ハナトハゲ   作:黄金馬鹿

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どうも、私です。

大満開の章の六話と七話が辛すぎた。普通に泣いた

ぐんちゃんが闇落ちしていくのを丁寧に書かれたせいでぐんちゃんの話が書きたくなった結果、ずっとちょっとずつ書いていたぐんちゃんIFが完成しました

いやー……ぐんちゃんIFはね、ぐんちゃんがハゲを兄代わり、ハゲがぐんちゃんを妹みたいに見ているせいでここから恋人関係になるのがあんまり考えられなかった、というのが一番の難産ポイントでした

と言う事で皆さんずっと待っていたであろうぐんちゃんIFです。せめて大満開の章でバッキバキに折られた心が少しでも修復できますように……

…………って、前回の投稿からサラッと二週間経ってるのマジ? 社会人の時間経過マジで早すぎるンゴ……


千景IF:千景の本心

 郡千景にとって、家族なんて物は醜い物でしかなかった。

 父は大人として、既婚者として、一児の父として最低の人間であり、子供のまま大人になった男という言葉がピッタリな男だった。

 母も大人として、既婚者として、一児の母として最低な人間だった。確かに高熱で魘されているときに見舞いにすら来ず酒を飲んでいた父に愛想を尽かすのは分かる。だが、だからと言って他の男と共に家族を捨てて逃げるのは間違っている。

 そんな最低な人間の間に産まれた千景が父や母を反面教師として見れたのは、それを悪いと非難した周りとゲームだった。

 しかし千景にとって他人とは、自分を害する存在でしかなかった。周りの人間は悪い人間の間に産まれた千景を何の罪も無いのにも関わらずサンドバッグにしていい存在とした。

 故に、千景の人生は誰かのサンドバッグにされ続け、そしてゲームでその傷を癒やすだけのクソみたいな人生になるはずだった。

 でも、それは変わった。

 神世紀302年。千景は神世紀で生きていく事を決心し、姉代わりである園子からの提案によって乃木家の養子となり、讃州中学に通っていた。

 

「お願い乃木さん! この部分のノート映させて!」

「これで何度目よ……はい。反省しながら映すこと」

「ホントにありがとう! 今度ジュース奢るから!」

「はいはい。遠慮なく奢ってもらうから覚悟しなさいよ?」

 

 勿論、園子だけの力では千景を養子にはできないので、勿論園子の両親と顔を合わせ、色々と話し合った。

 とは言っても、園子が気に入った子だし、千景みたいなクールな子も欲しかったし、とか言ってすぐに千景の事を我が子のように撫でまわしたので、問題なんて殆ど無かったような物だが。

 そんなこんなで、千景は郡という苗字は過去と共に切り捨て、乃木千景として神世紀を生きている。

 乃木となった事での影響と言えば、千景は将来的に大赦内での結構な地位を約束された事か。

 養子にしてもらって、更に将来の職と役職まで用意してもらうなんてちょっと色々と貰いすぎな気はしたが、寧ろ乃木になるのならこれは当然の事らしい。

 人生負け組の筈が、気が付いたらとんでもない事になっていたとは千景の談。

 

「それじゃあ私は勇者部に行くから、ノートは明日返してちょうだい」

「うん! 乃木さんのノートを新品同様にして返すから!」

「現状維持で返しなさい、現状維持で」

「はーい」

「全くもう……それじゃ、また明日」

「また明日ね〜」

 

 そんな千景の讃州中学での生活だが、中学校での生活はとても充実している。

 授業はつまらないのはどの世界でも変わらないが、クラスメイトには恵まれ、友人も少ないがしっかりとできた。そして部活も楽しいし私生活も充実している。

 西暦での生活が文字通りゴミみたいだ。神世紀の人間は皆優しく、イジメなんて一切起きやしない。

 神樹様崇拝様々というやつだろうか。大人達は徐々に黒くなってきてるらしいが、子供たちはそんな事はない。平和そのものだ。

 

「乃木千景、入ります」

 

 そして勇者部に入れば、最近は会える方が珍しい二つ年上の先輩がタロットカードを広げて待っていた。

 

「やっほ、千景ちゃん」

「樹さん? 珍しく今日はこっちに居るんですね」

「今日は完全なオフなんだよね〜。久々にゆっくりと羽根を伸ばせるよ〜」

 

 二つ上の先輩にして、勇者部中等部の部長、樹がタロットカードをしまってから机の上で寝そべる。

 行儀悪いですよ、と一言告げてから千景も鞄を適当な場所に置いて携帯を取り出し、アプリをポチポチ。樹もゴロゴロとしながら携帯を取り出して弄りだす。

 

「明日も明後日もレッスンで明々後日は雑誌の取材からのレッスン……大変だなぁ……」

「案外歌手って大変なんですね」

「そうなんだよねぇ。歌うだけかと思ったらそれ以外にも色々と……」

 

 歌手とは言うが、やってる事はアイドルに近いだろう。

 元々樹は容姿がいい。それは同性の千景から見ても思う事だ。中身の方はちょっとアレで、可愛らしい外見とは裏腹にゲーセンで千景と共にボタンをバシバシ叩く趣味があるが、しかし姉の風同様に容姿は整っている。

 それ故か、音楽番組以外にもバラエティに出ないか、という話が時々上がっている。

 とは言っても、まだ樹もデビューしたばかりの新人であり、育ち盛りだ。彼女の人気が上がっていくのはもう少し先から。今はレッスンと知名度上げのための地道な努力だ。

 

「それで、今日の依頼はなんですか?」

「ん? 特に無いよ。お姉ちゃん達の方に一つや二つ程度みたい」

「それもそれで珍しいですね」

 

 ここ数年、神世紀の時代はどこも色々と立て込んでおり、猫の手も借りたい状態にある。

 神樹様がこの地を去ったことによるインフラ関連の整備や食料問題など、神樹様が行っていた事を人の手でやっていかなければならない。

 四国民の信仰心の高さが幸いし、暴動等は起きずに神樹様から託されたこの地を、と全員が頑張っているのが現状だが、やはり手が足りない。故にボランティア部とも言える勇者部にも依頼がよく来るのだが、今日はそんなに依頼が無いらしい。

 ここまで暇な時間は久しぶりだ。特に樹なんて千景以上に久しぶりだろう。

 

「だね。じゃあゲーセン行かない? 介護お願い!」

 

 なので、樹は千景をゲーセンへと誘った。

 なんてことは無い、ただ暇でゲームをする時間があるからしたいなと思っただけ。

 千景もそれを断る理由はない。

 

