刀使ノ巫女 ~信じた思いは煌めく刃となりて~ 作:巻波 彩灯
とにもかくにも皆、綺麗だし可愛いなと和んでいたら、月初めのイベントストーリーのタイトルとあらすじが……山城は盗みに働く人間ではありませんが、危険人物です。はい。
といった感じで、六月入って初っ端から山城に腹筋を崩壊させられました。本当に山城って奴は……。
ちなみに先月のレヴュースタァライトのコラボは99期生はひかり、双葉、純那、ばななを残す結果に……メインはミルヤさんとふっきーが当たりました。
メインは高望みしていなかったので当たっただけでも良かったのですが、あのコラボ衣装を纏った寿々花さんのイラスト好きだったのでどうせなら当てたかったなと思っていたり、思っていなかったり。
後、レヴュースタァライトとコラボしている時期にその作品の全話が一挙配信されていたので連休を利用して見て、早速絵を描くぐらいにはハマりました。
また大バディ×大ヴァンガ祭&しろくろフェスに参加していた時に舞台版のレヴュースタァライトの衣装が展示されていたので、それもばっちりと目に焼き付けてきました。
以上が近況報告です。クソ長い前書きで申し訳ありませんでした。
では、また後書きの方にてお会いしましょう。
第9話 原宿へ
「え? 新しい部隊に配属されたからしばらくキヨマサを預かってくれって?」
剣持は驚いていた。授業が終わり、自分の部屋に戻るといきなり後輩から電話がかかってきては事情を聞かされ、ペットの飼育を頼まれたからだ。
『すみません、ケンケン先輩~! 頼める人がケンケン先輩だけなんですよ~!』
携帯電話の向こう側から後輩の情けない声が聞こえる。……元々、数日間だけ預かる予定がさらに長くなるという事になってしまったのだ。
しかし、頼まれた事を断らない性分の剣持は断る理由が見つからないし、見つける気もない。
ましてや、仲の良い後輩からの頼み事だ。余計、無下にする事など彼には出来ない。
「分かった。お前が帰っていくるまでは俺が預かる」
『ありがとうございます! じゃあ、キヨマサの事をよろしくお願いします!』
後輩の声はとても明るくなる。その声を聞いて剣持は安堵した。そして一つ話題を切り出す。
「ああ、分かっている。……最後に一つ良いか?」
『何ですか?』
「……もし、衛藤に会ったら……帰りを待っていると伝えといてくれ」
一瞬間、沈黙が生まれた。それは向こうも何かしらの思いがあるのだろう。わずかな時間だが答えが返ってくるまで少し長く感じられた。
『分かりました……かなちゃんに会ったら伝えます』
「……すまない、ありがとう」
『良いですよ、それぐらい。私も先輩にキヨマサの事を頼んでいますし……じゃあ、電話切りますね」
「ああ。気を付けろよ」
そう言い切った後、電話が切れた事を知らせる電子音が鳴る。電子音を止めると勉強机の上にある飼育ケースに目を向けた。
飼育ケースには黒光りしている体にオレンジ色の不思議な模様が描かれているカブトムシが元気に過ごしている。
「……お前、本当にただのカブトムシなのか……?」
剣持の問いに返答する声はなかった。
一方、明は電話を切ると追跡隊のメンバーに合流した。今、彼女達がいるのは鎌倉駅のホームでこれから原宿に向けて出立するところだ。
「お姉ちゃん、電話終わったの?」
「うん。ケンケン先輩、キヨマサの事まだ預かってくれるって」
「良かったね」
電話で会話した事を伝える。だが、キヨマサがどの様なものか知らない玲達は頭に疑問符を浮かべていた。
「あ……キヨマサって言うのはお姉ちゃんが飼っているカブトムシの名前なんです」
状況を察した千晶がすかさず説明する。玲や紗夜は納得するが、凪沙は顔を少し強張らせていた。
「どうしたんですか? そんな顔をして?」
紗夜が凪沙の様子がどこか変だと気付き声をかける。
「……虫、苦手なんだよ」
凪沙は恥ずかしがる事もなく正直に答えた。すると、周りは目を見開いて彼女の方へさらに視線を集中させる。
人は誰でも苦手なものはあるけれど、凪沙の様な男性的な言動が多い少女が虫を苦手としているのは予想が付いていても驚く。それ程に意外な話なのだ。
「んだよ、その顔は?」
流石に居心地が悪い為、凪沙は少し口調を強めに話して不機嫌だという事を伝える。
