多分、アニメ版よりも結構ヤバい方向に吹っ切れてるかも
そしてコミカルくんが息を止めました。いつかコミカルくんが息を吹き返すのをご期待ください
ハゲ丸は一人、自分の家で料理をしていた。
気を紛らわすためでもあった。親がいない間にうどんを作って、ついでにジェラートも作ってしまおうと。既に風にこの真実を話し、それを樹と夏凜に話すなと釘を刺されたため、ハゲ丸にできることはもうなにもなかった。
いつも通りに自分のうどんを作って、そしていつも通りにジェラートを作り冷凍庫に置いておく。そんな中で、ふと思った。
この包丁を、自分の心臓に刺しても本当に死なないのかと。
そっと包丁を自分の胸に突き付け、ゆっくりと自分へと刺すように動かしていく。が、それは精霊のバリアによって守られた。どうやら、精霊バリアは勇者になっている時でないと発動するという訳ではなく、必死のダメージを受ける際には絶対に守ってくれるような物らしい。
なるほど、これは確かに死ねないな、と一人思ってから包丁を握りなおしてうどんの具材である肉を切っていく。
なんやかんやで芸人と呼ばれる身ではあるが、人並みに精神は傷つくのだ。ため息を共に包丁を動かしていく。憂鬱な日は、まだ続く。
****
風は一人、自室で呆然としている。
理由は、勇者システムの、満開の真実を知った事。そして、勇者そのものの真実を知った事だ。
『勇者は死ねないんです。絞殺、刺殺、毒殺、飛び降り自殺、焼身自殺、窒息。全部試しましたが、どれも成果は得られなかったんです。何をしても精霊は私達を守ります。体に付けた火すら消えたんですから』
美森はそう言い、実際に自分の喉に脇差を突き付けて見せた。その結果は、精霊のバリアによって阻まれるという事実。つまり、勇者は死ぬことも出来ずただ身体機能の喪失を経験し続けながら戦い続け、最終的には植物状態となってその一生を年老いて朽ちるまで待つだけになるという。
大赦はそれがいい事なのだと思っているのだろう。神樹様に自分たちの体を供物として捧げるという行為。その代わりに神樹様の力の一端である精霊を受け取るという行為。満開という行為そのものを神聖な行いだと思い込んでいるのであろう。でなければ、気が狂ったり人の事を一切考えない思考破綻者じゃなければこんな狂ったシステム、作らないだろう。
神樹様を崇め奉り、神樹様のためなら死ぬことすら惜しくないと思うような連中が作っている組織だ。宗教という物は時に恐ろしい物となるというのを旧世紀に詳しかった美森は分かっていたため、それだけの予想が容易にできた。そして、それは風も友奈も、その場で理解できてしまう程理解しやすかった。
知らなかったのだと風は告げた。泣いた。後悔した。
だが、それを慰める言葉を美森と友奈は口にできなかった。何を言おうと、彼女を慰めるには至らないと分かっていたから。
「……樹の声は、もう戻らない」
声に出してもう一度理解する。
無理だ。理解を拒みたい。
もうあの子の声を、歌を聞けないという事実を理解したくない。
だが、事実だ。これは、自分が押し付けた樹に対する残酷な現実なのだ。
もしも樹を勇者部に入れなかったらと夢想する。きっと彼女はいつもどおりに家に居て、勇者部の活動から帰ってくると「お姉ちゃん、おかえりなさい」と言いながら笑顔で出迎えてくれたのだろう。その声はもう聞こえない。
もしも風と夏凜が二人だけでバーテックスと戦っていたら。きっと風も夏凜も徐々に身体機能の喪失しながらも戦っただろう。だが樹の人生には何も影響はない。
もしも。もしも。もしももしも。もしももしももしももしももしももしも。
それが頭の中を過っていく。
その中にあるのは、いつも樹の声と笑顔で。樹が、樹が樹が樹が樹が樹が。そう想起し、その全てがもう叶わない事なのだと理解して。
「くそっ、があああああああああッ!!」
自分の机の上にある物を片手だけで思いっきり殴り払い、床へと叩き落す。