「いつものですね。いいですよ」

「ありがと! これでわたしも夢の銀プレに……!」

「じゃあ低コで先落ちC覚全抜けはやめてくださいね?」

「うっす……」

 

 とは言うが、樹の腕前はお世辞にも千景に近いとは言えないので、千景が介護していると言ってもいいレベルなのだが。

 それでもお金は義両親から使い切れないほど渡されてるし、千景自身園子がまだ留守であろう部屋に一人というのもあまり好きではないので、樹からの誘いには基本的に乗っている。

 

「それじゃあ行こっか。わたし、今日は赤枠改使うね」

「じゃあ……Pで」

「その機体ホント強くなったよね……」

「樹さんも低コ乗るんならオーヴェロンとか練習した方がいいんじゃないですか?」

「だって腹パンできないじゃん」

「コレンカプルで股座にでもパンチしてればいいじゃないですか」

「職人機体は無理です……」

 

 と、言いながら二人で鞄を持って立ち上がるが、ふと樹が千景の横に立って千景の顔、と言うよりも頭頂部辺りを見た。

 何かついてるのかと触ったが、何もあらず。

 

「千景ちゃん、背伸びてきたよね」

「え? あぁ、確かに言われてみると……クラスでも高い方ですし」

「いいなぁ……もう抜かされそうだし……」

「その内伸びますよ」

「伸び悩んでるんだよぉ」

 

 樹も中学三年生。そろそろ成長は止まりそうな時期である。というか殆ど止まっている。しかし樹がこの一年ちょっとで伸ばした身長は一桁前半。胸も姉と比べて貧しい事に。最近になって合法ロリの線がいよいよ見えてきてしまった。

対して千景は身長が百五十を超え、もう殆ど樹と並んでいる。というか、本人たち目線で越えていないように見えているだけであり、実際は数センチほど千景の方が背が大きい。

 樹が合法ロリとなり、千景がスレンダー美人となるのも時間の問題だろう。

 

「でも胸は同じくらいだね!!」

「喧嘩売ってます?」

「こっちは泣きそうだが?」

 

 半ギレと半泣きである。

 

 

****

 

 

 あの日、あの瞬間、千景の人生は悲劇に見舞われた物から幸せなものへと一変した。

 幸せを感じてはいけないと思わせるほどの地獄の中でただ膝を抱えているだけの人生が、たった二人の優しい人たちのおかげで、一変したのだ。

 嬉しかった。肉親なんかよりも自分の事を大事にしてくれるあの人たちに助けられて、本当にうれしかった。

 自分らしくないとは思うが、まるでアニメや漫画みたいな、都合のいい展開みたいだ、なんて。まだ夢見る年頃であった千景は、そんなことをあの時思ったのだった。

 

 

****

 

 

 その後、樹に無事やらかされ、赤枠改くん!!? と叫び百円が何枚か消失した後の事。千景は先輩とゲームをやった事による満足感とやらかされた事による若干のフラストレーションを感じながらもう既に帰り慣れた園子の部屋に帰宅した。

 

「ただいま、園ねぇ」

 

 いつもならドアを開けてただいまと言えばおかえり~、と飛んでくる義姉なのだが、今日はいつも通りすっ飛んでこない。それに首を傾げて何度か彼女の名前を呼びながら部屋の中に入り、園子の部屋を覗くと、そこに園子は居た。

 しかし、何やらどこかに旅行でも行くのかと聞きたくなるような大げさな荷物を手にどこかに電話をしている様子。明らかにいつも通りではない……というか、十中八九大赦の面倒事が絡んでいる。

 彼女が高校生ながら面倒な仕事をしている事は千景も知っている。なのでそっと口を閉じてから笑顔で手を振る義姉に手を振り、一度居間の方へと向かってから待つ事数分。園子はかなり慌てながら部屋から出てきた。

 

「おかえりちーちゃん! ごめんね、バタバタしてて!」

「それはいいけど……何か、あったの?」

「ちょっとね……いつもの尻拭いと言うかなんと言うか……ものの見事にやらかされまして……その尻拭いついでに防人のみんなを連れてそのまま壁外遠征って感じかな~……」

 

 壁外遠征。そう言われてピンと来ないわけもなく。

 乃木という家名を名乗っている以上は千景も将来は大赦の幹部の一人となる事を約束されている。なので今の内から、と暇な時間に園子や義両親から帝王学やら何やらを学んだり、大社の裏の事情を学んだりと色々している以上、園子が何でこんなにバタバタしているのかは察しがついた。

 

「もしかして、前から言ってたアレ?」

「うん、アレ~。というわけで、わたしちょっと一週間ほど留守にするね~」

 

 壁外遠征はその名の通り、かつて神樹様が覆っていた結界の外へと赴き、人間が住めるかどうか、バーテックスが存在しないかどうかを確認してくる作業の事。それにはかなりの時間がかかるため、前々から一週間くらいは留守にするかも、と園子は言っていた。

 土壌調査や廃退した建物等の調査。野生動物や水質の調査など、一気にそういったことを進めなくてはいけないため、かなりの時間がかかる上に責任者として乃木家の跡取りである園子もついて行かなくてはならないのだ。

 

「で、ちーちゃんに関してだけど、お留守番っていうのも良かったんだけど~、やっぱりちーちゃん一人だとわたしが不安だから、ちょっとズラっちの家に泊まっててもらえないかな~?」

「え? 藤にぃの家に?」

「ズラっちの御両親も今回の遠征の監督役で来てもらうんだ~。しずしずとあーやも一緒に来るから、ズラっちも一人になっちゃうんだよね~。ズラっちはそれでもいいんだけど~、ちーちゃんも一人になっちゃうでしょ~? だから、どうせならちーちゃんをズラっちの所に預けちゃった方がいいかなって思って~」

 

 彼女の口から出てきたのは、最近会う頻度がちょっと少なくなった義兄……ではないが、千景の内心では比較的それに近い立場の青年の名前だった。

 どうしてか言外に聞いてみれば、どうやら彼も今回の壁外遠征によって家に一人ぼっちとなってしまうらしい。

 ――ちなみにだが、千景は勇者の事を知らない。防人、というのも壁外遠征を行うために大赦に選ばれ専用の訓練を受けた少女達、という事しか知らない。しずくや亜耶がその防人部隊の一員として選ばれている事は知っており、藤丸夫妻がここに参加しているのはしずくと亜耶の両親の代わりとして参加する、という程度にしか認識していない――