「ごめんなさい。少し意外だなって思っちゃって……」
紗夜が真っ先に謝る。特別怒っていた訳ではないにしても相手に嫌な思いをさせてしまったのは確かだ。
しかし、それを引きずる凪沙でもない為、すぐに彼女は明るい表情に戻る。
「別に問題ねえよ。ま、そりゃ意外だろうけどな」
そう言っては活発な笑みを浮かべる凪沙。紗夜もその笑顔につられて微笑む。
「それにしても今時カブトムシなんか飼うヤツがいるとはな……お前、顔のわりには結構野生児だな」
凪沙は話を切り換え、明に向かってかなり正直な意見を述べた。
今時分、虫が苦手な同年代が多い。しかも、明は顔立ちが少しおっとりとしていて虫が得意そうに見えない。
だが、活発な見た目をしている凪沙よりも虫を平気としているのだから驚くし、畏怖の念を少しばかりか覚えなくもない。
「そうですか? そんな気はしないけど……」
「野生児というより変人だと思いますよ。だって。あの黒くてカサカサ動く虫とか平気で素手で触っちゃうし……」
千晶の口から明かされた衝撃の事実が凪沙達の背筋を凍らせる。
あの口にする事すらおぞましい人類にとって永遠の敵である虫を触れる事自体、稀有だ。ましてや、素手で触れるのだから明という存在が如何程に恐ろしい人間か、それ以上は言うまい。
とはいえ、この事実を平然と明かす千晶も千晶なのだが……彼女の場合はその姉の姿を間近で見ていた為か、慣れてしまったのだろう。
「え? ゴキブリ触ったって刺される訳でもないし、噛まれる訳でもないから平気でしょ?」
明本人は何がおかしいのかが全く理解出来ず自分の意見を言う。彼女からすれば、ゴキブリもそれほど大した事ではない。
むしろ、同じ人類の敵でも自分達が日夜相手にしている荒魂の方が人を殺せる分、質が悪い。そんな考え方をしているのだ。
「え、あ、いや、そうだけど……なんて言うか、すごいなって……」
紗夜はとにかく言葉に困っていた。虫が平気な人間は見た事あるけれど、流石にゴキブリまで平気な人間は見た事ない。
先程まで尋問していた相手とは思えないギャップに困惑を隠せない。
そんな空気の中、東京へ向かう電車がやって来る。加守姉妹以外のメンバーの動きが若干ぎこちなかったのは言うまでもない。
電車を乗り継ぎ二時間近くで原宿にやって来た一行。やはり、都内の中でも有名な地名なだけにそこを行き交う人の量も多い。
鎌倉に学校がある紗夜はともかく岐阜や奈良の学校に通っている加守姉妹や凪沙、玲はその人の多さに目が少し慣れない。ましてや千晶は初めて来た為、一際驚いていた。
「いやぁ、いつ原宿行っても見慣れねえな」
「でも、鎌倉もそれなりに人が多いはずですけど?」
ぼやく凪沙にツッコミを入れる紗夜。
紗夜の言う通り、鎌倉もまた観光名所の一つなのだから人は多いし、今日に至っては御前試合という大きな催しもあったぐらいなのだからこの場にも負けてはいない。
それでも場所が変われば、目が情報を追えない。しかも、慣れない人混みの中だ。それなりに疲労が溜まり、酔ってしまう。
「それで、この人混みの中で逃走者達を捜すのですか?」
今まで沈黙を貫いていた玲が口を開く。噂程度の話だといえ、電車を使っていても日がある内には到着出来るのだから、ここに可奈美や姫和が逃げていてもおかしくはない。
しかも、この人の量なら身を潜めながら行動するのには打ってつけの場所だ。捜す側の骨が折れる。
「ああ、そういう事になるな。支部の連中か警察に聞きに行って、情報を得てからだろうけど」
「それに泊まる宿を見つけないとね。明日はともかく今日はここに泊まる事は確定だと思うし……」
最年長の凪沙と彼女に次いで年長に当たる紗夜の意見により今後の方針が決まった。
「結局、支部の連中も警察も駄目だったな……」
「まだ噂段階でしかないのだから、仕方ないと思いますよ」
何の成果を得られなかった事に対し嘆く凪沙。その言葉に対して、玲は冷静に現状を言葉にして返す。
「まあ、また明日捜せば良いじゃないですか!」
と、明は呑気に言う。今のところ、足で稼ぐしかないのだからそうとしか言えないもあり、誰も彼女の意見には反発しなかった。
だが、状況を理解しているのか分からない態度が故に生真面目な玲は少々眉を顰める。前向きなのは良い事だと思うがいささか能天気すぎるのではないかと。
