桃鳥姉の生存戦略   作:柚木ニコ

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三.あなたいいひと?わるいひと?

 

 

「ミスタ・ドンキホーテ。随分と身分のある方とお見受け致しました。ですが、今あなたに報いるものを自分はなにも持っていません」

 

 内心の戸惑いを押し隠しながら自己紹介すると、ミオはそう苦笑しながら「しかもこんなズタボロですし」と片手をふらふらと揺らした。

 この時点ではまだ記憶喪失と偽っている疑いが抜けていなかったドフラミンゴは、大仰に肩をすくめてみせた。

 

「おれが好きでしたことだ。が、大いに恩には着て貰おうか」

 

 ミオは「ええ、もちろん」と間髪入れずに頷く。

 記憶を失っているわりには受け答えが明瞭すぎるし、嘘を言っているようにも思えない。

 さてこれは本当に詐病かもしれないと訝りはじめたドフラミンゴだったが、続いた言葉でそれは一気に覆された。

 

「一宿一飯では足りぬことでしょう。元は()便()()を務めていたのですが、荒事にも慣れています」

「……あ?」

 

 耳慣れない言葉にドフラミンゴの眉が跳ね上がる。なんの冗談だと思った。

 

「何事かあらば多少のお役には立てると、いいのですが。いかんせんもう少し回復しないと……」

 

 そんな反応にも気づかず自信なさげにしょんぼりとつぶやくミオだったが、ドフラミンゴはそれどころではなかった。

 

「郵便屋?」

 

 疑問がそのまま零れ落ち、ミオは真顔で頷く。

 

「ええ。おおきな街の中をあちこち回って手紙だの、荷物だのを配って歩いてましたね」

「どこだ」

 

 硬い問いに対する答えはひどくあっさりと、けれど耳慣れない響きだった。

 

「『虹雅峡』です。ご存知ですか?」

 

 コウガキョウ。

 

 ドフラミンゴはこれでも世界情勢は常に把握しているし、ある程度の地図は頭に叩き込んである。だが、そんな名前の街の名前は一度たりとも聞いたことがない。

 けれどミオの表情には嘘がない。真実そういう名前の街があることを前提に話していることが、会話の感触から伝わってくる。

 

「いや、聞いたこともねェな」

「……そう、ですか」

 

 否定するドフラミンゴにミオはさして驚くこともなく──けれど、心なし落胆したようにまぶたを伏せて──そうつぶやくだけだった。

 その仕草、表情の変化をまざまざと注視していたドフラミンゴの背筋に曰く形容し難い怖気のようなものが走る。

 

 直感的に思う。

 

 姉上はおれの前でこんなカオをしない。()()()()()()()()()

 

 これは──()()()

 

「いくつか質問、いいか」

 

 ドフラミンゴの喉が急速に乾いてひりつく。そんな声の変化にすら、今のミオは気づかない。

 ただ、どこか苦笑めいた表情で「どうぞ」と促す。

 

「答えられるものであればいいんですけど」

「おまえは『どこから』来た?」

 

 あまりにも頓狂な質問だ。そのはずだ。

 けれど、半ば確信にも似た思いがドフラミンゴには去来しつつあった。

 ミオは驚いたように眉を動かし、それから少しばかり俯いて、ややあってから答えではなく問いを返した。

 

「こちらの場所はなんと?」

「ドレスローザ。知ってるか」

 

 国の名前を告げられたミオの表情の変化は劇的だった。

 張り詰めていたものが一気に剥がれ落ちたようにくしゃりと顔を歪ませ、自由な拳がシーツを強く握りしめる。

 くちびるがみるみる色を失い、それはいっそ貧血を起こしたようにも見えた。

 

「……寡聞にして、存じません」

 

 細く、吐息のような言葉には絶望と諦観の響きがあった。

 その変化にドフラミンゴは少なからず驚いていたが、声をかける暇もなくミオは一度強く首を振り、大きく、深く呼吸する。

 

 上げた顔からは、既に先程の気配が消えていた。

 

「──ミスタ・ドンキホーテは『都』ないし、あるいは『カンナ村』という場所に聞き覚えは?」

 

 まっすぐに向けられる瞳にはどこか、縋るような色があった。知っていて欲しいと、希うようでもあった。

 

