桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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一.楽園、水葬

 

 

 最近、ベビー5は毎日が楽しい。

 

 ベビー5は美しい女性である。うねる黒髪に意思の強そうな瞳。すらりとした脚を彩る際どい短さのメイド服に真っ白なエプロン。口にはタバコを咥えているが、今日はまだ火を点けていない。

 随分と男性嗜好の粋を盛ったようなメイドさんに見えるかもしれないが、これはこれで機能的なのでベビー5は気に入っている。

 彼女はご機嫌に鼻歌なんぞを口ずさみつつ、廊下を歩いていた。

 

 ここはドレスローザ。ドンキホーテ・ドフラミンゴの治める愛とおもちゃと情熱の国。

 

 国王の住まう居城の奥の奥。宝物でも隠すような位置にある部屋の大きな扉をいちおうの礼儀としてノックして、返事がないことをちょっぴり残念に思いつつポケットから鍵を取り出す。差し込んで、ガチャガチャと外してスキップするようにベビー5は部屋に飛び込んだ。

 そのまま豪奢な天蓋付きのベッドに駆け寄り、まずは朝のご挨拶。

 

「おはよう、ミオ姉様」

 

 寝台に沈み込むように眠っているのは、真っ白な少女。……実年齢を鑑みるととっくに『少女』ではないのだけれど、見た目はベビー5が慕っていたあの頃と何も変わらない。

 初雪色の髪は少し伸びて、包帯からわずかに覗く肌は負けずに白い。全身の至るところが何かの執念を感じさせる巻き方の包帯に覆われて、これまたいくつも繋がれている点滴のチューブが痛々しい。特にひどいのは左手で、今はギプスで固定しているが彼女が目覚めたらリハビリをしなくてはならないそうだ。

 

 ドンキホーテ・ミオ。ドフラミンゴの実姉で、つまりはこの国のお姫様ということになる。

 

 そしてベビー5からすると十数年前から大好きな姉のような存在で、それは今でも変わらない。

 マリンフォードで起きた『白ひげ』と海軍の起こした一大決戦──今は『頂上戦争』と呼ばれるそれに、七武海の義務として参戦したドフラミンゴがお土産みたいに持って帰ってきたのがミオだった。ベビー5はたいそう驚いたが、そのミオが重傷なんて言葉で片付けられないほどの傷を負っていると知って更に仰天した。

 

 致命傷になりそうな箇所はすでにドフラミンゴが能力を駆使して手当を施してはいたものの、それでもまだ傷は重い。即座にドレスローザから選りすぐりの医者が集められ、治療が開始された。

 

 粉砕骨折した左手の手術に傷の縫合、それに輸血も大量に。いざという時のための生命維持の機材まで運び込まれ、それから一ヶ月と少し、ミオは未だに目を覚まさない。極度の疲労にひどい体力の低下、おまけに危うく失血死寸前だったのだからそれも仕方のないことだろう。

 

 看病にはベビー5が名乗りを上げ、看護師たちから手ほどきを受けてからは毎日こうしてミオのお世話に勤しんでいる。

 点滴のチェックに包帯の交換、肌の清拭などもそうだがメイドさんの本来の業務として、部屋の清掃やお見舞いの花が活けられた花瓶の水替え。やることは煩雑で多岐にわたるがベビー5は充実している。

 

 ミオの世話をしていると、自分は必要とされていることが実感できるからだ。

 

 ……ミニオン島での出来事は今でもこびりついているけれど、こうして帰ってきてくれたから、それでいいとも思っている。

 ミオもコラソンも死んだと思っていたのだ。ベビー5はあの時本当に悲しかったし、辛かったし、わんわん泣いた。

 

 でも、ミオはこうしてここにいる。コラソンは本当に死んでしまったのかもしれないけれど、ミオは生きてくれていた。それだけでも、ベビー5は嬉しい。

 連絡のひとつもくれなかったことはちょっと、怒っているけれど、それはこれから帳消しにしてもらうからそれでいい。

 

 だってこれからは、ずぅっと一緒。

 

「あら、いけない」

 

 持ってきた包帯の替えが足りないことに気づいたベビー5は小さくひとりごちて、汚れた包帯をまとめて一度部屋を出た。

 そして新しい包帯をいくつか手に部屋の扉を開けて、持っていた包帯を全部落とした。

 

「……ッ」

 

 寝台の上、きれいな桜色の瞳が自分を見つめていたから。

 

「まぁ! よかった!!」

 

 胸いっぱいに歓喜があふれて、ベビー5はそのままの勢いで跳ねるように寝台に駆け寄った。

 

