桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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十三ノ幕.白ひげの切り札

 

 

 ロー、ありがとう。きみに心臓預けてなかったらアウトでした。

 

 目の前でまるでそういう彫像みたいになっているスモーカーさんを押しのけ、なんとか海楼石を避けて脱出成功。とはいえ、状況が状況なのであと数秒もすれば復活してしまうだろう。

 周りの海兵が唐突に動かなくなったスモーカーさんを見て「ス、スモーカー准将!?」「うそだろどうしたんだ!?」とかざわついている。そんな中で馴染みのある気配に顔を上げれば、「スモーカーさんッ!!」と般若の形相をしたたしぎちゃんが駆けつけようとしていた。あちゃー。

 

 スモーカーさんも困るが、彼女に追撃されたらもっと困る。知り合いと進んで鍔迫り合いしたいわけがないのである。

 仕方がないので僕は素早くスモーカーさんの腕をしっかり掴んでぐるん、と回転した。

 

「どっせぇい!」

 

 遠心力を味方につけて巨体をぶん回し、そのままたしぎちゃんへ向かってスモーカーさんを思いっきり投げる!

 

「ええっ! ちょっと、『音無し』の──きゃああ!?」

 

 慌てふためくたしぎちゃんはまさか上司のスモーカーさんを避けることもできず、さりとて受け止めるには体格差が難となり……堪らず押し潰され、うぎゅう、と可愛らしい声を上げていた。

 

「ごめんねたしぎちゃん、ばいばい!」

 

 ほぼ言い逃げして脱兎のごとく走り出す僕である。数少ない女友達の喪失にしんどさ半端ない。

 駆け抜ける途中、スモーカーさんにかっ飛ばされた庚申丸と柄を拾っておいてくれたらしい海賊のひとが「おい座敷童! これお前のだろ!」と投げ渡してくれた。

 

「感謝です! でも座敷童ってなに!?」

 

 すかさずキャッチしつつ心底意味の分からないあだ名に超びっくりしていると、なぜか海賊のひとの方が不思議そうな顔をする。

 

「はァ? 船を守るのはクラバウ・ターマンか座敷童だろ?」

「なんスかその二択!?」

 

 クラバウ・ターマンってアレか。船に住み着く船の妖精っていうか、妖怪みたいなの。船大工の人にも聞いたことあるけど、ドイツにも似た伝承があった気がする。

 でもあれ、乗組員との関係がうまくいかなくなったり、船で犯罪が起きたりすると出てっちゃうって話だからまだ『モビー・ディック』号にいてくれているだろうか。

 

 いや、そもそもクラバウ・ターマン自体が船の座敷童とも言われてるみたいだし、どのみち一緒か。実質一択やんけ。

 

 そんな事を考えつつ、とにかく処刑台の方へ走って走って走る。足場を形成して体勢低く滑走し、飛び出してくる障害物(海兵)は張り倒し斬り払い薙ぎ散らす。それにしても数が多い!

 周りの海賊たちが援護に回ってくれたりしているけれど、それでも多くてうんざりする。完全な乱戦になってしまった。三大将とか七武海が出てこないところを見ると、どうも処刑台の方でも何かもめ事が起きているようだ。……ルフィくんだろうなぁ。

 

 三大将といえば、さっきの『赤犬』とやらが企んだ作戦って結構まずいんじゃなかろうか。

 

 超短期的、かつ一定の成果をおさめていれば有効だっただろうけど、今回に限っては悪手っぽいと思う。

 だって、『赤犬』が『単独で』敵の裏切りを誘発しようとした、というのは裏を返せば『集結させた精鋭の海兵全員を合わせても、海軍の勝利を確信できません』と、よりにもよって海軍の大将様が喧伝したに等しい。

 今は目の前の戦争の方にみんな目が行っちゃってるからいいけど、これ、あとですげぇ問題になったりしない?

 

「……離職率爆上がりとか?」

 

 いや、海軍の今後の離職率の心配なんかする必要ないんだけども。

 

「おいミオ!」

「ぐえっ」

 

 明後日の思考をぼやきつつ次の滑走路()を作りさぁジャンプ、というタイミングで襟首をむんずと掴まれた。

 貴族みたいに膨らんだ袖に胡桃色の髪、ハルタ隊長だった。

 

「ハルタ! え、なに」

「いいからこっちに来い! オヤジが"切り札"を使う、一気に広場へ出るぞ!」

「! わかった!」

 

 お父さんの"切り札"。その存在は知っている。アオガネが教えてくれた。

 先行するハルタを追いかけて走ると、氷上のとある一点に海賊たちが集結しているのが見えた。

 

 『赤犬』が氷面を砕かなくても、こっちにはお父さんがいる。世界を壊すと謳われる『グラグラ』の力は伊達ではない。

 

「──行くぞォ!」

 

 お父さんが満身の力を込めて足を思いっ切り氷面に叩きつける!

