精霊、というのは基本的に勇者一人につき一体。例外として美森が三体の精霊を従えていたが、他の勇者は全員が精霊を一体のみ従えていた。そう、従えていた。過去形なのだ。
勇者システムが手元に戻ってすぐに勇者たちは己の精霊と再会した。しかし、その結果現れた精霊は、元々自分たちが従えていた精霊だけではなく、夏凜とハゲ丸以外の全員の精霊が一体ずつ増えていた。
部室内が一気に狭くなり騒がしくなったことには代わりないが、しかし賑やかだと喜ぶ友奈。そんな友奈を見てご満悦な美森。木霊を頭に乗せながら携帯で何か見ている樹。犬神に顔面に張り付かれ窒息している風。義輝を牛鬼に食べられる夏凜。誰もがつい先日まで共に戦った仲間でもある精霊との再会に喜んだ。
しかし、唯一ハゲ丸だけはそれを喜べなかった。
気になることがあったからだ。その気になることを、ハゲ丸はこの間銀本人から送られてきた携帯の番号に電話を掛けた。出たのは、勿論銀だった。
『そっか、気が付いたか。結論から言うと、その通りだ』
「……やっぱりか」
部室の外でトイレに行ってくるとだけ言って電話を掛けたハゲ丸の表情は暗い。
銀に聞いたことはただ一つ。『勇者の精霊の数と満開の数の関係性』だ。ハゲ丸は、精霊が増えたことは満開が絡んでいるのではないかと睨んだ。自分の勇者システムは元より精霊が一体だけと決まっている。だが、他の勇者は夏凜以外の全員が精霊を一体増やした。満開をしていない夏凜を除いた全員が。
元より満開に後遺症があると知っているハゲ丸だからこそ、これには満開が絡んでいるのではと疑り深くなり気が付いたことだ。きっと、美森はまだ気が付いていないだろう。時間の問題ではあると思われるが。もしハゲ丸も満開の後遺症について美森から聞かされていなかったら、夏凜はもう勇者として完成されているから。自分は不完全な勇者システムを使っているからと納得していただろう。
そして、この銀の回答で分かったことは、もう一つある。
ハゲ丸にとっては、絶対に無視できない事実。
「……つまり、東郷美森は、鷲尾須美なんだな」
つまり、美森は既に二回満開を経験していたという事になる。
そうすると、美森の後遺症は二か所。その内一か所が足なのだとしたら、残り一か所は。
『さてな。で、その根拠は?』
「後遺症の内容を予測したんだ。東郷は、足と記憶。その二つを」
そうすれば、ピッタリと合ってしまうのだ。美森の精霊の数と、失ったものだ。
足、記憶、髪の毛。それが美森の失ったものなのだと。
『……まぁ、近々全部話すよ。アタシと、園子が』
「それ、一か月前にも言ってたけど、いつになるんだよ。そろそろ我慢の限界も近いぞ」
既に夏休みは終わって時期は九月だ。一か月以上も真実を話すと言われて何も言われていないのだ。そろそろハゲ丸の方の限界も近かったし、後遺症について隠し通すにも無理が出てくるだろう。
過労だ何だとか言って既に一か月。一切満開の後遺症が回復の兆しを見せない時点で、もう風辺りは異変に気が付いてもいいだろうし、美森も下手したら先走って何かしてしまう可能性がある。まだ少ししか戻ってきていないハゲ丸の記憶には、鷲尾須美という少女はそうやって時々先走っていた時があったのを記録している。まだ、夢で見たのを覚えている程度の、淡い記憶が定着している程度ではあるのだが。
『そろそろだ。そら、お役目の時間だ。頑張れよ。アタシ等ももう待機しているからな』
「え? いきなり何を――」
その瞬間、アラームが鳴り響く。
そして、次の瞬間には視界が七色の光で埋まり、次の瞬間に目の前の光景は樹海へと切り替わる。
バーテックスの残党狩り。それが始まったのだとハゲ丸は理解し、振り向けばそこには既にバーテックスが来るであろう方向を見ている勇者部の仲間がいる。
ハゲ丸はそっとそこに合流し、美森の隣に立つ。
どうしてか、今は美森の隣が一番落ち着いた。いや、当たり前とも言える。美森は、須美は、ハゲ丸が二年近く共に訓練し、共にバーテックスと戦った仲間なのだ。そんな彼女の横が落ち着かないわけがない。そんな
「ハゲ。私の勘違いなら申し訳ないのだけど、みんなの精霊の数って……」
「すまん、それは後にしてくれ、須美」
言ってから気が付いた。
もう彼女は鷲尾須美ではないのに、ついその名で呼んでしまう。ハゲ丸は自分の顔に手を当て、若干の自己嫌悪をしてからすまない、と一言謝った。
「東郷、それに関してはこれが終わってからにしてくれ」
「……あんたらしくないわよ、藤丸」
「……ごめん」
「謝んないでよ、調子狂うわね」
そうだ。彼女は昔からこんな性格だ。こうやって軽口をたたき合う仲だった。