「何が勇者だ!! 何がお役目だ!! 何が復讐だ!! アタシがやったことはただ樹を苦しめるだけじゃないか!! アタシが樹の人生を壊しているだけじゃないか!!」
もう彼女は声を出せない。
声を出せないと、どこかに就職してもきっと樹は声が出ないがためにやれる仕事が少なくなってしまう。
大好きな歌も歌えず、ただ声を出せないという身体的ハンデを受けた状態であと五十年以上ある人生を生きていくのだ。バーテックスと戦い、更に身体機能を何かしら失いながら。
獅子座のバーテックスで満開した。もしもまた獅子座のバーテックスが現れれば、満開しなければ倒せない。そして満開して身体機能を失っていく。
そして最終的には植物人間となって大赦に祀られながら何もできずに生きていく。
「アタシが……アタシが全部悪いだけじゃない!! アタシが勇者部なんて作ったから……お役目なんてものに浮かれたから!!」
本棚すら、机すら。物にひたすらに当たっていく。それで何か変わるとは思ってもいないが、それでも物に当たらないと自分の心が落ち着きそうになかった。じゃないと、心が暴走して何かをしてしまいそうだったから。
泣きながら、叫びながら自分の部屋を滅茶苦茶にしていく。
もう止まらない。止まる気がしない。
樹に見られたら、きっと心配される。それでも、風はそれを止めるための条件に入れなかった。見られて失望されて突き放してくれた方が、まだ救われるような気がしたから。
だが、その中で。
――~~~♪~~~♪――
「はぁ……はぁ……電話?」
家の中にある据え置きの電話が鳴り響いた。
風はフラフラと、幽鬼のように歩きながら電話の前に行き、そっと電話を取った。
「……もしもし」
声に覇気がない。
もう元気なんて出る気がしなかった。もう電話なんてすぐに終わらせてふて寝したいほどだった。
――だが、その電話は風の精神を叩き壊していく。
『こちら伊予乃ミュージックの者です。犬吠埼樹さんがボーカリストオーディションの第一選考を通過したので、それのご報告に参りました』
「え……? ボーカリスト、オーディション?」
ボーカリストオーディション。
つまり、歌手としてデビューするためのオーディション。
それの第一選考を通過したという言葉。
脳が言葉を理解することを拒否してきた。
『はい。ご存知ありませんでしたか?』
「え、あ、その……それって、いつ応募して……」
『三か月前ですね』
三か月前。
つまり、満開する直前辺りだ。
まだ樹の声が出た時、彼女はボーカリストオーディションに応募したのだろう。風に内緒で。
そういえばと風は想起する。ある時から樹はヤケに笑顔が多かった気がする。ワクワクしていると言った方がいいか。風はそれが、樹が何かアニメでも楽しみにしているのかと勘違いしていたが、その真実は、恐らくこれだ。
風は受話器を落として、そのままゆっくりと樹の部屋に入る。
「……いつき」
樹の部屋には、ノートが広がっていた。
声を出すために頑張ること。声を出すために必要になるかもしれない事。声が出たらやりたいこと。喉にいい物。そうした、声を出すための、出てからの様々な希望をそのまま文字に表して書いてあるノートだ。
呆然としながら、樹のパソコンのスリープモードを解除してハードディスクの中を覗く。
中には、オーディション用と書いてあるミュージックファイルがあった。風の手は、無意識のうちにそれを開いていた。
『……あ、あれ? もう始まってる? え、えっと、讃州中学一年の犬吠埼樹です。わたしがこのオーディションに応募したのは……』
応募している。
そのためのデータがある。
呆然としてしまう。
心が砕けそうになる。
『――わたしには、お姉ちゃんがいます。とっても優しくて、強くて……自慢のお姉ちゃんです』
違う。
そんな大層なものではない。
もう、自慢されてそれを恥ずかしがりながらも喜ぶなんてこと、できるような人間ではない。
