桃鳥姉の生存戦略   作:小日向ひより

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よん.白ひげさん家の娘ちゃん

 

 

 え、むすめ? 白ひげさんの?

 

 白ひげさんの唐突な発言に、なんと答えればいいのか分からなかった。というか、そもそも意味がよくわからない。

 

「えーと、養子縁組ですか?」

「ちげぇよ。家族になれってこった」

 

 どうちがうのそれ?

 

 よく聞いてみたら、白ひげ海賊団は船員をすべて身内とみなして『家族』と呼んでいるそうだ。だから船員は一人残らずみーんな白ひげさんの息子で、家族。なるほど。

 ちょっぴり魅力的だが、こちとら死に際に親兄弟と引き離され海賊に拉致された身の上……まともに考えるとこれはこれでヤバいな。

 命冥加に生き延びられたことには感謝するが、そうなると今度は弟ペアの安否が気にかかる。

 

「お誘いすごく惹かれますが、僕、弟たちの安否確認したいのですが」

 

 あとおまけで父親。

 

「安否?」

 

 ああ、そういえばその辺りのいきさつを、白ひげさんは知らないのか。

 元天竜人云々はどうしようかなぁ、もう権利剥奪されてるから話す必要ない気もするんだけど、かといってそこを隠して説明しようとすると、チェレスタたちとの関係とか、瀕死だった理由がうまく話せない。

 

 うん、隠しごとはよくない。

 

 それに元天竜人ってたぶんスゲー厄ネタだから、勧誘された身としては白ひげさんには、そういうデメリットを説明しなくては駄目だろう。その辺はきちんとしないと道義に悖る。

 

「話すと長いんですけど」

「かまいやしねぇよ」

 

 言質を頂いたので、洗いざらい話した。

 元天竜人であること。チェレスタたちのこと。弟たちと父のこと。権威すべてを捨てた先での出来事。その顛末と逃亡の日々。とある島で迎えた最後の日。

 

 話し終える頃には、丸い窓から夕日が差し込んできた。まだ明るい、みかん色の夕焼けが部屋を柔らかく染めていく。

 

 白ひげさんは僕の長い話を、何も言わずに聞き続けてくれた。

 

「……そうか」

 

 聞き終えて、組んでいた腕をほどいて白ひげさんは僕へと手を伸ばした。

 ぽん、とおおきなてのひらが、頭に乗せられる。

 

「よく頑張ったなァ」

 

 しみじみと、心からの賞賛の声だとすぐに分かった。

 思いもよらない言葉と一緒に、ぐっしゃぐっしゃと乱暴に撫でられ、なんだか呆然とする。

 

「世界の悪意だの憎悪だのってよォ……ハナッタレのチビガキが、到底背負いきれるもんじゃねぇよ」

 

 白ひげさんの瞳はびっくりするほど優しいものだった。

 

「お前は家族を守った。大したもんだ。大人だって根を上げらぁ、それを弱音も吐かずに、そんな小せぇ身体がボロ雑巾になるまで気張ったんだ。誰にだってできるもんじゃねぇ、まずはそれを誇れアホンダラ」

 

 予想外のことばっかり言われて頭がパンクしそう。

 誇れアホンダラと言われても。その、困る。

 

「だって、そんなの、当たり前で。でも、最後まで守れなくて、だから」

「親が唐変木だから、お鉢が回ってきちまっただけの話だろうが」

 

 あ、反論できないどうしよう。

 うぐ、と言葉に詰まると白ひげさんはやれやれとばかりに肩を竦め、それから噛んで含めるように言った。

 

「お前の弟たちに父親がついてるってんなら、それを信じてやりゃあいい。大人だって馬鹿じゃねぇんだ、そこまでお膳立てされてりゃどうにでもならぁ。まぁ、弟たちを探すってんなら止めやしねぇが……」

 

 そう言って立ち上がった白ひげさんが、僕をそっと抱きしめてくれた。でっかくて硬くてあったかい。

 

「いいかげん、お前が守られる番になったって、誰も責めやしねぇよ」

 