「やっと目が覚めたのね! お姉さま!」

「おね、……?」

 

 そう声をかけるものの、ミオの反応はなんだかぼんやりしていて、にぶかった。無理もない。一ヶ月以上昏睡していたのだから。状況だって把握できていないのかもしれない。

 ミオはベビー5をまじまじと見つめてちょっとだけ首をかしげつつ、やっぱり茫洋とした様子でくちびるを開いた。

 

「ええと、その、()()はお姉さんのあね、では……」

 

 もしかしたら、ミオにはベビー5をベビー5と認識できなかったのかもしれない。

 予期せぬ別れをしてから実に十年以上。一目でわかってもらえなかったのはちょっと寂しいけど、あの頃のちびっこは成長して、立派な女性になったのだから。

 だから、さしたる疑問も持たずにベビー5は頷いた。

 

「もちろん! お姉さまは若様のお姉様ですもの!」

 

 力強く頷いてみせてから、ハッとする。そうだ、この吉報を一刻も早く伝えなくてはならない相手がいるではないか。

 

「そうだわ! 若様呼んでこないと! ちょっと待っててくださいね!」

 

 ベビー5は胸の前で手を叩いて踵を返し、慌ただしく部屋を出て廊下を走り抜けた。

 幸いなことにドフラミンゴはどこにも出かけておらず、すぐに見つけられた。もっともミオを担ぎ込んでからこっち、出かけるときは必ずベビー5に言い置いて行っていたので心配はいらなかったのだけど。

 

 報告を聞いたドフラミンゴは一瞬真顔になってから「そうか」とかすかに安堵めいた吐息を漏らしてからにんまりと笑い、手にしていた書類すべてを放り出して椅子から立ち上がって大股で歩き出した。

 

 散らばった書類を反射的に集めていたベビー5は「ついてこい」と言われたので乱雑にまとめてテーブルに置き、慌てて追従する。追いついたベビー5の頭を乱雑に撫でるドフラミンゴが最近では滅多に見ないくらいの上機嫌なことはよくわかった。これでもう大丈夫。みんな上手くいく。そんな根拠のない自信と安心感で足取りも自然と軽くなった。

 

 このとき、ベビー5はミオの目覚めたことに対する喜びで頭がいっぱいでちっとも気付いていなかったし、長いこと会っていなかったのですっかり忘れていた。

 

 ベビー5が開けるひまもなくミオのために用意された部屋の扉を、ノックもなしにドフラミンゴは蹴破るような勢いで開いた。

 高い天井。豪奢な調度に合わない消毒薬の匂い。薄いカーテン越しに柔らかな日差しが差し込む、大きな窓。

 

 大きなベッドでクッションを背を預け、ちんまりと寝そべっていたミオが驚いたように瞳を見開いてから、かすかに眉を寄せた。

 

 その反応にベビー5は僅かな違和感を覚えたのだけれど、ドフラミンゴは気にした様子もなくずかずかと歩み寄ってベッド脇で行儀悪く膝を折ってその顔を覗き込んだ。

 

「フッフッフ、よぉ姉上。気分はどうだ?」

 

 白皙の肌に落ちかかる、負けじと白い初雪色の髪。寝付いていたせいか記憶よりも細く見える首。けれど、あの戦争直後の死に瀕していた状態を思えば随分と回復しているようでドフラミンゴは安堵する。内臓も問題なく機能しているようだ。

 

 正直なところ、生きて、こちらを見て、呼吸している今が幻でもおかしくない。それほどの重傷だったのだ。

 

 左手のギプスばかりが目立つが、むしろ問題だったのは包帯に秘された箇所──胸から腹部にかけての傷である。

 

 骨や内臓にまで達していた損傷は甚大で、その殆どはドフラミンゴが己の能力を最大限に駆使して修復したが、不安は拭えなかった。

 なんせ、どういう状況だったのか……他の臓器は多少の損傷で済んだものの、心臓だけは丸ごとごっそりドフラミンゴ謹製の代物である。心臓が鼓動を打っていることがほぼ奇跡の産物なのだ。

 

 あの時、偶然通りかかったのがドフラミンゴでなければ確実に死んでいた。否、ドフラミンゴの決死の治療が成功する確率も高いとはいえなかった。

 小さな体躯の肉は削られ皮膚は焦がされ、血も失いすぎていた。ひとつ手順を間違えれば。ドレスローザへの到着が、あと一秒遅れていたら。彼女の命は脆くも砕け散っていたことだろう。当然、昏睡状態でも予断がゆるされる状況ではなかった。仮に目覚めることなくあの世に逝ったとしてもまったくおかしくなかったし、重度の障害や、植物状態も視野に入れざるをえなかった。