 そんな一人ぼっち同士を一緒にさせておけば一応安心だろう、というのが園子の考えであり、藤丸夫妻もそれには特に否定的な意見を口にしていなかったので、どうやらもう決定事項で変わらないらしい。

 でも準備が、と思いながら急いで自分の部屋を見てみると、なんか既に荷物が用意してある。

 

「あ、荷物は用意しておいたよ~。ゲーム機とかも全部入ってるからね~」

「用意周到な……」

 

 ポカンとしていると、千景はあれよあれよという間に園子に荷物を手に持たされ、そのまま靴を履かされ部屋の外へ。そしてすぐに園子も荷物を手に部屋を出て鍵をかけてしまった。

 

「じゃあちーちゃん、また来週! ちょっと遅刻気味だから急ぐね!」

「え、あ、うん。気を付けて、ね?」

「あと、ズラっちに変な事されたらわたしに言ってね! 削ぐから!!」

 

 そう言うと、園子は全力で走っていった。なんか空を紫色の光が駆けていったと思うが、恐らく気のせいだろう。

 そして削ぐ、とは。

 千景の予想が正しければ、男が男として生きていくうえで重要になるであろう下半身のパーツだと思われるが、削ぐとは。身内から暴君呼ばわりされている義姉の嵐のような一幕に呆然としながら、とりあえず携帯を見る。

 まだ時刻は夕飯時よりちょっと前。

 

「……とりあえず、急ごう」

 

 苦笑しながら千景は携帯を仕舞い、頼れる兄代わりの家へと向かうのだった。

 

 

****

 

 

 自分のために誰かが体を張ってくれる人なんて、少なくとも苛められるようになってからは一度も見た事が無かった。

 親は最低限の体裁を守るために金は出してくれる。虐待はしていないと言わんばかりに、金だけは。それがネグレクトという一種の虐待だという事すらも知らずに。

 きっと何とかなる。きっと上手くいく。中身なんてどこにもない、スッカスカな将来設計。その中で産まれた千景は、最初はきっと文字通り目に入れても痛くないほど可愛かっただろう。何故なら、千景が産まれたという事はスッカスカな将来設計でも思い通りに生きていけるという証明でもあったのだろうから。

 しかし、母親が出ていき、村八分が始まり。

 あの時はそんな余裕はなかったが、今の千景ならこう思う。早く逃げてしまえばいいのに、と。

 なのに自分で逃げずに。誰かが助けてくれるだろうとお手々を合わせて神様に祈るばかり。それが叶わないから誰かに言われるがままに何もせずに生き続ける。

 誰かが言った。人間というのは子供を作って初めて、大人として成長し始めるのだと。

 しかし、あの男はそれをしなかった。きっと苛めの果てに千景が死ねば、死んだ千景の後処理すら面倒だと言って投げだすだろう。

 そんな、最低な人間。

 血を引いているとすら思いたくない人間。そんな男をぶん殴ってまで助けてくれたのは、千景が兄代わりと思っている彼だった。

 

『このクソ野郎……! いや、クソガキが!!』

『が、ガキだと……!?』

『あぁ、ガキだ!! テメェが大人の男な訳があるか!! 自分の思い通りに人生が上手く行かないから癇癪起こして自分の娘一人守る気起きねぇ奴がガキ以外の何だってんだ!!』

『このッ……!! 俺だって好きでこうなったわけじゃ!』

『そうだろうよ!! だけどなぁ、テメェ等がその何も詰まってねぇ頭で考えた未来設計がこの現実作って、テメェ等の被害をこんな小さな子が被ってんだよ!!』

 

 そう叫び、彼はもう一度父親だった男をぶん殴った。

 その仕返しにと父親だった男は殴りかかったが、それを片手で弾いて彼はもう一度顔面を殴りぬける。

 

『痛いか? 痛いだろうな! けど、千景ちゃんはこの数倍は痛い思いをしてんだよ!! 体だけじゃない、心もだ!! 一番辛いときに頼りたい親が頼るのすら拒んでくるせいで千景ちゃんは誰かに縋る事すらできなかったんだよ!!』

『そ、そんなの俺だって同じだ! 駆け落ちしたせいで親から絶縁されて……』

『そんなのテメェで助けの船ぶっ壊して逃げてきただけだろうが!! 絶縁されるの覚悟で駆け落ちして子供作って!! ちょっとでも上手くいかなかったら体裁だけ整えて自分は被害者面か!? テメェも加害者なんだよ!! 助けを求める娘のため、助かりたい自分のために何の行動も起こさなかった馬鹿みてぇな!! 自分の事助けるだけの金も行動力もあるのに何もしなかったクソみたいな!!』

 

 最後に彼は父親だった男の胸倉をもう一度掴み上げて、殴り飛ばした。

 千景はそれを一切止めなかった。もう、あの男を止めてやる義理なんて無いと思っているから。園子はその様子を、千景の目を手で覆う事で隠そうとしたが、千景自身がそれを拒んだ。あれは、もしかしたら自分にも刺さるかもしれない言葉だったかもしれないから。

 今思えば、やれる事はあったのかもしれない。

 ここは所詮、田舎の村だ。だから、教育委員会等にこの現状を伝えれば、少しはこの環境がマシになっていたかもしれないし、親元から離されて施設暮らしになるかもしれないが、そのお陰で今よりもマシな環境になっていたのかもしれないのだから。

 だから、お金が無いにしてもやる事はあったのかもしれない。そう思って、藤丸の父親だった男へと向ける説教を聞いた。しっかり耳で。そして、目で。

 

『……この状況はな、自分で動かなきゃどうにもなんねぇんだよ。少しは自分で考えろ。……すまん、園子。感情的になりすぎた。一旦外に出てこれからの事を考えよう』

『うん、そうだね』

 

 彼がここまで怒っているのを見たのは、これが最初で最後だった。

 その後一年以上、彼とは付き合いがあるが、彼がここまで怒ったのはこれっきりだ。今思い返せば、本当に彼は怖い程に怒っていた。

 多分、将来彼が子供を作って、子供に説教をしようと思っても、ここまで怒る事は無いだろう。それぐらいに、彼は怒っていたのだ。

 でも、千景はその怒りを見て。自分のために怒りの矛先を相手に向ける彼を見て。

 どうしようもなく、嬉しくて――

 

 

****

 

 

「え? 園子が壁外調査にウチの母さん達と座敷童ズを連れて行くからちーちゃん預かれって? あいつ……せめて俺には一言言っとけよ……!! そりゃ母さん達と座敷童ズが揃って今日から暫く家を空けるって連絡してくるはずだわ……」