 けれど、ドフラミンゴにはミオの欲しい答えを与えることはできない。

 

「ねぇな」

 

 にべもない返事に、けれどミオは泣きそうな顔でかすかに微笑んだだけだった。

 

「そうですか。……それは、残念、です」

 

 ミオは俯いてそれきり口を噤み、焦れたドフラミンゴが眉尻を釣り上げる。

 

「おれの問いに答えちゃくれねェのか?」

「ああ、失礼。どこ、というとカンナ村と虹雅峡の間にあった砂漠の上空、だいたい……4000メートルくらいかなぁ、あれは」

 

 ちょっと待て。

 わけのわからない数字と場所?にさしものドフラミンゴの思考も珍しく停止した。

 

「……上空? よんせん?」

 

 だというのに、ミオはといえば大した反応もせず続ける。

 

「でも墜落途中だったから、厳密にはもうちょっと高度低かったかもしれません」

「聞きたいのはそこじゃねェよ」

 

 あと墜落ってなんだ。

 意味はまぁわかる。沈没や轟沈とそう変わらないはずだ。分かるからより謎だった。

 

「そんなこと言われても……『都』と呼ばれる急襲型揚陸艦、あー、空飛ぶ戦艦みたいなのの上でドンパチしてたんで、墜落したらそりゃ諸共に落ちるとしか」

 

 まぁそれ墜とすために突っ込んだんですけど、と物騒極まりないことをのたまうミオの顔にはありありと困惑があった。おそらく、彼女の中では『そういうもの』があって当たり前で、常識なのだ。しかし戦艦が軍艦のようなものだとして、船のように空を駆ける乗り物が存在するのだろうか。

 否、そんなものが発明されていたらドフラミンゴの耳に届かないはずがないし、一大ニュースとして世界中を駆け巡っているだろう。それは冗談ではなく世界が変わる代物だ。

 

 ドフラミンゴの中でじわじわと形をつくり始めていた推測のかたちが、にわかに現実味を帯びてくる。

 

 

 空を自在に駆け回る軍艦が常識にまで組み込まれている世界があるのならば、それは──

 

 

「実際、死んだと思ってたんですけど、ね」

 

 ため息交じりに紡がれる言葉には、厭世的な響きがあった。すべてに倦んで、なにもかもに疲れてしまったような。

 かといって、ここで引き下がれるほどドフラミンゴは善人ではなかった。

 

「おい、はぐらかすのもそこまでにしとけよ」

 

 苛立ち任せに舌打ちしたドフラミンゴに凄まれ、ミオは寸の間口を閉ざした。会話を無意識の内に明後日の方に投げていくのはよくあることだが、今回は濁らせようという明確な意図を感じる。

 だが、お互いに確認を済ませた。

 

 場所が違う。状況が違う。文化も、乗り物も、何もかもが。

 

 だったらもう、答えは出ている。それがどんなにか奇想天外で常識はずれな事柄であってもだ。

 

「答えろ。おまえはどこで、なにをしてきた? 怪我の理由は? なんだって死ぬような目にあった?」

 

 サングラス越しにまっすぐ視線を向けられ、矢継ぎ早の詰問に対してミオは押し黙ったまま不意に、にっこりと笑った。

 

 その笑顔の意図するところを、ドフラミンゴは知っていた。

 

 完全なる拒絶のそれである。

 

「いやです」

 

 で、当たった。

 

「それには答えたくありません」

「……本気で言ってんのか」

 

 いや、こればっかりは聞かなくても分かる。笑顔と雰囲気で理解せざるを得ない。こいつ、微塵も答える気がない。

 

「それはもう」

 

 ほらやっぱり。

 

「感謝はしてますけどね、それとこれとは話がべつです」

「なんでだよ」

 

 じゃっかん拗ねた物言いになったのが自分でもわかる。しかし意味がまったくわからない。

 

「なんで、って」

 

 ミオは笑顔を打ち消して、一転真顔で答えた。

 

「だって、あなたと僕は『ともだち』じゃありませんもの」

 

 なんだその理由。

 

「テメェおれを馬鹿にしてんのか」

 

