艦隊マニフェスティア ~大鳳総理とミッシェル・陸奥~ 作:鑪川 蚕
暗澹とした黒煙が遠くに立ち昇る。それを目印に2人の少女は得物を携え、鬱蒼とした林道を疾駆していた。常人の全力疾走に近い速さで走り続けているが息を切らす様子はない。鴉を想わせる麗しい黒髪の少女は苦笑した。
「やれやれ、喚ばれて早々に戦挙に向かえとは…」 「総理の命とあらば仕方ありませんね」
彼女より大人びて見える長身の少女は微笑で応えた。
「あんな小娘が総理とはの」
「不満ですか?」
「不満?とんでもない。あれほど興味深い総理、他におるまい。次は何が我を楽しませてくれる?胸が高鳴るのう」
古風な喋り方の少女の想いに応えたのか、目的の町とおぼしき場所の至るところから複数の爆音が響く。
「ほほっ!爆発とな!?いいのう、よいのう、盛り上がるのう!よおし、余が一番乗りじゃ!!」
「すみません、予想よりも事態が深刻そうなので先に行かせて頂きます」
「む、かけっこじゃな?良かろう、余の俊足をとくと…ぬおぉぉぉ?!」
興奮で頬を染める彼女は舞い上がった砂煙に囲まれた。
見れば隣にいたはずの婦女子が道の先の先で淡い水色の髪をたなびかせ高速で走り抜けていた。その優美さ、爽快さは山奥の急流を思わせる。
「大した韋駄天じゃ………。重そうなものを抱えているにもかかわらず、見た目にはよらぬの」
感心していると腰に下げた一振りの長刀が震える。それに気づくと少女は尖った八重歯を覗かせた。
「そう急くでない、初やつめ。ヤトーらにそなたの切れ味を骨の髄まで味わわせてやぬぼっ!!!」
「あ、ごめん」
肩に何かがぶつかり、バランスを崩す。
なんとか持ち前の体幹で倒れることは防いだが、とんだ赤っ恥だ。
「こりゃ!せっかくのカッチョイイ決め台詞の邪魔をしてくれおっ……て………?」
詫びの一つでもさせてやろうと柄を握りしめ威嚇するが、辺りを見回しても、目を凝らしても、誰もいない。
「はて、どこにおるのじゃ?」
首を傾げ、いるはずの何者かに問いかけた。
返るのは木々のざわめきのみ。
漆喰を塗った土壁に茅葺きの屋根が乗った簡素な家が立ち並んでいたコッカ郊外。山頂から吹く風が風車をゆっくり回転させ、その回転の力が炉に空気を送る。炉内の様子を慎重に眺めつつ職人は良質なレンガを焼き上げていた。滑らかに整えられた石畳を歩けば、町の至るところからギコギコ、トンテンと鋸を引く音、鎚で叩く音が聞こえたものだった。この人口1300人ほどの町はマダホーム商会を中心に石工や鍛冶屋、大工が集まる一大職人街だったのだ。
その影は、もう無い。
「ギャッギャッギャッ!!ゼーキン、ゼーキンをよこせぇ!!」
「ジョホホホホ!!コジンジョー宝をばらまくざます!」
「オデ…ケンリョク…フルウ……。セキニン…ムシスル…。ドンドン…!!クビキルゥゥゥゥ!!!!!」
大きな一つ目をギョロつかせるヤトー、派手なピンク色をふりまく貝の見た目のヤトー、切り石を乱雑に接着したような岩のヤトー。醜悪な姿のヤトー達が風車を折り、家を砕き、金品を奪い、人々を追いかけ回す。ただ欲望のままに動き暴れる様は、のたくう巨大な海蛇のようだ。そんな怪物の前では筋骨隆々の大工も、鉈を思いのままに操る職人も無力である。なけなしの財産を抱え、家族の手を固く握り、逃げ惑い、慟哭するしかない。勇敢に立ち向かったものは皆なぎ倒された。一人の少女を除いて。
「せいっ!てやっ!このっ!」
オレンジのフレアスカートを翻し、回転弾装式ピストルを武器に怪物の進路を立ち塞ぐ。嵐のような敵の連撃をかわし、青みがかった翠の瞳で反撃の時を見極める。
彼女の名はリューナ・ゼヨ・サカモト。政霊指定都市の振興を手伝うためにコッカから派遣された「政霊」だ。
作業場の若い衆を一目惚れさせてしまう程明るい笑顔が似合うが、その面影は今は無く、汗と砂埃でライトブラウンの短髪は汚れ、息が乱れていた。
