艦隊マニフェスティア ~大鳳総理とミッシェル・陸奥~ 作:鑪川 蚕
議事堂の西門をくぐると広がる、平坦な草原。
有象無象の草花が風と踊り、三日月のくすんだ光がそれらを照らす。
豊かな緑で飾られた舞踏会で、まるで今宵の主役と言わんばかりに、剣を楽器に二人の淑女が舞っていた。
「これで!どう!?」
「甘い!!」
横に薙がれる巨大な剃刀の刃先を、アリシアは身体の芯をずらして、悠々とかわす。続けざまに片手剣の鎬(しのぎ)で陸奥の左手を叩いた。
「ぃたッ!」
激痛のあまり、たまらず攻撃の手を緩めた敗者の眼前には既に鋭い剣先が置かれていた。音楽が止む。勝者は少しくたびれた顔を浮かべた。
「ここまでに致しますか?」
「ごめん、後もう一回だけ付き合って」
「はぁ、別に構いませんが。どうしてそんなに熱心になさるのですか」
若干呆れを匂わせた問いに、陸奥は明るく答える。
「昼間の戦挙と今のでわかったの。アタシの武器は多くの敵、しかも鈍いのをまとめて狩るのには向いてる。でも、身軽な敵には弱い。で、あなたはその正反対でしょ」
陸奥の剃刀は敵をまとめて刈れ、さらにその威力は刈る数が多いほど増すという能力を持つ。要は対多数型だ。一方で、アリシアの片手剣は手数の多さで翻弄して、隙を突いて倒す対個人型といえる。
「だから、アタシとタッグを組んだら、最高の戦力になれそうじゃない?」
パズルのピースが合うように、陸奥とアリシアが息を揃えて戦えば、おそらく取り逃がしてしまうヤトーは一匹もいなくなるだろう。
「一理ありますね」
「今はまだ『タッグを組んで』なんて言えるほど、この剣を使いこなせてない。でも、じきに追い付いてみせるわ」
貴方と練習することで強くなれるし、貴方の癖も拾えるし一石二鳥でしょ?と、付け足した。
「よくわかりました。そういうことでしたら、どうぞ」
アリシアは剣を無造作に持ち上げ、だらしなく構えた。几帳面そうな彼女から想像できない振る舞い。なるほど、挑発しているのだ。「できるものか」と。
「あ、雑踏闊歩を使っても構いませんよ」
見下した顔で更に挑発を重ねる。挑発とわかってはいるが、気を逆立たせられてしまう。
「へぇ…、いいの?」
「残念ながらハンデにもなりませんが気休めに」
「後悔しないでよ」
("雑踏闊歩" 発動)
あらゆる魔法をもってしても感知できないステルス能力。
敵味方入り乱れる戦場において、「不可視」は、「恐怖」と同義語だ。
しかし、アリシアの辞書では違うらしい。
彼女が構えた剣先から響く金属音。残響の中に不可視の汗が地に落ちた音が混じる。
幾度と無く四方八方から襲う透明の刃をアリシアはなんなくいなしていくのだ。視えているのかと陸奥が訝しむほどに。
「視えていませんよ」
剣士は不敵に笑った。
「踏みつけられた草花、漂う香水の薫り、揺らぐ気の流れ、そして昂る心臓の音。それら全てが貴方の剣勢、足運び、全てを教えてくれる」
暴れる幼子を諌めるように無数の剣撃の隙を突き、攻勢に転じる。
不可視状態にもかかわらず、防戦一方となる陸奥。
じきに詰みとなる戦形の立て直しにと、左斜め後ろに早足で後退り、剃刀を右下段に構える。そこへアリシアが身体ごと突っ込んできた。
「思考さえも、ね」
「ッつ!」
女性特有の華奢な身体だが、自慢の脚力で加速された体当たりは相当な威力を持ち、陸奥を刀ごと跳ね飛ばす。飛ばされた陸奥の背中は地面と激しく擦れ合う。チリチリとした痛みに耐えかね「雑踏闊歩」が解け、泥と草にまみれた無惨な姿が露となった。
「遺憾、とでも申し上げましょうか」
ため息まじりに足音をわざと踏み鳴らし、一歩一歩ゆったりと近づく。