 ドフラミンゴのこめかみに青筋が一本浮かんだし、心なし殺気も滲んだ。

 しかしミオは開き直ったのか、怯む様子もなく続ける。

 

「してません。けど、ミスタ・ドンキホーテと僕はべつに仲良しってわけじゃないですよね」

 

 なにそれ刺さる。

 

「そりゃ恩人でしょうけど、それでも知人でぎりぎり、少なくとも友人ではありませんよね。とりあえず今のところは」

「……」

 

 さらなる追撃にじゃっかんドフラミンゴはへこんだ。そりゃミオサイドから見ればそうなのだろうが、ドフラミンゴ的にはかなりきつい。ぐさぐさくる。

 いや思い返せばドフラミンゴはミオにわりとひでーことをしているのだが、本人はそれにもめげず親愛を懐き続けていてくれたことが件の頂上戦争で判明していたので余計に。というか、わりとどころか自分なら縁切り通り越して物理的に細切れにするぐらいのことはやらかしている自覚がある。そういう軋轢をものともせずにちゃんと弟扱いしてるミオはだいぶヤバい。さすがうちの血筋。やべー奴を輩出するのに定評がある。

 

 記憶はともかくガワは完璧に『姉上』なミオの口から飛び出す言葉の矢にぶすぶす刺されて現実逃避気味のドフラミンゴの様子に気付いているのかいないのか、ミオはそのまま続けた。

 

「なので、『思い出話』なんて価値共有の難しいものの極みみたいなものを、ほいほい話したくないんですよ」

 

 ……これは、要するに事情説明がどうこうというよりも、おそらくはそれと分かちがたく結びついている『誰かとの思い出』をドフラミンゴに聞かせたくない、ということのようだった。

 

 心から大切にしている記憶だから、話したくない。信頼のない相手には。

 

 確かに、かたちのない記憶や、誰かの遺品、あるいは子供のらくがきとか、友人から譲り受けたもの。大事にしている当人以外には価値を持たないものは世の中にはいくらでもあって、それはわけた相手に思うように扱ってもらえないと、それなりに傷つくものだ。

 そんな扱いが厄介の塊みたいなものを、ぽっと出のドフラミンゴに明け渡したくないという理屈は、わからないでもない。

 

──しかし、しかしだ。

 

 そんな大事な記憶を、『ドンキホーテ・ミオ』としてのすべてを、ドフラミンゴとの生活を、生まれた端から現在に至るまでごっそりなくしやがっているのが現在のミオである。

 

 ドフラミンゴは猛烈にイラッとした。

 

「……おまえがそれを言える立場かよ」

 

 これに尽きる。

 

「は」

 

 ミオはなに言ってんだこいつ、という顔をしているがその顔をしたいのはドフラミンゴである。

 記憶をなくしているのだから当然、ミオにはドフラミンゴが苛立つ理由がわからない。それが余計腹に据えかねて、ムカつく。無性に鬱憤がたまる。頭にくる。

 

 半分どころかほぼ死人のミオをおそらくこれまでの人生で最も必死に治療して、昏睡状態が続く日々は気が気じゃなかった。目覚めた報告をベビー5から受けた時は心底安堵したし嬉しかった。

 

 そして意気揚々と見舞いに行ったらこれだ。おかしいだろ。感謝しているというのは本当だろうが、それとこれは別って。そりゃそうかもなという部分もあるっちゃあるが、それにしたってもうちょっとこう、手心とか加えてもいいはずだ。恩人っつったのお前だろ。

 

 ドフラミンゴは秒にも満たぬ間にそこまで考えて──不意に、閃いた。

 

 冷静になって考えたらどう贔屓目に見ても悪手だったのだが、怒りと不満と失望で脳みそ茹だり気味の若様はそこまで思い至れなかった。

 

 じゃなかったら、こんな馬鹿なことは言い出さなかった。はずだ。

 

「……50億」

「え?」

 

 ぼそりとつぶやいたドフラミンゴは眉を八の字にしているミオへとずいっと顔を近づけて、もう一度言った。

 

「おれがおまえの命を救った。値段にするなら50億だ」

 