「ね~え?きみィJD?ボク、JDだァ~い好きなんだァ~。いッしョにハッピ~しなァい?」
苦しげな彼女とは対照的に、鶏の骨標本のような見た目をした二足歩行のヤトーはネタネタと唾液混じりの汚ならしい声でリューナを余裕ありげに挑発してきた。
そんな挑発に構わず黒紅の硬殻に弾丸を撃ち込んでいくが、
「くうっ!!硬っ!?」
貫通どころか弾痕一つすら残せない。ソーリの委任を受けていない政霊でも、そこらの雑魚ヤトーなら退散させるぐらいはできる。だがコイツは別格だ。この一軒家ほどの高さがある巨大ヤトーが政霊指定都市の魔法防壁を破ったらしい。納得できる強さだ。
このままではジリ貧だが、もう手が無いわけではない。
リューナは銃のグリップを握り直した。
「そォんなつらそうな顔しないでよォ。ぼォくといッしョにハッピ~になろ?」
捨てられた子犬を憐れむように大型ヤトーは蟹のような巨大なハサミをそっと差し出す。
リューナは鼻で笑うと、ハサミに銃をつきつけNOと返した。
「ぜっっっったい嫌っっっ!!!あんたみたいな脂ぎったチュウネンお断りだよ!!ちゃんと歯を磨いてる?チョー臭いよ?というか全部クサイ。カレー臭ってやつ?食器用洗剤で洗ってきたら?」
「なにぃ~!?生意気なぁ!」
嘲る彼女に頑強な腕が迫る。
少女の眼前に迫る暴威。
石畳が砕け、石片が砂と共に舞い上がった。
「ぬゥ?」
楽しみにしていた感触ではない。
ヤトーが首を傾げると、自身の巨腕のすぐ側で政霊が手招いていた。
「老眼?あたしにかすりすらしてないよ」
余裕ぶってにやけた顔が気に入らない。
巨大ヤトーは少女の顔が凄惨に派手に飛び散れと期待しながら何度も何度も何度も殴る。拳を叩き込む。だがそのハサミが彼女を捉えることはなかった。
(やっぱり)
気づけたと密かにリューナはほくそえんだ。
力も装甲も武器の威力も向こうが上だ。
だが俊敏さなら、あたしの勝ちだ。
更に挑発にのってるせいで動きが単調で読みやすい。
もっと怒れ、もっと力を振りかざせ。
彼女はわざと身を止め嘲笑した。
「もう止めたら?さっきからちっとも当たんないよ?過度の運動は心臓によくないしさ。健康診断で言われなかった?」
「うるさいうるさァい!ボクはセイカツシュウカンビョーじゃなァァァイ!!」
黒紅色の甲殻に赤みが増し、ヤトーはここぞとばかりにハサミを大上段に振り上げた。
ここだ。
持てる限りの力で地面を蹴った。
狙うは脚の関節部分。
倒すことはできない。だが、大型ヤトーの移動さえ鈍くできれば、雑魚ヤトーから守りながらコクミンの皆を無事に避難させられる。
数メートル先に黒紅の甲殻に包まれた大樹を思わせる大腿骨と脛骨がそびえ立つ。
一発一発が弱い銃では傷つけられない。
しかし、剣ならば。
「選択致し候!『帯剣砲換』!!!」
リューナの叫びに呼応し、ピストルは黄金の光を放ち刃渡り50cmほどのカトラスへと姿を変えた。
リューナは跳び上がり、剣を振りかぶった。
「ナッ?!!!」
自身の身体へ突進を仕掛ける政霊に喫驚するヤトー。
「くらえぇぇぇぇぇ!!!!!」
全身全霊を一刀に込めヤトーの脚にぶつける。
つもりだった。
まばたく前にあったはずの目標物は消えていた。
視線を少し上げると遥か後方で宙に浮いていた。
そして、振り子のようにそれは勢いをつけてリューナに近づいていた。
「ナァーんチャって!!」
悪戯が成功した子供のような、小バカにした声が頭上から聞こえた。嵌められた、そう気づいた時、かつて経験したことがない力で蹴り飛ばされた。呼吸が出来ない勢いで民家の壁にぶつかる直前、リューナがかろうじて目にしたものは片足と地面に突き刺したハサミでバランスをとるヤトーだった。
「やっぱJD、好きだなァ。あッさァ~い経験と知識でなァんでも知ッている気になるところォ。ジブンの価値を過大評価して有利な立場にあると勘違いしているところォ。コドモがオトナぶっている姿が愛らしくッて大好きだよォ~」
