ハナトハゲ   作:黄金馬鹿

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サブタイはつまり……そういう事です。誰がゲロイン化してしまうかなぁ?

そして最近になってTwitterで見たクッソてぇてぇちーちゃんの一枚絵ってどこのイベントのやつだ? と探しても見つからず悔しかった。イベントとかストーリーをドラマCD代わりに流していたバチが当たったか……!!


汚いマーライオンとなってしまった

 千景が死の淵を彷徨ったが、しかし世間の動きと言うのは勇者の思惑を完全に無視して進んでいく。

 若葉の北海道沖縄民の避難に加え勇者達の合流の報告。報道陣が夜中にも関わらず押しかけ深夜なのにも関わらず報道が続くという異例事態にまで陥った。そんなほぼぶっ続けの報道が行われている中での若葉のインタビューはそれはそれはかなりの視聴率だったり反響を叩き出す事となった。

 報道陣はありきたりな質問を行い、お茶の間は勇者達の合流にこれからはもう安心だと安堵している。

 しかしネットではその限りではなかった。

 

『つまり沖縄と北海道の勇者って四国に逃げてきたんだろ? そんなの仲間に入れて意味あんの?』

『この間から勇者達の入院通院が止まらないって知り合いから聞いたんだけど、本当に大丈夫?』

『所詮無能が増えただけでしょ?』

『税金払ってんだからとっととバーテックス全部処理しろよ』

 

 そんな心無い声と、事実を突いて来る声が聞こえて来てしまった。

 確かに、勇者達の入院通院はここ最近になってかなり数が増えてきた。というか、恐らく千景以外の全員は怪我やら何やらで病院に搬送されている。神世紀勇者達の事を知らせていない以上、そんな状態で勇者二人が増えたとしても……と、心配になる人は居るだろう。

 しかし、心無い声は別だ。事情も何も知らずにただただ人を罵倒するだけ罵倒して、事態が好転したら自分が言った事を全て棚の上にあげ、悪化したらそら見た事かとドヤ顔。質が悪いにも程がある。

 その声にイラッとするのは西暦勇者達もそうだが、神世紀勇者達も変わらない。

 

「これに書き込んでる奴等、若葉達が命懸けて戦ってんのになんでこんな事言えんのかしら……」

「落ち着きなさい、風。所詮、神樹様信仰がない時代の人なんてこんなもんよ」

 

 携帯から掲示板を見て腹を立てる風と、それを宥める夏凜。樹は千景に劇物を食わせたことが判明した直後にダッシュでどこかに走っていったので既に居ない。そして友奈は一度神世紀の方に戻って美森たちの手伝いをしているとか。

 現在西暦に残っているのは信号機トリオのみであり、もしかしたらお仕置きし終えた園子が帰還中かなー、と言う所。

 風は心無い言葉にどうしようもない怒りを覚えたが、既に夏凜はそれに似たような物を経験している。目の前で友奈を人質に取ってまで自分の権力に縋りつこうとした男。それを見た時、夏凜は正直に言って失望した。

 園子から聞かされていたとはいえ、本当にこんな大人が居るなんて。権力に縋り汚れる人間が本当に実在するなんて。

 こんな人間も守らないといけないなんて、と。

 雪花には一切の失望はしていない。彼女はそんな地獄とも言える人間関係の中で戦い続けた、正しく勇者と言える存在だ。そんな彼女に失望なんて一切していない。むしろ、あんなのを見せつけられても最後まで自身の暴力を振るうという手段を取らなかった雪花の事は尊敬にすら値した。

 だから、夏凜は手を下したら最後、そのままボロ雑巾にしてしまいそうだからと友奈に投げるように指示した。もし、あそこで夏凜が動いていたら、あの男は数日は意識不明の重体で生死の境を漂った事だろう。

 友奈を人質に取られた夏凜の内心が穏やかな訳なんてないのだから。

 

