桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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十七ノ幕.親愛なる尊きひとたちへ

 

 

 爆音を轟かせながら空転する、巨獣の如き外輪船がたったひとりの片腕によってたやすくその場に留められていると──誰が信じられるだろう。

 

 暴れ馬を宥めるように片手を船の船底に添えて突っ張っている『白ひげ』はたいそう大柄とはいえ、威圧的な巨大船に比べればあまりにも小さく見えた。

 

 それは甘言に惑わされ、仲間たちを窮地に追いやった己の罪過を贖うにはこれしかないと覚悟を決めて、外輪船を死地へと出航させたスクアードをも愕然とさせたに違いない。

 

「子が親より先に死ぬなんてことがどれほどの親不孝か、てめェにゃわからねェのか、スクアード……! つけ上がるんじゃねェ!」

 

 そう、口にする『白ひげ』の声はどこまでも透徹で、まっすぐで。

 

 自分の命で贖罪をなそうとしたスクアードよりもなお硬く、重く、いっそ無慈悲にすら思えるほどの切れ味を含んでそこにあった。

 

「ここでの目的は果たした。もう、おれたちはこの場所に用はねェ」

 

 だから、ミオにはわかってしまった。

 

 先に続くであろう言葉も、意味も、覚悟も、何もかもが本当に、はっきりと理解できた。できて──しまった。

 

「今から伝えるのは、最期の"船長命令"だ……!」

 

 自分を担いでいるエースの身体がふるえて、指先の温度が急激に冷えていくのが痛いほどに伝わってくる。受け入れがたい言葉に愕然として息を飲む海賊たちの気配も、誰かが今にも泣きそうなことも。

 

 『白ひげ』が一体どこでその覚悟を固めるに至ったのかは、わからない。戦場での発作か、肝心なときに思うように動かなかった身体か、それとも──病に取り憑かれたとうの昔から、か。

 

 ミオだってたいていろくでもない宿痾を抱えているが、海賊だって負けていない。

 

 彼らは海で生きて、海で死ぬ。それが矜持で、誰も侵すこと許さぬ不文律だ。船乗りとして、海賊として、『白ひげ』が残る命を燃やし尽くすのはここでしかない、という確信を得たのだろう。

 そして限界まで膨らんだ肺から繰り出された大喝は、さぞ仲間たちの胸を揺さぶったことだろう。

 

「お前らとおれはここで別れる!! 全員!! 必ず生きて!! 無事、新世界へ帰還しろ!!」

 

 予感していた通りの言葉の羅列に、周囲から果てしない驚愕と、かすかに啜り泣きに似た音が漏れてくる。

 

 けれど、彼らは『白ひげ海賊団』だった。

 

 戦と船長に命を懸けるのを当然としている海賊たちは、船長の意気地に命を懸けて応える義務があった。──それが、どんなにか自分たちの心をすり潰す決断だとしても。

 

 『白ひげ』が豪腕を振りかぶる。愛すべき息子たちを戦場から一人でも多く逃がすために。

 

「おれァ時代の残党だ……! 新時代におれの乗り込む船はねェ……!!」

 

──そうか、それが理由か。

 

 すとん、と腑に落ちた。

 

 大気が割れて、桁外れの地響きが轟き、世界が揺れる。エースに気兼ねする必要のなくなった能力は脅威的な威力で海軍に猛威をふるった。

 親を慕い泣き叫ぶできの悪い息子たちを『白ひげ』はダメ押しのように叱りつける。

 

「船長命令が聞けねェのか!!! さっさと行けェ! アホンダラァ!!!」

 

 電撃のような怒号に倣うように、他の息子たちが動いて叱咤する。ぐずる仲間の背を蹴飛ばして、腕を引き、最後の意気地を貫こうとする意思に殉じて涙を呑んで、背を向ける。

 『白ひげ』隊員ほどには紐帯の太くないルフィとて彼の覚悟のほどを見てとったのか、幾分か冷静さを取り戻したような神妙な顔でエースを促した。

 

 その時、ふと。

 

 死に場所を定めた男がエースたちへと視線を向けて──かすかに頬を綻ばせた。

 

