それだけだとやっぱり六千文字ちょっとしかなかったので後の事も書いたら軽く一万四千文字近くいって草生えました。
長くなるけど我慢してねとは毎度毎度言っていることなので今さら言う事ではないでしょう。それでは、どうぞ。
友奈と高嶋。二人の友奈の実力は、実を言えば高嶋の方が高い。
友奈は確かにセンスのバケモノであり、幼いころから趣味として武道を嗜んでいる。しかし、高嶋は実戦で使える技を三年以上鍛え続けてきたのだ。そして、センスだって友奈程ではないが、常人を遥かに上回る物を持っている。
力の友奈と技の高嶋。ハゲ丸風に言うのなら、それが二人の友奈には似合うだろう。
しかし、高嶋の攻撃は一度たりとも友奈には当たっていない。逆に、高嶋が何度も友奈の攻撃を食らい続けている。
「散れェ!!」
高嶋の拳が友奈に迫る。しかし、友奈はそれを軽い足取りでステップを繰り返しながら一歩だけ下がり、拳の側面に手を当て、受け流す。その間に握っていた左拳を構えながら一気に高嶋の懐に潜り込み、そのままジャブを高嶋の顔に叩き込む。
「シッ!」
息を鋭く吐きながらのジャブ。それを一回二回と叩き込み、高嶋が腕を横薙ぎに振るうのに合わせてスウェーでそれを躱し、体を起こしながらの右フックで高嶋の頬を打つ。
更にそこから高嶋に向かって踏み込み、軽くボディーブローを叩き込んでからのショートアッパー。そこからの鎖骨折りを叩き込んでから肘で思いっきり殴り、高嶋を軽く吹き飛ばす。
「いっつぁ……容赦なくやってくれるじゃん」
「そりゃあしないよ。これは本気の喧嘩だからね。悪いけど、容赦して負けてなんてあげない」
「ふーん……じゃあこっちだって容赦なく殺してあげるよ!!」
「死ぬ気もないよ。その程度の拳でね」
口の中を切ったのか、血を吐きながらも高嶋は狂ったような表情で友奈に向かって殴りかかる。
ボクシングなんてまどろっこしいものではなく、力任せの一撃。叩き込めば未成熟な少女の体なんて粉砕できてしまう程の一撃を秘めたそれに向かい、友奈は数回のステップを挟んでから炎を纏わせた全力の勇者キックを叩き込む。
「はっはぁ!!」
折った。そんな確信が高嶋にはあったが、帰ってきた感触は鋼鉄以上の物を殴った感触。
「……勇者、キック!!」
そして、聞こえてくるのは友奈の声。
まさか、と驚き体が固まった瞬間。友奈の炎を纏った蹴りが高嶋の拳を上回り、高嶋の体を思いっきり吹き飛ばし酒呑童子の腕を粉砕した。
「そ、んな!!?」
「その程度の力に折られる程、わたしの力はちっぽけじゃない!!」
「ふ、ざけるなぁ!! わたしの酒呑童子は最強なんだ!! それをそんなちっぽけな精霊なんかに!!」
「違う! 最強の力は、そんな独りよがりな力じゃない!! わたしが一度手にした最強は、みんなの希望と、祈りと、願い!! 一人じゃ抱えきれないほどの圧倒的な光だった!! そんな妖しい力が最強だって言うんなら、わたしがそれを打ち砕く!!」
友奈が口にした言葉は、奇しくも若葉が言った言葉と似ていた。
酒呑童子の力は最強ではない。本当に求めるべき力は、独りよがりの力ではなく、誰かを信じるという想い。人を想う心こそが、人を強くする力なのだと。
一瞬高嶋の瞳が揺らいだが、すぐにその思考を振り切る。
最強の力は今、この手にある。粉砕された酒呑童子の腕をもう一度呼び出し構えれば、友奈も改めて拳を構える。
「もっとわたしに力を寄越せ、酒呑童子!!」
「っ……! これは早いうちに止めないと、高嶋ちゃんの体が……!!」
最早自分の体がどうなってもいいと言わんばかりに力を引き出す。全力を越えた全力とでも言うべき力を解放し、友奈へ向かって突っ込んでいく。友奈はちょっと強がって高嶋の事を心配したが、本当にマズいのは自分だ。
自身の力を更に引き出した高嶋を見て、一瞬で理解した。
彼女の殺す気は、今、友奈の殺す気を上回った。もう力でも彼女には勝てない。例え火車の全力を使ったとしても、高嶋の一撃は簡単にそれをねじ伏せてくる。
もしも牛鬼が居たのなら、今の高嶋とも真正面から殴り合えただろうが、火車は牛鬼のサポートをしてもらう事で真価を発揮する精霊だ。それ一人では、火力面での劣化が激しすぎて高嶋と真正面から殴り合えない。
だが、逃げない。
