一話 宇宙◼︎◼︎怪獣「◼︎ィ◼︎◼︎ー◼︎」
ジード本編の監督の解釈では、ヒカリは意志だけ送ってるとの事ですが、この小説ではヒカリ本人が行ってる事になってます。
からん、と軽やかに鈴の音がなった。
「おーす、クロノ久しいな」
「そういうルクスも変わらんな」
昼下がりの喫茶店、黒髪の美丈夫がルクスの対面に座った。
『クロノ・ハラオウン』。ルクスとは士官学校からの付き合いで一時は同じ職場にいたこともある、気の置けない仲の友人である。
ルクスは、途中でドロップアウトしてデバイスマスターをやっている自分とは違い順当に手柄と昇進を重ねて行ったデキる奴、という評価を彼に与えている。
昔はやたらと童顔で背の低かったイメージはどこにもなく、年相応に年齢を重ねた男の顔となっている。
クロノがアイスコーヒーを注文すると程なく店員がお盆に乗せて運んできた。
クロノは一口アイスコーヒーを飲み、口を開く。
「最近はどうだ。いいことあったか?」
「なんだよその父親が息子に近況聞くみたいな質問」
「ふ、これでも二児の父だからな。そういう雰囲気があるのは認めよう」
「仕事で長く家を空けて娘に顔を忘れられる癖によく言う」
「お、お前! それは言ってはいけないやつだろうが!」
噛み付いてくるクロノにけらけらと笑ってルクスも頼んで置いたコーヒーを流し込む。ひんやりとした心地よい冷たさがいい感じに喉に心地よい。
けらけらと笑うルクスを尻目にクロノが机に突っ伏すようにして恨みがましく睨む。
「ルクス、君に久々に会った愛娘と愛息子に顔を忘れられてる悲しみがわかるか」
「いや、自分独り身だし」
「ルクス、君にようやく懐いてくれた頃にまた長期で家を空けなきゃいけない僕の気持ちがわかるか」
「いや、自分陸所属なんで」
「ルクス、君にそんな愛娘たちが自分の親友にめちゃくちゃ懐いてる写真送られた僕の気持ちがわかるか…………」
「いや、自分めちゃくちゃ仲良いからわかんねえわ」
「…………」
「やーい、父親ー」
「野郎ぶっ殺してやる!」
「うははははは」
クロノが笑い続けるルクスの襟を掴んでぐわんぐわん揺らしてくる。
目は悲しみを含んでおり、あと一押しか二押しくらいで泣きそうだが可哀想なのでやめておく。
「ま、そう気を落とすなって。パパのこと聞いたらいっつも『すごいパパなんだよ』って自慢してるぜ?」
「ほ、本当か……」
「マジマジ」
嬉しそうに顔を上げたクロノが安心したように息をつこうとする。なので、そのタイミングに合わせるように言葉を重ねた。
「と言うわけで此方が先々週のクロノんとこの子との写真な」
「ルクスゥゥゥ!」
「うははははは」
がくがくとクロノが襟首を揺するのをけらけら笑いながら受け入れる。10年以上の付き合いにもなれば互いにこのくらいは慣れたものである。
それにしてはクロノの声はやたらと本気の怒りを孕んでいるのだが。
「くそ、君のこと今度からおじさんと呼ぶように言っておくからな……!」
「はは、いーぜ別に。もうお兄さんって歳でもない」
「そんな言い方はよせ。僕らはまだ若いだろう?」
「お前は、な」
「ルクスも、だ」
「いいや、お前『は』、まだまだだろうさ」
なおも言い返そうとしてくるクロノを手で制して、ルクスが手元のアイスコーヒーを口に運んだ。
クロノは今年で24。対してルクスは今年で26。その年の差は少ないように感じるが、今のミッドチルダのように年々局員の低年齢化が進んでいる社会でその差は大きい。
加えて言えば、魔力の源たる『リンカーコア』がゆっくりと成長の停滞を迎えるのがルクスの年代だとも言われている。
青年、『ルクス・アルマドラ』や『クロノ・ハラオウン』がいる世界は、魔力を用いた魔法に近しい、発展した科学を一般的に使われている世界である。
故に『リンカーコア』の優劣というのはそのまま社会的な地位へと繋がることも多い。
そういう意味で、ルクスは「自分をもう若くない」と評し、クロノはそんなルクスを否定した。
クロノが長い付き合いからルクスがこれ以上譲らないと悟り、小さくついた息を隠すようにアイスコーヒーのグラスを揺らした。