「それにしても何で原宿に行ったじゃないかって話が流れたんだろう?」
玲の思いをよそに千晶が疑問を口にする。噂程度でも行く方面がそれなりに明示されていた事には違和感を持っていた。
「確かに。まだそこまでの情報は流れる段階ではないと思う……」
紗夜も千晶に言われ、その違和感に気付く。目撃証言があったのだろうが、いくら何でもここまで辿り着くとは予想出来ない。ただ鎌倉から脱出せねば、その内に親衛隊や自分達に捕まってしまうのだから遠方へ向かう心理は理解出来る。
だが、あの急に飛び出した二人に当てがあるのだろうか……そんな疑問も浮かび上がる。
「ねえ、お姉ちゃん。可奈美先輩に何か当てがあるのか知っている?」
明と可奈美の仲を知っている千晶が問いかける。明は言葉を発せず、首を横に振って答える。
「藤川先輩、十条姫和については何か知っていますか?」
玲は半年間訳あって学校に通っていなかった為、同じ学校の生徒である十条姫和の事をあまり知らない。
「んあ? 玄尚院は知らねえのか……つってもアタイもアイツの事に関しては剣術の腕がアタイより上って事ぐらいしか分かんねえんだよな」
「そうなんですか。じゃあ、誰もあの二人の当てが分からないと……」
玲の言葉には呻るしかない。どうにもこうにも情報が不足しすぎているという現状を認めざるを得ない。
「明日は青砥館にでも行くか……そうすりゃあ、何か分かんだろ。十条達の事とかテロ組織の事とか」
「でも、陽司さんとか陽菜先輩はその事知っているかな……? 十条さん達の事はともかくテロ組織については何も知らなさそう……」
専攻科目は違えど同じ学校に通う先輩とその父親。他のメンバーよりも二人と付き合いがある紗夜は心当たりがありそうとは思えなかった。
確かに刀使との交流が多い場所で得る情報も多そうではあるが、流石に今日起きたばかりの事件についてはそんなに情報は回っていないだろうし、ましてやテロ組織の話だなんて本当に噂程度で実情なぞ分からぬだろう。
「んいや、案外ああいう場所はテロの隠れ蓑になっているかもしれねえぜ? まあ、陽司さんのとこには良くしてもらっているから、そんな事なんて考えたくもねえけど」
否定するかの様に凪沙は言う。けれど、彼女もまた人の情というものがあり、無闇に疑いたくない。
それにまだ憶測の域での話だ。真実はその時に分かるだろう。
「……桜庭さんも青砥館に行けば、何か分かるかもって言っていた事だし、行ってみない事はないですね」
紗夜は少し考えを整理した後、凪沙の提案した案に賛同する。他のメンバーも特に反対する事もなく明日の予定が成立した。
ちなみに彼女達が今いるのは刀剣類管理局の支部。その中の一室を宛がわれ、話し合っていた。また今夜宿泊する場所でもある。
民間の宿泊施設に泊まる事も検討したが、最年長である凪沙でさえまだ十六歳である為、仮に見つけても宿に泊まれない可能性がある。
彼女達が公務員だからとしても、まだ投票権も得ていない年頃だ。子供扱いになる施設があってもおかしくない。
それに支部の方にいれば何かしらの情報は得やすいし、いざとなったら協力も得られるだろう。
それらが理由となり、追跡隊は支部に泊まる事となる。
翌朝、お世話になった支部の職員と所属している刀使達に挨拶し街中に出る追跡隊。目指すは青砥館だ。
「あんまし離れるなよ。この人混みの中、はぐれちまったら見つけんの大変だからよ」
凪沙の一言で千晶の表情が一層強張る。ただでさえ初めて訪れた場所だ。こんなところで迷子になったら、堪らないだろう。
それに彼女には連絡手段というものが……自覚がしている故に千晶は何としてでも皆からはぐれない様にしようと心に決める。
そんな妹の隣で姉は呑気は辺りを見回す。逃走者らしき人影は見当たらない。だが、いくつか美味しそうな飲食店が建ち並んでいる。
任務ではなく休暇であれば寄っていたなと思いながら次々と目を移す。その様子に玲はやや怪訝に思っていた。
「おい、明。周りを見渡しすぎるのも良くないぞ」
「え?」
「逃走者達に気付かれたら、どうする? それに迷子になったら、元も子もないんだぞ?」
「かなちゃん達に気付かれたら大変だけど、迷子はなんとかなるって!」