 それは奇しくもミオたちに邪魔されて御破算になった『オペオペの実』の取引額。

 べらぼうな金額である。普通なら額が大きすぎて理解すら拒否するだろう。ドフラミンゴだって取引でこんな額を扱うことはめったにない。

 

「ごじうおく」

 

 ミオは内容が頭におっついてないのか、おうむ返しに値段をつぶやいてから一度俯いて、顔を上げた。

 

「救い料ってことです?」

「ああ」

「僕の命の値段、高すぎやしませんか」

「ここは新世界で、ドレスローザで、おれの治めるおれの国だ。相場はおれが決める」

「わぁ暴論」

 

 無感動に言うミオの顔には、なぜだか驚愕だの悲壮だのといった負の感情は見えなかった。

 

 ドフラミンゴはすごくいやな予感がした。

 

「……えーと、お支払いできる気がしないんで、この首ひとつで勘弁して頂けますか」

 

 言いながら、ミオは流れるような動作で自由な方の手で点滴の針を固定しているガーゼごと引き抜き、針の先から薬液がしたたるそれを無造作に己の頸動脈に滑らせ──ようとした瞬間、ドフラミンゴは反射的に糸で針先をみじん切りにした。

 

「却下に決まってるだろうが!」

 

 半ば直感に従った行動だったが、正解だったことがなお恐ろしい。手の中で寸断された針先を見つめたまま「ちぇー」とか舌打ちするミオに、ドフラミンゴは内心かなり動揺していた。

 

 こいつ、死に対する躊躇がほぼ存在しない。

 

 それが何故なのかは分かる。今のミオにとって、ここには『大事なもの』がなにひとつないからだ。だから未練も躊躇もない。身内意識が高いくせに自己評価が底部を這っているのは今も昔も変わらないらしい。

 どう頑張っても無理ならここで払っとこうくらいのノリで死を選べるくらいにはそれは強固で揺るぎなくて……とても面倒くさい。

 

「恩返しはするべきだと思ってますけど、50億ぶん一括返済できるならしない手はないかなって、つい」

 

 つい、で頸動脈をさっくりしようとしないで欲しい。

 

「死んだら役に立つもくそもねェよ」

「そりゃそうなんですけど。あんまりべらぼうな金額だったもので」

「べつに期限を定めたりしねェし、急かしたりもしない。利子もなしだ。べつにどれだけかかろうが構わねェ」

「……それはまた、お優しいことで?」

 

 借金の返済と考えれば破格の待遇に、ミオは困ったようにちょっとだけ笑った。

 唐突に莫大すぎる借金を背負わせてきたドフラミンゴを相手に、怒りとか反駁とかは特に抱いてないらしかった。

 理不尽だと怒ってもそれはそれでまっとうなのに、こういう肝心なところで微妙に情緒が仕事しないのも変わらないようだ。

 

「ま、確かに阿呆みたいな値段だけどよ」

 

 それを好機とみて、ドフラミンゴはにぃと唇を歪ませながらたたみかけた。

 

「あんたの『思い出話』とやらを聞かせてくれるなら、勉強してやってもいいぜ」

「うわひっでぇ。てかどんだけ好奇心旺盛なんですか、あなた」

 

 唐突な物言いにミオは鼻白んではいたが、やっぱり嫌悪の色とかはないのだった。

 

「というか、ここまでくるともう強奪ですよね」

「フッフ、言い忘れてたが、おれは海賊でもあってな。気になったモンは意地でも奪るのが流儀だ」

「は、犯罪国家じゃん……」

「違ェよ」

 

 ドン引きするのはそこなのか。

 頭を抱えて「ここはニュー・プロヴィデンス島だった……?」とかぶつぶつ呪詛めいたつぶやきを漏らしていたミオは、やがてものすごーく渋々と片手を上げて『お手上げ』のポーズをした。

 

「ああ、もう、わかりました。わかりましたよ、話します」

 

 根負けしたように首を振り、「ただし」とミオは付け加えた。

 

「減額とかはなしで。余人から僕の『思い出』を金額に換算されるのは御免被ります」

 

 粘り勝ちににやにやしながらドフラミンゴは快く了承した。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

「荒唐無稽な話になります。文句は受け付けませんからそのつもりで。何卒、気違い者の……与太話と受けて頂ければ、幸いです」

 