からら、と音が鳴り、奇跡のようなバランスで成り立っていた中の氷が滑るように崩れていく。
「じゃあ、そんな若くないルクスに聞くが、結婚とか考えてるのか?」
「は? 結婚? 自分が?」
「もう若くないんだろう? 考えてもおかしくない頃だろう」
「あー、結婚、ね…………」
「そういえば先日話していた機動一課のオペレーターの人とはどうなったんだ? そろそろ二ヶ月じゃないのか?」
「オペレーターの子ねぇ」
煮え切らない態度を訝しげに思ったクロノが顔を上げるとそこには遠い目で店外を見ているルクスがいた。
クロノが全てを察する。
「原因は」
「なんか二週間前に、『ルクスさんは私とデートするよりもデバイスと向き合っていた方が有意義とか思ってそう』とか言われて振られたな」
「お前的には?」
「いやそこそこ楽しかったぞ? 映画を一人で見に行かなくていいってのは良いもんだ」
「本音は?」
「前髪二ミリ切ってもわかんねえし服褒めても今日のはイマイチなんですとか言われても訳わかんねえな。正直目に見えるとこしか変化しないデバイスの方が楽だわ」
「……一概に彼女だけが悪いとも言い切れない内容だな」
「アホ、んなこたわかってるよ」
ちっ、と小さく舌打ちをしてポケットから棒突きの飴玉を取り出して口に放り込んだ。
ストロベリーの人工的な甘さが口の中に広がっていく。
「タバコ、辞めたのか?」
「控えてんの。最近は喫煙者に生き難い世界なもんでね」
「僕は吸わないからわからんが、確かに喫煙者の肩身は狭いだろうな」
飴玉を歯でガリガリと削りながらルクスが大きくため息をついた。
「娘に結婚、仕事に、煙草。自分達も随分大人らしい会話するようになっちまったな。昔話すことと言えば、専ら未来のことだったってのにな」
ルクスが遠い目で喫茶店の窓から覗く空を見て、目を細める。
今の空は雨も降らず、晴れ間も覗かないような曇り空だ。しかし、ルクスは目を細めてみせた。まるで、眩しい何かが見えるかのように。
「ルクス、君は……」
クロノが思わず何事かを言葉にしようとする。十年来の長い付き合いで、男同士で、親友だと、そう断じれるからこそ伝えられるような言葉を。
しかし、その言葉は発されることなく虚空に消えた。
クロノが怖気付いた? 否、突然の地面を揺らす衝撃に、である。
────ズン。
低い地鳴りのような音が聞こえたかと思うと、突然地面を強い衝撃が襲った。
その強すぎる衝撃に喫茶店内の柱時計が盛大に倒れ内部基盤を辺りへと弾き飛ばした。店内の女性客から悲鳴が上がる。
さらにそれだけでは終わらない。
レトロな雰囲気の店内に似合いの食器棚が衝撃によってバランスを崩して壮年の店主の方へと倒れこみそうになる。
食器棚はぎっしりと中に食器が詰まっており、見積もりでの重さでも150kgを超えるだろう。
一説では人の骨が耐えられる重さは120kgだという。ならば、重さ150kgの食器棚が勢いよく壮年男性へと倒れ込めばどうなるかなど想像に難くない。
故に、クロノとルクスの対応は迅速だった。
「ルクスッ!」
「応さッ! スクラングルバインドッ!」
ルクスが手をかざすとそれに応えるように食器棚の周囲に薄青色の円が出現し食器棚をその空間へと縫い付けた。
ルクスの使った魔法は、『バインド』と呼ばれる拘束魔法の一種である。本来は戦闘の最中に罠のように敵を縫い付けるの魔法だが今回は救出のために使うのに非常に都合が良かった。
縫い止めた食器棚をクロノとルクスが元の位置に戻す。
「地震、じゃないよな……」
「ああ、違うだろうな。地震にしては一瞬すぎる」
ルクスが返答すると、クロノが店員の一人に財布の中から一番高い札を取り出して握らせると店の外に駆け出した。
「ちょ、クロノ待てよ!」
少し遅れてルクスもクロノを追って走り出す。
「クロノの奴どこ行きやがった……!」
店の外にでて周囲を見渡して、クロノを探すが、あっという間にクロノの姿は消えており、辺りには突然の地面の揺れに混乱して人がいるだけだった。
(音のした方に行ったとしたら、きっとこっちの方だな)