圧倒的な力を目の前にするのは、慣れた事だ。今は精霊バリアも四割程回復している。勝てない相手じゃ、
「ない!!」
叫び、殴る。カウンター気味に高嶋の顔面へと躊躇なく拳を叩き込んだが、高嶋はそこから更に動き始める。
まさか、と思ったその時にはすでに遅く、高嶋の剛腕は友奈の足を掴み、そのまま友奈を振り上げて地面へと叩きつけた。その衝撃に精霊バリアが展開され、友奈の満開ゲージのエネルギーを持って行く。
持って行かれたエネルギーは、一割。四割あった満開ゲージの内、一割がたった一撃で持って行かれた。それを一瞬で確認した友奈はなりふり構っていられないがため、足に炎を纏わせ、固める。
「このまま挽肉にしてあげようかなぁ!!?」
「されない! バニシング勇者キック!!」
そのまま器用に体を回転させ、赤熱化した足で高嶋の酒呑童子の腕を蹴り壊し、離脱。若干足が痛むが、許容範囲内。酒呑童子の腕を再生させる高嶋と再び退治する。
「ふーん。器用な事するねぇ?」
「それはありがとう。叩きつけてくれたお礼は何がいい?」
「結城ちゃんの挽肉かなぁ。ハンバーグにしてみんなの前にでも出してあげようか?」
「あははは。わたしも怒る時は怒るよ。真正面からボロ負けしたくなかったら今すぐ考え直せば?」
「それは結城ちゃんの方じゃない? 未来の勇者でも今の勇者に負けるっていう前例ができちゃうのには変わらないけどねぇ!!」
割と本気でキレかけているダブル友奈。片方は、自分の目的を邪魔されたから。片方は、相手が聞かん坊過ぎて段々とイライラしてきた。
普段の友奈ならこの程度でイライラしないのだが、相手が自分と同じ顔なので、なんだか他人というよりも自分と喧嘩しているようで、徐々に自分にイライラする感覚で高嶋にキツイ言葉を浴びせ始めている。
徐々に苛立ちがピークとなり始めている高嶋が飛び出し、友奈は徐に構える。
「死んじゃえ!!」
「死なない!!」
売り言葉に買い言葉。あっ、言い過ぎたと思った時にはすでに遅し。友奈のカウンターとして放った全力の膝蹴りが高嶋の腹にクリーンヒット。割とエグイ勢いで突っ込んできたのにカウンターしたせいで結構痛そうだ。
だが、やっちまったもんは仕方ない。友奈だってイライラしているのだ。このイライラは、高嶋を気絶させて発散する事に。
「がっ、ぁ!?」
「殺す気はないから暫く眠っててね!!」
叫びながら、高嶋の後頭部を全力で殴りつけ、そして顔が落ちてきたところに合わせて顔をそのまま掴んで膝蹴りを顔に三回。二回目あたりから鼻血で友奈の膝が血に濡れるが、そんなの関係なくとにかく三回蹴った。
三回目で顔を離して高嶋の顔を自由にして後ろへと後退させると、生身の腕を掴みながら腹にもう一度膝蹴りを叩き込み、高嶋が怯んだところで腕を思いっきり捻り、そして関節を外す。
「い゛っ!!?」
「あとはもう片腕も……あっぶなっ」
「ごの゛……よくも!!」
「自分の顔が鼻血吹きながらすっごい怖い顔してるのってすっごい違和感……まるで自分を苛めてるみたい……」
もう片腕もそのまま関節を外して使えないようにしようとしたが、その前に高嶋は全力で体を振って拳を友奈に当てにかかったが、友奈はそれをギリギリで回避。そして距離を離して見た高嶋の顔は、それはそれは酷いものだった。
友奈がやったのだが、頬は腫れて鼻血は出てて口からも血を吐いて。自分とほぼ同じ顔がここまでボロボロなのは逆に自分が痛くなってくるが、しかし止める気はない。
どこまでボコボコにしてでも高嶋を止める。誰かを殺める前に、殺めるつもりで止める。殺める気はないが。
高嶋は自分で関節を嵌めて腕を使えるようにすると再び構えた。あれだけボコボコにされてもまだやる気らしい。
「砕けろぉ!!」
突貫。高嶋の愚直なまでの動きに友奈は合わせてステップで後ろに下がりながら迎え撃つ。
高速で振るわれる拳を力ではなく技でなんとか捌くものの、徐々に高嶋は友奈の動きに合わせてくる。技術だけなら高嶋の方が上だ。故に、素人の武術しか持ち合わせていない友奈の動きに合わせる事なんて容易い。先ほどまでの高嶋は動きに技なんてなかったが、どうやら血を流して少しは冷静になっているらしい。
