レイリーの用件はルフィへの修行の誘いだった。
最初は「仲間に会いに行きてェんだ」と難色を示していたルフィだったが、エースやジンベエに『覇気』の重要性を説かれ、シャボンディ諸島での逃亡劇やインペルダウンでの騒動、そしてマリンフォードでの顛末には本人にも思うところがあったらしく結局はそれを受け入れた。
そうなると、次に必要となるのは現在散り散りになっている仲間たちへの連絡手段である。
なんせ三日後の約束だったのに、それをすでにぶっちぎって更に年単位で延長しようというのだ。集合場所はともかく、どうにかしてそれを仲間たちへ知らせる必要があった。
「けど、おれ、あいつらが今どこにいるのかもわからねェんだ……」
「ああ、それなら私に案がある。こちらがあちこち探すより確実だろう」
しょんぼりするルフィにレイリーはあっさりとそう言ってから『案』を口にした。
それは多少の危険は伴うものの、レイリーの言う通りかなり確実性の高い手段だった。話を聞いていたジンベエが真っ先に協力を申し出て、次いでエースも同行するという。
話がまとまったところで、そういえばとレイリーが顎に手を当てながら周囲を見回した。
「件のミオくんは、まだ治療中かね?」
シャボンディ諸島で中継されていた映像は最後の方はひどく途切れ途切れで、レイリーからはミオの行方がわからなかった。
「ああ、おれもそれが聞きたかった。ミオのやつ、最後の方でお前らの船の方に向かってたよな?」
マルコもそれに続く。あの撤退戦の最中では自分と『白ひげ』を守るのに精一杯で、他に気を払う余裕がなかったのだ。
二人の質問で周囲の雰囲気は一気にどん底まで落ち込んだ。振り幅がひどい。
「……」
「……あー、それが」
ジンベエとエースは口ごもり、チラチラと視線を送る。
それを受けて、じゃっかんばつが悪そうに帽子を押さえたローが答えた。
「あの馬鹿は『火拳屋』たちをおれに預けて、単身囮役を買って出てそれきりだ」
「行方はわかってねェのかよい」
「いちおう、見当はついてる。だが……」
いまいち歯切れの悪いローを訝しげに見ていたマルコだったが、不意にはた、となにかに気付いた顔をした。
「まてまて。なんでレイリーがミオのことを知ってんだよい?」
「? ミオくんから聞いていないのか?」
「何をだよい? つか、そこのルーキーとの関係もわかってねェんだ、おれは」
オヤジは何か知ってるみたいだが、と頭をひねるマルコである。
どうもお互いに知っている情報には微妙な齟齬があるようだった。
「……いちど、わしらの知っとる嬢やのことを擦り合わせた方が良い気がするんじゃが」
そう、空気を読んだジンベエがゆるく片手を上げて発言し、このときばかりは「確かに」と全員が頷き、唐突な情報交換会が始まってしまった。
そうして、あらかた情報が出揃ったところでマルコが頭を抱えた。
「ミオのやつ、どんだけ危ない橋渡ってんだよい……」
それを皮切りに、皆も口々に所感を述べるが表情は一様にどんびきのそれである。
「秘密主義もここまでくると恐ろしいもんじゃのう……」
「出稼ぎとかっつってなかなか帰ってこなかったの、そりゃシャボンディ諸島なら時間かかって当然だよな……」
「しかも、タチの悪ぃことに誰に対しても嘘は吐いてねェんだよ……」
「すまねェ……うちの姉さまが、なんか、本当にすまねェ……」
あまりといえばあんまりな空気感に思わずコラソンが謝罪の言葉を口にして、それを見ていたレイリーがなぜか爆笑した。
「はっはっは! こうなると、海軍のつけた異名は実にミオくんに似合いじゃないかね」
けったいなことを言い出すレイリーに全員の視線が集中する。
それを受けたレイリーは面白そうに口の端を上げながら滔々と語った。
「我々には理解し得ない論理と信念に従い勝手気ままに暴れ回り、あちこち引っ掻き回しては番狂わせを引き起こし、もちろんこちらの都合はお構いなしだ」
最後にレイリーは悪戯めいた仕草で人差し指をぴんと立てて、こう締めくくった。
「良くも悪くも人心を乱すものを──
☓☓☓☓☓
「しかし、そうか。ミオくんがここにいないなら納得だ。ようやく話が繋がった」
「どういう意味だ」
不審げに眉をしかめるローにレイリーは顎髭をしごきながら「いやなに」と苦笑した。