先ほどの記憶を頼りにクロノのいるであろう方角に当たりをつけて走り出した。
そして、しばらく走りその視界にクロノの姿を捉えた。
「おいなんで一人で行くんだよ! 自分もちゃんと……クロノ?」
追いついたルクスは隣の親友にやや怒りを込めて言葉を投げかけて、その言葉が一つも届いていないのに気がついた。
そして、同時にその視線が遙か遠い場所を見つめているのに気がついた。
まるで
ゆっくりとルクスの目がクロノの視線を追っていく。
そして、視線の先に行き着き、言葉を失う。
「──────なんだ、あれ」
青黒い体色。体を覆う刺々しい甲殻。毒々しい赤に輝く瞳と、胸。長く伸びた二本の尾。形容し難き恐怖を煽るその頭部。
ルクスは知らない。
それが『この宇宙』にいるはずのない存在であることを。
『この宇宙』の生態系では絶対に存在し得ない生物であることを。
別の宇宙で、戦闘機に乗った防衛隊の悉くを殺し尽くしたことを。
ソレが、吠える。
まるで自分の存在を誇示するように、人々に恐怖を植え込むように。
一切意志を感じさせぬ獣の如き獰猛さで声を放った。
それだけで周囲の建物が小破した。
ソレが、長い尾を振り回した。
未知の空間に興奮するように、その本能に従うように。
振るわれた尾が近くにあったビルを軽く叩く。それだけでビルは軽く崩壊しかけた。
人々の叫びが聞こえる。
人々の恐怖が伝わる。
人々が希望を失う。
────
今、ミッドチルダに未知の
「ルクスッ!」
「──っ、なんだクロノ」
ルクスが隣に目を向けると、いつのまにかクロノがその身を黒一色の戦闘服、バリアジャケットに身を包み杖を片手に立っていた。
「僕は、奴の近くに行ってくる」
「な、正気か?!」
「ああ、これ以上ない程にな」
「クロノアイツは……」
「僕にもわからん。ただ、彼奴を放っておけば人が死ぬ。それだけは僕にもわかる」
クロノがルクスを見る。その瞳には迷いはなく、戦場に赴く男の決意が宿っていた。
「クロノ、お前は海の所属だ。しかも立場はかなり上位だ。はっきり言ってお前が手を出せばお前の立場が悪くなる」
「そうだな。そうだが、それでもだ」
「……クソッ! わかったよ死ぬんじゃねえぞ! 嫁さん未亡人にしたら地獄でぶち殺すぞ!」
「安心しろ。例え死んでも僕が行くのは天国だ。悪人のお前と会うことはない」
クロノがふっと笑みをこぼして飛行魔法を発動させて空へと飛び上がった。
「抜かしとけアホクロノ」
もう豆粒ほどになったクロノの背中を見ながら憎まれ口を呟くと走り出した。
ルクスにはクロノと違い戦う力はない。しかしそれでもルクスも管理局の局員。人を守ることが仕事だ。
ならばルクスもその責務を果たさなければならない。
ルクスが薄く体に魔力を回して身体強化を施すとゆっくりと歩みを始めたディノゾールの方へと走り出した。
頭上で魔力光が弾けた。
「早く避難してください! ここでは戦闘が行われます!」
地上近くで高層ビルからの落下物が落ちて、大きな粉塵を舞わせた。
「避難区域はあっちです! 皆さんどうか落ち着いてください! ビル近くでは落下物が予想されます! 未知の中央を走ってください!」
空を飛ぶ管理局の航空武装隊の魔導師の怒号が聞こえる。
「皆さんどうか落ち着いてください!」
その中をルクスは走りながら避難を促していた。デバイスマスター、いわゆる技術者のルクスは現場に出るようなことなどもう長い間しておらず、救援活動などの経験もない。
故に今の自分の行為が正しいのかどうかもわからない。だが、
ルクスがちらり、と後方のディノゾールと魔導師との戦いに目を向ける。魔導師は果敢に魔力弾をぶつけているが、どれもその固すぎる甲殻に阻まれて弾けていた。
(アイツの鎧どんだけ硬いんだ……。砲撃魔法が一つを刺さってない)
避難誘導をするルクスの脳裏に、「アイツに勝てるのか」という至極真っ当な疑問が浮かび上がる。
それを必死にただの弱音だと握りつぶしてルクスはさらにディノゾール近くの市民の避難誘導のために走り出した。
ディノゾールに近づけば近づくほど戦闘は激しさを増し、混乱し、絶望する人は増える。ルクスはそうした人々を叱咤し、指示を与えるとまた次の場所へと走り出す。