玲はため息をついた。そして頭を抱えた。まさかここまで呑気な人間だとは思わなかった。しかし、気を取り直す。
「だが、ほどほどにしとけよ」
そう言って玲も前を歩く凪沙と紗夜を見失わない程度に逃走者達を捜す。やはり見つからない。噂は噂でしかなかったのかもしれないと早くに思う。
だが、まだまだ日があるし、ここにまだ到着していないだけで実は向かって来ている可能性もある。
もしその二人に出会ったら――先を考えると自然と左袖を強く握り締めていた。その下にあるのは過去への悔恨。もう二度と過ちは繰り返したくない。
「あっちゃん?」
明の声で現実に呼び戻される。彼女は少し心配そうな顔をしている。
「大丈夫だ。少し昔の事を思い出していた」
「そっか。じゃっ、大丈夫だね」
あっけらかんに笑う明。何が大丈夫なのかは分からないが、玲はその能天気さに救われた。やはり仲間に変な気を遣わせたくない。
明からすれば玲が急に難しい顔になっていた為、何かあったのかと思ったが過去を思い出していただけなら別に何とも思わなかった。
他人の過去を突っ込む事ほど、野暮なものはない。それは友人達を見てきて良く分かる話。さらに明自身も他人の過去にさして興味がない。だから、何も言わない。
その二人の間にいる千晶は玲の様子に気付くも明と同様に言及はしなかった。しかし、姉とは違い、それでも玲が眉を顰めている様子を見て少し心配になる。
上級生二人はというと後ろにいる下級生達が迷子にならないか気を配りながら、可奈美達を捜していた。
「やっぱり、この人の多さじゃあ見つけにくいな」
「帯刀しているからすぐ分かるかと思いましたけど、それなら目立つ物は真っ先に隠しますよね……」
会話を交わしつつ先導して行く。通りの人の多さも相まって神経が疲れる。
一行は慣れない環境の中で逃走者達を捜索していると急激に場の空気が変わった。人や動物と違えた声が響き渡る。
「このタイミングで荒魂かよ!? ツイてねえぜ!」
凪沙は声がした方面へ顔を向ける。そこには無数の荒魂が出現していた。
「支部の刀使達が到着するまできっと時間がかかりますよ? どうします?」
玲は既に柄を握り締め構えていた。明も千晶も臨戦態勢だ。
「どうするもこうするもやるしかねえだろ。水上、指揮任せて良いか?」
「ええ、大丈夫です」
紗夜はそう言うと抜刀し、目に意識を集中する。すると彼女の目が青く輝き、その先のものまで見通そうしていた。
「まずは民間人の避難を最優先にします! 凪沙さん、玲ちゃんは荒魂を引き付けて! 明ちゃんと千晶ちゃんは避難誘導をお願い!」
「了解!」
紗夜の指示通りに凪沙と玲が先陣を切って荒魂と戦い引き付けている間に、明と千晶はその場から逃げ切れていない人達を安全な場所まで誘導する。
紗夜は全体を見ながら凪沙や玲の攻撃から抜け出してきた荒魂を斬り、民間人に被害が及ばない様に気を配る。
数分後には明と千晶が戻ってくる。まだ完全に避難が出来た訳ではないが、追跡隊の面々がある程度動けるだけの余裕を確保した為、戦線に復帰したのだ。
「明ちゃんは前線で戦っている二人の背中を守って! 千晶ちゃんは三人が倒しきれなかった荒魂を!」
二人は指示に従って動く。明は凪沙や玲のフォローをし、千晶は弱っている荒魂を確実に仕留める。
紗夜も指示を出しながら軽快に動いては斬り、周りや先を見渡していく。
彼女の目は明眼という能力により変質し、より遠くを見渡したり、暗い場所での探索などが出来る様になっている。それにより、様々な動きを見極める事が出来るのだ。
「……!? 荒魂がこっち側に増えて……!? いや、刀使もこっちにやって来る!」
その目で遠くからやって来るもの達を見つける。まるでこちら側に刀使が誘導しているかの様に荒魂が押し寄せて来た。
「凪沙さん、玲ちゃん! 荒魂が増えます!! 明ちゃんも積極的に動いて!」
「っ!?」
「はあ!? マジかよ!」
平城の二人は各々の反応を示し、明は無言でペースを上げる。紗夜もさらに動き回り、千晶も弱ってない荒魂を斬り祓う。
さらに数が増えた事により負担は大きくなったが、それでも危なげなく討つ事が出来ているのは全員の実力が一定の水準より上で安定しているからだろう。
恐らくこの中で一番弱いと思われる明も集中力やスタミナの持続力は他のメンバーには負けていない為、荒魂討伐においては比較的問題はない。