 ぎゅうっと力がこもって苦しいくらいだった。でも、不思議と心地良い苦しさだった。なんだかすごく安心する。

 

「責めるやつがいたら、おれたちがぶっ飛ばしてやる。いいからとっとと娘になりやがれ。──白ひげはな、家族をいっとう大事にするんだよ」

 

 言葉はまっすぐに深く心の奥まで染み込んで、気付いたらまた涙が落ちていた。

 知らずに背負っていた荷物を外されたら、こんな気持ちになるのだろうか。

 苦しくないけど、つらくないけど、ぽろぽろ落ちて止まらなかった。

 

 こんな涙は、はじめてだった。

 

 そのすぐあと、泣きはらしてぐちゃぐちゃの顔だからイヤだって言ったのに、白ひげさんは僕を抱っこして「今日からうちの娘だ!」と船内中に触れ回った。

「やっとかよい、よろしくなぁ」「可愛い末っ子がきたぞー!」「野郎共であえであえ!末娘の爆誕だ!」「よっしゃ宴だああ!!」とあちこちで歓声が上がって恥ずかしかった。

 あと、喜びすぎじゃないかなと、思いました。

 

 

 

×××××

 

 

 

 真っ青な空に、建物みたいに硬そうな雲がよく映える。

 気候は春と夏との境目に似て、見張り台の上の日差しは眩しいくらいだ。

 

「ふあ」

 

 あくびを噛み殺し、気ままに揺れる波間から水平線へと目を凝らす。

 

 ミオが白ひげの家族になって、少し経った。

 

 客分から家族となると扱いが変わるのは当然のことで、とりあえずは現段階の実力と何ができるかの確認から始まった。

 

 幼い頃からあほみたいに鍛えていたミオは、いっぱしの船員なんか相手にならないくらいの技倆があった。

 加えて元は『彼』のものであった能力も、時間とともにようやく把握して、使いこなすことができるようになってきている。今は隊長格のひとからヒマな時に稽古をつけてもらいながら、こまごまとした雑用をこなしている最中だ。

 

 現在、ミオは『白ひげの娘』にはなったものの、『白ひげ海賊団』かといわれると首をびみょうにひねるようなポジションである。

 

 大きな要因は年齢的なもので、若いどころか幼い身空で日陰者になる決意を固める必要はないというのである。

 またミオの現在の目的が『弟たちの安否確認』ということもあり、変に立場を縛ると自由行動に差し障りが生じるだろう、と白ひげが案じてくれたことも大きい。

 

 今の内に身体を鍛えて学を修めて渡世を身につけ、ある程度のお墨付きを出せるようになったら一度世間に出て弟たちの安否を確認して、それからのことはその時に考えてもいいのでは? つまりはそういうことだ。

 

 ……精神年齢は横に置いても肉体的にもう14かそこらなので、早い者なら既に将来を見据えていいはずなのだが、どうも自分には適用されないらしい。

 

 というのも、ミオの身長が『生前』とさして変わらない……否、成長期の関係で当時より低いせいで、周りからかなり幼く見積もられているらしいのだ。

 確かに、周りの大人たちの身長がやたらと高いわガタイがいいわで、相対的にミオはひどくちんまりして映る。

 

 年齢を自己申告しても『もう背伸びしなくていいんだぜ…?』と生ぬるい微笑みを浮かべられてしまうと何も言えない。どうしろと。

 仕方がないので成長期に期待して、今のところは実力を上げることに腐心している。

 

 『ミオ は ちからを ためている!』というやつだ。

 

 といっても海賊船に乗っている以上、実力主義なところは健在なので海賊と矛を交えるなんて時は、容赦なく駆り出される。そういう割り切り方は好きだ。

 

 なので。

 

 

 

×××××

 

 

 

 がんがんがんッ!!