「シャボンディ諸島の13番GRに店がある。知っているかね?」
「ああ、ミオのバイト先だろ」
「そうだ。そこには彼女の
「ッ!」
部屋、という言葉にびくりとローが僅かに肩を跳ねさせ、レイリーは首肯を返す。
「一度訪れてみるといい。それと、」
「まだあんのか」
「むしろ本題というならこちらだよ。きみに会いたがっている女性がいる」
「女……?」
ローにはさっぱり心当たりがなかった。
シャボンディ諸島で娼館を利用した覚えはないし、そもそも上陸してからすぐにそれどころではなくなった。
むっつりと押し黙ったローを面白そうに眺めつつレイリーは続けた。
「女性といっても彼女は有数の情報屋で、ミオくんと既知の仲だ。きみに会いたいというのも、おそらくは彼女に絡んだことだろう」
情報屋の指定した人物が『ハートの海賊団』のキャプテンだったことが疑問だったのだが、ミオ本人がここにいないことを知っていたがゆえの人選なら納得したという。
「……女性っつーか、女怪だろうよい。あの
唐突に口を挟んだのはマルコで、エースが「知ってるのか?」と問うと猛烈に嫌そうな顔をしながら頷いた。
「アオガネっつう名前の情報屋だ。有能なのは否定しねェけど、エースも会うことがあったら気をつけろよい。おまえみたいなのがノコノコ近づいたら、あっという間に丸呑みにされるぞ」
「丸呑みぃ?」
「物理的にな」
「物理的に!?」
反射的に突っ込み、エースのアオガネ脳内予想図が大変なことになったが、ローはしばらく考え込む素振りを見せてから顔を上げた。
なにせ海賊王の右腕と白ひげ海賊団の一番隊隊長が有能だと太鼓判を押す情報屋である。
あちらが会いたがっているのなら好都合だ。
「そのアオガネって情報屋が何考えてんのかは知らねェが、会っておいた方がよさそうだな」
☓☓☓☓☓
あの場でミオに関する情報交換会にいた面子は数名を除き、分別を弁えた大人であり、海千山千の猛者ばかりである。
つまり、口に出すことでミオの不利になりそうな情報を握っている者たちは、現状を鑑みて、あるいは純粋な気遣いからその辺りを意図的に伏せて会話していたということだ。
「ちょっと邪魔するよい」
女ヶ島の一角、出航に向けて準備していた『ポーラー・タング』号の甲板にふわりと舞い降りたマルコは、驚き固まるクルーたちを意に介さずベポと航路について相談していたローに歩み寄った。
「なんの用だ、『不死鳥屋』」
「用、じゃねェんだ」
その様子が思いの外真面目なものだったので、ローは軽く手を振って合図を送り、ベポは戸惑いがちにだが海図を丸めてシャチたちの方へ退散する。
クルーたちとある程度の距離ができたところで、マルコは口を開いた。
「礼を言いに来た。先日は言いそびれちまったから」
そして、海賊らしからぬ動作できっちりと頭を下げる。
「ありがとう。おかげで、エースたちは命を拾った」
「……ミオに頼まれたからな。おれは医者としての本分を果たしただけだ」
かの白ひげ海賊団一番隊隊長から真正面の礼を受け、ローは軽く帽子を下げてそう返した。
「それでも、だ。この借りは何かの形で必ず返すよい」
いくらミオの頼みだとて、いずれ敵対するであろう海賊を治療するなんて酔狂を実行する海賊なんてそうそういない。
しかもそれがとびきりの医療技術を持つ『死の外科医』なんて、どんな奇跡だという話である。
「……返すなら宛先が違ェだろ」
「もちろんミオにも返すさ。けど、実行してくれた人間にだって礼はいるだろうよい」
すげない返事にもマルコはめげない。むしろ「面倒くさい性格してんだなこいつ」くらいは考えてそうな苦笑を浮かべているので、ローとしてはやりにくいことこの上なかった。
実際、ルフィはともかくミオに頼まれたからエースの治療にあたったようなもので、彼らの事情に斟酌するつもりも関わるつもりもない。『白ひげ海賊団』に貸しを作った、と考えれば利用価値があるかもしれないがこの先の世界情勢如何ではどう転ぶかもわからない。
食い下がられても扱いに困る、というのが正直なところだ。
そこまで考えて、ローはふとミオからの『頼まれごと』を思い出した。
「礼っつーなら……」
「ん?」