徐々に自分に掠り始める剛腕に冷や汗を流しつつ、どうしても当たると思った一撃をブロック。両腕の籠手で高嶋の剛腕を受け止めたが、全盛期の友奈程ではないものの今の友奈を上回る力の一撃に両足が浮き、数メートル飛ばされる。
「力も技も高嶋ちゃんの方が上かぁ……マズいかも」
「そんな素人の動きなんか!」
「だけど、わたしにだって意地がある!!」
両腕両足に火車の炎を纏う。
ここまで来たなら、火傷の一つや二つは覚悟してもらう。
「っらァ!!」
「火車ッ!!」
拳を構えた高嶋に向かって友奈が突貫し、友奈の蹴りと高嶋の拳がぶつかり合う。衝撃波だけで常人を吹き飛ばす程の打ち合いが繰り広げられ、友奈の顔が徐々に歪む。
痛くはないが、力負けしているのが分かる。何とかして高嶋の拳を蹴りで軽く受け流してダメージを最低限にしているが、しかし力負けが激しい。マトモに貰えば精霊バリアの展開は免れないだろう。
「死ねよ死ねよぉ!!」
「そんな力で、殺されてたまるか!!」
だが、諦めない。
鋼がぶつかり合うような音を互いに奏ながらぶつかり合う二人の友奈。しかし決定打が決まらない。
酒呑童子の拳を友奈は軽く掠りながらも避け、高嶋は友奈の炎を掠りながらも避けながら反撃を叩き込む。
いくら理性の幾分かがはじけ飛んでいる状態でも体に染みついた動きは消えないモノ。友奈を超越する高嶋の技が徐々に友奈を苦しめていく。
そんな友奈の腹に、とうとう高嶋の拳が突き刺さった。
「そのままブチ抜いて!!」
「甘いッ!!」
だが、友奈には精霊バリアがある。
高嶋の拳を歯を食いしばって耐え抜き、衝撃を完全に殺す。無敵バリアだとは聞いていたが、まさかここまでの無敵バリアだとは思っていなかった高嶋は驚き動きを止める。
隙あり。少しだけ距離を取り、拳の距離から蹴りの距離へと移動した友奈の後ろ回し蹴りが高嶋のコメカミに突き刺さる。更にそこからもう一度、跳躍しての後ろ回し蹴りを高嶋の頬に突き刺し、吹き飛ばす。
「がふっ!!?」
「まだ沈まないかぁ」
「……ペッ。いったいなぁ、クソっ」
血を吐き汚い言葉を口にする。自分の顔と自分の声でそんな事を言わないで欲しいが、他人故に仕方なし。
もう何度目かの距離を離してのにらみ合い。
だが、高嶋の体はもうすぐ限界だ。友奈の精霊バリアも、マトモに攻撃を貰えば後二発で打ち切りだ。それ以降は精霊バリアが無い状態で今のバケモノ染みた力を持つ高嶋と殴り合う必要が出て来てしまう。
ここら辺が潮時だ。
次の交錯で決める。それが二人の友奈が同時に弾きだした作戦だった。
『決めてやるッ!!』
高嶋が再び友奈に向かって突撃し、友奈は一度構えてから突撃する。腕を軽く回し、ナックルアローの構えに似た物を取ってから一気に駆けだす。
二人が考えていることは同じ。拳を握り、突っ込み、己の武器を叩き込む。
『勇者ッ!! パァンチッ!!』
勇者パンチ。二人の友奈の起源とも言えるその技が同時に放たれ、ぶつかり合う。その衝撃波はマトモに受ければ大の大人だろうと吹き飛ぶ程であり、一目連を纏った高嶋の一撃。つまりは竜巻並みの一撃よりも重かった。
しかし、二人の友奈は拳を放った状態でそのまま膠着している。
高嶋の酒呑童子の力をすべて使った一撃と、友奈の火車の炎でブーストした一撃。その一撃は互角のようで。
「……ははっ。どうしたの結城ちゃん。なんか腕にピンク色の膜が見えてるよ?」
やはり高嶋が上回っていた。
友奈の腕には精霊バリアが展開され、彼女の腕を守っている。それは即ち、今の二人の一撃は友奈の方が圧倒的な力に蹂躙される場面だったという事だ。
それを防いだのは無敵バリアとも言える精霊バリアだが、今のぶつかり合いでまた一割エネルギーが削られた。これで、あと一発。あと一発で、精霊バリアは打ち切りとなってしまう。
だが、これでいい。
「この距離なら、その腕の射程範囲外! 近づきすぎたのが仇になったね!!」
「ッ!?」
潜り込み、完全な零距離に。ほぼ密着と言っても過言ではないほどの近さにまで友奈は接近する。
酒呑童子の腕は確かに強い。だが、それは高嶋の両腕の外側に取り付けられたオプションパーツのような物。友奈の満開時の腕のような物だ。零距離に入ってしまえば腕を薙ぎ払われる可能性はあるが、しかし拳を叩き込まれる心配はない。
この連撃で、止める。
「この拳だけで戦える、なんて強がりは言わない! けど、この拳を甘く見ないで!」
