それでは本編
10月に入り耳の調子も戻りつつある今日この頃、一時期はこのまま聞こえないままの生活を送るのだとばかり思い絶望していたが人間不思議なもので治るものは治るみたいだ。
9月の半ばにはだいぶ音が拾えるようになり少しずつ彼女たちとも筆談以外での会話ができるようになってきた。このままいっそのこと私の病気まで治らないだろうか…、いやそれは無理な話か。
また彼女達の元気な声が聞けるようになれて本当によかった。
動かなくなった右腕だが、動かないのは動かないのだが触覚は戻ったようで触れられたりされると感じるようになった。
火傷の跡はしばらく残りそうだが……。
各鎮守府での深海棲艦の受け入れ施設の導入は順調に進み、どこの鎮守府でも現在建設中との事。
うちの鎮守府でも建設中だが完成は来年の6月位だそうな……。
完成され、彼女達を迎え入れる姿を見ることは叶わないだろうな…。
心残りになるな。
いくら悲観しても始まらない、絶望しようがまだ私には今がある。先の事を考えるより今ある現実を見て行動し楽しまなければならない。
それが生きているものの義務であり、人は生きている限り天に与えられた使命を全うしなければならないと昔教育時代に言われたことがある。
自分の死に目に直面しこの言葉の意味がようやく解った気がする。
まさにまだ私が生かされていると言う言葉が、まだ私には全うすべき天命が残されていると言うことだ。
提督は席を立ち、光射す窓へと歩く。そこから見えるのはグラウンドで楽しそうにはしゃぐ艦娘の子や深海棲艦の子達が見えた。
2ヵ月前までお互いが戦争をしていた事を忘れさせてくれるような明るい彼女達の笑顔を見て提督は安堵する。
お互いに分かり合い、お互いに助け合う世界。
お互いに守り合い、お互いに尊重し合う世界。
私達が目指した世界。
語り部の夢物語ではなく
吟遊詩人のお伽噺でもない
本当にあった出来事であり現実。
現実とは小説より奇なりとはよく言ったものだ。
これから艦娘と深海棲艦達の処遇がどうなっていくのか問題は山積みだ、我々は海上自衛隊とは異なる組織として新たに海軍として民間には秘密裏に組織された。
このまま海軍として民間に出るのか、また新たに自衛官として迎え入れられるのか…。
皆の未来が心配だ、提督として指揮官として最後まで、定年まで見届けてやりたい。しかし私にはそれが叶わない、どうしてもこの願いだけは受け入れられない。
全く神様も意地悪な存在だ。
提督はグラウンドから目を逸らし提督室へと目を向ける。
提督として勤務し続けた部屋
新たに着任した子を迎え入れた部屋
遠征や演習、出撃の報告を受けていた部屋
勤務時間だろうと勤務時間外だろうと関係無しに皆の憩いの場であった部屋
机の上には重なったファイルとペン立て、スタンドにパソコンがある。どれも私がここに着任してきた時から使っている使い古された物ばかりだ。
棚には戦術書や医学書、艦娘達がたまに持ってくる巻数や作品がバラバラな漫画本や小説等がある。
部屋の隅には書類のコピーや印刷、給湯スペースや茶菓子が入ってる棚等がある。
あとは大きめのソファーが2つと長机が一つの質素な提督室。
私は提督として生きてきてよかった、あの子達の提督でよかった。
心の底からそう思う。
意見の食い違いやすれ違いはお互いにあったものの、皆見ている所目指す所は同じで芯は真っ直ぐで力強く、可憐でお茶目で可愛くて。
それに美人さんばかりだ。
本当に
最高の娘達だ
本当に
自慢の娘達だ
あぁ惜しい…
あぁ惜しい……
あの子達の成長を
あの子達の晴れ着を
私は見ることができないのか…
今になって生きていたいと願うようになった
今になって命が惜しくなってきた
今になって自分の過去を呪いたいと思った
今になって本当に大切だった物に気づかされた
もう後はない
後がない
当てもない
迫り来る死神を、死期を
私は待つばかり
私はこの一生で命の有り難さを、尊さを学んだ
犠牲にしていい命なんて存在しない
例えそれが己の命だとしても……………
そんな当たり前の事を、今さらになって学んだ
学んだんだ
もう私には後がない
だから
今私が彼女達に何が出来、何を遺せるのかを考えねばならない。
あぁ…、久々に日記でも付けようか。
日記を書きながら考えよう、私に残された時間で出来る事を…。
提督の本音の部分が見えた話ですね。
彼は彼女等に何を遺すのか…