ハゲが、レズがと小学生のころからずっと言い合っていた。その記憶も、ハゲ丸が覚えているだけで彼女は覚えていないのだが。
唐突に、銀の気持ちが理解できた気がした。知り合いから全くの他人のように接せられる気持ちが。
「来たわね」
既に勇者装束に変身していた風が強化された視力でバーテックスを視認する。
双子座のバーテックス。樹が満開して倒したあのバーテックスが神樹様へ向けて走ってきている。あれが神樹様に触ったらその時点で人類側は終わり。だが、あれは速いだけで脆いのを知っている。
風が大剣を取り出し駆けだそうとするが、その足が止まる。
また身体の何かに不調が起きたら、とマイナスな思考をすると、どうしても彼女の足は鉛の重りがついてしまったかのように重くなってしまった。が、その中でハゲ丸だけが動く。
この身体機能の喪失は満開しなければならないのを知っている。だから、ハゲ丸だけは率先して動く。
「は、ハゲ丸!!?」
「くっ……待ちなさいハゲ丸! 友奈、行くわよ!!」
「う、うんっ!!」
風が驚き、先を越されたと夏凜が友奈と共に駆け出し、樹海から飛び出したハゲ丸に空中で二人が追いつく。
「防御特化が突出してどうすんのよ!」
「っ……ごめん」
「別にいいわよ。あたしと友奈で先行するから、あんたはバックアップ! 友奈、合わせて!!」
「わかった!」
元より完成型勇者として既に決意を固めている夏凜と、守らなければ、戦わなければと心を固めた友奈が手を繋ぎ空中で半回転。そのままハゲ丸が空中に設置した神獣鏡を蹴り、超加速しバーテックスへ向けて落下していく。
「ダブルッ!」
「勇者ぁ!!」
『キィィィィィィックッ!!』
エネルギーを纏いながら二人は完璧に息を合わせ同時に落下蹴りをバーテックスに叩き込む。
不審者そのものみたいなバーテックスはそれをマトモにくらい、地面にめり込む。そこに友奈が追い打ちをかけるべく着地後、すぐにバーテックスを蹴り起こし、右左の拳でワンツーを決めたのち、回し蹴りでバーテックスを蹴り飛ばす。
「夏凜ちゃん!!」
「任せなさい!!」
その先に既に待機していた夏凜が吹き飛んできたバーテックスを同じように蹴りで迎え撃って友奈の蹴りの勢いを一度完全に殺してから空中にもう一度蹴りで飛ばした後に切り刻み、最後に剣二本をバーテックスに突き刺し、爆破。そのままバーテックスを空中へ飛ばす。
空へと舞った先には、丁度落下してきたハゲ丸が。
「封印の儀、開始ィ!!」
叫びながら、両手を振って全力で鏡をバーテックスに叩き込み、地面へと叩き返してから空中で鏡を操作。それを地面に突き刺しそのまま封印の儀を行う。
封印の儀によってバーテックスは倒してくださいと言わんばかりに御霊を吐き出す。
が、その御霊は。
「ちょ!? めっちゃ分裂してるんだけど!?」
「どれが本物!? どれも本物!?」
「こ、これ予想以上にヤバいぞ!?」
この周辺一帯を埋めるほどの御霊。どれが本物なのか、どれも本物なのか。それすら分からない。
このままじゃ全てを潰しているうちに封印に必要なエネルギーが無くなって敗北してしまう。どうするか、夏凜とハゲ丸が汗を浮かべながら考えるが、そうしている間に友奈が空へと飛び、空中で炎を纏った。
新たなる精霊、火車の力。全身が燃えさかっているのではと勘違いするほどの炎を纏った友奈がそのまま物凄い勢いで落下してくる。
「スピキュール勇者キックバージョンッ!!」
「やべぇあれ範囲攻撃だ!!?」
咄嗟に鏡を呼び戻して夏凜と共に空へ飛び鏡を構えるハゲ丸。直後に突き刺さる友奈のスピキュール勇者キックバージョン。直後の炎が辺り一帯を文字通り吹き飛ばし、御霊が一気に消滅していく。
その炎に耐えられた御霊は一つもなく、炎が止んだ時には御霊とバーテックスは消えていた。
「あっち、あっちぃ!!?」
そしてちょっとだけ炎の制御に失敗したのか勇者装束の端を燃やしてしまい熱がる友奈。そんな彼女の元に夏凜とハゲ丸。そして後方から追いつこうと必死になって飛んできた風、樹、美森が合流する。
「ちょ、友奈! あんた……」
風がまた身体機能が、と口にしようとしたが、しかし友奈は笑顔でピースしながら彼女の言葉を途中で掻き消す。
「えへへ……ちょっと早まっちゃいました」
「早まったって……体は大丈夫? 異常はない?」
「はい。特にこれと言っては」
「そう……よかったわ」
そう、満開をしなければ、心配する必要もない。
ハゲ丸は友奈を心配し彼女を囲む勇者部達から少し距離を取って樹海が解除されるのを待つ。
さぁ、時は来た。あとは銀と園子に任せるだけだ。
樹海化が解け、
あとがき特になし。しいて言うならもっとネタを突っ込みたかった。