桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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お久しぶりです!
話数が溜まったので本日から頂上戦争編終了まで毎日更新です。
よろしくお願い致します。


十六ノ幕.ちいさなご褒美

 

 

 ガープさんひでぇや。

 

 いや、最初にセンゴク元帥殺そうとしてたのたぶんバレてるし、お互い様といえばそうなので文句をいえる立場じゃないな、うん……。

 海楼石の錠をかけられたのは左手だけなのだが、生憎自分含めてエースもルフィくんも能力者なので外してもらうのは無理だ。規格が男性なのか、手首にかかったそれは多少ゆるかったけど外せるほどの余裕はない。非能力者がいたところで鍵もないから結局どうにもならないのだった。思ったより厄介な餞別をくれたものである。

 

「火拳のエースが解放されたァ~~ッ!!」

 

 海賊と元囚人たちから上がる歓呼の声と、海軍側から湧き上がる動揺と驚愕の混ざった怒声が波を打って気配と一緒に渦巻いている。

 僕だって本当に嬉しい。このためだけに来たといっても過言ではないので当然である。予断を許さない状況なのは分かっているけど、気を抜くとただでさえ力が入らないのに頬がゆるゆるになりそうだ。

 

「ルフィくん、ありがとう!」

「ししっ、おう!」

 

 超至近距離に見えるルフィくんにお礼を述べると、彼は達成感にみちあふれた明るい笑顔で応えてくれた。

 ところでルフィくんがぶら下げている処刑人スタイルのひとは誰だろう。随分とやつれた感じだが……たぶん味方と思っておくことにする。

 

 それより。

 

「エースおかえり! おかえりぃいい! あとごめん、ほんっとごめん!」

 

 エースが脱出と同時に放った炎の渦に無理やり突っ込まれる形になった僕は、現在エースの手荷物である。本当に申し訳ない。

 ルフィくんの襟首もひっつかみながら落下しているエースは自由の身になって早々に両手が塞がれているという、傍から見たら子守りにしか見えない感じなので罪悪感がもりもり湧いてくる。

 

 半べそになりながらおかえりと謝罪を連呼すると、じゃっかん呆れのまじった怒声が返ってきた。

 

「ジジイ相手に油断すんじゃねェよ! 厄介な錠までつけられやがって!」

「いやほんとそれな!」

 

 このくっっそ大事な局面でどんなしくじりを犯しているのだという話である。

 とかく海に嫌われている悪魔の実の能力者は、同じエネルギーを秘めた海楼石に触ると能力は封じられるわ全身のちからが抜けていくわで大変なことになるのだ。僕だって例外ではないので、能力はまったく使えないしさっきからだるさと目眩がおさまらない。たちの悪い風邪の初期症状みたいだった。

 

 ガープさんはああ言ってくれたけど足手まといになるくらいなら置いていかれる方がマシなので、僕の手首を掴んでいるエースの大きな手を軽く引っぱりつつ、提案。

 

「こっから大変だし邪魔になるのイヤだから、なんなら捨て置い「ふん!」とても痛い!」

 

 言い終える前にゴンッ! とエース渾身の頭突きが僕の脳天に炸裂した。強烈な衝撃でただでさえぐらぐらする脳みそが更に揺さぶられる。

 両手が使えないから頭突きなのだろうけど、それにしてもひどい。あの爺にしてこの孫ありか。

 

「うぐぅ、ま、まだ全部言ってない……」

「言わせるかよ! それ以上言ったら頭突きだからな!」

 

 「もうしとるガネー!?」とさっきのげっそりオジサンがツッコミを入れてきた。ナイスです。

 ずきずきするおでこを左手で押さえている僕を睨みつける瞳の強さは、身震いしそうなほどに剣呑だった。さっきまでの苛立ちなんかとは比べ物にならない、それは本気の怒りである。

 

「なんでそうあほなこと言い出すかなあんたは! いい加減にしねェとおれだって怒るぜ!?」

「もうギンギンに怒ってんじゃん!」

「うるせェ当たり前だ! 長年うちで娘やってたくせにそんなこともわかんねェのか!!」

 

 顔面が物理的な炎になりそうなくらいの怒髪天でほぼ反射的に出てきたであろうその怒声は、僕の中身を揺さぶるにじゅうぶんな言葉だった。

 

()()()()()()()()()()()!?」

 

「──!」

 

──がつん、と。

 

 さっきとはまったく異なる衝撃で目が覚めるような思いだった。

 

 逆サイドにいるルフィくんがエースの言葉に吹き出して、そうだったこの二人兄弟だもんなぁと変な感想を抱く。根がそっくり。それ以前に仲間を見捨てるような輩は『白ひげ海賊団』には存在しないし、そも、そういう海賊団ならエースのためにここまでしないわけで……。

 

 つまるところ、僕はものすごくあほで極めつけにばかばかしいことを言い出したのだ。そりゃエースだって頭突きくらいするか。

 

 しょぼしょぼと俯く僕を見つつ、エースはさっきまでの怒りを打ち消して静かに言った。

 

