刀使ノ巫女 ~信じた思いは煌めく刃となりて~ 作:巻波 彩灯
今回はようやく分岐点のお話です。前回と同様、かなりゴタゴタしていますし、展開が急ですが最後まで読んでいただけると幸いです。
では、また後書きにてお会いしましょう。
十条姫和と衛藤可奈美が原宿へ逃走している頃、奈良県の某所にて――。
いつもと変わらず、竹林の中で玲が正座をし目を閉じて気を静めていた。そして一陣の風が吹くと目を見開き、腰に佩いていた御刀を横一文字に抜いては振りかぶり袈裟を斬る。
シンプルな型だがそれ故に迷いが一つでもあるとその太刀筋がすぐに乱れてしまう。今の彼女の一閃は迷いがない様に見えた。
「腕は鈍ってない様だね」
どこからか声がした。玲は声がした方へ体を動かし、切っ先を目の前にいた人物へと向ける。
「おっと、私は見ての通り平城学館のものだよ」
黒髪の様に見える青く長い髪の少女は両手を掲げ戦意や敵意がない事を示した。しかし、掴みどころがない話し方や意図が読み取りづらい細い目が相まってどこか胡散臭くも見える。
「……何者だ?」
玲は警戒心を緩めずに口を開く。その目は鋭い。
「私は
そんな玲に臆せず佐倉満月と名乗った少女。その隣には小さな銀狼がいた。主人が切っ先を向けられ斬られるかもしれないというのに威嚇する気配がない。
「……先輩が何の用でここに?」
この一人と一匹の様子に警戒するのも馬鹿らしく感じ、玲は納刀して立ち上がる。
「私は学長に伝言を頼まれてね……玄尚院玲さん、学長がお呼びだよ」
「学長が……?」
久し振りに制服に身を包んだ玲はもう半年近くも通っていない母校へ足を踏み入れ、そのまま学長室へと向かう。
しかし、行く道先々の周囲の好奇が彼女に集中していた。それもそのはず、玲は学内では次の世代を担う実力の持ち主として半年前まではその名を轟かせていたのだ。
それがいきなり消えては今頃に姿を現したのだから、人々の好奇が集まるのは当然とも言える。
だが、玲はその周囲の目を気にせず、学長室へ真っすぐに足を運んだ。
「失礼します」
ノックをして入室許可が下りると玲は学長室へと入った。その視線の先には相変わらず着物姿でいるいろはがいた。
「昨日ぶりやねぇ、玄尚院さん」
「ええ、そうですね。それで私を呼んだ理由は?」
仏頂面で本題を切り出す。自分を呼んだのにはそれ相応の理由があるのだろうと思っているからだ。
相変わらず堅い玲の様子にいろはは少し苦笑いを浮かべた後、真剣な表情になり話をする。
「実はなぁ……
この事実に玲は目を見開く。そして自分が呼ばれた理由を悟った。
「つまり私にその者達を追えと言うのですね?」
その紫瞳は強い光を放っていた。しかし、鈍く暗い色をしている。
「そういう事やねぇ……玄尚院さんには酷やと思っとるけど……」
「いえ、全く。むしろ、それでも私がお役に立てるというのなら……」
玲は右手で左の袖を強く握りしめた。もう二度と過ちを繰り返さない為に――。
一方、その頃の鎌倉では――。
「失礼するわ」
鎌府女学院の制服に身を包んだ少女が扉を開けて部屋に入る。彼女の入った部屋は二つのパイプ椅子が簡素な机を挟んで置かれているだけの殺風景な部屋だ。
そして美濃関の制服を着ている少女が一人座っている。彼女に対面する様に空いている席に着いた。
「加守明……さんだね?」
小脇に挟んでいた資料を取り出し、目の前にいる少女の名を確認する。
「……はい」
明は怒りを押し殺しながら答えた。まだあの一件には納得が出来ていないからだ。
「私は水上紗夜。あなたの尋問の担当よ」
紗夜は真剣な眼差しで明を見つめる。彼女が十条姫和が御前試合の決勝戦で行った行為に対して静かな怒りを燃やしているのは目に見えて分かった。