 

 この一月ほどの間にドフラミンゴも半ば覚悟を決めかけていたのだが、いざ目覚めてみると拍子抜けするくらいミオの様子は、単なる重傷の怪我人だった。

 

 顔色も悪いしくちびるは乾燥してかさかさだし、すべての機能が衰えきっているから点滴は当分外せないだろうし、これからのリハビリなんかはわりと地獄になりそうだが、逆にいえばそれくらいだ。あの激戦を掻い潜り、半死半生をさまよった代償とするなら破格である。

 

 ミオは視線をドフラミンゴの頭から足の先までじっくりと滑らせて、なんというか、変な顔をした。

 

「あねうえ……」

 

 口の中で転がす様子はぎこちなく、しきりにまばたきを繰り返す。思いもよらない形容をされて腑に落ちない、そんな様子だった。

 

 その、一連の動作を見るにつれドフラミンゴの頬から自然と笑みが徐々に削げて、落ちていく。

 

 ドフラミンゴが感じ取ったのは、奇しくもベビー5と同じ、違和感。それもひどく強烈な。

 

 どこからどう見ても、目の前の人物はミオで間違いない。他人の空似などありえない。そのはずだ。

 

 なのに──()()()

 

 なにかが異なっている。どこかが乖離している。ドフラミンゴの本能とも呼べる部分がしきりに警鐘を鳴らしていた。

 

 しかし、ドフラミンゴの煩悶をよそにミオはくちびるを動かす。

 

「気分、は、さほどよくは、ありませんね」

 

 枯れた声で、口元には自嘲めいた笑み。

 

 そして己を見つめる瞳の持つ意味を、ドフラミンゴはよく知っていた。

 

 それはミオが初めて会う人間へ向ける警戒と疑心、そしてかすかな好奇心。

 

「それで、()()()()()()()()()()()()()()()()? あいにく、自分に兄弟がいたことはないのですが」

 

 ありていに言って、不審者を見る目つきだった。

 

「──!?」

 

 ドフラミンゴの表情が完全に凍りつき、ベビー5は言葉を失って両手で口元を覆う。

 

 ベビー5は、ミオと長い間離れていたせいですっかり忘れていたのだ。

 

 普段はお姉さんっぽく振る舞ってわりと泰然としているけれど、ミオは結構なトラブルメーカーで、その被害はだいたいドンキホーテ兄弟が被っていたことを。

 

 ……今回の場合被害がどこまで及ぶのか、予想もつかないのが難点だ。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 ドフラミンゴとベビー5を揃ってお通夜みたいな空気にしてしまった当のミオはミオでたいそう混乱していた。

 

 頭痛がしたので寝過ぎかなぁ、などとぼんやり思って目を開いたら見たこともない天井だったのだ。驚く。

 

 飛び起きようとしたら全身痛くてろくに動けなかったし、よく見れば全身は包帯だらけで左手なんかギプスである。視線をずらすと点滴のチューブまでが何本も。控えめにいって満身創痍だ。

 動くのは早々に諦めて、首だけを少しずつ動かして周りを確認してみると、寝かされているベッドは古い時代の王侯貴族が使ってたみたいな天蓋つきの豪奢な寝台。清潔なリネンと、ベッドヘッドには大きな羽根枕や筒型のピロークッション。

 枕元には水差しとコップと、小さな花瓶。テーブルは石モザイクと木の細工。いけられている生花の色は赤で、咲いたばかりなのか瑞々しい芳香を放っている。

 

 やたらと豪華で目眩がした。そもそも、なんだって()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まぁ! よかった!!」

 

 そんな混乱と疑問と不安で頭が沸騰しそうになったところで、唐突にハイな声をぶつけられてミオは普通にびびった。

 やたらとテンションの高いメイドさんは男の浪漫全部乗せ、みたいなビジュアルでますます混乱したし、「お姉さま」呼びも謎すぎる。脳内が疑問符でそろそろキャパオーバーになりそうだ。

 

 しかし姉について否定しようとすれば、「もちろん! お姉さまは若様のお姉様ですもの!」と力強く謎理論をかまされ、尋ねる間もなく出ていってしまうし。なにがなんだか。

 

 いったい誰が、誰の、姉だというのか。

 

「……なんなんだ」

 

 不明なことが多すぎて別の意味で頭痛がしてきた。

 

 身体の半分くらいを棺桶に突っ込みつつ、けれど偶然と運命の重ね合わせの末に奇跡の生還を果たしたミオは──誰にとっても不幸なことに──今生での記憶を。

 