「──!」

 

 言葉なき激励がつよく背を押して、誰もがそれを受け入れるしかなかった。

 

 新しい時代。芽吹いた新芽を守れた安堵。老兵が去るには申し分のない檜舞台がここにある。

 無数の海兵も城塞も破砕され、何もかもを道連れにせんばかりの破壊力が島中を覆い尽くす中でミオは『白ひげ』の言葉を咀嚼して、飲み込んで、納得した。

 

 エースはふらつく身体でそっとミオを傍らに下ろすと、猛烈な勢いで炎を噴出して『白ひげ』の周囲にいた海兵たちを蹴散らした。『白ひげ』の堂々たる立ち姿を前にがばりと両膝をつき、拳を地面に叩きつける。

 

 ほんの束の間の一対一。爆音も喧騒も遠ざかり、親子の時間が訪れる。

 

 敬慕の焔が飾り、親愛の炎が彩りを添える。

 

「言葉はいらねェぞ……ひとつ聞かせろ、エース」

 

 我が子を守り、決して退かぬ覚悟を決めた『白ひげ』の、父としての問いだった。

 

「おれが親父で、よかったか……?」

「勿論だ……!!!」

 

 止めるすべのない涙を滂沱とあふれさせ、迷いひとつなく答えるエースを見て、『白ひげ』は口元をゆるめて、ひどく満足そうに笑った。これで思い残すことはないと言わんばかりの、あたたかい表情だった。

 

 血の繋がりはなくても、つながっている。こんなにもかたく強靭に、結ばれている。

 

 受け継ぎ、託し、託され、このとき──たしかにエースは『白ひげ』の遺志を継いだのだ。

 

 

──本当は、ここで永のお別れだった。

 

 

 エースは父との訣別を受け入れ、『白ひげ』はここで命の最後の一滴まで燃やし尽くす。海の男ならば一度は憧れるような、歴史に残るほど壮烈に華々しく、己の命を爛漫と咲かせて散るだろう。

 それは、なんと天晴な死に様、海賊の本懐ここにありと後の世にまで謳われる海戦絵巻となるに違いない。

 

 けれど──

 

 エースのそばに突っ立っていたミオは『白ひげ』をじっと見つめてから、痛いほどくちびるを噛み締めているエースを見下ろして、もういちど顔を上げて、呆れて、ため息をついて──音を立てて息を吸い込んで。

 

 割れんばかりの怒号を放った。

 

 

「──ふっ、ざけんなぁああああああッッ!!!!!」

 

 

 『白ひげ』に勝るとも劣らない、ものすごい大声だった。

 

 エースが弾かれたように顔を上げて、『白ひげ』が瞠目する。海兵どころか海賊たちまでもが驚きで涙を引っ込めざわついて、ルフィもぎょっと振り向いた。

 けれどミオは止まらなかった。止まれるはずがなかった。

 

 ミオは怒っていた。本当に、腹の底から怒っていた。額に血管が浮かぶほど切れていた。もはや衝動に近かった。ゆるせなかった。

 

 ミオは目的のために手段を選ばない。エースを連れ出す、そのためにここに来た。それ以外は全部些事だと放り投げて、背を向けて、そうしてようやくたどり着いた。

 もうちょっと頑張れば、目的は達成できる。だってエースはここにいる。

 

 なのに、なのに──

 

「さいごの、船長命令? 別れる? 挙げ句の果てにはさっさと行け!?」

 

 かつて『白ひげ』の愛し子だった、ちびで馬鹿な娘は──そんなこと知ったことかとばかりにがむしゃらに、正面から『白ひげ』を罵倒した。

 

「寝言は寝て言え、エドワード・ニューゲート!!」

 

 ミオがこんなところにいるのは徹頭徹尾エースのためで、それがすべてだ。

 

 だからこそ、こんな顛末を許容できるわけがない。

 

 ふらつく身体を意思でねじ伏せて仁王立ち。『白ひげ』を真っ向から見据えてミオはただただ言い募る。

 

