世界が樹海に包まれた。
その理由がわからず、しかもいつものように樹海化警報ではない他の警報が鳴り響いたという事実が困惑を生む。そして、レーダーを見れば壁の方からバーテックスが一体……どころではなく、無数の敵だと思われる存在が押し寄せてきていた。
多すぎる。そんな言葉では説明しきれないかのような赤い点。そして、その中心とも言える場所には美森の名前と、ハゲ丸の名前があった。それに驚きながらも友奈と夏凜は美森の元へと向かい、銀もそれに追従していく。そして、壁のすぐ側では美森が銃を片手に立っており、その側には惨い状態でダウンしているハゲ丸が居た。
「と、東郷さん!? どうしてこんな所に……っていうかハゲ丸くん大丈夫!? 死にかけてるよ!!?」
「そりゃ思いっきり殴ったもの。暫くは起きないわ」
「殴ったってアンタ……って返り血ヤバッ!!?」
無惨な状態で倒れ伏すハゲ丸を見て目を見開く友奈と夏凜。そんなハゲ丸を見て銀は小さく「ですよねー」と呟きながらそっとハゲ丸に向かって片手だけで合掌した。彼女はこの光景を大体予想していた。どうせ須美と喧嘩したらズラなんて一切の遠慮なくフルボッコにされて放置されるんだろうなぁと。
とりあえず銀はぶっ倒れているハゲ丸を放置して美森の元へと向かい、槍を構える。
いきなりの態度による宣戦布告に友奈と夏凜が目を見開く。そしてそれに呼応するように美森がそっと銃を銀へと向けた。
「なぁ須美。警告だ。馬鹿な事は止めろ」
「馬鹿な事? みんなを救う事のどこが間違っているのよ」
「死が救いだと思い込んでいることだ。その思考の根底から間違ってんだよ」
銀の言葉に更に友奈と夏凜が驚く。
この惨状を美森が起こしたと言わんばかりの言葉に流石の二人も動揺を隠しきれていない。いや、正確には夏凜はこの惨状を美森が起こしたのだと分かってはいたが、どこか心の中ではその真実から目を背けていた。そして、友奈は勇者である美森がそんな行動に出てしまった理由がわからず、ただ驚くだけ。
ただ、銀は分かる。伊達に小学校の二年間を共にいたワケではない。
美森は、須美はそういう人間だ。極端な人間だ。それが分かっているから銀は槍を向ける。大切な家族を守るため、みんなの明日を守るため。勇者として。
「後輩諸君、壁の外を見てこい」
「壁の外……?」
「そうだ。見てから全部決めな。アタシは、こいつの足止めするから」
その瞬間、銀の槍が美森の弾丸を弾いた。
美森が人を撃った。その瞬間を見た友奈と夏凜の足が止まる。それを見た銀がすぐに精霊バリアに頼りながら移動し、二人の尻を思いっきり蹴ってそのまま壁の外へと放り出し、自分は改めて槍で美森の弾丸を弾いていく。
美森は歯噛みする。先代勇者だからと言って弾丸を弾くなんて出鱈目ができるのかと。もし彼女が須美の記憶を持っていたのなら、銀のそれが彼女自身の戦闘センスのよるものだとすぐに理解できただろう。
「懐かしいな須美!! 二人で武器握って立つなんてさ!!」
「くっ……! ならこれで!!」
ライフルの弾丸を弾くのなら散弾でと、両手にショットガンを発現させた須美を見て銀が先に動く。
銃を変える一瞬。それすらも銀にとっては大きな隙。
「烏天狗!」
園子の精霊を借り、一瞬の加速を得る。他人の精霊なのでその力を借りれるのは僅か一瞬ではあるが、それでもその力は強大だ。彼女の全盛期とも言える時期に存在しなかったそれを銀は勘と感覚だけで十全に使って見せる。そして、完全に銃を撃つには近すぎる場所まで接近した銀は槍を短く握りなおし短槍の如く槍を突き出し、美森を吹き飛ばして見せる。
精霊バリアがある勇者同士の戦いというのは、基本的に互いに致命傷を取ることができない。できるのは、精霊バリアを抜く衝撃を与える事だけ。それにより相手を気絶させない限り勇者の戦いは互いの体力の限界まで続いていく。故に、美森は立ち上がる。この程度と口にしながら。
だが、その瞬間に夏凜が友奈を抱えた状態で壁の内側に戻ってきた。彼女らはそのまま逃げるように壁から遠ざかったが、バーテックスの攻撃を受けて樹海へと堕ちていった。