 

 つまり『ドンキホーテ・ミオ』としての一切合財を、失っていた。

 

 

 かの『頂上戦争』でミオが受けた傷は深手なんてものじゃ済まないくらいに深く、重く、致命的で、ほんの半歩間違えればあっさりと命を落としていた。ドフラミンゴを始めとした医師たちが懸命の努力をしている間にも、文字通り生と死の境を行きつ戻りつ、ぎりぎりの綱渡りを余儀なくされていた。

 そして、その、魂の底にへばりつく無意識の生への執着が、冥くもどこか慕わしい死の誘惑をはねのけて、驚異的な土俵際の粘りをみせている間の、どこかで。

 

 ぽろっと。

 

 記憶を、落としたらしかった。昔のゲーム機みたいだった。

 原因はわからない。失血量か、体力の極端な低下か、海水に体温を奪われすぎて脳に何らかの影響を与えたのか、はたまたそれら全てか。

『頂上戦争』でのあれやこれを鑑みるに、代償が記憶くらいで済んだのは僥倖ともいえるが、状況はわりと深刻である。

 

 魂にリセット機能が搭載されていないミオの中には、いくつもの生の記憶がある。

 

 ゲームのように捉えるなら『ドンキホーテ・ミオ』という『最新のセーブデータ』が深刻なエラーを起こしている、と考えればわかりやすいかもしれない。エラーのせいで『最新のセーブデータ』をロードできず、混乱したミオの中では連鎖反応的にいくつものバグや誤作動が発生し──結果。

 

 ミオは、すでに終了しているべつの『セーブデータ』を無理やりロードして、それを『最新の記憶』だと勘違いしたまま目覚めてしまったのだ。

 

 ある意味、定番の「ここはどこ? 私は誰?」よりも厄介で面倒くさい状況である。

 

 なぜなら、ロードしてしまった『セーブデータ』は、ミオがはじめて異なる世界に渡ってしまったときのもの。生まれ故郷から、ちょっとしたきっかけで訪れる羽目になってしまった宇宙のはてよりなお遠い、『機械のサムライ』なんて妙な巨大ロボットが跋扈する異世界に落っこちてしまったときの記憶、その最後。

 

 空中に浮かぶ城塞などという馬鹿げた代物へ、頼れる仲間たちとともに、敵の首魁を討つために特攻隊よろしく突撃して、死に物狂いで戦って、がむしゃらに突っ走って。

 そうこうしている内に空中城塞が爆発、崩壊して、瓦礫に押し潰されて真っ暗になって、目を閉じた。それでおしまい。

 

 二度と更新されることなどありえない、完結してしまった物語。それがどんなバグなのか、うっかりロードされてしまったのである。

 

 実際、ミオはそこで死亡していたので、どっこい生きているのは本人にとっても謎すぎてなんかの冗談としか思えなかった。かといって、あの世と考えるには傷の痛みが生々しすぎるものだから、なにがなんだかわからない。

 

 ついでに、メイドさんの言う『若様』というワードには危機感しか覚えなかった。

 

 なぜならミオの記憶にある『若』呼びされていたやつこそが敵の首魁で、やばいことをしようとしていた張本人で、つまりは不倶戴天の敵だった。というか、ミオはそいつの首級を上げるためだけに仲間たちと敵陣へ討ち死に覚悟の特攻をかましたのである。

 

 もし、万が一、生き延びていたらとしたら、自分が『若』を殺さなくてはならない。

 

 そうでなければ、先に散った仲間たちに申し訳が立たない。何より『約束』すら果たせていないことになってしまう。

 諸悪の根源を討つのは、村を守るための絶対条件。それを反故にするのは、ミオの魂と矜持がゆるさない。助けてくれたとて、それとこれとは話がべつだ。

 

 ……しかし、だとすると、あのメイドさんは『若』の新しい愛妾か何かだったのだろうか。ちょっと同情する。

 

 じゃっかん横道に逸れつつもだいぶ悲愴な覚悟を決めて待ち構えてみれば、やってきたのはド派手な大男である。

 ちょっと意味がわからない。え、こんな派手で享楽主義の塊みたいなひとしらんのだけど。

 

「フッフッフ、よぉ姉上。気分はどうだ?」

 

 サングラス越しでもわかるくらい上機嫌な不審者はそう言って、ベッドのそばでヤンキー座りした。

 視線を合わせようとしてくれるあたり、わりと親切なのかもしれない。けど、また姉呼び。

 

「気分、は、さほどよくは、ありませんね」

 