叫び、拳を叩き込む。
両手の拳を高嶋が防御に移る前に全力でねじ込んで押し込む。高嶋もなんとか避けようとするが、友奈の炎によってブーストされた拳の速度について行けず、殴られ続ける。
そして少しだけ距離が空いた瞬間、足を払い、そのまま両手で高嶋の左手を掴んで背負い投げ地面に叩きつけ、更に炎を使って叩きつけた高嶋の体を空中へと飛ばし。
「ぐぁっ!?」
「ぶち込むッ! 勇者マグナァムッ!!」
そして、空中で高嶋の体へと炎を纏った全力の拳を叩き込み、同時に爆発。
爆発の中から高嶋が吹き飛ばされ地面に落下し、友奈も炎を纏った状態で着地。腕を振るって炎を消した。
「な、んで……! なんで、わたしの方が強いのに……!! わたしの力が最強なのに、勝てない!」
しかし、まだ高嶋は沈んでいなかった。
火傷も傷も痛むが、しかし高嶋の闘志は未だに消えていない。完全にトドメを刺した気でいた友奈は驚いたが、自分だったらここまでボコられて大人しく寝ていられるか、と考えたら高嶋が立てる理由もすぐに分かった。
闘志が尽きぬ限り、いつまででも立ち上がる。例えその闘志の理由が歪んでいても。
このままじゃ、どちらかが死ぬまで殴り合う事になる。そう確信した友奈は、高嶋の闘志をどうにかして折るため。高嶋の間違いを高嶋自身に気付かせるため、拳ではなく声で彼女を止めることにした。
「……高嶋ちゃん。ここまで殴っておいてなんだけどさ、なんで殴られてるのか、分かる?」
「なんで、殴られているのか……? そんなの、結城ちゃんが邪魔するからだ!! わたしが、ぐんちゃんを守るために戦っているのに、邪魔をするから!!」
「違う。高嶋ちゃんが人を殺そうとしていたからだよ。人として、いけない事をしていたから」
「そうだけど、そうしないとぐんちゃんがまた傷つけられる!! またあいつらにぐんちゃんは苛められて、ぐんちゃんが傷つく!! そうなるくらいなら、傷つけられる前に殺した方がよっぽどいい!!」
戦う前も今も、高嶋の口からは何度も千景の名前が出てきている。
どうして千景を守る事と人を殺す事が繋がるのかが到底理解できないが、しかし高嶋を止めなければ千景は絶対に後悔する。高嶋がこうして暴走した事に気がつけなかった事。その理由に少なからず自分が関わっている事。
彼女は優しいから、高嶋がそうやって人として間違ったことをする事に悲しむ。それを止めるためにも、こうやって何とか会話できている今のうちに彼女を説得せねばならない。
「……だったら、そうやって高嶋ちゃんが人を殺して、ぐんちゃんが喜ぶと思ってるの?」
「ぐんちゃんが、喜ぶ……?」
その言葉を聞いて、ようやく高嶋の心が揺らいだ。
千景がもう傷つかないようにこの拳を振るった。だが、その結果千景が喜ぶのか。そう聞かれれば、高嶋のまだほんの少しだけ残っていた理性が答えを出した。
そんなはずないと。
「むしろ、傷つくよ。自分のせいで高嶋ちゃんがこんな事をしたんだって」
「ち、ちがっ……わ、わたしは、ぐんちゃんを守りたくて!」
「ぐんちゃんは傷つくよ。あの子は優しいから。わたし達勇者部の中の誰よりも優しいから、傷つくよ。高嶋ちゃんが人殺しをしちゃうまで追い詰めたのは自分だって。全員が違うって言っても、自分を責めるよ」
高嶋は千景を守りたかった。
だが、今高嶋がやっていることは千景を苦しめる行為だ。どうして人を殺したのかと聞かれ、千景を守りたかったからと答えれば、千景は傷つく。
自分のせいでこんな事を起こした。自分が頼りなかったからこんな事を起こさせてしまったのだと。そうやって自責する千景なんて、容易に想像できる。特に、まだ人に慣れていない頃の千景を知っている友奈なら、尚更そんな事を想像するのは容易かった。
「高嶋ちゃん。一度考え直して。高嶋ちゃんに必要だったのは、暴力なの? それとも、ぐんちゃんと一緒に戦うための力なの?」
必要だったのは、暴力なのか。
それとも、共に戦うための力なのか。
そんなの決まっている。
千景を泣かせる暴力ではなく、千景と共に戦うための――
『でも、あの人たちがぐんちゃんを傷つけるのは変わりないよ?』
「そ、れは……」