「……あなたがどう思っているのかは分からないけど、きっと十条さんにも何か事情があったと思うの。だから――」
「それは分かっています」
明は静かながらも強い語気で紗夜の言葉を遮る。姫和には理由があるのは推測出来る。それでも刀使の力を殺人に用いろうとしたのが許せないのだ。
「……そっか。じゃあ、衛藤さんは何で彼女に付いて行ったかは分かる?」
優しく問いかけられると明は無言になり、紗夜と目を合わせる。その瞳は先程とは違い悲しさや悔しさ、困惑が入り混じっていた。
「……分かったわ。あなたの処分については多分また私が伝える事になると思うの。それまではこの部屋で待ってて」
紗夜は資料を回収すると席を立ち、そのまま部屋を出て行く。
「……かなちゃん……」
一人残された明はこれ以上にないぐらい強い力で右拳を握っていた。
一人取り残されてしまった千晶は鎌府の生徒から明や美炎達が捕まった事を聞かされていた。飛び出して行った年上二人が無事だったのは安心したが、今度は二人とももしかしたら刀使を辞めさせられるかもしれないという不安が心に広がる。
ただ明の方は逃げる様な事はしたものの抵抗した訳ではない為、美炎と比べたら罪は軽くなりそうだと聞いていた。
「千晶ちゃんのお姉ちゃん……会えるかな……」
肩にかかるぐらいのショートヘア―の少女――
「……ん」
その隣を歩く長い髪を三つ編みにし眼鏡をかけている少女――
「重結ちゃん、読書しながら歩くと危ないよ?」
「ん……」
注意されても重結は止めようとしない。幸い、人の通りが少ない為に人とぶつかる事はないが、前を見ていないは周りからすれば不安でしかない。
そんな二人の少女と千晶は行動を共にしている。せめて姉にだけは会いたいと思い探していたのだが道に迷ってしまったのだ。
そして道が分からず困っていたところをこの二人と出会い、案内してもらっている最中だ。
「重結ちゃん、本当に読書が好きなんだね……」
ブレない重結に千晶は感心していた。
「ん……」
先程から同じ返答の仕方を繰り返す重結。表情も変わらない為、その意図は読み取りづらい。
「そうなんだよね。重結ちゃん、いっつもこんな感じでどこでも本を読んでいるんだよ」
美琴は少し呆れていた。読書が好きなのは分かるが、流石に歩いている時ぐらいは止めて欲しいと思っているからだ。
しばらくして千晶と美琴の視線の先に二人の人影が見えた。しかし、彼女達が近くにまで行くと一人は立ち去ってしまった。
「紗夜先輩、上条先輩と何話していたんですか?」
残っていた少女に美琴が声をかける。
「あ、美琴ちゃんに重結ちゃん……とその子は……」
紗夜は千晶を見て、先程自分が尋問していた少女と似ていると感じていた。
「加守千晶です。美濃関中等部一年で……姉が……」
「もしかして、加守明さんの事?」
千晶は少し驚く。まだ自分が姉の事を話していないのに彼女が姉の事を分かっていたからだ。
「えっ、あっ、はい」
「さっきまで彼女の尋問を担当していて……もらった資料からね……」
紗夜は先程目を通していた資料を思い出す。その中に千晶もまた刀使をやっている事が書かれてあった。そして名前を聞いた時に恐らく彼女が明の妹だと推測したのである。
「じゃあ、紗夜先輩。今から千晶ちゃんのお姉ちゃんに会いに行ってもいいですか?」
美琴は紗夜が明の担当だと知ると早速是非を訊ねた。しかし、紗夜は首を横に振る。
「えー!? 何でですかー?」
「まだ彼女の処遇は決まっていないし、私が決められる事じゃないの……ごめんね」
紗夜は視線を千晶に合わせて申し訳なさそうにして言った。千晶は特に残念がる様子もなくその事を受け止める。
「……そんな、事より、美琴……」
唐突に重結が口を開く。本は開いたままだが、可能な限り目を合わせようとした。