 

 藤丸家に着いてから驚いた表情で千景を迎え入れた彼へと事情を説明したところ、帰ってきた言葉はこれだった。どうやら義姉は何も言わずに色々と決めていたらしい。

 苦笑しながら一言謝ってみれば、ちーちゃんのせいじゃないよ、と藤丸は優しい笑顔を浮かべた。が、この優しい笑顔は大抵誰かに向かって割と本気のキレ方をしている時の笑顔なので、千景は未だに苦笑を浮かべるしかなかった。

 ――あの時みたいな烈火の炎のような怒り方ではないが――

 入ってゆっくりしといて、という彼の言葉に甘えれば、藤丸がどこかへ行ってそのまま電話をかけた。園子に説教の一つでもしているのだろう。

 亜耶もしずくも居ない藤丸家、というのはどこか新鮮で、いつもよりも藤丸家が広く感じる。しかし、千景にとって藤丸家はもう一つの自宅のような物なので、勝手に自分でコーヒーを淹れて勝手にリラックスしている。

 

「はぁ……ごめんな、ちーちゃん。園子の突飛な我儘に付き合せちまって」

 

 そうやって勝手にリラックスしていると、電話を終えた藤丸が疲れた表情を浮かべながら戻ってきた。彼自身、しずくと亜耶がどうして二人揃って一週間も用事で家から出ていくのか理解できていなかったが、園子の説明で大体理解はした。

 確かに勇者関連と言うか壁外関連は大赦内でも機密中の機密なのでただ用事があるから、とだけ言って出ていくのは仕方ないかもしれないが、自分達も勇者なのだからそこら辺は先に言っておいてほしかった。

 

「ううん。園ねぇも苦労しているみたいだし」

「イラッとした時はキレていいんだからな? 俺だってよくキレてるし」

 

 知っていますとも。

 

「んー、そうすると今日は一人で適当にうどんでもって思ってたから何も無いんだよな……よし、なんか食いに行くか」

「外食? 私、今はあんまりお金持ってないけど……」

 

 別に行く事自体は賛成なのだが、先ほど樹とゲーセンに行ってきたせいでちょっと持ち合わせが心もとない。それもやらかされたせいで時間の割に金が溶けてしまったので、多分外食はできて一回か二回。その程度の分しかない。

 

「いいって。俺が出すから。というか、後で園子に請求するから」

 

 と思っていたのだが、藤丸は特に気にしていなかったようで。これで遠慮するな、とか言われるとちょっとは遠慮してしまうのだが、園子に請求すると言われるとどうにも言い返せない。

 奢る相手が樹とかなら藤丸もポケットマネーから全然出すのだが、請求相手は園子だ。彼女に今更そういう事を請求するのに藤丸も心は痛まない。彼女は藤丸や銀、美森の頬を札束で叩いて人を動かす時、時々あるから。

 

「それじゃあ、何食べに行きたい? ちーちゃんの分は園子持ちだから遠慮しなくていいぞ」

「そう言われても……特に何も考えてなかったから」

 

 言われてもすぐには出てこないのが悲しい所か。

 それなら、と藤丸は外食という選択肢を出した段階である程度どれがいいかは決めていた。

 

「回転寿司でも行くか? 安いし美味いし」

「じゃあそれで」

「んじゃそうするか。ちょっと歩くけどいいか?」

「大丈夫よ」

 

 という事で、二人で回転寿司へ。

 歩いて大体十数分。ちょっとばかり遠いような気はしないでもないが、散歩を兼ねた距離としては十分なくらいだろう。

 もう陽も落ちて、空はとっくに黒と青の二色のようになっていて、ちょっと西を見てみればまだ赤い空が一応見えなくもない。街灯も既について道路を走る車とそれが明るく地面を照らしてくれる。

 

「なんか、こうやってちーちゃんと二人きりってちょっと珍しいよな」

「そう? 私はそうは思わないけど……でも、言われてみるといつも園ねぇとか樹さんが横に居たかも」

「だよな。そう言えば、樹ちゃんとは仲良くやってるか?」

「えぇ。樹さん、いい人だし。それに、依頼をしてくれる人もみんないい人だから」

「それならよかった」

 

 最近、高校生組はあまり讃州中学に顔を出せていない。

 いや、顔を出す理由が無い、と言った方がいいか。人数的にも中学組が高校の方に顔を出す方が早く、また楽なためか最近は讃州中学組……と言うよりも、基本的に樹が居ない日に千景が高校の方に顔を出しているため、高校組はあまり中学の方に顔を出していないのだ。

 昨年までは風が中学に顔を出すのが基本だったが、部員の過半を占めていた三年生組が全員進学して風と同じ高校に行ってしまったがため、こうなってしまうのは必然とも言えた。

 更に樹も最近は歌手活動の方に力を入れているため、藤丸達高校生組は樹と顔を合わせる機会も少なくなった。

 故にこその質問だったが、どうやら特に変な仲のこじれ方等はしていない様子。よかったよかった、なんて言って、千景も何も起こらないわよ、と笑って。二人で夜の街道を歩いて回転寿司屋へと向かう。

 ――夜の街道は、好きだ。千景にとって、夜という時間は誰にも何もされない時間だった。自分が好きな事をどれだけやっても。自分の世界にどれだけ逃げても、誰にも責められる事が無い自分だけの時間だった。だから、好きだ。

 ――でも、寝るのだけは未だに嫌いだ。一人で寝ると、あの時の光景を悪夢として見てしまうから。それでも、園子と共に寝れば。誰かと一緒に寝れば、忘れられる。過去を忘れる事ができる。寝る時間を、至福にできる。でも、今日はいつも温もりを与えてくれる人が居ないから――

 

「ちーちゃん? どこ行くんだ? 寿司屋こっちだけど」

 

 そんな事をボーっと考えていたらどうやら曲がるべき道を間違っていたらしい。声をかけられてようやく気が付き、ごめんなさい、ボーっとしてたわ。と、今までの思考を振り切って藤丸について行く。

 なんだか、自分らしくない。少し弱くなった気がする自分にそんな事を言ってみても、帰ってくる言葉なんてある訳が無く。

 ただ、自分にはもう似合わなくなったはずのナーバスな思考だけが、頭の中を渦巻いた。

 

 

****

 

 