「つーか、ミオだってここまで頑張ってきただろ。めちゃくちゃ頑張ってたの、見えたぜ?」

 

 だから、と、自分だって相当ぼろぼろなくせにてんで平気そうな顔をしてエースは続けた。

 

「ここからはおれが守ってやるから、心配すんな」

 

 ガープさんの予想通りの返事をしてくれるのが不思議に嬉しくて、ちょっとおかしかった。なんだ、ガープさん二人のこと大好きじゃん。

 炎熱の盾に守られて地上に落ちるまで、ほんの少しの、言ってみればご褒美みたいな時間の中で。

 

 エースはほんの一瞬だけ、照れくさそうにはにかみながら早口でつぶやいた。

 

「あと、ただいま」

 

 全身の傷が痛々しいけど、浮かべた笑顔は僕が『モビー・ディック』号にいるときエースが浮かべていたものにそっくりで。

 

 それで、ようやく。

 

 ああ、ここに来てよかったと思った。思うことができた。胸がぎゅーっとなって、幸福感と安心でぱんぱんになって、こわばっていた不安がとろけた気がした。

 

 ただ、状況が状況なのですなおに喜んでもいられないのが辛いところだ。

 

 エースはすぐに表情を変える。眼光鋭く周囲を見回し状況把握。

 

「気ィ抜くなルフィ! 一旦バラけるぞ!」

「おう!」

 

 即応するところがさすが兄弟である。

 エースはルフィくんを離して僕だけ片腕で抱え込み、大きく腕を振り上げる。

 

「"火柱"!!」

 

 振り下ろされた腕が膨大な炎熱の柱と化して、着地地点の周りにいた海兵たちを一掃する。

 熱波が吹き荒れ、吹き飛ばされた海兵がいた箇所に引かれた炎の同心円。ルフィくんとエースを中心としたそれは余計な海兵を近寄らせない。

 

 ルフィくんとエースさんが背中合わせに立ち、示し合わせたように構えて拳を握る。

 

「戦えるか、ルフィ!」

「もちろんだ!」

 

 意気軒昂そうではあるものの、ルフィくんは少し心配が残る。

 どんな奇跡を使ったのか(たぶんイワちゃんさんの能力だと思う)回復したように見えるけれど、累積された疲労は並大抵の量ではあるまい。かといって加勢できないのが歯がゆい限りである。

 

「おまえに助けられる日が来るとは夢にも思わなかった。ありがとう、ルフィ」

 

 小さく、けれど誇らしげにつぶやかれた言葉にルフィくんはむずがゆそうに鼻の下を指でこすり、「にししっ」と笑った。

 

「白ひげのおっさんたちが助けてくれたからな!」

「だな。ミオはおれに海楼石当てんなよ。またあほなこと言い出したら張り倒すからな」

「……お世話かけます」

 

 場合によっちゃ放逐しろと言いたかったが先に釘を差されてなにも言えない。能力を封じられた体力底辺のお姉ちゃんは無力である。

 のんきな会話はそこまでで、大挙して押し寄せる海兵がすぐそこまで迫ってきていた。

 

「助かった気になるなァ! ここがおまえたちの処刑場だ!!」

 

 それぞれに構えた銃から吐き出される連続の発砲音。だが、ここにいるのは自然系のエースと超人系とはいえゴムのルフィくんだ。弾丸はエースを素通りし、ルフィくんは食らっても肌が伸びて弾き飛ばす。その跳弾?を食らった数名の海兵から悲鳴が上がる。

 僕はといえば海楼石がすこぶる丈夫なので、自分に迫る弾丸は手錠を利用して弾いた。多少痛いし腕は痺れるが、直撃に比べればどうということはない。こういう事には便利じゃん海楼石。

 銃が駄目なら、と軍刀に切り替えた海兵たちが再び猛追してくるが、もはや脅威とは呼べなかった。

 

 この場は、二人の独壇場だ。

 

「弟なんだ。手出し無用で頼むよ」

 

 真横に振り抜かれた軍刀をしゃがんで避けたルフィくんの頭に手を乗せて、曲芸めいた動きでエースは海兵を睨めつけた。

 

「"火拳"!!」

 

 窮屈な海楼石に押し込められていた悪魔の炎が、これまでためてきた鬱憤を吐き出すように噴出する。猛々しい猛火が荒れ狂い、けれどそれはルフィくんと僕には傷ひとつつけない。一秒とて同じ形を保たない慌ただしい橙色は味方に暖かく、敵に激しい、それはエースの命のいろだ。

 応えるようにルフィくんの動きもキレが増していく。伸びる拳が猛威を振るい、海兵たちを鎧袖一触、蹴散らしていくさまは壮観だった。掛け算というよりは、乗算。お互いの呼吸を知り尽くしているからこそできる、兄弟ならではの流れるような連携である。

 

 見惚れてしまうようなコンビプレイで開かれた方角へ首を向けると、ハルタたちを筆頭とした海賊たちが待っていた。

 

「二人の逃げ道を作れェ!!」

 