 

 能力の込められた一撃は天災に等しい。信じられない規模の揺れ。足場が縦に震動し、僕は自分の足が浮くのを感じた。

 お父さんの足下を中心として蜘蛛の巣のようにびきびきと亀裂が走り、音を立てて氷面が瓦解していく。それでもなお揺れはおさまらず、分厚い氷は耳障りな音を立てて割れて、互いを軋らせ、足場にならないくらい崩壊して──そして。

 

 氷面もとい、湾内深くに待機していた最後のコーティング船が、集結していた海賊たちをまとめて掬い上げるように真下から浮上した。

 

「ウチの船が出揃ったと言った憶えはねェぞ……!」

 

 海軍のどよめきを肌で感じているお父さんが面白そうにつぶやくのが聞こえる。

 『白ひげ』傘下問わず海賊たちはさすがの結束力で船に乗り込み、僕はといえば全身に海水を浴びたせいで襲ってきた脱力感で滑って死にそうになっていた。やべぇ、かろうじて引っかかってる指めっちゃふるえる。

 

「あ、なに落ちそうになってんだ馬鹿!」

 

 気付いたジョズさんが慌てて掴んで引っ張り上げてくれた。危ない。エース助ける前に自分がお陀仏になるところだった。

 

「め、面目ない。ありがと、です」

 

 へろへろになりつつ謝罪の言葉を口にする僕を見てなぜか顔をしかめたジョズさんは「おう」とだけつぶやいて、なんでか僕をものすごく適当に放り投げた。え!?

 全身が宙に浮いて混乱する間もなくひょい、という感じでお父さんが片手で僕を受け止めてくれる。なんだこのお手玉感。

 

「なんてェ顔色してやがる。土左衛門でも降ってきたのかと思ったぜ」

 

 さっきより憔悴の色が見え隠れするものの、まだまだ余力のありそうなお父さんはそう言ってにぃ、と笑った。

 

「よくやった。捨てる覚悟だったが、いざ残ると嬉しいもんだ」

 

 嬉しいと感じたのはもちろんだけどああ、やっぱりという思いが勝った。

 さっき『モビー・ディック』号に立った時に感じていたもの。看護師さんがいないのは当然としても、どことなくうら寂しい気配が漂っていたのは『白ひげ』が『モビー・ディック』を諦めていたからだ。

 

 エースを救出するために、『モビー・ディック』号を捨てる覚悟をしていたからだ。

 

 『白ひげ』にとっても苦渋の決断だっただろうけれど、その覚悟は僕がご破算にしてしまった。でも、それは間違っていたわけではない。

 確信できて、海水とはべつの意味で力が抜ける。報われた気がして、ふへっと僕も小さく笑った。

 

「エースは『モビー・ディック』号が大好きだから。もちろん僕も」

「ああ、おれもだ」

 

 衒いなく答えて、お父さんは僕を下ろして背中をばしんと叩いてくれた。

 

「ここから正念場だ、野郎ども! 気合い入れろ!」

『おお!!』

 

 僕を含めた周りの隊長たちも雄々しく応える。戦意が天井知らずに高揚していくのが肌にびりびり響いて、気力が満ちていく。

 

 それから、お父さんは前方を見据えたまま低く小さく、それこそ僕にしか聞こえないんじゃないかというくらいの音量で。

 

「広場に入ったら、海軍は狙い撃ってくるぞ。ここまできたらウチとの縁が切れたって意味がねェ。それくらいのことをしたってことを自覚しとけ」

 

 それはさっきのスモーカーさんとの交戦でイヤというほど自覚した。『モビー・ディック』号を守ったことに後悔なんかしてないが、『白ひげ』と一緒に行動すると集中砲火に拍車がかかりそうだから迷いどころである。

 

「おめェは十分やった。引っ込んでろと言いてェところだが、どうせ聞きゃしねぇだろ」

 

 "覚醒"の代償ですり潰された体力はけっこう深刻で、たぶんお父さんはそれを察している。

 でも、仮に大人しく引っ込んでいたとしても僕はもう海軍に追われる身だ。マリンフォードにいるだけで命の危機はついて回る。それを同時に理解しているからこそ、言ってくれたのだろう。

 

「うん。動ける内は大丈夫。生きてる間は──大丈夫」

 

 もう間近に迫る包囲壁。その一角、全身を引きずるように重々しく身体を起こす巨体の姿がある。

 あちこちの肉が抉られ、まぶたひとつ上げるだけでも億劫そうなほどの満身創痍だが、その瞳には炯々と覚悟が光を放っている。

 

 オーズ、きみとの約束を、僕はまだ果たしていない。

 

「どうせ、もうどこにいても一緒だしね! やれるだけやってみる!」

「グララ……、よく言うぜ。ああ、好きに暴れてこい」

 

 力強く頷くと楽しそうにお父さんは笑って、そのときだけ、てんで海賊らしくない祈りのように。

 

「……死ぬんじゃねェぞ」

「それは保証できない!」

「そこは嘘でも頷いとけ元馬鹿娘が!」

 

 即答したら怒られた。

 

 

 

 


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