 石が投げられ、拳が飛んできて、地面に伏せる。

 謂れのない罵詈雑言と、見て見ぬふりをする、味方になってくれるはずだった大人。助けてと叫んでも誰も助けてくれなくて、いつか助けを求める事すら諦めて。

 ただただ、今ある現状を受け入れ死んだように生き続けるだけで。救いなんて、どこにもなかった。

 周りを見ても、ただそこには敵がいるだけで。それでも前に進まなければならないから、前へ前へと進んで。気が付けば、自分の前には背中を見せる五人が居て。その五人に追いつこうとするも、追いつけない。足元を見れば、今までの過去が。捨てる事なんてできやしない、トラウマとも言える過去が、泥となって足に絡みついて、動くことを許してくれない。

 光へと向かおうとしても、その泥が全てを邪魔して。やがて、その泥は自分の全てを飲み干す。

 そして、気が付けば自分は真っ暗な空間で、彼岸花に囲まれている。誰かが守ってくれている、彼岸花に。

 どこまで走っても、どこまで行っても、どれだけ進んでもその光景は変わらず。振り返ってもそこには彼岸花しかなくって。

 いつか、動く事すら諦めその場で膝を抱えて横になって。

 誰にも守ってもらえず。誰にも助けてもらえず。

 あの時助けてくれた背中が現れる事無く、何年も、何十年も、何百年も――ただ、ひたすらそこで一人。

 聞こえてくるのは怨嗟の声。謂れのない悪意と、懇意と。ただそこにいるだけで気が狂いそうな中で、何百年も、たった一人で――

 

「――っ!?」

 

 目が、覚める。

 すぐに周りを見渡すが、そこには彼岸花なんて一つもなく。

 手元のリモコンを取って急いで電気を付ければ、そこは千景が兄と慕う人から寝泊まり用にと与えられた客室だった。

 その客室を見て、ようやく思い出して荒い息を何とか整えつつどうして一人で寝ているのかを思いだした。

 なんて事もない、些細な理由からだ。流石に中学一年生にもなって、異性と一緒に寝るのは恥ずかしいから一人で寝た。それだけの事だ。なんて事もない、女の子としての意地があっただけだ。

 ――そう、それだけだ。ただ、異性と寝るのが恥ずかしかったから。それだけ。

 その結果が、これだ。悪夢を見て目が覚める。

 

「……やっぱり、誰か一緒に居ないと」

 

 もう過去は捨てたと言っても、自分の記憶と言うのはそれを許してくれないらしい。どれだけ振り切ったつもりでも、一人になるとどうしても悪夢を見てしまう。

 それは神世紀に来てからずっとだ。ずっとなのだが、慣れない。

 だから、何とかもう夢を見ないように、と神頼みをしながら、千景は再びベッドに潜り込み、電気を消して目を閉じる。

 結局その後、千景は寝つけたとしても悪夢で目を覚ましてしまうため、ほぼ寝る事ができないまま朝を迎えたのだった。

 

 

****

 

 

 今まで感じた痛みの中でも、それは最上級だっただろう。

 原因なんて、どこにもない。自分がいじめられっ子で、村八分にされていて。だから、同じクラスの女子に羽交い絞めにされて抵抗する事すら許されず、右耳を切られた。

 切れ味の悪いハサミで、右耳の中ほどから。

 耳の軟骨すら断ち切り、血が止まらず、それ以上に焼き鏝を押しつけられたかのような熱を伴う痛み。今でも忘れられない、最悪の痛み。

 学校という、自分の敵しか居ないその空間で、痛みに悶える自分を笑い嘲る声。大人ですらその光景を鼻で笑い、いい気味だと言わんばかりに無視する。程々にしておけよ、なんて笑いながら口にする大人に怒りすら抱けず、ただ痛みに耐え、涙だけは流すまいと必死に耐えた。

 耐えないと、涙が原因で再び痛みがやってくるに決まっているから。

 息がつまりそうで、いっそ殺してくれた方が楽になるとすら思えて――

 

『ちーちゃん!!』

 

 そんな最悪な状況で、たった一つ、自分を心配する声が聞こえた。

 

『大丈夫かちーちゃん! 何があった!?』

 

 まるで割れ物を触るかのような優しい手触りでそっと耳を抑える手を、その上から抑えてくれて。

 教室の床に両膝をついてまで心配してくれたのは、たった数日前に出会ったばかりの、自分より数歳年上の男の子で。

 

『耳か、耳が痛いのか? ちょっとごめんな』

 

 耳を抑える手を、そっと握って、数秒だけ切られた耳を見て。

 彼は息を呑み、すぐにポケットからハンカチを取り出すと、それで上下に分かたれてしまった耳をそっと抑えてくれた。

 

『……おい、誰だ。誰がこんな酷い事しやがった』

 

 そして聞こえたのは、あの時父親だったものを殴ってくれた時に聞いたような、彼が本気で怒った声だった。

 

『な、なによ……』

 

 ハサミを持ったクラスメイトが、その怒りに声を震わせながら答えた。

 それを聞いた瞬間、彼はごめんな、と一言だけ千景に謝ってから彼女に近づき、思いっきり胸倉を掴み上げた。

 

『ひっ!?』

『よくもまぁこんな事笑ってできたもんだなぁ!? ハサミで耳切られたらどうなるかって事すら分かんねぇのか!? テメェはそんな事されて笑ってられんのか!!?』

『だ、だって……』

『ちーちゃんが何かしたのか? 何かしたんなら言ってみろよ!! これ見て笑ってる奴等もだ!! ハサミで耳切ったっていいって思えるくらいの事をちーちゃんがやったってんなら、それ全部一から言ってみやがれ!!』

 

 彼は、怒ってくれた。

 その理由は、なんてことはない。

 彼は不当な攻撃を許さなかった。彼は、優しかった。彼は、どこまでも普通だった。

 そして何より、郡千景という存在に対して、友愛と言う感情を抱いてくれたのだ。最初はその境遇に同情したのだとしても、それからの付き合いと会話で、彼は千景に対して友愛を持ってくれた。

 だからこそ、彼はここまで怒っているのだ。

 園子なら、きっと静かに怒っただろう。彼女は怒りを全て外に出すタイプではないから。

 

『お、おい、急に教室に入ってきて生徒に手を上げるなんて、一体何を……』

『何を……? これ見て分かんねぇのか? おい、アンタ大人だろ? 大人なのにこの状況見て、何してた?』

『何っ……て』

『自分トコの生徒が目の前で流血沙汰の問題起こしてんのに、何してたかって聞いてんだよ俺は!! 教師のアンタは、この光景見て何してた!!』

『そ、それは……と、とにかく、子供の喧嘩でそんな……』

『喧嘩にすらなってねぇのが分かんねぇのかクソ野郎!! 一方的に嬲られて笑いものにされているのに!!』

 