「なんか冷めてるわね」

「あたしは風よりも先に汚いのを見ただけなのよ」

「そう。で、どう思ったの?」

「こんなのも守らないといけないのかって、嫌になった。でも、戦わないとこっちでできた仲間達が死ぬんなら、戦うわ。あくまでもあたし達を信じてくれる人と、共に戦う仲間たちのために、ね」

 

 確かに、守られる立場でありながら自分達の方が優位だと錯覚して変な事を言いつけてくる馬鹿は居る。

 だが、そんな馬鹿たちを見捨てれば、そのまま芋蔓式に本来守りたい人たちも死んでしまう。ならば、そんな馬鹿たちをひっくるめて、馬鹿たちのためではなく自分達を信じてくれる人と、共に戦う仲間たちのために戦う。

 それが、夏凜の結論だ。

 誰かの命よりも大事なものを。絆を守るために、戦う。

 

「ふーん。ちょっと前の完成型勇者サマからじゃ想像もできない言葉ね?」

「人は変わるものよ。で、風は?」

「夏凜に便乗させてもらうわ。アタシも約束しちゃったしね。沖縄の人達守り通すって」

 

 ソーキそばで受けた依頼は、沖縄の人達を守って四国へと向かう事。

 だが、それとは別に満開使用時にあんな大見得切ってしまった手前、依頼は果たしたんで後は知りません、なんて言えない。そんな事したら女子力が下がってしまう。

 まぁ、結局勇者なんてそういうお人好し集団の集まりだ。どれだけ人に失望しようと、結局はそんな人たちのために戦う羽目になってしまう。損な役回りね、なんて夏凜が言い、風はそれもそうね、と言葉を返し、拳を合わせた。

 やはり、なんやかんや言ってこの二人は波長も合えば息も合うのであった。

 

 

****

 

 

「あんずん、これが未来で見つけた、わたし達の介入が無かった場合のあんずん達が書いた勇者御記だよ」

「一応、大赦の資料室も見てきたけど、多分当時の記録は勇者御記にしか残ってないわね」

「大体が検閲済み。二回検閲が入った跡もあったし、多分大社に不都合な事は二、三回に分けて検閲が入ったと思う」

「勇者御記にも検閲が入っちまってるからな……」

「ありがとうございます、皆さん。早速読ませていただきますね」

 

 その日の夜、西暦の時代へと再びやって来た先代組とお手伝いに行っていた友奈は自分達の時代に繋がる若葉達初代勇者達の勇者御記を片手に戻ってきた。

 勇者御記は一冊しかなく、その一冊を五人の勇者が交換日記のように手渡しながらその時の近況などを書き記していった。しかし、その近況の中には大社的に知られたくない事が盛りだくさんであり、恐らく九割以上のページには検閲が入ってしまっている。

 もっと他に資料があるんじゃないかと大赦内を漁ったが、当時の事を書き記した物は勇者御記以外には存在していなかった。故に、園子達先代組と友奈は勇者御記を一冊手に持って戻ってきた。

 

「えっと、記入者は乃木若葉、高嶋友奈、土居球子、伊予島杏……千景さんの名前がありませんね」

「そうなんだよね~。ちーちゃんの名前だけはどうやっても見つけられなくて~」

「初代勇者が使った武器や衣装もレプリカが飾ってあったんだけど、ちーちゃんのだけはどこにもなかったんだよな。でも、勇者御記には明らかに不自然に人数や名前が検閲されてるから、もしかしたら……」

「千景ちゃんは大社からその存在を消された……という事になるのよね」

 

 これは園子とハゲ丸がかつて組み立てた推理と、実際に西暦の勇者達を見てから判明した事実などを纏め、五人で考え抜いた結果の推測だ。

 細かい事は検閲が入っているので分からないが、しかし千景は恐らく大社にとって不利益が生じるような事を行ってしまった。そのため、大社は千景の存在を徹底的に検閲により後世にその名を残さないようにすることで対処。千景の存在そのものを隠蔽したのだと考えた。