 

「おとーさーんんッ!!」

 

 船影を確認して襲撃用の鐘をガンガン鳴らしながら叫ぶ。

 

「二時の方向から新造船の調子見るっつって海にさんp……哨戒に行った四番隊のおふねが、海軍くっつけてまーっす!!」

 

 僕の声に反応してドヤドヤと船員たちが出てきて「なにやってんだよサッチ~」「疫病神じゃねぇか!」「海軍とやり合うのは久しぶりだなァ」と口々にぼやきながら準備を始めた。

 

「海軍はともかくどこの所属だ?」

「ミオ、見えるかー?」

「んん~~??」

 

 すごく目を凝らして見るが、いかつい海軍船以外の情報は見えない。

 けど、なんだろう、違和感がある。

 これまでの海賊船もそうだったけど、腕のいい海賊ってのは船の動きや甲板に立つ人間の動きでわかる。

 トリム合わせのタイミングやタッキングなどの操船技術もそうだが、何より、人の動きがきびきびとして無駄がないのだ。

 

「あ」

「どしたぁ?」

 

下のジョズさんが変な声を出した僕を見上げた。

 

「あの海軍、新兵さんたちかもしれない」

「はああッ!?」

「そりゃねーだろ、白ひげの船狙ってんだぞ?」

「いやだって船の人たち、あんまりキビキビしてないし! むしろ、こっち見てオロオロしてる……みたい?」

 

 ひょっとして、新兵たちの実践訓練で手頃な海賊船だと思って、狙ったのだろうか。運が悪すぎる。

 段々とサッチさんたちの船が近付き、それに伴って他の船員たちもくっついてる軍船の海兵たちを確認できたのだろう、殺意や敵意がどんどん目減りしていき、代わりに出てくるのは「え、どうする?」という困惑。

 

「グラララ……ずいぶんとドジな海兵もいたもんだ」

 

 呼ばれて出てきたお父さんだけど酒瓶から手を離すことなく、完全に傍観体勢。ぐびりと一口飲むと、ぐるりと背中を向けた。

 

「適当に教えてやれ。『白ひげ』に手ぇ出すとおっかねぇぞってな」

 

 『おう!』と声が揃い、それをグラグラ笑いながらお父さんは船長室に引っ込んだ。雑魚兵の相手をする気はないらしい。お父さん出ると一発で軍船終了のお知らせだからね、仕方ないね。

 そうそう、僕は悩んだ末に白ひげさんをお父さんと呼ぶことにした。オヤジさん、だと白ひげ海賊団に入ってるみたいだから。

 

 

「手柄、賭けねぇか?」

「あん?」

 

 ふと、ビスタさんが提案するとマルコさんが眉を寄せた。

 

「何をだよい」

「んー、一番手柄あげたヤツの隊で、一週間ミオが事務手伝いってのは?」

「乗った!」

「乗るなー!」

 

 全員の士気、爆上がり。僕の意見聞こう!? 

 慌てて見張り台から飛び降りた。みんな事務仕事嫌いすぎるだろ!

 僕の得物を持ってきてくれたマルコさんに礼を言って腰に佩き、ついでに提案。

 

「みんな頑張って書式とか簿記とかおぼえよ!? おしえるから!!」

「いや、おれたち海賊だから……」

「頭使うとか、むり……」

「ウッ、数字を学ぶと脳味噌破裂する病が……」

「もー!!」

 

 全員が示し合わせたように明後日を見る。まったく勉強意欲のないひとたちでちょっと悲しいです。

 などと、とてもどうでも言い争いをしている間に、軍船はどんどこ近付いて、ついにサッチさんたちの船と接敵可能な距離に。

 ついでにサッチさんたちの船も、こっちからアプローチできる距離になったので、それを確認しつつ各員ひょいひょいとモビー・ディック号を飛び越え、船に乗り込む。

 

「サッチてめぇなにくっつけてきてんだよい!」

「うっせー! ちょっとテンション上がって景気づけに一発撃ったらこのザマだすまん!」

 

 あ、うっかり海軍の船に当てたんですね。なるほど把握。

 

「自業自得じゃねぇか!」

 

 ジョズさんのツッコミが冴えわたる。

 そして一方海軍の船の方からは……阿鼻叫喚が聞こえる。

 