 教師が黙り、彼は舌打ちしながら胸倉を掴んでいた少女を怪我しない程度の強さで付き飛ばした。

 それを見ていた千景は、耳の痛みすらこの時だけは忘れて、彼の背中を眺めていた。

 自分のために怒ってくれる彼の背中を。

 誰よりも逞しくて、誰よりも優しい彼の背中を。

 そして振り向き、今にも千景の代わりに泣きだしそうなほど辛そうな表情を浮かべた彼は、そっと千景の前で膝を付いた。

 

『ごめん、ちーちゃん。一番辛いのはちーちゃんだってのに、ほったらかしにして』

『……ううん、大丈夫』

『大丈夫なもんか。病院に行くから、背中に乗ってくれ。ちょっと恥ずかしいかもしれないけど……』

『……ありがと』

『いいんだよ。それよりも、ごめんな。痛がってるちーちゃんをほったらかして怒鳴ったりして。耳の傷に響かなかったか?』

『全然……それよりも、嬉しかったから……私のために、怒ってくれて』

『……そっか。じゃあ、そんな優しいちーちゃんの耳に傷が残らないように、早く病院に行こう』

 

 そう言って、彼は背中を向けてくれた。

 遠慮がちにその背に乗れば、彼は人一人背負っているとは思えないほど軽く立ち上がり、そのまま空気が完全に死んでいる教室には目もくれず廊下に飛び出た。

 そして彼は必至な表情で外へと向かってくれた。

 自分のために怒ってくれて、自分のために必死な表情を浮かべてくれる。

 そんな彼の事が、千景は――

 

 

****

 

 

 誰が悪いわけでもない。

 ただ、それを対策しなかった自分が悪いだけで。

 昨晩の悪夢は、今まで以上にしつこかったと思いながらも出席した授業であくびを何度かかまし、予習してきたが故にほぼ復習と化した授業を受ける。

 眠気をどうにかして抑える方法も、千景は自力で編み出している。発売直後のゲームを徹夜でクリアするのにこの技術は必要だからだ。しかし、眠気というのはどうしても付きまとってしまうため、何度かあくびはかましてしまう。

 

「ん? あくびとは余裕そうだな、乃木。だったらこれを解いてみろ」

 

 しかもあくびのせいで謎の勘違いをされて当てられてしまった。

 いや、実際は勘違いではないが。

 ちょっと顔を赤くしながらも、教科書のちょっと難しめの練習問題が書かれた黒板の前に立ち、ササっと問題を解いて見せる。

 これでも乃木なので。そう言いたげな千景の自信満々の回答に先生も満足げだった。

 

「なんだ、しっかりと解けるじゃないか。後は授業態度だけだな、乃木」

「えっと……以後気を付けます?」

「それでいい。今回の件は難しい問題も解けた事だし、不問にしておこう。全く、お前の姉も居眠りさえなければよかったのだがな……」

「あはは……本人は睡眠学習できるって言ってましたから……」

「態度が問題なんだよ、態度が……頼むから乃木は姉みたいになってくれるなよ? 色々と問題になってたんだからな」

「ぜ、善処します……」

 

 まぁ、自分は一週間も経てばいつも通りに戻る予定ではあるが、義姉に関してはちょっとどうなるか分からない。

 ここ一週間ほどは今日のような授業態度を取ってしまう千景はと言うと、安芸先生仕込みの勉強はここら辺までしっかりとカバーしてくれていたので、千景にとってこの程度は余裕……ではあるのだが、比較的趣味での徹夜が多い千景の授業態度は普段から時折あくびしたり軽く居眠りしたりと、義姉よりはマシだが若干の問題を抱えた生徒、といった感じ。

 しかし、こうして当てられて、問題に答えたらその分の報酬はくれる先生はどうにも憎めない。

 西暦の学校よりもやりやすい環境にいつまでも新鮮味を覚えつつも、あくびを噛み殺しながら席に戻れば、隣の席のよく話すクラスメイトが声をかけてくる。

 

「流石乃木さん。今までのテストもほぼ満点だっただけの事はあるね」

「そりゃあ、こう見えても乃木だもの。これぐらいはできないと」

 

 西暦なら嫌味でしかないであろう家柄の事を引っ張り出してきても、クラスメイトはやっぱり乃木さんって凄いなー、というだけで済ませてくれる。

 神樹様信仰が徐々に薄れてきている神世紀。それにより徐々に治安は悪化してきている事は否めないが、それは一部だけ。学校などの環境は未だに神樹様が健在だったころと同じように人の悪意は滲み出てきていない。

 特に讃州中学はいじめ等も噂すら出てこないほどの治安の良さだった。故に、千景もかつての時のように暗い感情だけで授業を受けるのではなく、明るい気持ちで授業を受ける事ができる。

 ……あの悪夢さえなければ、本当にこの世界には文句のつけようも無いのだが。

 

「乃木さぁん! これ教えてぇ!」

「駄目よ。自分でやらないと力が付かないもの」

「うげぇ!!」

「……ほら、ヒントならあげるから自分で解いてみなさい。どの問題?」

「流石乃木さん!!」

 

 ついでに、なんか困った時の乃木さん扱いされてる気がするのは、多分気のせいだと思う。気のせいだと、信じたいな。

 まぁ、頼られるのは嫌いじゃないし、いいんだけど。

 

 

****

 

 

 彼岸花に囲まれる夢。

 正直に言えば縁起でもない、と思ってしまう。だが、どうしてだろうか。彼岸花に対してあまり悪い感情を抱ききれないのは。

 毒を持ち、彼岸というあの世をイメージする言葉を付けられた花。その花の中で眠れば周りからの怨嗟と救済を求める声に埋もれ、失望と罵倒の言葉を投げかけられ。それが、ただただ嫌で嫌で仕方なくて。

 耳を塞ぎ、目を閉じて。それでも降り注ぐその声は、ひたすらに千景の心を痛めつけんとしてくる。トラウマを刺激し、自分はこの世に存在していてはいけないモノなのだと、世界そのものが突き付けてくるようで。

 だから、怖くて、怖くて。目を閉じて、耳を塞いで、彼岸花の中で。毒の花の中で、体を丸めて震え続ける。自分への救済なんて、無いのだから。

 

『――』

 