 ハルタの号令に雄々しく応え、海賊たちも撤退に向けて迅速に動き出す。……僕はエースの手荷物だし、走ってないのでカウント外なんだろう。自業自得なので拗ねてなんかいません。

 エース奪還という目的を達成したので海賊たちの士気は今や爆上がりである。海賊というものは撤退戦というものに一家言ある生き物だ。お宝を奪って逃げるのは海賊の基本ジョブであるからして。

 

 炎を纏って構えながら、エースはつくづくとつぶやいた。

 

「強くなったな、ルフィ」

 

 二人は血がつながらなくても兄弟だ。成長を目の当たりにできたことが本当に嬉しいのだろう。

 

「いつかエースも越えてみせるさ!」

 

 明るく応える弟に、エースはそうか、と頷いてから前方に鋭く視線を移す。

 

「じゃあまだ、今はおれが守ろう」

 

 ここからでも感じ取れる零下の気配。ぞわりと背筋が震え、首を巡らせると案の定な人物が見えた。

 見上げるような上背に、こんなところでも外さないアイマスク。気怠げだが隙のない立ち姿には実力と自負が透けてみえる。

 

「明日もねェのにいつかって……こっから、逃げられるわけねェじゃねぇの」

 

 いつの間にか、三大将の一角が不機嫌も露わに待ち構えていた。

 

「青キジさん……」

 

 思わずつぶやくと、青キジさんは白けたような、けれど怒気を含んだ瞳でこちらを見据えてくる。

 僕を抱えているエースが「いつ青キジと知り合ったんだよ」とか言ってくるけど答える余裕がありません。

 

「やってくれたもんだよ、ちびちゃんもさ。さんざん暴れてくれちゃってまァ……おかげでこっちは大損害だ。あんとき殺しておくんだったよ」

 

 だるそうながらしれっとつぶやかれた物騒な発言に、エースの手に力が入る。

 

 いろんなことが起こりすぎてもう随分と前にも思えるけれど、数えてみれば近々の出来事である。この戦争が始まる少し前、僕は青キジさんから協力の打診を受けた。

 そのときの僕は、青キジさんからしてみればちょっと実力のある一介の賞金稼ぎである。諸々を鑑みて戦争後における事後処理──白ひげ海賊団の残党狩りを要請というか、お誘いをしてくれたわけだ。

 で、僕はそれをお断りした。『親子関係破綻の危機』を理由にして。親子関係というのはまぁ、言わずもがなというやつである。

 

「それは残念でした」

 

 あの時点で青キジさんに身バレしていたらそりゃもう大変だっただろうから適当に誤魔化しただけだが、青キジさん的には白ひげ海賊団の一味をみすみす取り逃がしていたということで憤懣やるかたない、といったところか。

 腹が立つのはわかるし悪いことしたなぁとはちょっと思うけど、こればっかりは仕方がないことでもある。

 

「嘘は言ってなかったんですけど、ね」

 

 だから、謝罪はしない。後悔していないのに謝るのは卑怯だし、違うだろう。

 

「まァ勘当はされたわな。けどそりゃ詐欺師のやり口だよ。ったく、タチ悪いったら」

 

 がりがりとアイマスク越しに頭を掻いて、僕を見下ろす青キジさんの瞳は底冷えするような殺意を孕んでいた。

 

「さっきまでので確信したがあんた、危険だよ。ぶっちゃけそこの二人と同じくらいやべェから──ここで、死んどいてくれや」

 

 言葉を体現するように、周囲の温度が急激に下がっていく。青キジさんの構えた指先が音を立てて凍りつき、空気中の水分をも凍らせてみるみる質量を増やしていく。

 エースは僕を放り出して「さがれルフィ」と不敵な笑みを浮かべて前に出ると、全身から発火して紅蓮の炎を巻き上げる。唐突にほっぽりだされて対応できず、無様に転がりそうになった僕をルフィくんが支えてくれた。

 

 その、視線の先で──

 

「"暴雉嘴(フェザント・ペック)"!!」

「"鏡火炎(きょうかえん)"!!」

 

 エースから迸る爆炎と青キジさんの繰り出した怪鳥を模した氷の化け物が──正面から激突した!

 

 相性でいうならエースに不利なことは間違いないが、ここで必要なのは相手を打ち負かすことではない。両者の勢いは拮抗しており、衝突した箇所から高温に炙られた氷が瞬時に蒸散して猛烈な水煙と化して周囲の視界を塞ぐ。超高熱と氷といえど水分がぶつかるのだから、水蒸気爆発が起こらないのが不思議なくらいだ。

 

 もうもうと熱気を孕んだ蒸気で霞む視界の中、エースは流れるような動きで反転すると駆け出しざまに「悪ぃ」とつぶやきながら僕を肩に担いで再び走り出す。いやほんと役立たずだな僕。やべぇよ。この手錠早いとこ外さないと。

 

 足止めを食う羽目になった青キジさんが顔をしかめるのが、濃霧の隙間からちらりと見えた気がした。

 

 

 


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