「え? 何?」
「……学長の、事……」
「あ、そうだ! 私達、紗夜先輩に伝えなきゃいけない事があったんだ!」
「えっと、学長がどうしたの?」
紗夜は少し不審に思う。あまり自分が呼ばれる事はない為、このタイミングで呼ばれるという事は何かしら重大な事があるのだろう。……気はあまり進まないが。
「学長が至急学長室に来いって……」
「……はぁ、分かったわ。伝えてくれてありがとう。それと明ちゃんがいる部屋はそのまま真っすぐに行って一番奥の部屋だから」
その場を立ち去る間際、紗夜は千晶達に場所を教え、そのままの足で学長が待っている所へと向かった。
また何かしらの問題を押し付けられるのだろうと頭を悩ませながら。
学長室に入室すると紗夜を呼んだ人物がいた。その人物こそ鎌府女学院の学長――
彼女は手腕こそ良けれど性格に難があり、大半の生徒達に敬遠されている。紗夜もまた高津学長を敬遠する生徒の一人だ。
「遅い! どこで油を売っていた!」
高圧的な態度で紗夜に接する。しかし、紗夜も臆せず丁寧に言い返す。
「申し訳ありません、学長。呼ばれていた事に気づくのが遅く、それに伴って到着が遅れました」
「ふん、まあ良い。今回、お前にはある任務に就いてもらう」
「任務ですか……?」
紗夜は訝しげに眉を顰める。学長直々に言い渡される事は珍しい訳ではないが、時期が時期だ。何かしらの事が大きい任務になる可能性は高い。
「そうだ。お前も紫様に仇なした逆賊の事は知っているな?」
「ええ、存じ上げていますが……」
「お前にはその逆賊を捕らえる部隊に就いて、そいつらを捕まえろ! 良いな!」
この言葉に紗夜は少し前に明に言った事を思い出していた。
“十条姫和には折神紫を討たなければいけない何かしらの事情がある”――その様な事を彼女に言った。つまり、これはその事情を聞く好機なのだ。そして、彼女が再度殺人を行おうとすれば自分が止める。
「分かりました。その任務、お引き受けします」
強い決意の裏側に寡黙な白髪の少女の事を思い浮かべていた。この事をきっかけに彼女の力になれれば良いなと思いながら。
二台のヘリコプターがヘリポートに降り立つ。そして美濃関、平城の学長がそれぞれ乗っていたヘリコプターから降りた。
二人が他愛のない会話をしている中、いろはと共に乗っていた玲はやや遅れて降りる。後を追うと学長を出迎えに来た親衛隊の二人がやって来た。
いろはは今では親衛隊第一席として活躍している教え子を労う。しかし、獅童はその言葉を流した。
本来なら立ち話の一つもしたいところだろうが、事が事にだけあり余裕はない。
「……!? 玄尚院玲……!?」
獅童はいろはの背後に隠れる様に立っていた玲に気付き酷く驚いた。
またその隣にいる親衛隊第二席――
「お久し振りです、獅童さん……」
バツ悪く挨拶をする玲。去年、一緒に御前試合の出場していただけあって獅童にはそれなりに気をかけられていた。
その事もあり、今こうして顔を見せるのは罪悪感がある。何せ、先輩の期待を背いてしまっただから平気な顔は出来ない。
「元気そうで良かった……それで何故、君がここに?」
相も変わらない後輩の姿にひとまず安堵した獅童はここにいる理由を問う。
その答えは玲の口ではなくいろはの口から聞こえた。
「それはねぇ……私が推薦したからなんよ。例の部隊のね」
「なるほど、そうだったんですね。では、後で僕の部下に案内させます」
「ほな、よろしくお願いな」
いろはが言い終わると二人の学長は獅童達に連れられ本部室の方へ向かっていく。当然、玲も付いていくがその瞳は今日の天候と同じ様に鈍く暗かった。
学長達の会合が終わった後、美濃関学院学長――