 そんな中で、声が聞こえた。

 どこかで、聞いたことがある気がする声だった。

 その声を聞いて、目を開く。

 声が聞こえた方に居たのは、緋色の装束に身を包んだ少女で。

 鎌を手に、こちらを見て何かを言ってくる。しかし、その言葉を聞き取ることはできず。やがて千景はそれを聞き取ろうとするのを諦め、目を閉じ、彼女の言葉よりも遥かに大きな雑多の言葉に心を傷付けられ――

 

 

****

 

 

「なぁ、ちーちゃん。その……ちゃんと夜寝れてるか?」

「え? 急にどうしたの?」

「いや、なんかこっち来てすぐの頃と比べてなんだか隈が濃くなってきているように見えてな……」

 

 二回目の夜を過ごし、藤丸と共に朝食を食べていた千景であったが、朝食を食べている最中に彼はそんな事を聞いてきた。

 朝起きてすぐに軽く化粧だけして隈をなるべく薄くしたのだが、比較的健康な生活をしていた一昨日までと比べると、やはり化粧をしても誤魔化せない程度には隈が濃くなってしまっているらしい。

 それもそうだ。二日続けてほぼ寝れていないのだから隈だって濃くなってくる。新作ゲームを買った翌日や翌々日、ほぼ寝てない日と同じような顔をしている、と思えばそりゃあ化粧したとしてもバレるに決まっている。

 多分、隈以外にも色々と変わっている部分があるから。

 

「……そう言えば、結構前に園子が亜耶ちゃんとここで寝ちまった時、俺の部屋に来て一緒に寝たよな。ほら、寝つきが悪いとか何とかで」

「うっ……覚えてたの?」

「まぁ、あの時のちーちゃん可愛かったしなぁ?」

 

 揶揄うような彼の言葉に思わず彼の足を踏みつけてしまう。いてて、と彼は言うが、恐らくそこまで痛くは感じていないだろう。だって彼は園子からのお仕置きで部室から捨てられたり埋められたり冷蔵庫にお片付けされたり重りを括りつけられてプールに一日弱沈められても生きていられる不思議生命体なのだから。

 とりあえず踏んでいた足を退ければ、彼はごめんごめんと謝り、一つ千景に提案した。

 

「で、多分園子が一緒じゃないから寝れないんだろ? なら、俺と一緒に寝るか?」

「べ、別にいいわよ……そんな子供じゃないし」

「そりゃそうか。もうちーちゃんも中一だし、男と一緒に寝るなんて嫌だろうしな」

「嫌とかじゃそうじゃなくて……と、とにかく却下よ」

「ごめんごめん。じゃあ俺は何も言わないけど、俺にできることがあるなら、いつでも言ってくれよ。力になるから」

 

 兄代わりの言葉はとても優しくて、ちょっと提案を蹴ってしまったのが残念に思えてしまう程だった。

 そう、残念に。

 後悔ではなく、残念だ。

 どうして残念なんだろうかと千景は考え。結局、数秒でその思考を打ち切ったのだった。

 

 

****

 

 

『あなたみたいに、無償の愛をくれる誰かが居れば……私ももうちょっと素直になれたのかもしれないわね』

 

 今日の悪夢は、声が聞こえた。

 いつも通りの、気分が悪くて今にも逃げたくなる悪夢の中、ただその声が聞こえてきた。

 彼岸花の中で目を開ければ、昨日の悪夢の中で自分へ向けて声をかけてきた彼女が立っていた。

 誰か分からない/誰よりも分かっている目の前の少女を、千景は何も言わずに見つめる。

 

『そう、やっと声が聞こえるのね』

 

 頷く千景を見た彼女は、ゆっくりと千景に向かって歩いてくる。

 

『あなたは今まで、沢山苦しんできた。沢山悲しんできた。沢山、裏切られてきた。それでもあなたは今、誰かに愛されている。誰かを愛して、愛されて。今まで剥奪され続けてきたあなた自身を表に出せている』

 

 そう。苦しみ、悲しみ、裏切られてきた時間は、今の幸せな時間よりも遥かに長い。

 それにより、誰かに助けを求めても無駄だと分かり、ふさぎ込むことを覚えた。裏切るよりも前に、信用しない事を覚えた。誰かに心を許す事を、素直になる事を封じた。

 元来の純粋で優しい自分を殺し続け、殺し続け……それが変わったのが、あの日だ。

 

『そう。あなたは彼のおかげで変わった。あの父親だったものが殴られて、吹っ飛ばされて……郡千景という人のために心の底から怒ってくれる彼のおかげで』

 

 切欠は、園子と藤丸の二人だった。

 でも、今ここにこうして、乃木千景として神世紀の時代を生きているのは、間違いなく藤丸という個人のお陰だった。

 言いたい事を全部言ってくれた。やりたい事を全部やってくれた。だからこそ、千景は今まで生きてきた過去を全て切り捨て、神世紀で生きていく事を決断できた。

 そうじゃなかったら、きっと自分の手で父親だったものを殴るとか言っていただろう。

 過去を振り切ったと思い続けながら、過去に縛られ続けて来ただろう。

 

『過去を振り切ったと言いながら、それでも悪夢を見続ける理由……あなたはそれが分かっているの?』

 

 そんなの、わからない。

 

『いえ、分かっているはずよ』

 

 彼女からの言葉に、千景は何も答えない。

 何も言えない。

 

『あなたはまだ、家族というモノが怖いのよ』

 

 何も、言えない。

 

『一人になった途端に悪夢を見る理由も、それよ。あなたはまだ家族に裏切られる事を。家族が敵になる事を恐れている。だからこそ、心身ともに安らぐ時に家族が一緒じゃないと不安になる。怖くなる。恐れるのよ。この先、もしかしたら今の幸せをひっくり返したかのような不幸せが襲ってくるんじゃないかって』

 

 図星だった。

 どうして誰かが一緒じゃないと……いや、家族が一緒じゃないと悪夢を見るのか。そんなのはある程度気付いていた。

 怖いのだ。

 幸せな今から、どん底だったあの時に戻ってしまう事が。それをどうにかできる力もないのだから――。

 

『だから、自分が抱えている好意にも蓋をする』

 

 ――成熟した先に、家族を作る事となるその感情に、蓋をした。

 

『嬉しかったのでしょう? 自分のために動いてくれたあの時が。自分が言いたい事を全部言ってくれて、やりたかった事を全部やってくれて、守ってくれたあの時が。服を燃やされた時に、何の躊躇もなく服を貸してくれて。耳を切られた時も、自分のためにあそこまで怒ってくれて。必死な表情で彼がこの時代の病院まで運んでくれて』

 