「政霊とは、才に溢れる淑女達が67の過酷な試練を乗り越え、ようやく到達できる高みです。それが異政界天生とやらで政霊に乗り移った部外者に、たった一度の戦挙に勝った程度で「追い付ける」などと軽んじられる筋合いはありません」
地面に転がった陸奥の喉元にアリシアは剣先を突きつけた。
「政霊を、舐めるな」
怒りを滲ませて睨む、その表情は彼女と浅い付き合いの者ならば、普段との隔たりから腰を引いてしまうだろう。
だが、陸奥は怯えなかった。精強な剣士を真っ直ぐな瞳で見つめていた。
「腹が立つ、とでも言おうかしら」
刀の峰を掴み、剣先を自身の首もとから逸らす。意外にもアリシアは抵抗するでもなく、されるがままに刀の行く末を陸奥に任せた。聞き入るほどの何かを彼女の内から感じたのだ。
「お見逸れしましたと引き下がれるなら艦娘なんてやってないのよ」
ミッシェル・ムツの見た目をした艦娘は歯を剥き出しにして笑う。
「艦娘を、侮るな」
そう言い放つと、陸奥は雑草混じりの砂を巻き上げた。アリシアはとっさの目くらましに怯みつつも、バックステップを素早く踏む。取った間合いを詰めんと、陸奥が腰を低く、大股気味に駆け寄る。見れば無防備ではないか。恐れるに足らず。いや、
無防備?
彼女の剃刀はどこにいった?
あれほど長大な得物を見逃すはずがない
彼女の右手がほんの少しぼやけていることに気づいた。
つまり、砂かけは囮。
わざと大振りに腕を振ったのは、剣を持った右手への視線を逸らすため。すなわち、彼女の剃刀の行き先は。
すぐさま目線を上げると、月光に照らされ煌めく刃が、アリシアの頭上へと首を刈らんと落ちてきていた。
違う。これも囮だ。
彼女は咄嗟に悟る。
陸奥が自身の右腕の存在感を弱めていた理由がわかった。
答えは目の前にある。確かな存在感を放つ陸奥の右拳だ。
「くっ…!」
片手剣を放り、メタルブレスレットで拳の行き先を反射的に遮った。
金属越しであるが、強烈な圧が腕に伝わる。政霊でなければ、骨という骨にヒビが行き渡っていただろう。政霊であっても全身に響く痛みに耐え、持ち前の体幹を駆使して、陸奥のがら空きとなった腹部を蹴り入れた。内臓を弾け飛ばしそうな激痛が陸奥の動きを鈍らせる。好機を逃すものかとアリシアは足を裁くが、痛みで挙動が遅れた。
どちらも満身創痍と言える。ここで勝負の明暗を分けるものは何だろうか。それはこの状況を想定できるほど己と敵を知る者だ。
アリシアと陸奥の間に刃渡り四尺ほどの剃刀。
その刃先はアリシアの脇腹を今にも掠めとらんとしていた。
「…アリシア、破れたり」
「………そのようです」
息も絶え絶えな勝利宣言。アリシアはため息とともにそれを受け入れる。
彼女はおもむろに土まみれの皮手袋を外して、陸奥にそれを投げつけた。そして、呆気に取られる陸奥の顔を覗き込むように近づく。
「ですが、タッグを組むにはまだまだ足りません」
大人びた彼女が年相応のいたずらっ子な笑顔を見せ、しなやかな右手を差し出した。
「だから、あなたを鍛えて差し上げます」
一連の振る舞いに陸奥は少し戸惑うが、何かに気づくとクスッと笑って、手袋を外し始めた。「こっちの世界もそうなの?」と独りごちながら。
そして、手袋をアリシアへと投げつけ、彼女の手を威勢良く握る。
「よろしくね、アリシア」
「よろしくお願いします、ムツ」
握手は少しの間でほどかれ、申し合わせたかのように二人はバラバラに帰路につく。
「おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
「「また明日」」
夜風に浸りながら、アリシアは部屋にまだ茶葉が残っていたか思案する。茶で心を落ち着けなくては。
明日が楽しみで眠れそうにないのはいつぶりだろうか。