艦隊マニフェスティア ~大鳳総理とミッシェル・陸奥~ 作:鑪川 蚕
細かいところを修正しました
吹くは選別無き刃の風。一切の断末魔も許されず、一瞬の間にヤトー達は灰塵と帰す。
「もう一回っ!!」
どこか愉しげな少女の呼び声に応じ、政剣は排気口から爆発めいた空気を吐き出す。風力で加速する剃刀を、ムツは政霊ならではの腕力で押さえ込みヤトーの群れへとぶつけた。ヤトーが8体ほど彼女の眼前からまた消え去る。
「膿蜘蛛とアングラー2体がそちらへ行きましたよ!」
「了解!守る貝の群れは頼んだよ!」
ムツの狩場から散り散りに逃げ出すヤトー達をリューナとアリシアが処理する。広範囲鈍足攻撃を単体高速攻撃でサポートするといった理想的な陣形だ。
気づけば、20,30以上いた軍勢は片手で数えられるほどにまで減っていた。尋問用にヤトー数匹を鋼鉄線で縛り付ける作業を終え、やっとリューナは深い一息を吐いた。
「あー疲れたーー……って違うじゃん!あの海老男ってやつを追いかけないと!」
「どこかで聴いたことあるツッコミ」
「何の話!?いや、訊きたいことはいっぱいあるけど、まずはアイツじゃん!このままじゃ逃げ切られちゃう!」
「大丈夫、大丈夫。作戦通りだから」
狼狽したまま走りだそうとするリューナを引き留め、ムツはニッコリと笑みを浮かべた。その顔とリューナが走りだそうとした方向を交互に眺めると、アリシアは自分の耳にサッと手をかざす。そして、口角を上げ、そっと呟いた。
「ああ、そういうことですか」
「そういうことよ」
「ど、どういうこと?」
「あちらは私達が来た方向ですから。今頃出会っているのでしょうね」
ニマニマと笑う二人に挟まれながらリューナの疑問符は増えていくばかりだ。
雑木林の中、息を荒げながら覚束なく走る巨大な生物がいた。その生物の硬質な表皮には斬り跡や弾痕が数え切れないほど残されている。それら全ては、ほんの数刻前に刻まれたものだと誰が信じられるだろうか。もちろん、この海老男なる巨大ヤトーもだ。
「こうなったのも全部部下が使えないせいダ…!ボクはエリートだ。すごくすごくエライんだ。みんなボクに頭を下げるんだ。完璧な者にはもっとツカえる部下が必要ナンダ……!」
お門違いの恨み言をぶつぶつとぼやいていると、
「ちと待たれよ、そこのデカブツ」
溌剌とした、しかし不遜な物言いの声が聴こえた。無視すべき状況なのだが、海老男は何故か立ち止まってしまった。理屈ではなく本能で従わなければならない気がしたのだ。見れば、いつの間にいたのか和装の少女が腕組みをし進路を妨げていた。
「ここらで暴れておる海老か鳥のような見た目をしたヤトーを知らぬか?」
普通ならば及び腰になるであろう巨体に物怖じもせず、彼女は挑戦的な眼差しで訊いてきた。
間違いない、政霊だ。
腰に差した、異彩を放つ長刀がその証である。
誘い込まれた、と海老男は舌打ちした。あの時は必死に逃げていたから意識していなかったが、何故この道を選んだ。2人、いや3人の政霊の場所から反対方向で、拠点から近くて、身を隠し易そうな木々が生い茂る、この道が一番都合よく思えたからだ。そう思わさせられたのだ。
上流から派手に騒いで、魚の群れを下流の網へと追い込むように。
クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ
総理と思わしき者の狡猾で姑息で小賢しい策略に燃え上がりそうなほど怒りで身体が熱くなる。それにまんまと引っ掛かった自分については頭に無かったのだが。
イヤ、待テ。ココでむざむざと首を晒すのは三流だ。
目の前をミテみろ。たかが政霊1匹。後方に3匹いるが、すぐには追い付けまい。あ、ソウダ。
「ス、スミマセンデシタ~!ボク、ホントはこんなコトしたくなかったんデスゥ~。でも、ジョーシがやれって…。やらなければツマとムスメのイノチが無いぞって。やっと授かった天使をウシナウのは耐えられず、仕方なく街を襲ったんですぅ~。」
「むぅ、左様であったか。……余とてオニではない。今後一切、狼藉を働かぬと、嘘偽りなくこの剣に誓えるか?」
「はい!誓います!誓いますゥ!」
プライド?ソンナもん無いネ。強いヤツには巻かれて、媚びを売る。危なくなッたらザコを生け贄にすれば、だいたいウマくいく。これがボク流の処世術だ。
さあコイ。この場さえしのげばイイんだ。さあコイコイコイ。
「…よし、総理には妾から話を通しておこう。さぁ、行け。余の気が変わらぬ内に!」
「ありがとうございます!ナントお礼をモウセバよいか」
「奥方とご子息をしっかり守るのじゃぞ!」
「ハイ!モチロンです!」
女神から天恵を得たとばかりに、ぱぁっーと晴れた顔を作って、少女の横を小走りで通りすぎる。
クククククク、アハハハハハ
政霊なんて御大層な名前だが、所詮はセイギ感ぶったメスガキどもダ。わッかりやすいオナミダ頂戴を見せれば、コロッと騙されやがる。
ジュンジョーなオンナを手のひらで転がすこの感覚、たまんね……ンン?ナンダ?このマーク…。葉っぱのような…。クローバー…?
笑いそうな口元をハサミで押さえていると、ハサミの甲でひっそりと輝く赤色の紋様を見つけた。植物に詳しいアリシアならば、こう答えただろう。その紋様は葵の葉だと。
「袖振り合うも多少の縁。一つ忠告しておこう」
世間話でもするように少女は口を開く。
既に50mは離れたであろう海老男にその声は届き損ねた。
いや、届く前に届いたのだ。
彼女の放った一閃が。
「嘘は巧く吐かねば、その首を守れぬぞ?」
ん、なにをいッ……ンァ……?
ジメン……が……チカ……?
……助…………ク…………
モ……………………ュ……
…………………………………
……………………………サマ
斬り別れた海老男の亡骸が無造作に地面に崩れ転がった。次第に黒紅の砂へとその姿を変えていく景色は、地獄の砂漠を想起させられる。
カチャンッと、鍔と鞘口が小気味良い音を奏でた。
「フッ……きまったの」
少女は振り向いて獲物の残骸を眺め下ろし、笑みを漏らす。その姿は血に飢えた辻斬りというより、チャンバラを制したガキ大将のようだった。
「って、誰も見ておらぬではないか!」
地団駄を踏むガキ大将。確かにそこに目撃者はいなかった。
しかし、確実に見届けた者が2人と1羽いた。
一つは魔法液晶から
「な、何が起こったダス……!?巨大ヤトーが一瞬で乱切りにされたダス!……斬った時、あの政霊の前には何も無かったはずダス!!」
「これほどとは…。さすがシャロン様です…」
眼球が着きそうなほど魔法液晶に張り付き混乱するナイカクを尻目に、シノブはうっとりと画面内の和服の少女を見つめた。
そして、もう一つは長刀の政霊から10kmほど離れたある山頂から
「はぁー、良かったー…」
ヤトーへ照準を定めていた大砲が役目を終え、ガタリと地面に置かれる。細身の少女は、いや「総理」は湿り気を帯びた草原に寝転がり、束の間の勝利を噛み締めた。