 何せ大社は大赦の前身だ。そういう事に躍起になってもおかしくはない。

 先代組の話を聞きながら杏は勇者御記のページをめくっていく。どうでもいい記述から始まり、そして自分達がバーテックスと交戦を始めた辺りの時系列で、勇者御記内でも戦闘があったという記述があった。

 そして、暫く。丁度、この間の巨大バーテックス戦が起こったあたりから、球子と杏の記述は一切なくなり、代わりに若葉と高嶋、全文検閲が入ったページの割合が増えてくる。

 

「……なるほど、多分、園子さん達の世界のわたしは」

 

 自分の事は自分が分かっている。故に、何となく分かってしまった。

 園子達の時代に繋がる、未来からの干渉が無かった世界での伊予島杏は、恐らく球子と共に死んだ。もしも自分が生きていたら、絶対に勇者御記の記述はやめないからだ。これは、後世に自分達の考えや事実を記すためのいい触媒だ。それから手を引くなんて事は、考えられない。もし勇者としての資格をはく奪されて手に取れないという状況になったのだとしても、絶対にその前に何かしらの痕跡を自分ならここに残す。

 故に、本来自分達はあの戦いで死んでいたのだと。そう、実感できてしまった。

 それを実感してしまったからこそ、ドっと嫌な汗が全身から流れる。もしもあの時、未来からの援軍が都合よく来てくれなかったら、自分達は。

 そんな十分にあり得た光景を想像して若干の吐き気を催すが、しかし止めていられない。

 絶対に自分なら、定期的に切り札の後遺症についての考察を乗せる筈だ。現に、杏だって今も可能性がありそうなものを箇条書きで片っ端から書いて勇者御記にその幾つかを乗せているのだから。

 だから、絶対に、どこかに。

 

「……あった」

 

 あった。

 それは、巨大バーテックス戦直前の伊予島杏の記述。

 

『強力な技には代償が伴う。精霊を使う切り札は、勇者の体に『――』が溜まる可能性があります。二千十九年四月、伊予島杏』

 

 平行世界の自分の書いた文。

 一体何が溜まるのかは不明だが、しかしここまでわかったのなら上出来。いや、上出来なんて物じゃない。

 箇条書きで、何と何と何が後遺症かもしれない、という事が書いてあり、その何が全て検閲で潰されている事すら考えていた杏にとって、これだけの情報は今の杏にとって切り札の後遺症を割り出すにはもってこいとまで言える程の情報だった。

 

「切り札の後遺症は、目に見えない何かが体内に溜りこむ」

 

 ならば、その目に見えないモノとは?

 こんな書き方をするのなら、恐らく科学的なものではない。そもそも精霊と言うシステム自体がファンタジーな代物だ。ならば、その代償はファンタジーな物が相応しいだろう。

 つまり、切り札の後遺症は確実に目に見える形では存在せず、何かが体の内側に溜り込む。そして、それが限界になると何かしらが起こる。

 

「……ごめんなさい皆さん! わたし、ちょっと大社に行ってきます!」

「何かわかったの?」

「まだ確信はありませんけど……ただ、今までの情報を統合すると、何となく切り札の後遺症は呪術的な物なんじゃないかって思えてきたんです。そういうのはわたしじゃよく分かりませんから、大社に相談する事にします」

 

 呪術的な物。

 そう言われるとそういう観点もあるのか、と思わず先代勇者組と友奈も頷く。

 何せ、神世紀勇者達の最終決戦前は呪術的なモノによる直接的被害が引き起こされる前に友奈からタタリという呪術的なものを排除し神婚を止めるという戦いをしていたのだ。天の神も神樹様も同じ神様であり、そして神樹様から強大な力を借りる時は何かしらの代償を必要とするという知識がある以上、杏の言葉には納得しかできなかった。

 駆けていく杏を見送り、先代組と友奈はさてどうするか、と腕を組む。

 