変わらない人も変わってしまった人もいる。江麻は苛烈になってしまった後輩の事を思うと少し頭が痛くなった。
いろはが言っていた様に昔の方がまだ可愛げがあったのは確かである。
そんな憂鬱を抱えながら、ある人物がいる部屋の扉の前まで到着した。その人物が余程重要な人物ではない故になのか警備の者がいない。
絵麻はノックして中の反応を確認する。聞き覚えのある声が返ってきたのを確認すると扉を開けた。
中に入ると机に突っ伏して爆睡している明と彼女を起こそうとしている千晶の姿が。また違った意味で江麻は頭を悩ませる。
「こんな時にまで寝ているなんて……明さんらしいわね」
「学長……」
千晶が今にも泣きそうな見つめる。きっと何度も起こそうと頑張っていたのだろう。彼女には酷く同情せざるを得ない。
「分かったわ。私が起こしてみる」
と言って、江麻は近くまで歩み寄り明の体を強く揺さぶった。しかし、一向に起きる気配がない。
その様子に江麻は昔学友にやった起こし方を実践しようかと思案した。だが、あの頃とは自分の立場が違うし、あまりやりたくない方法だ。
……と、迷っている内に問題児は目を覚ました。
「……あれ? 何で千晶や学長がいるんですか?」
起きたばかりで状況を理解していない。さっき起こされていた事も知らないだろう。
「お姉ちゃんに会いに来たら、お姉ちゃん寝ているし……羽島学長が来たから起こそうとしても起きなかったんだよ」
事を一番把握しているであろう千晶が説明する。明は間の抜けた笑顔で返した。
「ああ……ここで待っててって言われたけど、何もする事ないからお昼寝しちゃった」
そんな事だろうと千晶と江麻は察していた。いつでもどこでも寝れる人間だと理解していたからだ。
「とりあえず、いつもと変わりがないようで良かったわ」
何せ血相を変えて飛び出して行ったという報告が入っていたものだから、まだ頭に血が昇っているままだと思っていたのだ。しかし、彼女の呑気でマイペースなところを見て安堵する。
「いやぁ~それほどでも……」
「お姉ちゃんは少し罪悪感ってものを覚えた方が良いと思うよ」
呑気に照れる姉とその姉の態度にツッコミを入れる妹。江麻はこの二人のやり取りにどこか懐かしさを覚える。
――昔、彼女達もこんな感じでやり取りしていたなと。
「それで羽島学長は何しにここに?」
「ああ、それはね……あなた達をある部隊に推薦する為に来たのよ」
ようやく江麻が伝えたかった話題に切り換わった。二人も真剣に話を聞こうと耳を傾けている。
「十条さんと衛藤さんを追う部隊に美濃関から二名ほど推薦せよとお達しが来たの。それで私はあなた達を推薦しようと思ったのよ」
「それだったら、舞衣先輩や美炎先輩が適任ではないんですか?」
当然の疑問を口にする。普通に考えれば、校内予選で上位を取った実力のある刀使に任せるのが妥当だろう。
千晶こそ上位八位の中に入ったが、明は二回戦負けを喫している。実力で言えば、不安が残る人選だ。
「その事については柳瀬さんにも確認を取ったけど断られてしまったの……私よりも任せられる人がいるって事であなた達の名前が挙がったのよ」
二人は納得した。どういった経緯で舞衣が断ったのかは知らないが、自分達が推薦されたのだからきっと彼女なりの考え方があるのだろう。
そして彼女は自分達を信頼しているのだなと分かって、その事については詳しく聞く気にはなれかった。
「でも、みーちゃんは?」
先程の話で挙がったのは舞衣だけで美炎については何も聞かされていない。少し不安になる。
「安桜さんについてはあなた達と別の部隊に配属する事になったの。親衛隊や警備の刀使に反抗した罪を帳消しにしてもらう代わりにね」
「え? みーちゃん、何かやったの?」