「……どうやらあの二人はお前の考えに反対らしいぞ?」
「それが?」
「友達の考えくらい汲み取ってやれよ。だからお前は両極端とか言われるんだよ」
「……」
無言の発砲。それを銀は横に大きく飛んで避ける。
「じゃあ……遊ぼうぜ、須美」
「遊び……?」
「そう、世界存続を懸けた遊びさ。どーだロックだろ?」
銀は槍を構える。しかし、その額には小さな汗が。
このままじゃ星屑かバーテックスが神樹様をワンパンKOしてしまう。その前にどうにかして美森の顔面を一発殴ってコンクリートか何かで固まった思考回路を元通りにせねばならない。
戦況は、ほぼ美森の予想通りに動いている。
****
友奈と夏凜は見た。壁の外を。この世界の真実を。
四国の外はなかった。バーテックスは無数に存在した。人類はもう滅亡のカウントダウンを迎えていた。それを知って壁の内へ逃げ、逃げ、そしてその途中でバーテックスの攻撃に被弾して樹海へと墜落した。その衝撃で夏凜は気絶し、友奈も数秒の気絶をして勇者装束が解除された。
すぐに目覚めた友奈は再び勇者になろうと携帯を手に取る。だが。
「どうして……? どうしてエラーなんて!!?」
システムは、彼女が勇者となることを許さない。彼女を勇者として認めない。
心当たりがない、わけがなかった。
それは友奈自身が思っている事。友奈が思う勇者像と自分自身が乖離してしまったからだ。
風の暴走。勇者を引っ張るリーダーとして友奈は、彼女も自分と同じように誰かのために命を懸けて戦うのだと思っていた。が、違った。彼女は樹の声の事を知り、みんなの後遺症を知り、それに激怒した。それに気が付けなかった。
美森の暴走。彼女は死こそが救いだと思い、それを行動に移した。すべてはみんなのためにと。だが、友奈はそれに気が付けなかった。そこまで美森が思い詰めているのだと知らなかった。気が付けなかった。
友達が傷ついているのに気が付けなかった。それが、友奈の中の勇者像と自分自身の乖離。彼女自身が無意識下で自分は勇者ではないと決めつけてしまった。それ故の、システムのエラー。
分かっていても、理解できていても。それを気合の一つで吹き飛ばせない。
「……わたし、最低だ」
友達が苦しんでいるのに気が付けなかった。
その罰だと言わんばかりに友奈へ向けて星屑がその歯を向けて突撃してくる。
「どこがよ」
が、それを赤い連撃が切り刻んで見せた。
顔を上げれば、そこには夏凜の姿があった。彼女の服は、再び勇者のそれへと変わっていた。
「ぶっちゃけ言うと、あの二人の暴走は仕方ないわよ。風も東郷も。それに、友奈も勇者である前に人間なのよ? 心の一つや二つ折れる時もあるわ」
「かりん、ちゃん……」
自己嫌悪に陥る友奈を、夏凜が言葉で救おうとする。
仕方なかったんだと。人間、あれくらいは仕方ないんだと。
「ちょーっと、やり方が腕白だけどね」
そう言う夏凜は、今までで見たことがないような、爽やかな笑顔を浮かべていた。今までの照れを隠しながらの笑いや、恥ずかしがりながらの笑顔ではなく、心の底からの笑顔。それを夏凜は友奈へ向けていた。
それから友奈は顔を逸らしたかったが、それでも夏凜は友奈を見る。友奈も夏凜を見る。
夏凜はひっどい顔、と笑いながら友奈にちょっとだけ毒を吐き、友奈の目から零れる涙をその指でそっと掬い取った。
「友奈、あんた、どうしたい?」
「……東郷さんを止めたい。みんなと一緒に居たいよ」
みんなと一緒に。もっと一緒に居たい。
夏凜はその言葉を受けてもう一度だけ笑い、友奈に背中を向けた。
「あたし、もう大赦の勇者として動くのは止めるわ」
「え……?」
「代わりに、勇者部の一員として。一から十まで動く」
どうしてか分かる? と夏凜は友奈に聞く。
しかし友奈は答えない。
「それはね、友奈があたしに大赦を捨てる決意を決めさせる程の、魅力的な子だからよ。だから、最低だなんて言わないで。あなたは、あたしなんかよりも勇者らしい、自慢の友達なんだから」
それだけ告げて夏凜は飛び立った。