「ちーちゃんは食中毒的なので入院中だしな……何する?」

「タマ坊に悪戯でもしかける~?」

「おっ、それ面白そうだな。」

 

 園子からの悪魔の提案的なものに銀が笑いながら賛同する。

 勇者部員の悪戯を仕掛けて球子が無事でいられるのかは不明だが、しかし勇者達はバーテックス側が何かしてくるまでは基本的に暇なので、それじゃあと現在部屋でゆっくりしているであろう球子をとりあえず胴上げでもしながらすることを考えようと思い動き始めた五人だったが、スマホから音が鳴った。

 どこか聞き慣れた、できればもう聞きたくない音。それを聞きスマホを取り出せば、そこには。

 

「樹海化警報、か」

「奴さん達、外であんなにボッコボコにされておきながらまだ懲りねぇか。まぁ、それなら相手しちゃるわ」

 

 バーテックスの懲りない襲来。

 どうして懲りないかは、それを生み出す存在が最強であるからなのだという事は分かっているが、いきなり天の神が襲来するよりは遥かにマシだ。スマホを握り、そして変身し時が止まった四国で待つ事数秒。五人の目の前は樹海へと変貌する。

 神世紀の樹海とは違う樹海。既に先代組は一度それを見たことはあるが、友奈を始めとした讃州組は初めて見る光景だ。故に、その光景に驚いたが、すぐにいつも通り戦えばいい事を思い出し、まずは他の勇者と合流するためにその場を飛ぶ。

 

「ったく、忙しい時に敵さんも来てくれちゃってからに……!」

「愚痴っても仕方ない。寝て疲れも取れたんだ。全力で戦うまでだ」

 

 そしてすぐに、どうやら勇者システム入りの端末を受け取ったがために既に変身していたらしい雪花と棗を発見した。

 そのすぐ近くに着地すれば、二人の視線も五人の神世紀勇者達の方へと向いた。

 

「あ、結城っち。樹海化ってなんかマジのファンタジーを見た気分になるねぇ」

「初めて見たが、凄い物だな。沖縄ではこんな事、起きなかった」

「神樹様は色んな神様の集合体ですもの。ある程度の超常的な事だって起こせるわ」

「沖縄の神様と北海道のカムイも神樹様とやらに融合したっぽいし、もう神樹様に全部任せときゃあたしら勇者はお役御免になったりしない?」

「相手は強大だからね~。そう簡単にはいかないのが事実なんさ~」

 

 園子達は一度、この戦いの黒幕とも言える存在を見て対峙し、そして撃退している。だからこそ、例え日本中の神様が一纏めになってもアレには勝てないのだと分かる。

 一撃で樹海全てを焼いて見せる攻撃を弱攻撃代わりに行ってくる規格外を撃退するほどの力を、神樹様は持ち合わせていない。神樹様とほぼ同化し大満開を起こした友奈ですら、恐らく真正面から戦闘を起こせば勝てるかどうかは怪しい程。

 あの大満開は不意打ち気味であった事、そして友奈がたった一撃にその全てを乗せた半捨て身の攻撃だったことが天の神の撃退に繋がった。しかしそれでも撃退が精いっぱいだった。

 神樹様が己の全てを託した友奈の半捨て身の一撃で、撃退だ。その時点で天の神がどれほど規格外の存在だったのかなんて、それだけで分かる。

 

「なんだ、もうみんな集まっていたのか」

「ちょっと動き始めるのがスロウリィだったわね」

「タマ達がドベ……って訳じゃなさそうだな?」

「あとは未来の勇者の方々が……あっ、来ましたね」

「いやー、めんごめんご。樹を解放してたら遅れたわ」

「その気持ちは分からないでもないけど、園子、あんたちょっとやり過ぎよ。まさかワイヤーで縛るなんて」

「割と本気で痛かったです」

「ちーちゃんを病院送りにした罪は重いよ~?」

 