『いつかあの人たちはぐんちゃんを傷つける。ほら、ネットでも勇者を無能扱いする人も居たし、テレビだってそういう敵ばっかりだ。そんな人たちの一つが、ここの村の人達だよ。結局、守るためならあれを殺さないとダメなんだよ』
「ち、違う! ぐんちゃんを悲しませちゃダメだから! ぐんちゃんを守るのに、ぐんちゃんを傷つけるのは違うから!!」
「た、高嶋ちゃん……?」
急に叫び出した高嶋に友奈は思わず呼びかけるが、すぐに高嶋は拳を構えた。
「わたしは、あの日傷つけた女の子をもう傷つけたくないだけなのに!! もう二度と、わたしのせいで傷つけたくないだけだったのに!!」
「…………うん」
あの日。心無い言葉を突きつけられた彼女にもう二度と、そんな言葉を投げさせないために。そんな言葉の盾になるために。
もう二度と、彼女が傷つくのを見たくなかったから。
「どうしてわたしはもう一度あの子を……ぐんちゃんを傷つけようとしてるの!!?」
「それはね。きっと、高嶋ちゃんがわたしと同じで、自分を隠すのが得意だからだよ。自分の事、簡単には相談できないし話せないから。だから、誰も気づけなかったんだ。間違った考えに、誰も気が付けなかった」
「じゃあどうしたらいいの!? わたしの中にはわたしをそそのかす何かが居る!! それに従っちゃいけないって分かったのに、止められない!!」
「自分で止められないなら、わたしが。勇者の皆が何度だって止めてあげるよ」
高嶋は、ずっと自分の心をひた隠しにしてきた。
隠し事が上手い。それは、友奈も同じだから。自分の過去の事や辛かった事なんてなかったかのように話せて、笑顔でその場を取り繕う事だって得意だから。
だから、何かをやらかすまでどうにもならない。
友奈は、勇者部の皆を守りたかった。その結果、勇者部の皆を傷つける選択を取ってしまった。そして、高嶋もだ。高嶋も、千景が守りたかった。だがその結果、千景を傷つける選択を取ってしまった。
それに気づいてからどうにかしてくれたのは、仲間達だ。
違うと心の中では気づいていても、そうするしかない。そんな思い込みを壊してくれたのは、仲間達だ。
だから、高嶋を止めるのは。
「何度だって間違えていい。何度だって考えていい。何度だって不満をぶつけていい。わたしは……勇者は、仲間は。それを何度だって正してくれる。何度間違ったって、何度だって殴ってでも止めてくれる。だから、わたしも高嶋ちゃんを何度だって止めてあげるよ」
「うああああああああああああああああ!!」
最初からこうやって言っておけば高嶋の顔面をボッコボコにする事無かったんじゃないかなぁ、と友奈はちょっとやっちまった感を感じつつも、とりあえず言いたい事だけ言いきって構える。
もう血と涙でボロボロになりながらも突っ込んでくる高嶋を見てごめんなさい、と謝りつつも拳を構え。
「勇者、パンチッ!!」
勇者パンチを、高嶋の顔面にもう一度叩き込んだ。
殴られた高嶋はその一撃で吹っ飛び、そのまま気絶。酒呑童子は解除され、友奈は高嶋を殴り抜いた格好のまま残心。
違うんです、こう、青春っぽい殴り合いをしたかっただけなんです、と心の中で言い訳しながらも血がこびり付いた拳を目にして、それを下ろした。
お見舞い位は、毎日行った方がいいだろう。多分、顔面の治療だけで相当な日数かかるだろうし。
「……さて、高嶋ちゃんを運ばないと」
相当ボッコボコにしちゃったし、暫く足腰も立たないだろう。友奈はそんな気を持ちながらも高嶋に近づき。
「お、終わった……のか?」
「よかった……助かったんだ……」
「や、やっぱり勇者なんてロクでもない存在じゃないか!!」
「そ、そうだ! 郡の所の娘もそうだ!! そもそも人に向かって武器を向けた時点で犯罪者だろうが!!」
周りから聞こえた言葉に、耳を疑った。
高嶋は勇者としてメディア露出している。この世界を守る希望として戦っていると報道されているのだ。
確かに武器を向けた事は間違いだ。犯罪者に近いだろう。
だが、だからと言って何故別の人間を攻撃し始める? いや、そもそも勇者そのものを批判し始める? 高嶋を怖がるのは、仕方がないだろう。それ相応の事を高嶋はした。だが、それ以外の存在に攻撃の意志を持つ理由。それが、友奈には分からなかった。
「間に合ったか! おい友奈、お前どういう……ん? あっ、こっちは結城の方か。友奈はどこだ?」