向かう先は、バーテックスの進行先。そこで夏凜は神樹様へと向かおうとするバーテックスの大軍を目にして一つ溜め息を吐き、そして肩の満開ゲージを見て、もう自分は満開が可能なのを確認する。
せめて、この戦いが火の消えてしまった彼女に再び火を付ける着火剤となってほしいと願いながら、夏凜は前を見る。恐怖? ある。後悔? まだまだある。やりたい事? 山のようにある。食べたいもの? 数えきれない。聞きたい音楽? これから先増えていく。歌いたい歌? それももっと増えていく。
だけど、それを投げ捨ててでも。友奈が立ち直ってくれるなら。
恐怖と後悔だけは、消せる。
「さぁ、行くわよ。これが讃州中学勇者部、三好夏凛の全力よ。これ以上は、逆さにしても出ないわよ?」
バーテックスの攻撃が夏凜を襲う。
しかし、それは義輝の精霊バリアに守られる。
業火の中、夏凜は一人、そっと呟いた。
「満開」
花が咲く。
サツキが咲き乱れ、その中から四本の巨大な腕を携えた夏凜が紅蓮を裂きながら現れる。
満開。勇者部の中で唯一満開を一度もしてこなかった夏凜の、後遺症を知りながらもそれを恐れず行った、彼女の心の現れとも言える満開。夏凛はそっと目を開き、バーテックスを見る。
「ハアアアァァァァァ!!」
満開の副次能力による飛行で夏凜がバーテックスの大軍へと突っ込んでいく。
中心から刀一本で星屑の大軍を切り刻み、襲ってくるバーテックスをものともせずに両断していく。実力ならトップクラスの夏凜が満開しているのだ。並みのバーテックスでは歯が立たないのが当たり前なのだ。
だが、戦場で有利を取る方法の一つは、数で相手を勝る事。歩兵でも数が居れば戦車の一台程度なら破壊できる可能性がある。バーテックスはそれを簡単に実行して見せる。
空中の夏凜を打ち落とし、追撃して吹き飛ばし。夏凜は無傷だが、それでも満開には制限時間があると知っている夏凜は相手の抵抗に冷や汗を掻く。
その瞬間だった。夏凜の最初の満開が終わったのは。
「もうっ!!?」
夏凜が目を見開く。どうしてだと。
その理由が、彼女の体に満開のエネルギーが定着しきっておらず、不完全とは言わないが満開の制限時間と使用可能エネルギーが少なくなってしまった。その結果が、この早期の満開の終わりである。それを自覚した直後、夏凛の右腕が急に力なく垂れる。
いや、腕の感覚そのものが消える。そして腕には美森の足代わりとなっている装飾と同じような装飾が巻き付いてくる。
いきなり腕を奪われた。それに夏凜は舌打ちをしながらも左手一本で星屑を倒していき、一気に満開ゲージを貯める。そして。
「満開!」
二度目の満開。
再びサツキが咲き乱れ、直後に夏凜が無双を始める。
しかし、それでも。何十体かのバーテックスを切り刻み、まだ戦えると満開を気力で続け一気に夏凜は見えている敵の半分の殲滅を終えた。
だが、そこで満開が終わる。
「構うものかぁぁぁぁ!!」
しかし、それでも戦う。
空中で精一杯足掻き、満開ゲージを三度溜める。そして。
「満開ッ!」
三度目の満開。
「コイツでぇぇぇぇぇぇ!!」
四本の巨大な腕から振るわれる巨大な刀がバーテックスを次々と葬り去る。
そして夏凜はそのまま満開の力に任せてラスト一体までバーテックスを葬る。
が、そこで満開が終わる。
「ラスト! 満ッ開ィィィィィィィ!!」
だが、四度目の満開。
ひときわ巨大なバーテックスを睨みながら行った満開と同時に、三度目の満開のツケが回ってくる。
聴力の消失。
だが戦える。
「だっしゃあああああああああああ!!」
叫びながら四本の巨刀を振るい、一撃で最後のバーテックスを葬り去った。
だが、もう体力と気力の限界。四度目の満開はそれで終わり、夏凜はそのまま落下していった。
最後の満開は、視力。
夏凜は何も見えない、何も聞こえない闇の中。ただ、それでも友奈にカッコいいところを見せられたと満足しながら落ちていき、地上からそれを見ていた友奈が夏凜を追う。
絶望的な惨状を壊すピースは、着々と揃いつつあった。
にぼっしーの雄姿はアニメを見て確認しましょう。
ちなみに東郷さんはずっと銀ちゃんに足止めされている模様。不意打ち十割コンボで沈んだハゲとは大違いだぁ……