「中佐ぁあああ!? あんたこんなところでドジっ子発動させんでも!!」

「珍しく新兵訓練の引率引き受けるなんて言うから! 言うから!」

「あれ白ひげですよ!? 無理ですってむりむりむり!」

「もう駄目だぁ……おしまいだぁ……」

 

 ……なんか聞いてて可哀想になってくる叫びである。

 

「あのー、もうお互い見なかったことにした方がいいのでは?」

 

 マルコさんにくっついて船に移った僕は、片手を上げて提案してみる。

 そしたら手柄の話は立ち消え。事務仕事の押しつけもなし。素晴らしい。

 

「おれたちは最悪それでも構わねぇけど、海軍はそうもいかねぇんじゃねぇか?」

 

 マルコさんがちらと海軍へ視線を向ける。新兵諸君はぶるぶる震えながらも手に軍刀や鉄砲を手に取っていた。

 海賊と接敵して逃げ帰りました、と報告するワケにはいかないのだろう。本当に可哀想だ。

 象と蟻の戦いというか、もう完全に弱い者イジメなので、マルコさんたちもニヤニヤしている。イジメ、かっこわるい。

 

「その意気やよし、ってか? 手加減はしてやるよい。乗れミオ」

「おっす」

 

 言葉と同時、青白く煌めく炎がマルコさんの全身を覆い尽くし、美しい青い鳥へと姿を変える。

 『トリトリの実(モデル:幻想種)』のちからだ。すかさずその背に跨がると、バサリと羽根がはためく。

 中空へと舞い上がり、じゅうぶんな距離を取ってから燕の如き速度で疾走し、軍船へ一直線。

 

「あっズリィ! 一番とられた!」

「オラ野郎共行くぞ!」

 

 後方の声はとりあえず無視して軍船へIN。

 砲撃だのまどろっこしい手段取られる前に乗船しちゃうのは、いいんだかわるいんだか。

 

「ひぇッ!(気絶)」「ふ、不死鳥のマルコだ! 新聞でみたやつだ!(気絶)」「がんばれ、おれ!(気絶)」なんで甲板に降りただけで死屍累々なのだ。覇気とか使ってないのに。

 

「これで海軍大丈夫なのかねェ……?」

 

 これにはマルコさんもびっくりである。こっちの良心が痛むのは戦略なんだろうか。

 他の新兵らしきメンツも、軒並み子鹿のように震えているし、かろうじて戦意を保っているのは、中佐と呼ばれていた青年とお付きくらいだ。

 

「ちっとは歯応えありそうか? ミオ、その辺散らしとけよい」

「アイサー」

 

 ごきばきと指を鳴らすマルコさんに元気よく答え、軽快に駆け出す。

 こういう時は年齢関係なく実力で重用してくれる白ひげ海賊団、好きです。

 

「ミオ、だと……?」

 

 なんか名前呼ばれた気がするけど、気のせいだろう。

 敵が迫っていることを認識した海兵たちは、その相手が小柄であることでなんとか戦意を奮い立てせたのか、武器を構え、銃の照準を合わせ始める。がんばれ。

 

「せめて、あのちびだけでも討ち取るぞ!」

「お、おう!」

 

 意気込んでいるところに申し訳ないが、僕は『見かけ騙しのサメ』とか最近言われてるので、その、すまない。

 甲板の床を吹っ飛ばすような勢いで一気に距離を詰めると、鞘も抜かずにぶん回した。

 

「どっせーい」

 

 気のない声で振り回された武器はしかし、遠心力を味方につけて凄まじい勢いで新兵Aを吹っ飛ばした。

 腹に鞘をまともに喰らった新兵Aは「ひでぶッ」と潰れた声を漏らしながら吹っ飛ばされ、錐揉み回転のちの海ポチャである。

 

「え゛ッ!?」

 

 残った新兵たちがぎょっとする間も僕は動く。

 相手を武器ごと弾き飛ばし、時には鞘を軸に回し蹴り。わっしょいわっしょいと新兵たちを海へと叩き込んだ。

 面白いくらい新兵が飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。

 

「うそおおお!?」

「飛びます!」

「とびま~すッ!」

 