そんな事を繰り返しているうちに、ルクスが捨て置けない光景を目にする。
「ひっく、ひっく、おかーさーん、どこぉ」
それは小さな女の子であった。逃げる内に親と逸れてしまったのか涙を流しながらへたり込んでいた。
それだけならば問題はなかった。
問題は、その子が戦闘のために
ルクスが女の子との距離を瞬時に計算する。
今から動いて女の子をコンクリート片から助け出し、二人とも一緒に避けられるかという確率は良くて五分。半分の確率で助けに入ったルクスごと死亡する、という結果を頭の中でだした。
そして、ルクスは一瞬悩んで、最速で女の子の方へと駆け出した。
それとほとんど同時に女の子へコンクリート片が落ちて行く。ルクスの視界がゆっくり流れて行く。
ルクスが女の子の体を掴んで押し出すと、そのまま走り抜けた────
────ぐしゃり。
「────かはっ」
ルクスの腰から下の感触が一瞬でなくなる。
「げほっ、げぼ」
口からびちゃびちゃと血が零れ落ちてきてそのまま地面に流れた。
ルクスの計算では女の子を助け出せる可能性は
しかし、
値千金以上の価値があるはずのその一瞬で、悩んだのだ。故に、すぐに動けば両方助けられるかもしれなかったにも関わらず、自分の命を中途半端に救えなかった。
それは、ルクスがすぐに動けなかったことによって引き起こされた『必然』だった。
「お兄、さん……」
ルクスに助けられた女の子がルクスが下半身をコンクリート片に挟まれた姿を見て、なお一層涙でぼろぼろにした。
「おにい、さん、あし、が…………」
そして、また一際大きく泣き喚こうとしゃくり上げ始めた。ルクスは慌ててそれを止めようとして声を出そうとした。
「────」
だが、声が出ない。コンクリート片に潰された拍子に内臓もいくらかやられてしまったのか息が吸えなかった。
「ふ、ひっ、ふぇっ」
「────だ」
それでも声を絞り出す。もはや声が出せる状況でなくても根性で、限界を超えて声を絞り出した。
「ふぇ、ひっく、ひっく──」
「大丈夫! だから、泣かなくていい」
「ふぇ、だっておにいさん、あしが……」
「だい、じょうぶ。自分、管理局の人なんだ。魔導師、なんだ。だから、大丈夫」
「でも、おにいさん」
「大丈夫。正義は、負けない、から。だから、走るんだ」
潰れなかった右手をふらふらと上げてルクスは自分が元来た道を指差した。
「あっちに、行けば、げほっ、きっとお母さんは、いる。だから、急ぐんだ」
女の子がルクスの言葉を受けてゆっくりと立ち上がった。
「おにいさん、おにいさんもちゃんとおってきてくれますか?」
ルクスが力を振り絞ってにっかりと笑って頷くと、女の子は涙を拭いて走りだした。
「いい、子だ、けほっ」
女の子の背中を血と涙でボヤけた視界で見送りながら頭上を見上げた。
そこには依然としてルクスが名も知らぬ怪物が暴れまわっており、そして、その視線は先程走って行った女の子を向いていた。
ルクスが本能的にディノゾールが女の子を狙っていることを理解した。
「ふ、ざ」
頭が朦朧としてくる。血の塊が喉元でつまり呼吸を阻害する。それでも、最後の力を振り絞った。
「ふざけんじゃねぇぇぇッ! この化け物がぁッ!」
最後の力で大声で怒鳴ると、ディノゾールの顔がゆっくりとルクスの方へと向いた。そして口を『*』状に開くと、何か細いものを射出した。
瞬間、ルクスの上半身だけが宙を待っていた。
ディノゾールが射出したものは視認できぬスピードで数キロ先にあった筈のルクスの体のコンクリートから覗いていた上半身と潰されていた下半身を、真っ二つに別けたのだった。
くるくるとルクスの体が血を撒き散らしながら宙を回転して、地面へと落ちた。
宙で散った血がルクスの体に遅れて、血の雨となってあたりに降り注いだ。
(ああ、これ死ぬな。わかる、これが『死ぬ』ってことだ)
手の先から少しずつ熱がなくなって行く。頭の中から次々に記憶が抜けていき、まるで靄にかかったように意識が朦朧とし始める。