明は美炎が親衛隊と一悶着起こしていた事をまだ知らないし、聞かされていてもいなかった。江麻は自分が受けた報告を簡潔に伝える。
それを聞いて明は親友の身に何が起こっていたのかを理解した。そして彼女もまた大変な事に巻き込まれたなと呑気に考える。
「まあ、そういう事もあってあなた達二人を追跡隊へ推薦したいと思うの。どうかしら?」
江麻は話が一段落したと思うと改めて二人の意思を確認する。
すると、明の表情は一変し真剣な顔つきになった。拳を強く握りしめ、その瞳は強い光を放っている。
「私は十条さんやかなちゃん達を追いかけます。そして十条さんのやろうとしている事を止めたい」
強くはっきりとした口調で自分の意思を伝える。その思いを確かに受け取った江麻は視線を千晶の方へ合わせる。
「私もお願いします」
「別に断っても良いのよ?」
「私は可奈美先輩や十条さんが何をしようとしているのか知りたいし、お姉ちゃんと同じく十条さんのやろうとしている事を止めたいんです」
千晶もはっきりと言う。性格が似ていない姉妹だが、こういう意志の強さはそっくりだ。
江麻は再び学生時代の事を思い出しながらも今の彼女達の思いを聞き入れると穏やかな声音で話す。
「そう、ありがとう二人共。じゃあ、集合場所を教えるわね……」
江麻から集合場所を教えてもらうと二人はその場所へ向かう為に部屋を出て行った。
「あ、そういえば清国は?」
千晶は姉の腰にない愛刀の事を訊く。明も制止を聞かずに飛び出してしまったのだから、流石に御刀を取り上げられている。
「あーー!! 取り上げられたままだったの忘れてたー!」
すっかり忘れていて焦ったが、一瞬後には向こうに行って回収すればいいだろうと思った明だった。
彼女達が向かったのは近くのとある研究棟。そこに部隊を招集した人物がいるという。
「会議室みたいなところに集合かと思いきや、全然違う場所に呼び出されたね」
明は今向かっている先に対して正直な感想を述べる。向かっている場所が場所なだけあり、少し場違いな気がしないでもない。
「もしかしたら、可奈美先輩達を追う以外にも任務があるかもしれないね」
千晶は推測を立てた。そう考えても不思議ではないといえば不思議ではないだろう。
二人は他愛ない会話をしながら、目的の部屋へと到着した。カメラかセンサー類で彼女達を認識したのか、扉は自動で開く。
部屋の中には機材がいくつかあり、奥の方にも扉が見える。そして、視線の先には先に着いていた紗夜と玲の姿があった。紗夜の手には明の御刀――同田貫清国が握られている。
「あ、やっぱりあなた達が来たのね」
紗夜は明達に気づくと近くに歩み寄る。明達も扉の前から離れる様に彼女の近くに行く。
「えっと、何であなたが清国を……?」
「これは親衛隊の人から預かったの。候補としてあなたの名前が挙がっているから、もし来たら渡してくれって……」
と言って紗夜は明に清国を手渡す。明は返してもらった清国の鞘にある“大切な物”が外れていないか確認すると手慣れた様子で帯刀した。
「そのお守りはあなたのお母さんからくれたものなの?」
明の“大切なもの”に指を差す。明は頷くとその事情を話す。
「私が刀使になる時にお母さんがくれたものです……結構年季が入っていますけど……」
明の言う通り、彼女が持っているお守りは随分と古びた印象を覚える。かなり前に買ったものだろう。
「そっか……良いお母さんだね!」
「いつも怒られてばっかりですけどね……」
「それはお姉ちゃんが怒らせる事ばっかりしているからだよ」
妹の容赦のないツッコミに明は言い返せない。そんな二人をよそに紗夜は輪に入っていない人物に話しかける。
「そういえば、玄尚院さんはまだ二人の事知らないよね……?」
「……ええ、知りませんね」