と、丁度その時に高嶋が脱走した知らせを聞き、全力で走ってきた若葉が合流した。携帯を見てみれば、若葉の後ろから他の勇者達の反応も来ているので、高嶋の反応を追ってここまで来たのだろうと言うのは理解できた。
ちょっとばかり来るのが遅かったが。
「そこで伸びてるけど……」
「へ? うおっ、大丈夫か友奈!? 顔面血だらけだしちょっと焦げてるぞ!!? 誰にやられた!?」
「あっ、わたしがやりました」
「いやお前かよ!? なんでそうなった!?」
「高嶋ちゃんが……その、そこの人達に、拳を向けて……」
「……あぁ、そういう事か」
なんかちょっとノリツッコミっぽいテンポで声を荒げた若葉だったが、友奈から事情を聞いてすぐにテンションを抑える。
若葉は高嶋の顔の血を勇者装束の布でふき取ってから友奈に近づいた。
「すまん、切り札の後遺症が分かったんだが、分かった時には既に友奈は病院を脱走していた。どうやら切り札には、使った人物の精神に影響し、その状態を良くない物にしてしまうらしい」
「だから高嶋ちゃんはあんなことを……?」
「恐らくな。本当なら私が止めるべきだったが……」
「ううん、仕方ないよ。高嶋ちゃんは隠し事が上手いから」
「いや、それは言い訳にもならん。高嶋が力なき者に拳を向けた。そして、今こうしてバッシングをくらっている。本当なら、あってはいけない事だ」
この時代の勇者とそれを動かす大社は市民からの税金によって維持されている。でなければ、丸亀城を教室に改造したり専用の寮を設けたりなんて事はできないだろう。
だからこそ、市民からの印象は良い物にしておきたい。そういう意図があったが、高嶋はそれを壊してしまった。
切り札による精神汚染のせいだと事情を説明するのは簡単だ。だが、それで十割の人間が納得するとは思えない。故に、時すでに遅しという事だ。
「……そもそも、なんで高嶋ちゃんはこの村の人を狙ったの?」
しかし、友奈には気がかりな事があった。
それは高嶋が口にした、あいつら。つまり、この村の人間が千景を苦しめるという発言だ。その根拠がどこから来たのか。それが、気になった。
若葉は知らないのか? と口にすると、少し言いづらそうにしてから真実を口にした。
「千景はこの村の出身で、どうやら村のほぼ全員から苛めを受けていたらしい。理由は、彼女の両親にあるらしいが、千景はその娘だからという理由で苛められていたという」
友奈は園子とハゲ丸から、千景はネグレクトを受けていたと聞いた。
だが、事実は違った。友奈達に無用な心配をかけないために二人がついた嘘だった。いや、それも事実ではあるのだが、事実の一部を隠したという事だろう。それを責める気はないが、なんとなく高嶋がどうしてこんな事をしたのかが理解できた。
この村の人間は一度千景を傷つけている。そして、高嶋の前で何かあり、もう一度千景を傷つけようとした。もしくは、傷つけた。だから、高嶋はまずはこの村の人間を殺して千景がもう傷つかないようにした。
それが、理解できてしまった。
「それから?」
「その後は、園子や藤丸に連れられて未来に行き、バーテックス襲来の日にこっちに戻ってきたらしい。どうやら、千景はその際に勇者としていいように崇められ手のひらを返されたたと言うが……」
都合がよくなったらゴマを擦り、少しでもミスをしたら攻める。
園子がこの時代を警戒していた理由が、友奈にも分かった。
この時代の人達の中には、神世紀では考えられないような思考回路を持った人間が居る。北海道で人質にされた事もそうだが、あれは一人の暴走だ。だが、ここは村単位での悪意が千景というたった一人の少女に向かっていった。
園子達が放っておけないのも分かる。友奈だって、この村で苛められている千景と出会ったら、確実に同じことをしていた。
「……あぁ、そっか。そりゃあ怒るよ」
「結城?」
「わたしだってちょっと、キレそう」
そう呟いた友奈の表情に、若葉は一歩退いてしまった。
人の悪意に怒るという友奈の初めての経験は、若葉が一歩退くレベルの怒りを生んでいた。普通に見れば無表情なようにもみえるが、しかし友奈のような人物がここまで無表情な事は違和感でしかなく、同時に信じられない事でもあった。
喜怒哀楽全てが抜け落ちたような表情。それを浮かべながら、拳と足には炎が徐々に生まれ始めている。
