
「もちろん! いい働きします!」
『白ひげ』も満足げに頷き──その手に乗っかった電伝虫がひっきりなしに騒いでいるのを見たミオは、駆除剤作戦を敢行しなくてよかったと思った。
「グラララ。さすがの"智将"も、持ち直すにゃ時間がかかったらしいな」
にやりと笑う『白ひげ』の表情を見る限り、状況はそう悪くないらしい。
どうやら海軍の命令系統に乱れが出ているのか、海兵たちの動きが微妙に揃っていない。あと"智将"というのがミオがボコにした元帥のことならば、もうそこそこ動けているらしいことが憎らしいやら悔しいやら。
「あの元帥だったら、喉奥どついて電伝虫潰すくらいしかできませんでした」
「くらい、じゃねェよ。出鼻は挫くに限る。あの"仏のセンゴク"の不意を討つなんてぇのはな、大したことだ」
そこでようやく、『白ひげ』はミオを見下ろした。
声を低めて、この時ばかりは愚痴っぽく。
「ったく、このはねっ返りのじゃじゃ馬が。チェレスタの野郎におれァなんて言やあいいんだよ」
「う」
「だが、
そこまで言って、『白ひげ』は指先でミオの頭を小突いてにんまり笑ってみせた。
「行ってこい。あんな啖呵聞かされて奮い立たないヤツなんざ、おれの息子たちにゃいねェぞ」
低い、あたたかい声が背中を押してくれる。
お腹のあたりがむずむずして、自然と笑ってしまう。全身に血液が巡って力が湧いてくる。
ミオも顔を上げて白ひげを見つめ、花のように笑った。
「いってきます!」
そして、そんな海賊たちを後押しするように頭上から声が落ちてきた。
「だから──……だって……だよ!」
「──のまばたきの──」
「……のせいにする気!?クロコォ!」
「ど……──いけどコレ死ぬぞ!下は氷張ってんだぞ~~!?」
悲鳴や鬨の声とは別種の、言い争っているのか賑やかなざわめかしさに顔を上げると、冗談みたいな光景が目に飛びこんでくる。
遙か空の上から落ちてくるものだから模型のように見えたそれは、本物の軍艦だった。
逆しまになった建物ほどのサイズをした軍艦の周りに散らばっていたものはよく見れば人間で、一緒くたになって落下してくる。
戦場にいる人々すべての視線が上に向き、それはある種壮観ともいえる眺めだった。物語的ともいえる。
空から登場する第三勢力とは、誰も予想などできようはずがない。
多数の人影の中にはミオの知る人物が多くいた。海峡のジンベエ、革命軍のイワンコフ、元七武海のクロコダイル、そして──
「ルフィくんすっげぇ」
知らず、ミオはそうつぶやいていた。
レイリーから話を聞いてからマリンフォードに到達できるのは絶望的かと思っていたのだが、こんな登場をするとは。
ぞくぞくするような戦慄が爪先から脳天まで走り抜ける。遠目からでも血と汗と泥にまみれてひどいありさまだったが、その麦わら帽子と瞳の強さは変わらない。
予想が確信に変わる。間違いなく彼には天佑があり、運命に愛されている。
よくよく見れば、落下する集団には麦わらの一味はひとりも混じっておらず、囚人服の者が多い。ということは、インペルダウンに侵入して脱獄までしてのけ、新たな助力まで得た上でエースが処刑される前にマリンフォードまで辿り着いたということか。
本人の資質ももちろんだが、一体どれだけの運を味方につければそんな離れ業ができるのだろう。空恐ろしい。海軍が危険視して賞金額を破格のスピードで吊り上げるわけだ。
氷面に叩き付けられ登場と同時に脱落かと思われた闖入者たちは、揃って先ほどの攻撃で出来た水面へ軍艦ごと着水を果たす。理不尽なまでの運と偶然の噛み合わせが、彼らに花道を添えるようだ。
「──ルフィ!?」
「エ~~~ス~~~!! やっと会えたァ!!」
悲愴な声で弟の名を呼ぶエースとは裏腹に、無事に船へ乗り上がったルフィは心底嬉しそうに彼の名を呼んで手を振った。
「助けに来たぞおおおおおッ!!」
彼を中心として居並ぶ面子の迫力も相まって、このひととき、間違いなく彼らはこの戦の中心だった。
先ほどまでミオへと注意を払っていた海兵たちの視線も根こそぎ浚い、誰もがこの時代の寵児から目を離すことができない。
その求心力、資質を備えた傑物を古来より、人は英雄と呼ぶ。
「……よっし」
そんな彼らを見届けたミオはそれ以上彼らの行動に視線を向けることもなく、白ひげにもう一度「じゃ、今の内に動きます」とだけ伝えて甲板から降りた。
既に思考は戦闘時におけるそれである。
戦意と昂揚が指の先まで循環して、視野が広がり澄んでいく。麦わらのルフィの目的は間違いなくエースの救出なのだから、それだけ分かっていればいい。
ああいう手合いはとにかく目立つ。目立つということは集中砲火を喰らうということなので、あまり一緒にいたくない。
ミオはエースを迎えに来たのだ。確かに麦わらのルフィはエースの弟だが、彼には頼れる協力者がいるようだし、実力があることも知っている。
それならむしろ海兵の目を引き付けるだけ引き付けてくれることを期待して、自分は自分で動いた方がいい。
マリンフォードの地図は頭に入っている。おそらく麦わらのルフィのことだ、突き進むとすれば中央突破を選ぶだろう。
彼らが真ん中ならば自分は左翼からだ。海兵の数が減っていれば幸いだが、麦わらと自分への戦力を分散させるというならそれもいい。
「──さてと」
ミオは終ぞ人へ向けた試しのなかった殺気を含んだ気配を隠すこともせず、表情を冷徹な、刃のようなそれへと変貌させた。
近くにいた彼女を知る傘下の海賊たちが、終ぞ見たことのない表情の変化にギョッとする。しかしそんなことにはもはや頓着する余裕はない。
波の形を保っているとはいえ、凍り付いた海面は天然のスケートリンクに等しい。海兵、海賊関わらず、踏ん張りのきかない氷面は彼らにとって戦いには不向きな場所に他ならない。
だが──ミオにとってそれは障害になり得ない。むしろ、能力を得てからは好んで活用してきた戦法だ。
ミオはほぼ足音すら響かせることなく、猫のように滑らかな動きで氷面を疾走した。
姿勢は低く、重心を保ち、氷面を蹴るのは最小限。ふつうに走るより断然速い。みるみる上がる速度には目を瞠るものがあり、交戦する海賊たちの間を瞬く間にすり抜けていく。
ちき、と鍔が音を立てる。
「な、!?」
ルフィたちにばかり気を取られていた海兵はその接近に気付かず、それが致命的な隙だった。
海兵の向けた視線の先で、怜悧な線が光って見えた。
太刀筋の残像。刃の軌跡。
それと理解するより速く、海兵の意識は闇に引きずり込まれる。
「隙あり、です」
何かが落ちる音が聞こえた。