玲も輪に入り、二人と対面する。千晶は初対面だから全く見覚えのない人物だが、明は見知っていた。
「あ~っ! 去年の御前試合に出てた抜刀術の人だー!」
先程までは少し分からなかったが、近くで見て改めて分かった。そして、明の様子に玲は少し居心地悪そうにする。
「……そうだな。去年、出ていた」
「ちなみに私も去年の御前試合に出ていたんだけど……覚えてもらえてないよね……」
紗夜は苦笑いを浮かべた。いくら代表選手になれても知名度は低い。原因は同じ年に出ていた獅童、寿々花、玲などがあまりにも注目を集めてしまったからだ。
「……すみません、その時の私は自分の試合に集中していましたからあまり……」
「私もあまり覚えていないですね……あの時、獅童さんと此花さんの試合が結構盛り上がっていたのは覚えていますけど」
「そっか……そうだよね……まあ、そんな事も気にしても仕方ないか!」
紗夜は両手を軽く叩き、その話題を締めくくる。そして玲に自己紹介をする様に促した。
それを受けた玲は軽く咳払いをすると真剣な顔つきで言う。
「私は玄尚院玲、平城学館中等部二年に在籍している」
「私は加守明! よろしくね、あっちゃん!」
「あ、あっちゃん!?」
いきなりあだ名で呼ばれた事に対して玲はかなり動揺する。
ここ最近、学友達と顔を見合わせていない反動が原因だと思われる。また友人と呼べる親しい者が少ない為、ことさら珍しく思えたのだ。
「えっと、お姉ちゃんはすぐに他人の事をあだ名で呼ぶ人なんですよ……」
千晶は助け船を出すかの様に口を開く。その顔には苦笑いを浮かべていた。
「……そうなのか……」
「そうなんだよ、あっちゃん」
「いや、何でお姉ちゃんが自慢げに言うのさ」
何故か胸を張って堂々と肯定する明とそれにツッコミを入れる千晶。
その様子に玲は明の言葉に困惑しながらも彼女達の仲は良いのだなと感じていた。
「あ、私は加守千晶って言います。お姉ちゃんの一つ下で中等部一年です」
気を取り直して千晶が自己紹介をする。年下ながらも姉よりもしっかりとしている印象を覚える。
「ああ、よろしく頼む」
硬い声音だが、少しでも親しみやすい様に出来るだけ柔らかく言った為か、先程よりもほんの少しだけ玲の声が優しくなる。
しかし、表情はかなり硬く不愛想な顔つきのままだ。
「あっちゃん、そんな顔してちゃ怖がられるよ」
明は容赦なく玲の頬を引っ張り、無理やり笑わそうとする。しかし、玲が激しく抵抗した為、すぐに中断させられた。
「笑った方が、あっちゃん可愛く見えるよ~」
「う、うるさい! 昔からこんな感じだったのだから仕方ないだろ……!」
明と玲が言い合っている間に扉が開く音がした。全員の視線が入室した人間へと集中する。
「いやぁ~、ここは広いよな~。迷っちまったぜ」
紺色のショートヘアーで長身な少女――藤川凪沙だ。しかし、その隣にいる少女は明達が御前試合前で共に戦った佐原すみれではなかった。
「アンタのおかげで助かったぜ。ありがとな!」
「いいえ、とんでもない! たまたま行く先が一緒だっただけで……それに美少女とご一緒出来るだけでもうそれだけで満足だし……」
最後辺りは周囲の人間には聞き取れないぐらいの声の大きさになっていたが、その時の表情で玲は少女を危険人物だと判断した。
そして紗夜はというと彼女が自分の学校の先輩だという事もあり、頭を抱えていた。
「それにしても、どんな面子が集まっているのかと思いきや……皆、顔見たことある奴ばっかだな」
少女の事は大して気にせず、凪沙は招集されたメンバーの顔ぶれを見る。その中には最近顔を見ていなかった後輩の姿もあった。
「へ~、玄尚院。お前も呼ばれたのか?」
「ええ、まあ……」
「ま、お前ぐらいがいれば心強いし、頼りにしているぜ」