(悪い、クロノ地獄に落ちるのは自分が先みたいだ。なるべく早く追いかけてくるんじゃねえぞ、親友)
幼い頃からの思い出や、大切な人々の顔が早送りのテープのように次々に現れては消えて行く。
そして、最後に幼い頃の
(あーあ、これで、終わりか……)
ルクスの瞼がゆっくりと落ちて行く。
そして、ルクスに緩やかな死が訪れた。
しかし、その直前
─────光が、見えた。
『見ていたぞ、君の勇気。君の優しさ。だから頼もう、私に君の力を貸してくれ』
偉大で、どこか温かい、そんな声がルクスの脳内に響いた。
(こ、れは……)
朦朧とした頭が今の光景と似たようなものをどこかから引っ張り出してくる。
(この光は、どこか懐かしい────)
そして、ルクスは『光』となった。
その時、人々の中に希望はなかった。
現れた
しかもその傷は一分もすれば跡形もなく直されてしまう。
ピンチの連続。人々は希望を失いそうになる。
しかし、そうした時、『彼ら』はいつもやって来た。
人々を守る為に、いつだって。
その存在を、こことは別の宇宙の『地球』の言葉では、こう呼ぶのだ。
────ウルトラマン、と。
青い光が地に降りた。
その体は青く、人型に近い姿をしていた。腕には青と金のブレスレット。そして顔は全てを守る慈愛の表情。
それは、まさしく『ウルトラマン』と呼ぶに相応しい『青い巨人』だった。
そして、その巨人は地に降り立つと自分の両手を顔の前に持って来てしげしげと眺める。まるで自分の腕が
(なんだ、これ……)
青い巨人が、『ルクス・アルマドラ』が心の中でつぶやく。
そして、
名前も知らない化け物が、
いや、正確にはルクスよりは大きいが、それもせいぜい頭一つか二つくらいで同じスケール感でディノゾールとルクスは向かい合っていた。
(何が、どうなっているんだよ……!)
混乱する巨人の姿に、ディノゾールが気づいた。
そして、今までまるで人に群がる羽虫のごとく鬱陶しい人間達しかいなかった世界に、自分を害する存在が現れたことを、認知した。
ディノゾールが吠えた。
周辺の建造物の窓ガラスが弾け、そのままいくつかの住居は砕けた。ディノゾールと戦っていた空戦魔導師はその爆音に耳をやられてしまい、数人はそのまま撃墜されて行く。
「こんなの、どうすれば……」
『私の声が聞こえるか』
「えっ、声っ?! どこから? 自分の中? え? 何これ」
『すまないが説明している時間はない。ひとまず目の前のディノゾールと戦うんだ』
「いや、戦えって言われても自分には何が何だか」
『正面だ。来るぞッ!』
ルクスが心の中から聞こえてくる声に従いディノゾールの方へと向き直ると、何か細いものが飛来してくるものが見えた。
「ぐあっ!」
『ディノゾールは『断層スクープテイザー』と呼ばれる高速で射出できる舌を持っている。注意しろッ!』
「そんな、ぐっ、事、言われても……がぁっ」
心の中の人物の忠告も虚しくディノゾールの舌は無防備な青い巨人となったルクスの胸を強く打った。
慌てて両手でガードを固めたが、今度は横合いから殴るように舌が振るわれ、地面に転がされてしまう。
巨人が盛大にすっ転び、背中から地面に倒れこんだ。それだけで巨人の周囲の自動車が天高く吹き飛び、巨人の足元のコンクリートが粉々に砕け散った。
「くそ、これじゃあ自分もアイツと同じになっちまう」
ふらふらと巨人が立ち上がる。
『また来るぞッ!』
「一回距離を……」
ルクスが心から聞こえる声の言葉を元に後ろに大きく跳んだ。
先程からディノゾールが攻撃に使うものは舌だと言うならば、流石にそんなに長さはないはず、という判断のもとの回避行動だった。
しかし、そんな考えをあざ笑うかのようにディノゾールの舌は巨人の胸を強打した。
「な、舌だったんじゃねえのかよ!」
『ディノゾールの舌は細さ1オングストローム、最長一万mまで伸長する、距離を取るのは得策とは言えない。距離を詰めるんだ』
「そういうことは早めに頼むよっ」
ちなみに、1オングストロームは、ミリメートル換算で0.0000001ミリメートルであり、蜘蛛の糸は一般的には0.005ミリメートルだというのだから、その細さがよくわかる。