 ぼちゃぼちゃぼちゃん、と水音が響く。

 まぁ海賊と遭遇したのはすこぶる運が悪いが、血に飢えたタイプじゃないだけマシと思って欲しい。強く生きるんだ。運のない新兵諸君に幸あれ。

 

「あ、僕がMVPだったら賭け不成立じゃね?」

 

 ぼそっと呟いた言葉は幸い誰の耳にも届かなかった。

 

 水に落ちた船乗りは誰かに掬い上げられない限り、まず間違いなく死亡する。だから海に落ちた船乗りは、ただちに戦闘行動をやめる。これは海兵であっても同様だ。

 なので粗方の新兵を叩き出し、もういいかな、と振り向くとなぜだかマルコさんサイドは膠着状態だった。

 

「あれ?」

 

 てっきり適当にあしらって終了、かと思っていたので首をひねると、マルコさんがなんか変な顔をして手招きしてきた。

 のこのこ近付くと、こそこそと耳打ちしてくる。

 

「おい、ミオ、その海兵と知り合いか?」

 

 その海兵、を視線で示される。さっきの中佐と呼ばれていた、金髪のもしゃりとした髪で目許がよく見えない青年である。

 まだそんなに年食って見えないのだが、正直この世界だと年齢があてにならない。お父さんなんていくつ? めっちゃ強いし若々しいし元気だし。

 ちょっぴり生き別れている弟に似ていなくもないが、サイズから違うので却下。

 見覚えがなかったので、素直に首を振る。

 

「いや、海兵に知り合いとかいないんですけど」

 

 これまで世界政府と海軍が信用できない生活だったので。目が覚めてからは言わずもがな。

 

「だよなァ。なぁ、やっぱり人違いしてねぇか?」

 

 じゃっかんの戸惑いを含めたマルコさんが問いかけると、金髪の青年はがくんと床に膝をついてうなだれた。ネガティブ全開だった。

 

「たしかに海兵だが知り合いと、すら……!?」

 

 なんか衝撃受けてるみたいだけど、心当たりがないのでどうしようもない。

 そして大の男かつ中佐という、この軍船においてはトップであろうひとがこんなんで大丈夫だろうか。別の意味で心配である。

 

「本当に知らないのか? あいつ、さっきからずーっとお前のこと目で追ってたよい」

「なにそれこわい」

 

 やたら必死な形相で見てたので、ケンカをふっかけることもできなかったそうだ。なにそれこわい。

 ひそひそ話してたら、うなだれていた中佐とやらが気力を振り絞るように顔を上げた。視線は完全にこっち向いてる。もしゃ髪の間から覗く瞳は熱視線である。

 

「その、名前は?」

 

 ええーこの人に自分から名乗るのじゃっかんイヤだ。しかしマルコさんが肘でつついてくる。仕方がない。

 

「はぁ、ミオです」

「!!」

 

 なんでそこでショック受けるのかな?

 

「……そのひと大丈夫ですか?」

「中佐になんてこと言うんだこのやろう! これだから海賊は!」

「中佐はすごいんだぞ!? 肝心な時にドジだけど! ドジだけど!」

「ばっかそこが可愛いんだよ! ドジッ子最高だろうが!」

 

 大丈夫かどうかはともかく、慕われてはいるようだ。

 周りがやいやい言っているので多少は持ち直したのか、質問は続く。

 

「……家族構成、は?」

「血縁って意味なら両親と弟ふたりで、そうじゃないなら白ひげさんぜんぶ。んもーなんですか尋問ですかケンカ売ってるんですか買いますよ?」

「ち、ちがう!」

 

 腰に手を当てて眉をしかめると、もしゃ髪中佐さんが鋭く否定した。その声は鋭く、真剣だった。

 

「さいごに、ひとつだけ」

 

 その言葉は静かで、なんだか泣き出す寸前の子供みたいな表情に見えた。自然とこっちも身構える。

 

 でも、次に吐き出されたのは、

 

 

「『ロシナンテ』という名前に」

 

 

 僕にとっての──逆鱗だった。

 