「勇者なんて居なくなっちまった方がいいに決まってる!」
「そうだ! この事だってネットに拡散して――」
「いい加減にしてよ」
うるさい程に響く村人の声の中で、友奈の声は何故か良く通った。
直後、友奈が地面を蹴り、人を巻き込まない範囲で爆発が起きた。もしも人が巻き込まれていたら、消し炭も残らないほどの、爆発。
「全部自分達の自業自得じゃん。ぐんちゃんを苛めておいて、勇者になったら今までの事全部なかったみたいに言ったんでしょ? それで、少しでもぐんちゃんが失敗したらそれを叩いて……恥ずかしくないの!!?」
「ゆ、結城。あまり刺激するな。わたし達はあんまり……」
「止めてくれてもいいよ。でも、わたしは止まらないよ。わたしはこの四国の勇者、結城友奈じゃないから。勇者部の結城友奈だから」
人の事を悪く言う事なんて決してなかった友奈がここまで言うほど、友奈は怒っている。恐らく、美森が壁を独断で壊して無理心中を図った時よりも、怒っている。もしかしたら人生で一番怒っている。
それぐらいに、自分勝手な人間と言うのに友奈は生まれて初めてイラついた。あの優しい友奈が、ここまで高嶋を追い詰めた人間達に向かって。
「第一村の人全員でちっちゃい女の子を苛めるなんてどうかしてる!! 理由があろうとなかろうと!! 苛めなんてやっちゃダメだって子供だって分かってるのにどうして大人も混ざってそれをするの!!? しかも今度は勇者全体にソレをやろうとするなんて、本当に大人として、人として恥ずかしくないの!?」
「は? 俺達は税金出してんだぞ!? だから勇者には俺達を守る義務が――」
「じゃあ勇者が居ない所にでも逃げたら!?」
「そ、そんな事したら誰が俺達を守るんだよ!!」
「そんなのわたしが知るかっ!! 守ってもらいながら文句ばっかり言うなんて、そんなの守られている人のする事じゃない!! わたし達が視力も声も失いながら戦っていた時は、少なくとも事情を知っている人は守られている自覚があった! やり方もやってる事も最低だったけど……けど、その分だけ敬意を払おうとはしていた! なのにあなた達にはその素振りすらない!!」
大赦のやり方と思想は、確かに最低だった。
戦う者達に真実を隠し、戦わせ、体の機能を失いながらも戦う自分達にそれでも真実を秘匿し続けた。しかし、それでも敬意は払っていた。
勇者が死なないように様々な工夫をして、勇者が万全の状態で戦えるように裏で支え、様々な形で勇者に敬意を払っていた。勇者がたとえ何度満開を使ってもう立てない体になろうと、それでも敬意を払い最大限の敬意を払い援助を続けていた。
世界を守るためにその身を散らそうとした少女達への敬意が、形や思想は違えど、確かに存在したのだ。
しかし、この村の人間にはそれすらない。
ただ長い物に巻かれているだけだ。そして、その長い物が短くなれば、容赦なく斬り捨てる。大赦よりも質が悪い。
「くるっくるくるっくるって手のひら返して……第一、苛めてたことを一回でもぐんちゃんに謝ったの!?」
「あ、謝ったって……」
「謝ってすらないんだ……それでよく守ってもらえるとか言えたね。本当に……酷い。酷過ぎるよ」
人間として、酷過ぎる。
もう、何を言っても無駄だ。
そう気づいた友奈は背中を向け、若葉の代わりに高嶋を抱き上げた。
「……結城。もう戦いたくなかったら、遠慮なく言ってくれ。戦わない選択肢を取るだけの理由が、お前にはある」
「戦うよ」
炎をちらつかせながら呟く友奈の背中は、とても怖く。
「……でもわたし、こんな人たちのために戦いたくない。だから、今は何も言えない。自分でも考えてる事ごちゃごちゃで……ごめん」
それだけ言い、友奈は高嶋を抱えて飛び立った。
そんな友奈を見送った若葉は少し悲し気な目をしたが、そうもなるか、と頷いた。自分達は四国の民からの税金という援助によって成立している。だが、友奈達神世紀の勇者は違う。彼女達は自分達の意志だけで命がけの戦いに関与しているのだ。
若葉とて、こんな人間たちのために刀を取りたくなんてない。そう思ってしまうのが切り札を使ったせいなのかは分からないが、守らなければいけない義務があると思っている。
だが、守りたくなんてないったら守りたくない。空を見て、そんな事を思ってしまう。
