俺「棚空になってるし埋めとこ」
友「ニヤニヤ」指差し
俺「え? あぁ、そこもあったわ。あざっ……」
セミ(故)「やぁ」
俺「くぁwせdrftgyふじこlp!!?」
友「wwwwwww」
セミなんて絶滅すればいいと思った
東郷ハゲ化事件から早い物で数日が経った。
勇者部は美森を除いて既に退院しており、美森だけは足と記憶の方も検査するという事で入院が軽く長引いている。が、それでも勇者部は平常運転。今日も今日とて勇者部の五人は部室に集まっていた。
「あっつ……」
「最近ホント暑いですよね……」
「ホント、やになっちゃうわ……」
集まっているのだが。
既に季節は夏。毎日毎日茹で上がるかもしれないなんて思う程の気温に晒された結果、元気が取り柄みたいなところがあった勇者部も暑さにやられて机の上にダウンしている。
あの夏凜までもがそうしてダラダラしていることには軽く衝撃を覚えたが、夏凜とて人の子だ。暑すぎるのは嫌なのだろう。
当初、夏凜はバーテックスを倒したのだからもう自分は勇者部に居なくてもいい、なんて思っていたらしいが、友奈の笑顔によりワンパンKO。勇者部に普通に参加している。どうにも夏凜は友奈がお気に入りのようだ。きっとその内美森とのガチバトルが見れることになるだろう。
そう思いながら、ハゲ丸は昨日の内に作っておいたジェラートを、最近になって作り始めたアイス用のコーンに盛り付けて手渡す。
「ほらお嬢さん方。ジェラートでも食って元気出しなさい」
「おぉ! 気が利くじゃないハゲ丸!!」
『流石ハゲ先輩』
「これで今日も乗り切れるよ!」
調子のいい女子達にはいはい、と苦笑しながらハゲ丸は適当な椅子に座って醤油ジェラートを食べる。
先ほどの会話。樹だけは声が出ないため、彼女は携帯に入れた音声読み上げアプリに文字を入力し音を出している。最初はスケッチブックとペンで会話していたが、誰にも気づかれない時があったため、携帯の使えない授業中だったり充電が切れた時以外は基本的にアプリで会話している。
既に幾つかテンプレートを作っているらしく、樹との会話は案外スムーズに済む。
済むのだが、ハゲ丸の事はどうしてかハゲ先輩と記録してあるため、最初の方はハゲ丸がキレるかヘコむという事件が発生したが、それも今は昔だ。
ストロベリージェラートを食べる友奈。にぼしジェラート(サプリ配合)を食べる夏凜。新作うどんジェラートを食べる眼帯を着けた風と、メロンジェラートを食べる樹。もしもここに精霊が居たのなら、きっと牛鬼も机の真ん中で食べていたに違いないと思う。
勇者の力、というよりもアプリを失った今、勇者部はどこにでもいる普通の人と変わらない。後遺症を負っているという事を除けば。
「友奈。お前、その……大丈夫か?」
「ん? なにが?」
「いや、その……味が」
友奈は、味覚を消失している。
だから、ストロベリージェラートを食べても彼女にとっては無味のジェラートを食べていると同意だ。いや、砂味とでも言うべきか。それだったら、食べていると辛くなってくるんじゃと。そう思った。
だが。
「大丈夫! 案外こう……匂いで味が分かるものだよ!!」
「どういうこっちゃ……」
「なんていうんだろう……かき氷のシロップみたいな!」
「かき氷のシロップみたい……? あぁ、そういう」
かき氷のシロップは、厳密に言えばすべての味が同じだ。
しかし、それに視覚的情報を付けることによって味を変えている。なので、友奈は匂いと色と見た目だけで味を感じようとしているのだろう。
うん、無理だそれ。
いくら何でもイチゴの形に切ったイチゴの匂い付き消しゴムをなめてイチゴの味を感じるなんて無理だ。
無理なのだが。
「あ、なんだかイチゴの味を感じるよ!」
彼女は、それを感じさせない。本当にそう感じているかのように振舞う。それが一切の無理していない。本心からの物なのだと笑顔と声だけで表してくれる。
だからか。友奈に、短期間ではあるが味覚消失というキツい後遺症を与える原因になってしまった風と、そんな彼女への気遣いを忘れてジェラートを作ってきて、みんなに配ったハゲ丸が自然と笑顔になり、二人の笑顔に樹と夏凜も笑顔になる。
「ほら友奈。もっと食え。ってか全部食え」
そして気分の良くなったハゲ丸がついつい食べている途中の友奈にジェラートを盛る。
ストロベリーのジェラートを大量に盛る。
「ちょ、まだ食べてるよ!?」
「盛るぜ~? 盛るぜ~? 超盛るぜ~?」
「さ、流石にこれ以上はお腹壊しちゃうよ!?」
ドンドンと盛られていくジェラートを見ながら、ふと風は自分が今着けている眼帯に手を当てた。