誰より経験が浅い千晶も今年に入学したばかりとは思えない機敏な動きで次々と荒魂を倒していく。
「キエェェェェ、うおおおお!?」
猿叫が中途半端に止まった。凪沙が目の前の荒魂を斬った瞬間、パーカーを着た短刀二刀流の刀使が襲い掛かって来たのだ。
間一髪、その刀使が軌道修正をした事により事無き事を得た。しかし、短気な二人は気が立つ。
「てめえ、アタイを斬る気か!」
「はぁ!? そっちこそ、アタシの荒魂ちゃんを横取りするじゃねえよ!」
睨み合う両者。事態に気付いた玲は止めに入ろうと思ったが、手が空かない。流石にこんな状況の中、刀使同士で争うのは不毛すぎる。
しかし、玲が間に入る必要はなかった。向こうからまた刀使が一人やって来たからだ。
「何をやっている七之里呼吹! 今すぐ隊列に戻れ!」
呼吹に声をかけた少女は凪沙に負けないぐらいに背が高く、銀髪のロングヘア―と日本人とは思えない端麗な目鼻立ちから、とても印象に残りやすい。
尚、その少女が身を包んでいる制服は綾小路武芸学舎だ。呼吹とは違う学校の刀使である。
「木寅じゃねえか! 何でお前がここに!?」
少女の顔を知っている凪沙は彼女の名前を呼ぶ。少女――
「藤川凪沙……あなたがどうして、ここに? いえ、そんな事より今は荒魂討伐が最優先ですね。ここをお任せてしてもよろしいでしょうか?」
「相変わらず話が早くて助かるぜ。もちろん、ここはアタイ達に任せとけって!」
凪沙の言葉に何か違和感を覚えたミルヤだが、すぐに意味を理解した。
彼女の周りに戦っている所属が別々な刀使達……今の自分が置かれている境遇に似ている。だからこそ、分かったのだ。
「では、よろしくお願いします。七之里呼吹、急いで戻るぞ!」
「はぁ、何でだよ? こんなにいっぱい荒魂ちゃんがいるところから離れなきゃいけねえんだよ。アタシは遊びたいの!」
「なら、隊に戻ったら今回の騒動の親玉を討伐しに行くと約束しましょう。それで手を打ってくれますか?」
「……チッ、それなら仕方ねえ。戻ってやるよ」
この一連のやり取りを見て、凪沙は相変わらずミルヤの人心掌握が上手いなと感じていた。それ程にミルヤは人の扱いに長けている。
程なくしてミルヤと呼吹は来た道を戻って行った。ただし、呼吹が追い込んだせいで荒魂がこっちに多量に残っているが。
いらん置き土産を……と思いながら凪沙も自分の為す事に集中していく。とはいえ、対処出来ない程の数ではない為、荒魂は減っていく一方だ。
それから少し時間が経過すると機動隊と管轄の刀使達が現場に到着した。機動隊の隊長らしき中年の男性が紗夜に声をかける。
「機動隊、ただいま到着しました! 後は任せてください!」
「分かりました! では、お願いします!」
先程戦っていた荒魂達は機動隊に誘導され、より民間人から遠ざかって行った。また回収部隊も現場に到着した為、ノロの回収も心配なく行われた。
管轄の刀使達との現場の引き継ぎも滞りなく済む。追跡隊がスムーズに連携して数を減らしたおかげで、その場に出現した荒魂達が討滅されるのも時間の問題だろう。ひとまずは一段落だ。
「これでアタイ達の仕事は終わりだな」
「そうですね。現場の引き継ぎは終わりましたし、ノロの回収の方も全部大丈夫そうです」
凪沙と紗夜が落ち着いた事態に会話を交わす。既に能力を解いて御刀も鞘に納めている。
「やっぱり、あっちゃん凄いね! スパスパと荒魂を斬ってさ……」
「別に私なんかは……それより千晶の方が凄いだろ。お前、本当に中等部の一年生か?」
「いや中等部の一年生ですよ。私よりも玲先輩の方が……」
一方の年少組は納刀すると先程の戦いについて互いの感想を述べていた。
玲は褒められると照れ、その矛先を千晶に変えようとしたら返され再び照れる。素直に賞賛されると嬉しくないはずがない。
「おい、いつまでそこに突っ立ているつもりだよ? このまま青砥館に行くぞ!」
凪沙の一声で明達は歩き出す。凪沙も紗夜も年少組がはぐれない様にしながら先頭を歩いて行く。
非日常が終わりを告げるかの様に鎮圧完了の放送が流れ、少しずつ通りに喧噪が戻ってきて日常に切り替わった。
「だぁー! やっぱり見つかんねえな!」