「だいたい、ただでさえ親子関係の話になるといっつもぺなぺなしてるエースの前で『白ひげ』が死んでみろ! あとから自分のせいだとか後悔して突っ走った挙げ句に仇討ちとか言い出して手の込んだ自殺に踏み切ろうとするに決まってる!」

「ぺなぺなって、おい!」

 

 思考の処理が追いついてないエースがなにか言いかけたが、ミオのひと睨みで思わず黙る。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!?」

 

 

 『白ひげ』は黙って聞いていた。かすかに眉をしかめ、なにか言葉を探しあぐねているようだった。

 

「息子のこといちばんわかってるのはそっちのくせに! なんで! そういうこと言い出すかなぁ!? 船長がいなくなった海賊の末路だって知ってるでしょう!?」

 

 『白ひげ』という求心力を失った『白ひげ海賊団』がどうなるかなど想像に容易い。奪ったぶんだけ奪いつくされる。それは後生大事に守ってきた土地も命も宝もすべて。

 それが船長を亡くした海賊を待ち受けているものだ。奪って奪って奪い尽くしてきたものたちは、奪われ、掠奪され、踏みにじられる。例外なんかない。

 

「それをぜんぶ可愛い子どもたちに押し付けて自分だけ満足してとっとと逝こうなんて、冗談じゃない! ()()()()『白ひげ』ぇ!!」

 

 支離滅裂で手前勝手な暴論を吐き散らし、ミオは瞳を炯々と滾らせて『白ひげ』を射抜く。

 

 『白ひげ』がどれだけの覚悟をしているのか、どんな決意を胸に秘めて死地を駆けようとしているのか、ミオには痛いほど理解できる。

 だから、ここにいるのが他の誰かで、同じ覚悟を胸に抱いていたとすれば止めなかった。それができることへの憧憬を秘めて、心から武運を祈り、送り出した。

 

 

 死すべき場所で死すべき道を喪ったみじめな人間の末路が──他でもない自分だからだ。

 

 

 けれど、だから。

 

 知っているから踏みにじる。わかっているから蹂躙する。どれほどの無理難題を強いているのかをすべて把握していながら、それでもミオは、ミオだけはその決断に否を唱えなければならなかった。

 

 だから、こそ──

 

 ぜい、と荒く呼吸を吐きながら、立っているのも限界で腰の刀を鞘ごと引き抜いて杖代わりに地面へ突き刺すと、ミオは残った空気すべてを使って最も効果的で、悪意ある言の葉を紡ぎだした。

 

「あんたそれでも、()()()()()()!!」

 

 それは、おそらく──その一言は、この場で『白ひげ』がもっとも聞きたくなかった言葉だった。

 

「……ッ!」

 

 だってそれで『白ひげ』の表情が変わったから。

 これまでの船長としての威厳がゆらぎ、瞳が移ろう。その視線の先にいるのは、目を離してはならない仇敵の海軍──ではなく、『白ひげ海賊団』だった。

 

 愛すべき、彼の『家族』だった。

 

 そしてその仕草、瞳の動き、気配の変化すべてからミオはわずかな光明を見出した。

 

 こんな言葉だけで『白ひげ』が命令を覆すわけがない。十年以上『娘』だったのだ。それくらいわかる。彼には意地があり、覚悟がある。腹をくくった人間ほど厄介なものはない。相手が『白ひげ』なのだから、なおさらだ。

 

 そんな彼を動かすには、ミオの覚悟だけでは不十分だ。命であってもまだ足りない。

 

 それなら、と。

 

 

 『白ひげ』の覚悟という超重量の天秤を動かすためにこれからミオは、一世一代の博打に出る。

 

 

 

×××××

 

 

 

 とうに体力なんか底をついているだろうに、瞳だけは狂的な色を含んだまま『白ひげ』を怒鳴る声はいちいち『白ひげ』の心を打撃していた。

 

 左手に海楼石の錠、死人みたいな顔で頬だけを赤くしたミオはふらつく身体を愛刀を杖代わりにして支えながら、嘔吐くような咳を何度も繰り返している。

 

「……跳ねっ返りにもほどがあらァ」

 