ディノゾールはそんな視認すら難しい舌を10キロメートル先まで伸ばすことができるのだ。はっきりいって遠距離戦では分がないだろう。
巨人が腕を顔と胸の前に構えてディノゾールの方へと走り出した。
ディノゾールが吠え、またもや舌を高速で射出し巨人を攻撃する。しかしその攻撃はどれも腕を叩くだけで効果的なダメージは与えられない。
「痛い、痛いけど我慢できねえ程じゃない! このまま近づいてやるよ!」
避けてもダメ、距離を取ってもダメ。ならば当たるのを覚悟で突っ込み最小のダメージで近づいてやろうという発想。
舌がバシバシと巨人の腕の表面を叩くが、その程度で傷つく体ではなかった。ディノゾールと巨人の距離はどんどん詰められていき、ついに後数歩で手が届く距離まで近づいた。
「今までよくもやってくれたなッ!」
青い巨人が攻撃して来る舌のためのガードはそのままに蹴りを放った。爆竹を千個まとめて爆発させたかのような低い爆音が鳴り響き、ディノゾールが苦悶に呻き顔を下に向けた。
今まで絶え間なく続いていた舌の攻撃がようやく終わる。
「食らえッ!」
巨人がガードを解いて拳を握る。
そして、ディノゾールの顎を全力でかちあげた。
今まで青い巨人を苦しめていた頭部が無茶苦茶に放ったアッパーカットが奇跡のようにぶち当たった。ディノゾールの口元から青黒い体液が流れ出す。
「もう一発ッ!」
今度はその頭部を狙って右ストレートがディノゾールに向けて放たれた。しかし、ルクスの大ぶりの右ストレートは頭部をそれてディノゾールの肩を強く叩いた。
しかし、それでも威力は十分だったようで、ぐらり、と刺々しい青黒い巨体が揺れて、足をついて沈黙した。
「はあ、はあ、はあ、やった……」
『安心するのはまだ早い。きちんと相手が絶命しているかを確認するんだ』
「いや、でも全然動かないぞ?」
『油断は禁物だ。特にこのディノゾールには油断は許されない』
「……でも」
ルクスが心の中からの声に少しムッとしてると、ディノゾールの胸部がほんのり赤く発光した。
『──ッ! 急いで距離を取れ!』
「え、なん────」
────でだ、と言葉を続けるよりも早く、青い巨人の腹部を無数の砲撃が炸裂して、体を後方に大きく吹き飛ばした。
青い巨人の巨体が高層ビルの一つに正面からあたり、その重さに耐えきれなかったビルが粉々に砕け散る。
「また、ビル壊しちまったか」
『今のは液体焼夷弾『融合ハイドロプロパルサー』……。やはり死んではいなかったか』
「
『よくわかったな。本来ディノゾールは宇宙を旅する渡り鳥のような怪獣。アレを使って宇宙を旅するのだ』
「なるほどね。まあ、わかったとこでどうにかできるわけでもねえけどさ……」
青い巨人が腕を支えに立ち上がろうとして、ディノゾールが伸ばした舌にまたもや胸を打たれて地面へと倒れ込んだ。
そしてディノゾールはもう二度と青い巨人を立ち上がらせない、とでもいうかのように倒れこんだ青い巨人を遠距離から舌での攻撃を始めた。
「起き上がる隙がない……!」
もはや選択肢は残されておらず、仕方なく両腕で顔と胸の前で某行の姿勢をとった。
そして、それとほとんど同時に青い巨人の胸部の一部が赤い光を灯した。
『やはりこの宇宙でもオレの戦闘時間は三分間か……』
「え、なにそれ初耳なんだけど」
『私はエネルギーの問題でこの宇宙では三分間しか戦えない。胸のカラータイマーは残り時間が一分になると光るようになっている』
「つまり自分たちはあと一分しか戦えないのか?」
『そういう事になる』
「じゃああの怪獣は! ディノゾールはどうなるんだ?」
『…………今見た限りでは、この世界の攻撃でディノゾールにダメージを与えるのは難しいだろう』
「じゃあ、此奴は野放しになっちまうってことか?」
心の中の声の沈黙が、答えだった。
(奴は最悪アルカンシェルで死ぬかもしれない)
海の時空母艦などに搭載されている砲撃アルカンシェル。それを上回る威力のものはこの世界には存在しない。
(でも、それまでに何人が死ぬ? 何人を守れない? 何人の人が、涙を流す?)