ただ、それは『できれば』という但し書きがついていたが。
「『白ひげ屋』のカルテを……いや、やっぱりいい」
言い淀み、途中で考え直して首を振った。
あの馬鹿野郎、仮にも四皇の一角の治療をよろしくされても旗揚げ数年のルーキーにそんな極秘事項ホイホイ教えるわけねェだろうが。
「あン? オヤジのカルテだ?」
ローの予想通りマルコの眉間に皺が寄り、声に険が交じった。それはそうだろう。
だが、予想外だったのはその後で、マルコは一度くちびるを噤んで視線を彷徨わせてから「あー……」と額に手を当てた。
「おおかた、それもミオの頼みごとだな」
「よくわかるな」
「そりゃあ、わかるよい」
言外におまえが深入りしようとするとは思えない、と言われた気がしたがおおむね同意なので何も言わない。基本的に面倒事は御免である。
マルコはそんなローをじっと見つめながら腕を組んで、つくづくと言った。
「ミオのやつ、よっぽどおまえのことを信じ切ってんだなァ」
それに関してはローも自信がある。
というか、極限状態だったとはいえあんな文言が飛び出すということは『白ひげは体調が悪い』とローにぶっちゃけているに等しい。いずれ敵対を余儀なくされるであろう『四皇が病に冒されている』と、『ルーキー海賊に』伝えるリスクを量れないほどミオは阿呆ではない。
ということは、それを上回るだけの信頼をローに預けているということで、医者としてのローを信用しているということである。
そして、それを察せないほどミオとマルコの仲は浅くないのだった。
「元末妹の頼みとあっちゃ仕方ねェか。そうだな、オヤジの許可が出れば教えてやるよい」
あっさりとそう答えを出すマルコに、むしろローの方が驚いた。
「いいのかよ」
「うちは元末妹には甘いんだよなァ」
返事になってないような返事をしながらマルコはローの前にペンとメモ帳を差し出した。
なんとなく釈然としない気持ちのまま電伝虫の番号をさらさらと書いて突っ返すと、マルコはそれを受け取って番号を確認してからポケットにねじ込んだ。
「近い内に連絡するから、そんときはよろしくな」
「あ、ああ……」
「ああそれと、」
マルコはあくまで気軽な調子で続けた。
「おまえと一緒にいた、ギプスでドジの大男。ミオの弟って名乗ってたよな」
「ドジは余計だ。確かにコラさんはミオの弟だが」
松葉杖で滑って転び、真上にぶっとんだ松葉杖がコラソンの頭にジャストミートする瞬間をマルコに見られたのは失態だった。そしてはたから見れば体格といい年齢といい性格といい、納得できないのはよく分かる。普通は逆だと思うだろう。
それがどうした、とローが続けるより早くマルコが言った。
「いや、全員が全員似てねェ姉弟もいるもんだと思っただけだ。まァ、あの
マルコの言葉にローの表情が凍りつく。
さっきの情報交換ではその情報は一切出てこなかった。ローはもちろんのことコラソンはコラソンで通していたし、ジンベエとエースとルフィはそもそも知らない。ドンキホーテのドの字も出ていない。
「それを、どこで……」
「ミオが『可愛くない方の弟』っつってた。あれが『可愛い方の弟』ってことならまぁ、納得だ」
そう言ってマルコは軽く手を振った。
「心配しなくてもエース含めて誰にも言ってないから安心しろい。混乱の元にしかならねェからな」
確かに、もしあの場でその話が出れば、更なる混乱を招くだけで誰の得にもならなかっただろう。
「そう、だな……」
無意識に安堵めいた溜息を漏らすローに向かって、マルコは不思議と柔らかい声音でつぶやいた。
「トラファルガー・ロー」
名を呼ばれ、自然とローの背筋が伸びる。
真正面のマルコはそれこそ、独り立ちした妹を心配しながら送り出す兄そのものの表情で。
「知っての通り、無類のあほで、お人好しだが無鉄砲で考えなしの、ひっでぇ妹だけど……ミオのこと、よろしく頼むよい」
そう言って、ゆっくりと頭を下げた。
ローは僅かに瞠目したが、すぐに深く息を吸って、決意を以て答えた。
「ああ、ミオはうちの──大事なクルーだ」
本当はクルーとかなんとかよりずっとずっと大切だし、なんならコラソンと同じく自分の心臓だと答えたって良かったのだが、よその海賊に伝えてやるつもりにはならなかった。