 そんな元愛娘を見下ろしながらつぶやかれる『白ひげ』の声は、自分でも驚くほど力がこもっていなかった。

 長い旅の終わりがこれならば悪くないと覚悟を決めた。乗る船のない海賊ほど滑稽なものはない。確信して、残った命すべてを使い尽くして子供たちに未来を渡せるのなら本望だった。

 

 けれど、ミオはそれに否という。

 

 海賊『白ひげ』ではなく、数多の息子を持つ父としての責任を問い、痛罵する。かつての仲間たちと、エースのために。

 

 それは骨の髄まで海賊だった『白ひげ』の『宝』が一風変わっていればこそ、飛び出してきた難題だった。

 

 息子たちはミオの言葉に揺れているようだった。エースも洟をすすり、『白ひげ』の答えを固唾を呑んで見守っている。

 

 生まれてくる息子を拝むことなくロジャーは逝った。エースを置いて海賊として死のうとしている自分は、ロジャーとどう違うのだろうか。

 

 それでも、海賊には意地がある。意地も張れなくなったらおしまいだ。

 

 そして一度張った意地を貫き通すのが、海賊の矜持だ。

 

 『白ひげ』はミオを見下ろして、駄々をこねる子供に言い聞かせるように。

 

「おれがてめェの言うこと聞いてやる義理は……もう、ないんだぜ?」

 

 もう親子じゃない。娘じゃない。繋いだ縁はちぎれて途切れ、海賊でも海軍でもなくなった、宙ぶらりんの根無し草。

 

 それでも『白ひげ』はミオを愛している。わからんちんで馬鹿で無鉄砲で、親友の忘れ形見の可愛い愛娘。エースを奪還してミオまで生き残っていたのは幸いだった。

 どちらも海軍から目をつけられているのだから、できるだけ迅速にこの戦場から離脱して欲しい。

 

 『白ひげ』は子供たちのために海賊でいなければならない。

 

 だったら、こう言うしかない。

 

「助太刀はもう終いだ! てめェもとっとと退散しろ!」

 

 ミオは『白ひげ』の怒声に一瞬びくりと肩を竦ませてから、平然とした顔で頷いた。

 

「うん、そりゃそのつもりですよ。なんたって危ないし」

 

 でも、とつぶやくミオの横には軍曹がいる。ミオの手助け以外では『白ひげ』と付かず離れずの距離を保っていたあの蜘蛛が、器用に何かを手渡している。

 それは糸玉に見えた。白くて、一本一本の糸が妙に太い。ロープと毛糸の間のような糸玉。

 

「置いていかれるのも、置いていくのも、もう懲りたよ。うんざりだ」

 

 独り言のようにつぶやかれる言葉にこもる実感は、重い。

 ミオの歩いてきた道程を思えば、また同じような思いをさせることにじゃっかんの罪悪感が湧いて出る。

 

「でもおとう、『白ひげ』の言いたいこともわかる。……半分だけね」

 

 不思議なことをつぶやいて、ミオは唐突に踵を返すとエースに走り寄って毛糸玉を押し付けた。

 

「? なんだよ、これ」

 

 ミオはエースの疑問に答えず『白ひげ』に向き直り、傲然と言い放つ。

 

「だから、もう知らん! だって僕もう白ひげじゃないし。白ひげじゃないし! 勝手にしろ、『白ひげ海賊団』!」

 

 根に持っているのか同じことを二回言って、エースの手の中にある糸玉を適当にほどいて先端を見せつけるようにして、なんでもないことのようにさらりと。

 

「この糸、『白ひげ』につながってるから」

「はァ!?」

「ッ!?」

 

 ぎょっとエースが目を見開き、『白ひげ』も予想外の言葉に瞠目する。

 

 確認すると、光の加減でかすかに細く、きらきらしたものが『白ひげ』の身体のあちこちを取り巻いていた。ほどけない程度にゆるく、間違っても悟られないように慎重に、そして決してほどけぬように。

 

 もしかして、軍曹が『白ひげ』とつかず離れずの距離にいたのは、すべて、このための──

 