「聞き覚えおぼろばぁッ!?」

「ちゅ、ちゅうさー!!」

 

 聞いた瞬間、頭が瞬間湯沸かし器みたいに沸騰した。

 何も考えず突撃を敢行、甲板を踏みしめ疾走しその勢いをまるごと叩き込むつもりで、もしゃ髪中佐の腹を前蹴りでぶち抜いた。

 もしゃ髪の大柄な身体が思い切りぶっとび、顔面から着地。何度も何度も床をごろごろ転がり、まだ無事だった新兵諸君を巻き込みながら派手な音を立てて停止した。

 うしろでマルコさんが「あーあ」とかつぶやいている。

 でもしょうがない。こいつが悪い。

 

 ずかずか甲板を歩いて、仰向けでひっくり返ってる中佐のお腹に跨がって胸ぐらを掴み上げた。

 

「なんで、その名前を知ってるの?」

 

 自分でもびっくりするぐらい低い声だった。

 

 もし同名の人間を探しているとしても、それを僕の前で口にする方が悪い。繋げて、連想できるような人間は限られている。

 元奴隷にこんなヤツはいなかった。家族じゃないのに、ともだちじゃないのに、知り合いじゃないのに……その名前を出す人間は僕にとって敵に等しい。

 

 ありったけの殺意をかき集めて凄んだ。

 

「もし、その名前のぬしを、僕の……だいじな家族になにかするつもりなら──ぶっころすぞ」

 

 僕を見てロシナンテの名前を出すなら、家族と知ってる公算が高い。しくじった、素直に答えるべきじゃなかった。油断していた。

 世界政府が、海軍が、僕の家族に仇なすつもりなら容赦はできない。

 

 そう思って凄んだ、のだが。

 

「……」

 

 もしゃ髪の中佐の瞳がまるまると見開かれ、次第にじわじわと潤んでいくのがわかった。

 

 そして、

 

「ふは」

 

 なんだろう──心底安堵したというように、せいせいと笑った。

 それは真冬の雲間から差し込む光に目を細めるような、寒い、寒いところからようやく暖炉にあたれた人のような、安心と喜びの混じった顔だった。

 

「は、ははっ、ふふ……そんなつもりはない。安心してくれ」

「ほんと? うそついたら真っ先に探し出して討伐するよ?」

 

 表情の変化に当惑しながら確認すると、しないしないと首を振る。

 

「本当だ、信じてほしい」

 

 なぜだかその言葉は、不思議とするっと信用できた。

 

「うん、わかった」

 

 即答しながらお腹からどいて、マルコさんの方を見ると両手に掴んでいたお付きさんABを解放するところだった。ああ、マルコさんが引き留めててくれたのか。感謝。

 あとうちの仲間たちがだいぶ集結して見物してた。時間経ってるからね、そりゃそうだ。

 

「中佐! 大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない。……うう、ぐすっ」

「泣いてる!? ちゅ、中佐! 中佐ー! お気を確かに!」

「なんでボロ泣きしてるんです中佐!? おいそこのクソチビ! 中佐に何をしやがった!」

「一発蹴り入れただけですけど!?」

 

 お付きBさんに悪鬼の形相で睨まれたので、慌ててぶんぶん首を振った。それだけで泣く中佐って方がやばいと思う。

 

「ずびっ、これ以上、新兵の損耗は、ぐずっ、好ましくない。撤退だ」

「アイアイサー! おら海賊ども出てけ!」

 

 号泣しながら指令を出す中佐さんに元気よく答えて、僕らを追い出しにかかるお付きさん。

 海ポチャしたひとたちの回収も、いつの間にか終わっていた。

 一応は敵対関係だけど、ここまでぼろくそに戦線崩壊している海軍を追い打つほど白ひげは鬼畜ではないので、やれやれと肩を竦めてみんなも船に帰った。

 

 なぜか中佐のひとが最後まで手を振っていたので、振り返したらやたらと嬉しそうだった。

 

 ちなみに、いちばん偉いひとを蹴っ飛ばしたので、事務仕事を押しつけられることはなかった。やったぜ。

 

 

 

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