凪沙は玲の細かい事情など構いなく彼女の実力そのものに信頼を置いている様だ。
玲も不安は多少あるけれど変に気を遣われるよりかは気が楽だと思っていた。あまり過去の事は掘り起こしたくないし、新しい仲間にも妙な気遣いをされてしまっては息苦しい。
「ええ、ご期待に添える様に頑張ります」
「かてぇ~よ、その言い回し。せっかく一緒の部隊になったんだから、もっと気楽に行こうぜ」
「はぁ……」
気楽に……生真面目に物事を考えてしまう玲にとっては当分難しい。しかし、少しでも新しい部隊に馴染める様に努力しようと思った。
幸い、いきなりあだ名で呼んでくれた同級生や細かい事は気にしない先輩がいるのだから……。
「おっ、全員揃っているね……何か一人、報告された覚えのない人間がいるけれども」
奥の扉から白衣を羽織った男性が出てきた。その後ろには少女が遅れて入ってくる。伍箇伝の制服には身を包んでおらず、親衛隊の様な茶色のブレザー姿だった。
「別件とはいえ、貴方に呼ばれたんですケド……」
「あ、そういう事か。それなら、少し待っていてくれ。先に済ませたい事があるから」
「は~い」
少女の返答は軽かった。しかし、男は気に留める事なく話を続ける。
「それじゃあ、気を取り直して……君達に集まってもらったのは、他でもない十条姫和と衛藤可奈美の両名を捕まえる事だ」
男は全員の顔をしっかりと見ながら、止まる事なく話し続ける。その場にいた全員は男の説明に真剣に耳を傾けていた。
「親衛隊だけでも十分かもしれないが、自由に動ける手はいくつかあった方が良い……そういう事で今回追撃部隊を作る事になった。僕の分野外なところが多いけどね」
そういうと男は自嘲するかの様に笑う。見た目からして畑違いも良いところ。
「では、何故あなたがこの部隊を?」
紗夜が口を開く。男も自分の事が場違いだと思っているのなら、なおさらだ。
「まあ、これはこれから僕個人でお願いする事もあってにご当主様に頼んだんだよ。あ、申し遅れて悪いね。僕は
桜庭和宗と名乗った男はにこやかに笑う。年齢を重ねている様に見える彼だが、笑うとかなり若々しく見える。
「なるほど……それで私達はあなたの研究のためにデータを取るみたいな事をするんですか?」
聡明な紗夜はこれまでの話と和宗の事を考え、先の事を読んでいた。しかし、和宗は首を横に振る。
「話が早くて助かるけど、違うな……僕がお願いというか任務としてこれから言い渡す事はある組織の調査さ。最近、反折神派の組織が活発に動き出してね……」
「反折神派……? そんな人達がいるんですか?」
明が訊ねる。その様な勢力がいる事に驚きはしているものの、ショックはあまり受けている様子はない。
「そうだね、世の中にもご当主様の事を酷く気に入らない人達もいるから反対勢力はあってもおかしくはない。しかし、その度を越している……つまりはテロ組織そのものだね」
「って事はアタイらがそのテロ組織をどうにかしろって事かよ?」
「そうではないよ。ただ僕らの周辺に矛を構えて包囲しようとしている人間達がいる。その人間達の牽制または捕縛を頼みたいんだ……これ以上、痛くもない腹を探られて疑われるのは快くないからね」
「……あなたが言いたい事は分かりました。ちなみにその組織の名前は分かっているのでしょうか?」
対象の事情をより詳しく知りたいと思った玲は話を少し広げる。追うにしても、手掛かりがないのとあるのとでは大違いだ。
「その組織名は残念ながらさっぱりと……悪いね、ここまでは力になれなくて」
和宗は申し訳なさそうな笑みで謝る。玲もそれ以上は何も追及はしなかった。
「話を切り換えて、君達に紹介しよう。僕の隣にいる子は
「紹介に預かりました清水美咲希です。今回、貴方達の部隊の上司にあたる者です。以後、お見知りおきを」