 嬉しかった。本当に、嬉しかった。

 味方なんて居ない。そんな地獄の中に居た。それでも彼はその地獄の中に入り込んでまで、千景を助けてくれた。

 そんな彼の事が。

 自分のためにあそこまでやってくれた彼の事が。

 

「……好きにならないわけ、ないじゃない」

 

 あの時から蓋をしていた感情。

 好意。

 それは、成熟すれば好意を持った相手と家族になる事を意味する。

 まだ勇者部に入る前。自分と言う存在を卑下し続けていた頃に抱いたその感情に、千景は蓋をした。こんな自分の好意を伝えられても、彼は困るだけだろうからと。

 だから、そっと蓋をした。蓋をして、自分でも気づかないようにした。

 その蓋を、今になって取り払った。

 

『好意は、伝えないと時間切れになってしまう事だってあるのよ』

「……あなたは、伝えられたの?」

『最後の最後で。でも、もっと早く伝えられていたら……きっと、私の最後は変わっていた』

「それを言いに来たの?」

『あなたは私だもの。このままずっと眺めていたら、きっとあなたはその好意に気づけない』

 

 きっと、その通りだっただろう。

 この蓋をした好意は、きっとそのままだった。自分の心に蓋をする事だけは、ずっとやってきたのだから。

 

『あなたは、失敗しないで。大丈夫よ。男を攻略するのなんて、ゲームと同じよ』

「それなら簡単ね。散々やってきたもの」

『それだけ言えれば十分ね』

 

 彼女は伝えたい事を伝えて満足したのか、千景の横を歩き去った。

 

『折角何年も前から伝えようとしていたのに、あなたったら夢を見ないのだもの。ようやく伝える事ができたわ』

「ここ数日の悪夢はあなたが原因だったのね……」

『こうやって夢の中で話し合えるようになるまで、色々とやる事があったのよ。でも、悪夢そのものはあなたの心の奥底にある物で間違いないわ。それはあなたが生きてきた中で負った、深い深い傷なのだから』

「でも、今日からはそれを恐れる事もない」

『そうね。あなたには、あなたのために怒ってくれる人が……あなたを愛してくれる人が居るのでしょう? なら、あの程度の悪夢、怖くないはずよ』

「えぇ。だから……ありがと、誰かさん」

『……誰かさん、か。そうよね。もう、あなたは私じゃない。いえ、私にはならないのだから。でも、せめて……私の分まで、高嶋さんの願いの分まで、幸せになってちょうだい。きっと、高嶋さんもそれを望むはずだから』

 

 背中合わせの彼女の事は、千景は分からない。

 高嶋、という存在も、分からない。

 けど、それでいいのだ。

 もう千景は、郡千景ではなく、乃木千景なのだから。

 

 

****

 

 

 翌日。千景はとても気持ちのいい朝を迎えた。

 原因は、きっとあのやけに親切な誰かさんだろうか。

 それを考えながら、客室から出てみれば、既に朝食のいい匂いがする。

 

「おはよう、藤にぃ」

「あぁ、おはようちーちゃん。もうすぐ朝ご飯できるからな」

「わかったわ」

「んじゃ、もうちょっと……ん? ちーちゃん、昨日はぐっすり寝れたのか?」

「えぇ。ぐっすり快眠だったわ」

 

 いつもの席に座り、ちょっと待っていれば、彼は朝食を運んでくる。

 いつも通り美味しそうな朝食だ。それを見て、彼が席に座るのを待ってから。

 

『いただきます』

 

 と、声をそろえた。

 家族のように。

 そして、どこぞの青いのが文句を言いそうな美味しい洋食風の朝食に手を付け、ちょっと経った頃に。

 

「ねぇ、藤にぃ」

「ん、どうした?」

「私、藤にぃのこと、好きなの。だから付き合って」

「…………………………さて、勇者部の馬鹿共はどこにいる? ドッキリにも限度はあるぞ?」

「酷いわ。折角勇気を出して告白したのに」

「…………え? ちょっと待って。ごめん、これ夢か。ちょっと目を覚ましてくるわ」

「普通に現実よ」

「……え、えっと」

「藤にぃは、私と付き合うの、嫌?」

「い、嫌じゃないけど……ほ、ほら、ちーちゃんって妹みたいなもんだし……」

「義妹って萌えない?」

「萌える」

「じゃあ問題なしね。今日から恋人としてよろしく、藤にぃ」

「え? えっ……え?」

「藤にぃが付き合うのは嫌だって言わない限り、私は恋人宣言し続けるわよ。嫌なら嫌って言ってくれないと、困るのは私と藤にぃよ」

「そ、そりゃそうだけど……その、ちーちゃんはいいのか? 俺、ちーちゃんの事を異性として好きなんて一言も……」

「愛を育むのは付き合ってからでも、家族になってからでもできるわ。今は好きじゃなくてもいいの。いつか好きになってくれれば、それで」

「…………わ、分かったよ。俺だって、ちーちゃんみたいな可愛い彼女ができるのは嬉しいし……」

「ふふっ、嬉しい。それじゃあ、これから恋人としてよろしくね?」

「あぁ。男に二言は無しだ。園子に殺されそうだけど……」

 

 そんなこんなで、千景は兄代わりを無事恋人にする事で、更に幸せな道へと進むのであったとさ。

 

 

****

 

 

「ねぇズラっち~? ちーちゃんから聞いたんだけどさ~?」

「お、おう……」

「ちーちゃんと付き合っているんだって~? ズラっち、ちーちゃんの事はずっと妹みたいなものだって言ってたのに~?」

「ソ、ソウデスネ……」

「そっか~……じゃ、削ぐから」

「そ、削ぐって……何を?」

「ナニを」

「……た、助けてちーちゃん!! 削がれる!! 削がれるゥ!!」

「削ぐ」

「ひぃぃぃぃ!!?」




と言う事で、ぐんちゃんIFでした。最後の展開がかなり迷ったのですが、偶にはこういうくっ付き方もいいかなって。
え? その後? まぁ、削がれてもハゲだし、復活するでしょ(適当)

今回のIFルートへの分岐点はぐんちゃんの親父との邂逅時にハゲが思わず手を出す事、学校へ突入するのがそのっちではなくハゲである事、の二つでした。なお、このIFは必然的にのわゆ側が……まぁ、結末は原作通りですね。

ちなみに、当初、このIFは千景(小)IFとして書いていた物だったり。

では、次回お会いしましょう


……ところで、大満開の章も来週で八話ですけど、ゆゆゆ勢の勇者の章後の話ってあるんですかね……無かったらハナトハゲでの大満開の章、どうしようか悩む……
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