妹分たちの顔が、クロノ家族の顔が、職場の同僚たちの顔がルクスの中で流れていく。
ディノゾールが野放しになった際に、死ぬかもしれない人たちだった。
「倒さないと。あいつを、ここで」
ルクスの中で覚悟が決まる。
「なあ、何か一撃で全てを決められるような必殺技とかないのか?」
『あるにはあるが、どうするんだ?』
「今からガードを投げ捨てて全力で走る。そして、舌での攻撃も無視してデカイので倒す」
『そんなことをすればダメージが……』
「死ぬ気で耐えてみせる。自分はここでは負けられない」
『しかし……』
「頼むよ。あんたは自分の命を助けてくれたんだろ? なら、自分のわがままを聞いてくれ」
『確かにそうだが、それでも』
「守りたい人が、いるんだ」
『────』
ルクスの中の心の声が息を飲むのを、なんとなく感じた。
『──わかった。しかし、絶対に耐えて見せてくれ』
「当たり前だッ! いくぞッ!」
青い巨人がガードを解いて片手で地面を押して、立ち上がろうとする。しかしすぐにディノゾールの舌がそうはさせまいと片手を狙って射出された。
亜音速のその舌が青い巨人の腕を強く打ち、鋭い痛みと共にその体制を維持できないような衝撃を与えた。
「舐めんなァッ!」
しかし、それをルクスは根性で耐え、勢いよく立ち上がった。
そして、ディノゾールに向かって走り出した。
青い巨人の動体視力でも視認しきれないスピードの舌が何度も体を打つが、ルクスはそれでもスピードを緩めずディノゾールへと近づいていく。
『右腕のナイトブレスに手をかざしエネルギーを溜めろ!』
(こう、か?)
巨人の腕が右腕の青と金色の『ナイトブレス』にかざされると、右腕を中心に青白い雷のようなエネルギーが辺りにスパークした。
青白いそのエネルギーはバチバチと弾けるような音を立てながら、まるでそれ自身に意思があるかのように次第にその明るさを増していく。
ルクスの制御する腕がスパークしたエネルギーに耐えきれず、うまく動かない。
『そのままそのエネルギーを収束して腕を十字に組むんだ! それが私たちの光線────』
「言うこと、聞きやがれェェッ!」
天にかざされた青い巨人の両腕が無理矢理十字を組んだ。
「『 ナイトシュートッ! 』」
光線が、弾けた。
ごぱ、と空間を根こそぎ歪ませるかのような光線が
そのまま光線は射出していた舌を巻き込んで引きちぎりながらディノゾールの体に炸裂した。
通常ならば、これで多くの怪獣は死に絶える。しかし、ディノゾールはナイトシュートを受けて尚まだ生きていた。
『これは、光線の収束が甘い……』
本来のナイトシュートは、光線とという名が示す通り『線』である。しかし、ルクスは光線を打った経験などない。そのせいで光の収束が甘く、途中で放射線状に攻撃範囲が広がり、その分威力も落ちてしまったのだ。
青い巨人の胸のカラータイマーの点滅が加速を始める。
残り、十五秒。
ディノゾールが苦しむように大きく叫び、背中から液体焼夷弾『融合ハイドロプロパルサー』を発射した。
発射された焼夷弾はあらぬ方向へと飛んでいき、次々に周囲のビルを破壊していく。
それを見て、ルクスの心に光が灯る。
「これ以上、もう誰も傷つけさせるものかッ!!」
ルクスの思いが、光に変わる。そして、その変わった光は右腕のナイトブレスを通してさらなる光線のエネルギーへと変換されていく。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
威力が増したナイトシュートが、ディノゾールに殺到し、ディノゾールの甲殻が粉々に砕ける。
そして、ディノゾールは、ナイトシュートと激しい反応を起こし、世界を震わせるような爆発を起こした。
「あーあー連絡入れなくて悪かったって。ちょっと電波悪いとこにいたんだよ。あ? デバイスに電波関係ねえって? あー、マナーモードにしてたんだよ。 だから心配すんな。家ついたからもう切るぞ。嫁さんによろしくなー」
デバイスの通話を遮断すると、ルクスが電池が切れたように自室のベッドに倒れこんだ。
「つ、疲れた……」
部屋で煙草を吸うせいでうっすらと匂いが染み付いてしまっている布団は、心地よいとは言い難いがそれでも慣れ親しんだものである。
ルクスは、ごろりと寝返りをうって仰向けになるとなんとなくぺちぺちと自分の下半身があるかどうかを確かめた。
「足、あるな」
そして次にディノゾールに泣き別れにされた辺りを軽く撫でてみる。特に問題は感じず、家を出た時と変わらない体がそこにあった。
「……死んだと思ってたな」