自己嫌悪が風の心を更に痛めつける。精神を崩そうと風自身が己の精神を叩き壊そうとする。
『――だからわたしは、そんなお姉ちゃんの隣に立ちたいから、このオーディションに応募しました。お姉ちゃんに、わたしは自分の足でちゃんと、自分の人生を歩けているよって。胸を張って言うために。あ、ちょっと前置きが長かったですね。じゃあ、改めて――』
祈りの歌。
樹が好きだと言っていた曲。
もう二度と聞けない樹の歌声。それが、風の心を更に壊しに行く。
「あ、あぁぁ……」
そして、携帯に着信。
最早力がいつもの半分も入らない手で携帯に届いたメールを開く。
大赦からの、満開による身体機能の喪失が戻る可能性はあるのかどうか。それを友奈と美森から聞いていない体で相談したメールだった。
そのメールは、肉体体には異常がなく、じき治ると思われますという。まるで例文をコピーペーストしたかのような、心も感情も何もかもが籠っていないような例文。
「ぐぅ、ああああああ!!?」
ふざけるな。
ふざけるなふざけるなふざけるな。
こっちはもう全てを聞いている。治らないのだと聞いている。
なのに嘘を吐く。まだ自分たちに淡い希望を持たせて戦わせようとする。
「なんなのよ……なんなのよこれェ!!」
慟哭が響く。
「命を懸けて!! 世界のために戦って! 勝って! 世界を救って!! 賛美も何もなく、ただ優しさだけで戦って!! 全部全部全部上手くいって!! あの子は褒められる立場なのに!! 祝福される立場なのに!! その結果がこれか!!」
大変だよと誰かが言った。
でもやらなきゃと誰かが言った。
みんな一緒なら大丈夫と言った。
信頼していると言った。
そして倒した。
全部倒した。あんな人間が相手するには荷が重いような存在を十二体、倒しつくした。友奈と美森は宇宙まで行って御霊を壊して、夏凜は完成型勇者としてみんなを引っ張り自分と背中合わせに戦って。ハゲ丸は最後だけだが、弱いのにも関わらず。誰よりも命の危険があるのにも関わらず戦って。
樹は、人よりも怖がりで。バーテックスを見て怖がっていたのに最初から隣に立ってくれて、一緒に戦ってくれて。笑顔を絶やさず共に戦ってくれて、世界を一緒に救って。
なのに。
この世界にいる全人類からよくやったと、ありがとうと、手放しに褒められてもいい偉業を成し遂げて。みんなを救ったのに。
「ふざけるな!! ふざけるなッ!! アタシ等を生贄みたいに扱いやがって!! 友奈の味覚は!! 東郷の髪は!! 藤丸の希望は!! 樹の声はァ!! 全部、全部が生贄か!! 大赦と神樹が企んだクソみたいなシステムの犠牲か!!」
最早我慢ならない。
無理だ。もう限界だ。
「アタシが良かれと思ってやったことは全部! あの子らを苦しめさせるための前準備だって言うのかッ!!?」
心にどす黒い物が溜まっていく。
精神が木っ端みじんに破壊されていく。
――壊してやる――
――お前らが大事にしている物全部――
――勇者であるアタシが壊してやる――
――生贄が、全部破壊してやる――
「うゥ……あ、ああああああああ!! アアアアアアアアァァァァァァァァッ!!」
オキザリスの花が咲き乱れる。
もう、容赦ならない。
「全部!! 全部だ!! 大赦の全部を!! アタシが!! みんなの代わりに破壊してやるッ!!」
風の片目は、最早光を映していない。
怒りと憎しみと憎悪と。黒き感情を携えたその眼を、風は大赦へと向け、そのまま飛び立つ。
すべては、復讐のために。
前半の部分はほぼアニメと同じだったので省きました。ちなみに、東郷さんの部屋には大量の盗撮写真が壁一面に貼ってありましたが、ゆーゆとフーミン先輩を呼ぶ際にサッと剥がしてまた後で貼っています。
そしてフーミン先輩……思いっきりキレました。正直この部分が一番書きたかったとも。っていうかこの状況でキレないわけがないんだよなぁ……
もうコミカルくん息してないの……息、してないの……