隣にいる少女――清水美咲希は淡々と述べると丁寧に一礼した。その様子はまるで機械が人間の真似をしている様な無機質な所作に見える。
「それで君達の近くにいる子は
「という事でアタシ、富張鳳蝶が君達のサポートしちゃうゾ!」
そう言って、富張鳳蝶は軽くおどけてウィンクした。美咲希とは全く正反対に明るく快活そうな印象だ。
「まあ、今日は君達との顔合わせの為に呼んだ訳じゃないけど、早目に合わせられて良かったかもね」
「そうですね! 早くもこんな美少女達を拝めて、アタシ幸せ!」
己の欲望を口に出す鳳蝶。しかも、顔も変質者そのものになっているのだから、流石にその場にいた全員が引いていた。
「今のは聞かなかった事にして……とりあえず、君達にはこれから東京、原宿の方へ向かってもらうよ」
その場の空気を断ち切る為に和宗が次の話を出す。変態も真剣な話だと分かった瞬間、恍惚とした笑みを消して真剣な顔つきになった。
その豹変ぶりに周りは少し困惑するが、気にしない事にした。いや、気にしたら負けだ。
「どうやら彼女達は東京の方へ逃げたという噂程度の情報が流れていてね……確証はないけども行方が分かる情報はこれだけ……言いたい事は分かるよね?」
「つまり、原宿に向かって調査せよと仰るのですね」
玲がその先を言う。和宗は頷いた。
「そういう事だよ。原宿には青砥館があるし、空振りに終わってしまう事になっても何かしらの情報は得られるかもしれないね。それじゃあ、頼んだよ」
と、言って和宗はこの話題を切り上げては来た道へと戻っていく。美咲希は何も言わず彼の後を追っていく。
「あ、アタシの事は~!?」
鳳蝶は呼ばれたのにも関わらず置いてけぼりにされそうになる。そして急いで彼らの背中を追う様に部屋から出て行った。
「……まあ、色々細けえ事はさっぱしだけど、これからよろしくな!」
取り残された五人の中で一番最初に凪沙が口を開く。
「とりあえず、ここに残っているより原宿に向かいながら話していこっか」
続いて、紗夜が動き出す様に促した。この場に居続けても何の得もない。
「そうですね。その方が良いと思います」
千晶は同意し、他のメンバーも賛同した。そして追跡隊は確かではない情報の元に提示された目的へと歩み出した。
――この部隊が向かう先に彼女達の想像を超える困難が待ち受けている事など、今の彼女達には知る由もない。
如何でしょうか? 可奈美達とは敵対するサイドながらも少し違った視点にこれからはなっていくのではないかと思います。
話題を変えて、この場にて発表したい事があります。
この話が更新される頃にはまだ追記していないかもしれませんが、折神家や親衛隊サイドのオリキャラを募集している活動報告にて、明達が所属する追跡隊のメンバーを追加募集します。
詳しくは当該活動報告をご確認していただければ幸いです。また形式も変わってくると思いますから、ご提案する際はご注意を。
では、追跡隊の現メンバーでまだ紹介していない最後の一人を紹介させていただきます。こちらのキャラクターはご提供されたものです。
玄尚院 玲(げんしょういん あきら)/中2/身長:161cm
在籍校:平城学館中等部2年/刀使
御刀:義元左文字
流派・構え:常に上段で構える。
容姿:黒髪紫目の少女。顔立ちが物凄く整っている。
性格:寡黙で融通が利かないことも多々あるが、彼女は彼女なりに皆と親交を深めようと努力はしている模様。また、甘い物が好きだったり、少女漫画を1冊だけとはいえ持っている(彼女曰くバイブル)など、少女らしい一面もある。
改めまして、提供者様ありがとうございました。
では、この辺りで筆を休めたいと思います。感想や活動報告の方もお待ちしています。