 声はガッサガサだしくちびるは痛いしで声を出すのも一苦労だ。

 とはいえ、これだけは告げておかなくてはなるまい。ミオは苦労しいしい、なんとか言葉を紡いだ。

 

「それで、大きなお兄さんは、どちら様でしょう? あいにく、自分に兄弟がいたことはないのですが」

 

 いるとすれば、水盃を交わした仲間くらいだろうか。それだって何人生き残ってるんだろう。三人ぐらい生き延びてくれれば御の字、くらいには後がない状況だったからして。

 

 

 そんなことを考えつつ正直に言えば、二人の顔は同時に凍りつき──そして話は冒頭に戻るのである。

 

 

 さっきまでの上機嫌など丸ごと吹き飛ばして地獄の如く沈黙してしまったドフラミンゴを見て、ミオは内心かなり安心していた。

 『若様』とは似ても似つかない大男。それなら、彼もメイドさんも敵の残党とかではないらしい。ならば無問題。

 

 だとすれば、ミオがまず言うべきことは。

 

「……どうやら、自分が命冥加に生き延びたのは、貴方がたのおかげのようですね」

 

 包帯の量や点滴を見れば、彼らがどれだけミオを助けるために尽力してくれたのかはなんとなくわかる。

 

「ひとまずは、感謝を」

 

 深く頭を下げて、上げると、ミオが発言してから真っ青な顔色で半べそになっていたメイドさんがいなくなっていた。どうやらが派手なお兄さんが退出させたらしい。

 

「しかしまぁ、奇特な御仁とお見受けします」

 

 そうでなければ、特に縁もゆかりもないこんな死に損ないをわざわざ治療してくれるはずがない。

 心底からそう思って微苦笑を浮かべると、ミオが喋るたびに機嫌を下方修正していた派手なお兄さんが眉間に皺を寄せながら、問うた。

 

「覚えて、ねェのか」

 

 どこか、縋るような苦味を含んだ声だった。

 相手の望む返答ができそうにないことに対する罪悪感は多少湧くが、いったい何を尋ねたいのかが、ミオにはわからない。

 

「さて、貴殿の仰る『覚えている』ことが何を指しているのかが、自分にはわかりかねます」

 

 ゆえに、素直に心情を吐露することしかできない。

 

「とは申せ、命の恩人に自己紹介をしないのは礼を欠いていますね、失礼いたしました」

 

 心からそう思い、動かせる右手をぎこちなく胸元に当てて、真摯に。

 

「自分は姓を()()、名をミオと申します。……お名前を、伺っても?」

 

 ドフラミンゴにとっての絶望を、口にした。

 

 

 

 




ちょっとした補足


ここまでのご拝読、ありがとうございます!
今回はさすがに事が事()なので、少しばかりの補足をば。


・主人公についてのあれやこれ

頂上戦争での数々のやらかしと『赤犬』の流れ弾を食らったせいでOP世界での記憶が丸ごとぶっ飛んでしまった。
『おきのどくですが ぼうけんのしょは 以下略』状態(例のBGM)。本人にはその自覚がないのがやばいところ。

・現在主人公がロードしている記憶について

主人公が『多重転生者』になるきっかけともいえる、生まれ故郷からとある異世界にはじめて『トリップ』したときのもの。
世界観と仲間連中が揃って人生葉っぱ隊を極めていたため、その影響がぜんぜん抜けていない。そのため主人公の性格もそこそこドライ(桃鳥姉比)。

本来ならガチ死亡していた記憶なので、色々やりきった感がつよすぎてほぼ燃え尽き症候群の現状。下手するとふらっといなくなってどっかで勝手にくたばろうとするかもしれない。ドフラミンゴの交渉力が試される()。がんばれ。


※ちなみに、主人公の恋とか愛に関するあれやこれやは、この異世界での顛末が原因のほぼ8割を占める。

(作品を知らずとも分かるように努めて執筆していますが、当の異世界は『SAMUR.AI7』というアニメ作品です。もしご興味がありましたら是非)



こんな感じです。

ただの記憶喪失じゃ面白みがないか?と思ってチャレンジしたのですが描写の難しいこと山のごとしで、普通の記憶喪失にしておけばよかったー!と執筆中に何回か思いました。
しかし、こっちの方が面白そうなネタを入れられそうなので頑張っています(自分から地獄に突っ込んでいくスタイル)。

余談ですが、主人公の『SAMUR.AI7』トリップに関しては作者の管理サイトにて連載しているものが下地になっています(未完)。
もしご興味ありましたら、プライベートにやり取りできるメッセージ等でご連絡頂ければURL等お伝え致しますのでお気軽にどうぞ~。


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