「……所詮、子供を寄って集って苛めていた連中か。結城の正論に何も言い返せていない」
誰にも聞こえないように呟き、溜め息。
「……言っておくが、高嶋友奈を止めたあの子は勇者ではない。あの子に頼みこめば、気に入らない私達に税金を納めなくてもどこか別の場所で守ってくれるかもな」
もっとも、と加え。
「まぁ、あの子がお前達を守ってくれるなんて思わないがな。私は守るぞ? お前達をひっくるめた四国の無辜の民を守るためにな。だが、もしもバーテックスが結界を破ってここへと来て結城がここで戦ったとしよう。その時、結城はお前らを全員守ってくれるかな? 数割は見殺しにするかもしれんな」
まぁ、友奈の性格上そんな事は無いと思うが。
だが、意図して見殺しにされてもおかしくない事を、ここの人間は言っている。守ってくれる人間を責めて攻撃しようとしているのだ。だったら、それにイラついてちょっとぐらいは、と見て見ぬふりをする人間はいるかもしれない。
若葉にはそれをどうにかする気も無ければ、誰かを見殺しにした事を責める気もない。それはその人の自由だからだ。
「お、お前は勇者のリーダーだろ!? だったらあの勇者も――」
「言っただろう、あの子は勇者じゃない。勇者に近い力を持っているが、私達とは決定的に違う存在だ。だから私がどうこう言える立場じゃない」
まぁ、勇者だけど。
勇者だけど、若葉の管轄ではない。若葉が自分の指揮下に置いている勇者は、西暦勇者だけだ。神世紀勇者達は、あくまでも善意で協力してくれているだけだ。決して、若葉の管轄する勇者ではない。
「友奈の事は謝ろう。こちらも、戦っていく中で精神を病んでしまう状況にあった。傷付いた者は私と大社からの謝罪とお詫びを送らせてもらう。この精神に関係する事は後々正式に発表する事だが……あの子の事を報道するかどうかは分からん。だが、あの子は常に戦える状況にはない」
これは園子が元から言っている事だ。
園子達神世紀勇者は大社の管轄及び乃木若葉の指揮下にある新たな勇者ではなく、秘匿の第三勢力として大社との同盟関係及び乃木若葉含めた全西暦勇者との共闘を受け入れている。
彼女達がいつどのタイミングで共闘を止めると言っても、若葉達にそれを止める義理はない。そうか、残念だと言って見送るしかできないのだ。
彼女達は完全に善意のみで西暦勇者に協力してくれているのだから。
「……少しは自分達の罪を考えろ。周りに流された者も、それを傍観していた者も、だ。私達は知っている。お前達がたった一人の女の子を囲んで苛めていた事を。その身の振り方は、いつか自分達の身を滅ぼすぞ。傲慢と偏見を重ね自分達こそ正義だと勘違いしたその身の振り方は、邪悪そのものだ」
そして、若葉も自分が言いたい事を言いきり、そのまま友奈達の後を追った。
きっとこの後は友奈の事や高嶋の事で報道関連で面白い事になる事間違いなしなのだが、まぁいいだろう。もしもの時は未来に逃げちまえばいい。
この件で勇者とは無条件に人々を守り続ける存在ではない。むしろ、そのために命を削って戦っているのだと考え直してくれる人が増えてくれれば、と思いながらも途中で呆然としている仲間達を回収して病院へと向かう。
だがまぁ、とりあえず最優先は高嶋の治療だ。
あんだけ顔面をぼこぼこに殴られた感じになっていたのだ。傷一つなく治ってくれないと、多分結城の方の友奈が今度は変な罪を感じかねん。大社にはそこら辺、頑張ってもらわねば。
とにかく殴って血を流させて頭を軽く冷ませてから話しかけて最後に勇パンエンド。ぐんちゃんを悲しませないためにぐんちゃんを悲しませてようとしているという矛盾を突かれた事によりたかしーも正気に戻れたようです。野武士は本人に気付かせようとそこら辺言ってませんでしたからね。
そして戦いの方は美少女らしくない顔面殴るわ腕の関節外すわ爆発するわと明らかにやってる事が少年漫画のソレ。というかゆーゆが初手顔面いってるのが大分殺意高いなーって書きながら思ってました。
後半はゆーゆが割とマジでキレかける。彼女も西暦の汚さをその身で実感してしまった……
ちょっと迷走するかも? でも勇者の章後という前作主人公ポジ故に多分次回には立ち直ってる。なんやかんやで友奈ちゃん達は強い子だからね。
それではまた次回、お会いしましょう