ハサミについた泥をぬぐいつつ、せせら笑う。
そして、気を失いそうな痛みに耐え身体を起こす彼女を踏みつけ、動きを封じた。
「『帯け-「オオッと~」
政霊は苦し紛れな反撃を試みたが、ヤトーは鼻歌まじりに彼女の得物を弾き、少し離れたところへ転がす。少女は手のひらを何度か地面にさまよわせたのち、骨が割れそうな勢いで拳を叩きつける。悔しさを露わにする彼女を満足げに見下し、ヤトーは周りに聞こえるように演説し始めた。
「『勝った!』ッて考えちャッたんでしョ?バカだよねェー~~!!コクミンのみなサ~ン!ご覧クダサ~イ、みなサマの血と汗の結晶、マナをコッカが散々無駄遣いした結果がコチラとなりマ~ス!ワナと気づかず目先のエサにまんまと飛びつきボロボロになったコッカの犬デ~ス!」
器用にハサミを扱い、リューナの頬をつつく。
刃が細かな部分が引っかかり、一筋の赤い線が刻まれる。
ツーと血が伝い、地に吸い込まれる様子を巨大ヤトーはニヤニヤと見つめた。
「政霊は国神ヨトウの加護によりボク達ヤトーの攻撃をスベテ無効化できる。でも、モチベウェーブがなければ、こうやッて触れられるし傷つけられるんダヨネェ~。ヒョっヒョっヒョっ、ドウしよッかなー。腕と足を切断して、音の出る等身大フィギュアにしちャおッかなー。きッと良い音でるだろうなァー」
ジャキジャキとハサミを不気味に開閉させながら、悪趣味な妄想を語る。少女は抜け出そうと身をよじるが、かかる力がそれを許さない。
「さァッて、どこから先に切ろうかなァ?カワイイお手て?ぷりッぷりの太ももチャン?ア~ン、決められないよぉ~」
薄気味悪い声を上ずらせながらヤトーが身体をくねらせていると、ゴツンと目元付近に何か当たった音がした。足元を見やると人間の拳ほどの石が転がっていた。コツコツと次々に身体に当たり、転がる石の数は増えていく。痛くは無いが鬱陶しい。
見れば50人は軽く超えるほどの群衆が迫って来るではないか。
「この悪党めぇ!その手を放すんでぃ!」
「親方ぁ、手じゃなくて足っすよ」
「サカモトは腐っていた俺たちを見放さなかった!」
「この町が政霊指定都市になれたのもリューナのおかげなんだ!」
「リューナさんはこの町に、コッカに欠かせない政霊だ!」
「リーナちゃんはワシらの孫みたいなものだからのぉ」
「あらやだ、おじいさん、リュージくんですよ」
「リューナねえちゃんをいじめるワルいやつはオレがやっつけてやる!」
「リューナさーん!結婚してくれぇぇぇぇ!!!」
「みんな……!」
コクミンの皆がノコギリやトンカチ、ペンチなど思い思いの武器を手に取り、この町の宝を助けようと走り来る。多くの足で鳴らされる大地の鼓動がリューナの心を揺さぶった。
「アーアー、ウザいウザい。バカで弱ッちいクセに集団で行動すればナンでも思い通りになると信じやがッテ」
耳の周りでざわつく羽虫を払うように頭を振り、足元に転がる小石をつまみ上げると集団の先頭へと投げつける。
唸り声をあげ空を貫き、それは丁度親方の爪先より30cm離れた場所で隕石のごとく地面を穿つ。着地点には小さなクレーターが生まれ、舗道にいくつもの亀裂が走った。
「ひっ……」
情けない悲鳴をあげる親方を笑うものはいない。
たった一個の小石で群集は静まり返った。
その様子を満足げに頷くと、見せつけるようにハサミを構え上げた。
「キミ達虫けらどもにエリートのボクが直々に教えてやるヨ」
そしてリューナの首元にめがけ処刑台のごとく大きく振り下ろす。
「オマエ達がどれだけ集まッて抵抗しようと、圧倒的強者のキブン一つでゼンブ無駄になるッテナァァァ!!!」
少女は寸分の光も入らぬよう固く眼を閉じた。一筋の涙の跡を残して。
風を唸らせ、刃がもう獲物へと到達しようとした時、コクミンは一斉に息を呑んだ。静寂の中、「ありがとう」と微かに聴こえた。
ガキィィィン!!