 そして数分の間に現在病院があった場所で魘されているであろう千景と、その近くにいるであろう現在戦闘不能の高嶋以外の勇者、計十四人の勇者が集結した。

 今までの中で最も戦力が集った戦闘。西暦の勇者達は集った仲間たちに安心感を覚え、そして未来の勇者達は既にそれぞれの武器を構えていつでも来いやと言わんばかりだ。何気に神世紀の勇者全員が最初から集結している状態で戦闘を開始すると言うのは初めてなので、それも神世紀勇者達のやる気に直結しているのだろう。

 全員で樹海の先へと視線をやれば、そこからは続々と星屑達が侵入してきている。更にその後ろからは巨大なバーテックスが三体同時に侵入を開始している。

 アリエス、タウラス、アクエリアスの三体のバーテックスだ。アリエスは攻撃をしたら傷ついた部分から増殖するタイプの厄介なバーテックスであり、タウラスは音を武器としてくる樹からしたら存在するだけでギルティな存在。そして、アクエリアスは何気に勇者をピンチに陥らせたことが多いバーテックスだ。

 だが、勇者十四人が集結した今、そんな事は関係ない。

 勝てない敵なんて、恐らく天の神くらいだ。例えスタークラスターが来ようと、倒せる。

 

「敵の数が多いな……風さん、園子。巨大バーテックス……いや、星座型はお前達に任せてもいいか? 私達は雑魚と進化体を担当する」

「任せときなさい! アタシと樹、それから夏凜でタウラスをやるわ」

「だったら、わたしとミノさんとズラっちでアリエスに行くから~、ゆーゆとわっしーはアクエリアスをお願いね~?」

「任せて! 全部燃やし尽くすよ!!」

 

 園子の言葉に友奈が頷き答え、両拳をぶつけ合わせ両腕と両足に炎を纏わせるとそのまま体勢を低く構える。その友奈の動きに合わせて残りの勇者達も武器を構える。

 元からこれは作戦通り。ちょっとばかり相手が多いが、星座型相手なら勇者二人も居れば十分に戦力的には事足りる。そして、進化体と星屑相手なら六人の西暦勇者だけでも十分すぎる戦力。

 今回はちょっとばかり星座型が多いので進化体も出てきたら西暦勇者達に任せる事になるが、歌野が中心となれば何ら問題はない。

 この戦い、決して負けるものではない。

 そう、負けるものでは。

 

「うああああああああああああああ!!」

 

 そう思い勇んだ瞬間、後ろから叫び声が聞こえた。

 何事だと全員が振り返れば、樹海の奥から桜色の光が溢れ、それと同時に巨大な腕を持った勇者が。

 高嶋が、飛び出してきた。

 

「まさか、友奈か!?」

 

 

****

 

 

 高嶋の手には、一度病院を抜け出して戦闘に向かったという前科があった事から勇者システムが入った端末を持たされていなかった。端末を退院まで取り上げればきっと樹海化には巻き込まれないだろうという大赦の予想があったのだが、それは外れた。

 樹海化に高嶋は見事に巻き込まれ、万が一の時は戦えるようにと病院内に置いてあった高嶋の端末と天の逆手までもが樹海化に巻き込まれた結果、高嶋の手には再び戦えるだけの力が戻ってきてしまった。

 

「……でも、わたしは戦うなって言われてるし、ぐんちゃんもここに居るから」

 

 そして千景は、ベッドごと樹海化に巻き込まれ、現在腹を抱えた状態でベッドの上で悶えている。

 

「い、樹さんめぇ……!! どんな物を配合したらあんな危険物が……いだだだだ……」

「だ、大丈夫……?」

「割ときつい……い、胃薬を……」

「お医者さんに胃薬が効かないから治るまで待とうって言われてたよね……? 一応お水はあるけど」

「ちょ、うだい……!! 少しでも毒を薄めないと……!!」

「逆に体中に浸透しそうな気がするんだけど」

 