「『おたから』を持って帰るのは海賊なら普通のことだし、でっかいなら紐でもつけて引っ張らないとね?」

 

 それはまさに、地獄で垂らされた蜘蛛の糸。

 

 それを引くか引かないかは、彼の『息子たち』に委ねられた。

 

「まぁでも、好きにしたらいいよ。引いてもいいし、切っても構わない。撤退には……邪魔だし?」

 

 けたりとミオが笑い、意味を飲み込んだ息子たちが我先にとエースに殺到して糸玉をほどいて掴んでいく。ロープ状のそれは無数に枝分かれしており、そのすべてが『白ひげ』へとつながっている。

 

 最初にそれを引いたのはサッチだった。

 

「おれは! まだオヤジに食ってもらいてェもんが山ほどあるんだ! こんなところに置いて、帰れるもんかよォ!!!」

 

 決死の顔をしたサッチが両手でロープを掴み、泣きながら叫んだ。腕が、足が引っ張られる。

 ものすごい勢いで走り込んできたハルタが「エースに渡して燃やされたらどうすんだばかやろう!」と糸玉をひったくり、次々に息子たちがロープを握りしめている。何人かは船長命令が頭にあるのか戸惑っていたが、やがて意を決したようにロープへと手をのばす。

 

 今なら糸を切ることはできる。覇気をこめて薙刀を振るえばいかに海王類すら囚える糸でもあっさりと断ち切れるだろう。

 

 けれど──

 

 堰を切ったように息子たちの声が雪崩を打って押し寄せる。

 

「いやだオヤジ! 置き去りになんてできねェ!!」

「あとでいくら怒ってくれても構わねェ! 帰ろう!」

「おれたちのオヤジを、『宝』を! 海兵なんかにくれてたまるかァ!!」

「オヤジ! オヤジィ!」

 

 鼻水を垂らし涙を流しながら、海兵の存在など忘れたかのように一心不乱で自分をひっぱる力とわめき散らす息子たちの声。声。声。

 

「てめェ……!」

 

 やられた、と心底思った。

 

「ちなみに、僕は『白ひげ』が死んだら地獄まで追いかけてもういっかい殺すから!」

 

 物騒な台詞をやたらと爽やかに言い放ち、その瞳がどうする? と問いかけてくる。

 

 『白ひげ』の膂力があればその場に踏みとどまることは容易だが、そうなるとロープを引いている息子たちが海兵の攻撃にさらされる。自分のためにこれ以上犠牲を出しては意味がない。

 

 ミオはあろうことか、『白ひげ海賊団』の命を盾に『白ひげ』を脅しているのだ。

 

 これ以上ないほど卑怯で、あくどいやり口で──『白ひげ海賊団』の一員であったなら、まず用いることのできない手段だった。

 

 ぐずぐずしてもいられない。引かれるがままに自分から足を踏み出さざるを得ず、『白ひげ』はミオを睨めつけ、口の端だけは堪えきれず釣り上げながら言った。

 

 

「てめェは、魔女か」

 

 

 人を惑わし、運命を惑わし、求めるものを手段を問わずに与える存在を他になんと呼べというのだろうか。

 

 返事の代わりにミオは笑った。

 

「──くひひっ」

 

 薄いくちびるを限界まで引き上げて瞳を細め、普段のそれとは違うひどく悪辣で、しゃっくりするような引き笑い。

それは、かつて『コチコチの実』を食べた『白ひげ』の朋友にして『ラグーナ海賊団』を率いる船長のそれと……そっくり同じだった。

 

 そして、魔女と称された白い髪の異端児は笑みを崩すことなく、ひとりごちるように。

 

「『白ひげ』は時代になんかならなくていい。世界でいちばんしあわせで、平凡で、なんてことない老後を『家族』に看取られて……大往生、するんだよ!」

 

 『白ひげ』の抱えたすべてを台無しにして──ミオは魂の底の底から本音を吐いた。

 

「海賊にとっての、夢のまた夢に──なって、みせて」

 

 それは、かつて『白ひげ』の言った夢の果てへと連れて行こうとする、祈りのようにも聞こえた。

 

 

 


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