「ンナッ!?」
鉄と鉄がぶつかりあったような派手な音が響く。どう聞いても、人間の首を切り落とした音ではない。いや、そもそもどうして音が聴こえる。恐る恐ると首を撫でながら、リューナはゆっくりと目を開いた。
映る景色には「アリエナイ、アリエナイ!こんなの聞いてないゾ!!」と上空へと雄叫びをあげるヤトーがいた。
上に何かあるのかと、身体は押さえつけられ身動きが取れないから、首をなんとか傾けて空へと視線をずらした。
そして、気づく。
「…そんな、ありえない。…これって!!」
しかし今から思えば違和感を感じるくらいコクミン達が急に立ち上がったこと、今もなお自分が無事なことの理由はそれしかない。
「
オーロラのように燦然と輝く白金色の光の波を夢見心地で見つめる。
その輝きはまるで大海から昇る朝陽のようで。
その光は人々に力を与える、道を照らす。
苦難に抗う者たちの武器を研ぎ澄ませる。
力がみなぎる。身体を締め付けていた見えない鎖が春の氷のように融けていく。幾重にも貼り付いていた傷が消えている。
今ならいける。
左肘を起点にして身をねじった。ヤトーが上空に気を取られ足元の拘束がゆるんでいたおかげで、気づかれ踏み直される前に抜け出せた。そのままほとんど犬のように四つん這いになりながら、転がった自分の愛刀へと手を伸ばした。
「選択致し候!!『帯剣砲換』!!!!」
握ると同時に合言葉を叫ぶ。
不思議な感覚だった。手中の剣はすでに銃に変わっていた。最初からその形のままであったかのようだ。換装の際のラグが全く無い。
起き上がりざまに引き金を引く。狙いは外れ、ヤトーの足元を貫く。銃声が遅れて聴こえた。
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「うひャァ…」
思わず頓狂な声を出した者の視線の先には、その者が穿ったものより広く、深く、鋭い穴と派手にひしゃげた弾丸があった。
考えるまでもない。この政霊と戦い続ければ、いつか負けてしまう。
ならば取るべき行動は一つ。撤退のみ。
ヤトーが身を翻し、この場から立ち去ろうとすると雑多なもの達が道を阻んだ。
「なに逃げようとしてんだ!?」
「そうだ!謝罪しろ!謝罪だ!」
「たっぷりと賠償金を払ってもらうからな!」
「結婚式のご祝儀もな!」
「ばーかばーか!うんこ!」
謝罪だ、金だと声高に喚く非力な民に閉口してしまう。無視して力ずくで走り去ろうと考えた時、一つの妙案が浮かんだ。
ほんの少し頭を垂れて、甘ったるく話しかける。
「アア、ホントーにすまないと思ッてるヨ」
いち早く巨大ヤトーの意図を読み取った少女は走りながら警鐘を鳴らす。
「皆!逃げて!!」
命を奪わないまでも大量のコクミンに重傷を負わせてしまえば、救助に回らざるえない。ただでさえ部下のヤトーが各地で暴れている最中だ。そいつらの駆除もしなくてはならず、且つ更に怪我人が増えたとなれば、もうこの巨大ヤトーを追う暇など無い。
「コレだけ多くのムシを潰すのは、サスガにココロが少しイタむからネェ!!」
凄惨に、残酷に吹き飛ばすため重心を前のめりに構える。コクミン達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うが、お互いが壁となり、多くは立ち往生するばかりだ。その様子はココロを踊らせる。いつだって弱者を弄ぶのは楽しい。
「アリガたく喰らエ!コレがカミの鉄槌ダ!!!」
なるべく多数を巻き込むため、解体工事のハンマーのように横に薙ぎおろす。粉塵を巻き上げ猪突猛進に進む塊が止まったのは、悲壮な顔で腰を砕く若者からかなり離れた、漏らしながら仁王立ちする親方から少し離れた、一人の少女が打ちつけた三尺足らずの剣の刃先だった。
熊を思わせる巨塊と均衡を保ち、彼女はほんのりと微笑んだ。
「知りませんでした。神々の鉄槌とはこんなにも醜く軽いものだったのですね」
新しい政霊か。巨大ヤトーは苛ついて更に力を込めるが、すぐに引っ込めた。力では明らかにヤトーが強い。しかし、この女性は刃先の角度、脇の締め具合、腰のおろし方、自身もすべてをもってして、かかる力を分散させている。まるで深い清流のようだ。気を抜くと足を取られ流されてしまう。ただでさえ集中がそがれる状況であるのに、後方から迫る政霊も気にしなくてはならない。外見以上に苦しい戦いを強いられていた。
「そうそう、虫……とおっしゃいましたか?恐怖を圧し殺して戦う勇敢さ、何度折られても立ち上がる逞しさ。貴方にはわかりませんか?この花達の美しさが」
語気を強め、細く伸びた眉をつり上げる彼女の気迫に一瞬怯まされた。その隙は見逃されない。ハサミの輪郭を火花を散るほどなぞり、そのまま彼女は斜めに振り切った。不用意に前にかけた力が誘われ、ヤトーは地面へと転がり込む。
刀の切っ先をヤトーの頭へと向けると、彼女ははっきりと告げた。
「害虫はあなたの方です。この素晴らしい花畑を荒らすものは、わたくしアリシア・ヤマータが許しません」
視点切り替えは難しい……