 千景は半年近く一緒に居たが、樹のメシマズの事は知らなかった。

 だって園子とハゲ丸がしっかりと千景の事をメシマズからガードしていたのだから。最近は改善傾向にある樹の食材紫化だが、時々こういうやべーのを生み出すので細心の注意が払われていたのだが、どうやら監視が甘かったようだ。

 紫の錬金術師の名は伊達ではない。千景は高嶋から水のペットボトルを受け取って飲むが、すぐにまた腹を抑えながらベッドの上で悶え始める。

 流石のギャグ的状況から始まったこれには苦笑するしかない高嶋だったが、自分の手にある勇者システム入りの端末と、一応装備しておいた天の逆手にどうしても意識を吸われる。

 みんなは、多分もう少ししたら戦い始める。

 でも、戦っちゃいけない。若葉からも大赦からも、そう言われたのだから。

 

『本当に?』

「た、高嶋さん、水を……! 新しい水を……!」

 

 そうやって戦わないと、という半義務感を感じながらも駄目だ駄目だと自分に言い聞かせ続けていると、声が聞こえた。

 誰の声かは分からないけど、確実に聞こえた。

 

『未来のみんなは確かに強いけど、他のみんなは酒呑童子を使ったわたしよりも弱いんだよ? なのに信用してもいいの? 未来の勇者も、もしかしたら負けちゃうかもしれないよ?』

「そ、んな……勇者はみんな、強いから……」

「たかしま、さん……? あの、水を……う゛っ!!?」

 

 なんか千景がやべーことになっているが、高嶋からしたらもうそれどころじゃない。聞こえてくる声に反論するが、何度反論しても聞こえてくる。

 

『わたしが行けば全部解決するんだよ? ぐんちゃんはそれで守れるんだよ? 弱い人を信用するよりも、強い自分を信用した方がいいに決まってるでしょ?』

「ち、ちが……」

『ぐんちゃんを守れなくても、いいの?』

 

 その言葉が、高嶋の体を動かした。

 すぐに千景に鎌を持たせ、そして端末を握らせてから無理矢理変身させると、高嶋はすぐさま千景の側を離れバーテックスが襲ってくる方向へと変身をしてから飛んだ。

 

「た、高嶋さん!? ちょっ、どこに……うっ、吐き気が……うげっ――」

 

 そして千景は汚いマーライオンとなった。

 しかし高嶋はそんな千景に気づかず、焦燥感に包まれた表情で樹海を駆け、そして。

 

「酒呑童子!!」

 

 酒呑童子をその身に宿らせる。

 そしてすぐに、高嶋はたった一人で若葉達から先行する形でバーテックスへと突っ込んでいったのだった。

 

「なんで変身を……いや、話は後だ! 友奈を止めるのが先決だ!!」

 

 前へ前へと進んでいく高嶋を見てすぐに若葉が高嶋を止めるために声を飛ばす。

 切り札の事は、神世紀勇者も知っている。高嶋のあの怪我は、あの状態になった後に戦った結果のバックファイアだと言う事も。

 故に、若葉の声が聞こえた時点で唯一の中距離拘束攻撃を持つ樹がそのワイヤーを伸ばした。

 

「捕まえ……ました!」

「は、離して!!」

「離しません!」

「後はわたしが鞭で縛り上げるわ!」

 

 正確無比な操作でワイヤーを高嶋の足に巻き付けた樹はそのまま全力でワイヤーを引いて空中の高嶋をこちら側へと引き寄せる。そして、それと同時に動いた歌野が高嶋の体を鞭で巻き付けて完全に拘束し、樹と歌野の二重拘束により完全に高嶋の動きを封じ込めて見せた。

 だが、高嶋もそれだけでは止まらない。

 酒呑童子の力をすべて使い、樹と歌野の二重拘束を力づくで抜け出そうとする。歌野はその力について行く事ができずに鞭が解かれたが、樹のワイヤーは力づくで抜け出そうとする高嶋を拘束し続ける。