人の流れの切れ目を凝らして見るけれど、一向にそれらしき人物が見当たらない。流石に気が荒くなる。
「はぁ……どうやら噂は噂だったみたいですね。仕方ないと言えば仕方ないと思いますよ」
紗夜は凪沙をなだめる様に言う。元々信憑性の低い情報、そこまで当てにしていても疲れるだけだ。
「なら、なおさら青砥館での情報が重要になってきますね」
冷静に玲が事の状態を告げる。噂が空振りに終わったのだから、当然今向かっている場所でどれだけの情報が得られるか掛かっている。
「でも、案外私達と歩いているルートと違うだけでここにいるってものありそうだけですけど」
明はあくまで前向きかつ諦めずに噂を信じる。人の縁という不思議なものが遠ざけているというのはあり得る話。
そう考えると追跡隊としてはあまり良くない縁起だ。しかし、こればかりは人間の手ではどうしようもない。
「まっ、どれもこれも陽司さんのところでちったぁ分かんだろ」
凪沙が総括する。とりあえずの目的地である青砥館まではもう少しだ。
目の前に和風の建物が一つ。刀剣を扱っている店らしくショーウィンドウには鞘や鍔などの拵えが展示されていた。
看板には「青砥館」という文字が……そう、目の前にある建物は彼女達が目指していた青砥館なのだ。
初めて来店する加守姉妹はその装いに目を見開く。数多くの刀使や拵え師が憧れを抱く場所である青砥館が自分の目の前にあるのだから感銘を覚える。
その様子に年長二人は苦笑いをしていた。しかし、紗夜はともかく凪沙も滅多に来られない為、気持ちは分かる。
その中、玲だけはどうにも浮かない顔をしていた。去年、御前試合が終わった後に友人に無理やり連れられては色々と面倒を見てもらった。
それには感謝しているし、また機会があればお願いしようと思っていた。気掛かりなのは……友人の事。出来れば触れられたくない。
「おい、玄尚院。何、気難しい顔してんだよ? 陽司さんはノリは軽いおじさんだけど、良い人だから変な事はしないぜ?」
「え? ああ、はい。そうですか……」
「そうだぜ、玲ちゃん。もうちっと笑わねえとその可愛い顔がもったないぜ」
店前で話しているところ、扉から店主らしき男性が出てきた。それなり年を重ねている相貌だが、凪沙の言う通り陽気で軽い物腰で接してくる。
「私の名前を……?」
「そりゃあ、可愛いのにあんだけ無愛想な顔つきで話していたんだから覚えているさ」
「えっ? あっちゃん、ここ来た事あるの?」
明は玲の方に振り向く。玲はその視線に少し居心地悪そうにしながら、問いに答える。
「ああ、去年な……」
「相変わらず表情が硬いなぁ……凪沙ちゃんも紗夜ちゃんも久し振りだなぁ、去年よりまた一段と可愛くなったねえ」
「お久し振りです、陽司さん。また世話になるぜ」
「陽司さんの方こそ相変わらず元気そうですね。陽菜先輩に怒られますよ?」
過去に来た事のある凪沙と紗夜も挨拶を済ませる。彼女達が「陽司さん」と呼んでいる男性こそ、青砥館の店主である
彼の愛娘が紗夜と同じ学校に通っており、紗夜の二年先輩に当たり研師として日夜修行している。
「まあ、少し空いてきた時間だから別に問題ないさ。それより、そこの美濃関のお二人さんは姉妹かい?」
「そうですね。私は加守千晶って言います。それで隣にいるのは私のお姉ちゃんです」
「加守明って言います。よろしくお願いします、ヨージさん」
姉があだ名を付けず名前で呼んだ為、千晶や玲は驚いた。誰でも彼でも付けそうなイメージがあったが故になおさらだ。
「ははは、初対面からそう呼んでもらえるなんて嬉しいねえ!」
二人の驚きをよそに陽司は嬉しそうに笑う。店先で談笑している声を聞きつけたのか、戸が開き看板娘が顔を出す。
「おとん! いつまで油売っているつもりなの! いくら人が空いてきたからって、そんなに余裕がある訳じゃないんだからね!」
「おおっと鬼がやって来たと思ったら、陽菜か。今戻るから……さっお嬢ちゃん達も中にお入り」
陽司に促されて明達は青砥館へと入って行った。
中は数多くの拵えが展示してあり、客である刀使の数もそれなりに多い。しかし、今年は事件が起きたせい故に人の出入りはこの時期にしては少ない。
御前試合を見に来た刀使の大半がバスで強制的に自分の学校へと帰っただからだろう。それでも繁盛期である事は変わりなく多くの刀使が来店していた。