 そんな前置きしてから、ミオはぽつり、ぽつりと、話し始めた。

 

 それは、『夕凪ミオ』の記憶の糸をたよりに紡がれる、ひとつの旅路だった。

 

 ドフラミンゴの知る条理とは異なる世界。異なる場所で生きた、ひとりの少女の旅の物語だった。

 

 宝物のように、己の中の記憶をいとおしむように語られる言葉に触れる度、ドフラミンゴの中にあった推測が風船のように膨らみ、やがて弾けた。

 

 最初は記憶の混乱から作り出した妄想の類という可能性を捨てきれていなかったドフラミンゴだったが、やがてはそれも霧散した。

 ミオの言葉には、雰囲気には、意思には、生々しいまでの『実感』があった。重みがあった。夢や絵空事では片付けられない人間としての汚穢と葛藤があった。

 

 物語のヒーロー、或いはヒロインですらないことがミオの悲劇といえた。

 

 快刀乱麻に事態を解決することもままならず、理不尽に抗い、過酷さに苦しみ、みじめに死の淵まで追い詰められ、それでも生にしがみついて。

 血反吐を垂らし、慚愧の念に喘ぎながらも決して諦めず、まるでそれしか知らないのだと言うように、愚直なまでにまっすぐに進むしかなかったミオ。

 

 友を思い、仲間を愛し、自らの信念に文字通り全てを捧げ続ける()()()

 

 それはドフラミンゴの知るミオの姿そのままだった。

 

 どこの『世界』でもミオは、ミオだった。

 

 

 それはドフラミンゴに不思議な安堵にも似た感覚をもたらした。

 

 

 信じる方が間抜けであることは重々承知の上で、ドフラミンゴの中で確信という種子が芽吹いて根を張り、猛烈に育っていくのが分かった。

 

 これは『ドンキホーテ・ミオ』が生まれる前、いわば『生前』の話──『前世』の話と言い換えてもいい──であると。

 

 そして、ミオはこの『前世』を『ドンキホーテ・ミオ』となってからも抱え続けていた。今ならそれがよくわかる。旅慣れた様子や勘働きの良さ、戦闘経験に裏打ちされた身のこなしは生前の知識あってこそだ。

 

 幼少期から備えていた知識や妙な場所で発揮される勝負強さ、権謀術数に長けていた理由、そして今回の頂上戦争での行動。

 そう考えればすべてが腑に落ちた。知らぬ間に抜けていたパズルのピースがぴったりとはまるような爽快感すら覚えた。

 

「……ここ一番の大戦(おおいくさ)の最後の最後で、しくじりました」

 

 ドフラミンゴの猛烈に思考を巡らせている間にもミオの話は続き、言葉の調子から締めくくりなのだと分かった。

 

「けれど首魁の首は上げましたし、カン……我らが大将殿を生かして帰せたことだけは分かったので、そこだけは、うん、幸いだったと思います」

 

 当の本人は爆発と崩落する瓦礫に巻き込まれ、それから先の記憶はないのだという。

 

 それがおそらくは、『夕凪ミオ』の旅の終わり。『ドンキホーテ・ミオ』へと続く人生の幕切れ。

 

 そんな避けようのない死を覚悟した『夕凪ミオ』の中で、なぜか続いている生。それは現状を信じられないだろうし、混乱して当然だ。

 

「──なるほどなァ」

 

 あらゆる意味を含んだ深い納得のつぶやきに、ミオはこれはなんと意外な、という感じで瞬きを繰り返した。

 

「おやまぁ、よく信じる気になりますね」

「嘘でここまで話を作れるとすりゃあ、大したもんだがな。それはそれで一種の才能だ」

「はは、それは確かに」

 

 軽く笑ったミオだったが、信じてもらえたことへの安堵なのか、その声にはどこか穏やかな響きが滲んでいた。

 

 それから、他人行儀にもほどがあるので『ミスタ・ドンキホーテ』は勘弁してくれと申し立てしたところ、侃々諤々の末『若旦那』呼びで決着した。

 

 『若様』呼びは諸事情あって受け付けないそうだ。ちょっと釈然としないが、本人が心底嫌そうな顔をしていたので納得するしかなかった。

 

 

 

 


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