そう言えば。過労が原因とは言っていたけど。
原因って、過労だけなのか。普通、眼なんて過労で見えなくなるものなのか。
味覚も、声も。毛は抜けるが、感覚なんてものが無くなってしまう物なのか。
友奈が自分のジェラートを夏凜と樹と一緒になんとか消費しようとしているのを見ながら、考え、そしてもう一つ。
過労なんて、入院期間に抜けるんじゃ。少しずつだが、戻ってきてもいいんじゃと。
暗闇に包まれた片目を抑えながら、風はどうしようもない不安に襲われていた。
「ふ、風先輩! これ一緒に食べましょうよ!」
「え? あ、あぁはいはい。アタシが女子力全開にして友奈の分まで食べちゃうわよ!!」
『女子力(暴食)』
「樹、帰ったらそばの刑よ」
「!!?」
だが、そんな不安も、勇者部の部員と共にいれば紛れていく。
大赦への、不信感も。
****
美森の病室で、友奈が備品であるノートパソコンを開き、何かを打っている。
その手には、HTMLの本。つまり、勇者部のホームページを構築するために必要なコンピュータの言語のような物の解説が詰まった本がある。美森の私物であるそれを開きながら、友奈がかなりゆっくりと慎重にキーボードを押していく。
「えっと……<、h、e、a、d、>で……」
「その下に同じ感じでタイトルって書いて、シャープを付けて閉じてから文字コードとかを打つの。一応、文字コードの所はテンプレを作ってあるからそれをコピペしてきて」
「テンプレテンプレ……あ、これだね。じゃあここのここからここまでをコピペして……」
「そう。それで、活動記録のページも、数日前のやつがあるはずだから、そこのソースを全部コピーしてきて張り付けてから、本文だけを変えれば問題ないわ」
「じゃあこうしてこうで……」
「ページを管轄するjavaには私が手を加えておくわ」
美森によるウェブページ更新、というよりもネット上で公開している勇者部活動記録更新のためのページ作成。美森はホームページをブログ形式ではなく一企業の物にすら見える本格的な物として作成したため、それを弄るにはソースコードを直接書くしかない。
故に、風も樹も手を付けれず、友奈が自分からどうにかして活動記録だけでも書けるようにしようと美森の病室を訪れたのだ。その隅には。
「……だーめだ。わっかんね」
帰りが遅くなると踏んで友奈の送り迎えを担当することになったハゲ丸が、javaの本を読んでいる。が、何が何でどうなっているのかがサッパリ分かっていない様子。
美森はそんなハゲ丸を嘲笑しながら友奈の手伝いをしていく。
だが、ハゲ丸が分からないのも仕方のない事だ。美森のウェブページ作成に関する知識や腕はもう中学生としてはかなり高い方だ。一般的な中学生であるハゲ丸が分からなくても別に可笑しくなんてないのだ。
「じゃあ友奈ちゃん。暫くは音楽でも聞いて一人でやって見せて?」
「一人で? ちょっと不安かなぁ……」
「大丈夫。好きな音楽を聴いていればできるものよ」
「そうなの?」
「えぇ。音楽からはα波が出ているからそれが直接聞いている人に癒しを与えてくれるのよ」
そう言いながら美森は両掌を友奈に向けてグルグルと。不思議な動きを見せる。
それを見た友奈は若干なんて答えればいいのか苦笑して返答を詰まらせていたが、すぐに美森のいう事を信じて携帯から音楽を聞きながら作業をし始めた。
友奈が作業に没頭するのを確認して、何度か友奈の事を呼んで反応しないのを確認してから、美森はハゲ丸を手招きした。
「どうしたクソレズ」
「ちょっと、相談したいことがあるのよ、クソハゲ」
美森はそう言うと、自分のパソコン、ではなくタブレットを取り出し、そこに表示されているエクセルでまとめたのであろう資料をハゲ丸に見せた。
そこには、勇者部六人の名前(友奈は大天使友奈エル、ハゲ丸はステロイドツルッハゲと書いてある)が書かれたエクセルの表を見せた。その名前の下にはそれぞれが今発症している過労による症状が書かれており、横に日にち分だけ表が伸び、更にそこには経過まで書いてあった。
それを見て分かるのは、過労による何かしらの症状が発生してからどれだけ回復したかという記録を簡単に書いてあるという事。
そして、全員の症状が未だに全くと言っていい程回復していないという事だった。
「こいつは……」
「全員が、一切症状の回復の兆しを見せていないの。私の髪も、あなたの顔の毛も。おかしいと思わない?」
言われて、黙る。
ハゲ丸は親から母親の腹の中に髪の毛を生やす機能を置いてきてしまったとすら言われてしまう程、赤ん坊の頃から一切髪の毛が生えたことも、生えかけたこともない程だ。