その証拠に職人達や店員達の動きが忙しない。次から次へと御刀の受け渡しが為される。これでも落ち着いた方だと言うのだから、もっと混んできた時期を考えると想像もしたくなくなる。
「さて、お嬢さん方は御刀の面倒を見て欲しくて来たのか? それとも拵えの新調か?」
「御刀のメンテナンスで良いよな?」
凪沙が全員に確認を取る。すると玲が口を開く。
「私は柄巻きの方も新調したいです。少し手元が……」
「そうかい、ならこの陽司さんに任せな。ちゃんと馴染む様に調整してやるから」
「ありがとうございます」
全員、腰のアタッチメントから御刀を外し陽司に預ける。それを持って陽司は奥の作業場に持って行った。
「あれ? 明、千晶?」
聞き慣れた声が加守姉妹の名前を呼ぶ。二人は声がした方に顔を向けるとそこには馴染みのある友人の姿があった。
「みーちゃん!?」
「美炎先輩!?」
「あ、やっぱり明と千晶だ! さっき陽司さんが手に持っていた御刀の中に清国と正国みたいなのがあったからさ、もしかしたらと思って……」
「へぇ~良く分かったね」
素直に関心する明。流石は親友と言うべきだろう。千晶も自分の御刀の拵えを覚えていてもらっていた事には嬉しく思う。
「千晶のはちょっと不安だったけど、明のは鞘にお守りが付いているからね。それですぐに分かったんだよ」
「ああ、なるほど。ところで何でみーちゃんがここに?」
「それは……」
「それはここのお手伝いをしているからなのよ」
美炎の背後から長船の制服を来た青い髪の少女が出てきた。明はその少女に見覚えがあった。
「あ、ちぃ姉さん!」
「あら? 私の事、知っていたの? 嬉しいわ」
心外だった故にとても嬉しそうに微笑む少女。その大人びた笑みは確かに姉というものを感じさせる。
「お姉ちゃん、知っているの?」
「御前試合でみーちゃんに教えてもらったんだ。それよりも前に話には聞いていたけどね」
「そうだね。明にはちぃ姉の事話していたもんね。ちぃ姉、この二人は私の友達でこっちの大きいのが明で私とおんなじくらいの子が千晶っていうの」
「美炎ちゃんの幼馴染の
智恵は加守姉妹と初対面ではあったが美炎からそれなりに聞いていた為、二人の顔を見てそれとなく分かった。
「瀬戸内? 瀬戸内がいんの?」
近くの刀使達に聞き込みをしていた凪沙が気付き、こちらへと近づく。紗夜も話に付き合う為に明達のところへ寄る。
「あら? 凪沙さんも……えっと隣の子は?」
「初めまして、水上紗夜です。訳あって、凪沙さんと同じ部隊で活動しています」
丁寧に紗夜が自己紹介をした。智恵も自分の事を伝える。
だが、凪沙の隣に彼女の幼馴染がいない理由は聞かない。知っているからだ。だからこそ、迂闊に口が開けない。
「それで何で明達がここにいるの? 特務隊にしては所属がバラバラだと思うけど……?」
美炎が直球にものを訊ねる。事情を知らない故に彼女の性格からして素直に訊いてしまうのは仕方のない事だろう。
「あー……それは……」
言葉を濁す明。この事を率直に伝えて良いものか考えてしまう。
世間的に姫和や可奈美は犯罪者だと言われているのだから、自分の任務を伝えても何の問題はないのかもしれない。
だが、やはり自分の友人を悪く言うのは快くない。それに可奈美はもちろん姫和も根っからの悪人には思えないし、何か事情があるが故の犯行だと思う為、どう伝えて良いのか分からない。
「十条姫和さんと衛藤可奈美さんを追っているんです。それで、お二人は心当たりがありま……すよね?」
明が言い辛そうにしているところを見て紗夜が見かねて言う。二人と特に接点がない自分がこの事を伝えれば、誰も心に何かしらのものが残らずに済むと思っての事だ。
それに智恵の名前には聞き覚えがある。事件当日に明とは別に捕まった刀使の名前だ。もう一人と一緒に親衛隊に抵抗したと言われている。
またその時の供述の資料にも目に通してある為、彼女なら何か知り得ている情報があると考えての事だ。
「……ええ、そうね。でも、美炎ちゃんも私も詳しい事情は分からないわ。ね、美炎ちゃん」
「うん。ただ事件が起きて可奈美を追いかけて会った時、十条さんを捕まえさせないって言っていた……可奈美なりに何か考えがあると思うんです」