ぼんやりと呟くとルクスは体を起こして、窓を開けて夜の帳を落としたミッドチルダの都市を見つめた。
今日の昼間、ディノゾールが暴れていた辺りを。
「……割と綺麗だな、夜景。ディノゾールが暴れてたなんて嘘みたいだ」
『君が守ったものだ』
「うおっ、いきなり話さないでくれよ心臓に悪い」
『それは済まないことをした』
「いや、別にいいけどさ……」
ルクスが頭をかいて、心の中にいる人物に話しかける。
「えと、あなたが自分を助けてくれた人……人でいいのか? まあとにかくあなたが自分を助けてくれたのか?」
『死に至る寸前ですくいあげた、という意味であるのならば私で間違いない』
「その、命の恩人に悪いんだが、あんたは一体なんなんだ? あの青い巨人があんたって解釈で合ってるのか? いや、そもそも昼間現れたディノゾールって怪獣は一体なんなんだ? それよりも先に自分の命は──」
『待つんだ。慌てるのは私もわかる。しかし、落ち着くんだ。焦りは、焦りを生み、心を貧しくする。まず、落ち着け』
「そう、だな。悪い」
ルクスの中の声の人物が、謝る事ではない、と言って微笑んだ。あくまでも雰囲気でルクスがそう感じただけだが。
「まず自己紹介すべきかな。自分はルクス・アルマドラ。今年で26歳のしがないデバイスマスターだ」
『私は……『ヒカリ』、『ウルトラマンヒカリ』、そう呼んでほしい』
「ウルトラマン、ヒカリ……?」
『ああ、こことは違う場所ではそう呼ばれていた。私自身もそう呼ばれるのが好ましい』
「じゃあ、よろしく、あーヒカリさん?」
『ヒカリ、で構わない、ルクス。私の友人もかつての仲間も皆そう呼んでいた』
「じゃあよろしくヒカリ。それと、助けてくれてありがとな」
『私はルクスの勇気に答えたに過ぎない。今の状況は君の行動の結果だ』
ルクスの心の中からヒカリが言葉には出さないが「女の子を助けていたのを見ていたぞ」ということを伝える。ルクスが気恥ずかしさで頰をかいた。
そんなルクスを見てヒカリが、それにと付け加えた。
『今回の件は君の不利益になる面も存在する』
「それはどんな?」
『今私たちは二人で一つの命を共有している状態だ。そして、その肉体の主導権は原則ルクスにある。つまり今日のような怪獣が現れた際には君が戦わなければならない、と言うことになる』
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
ヒカリの言葉をルクスが慌てて止めた。
「今日のような怪獣が現れた際? 他にも来るのか、怪獣が?」
『断言はできないが、おそらく』
ルクスの記憶の限りあんな怪獣はどの次元世界にも存在しない。次元世界には原則ミッドチルダの航空武装隊が敵わないような、あんなデタラメな進化をした生物はいない。
故に、ルクスは今回のディノゾールはなんらかのイレギュラーだと踏んでいた。
『ボガール、という生物がいる』
「ボガール?」
『ああ。ボガールは惑星に寄生し、餌となるような怪獣を呼び寄せて自分の餌場にするという性質を持っている』
「そんな事して大丈夫なのかよ……」
『いいや大丈夫ではない。故にボガールが寄生した星は悉くが、全てを食い尽くされ、破壊された死の星となる』
「死の、星……」
『そして、そのボガールの気配がこの惑星にある』
「……つまり、ボガールがいる限りディノゾールみたいなのがわんさか来るってのか」
ぎり、とルクスが拳を握りしめた。
「そんなこと、させてたまるか」
ルクスの視線が遠くへと向けられる。
「絶対に、絶対」
その己自身に言い聞かせるような呟きは、誰に聞かれることもなく夜の闇に溶けていった。
一話
宇宙斬鉄怪獣「ディノゾール」
ウルトラマンメビウスの
第1話『運命の出逢い』
第4話『傷だらけの絆(ホログラム)』
第5話『逆転のシュート』に登場した怪獣。
本編では一話でメビウスに一方的にやられてしまっているが、今回はルクスの変身するヒカリが雑魚すぎて大苦戦することとなった。
近距離では噛みつき、尻尾。中距離では液体焼夷弾『融合ハイドロプロパルサー』、遠距離では一万m伸びる舌『断層スクープテイザー』とどの距離にあってもめんどくさい武器を持っており、きちんと戦えばかなり強いはずの怪獣。
仕方ないメビウスは宇宙警備隊のルーキーだから……。
因みに今ヒカリの一部として存在する『セリザワ・カズヤ』の死因となった怪獣であり、『ウルトラマンヒカリ』が初めて戦ったのはこの怪獣の極性個体と、少しヒカリとも因縁のある怪獣。
今日からウルトラマンR/B放送開始!