だが、顔の毛だけは違った。顔の毛だけは生えてきたのだ。
なのに、それが生えてこない。
しかも美森に至っても、彼女の髪の毛は女性であり未だ成長期であるのにも関わらず、一切生えてこない。一度抜けて、それから一切だ。まるで、頭が髪の毛を生やすという機能を喪失してしまったかのように。
もしもこれが毛でなければ、美森もおかしいとは思ってももう少しは経過を見ただろう。
「髪の毛がもう生えてこないのは分かる。でも、あなたは違う。髭や眉毛、まつ毛が一切生えてこないなんてどう考えても異常でしかないの」
「それは……そうだ」
髭とは言っても産毛程度ではあるが、しかしハゲ丸だってそれが生えている。いくら剃っても剃っても。抜いてもそうだ。
だが、それが生えてこないとなると。明らかに体の機能が可笑しくなってしまっているとしか、言いようがない。
しかも、全員が同じタイミングで。疑うなという方が無理がある。
「……ねぇ、クソハゲ。あなたも、わたしと同じ年数、記憶がないのよね」
「あ、あぁ。そうだが……」
「私とあなた。今ある共通点を思い出してみたのよ」
ちょっと前までは、偶然と割り切れた。
だが、今は違う。この共通点が。
満開をした人間だけが何かしらの身体的異常を発症していると気が付いた今では。美森は、全てを疑ってしまった。家族も、病院も。そして、自己嫌悪レベルまでいってしまうが、仲間すら、疑ってしまった。
しかし、仲間への疑いはすぐに晴れた。風や夏凜がそんな嘘を吐けるわけがないと思った。
だから、大赦と家族を。疑った。
「私達は、大体小学四年生から六年生までの間。大体二年くらいの間、記憶がない。そして、私とあなたは、勇者としての適性があった。でも、これなら偶然で済まされた。でも、そこにこの……満開による後遺症が入ってきた」
「満開の……後遺症だって?」
「そうとしか言いようがないでしょう……こんなこと」
過労ではない。
これは、満開の後遺症だ。
満開を行った人間に対する、永続デバフ。
身体機能の何れかの喪失という。強大な力を一時的にその身に下した事に対する、対価。そうとしか、美森は思えなかったのだ。だから、そう言う。
そして、ハゲ丸も。
――ねぇ、ズラっち。もし忘れちゃうんだとしても。わたしは、忘れないよ。ズラっちのジェラートも。ズラっちとした特訓も。だから……ズラっちは忘れていいんだよ。ズラっちは、勇者になる前に戻るだけだから。あとは、わたしとわっしーに任せて、ね?――
――あなたは、元々戦うべきじゃなかったのよ、ハゲ。あの時……戦うか戦わないか。選べと言われて、あなたは戦う事を選んだ……でも、もういいのよ。勇者の記憶なんて忘れて、寝ていなさい。後は私達が……もう戦えない銀も、あなたも。二人が守った世界を、守るから――
もうその時には知らなかった子たちが、ベッドで寝るハゲ丸に優しく話しかける。
だが、徐々に頭の中に浮かんでくるその記憶は、忘れてはいけないものだと。絶対に忘れてはいけなかったものだと、本能が訴えている。
そうだ。この記憶は。
この子達は。
「ハゲ、ちょっとハゲ! なにボーッとしてるのよ!」
この、目の前の少女は。
「……す、み?」
「隅……?」
「すみ……須美? いや、違う……お前は東郷、だよな」
「い、いきなりなに言ってるのよ。とうとう頭がおかしくなったのかしら? あぁ、元からだったわね」
そうだ。目の前の少女は東郷美森。鷲尾須美ではない。
だが、思い出した記憶には、気になることがある。決してそのままにしてはいけない記憶が……名前がある。
「……すまん、東郷。ちょっと出てくる」
「は? 友奈ちゃんはどうするのよ」
「……ごめん。でも、確かめなきゃならないんだ。本当に、ごめん」
「……ったく、調子狂うわね。わかったわよ、行ってきなさい」
東郷の許可を貰い、ハゲ丸は駆けだす。
いつものようにふざけて誤魔化すなんてできない。満開の後遺症というキーワードが思い起こしたこの記憶は。乃木園子という少女と鷲尾須美という少女が自分に対して囁くその記憶は。
自分が元々勇者であったのだと。そう告げているのだ。
つまり、風の言う二年前に戦っていた男の勇者というのは。
唯一存在したという男の勇者は。
藤丸という、小学六年生の少年だった。
東郷さんって本編でもかなり鋭いですからね。一番先に満開の後遺症に気が付いてますし。
そしてどうしてハゲ丸が記憶を取り戻せたかは……次回にちょっとだけ答え合わせしましょうかね。