「みーちゃん、かなちゃんと会っていたんだ……」
事件当日の事を改めて話す美炎。明はようやく当時の彼女の動きを知る。何せ、怒りで頭が一杯だったが故にそこまで気を配る事は出来なかった。
もっとも美炎の方も明が可奈美に会っていた事は知らない。追いかけていた事は先を見ていたのだから知っているのだが、途中見失った為に実際に会えたかどうかまでは聞いていないのだ。
「えっと、明も可奈美には会ったの……?」
「その当日には……後は知らない」
珍しく明の顔が浮かない。十条の事は許せないにしても可奈美の事は分からないのだから、考える事もある。それなりに深い付き合いをしてきた美炎にはそう見て取れた。
「明……今の私には可奈美を追う事が出来ない。可奈美の事が分かったら……明に任せるよ」
「みーちゃん?」
「明は可奈美が悪い事をしていたら、きっと止めてくれると思うから……だから、私は明に任せる」
屈託のない美炎の笑顔に明もつられて笑みを零す。その裏には親友の為にも一刻も早く可奈美達に捜し出そうという思いを刻んで。
明達が話に盛り上がっている最中、玲はその集まりから一歩引いて眺めていた。
単純に話に入り辛い。明の知り合いなのだから、簡単に輪の中に入れてくれるだろう。しかし、気持ちが前へ進まない。
人との付き合いをあまりしてこなった弊害なのかもしれない。そう嘆く玲に一声。
「あの……玄尚院さんですよね……?」
背後から声がし、振り返ると同じ平城学館の制服を着ている黒髪のショートヘアーの少女がいつの間にか立っていた。
流石の玲もこれには驚き小さく声を上げる。気配に気付かなかったからだ。
「その……人違いでしたら、ごめんなさい……!」
「いや、人違いではありません。すみません、気付かなくて」
「いいえ、私よく影薄いって言われるので……」
諦めたかの様な表情を見せる少女。玲はその少女の顔を知っている。刀使なのに戦う事を嫌っている事で有名で半年前まで同じクラスにいた同級生。
「ええっと、もしかして
「そうです。よく覚えていてくれましたね。皆、私の事覚えていてくれない事が多いのに……」
元来なのか分からないが影が薄いからなのだろう。現に玲が気配を感じ取れない程に消えていたのだから、人によっては覚えていてはいない可能性がある。
「ええ、まあ……半年前まで同じクラスでしたし、一応は……それよりも逆に私の事をよく覚えていましたね」
「それは玄尚院さんは私達の代では最も強いって言われていますし、去年御前試合にも出場したくらいだから覚えていますよ」
やはり自分はそういう扱いを今でも受けていたのかと苦笑いをする玲。半年もいなくなれば、少しは薄くなると思っていたが未だに色濃い。
「あの……話変えるようで悪いんですけど、何で玄尚院さんがここに?」
「十条姫和と衛藤可奈美を捕まえるためです」
率直に物事を伝える。出来るだけ過去を思い出さない様にしながら。
「そう、なんですか……玄尚院さんも大変な任務を任されたんですね……」
「六角さんも何か任務でここに……?」
「はい。赤羽刀を調査する部隊に編入されて……はぁ、怖くないお仕事だと思ったのに……」
玲は彼女の暗い表情から彼女なりに苦労しているのだなと感じる。多分、先程の荒魂の騒動に居合わせてしまったのだろう。でなければ、そんな事を口にしないと思われる。
「……そうですか。荒魂に遭遇すると大変だと思いますが、お互い頑張りましょう」
彼女なりの励まし方で
一方、玲は同級生と未だにどう接して良いのか分からず、感謝の意を仏頂面で受け止めるしかなかった。
今回は謎が増える回になったかと思います、恐らく。でも、ちょっとは明達の身辺が分かったのかなという気もしますけどね。
次回はもし入れたら山狩り編まで進めると思います。そろそろ舞草編で募集したキャラも動き出すかも……?
後、お気付きになった方はいらっしゃるかと思いますが、今回から章タイトルを付けさせていただきました。
雰囲気的に付けた方が良いなという漠然とした理由ですが、今後もこんな感じで付けていくと思います。
では、この辺りで筆を休めたいと思います。
舞草編も後一人ぐらいしか枠が残っていませんので案がある方はお早目に。また折神家側の募集も近い内に締め切ろうと思います。
感想の方もお待ちしています。