 

「な、なんで!? こっちは全力なのに!!」

「勇者部新部長の力、ナメないでください!」

 

 樹は確かに勇者部の中では一番一対一には向いていない存在だ。だが、それは攻撃面でのこと。こうやって拘束や妨害を行う事を主体とする一対一の対決なら、樹は誰よりも強い。

 高嶋の酒呑童子の力は確かに強大だ。それこそ、樹だって気を抜けば力づくでワイヤーが引きちぎられる程の強力な力。だが、それを満開ゲージのエネルギーを少しだけ使ってワイヤーを強化し、五本中四本のワイヤーで両腕を動けないように拘束している上、更に満開ゲージのエネルギーを使って自身の力も強化しているので、高嶋の酒呑童子にすら負けないほどの力で何とか拘束ができている。

 だが、身体強化できる時間なんて極僅か。しかも、それでも高嶋の力は樹を上回り拘束を今にも抜け出さんとしている。

 それなら。

 

「Hi-ν先輩!」

「ちょーっと痛いわよ!」

「しまっ!? あっ……」

 

 力負けする前に誰かにトドメを刺してもらえばいい。

 夏凜の名を呼んだ瞬間、夏凜は高嶋の背後に回り込んでそのまま双剣の峰を使って高嶋の首を背後から打った。絶妙な力加減で放たれたソレは高嶋の意識を奪い、そのまま気絶させた。

 気絶した高嶋を樹はゆっくりと優しく地面に寝かせ、どうした物かと他の勇者に視線を巡らせる。どこに寝かせておこうか、と。

 

「い、樹さん……高嶋さんは、こっちで見ておくから……」

 

 そしたら今度は千景が後ろからやってきた。

 なお、相当辛いのか鎌を杖代わりにして腹を抑えながらよろよろと、だが。しかし、汚いマーライオンと化したからか、顔色は結構良くなっている。

 

「今度は千景か……大丈夫なのか?」

「な、なんとか。それと樹さんは今度泣かす……!」

「ん? 理不尽かな?」

「至極当然の恨みです……!!」

 

 残当である。

 しかし、千景が見ているのならいいだろう。若葉は少し悩んだ後に、それなら、と視線を高嶋の方から樹海の先、バーテックス達へと戻した。

千景は高嶋の体をまさぐって高嶋の端末を奪ってポケットの中に入れると、そのすぐ側に座り込み、ここから動かない……というか動けない、と言う事をとりあえず示し、戦いが終わるまでは待つ事にした。

 一応、ここは最後列である杏よりも後ろの位置だ。万が一攻撃が飛んできても、千景の鏡が何とかそれを防げる。杏ではなく千景と高嶋が死ぬという事は万が一にもないだろう。というか、そんな万が一は起こさせやしない。

 

「よし、ならば押し込まれてしまう前に戦うとするか! 星座型は任せた、未来の勇者達よ!」

「任せんしゃい! アタシの女子力でぶった斬ってやるわ!!」

「あれはわたし達の管轄だからね~。お仕事はしっかりと果たすよ~!」

「東郷さんと一緒ならどんな敵だって怖くない! 行こう、東郷さん!!」

「もちろんよ、友奈ちゃん!!」

 

 そして神世紀勇者と西暦勇者の初共同戦線が幕を開けたのだった。




たかしーに再び精神汚染カウンター(特大)が一つ。原作のたかしーはもっと酒呑童子使ってますけど、ここのたかしーは原作たかしー程鋼メンタルではないので……

そしてちーちゃんがゲロイン化。まぁたかしーへのテロをその身で受け止めたんだから名誉のゲロインだね。

そして何気にたかしーとの力勝負で互角を繰り広げているイっつんですが、満開に使うエネルギーを数割も使ってようやく拘束が精いっぱいなので相当なパワーが籠っております。通常時イっつんだったら秒で玩具にされます。

それではまた次回、お会いしましょう。

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